当ブログでも紹介している呪怨遺伝子、ロボットDr Jを22世紀アートさんより出版していただきました。
当面電子書籍(800円税込)のみですが、POD(print on demand)で紙の本にも対応予定です。
当ブログでも紹介している呪怨遺伝子、ロボットDr Jを22世紀アートさんより出版していただきました。
当面電子書籍(800円税込)のみですが、POD(print on demand)で紙の本にも対応予定です。
巷に氾濫しているブラックジョークを医療向けにアレンジしたオマージュ作品集です。ブラックジョークとは風刺や皮肉のきいた笑い話ですが、政治家や夫婦、特定の職業や国家を対象とすることが多いようです。時には下ネタも含まれますので淑女の方々はお読みにならないほうがよろしいでしょう。
【院長先生の勤務】
ある病院の受付で患者が問い合わせた。
「すみません。院長先生をお願いします。」
「院長の出勤は午後からです。」
「午前中は働かないのですか?」
それを聞いた受付嬢は首を横に振って平然と答えた。
「いいえ。午前中は出勤しないだけです。働かないのは午後からです。」
→自院の受付でもいつかこんな会話になるのではないかと・・・
【救急医の浮気】
何度も浮気を繰り返す救急医の妻が泣きながら言った。
「あなた今度浮気したら私死んでやるから!本気よ!」
それを聞いた救急医は困った顔をしてボソッとつぶやいた。
「・・・未遂はやめてくれよ・・・」
→その気持ち・・・わかります。
【院長婦人の不安】
身なりの良い院長婦人が、良く当たると評判の占い師に近々自分の身に起こることを訪ねた。
「奥様大変です!こんなことを申し上げて良いものか・・・実はお宅のご主人が変死すると出ているのです」
それを聞いた院長婦人は平然とした顔で答えた。
「それはわかっているわ。そんなことを聞きに来たんじゃないのよ。それで?私はつかまるの?つかまらないの?」
→この占い師をぜひ紹介してほしい・・・
【手術の失敗】
医師が患者に手術前の説明をしていた。
「先生はこの手術を失敗したことは何回くらいありますか?」
「1回もありません。」
「神に誓えますか?」
医師は首にかけた十字架を見せながらきっぱりと言った。
「はい。神に誓って1回もありません。」
それを聞いた患者は笑顔で言った。
「安心しました。じゃあ成功したのは何回くらいですか?」
医師はまた十字架を見せながらきっぱりと言った。
「それも神に誓って1回もありません。」
→正直な先生ですね。「私手術は失敗しないので」ではなく「私手術はいっぱいしないので」と言ってしまいそうです。
【あなたがほしいもの】
若くて有能だが、ちょっとオタクの医師に同僚が聞いた。
「それ最新型のすごく高いノートパソコンじゃないか。買ったのか?」
「A子にもらったんだ」
「え?あの金持ちで美人のA子に?タダでくれたのか?」
「うん。彼女の家で二人きりになったら急に服を脱ぎだして『あなたがほしいものあげる・・・』っていうから『本当にいいのか?』って言ってもらってきたんだ。」
「・・・・・・」
→私なら両方もらってきますがね・・・。
【院長先生の口説き文句】
病院の院長が70歳になって引退し、25歳のきれいな女性と結婚した。それを知った同級生の友人はうらやましくて仕方がない。そして興味深そうに聞いた。
「確かに君は大金持ちだと思う。それは認めるよ。それにしても髪も薄くなって見栄えもパッとしない君がどうやって25歳の女性を口説いたんだ?」
院長はふふんと鼻を鳴らして得意げに答えた。
「簡単さ。俺の年齢は95歳だってうそをついただけさ。」
→うーん・・・相手の女性の気持ちもわかります。寿命が近い富豪と結婚したい女性は案外多いのでは?富豪の家族は必死に止めるでしょうが・・・。
【奥さんの保険金】
急死した患者の夫に不審を感じた医師が問いかけた。
「奥さんの死亡保険金が入りますね。ちなみにそのお金をどう使いますか?」
夫は落ち着いて答えた。
「5か所の消費者金融に借金を返済しようと思います。」
「ああ、なるほど・・・。それで?残りはどうします?」
夫は申し訳なさそうに・・・
「残りの6か所には次の妻をもらうまで待ってもらおうかと思っています。」
→医師が聞いた「残り」は「残りのお金」と言う意味なのですけどね。完全に「妻」=「保険金」=「借金返済」というモードになっているようです。
【アンケート調査】
ある医院で10人の職員に対してアンケート調査が行なわれた。
あなたは院長先生から体の関係を求められたら受け入れますか?という質問に対して8人は同じ回答だった。
「二度とご免です。」
残り2人のうち1人の回答は次のようなものだった。
「院長先生がお望みなら・・・」
回答したのは先代院長の時代から勤務している看護師長だった。
最後の一人の回答は次のようなものだった。
「よろこんで」
その職員は男性のレントゲン技師だった。
→オリジナルは「二度とご免です」の部分のみですがちょっと付け加えてみました。
【悪魔の取引】
悪魔が院長のところにやってきてささやいた。
「あなたの収入を3倍にしてあげましょう。そして年に4か月休暇をとれるようにしてあげます。さらに健康で100歳まで生きられるようにしてあげましょう。その代わり・・・あなたの奥さんの魂をいただいて地獄に連れていくことを許可してください」
院長はちょっと考えて首を横に振りながら答えた。
「話がうますぎる・・・」
→ブラックジョークでは「配偶者はいなくなってほしい」ということが前提になっているようです。
【患者との恋】
ある医師に友人が真剣な表情で聞いた。
「君は患者に恋したことはあるか?」
「ああ。医者だって人間だから恋することはある。それがたまたま患者だっただけだよ」
友人は満面の笑みを浮かべて言った。
「そうか・・・よかった。それを聞いて安心した。俺が異常なのかと思ってたよ。」
医師はちょっと間をおいて怪訝そうな顔で聞いた。
「・・・でも・・・おまえは獣医だろ?」
→かわいいワンコやニャンコに恋してしまう気持ちもわからないではありません。
【整形外科医の指導】
整形外科医がレストランに行くと先日診察に来たウェイターがスープを運んできた。
「おい。スープに親指を突っ込んでいるじゃないか!」
「先生に親指の血行が悪いから湿ったところで暖かくするように言われたので・・・」
それを聞いた整形外科医は憤慨して言った。
「じゃあ自分のケツにでもつっこんでろ!」
ウェイターは涼しい顔で答えた。
「ええ。スープが出来上がるまではそうしていました」
→実は「ケツに親指をつっこむ」ことは結構むつかしいのですけどね・・・。
【誘拐されたプーチン】
プーチン大統領が何者かに誘拐されて犯人から身代金の要求があった。
「ただちに1000万ドルを準備しろ。さもないとプーチンを生かして返すぞ」
→もしバイデン大統領のところにこの要求があったら1000万ドル準備するだろうか・・・。
【パスワード】
夜が弱くなって妻ともご無沙汰になった院長は妻の浮気を危惧するようになった。
彼はネットでED治療薬を購入しようとしたところパスワード登録画面となった。
<使われていないものを入力する必要があります>
院長はこのコメントをみて次のように入力した。
<PENIS>
すると画面には次のように表示された。
<短すぎて使用できません>
院長は悲しい気持ちになったが、気を取り直してもう一度注意書きを確認した。
<6文字以上であなただけのもの>
これを見て院長は次のように入力した。
<MYWIFE>
すると画面には次の文面が表示された。
<現在あなた以外の誰かが使用しています>
院長は病院を飛び出すと慌てて家に向かった。
→思い当たることがあったらこれはビックリしますよね。
「僕のワンダフル・ライフA Dog’s Purpose」
2017年のアメリカ映画で、犬が5回生まれ変わって元の飼い主のところに帰還するお話です。続編の「僕のワンダフル・ジャーニー」も2019年に制作されています。
【5回転生した犬】
1回目は生後数か月で野犬狩りにつかまって殺処分にされてしまい、「何のために生まれてきた?」と疑問を投げかけます。
2回目のレトリバーへの転生では熱中症で死にかけているところを主人公の少年イーサンに助けられ、ベイリーと名づけられて大切に育てられます。イーサンはベイリーとともに成長し、ハイスクールでは将来を嘱望されるアメフト部の花形選手となります。ハンナという美しい恋人もできて順風満帆のイーサンでしたが、それをねたむ同級生が自宅に放火し、その時のケガがもとで将来が閉ざされてしまいました。自暴自棄になったイーサンはハンナとも喧嘩別れとなってしまいます。そしてベイリーも体調を崩しイーサンに看取られて息を引き取りました。
3回目はメスの警察犬エリーに生まれ変わりますが、少女を助けたときに犯人に撃たれて短い生涯を閉じます。
4回目は女子大生のマヤに飼われるコーギーとして成長し、天寿を全うします。
5回目はセントバーナードのワッフルズに生まれ変わりますが、飼い主に虐待されて追い出されてしまいます。彼は町を出てさまよい、50歳になっているイーサンが住む家を探し当ててバディと名づけられて一緒に暮らすことになります。バディは独身でいるイーサンを幸せにしたいと考え、夫と死別したハンナを探し当てて二人の仲を取り持ちます。そして彼はイーサンに自分がベイリーであることを何とか知ってもらいたいとあれこれ画策し・・・。ここまで書くともうお分かりのように待っているのは感動のラストシーンです。
あえてラストは記載しませんが、犬好きでない方でも十分に楽しめる作品です。続編ではベイリーがさらに転生し、イーサンの孫娘を守り抜く姿が描かれます。
【我が家のレオン君】
犬は人間の大切なパートナーであり家族です。人間の言葉を話すことはできませんが、その意図を一生懸命に理解しようとし、飼い主さんに服従して飼い主さんを守ろうとします。
我が家のレオン君はダックスとプードルの雑種ですが防衛本能が強く、散歩中にお友達?に出会うと必ずうなり声をあげて警戒ポーズをとりますし、自宅のチャイムが鳴ると「敵が来たぞ!」と突然吠え出して飼い主さんをちらっと見つめます。そのくせ家に誰もいない時はチャイムが鳴っても知らん顔をして寝ているようで、「家族を守ることが俺の仕事」と思っているようです。
先日から長女が出産のため婿さんとともに我が家に同居しています(実は婿さんの職場は我が家からのほうが近い)。老夫婦と犬一匹の寂しい家が急ににぎやかになりました。先住犬のレオン君がベビーに吠えないか、犬アレルギーの婿さんとうまくやっていけるか心配しましたが、なんとか仲良く暮らしています。
最初はレオン君も「新しい生き物が来たぞ・・・」くらいに思っていたようですが、今では「これは新しい家族で俺が守ってやらなくてはならない」と思っているようです。ベビーが目を覚まして鳴き声を上げそうになると突然立ち上がってベビーベッドへ走り出し、我々に向かって「ベビーが泣いているぞ!」と言って吠えまくります。長女がベビーベッドに向かうと黙って見ているのですが、私が立ち上がって近づこうとすると私の周りにやってきて「お前はベビーの親と違うやろ!」と言って吠えまくります。レオン君も人間関係をちゃんとわかっているようです。
それにしても長女がベビーの夜泣きで眠い目をこすりながらミルクをやっている姿を見ていると30年前が思い出されます。子育ての大変さに戸惑いもあるようですが、その喜びも感じているようで、長女をずっと支えてくれている優しくて気の利く婿さんに感謝です。
川柳 3句
稚児抱く娘よ 親の苦労が わかったか?
稚児抱く娘 あごで婿殿 こきつかい
夜を通し 稚児抱く娘の 笑みうれし
長い間更新していませんでしたが、ココログから「新しい記事を入れないと更新できなくなりますよ」という御案内を頂いたので慌ててこの記事を書いています。
近日中にまた更新していきたいと思います。
堂島翔
【岡田の回顧】
岡田に促されて雅人は備え付けられたソファーに座った。そこからは前面のガラスを通して中庭が全貌できる。中庭は激しい横殴りの雨でまるで霧がかかったように見えた。
「愛子先生は・・・生涯独身だったのですか?」
「ええ。浮いたお話も何もなかったようです。私は高齢になられてからの愛子先生しか存じ上げませんが、若いころのお写真を拝見するとあれほどの美貌で、たぐいまれな才能を備えた方ですので言い寄る男性があってもおかしくないと思いますが・・・お付き合いされた方もなかったようです」
「そうですか・・・」
「ただ、一つだけ・・・」
「え?」
「愛子先生はいつもブルーのサファイアの入ったネックレスを大切そうにつけておられました」
「サファイアのネックレス!」
「はい。多分、昔想いを寄せておられた男性に贈られたものではないかと思うのですが・・・」
「そうですか・・・」
雅人は感慨深げにうなずくと頭を垂れた。しばらくの静寂の後、雅人が顔を上げて聞いた。
「愛子先生の経済状態はどうだったのでしょうか?」
「それは菅原さん・・・愛子先生はいくつも特許を取っていましたし、全世界からの講演依頼もあり、たいそうな富を築かれていたと思いますが・・・」
岡田はちょっと口ごもって答えた。
「では、裕福な生活を?」
「それが・・・経済的なことに関してはちょっと・・・」
「何か問題があるのですか?」
岡田は躊躇しながら、そしてゆっくりと話し始めた。
「私は愛子先生を大変尊敬しています。あれほど周りのことを思いやり、聡明で、上品な女性を知りません。しかし・・・」
「しかし?」
「お金に関しては・・・愛子先生の態度は私の期待とちょっと違うのです」
「といいますと?」
「愛子先生はお金に関してはあまり世間からの評価が得られるような対応ではなかったといいますか・・・」
「具体的にはどういうことでしょうか?」
雅人は怪訝そうな顔で聞いた。そして岡田は意を決したように答えた。
「はい・・・あれほどの富を得られた方はふつう寄付の依頼などがあればいくらかの対応をされ、社会的地位を確立されるのですが、愛子先生は決して寄付をなさいませんでした。そして講演料なども決して妥協することはありませんでした」
「というとお金に対してはかなり貪欲だったと・・」
「はい。でも不思議なのは稼いだお金を使うことがほとんどなかったのです」
「使わない?」
「愛子先生のお宅はごく普通のこじんまりとした2階建ての住居でした。食事なども贅沢なものは一切取らず、野菜や安物の肉や魚が日常でした。家の中にも贅沢品は何もなく、ブランド品なども一つもお持ちではありませんでした」
「すると稼いだお金をほとんど使わず貯蓄していたと・・・」
「はい。しかし我々従業員に対しては十分すぎるくらいの手当てを出されるのです。私には愛子先生の金銭感覚がいまだによくわかりません」
雅人は無言でうなずいた。愛子はなぜお金に固執したのか・・・。配偶者も子供のおらずだれに託すわけでもないのになぜ金が必要だったのだろうか?それはこの時点の雅人にとっては、まだ理解できないことなのであった。
雅人はふと目の前の芝生が植えられた広い中庭に目をやった。雨は少し小降りになってきているようだ。
「岡田さん。この中庭はかなり広いスペースになっていますが、これも愛子先生の設計ですか?」
「はい。実は菅原さん、この中庭には数日前まで小型ロケットが展示されていたのです」
「小型ロケット!」
雅人はびっくりして岡田の顔を見つめた。
「はい。ロケットといっても外見はまるで戦闘機のようでした。真っ赤なボディーで・・・。でもちゃんと宇宙に飛び出せる構造だったのですよ」
「そ・・・そのロケットはどこに・・・」
「それがですね・・・非常に不思議なことなのですが・・・。3日前に忽然となくなったのです」
「なくなった!」
「はい。最初に気が付いたのは私なのですが・・・。朝ここに来たら消えていたのです。ええ、まるで手品を見るように跡形もなく消えていたのです。私はもうびっくりしてしまって・・・。セキュリティシステムはしっかりしていますので夜中にここに入ることなど誰にもできませんし・・・。夜中にロケットが飛び立つのを見たという人もいるのですが・・・私にはどうにも信じられないことで、はい」
岡田は額の汗をぬぐいながら言った。
「それが飛び立ったのは3月10日で・・・」
「ええ、3月10日の夜中のうちにどこかへ飛んでいったようです。先ほど申し上げたある事件とはこのことなのです」
―ドロシー・・・君はこんなところから・・・
雅人はガラス越しに空を見上げた。雨はだいぶ小降りになり、どんよりとした雲の向こうには明るい日差しが見え隠れしていた。
「ドロ・・・いや、そのロケットはどうしてここに・・・?」
「実はそのロケットを設計したのは愛子先生なのです」
「なんですって!愛子ちゃ・・・いや・・・愛子先生がロケットの設計を!」
「2025年頃でしたからもう愛子先生も90歳をすぎておられましたでしょうか?突然小型ロケットを設計するといわれまして・・・」
「90歳を過ぎてから・・・」
「はい。私はもうびっくりしてしまって・・・。ジェット機にしたって1機作るのに何十億という資金が必要なのにましてや宇宙に向かうロケットを作るなんで正気の沙汰じゃないと思ったのです。とても民間でできることではありません。それを愛子先生は自分で設計して自分で費用を負担して作らせるとおっしゃるものですから・・・。正直、金持ちの道楽と思ってしましました。こう言っては何ですがあれほどお金に執着していた愛子先生の考えとは思えなかったのです」
「そうでしょうね・・・・それにしてもなんて無謀な・・・」
「しかし愛子先生は真剣そのものでした。道楽どころか、その日から本気でロケットの制作に取り込み、毎日毎日パソコンに向かっておられました。もう体はかなり弱っておられましたが、かくしゃくとしおられ、頭は聡明なままでした。そして1年後、ついに設計図が完成したのです」
岡田は太陽の光が照らし始めた中庭を見つめながら懐かしそうな表情で話を続けた。
「あの時は・・・技術者やメーカーの人間が来る日も来る日も何人も訪れてきました。しかしロケットの制作はあまりスムースには進まなかったのです」
「といいますと?」
「愛子先生と技術者の間に意見の食い違いがあったようです。愛子先生はどうしても原子力ロケットエンジンの搭載にこだわられたようです」
「原子力ロケットエンジン!」
「はい。近年はようやく原子力エンジンも小型化され、搭載されたロケットもちらほらと出てきましたが、当時はまだようやく実用化が始まったばかりで、とても小型ロケットに搭載できるだけのサイズダウンは無理だったのです。技術者は化学ロケットエンジンしか搭載できないと繰り返し説得したのですが愛子先生はがんとして納得されず『原子力エンジンが使えないのだったら今まで待った意味がない!』とまくしたてられました。私にはどうして愛子先生がそこまで原子力エンジンにこだわるのか全く分かりませんでした。いや、そもそもロケット製作の意図そのものが理解できなかったのですが・・・」
「そうですか・・・・」
雅人は力なく顔を下に向けた。
「それからの愛子先生の落ち込み方は、はたで見ていてもかわいそうなくらいでした。『私は何のために今まで生きてきたの?』と言って泣き崩れておられました。食事も減り、外出する機会も減り、我々お世話をする人間も困惑していました。しかしそれから2-3か月が経過した頃、愛子先生はまた研究を始めるようになられたのです」
「今度は何の研究を?」
「私にはよくわからないのですが、電磁力でプラズマを制御する研究と言っておられました」
「電磁力でプラズマを!」
「はい。そのために家の隣に専用の実験棟まで作られ、高額な超電導システムやMRIの機器を導入して専門の技師も雇用されました」
「・・・あの技術は彼女が自分で・・・なんて無茶なことを・・・」
雅人は小声でそうつぶやくと思わず上を向いた。彼はやっとのことで涙をこらえていたのである。
「私には新しい研究がどのようなものかは理解できませんでしたが愛子先生が元気を取り戻してくれたことは私たちにとっても喜びでした。そして約1年後、その研究は終了し、何と愛子先生はまた小型ロケットの設計に取り掛かったのです」
「・・・」
雅人は瞳を潤ませながら無言でうなずいていた。
「今度は愛子先生も化学ロケットエンジンの搭載に納得されたらしく、話はスムースに進みました。そしてそれから2年後、ついに愛子先生念願の小型ロケットが完成したのです。愛子先生はもう96歳になっておられ足腰はだいぶ弱くなり、その日は私が車椅子を押してここにお連れしたことを覚えています」
「その小型ロケットがここに搬送されたのですか?」
「そうです。あの時の愛子先生の嬉しそうなお顔はいまだに忘れられません。それはロケットというより外見は戦闘機のようでした。もちろん武器は装備されていませんでしたがね。今では同様の型の宇宙探査用航空機もちらほら開発されているようですが当時としては画期的で、愛子先生の未来を覗く眼は確かなものだったのでしょう。ほんの少しえんじ色のかかった鮮やかな赤い色の輝く機体でした。愛子先生はそのロケットを見て満足げに微笑みながら『素敵よ。ドロシー』と言っておられました」
「ドロシーと・・・」
「ええ。ドロシーというのは愛子先生の昔からの親しいお友達の名前です。たぶんアメリカにいるときに知り合ったのだと思いますが私はお会いしたことはありません。不思議なことに愛子先生の周りにいる誰もドロシーに会ったことも声を聞いたこともないのです。愛子先生はいつもドロシーとはメールで会話していたようです。多分その時にはすでにお亡くなりになっていて、その名前をロケットにつけたのだと思います。赤が彼女の好みのカラーだったと聞いています」
「そうなのでしょうね。きっと・・・昔から赤い色が・・・好きだったのだと・・・」
雅人は右手で胸ポケットに触れるとほんの少し苦笑して答えた。
「しかし愛子先生のお仕事はそれだけでは終わらなかったのです」
「というと?」
「それから愛子先生は毎日のようにドロシーのコックピットに座って作業をされていました。ええ、私がここまで車いすを押してお送りし、作業が終わるとまたご自宅にお連れしていました。菅原さんは戦闘機のような機体というと上からコックピットに搭乗するものと思われるでしょうが、ドロシーはリモコンで座席が下に降りてくるのです。ですから足腰の弱った愛子先生も容易にコックピットに搭乗できたのですよ」
雅人は得意げに話す岡田の顔を見ながら、わざと「なるほど」というように笑顔でうなずいた。
「作業は数か月続きました。狭いコックピットには愛子先生一人しか入れませんから私には何をされているのかよくわからなかったのですが、ノートパソコンを持って行って何か細かい設定をされていたようです。しかし・・・愛子先生の身体は日々少しずつ弱っていきました。
ある日、私が迎えに行くと愛子先生がドロシーの下で倒れていたのです。私はもうびっくりして愛子先生を抱き起しました。愛子先生は荒い息遣いでとても苦しそうでした。もう97歳になっておられるのです。毎日毎日根を詰めて仕事をすることがもう無理だったのです。
そしてそれからも時々そんな状況に出くわしました。私は愛子先生の身体がもう心配で心配で、『お願いですからしばらく休んでください』と必死で頼みました。しかし愛子先生は『もう少し・・・もう少しでドロシーがつながるの・・・』と言っておられました」
「ドロシーがつながる・・・と」
「はい。そしてついにその日が・・・私にとって忘れることができない日がやってきたのです」
岡田は大きく深呼吸し、ゆっくりと話し始めた。
「その日の愛子先生はいつにまして体調が悪く、車いすに乗るのもやっとでした。私がとめるのも聞き入れず、コックピットに乗り込んで作業している愛子先生を私は下からじっと見つめていました。もう私は心配で片時もその場を離れることはできなかったのです。
そして2時間後、愛子先生が乗った操縦席が上から降りてきました。私が駆け寄ると愛子先生はばったりとそこに倒れこんでしまいました」
雅人は岡田のうるんだ瞳をじっと見つめて何回も何回もうなずきながら無言で聞いていた。
「私が抱き上げると愛子先生は荒い息遣いの中でこう言ったのです。『あとは・・・あとはお願いね・・・ドロシー・・・』。そしてドロシーの機体を見上げて涙を流しながら『・・・・ごめんね・・・・』と」
目を潤ませて話しを続ける岡田を見つめている雅人の瞳からも一筋の涙が零れ落ちた。
「そして愛子先生は私の腕をしっかりと握ってこう言いました。『今までありがとう・・・総司くん・・・。最後に一つだけ・・・お願い・・・。2045年までは・・・ここを壊さないで・・・残してちょうだい・・・あなたに・・・守ってほしいの・・・おねがい・・・おねがいね・・・』」
雅人の瞳は大粒の涙であふれていた。それは話を続ける岡田も同様であった。
「そして愛子先生は・・・それから私が何度呼んでも二度と目を開けることはなかったのです・・・・」
―愛子ちゃんは・・・。俺を救うために・・・2045年におこるはずのタイムスリップにほんのわずかな希望を持って、一生をかけた・・・。
結婚もせずにストイックな生活を続けて資産を増やし、ドロシーが宇宙へ飛び出して無事に帰ってこられるように原子力エンジンを搭載した小型ロケットを設計し、その制作が無理だとわかると電磁気による再突入減速システムを搭載したロケットを完成させた。
そしてドロシーのMPUチップをロケットに装着して再びドロシーに体を与えた。ドロシーの好みの赤で・・・。
ドロシーは愛子ちゃんの命令通り2045年3月10日に宇宙に飛び出し、発生した磁気嵐に飛び込んで1945年に再びタイムスリップした。そして5年間、地球の周回軌道を回りながら俺を待ち、俺が弾道ミサイルに突っ込む直前に救い出してくれたのだ。
愛子ちゃんは、強い電磁気と熱によりドロシーは二度と機能しなくなることを知っていた。だから「ごめんね」と・・・。
そしてドロシーも・・・ドロシーもそのことを知っていた。知っていながら俺を助けるために・・・。
雅人は次から次へとあふれてくる涙を止めることもなく右手で胸ポケットをしっかりと握りしめた。
【再会】
しばらくの沈黙の後、雅人は腕で涙を拭きながら岡田に聞いた。
「雨が上がったようですね。中庭に出ることができますか?」
「ええ。こちらから出られます」
岡田もハンカチを取り出すと目頭を覆いながら雅人を中庭への出口に案内した。
さわやかな風が流れ、雲の切れ間から覗く透き通った青空の下に丁寧に手入れされた芝生が広がっていた。
「ここにドロシーが・・・」
「ええ・・・そして愛子先生もここに眠っています」
「え?ここにですか?」
「愛子先生の以前からの遺言で遺骨はドロシーの下に埋めてほしいと・・・あのあたりです。芝生の色がほんの少し違っているでしょう? 不思議です。冬になってもそこだけは決して芝が枯れないのです」
雅人はゆっくりと岡田が指をさしたところに向かって歩いていくと、膝をつき右手を濡れた芝生の上に置いた。
「愛子ちゃん・・・」
そのとき雅人は愛子の声をはっきりと聞いた。
<雅人兄ちゃん・・・>
「愛子ちゃん!」
雅人ははっとしてあたりを見回した。そしてゆっくりと空を見上げた。すると雅人の目の前に17歳の愛子の顔が浮かび上がった。
<ごめんね。愛子、こんなことしかできなかったの>
「何を言うんだ、愛子ちゃん」
雅人は首を横に振り、愛子の目を見ながら言った。
「君は核戦争から世界を救った。そして俺もこうやって生きている。すべて君のおかげだ。謝るのは俺のほうだ。君は楽しいことも女の子らしいことも何もできずに・・・地球と俺を救うために君の人生は台無しになってしまったのかもしれない」
<そんなことない。雅人兄ちゃんは・・・『愛する人を守るために自分を犠牲にすることは尊いことだ』って教えてくれた。私もその通りだと思う。私は素晴らしい人生を送ることができた。きっとドロシーもそう思っているわ>
「愛子ちゃん・・・」
<雅人兄ちゃん。新しい地球で・・・生きてね・・・>
「ありがとう・・・愛子ちゃん。君とドロシーの事は一生忘れないよ・・・」
愛子は雅人の目の前からゆっくりと遠ざかり、青い空に消えていった。雅人は愛子が吸い込まれていった空をじっと見つめていた。
「でも・・・・・愛子ちゃんもドロシーも、俺がもう一度タイムスリップしてこの世界に戻ってくるなんてことは想像していなかっただろうな・・・」
その瞬間雅人は、はっとして立ち上がった。
「俺は今はっきりとわかった!俺をタイムスリップさせたのはこの地球だ!
核戦争で瀕死の重傷を負った地球が俺とドロシーを100年前にタイムスリップさせ、核兵器を廃絶させる力を持った愛子ちゃんを助けさせた。そして彼女にドロシーを託させた。
愛子ちゃんはドロシーの力を使って核兵器を廃絶させた。傷が癒えた地球は役目を終えた俺をもう一度タイムスリップさせて新しい世界の、もとの時代に戻してくれたんだ・・・」
空を見上げている雅人のそばに岡田が近づいてきて言った。
「私は・・・ドロシーは愛子先生の魂を乗せて飛んでいったのだと思います。だから愛子先生はドロシーの下で眠りたいと言っていたのでしょう。2045年の3月10日はきっと彼女にとって特別な日だったのでしょう。だから私にそれまでここを守ってほしいと・・・。きっと今頃空の上から私たちや地球を見守ってくれているのではないでしょうか?」
「そうかもしれませんね」
「先ほどお話したサファイアのネックレスも愛子先生と一緒にそこに眠っています」
「そうなのですか・・・」
芝生を見ながら笑顔でうなずく雅人を見て岡田がほんの少し時間をおいて言った。
「失礼ですが・・・菅原さんは愛子先生の御親戚ですか?」
「え?い・・いや・・・」
「そうですか?写真の愛子先生のお兄さんとよく似ていると思ったものですから・・・」
「あ・・私は・・・あの・・・愛子先生のお兄さんじゃありません。赤の・・他人です」
雅人はしどろもどろに答えた。岡田はそれを聞いてちょっと怪訝そうな顔をして、そして笑顔で言った。
「そうですか・・・。でも、愛子先生は多分幸せな一生を送られたのではないかと思います。最後のお顔は本当に安らかで少し笑っておられたような・・・」
「私も・・・そう思います」
雅人は笑顔でうなずいて答え、そして続けた。
「あの・・岡田さん」
「え?」
「今度は岡田さんに私の話をゆっくり聞いていただかなくてはなりません。多分信じていただけないかもしれませんが・・・」
「はい。ゆっくりうかがいたいと思います」
岡田は笑顔で答えた。
雅人が空を見上げると大きな虹が青い空に輝いていた。
(終わり)
第5章:平和
【地球へ】
雅人はコックピット内で目を覚ました。
「ここは・・・そうだ・・・ドロシーは大気圏に突入して・・・。俺は・・・生きているのか」
非常灯が点灯し、うす暗いコックピット内では計器類はすべて消灯し一部は破損していた。雅人は手を上に伸ばしてキャノピーのロックを外し、手動で後ろにスライドさせた。
雅人の目にまぶしい太陽の光が注ぎ込み、波の音が聞こえてきた。雅人が周りを見回すとそこは誰もいない海岸であった。雅人はヘルメットをはずしてスペーススーツを脱いだ。
「海に落ちて流れ着いたようだな・・・俺は生きている。ドロシー、無事か?」
しかしドロシーの返事はなかった。
雅人は体を起こして砂浜にゆっくりと飛び降りた。振り返ってドロシーの機体を目にした雅人は息をのんだ。赤いボディーは真黒に焼けこげ、主翼も尾翼も形を成していなかった。機体の前方は大きく破損してそのほとんどが失われ、中がむき出しになっていた。
「よくこれで沈まずに海岸に打ち上げられたものだ・・・」
雅人は破損した機体の奥にキラッと光る物体を見つけた。手を突っ込んでそれを取り出すとそれは真っ黒に焼け焦げたチップだった。その破片に刻まれていた銀色の文字は・・・
「Dorothy・・・」
雅人はドロシーと書かれたMPUチップを大切そうに両手で握りしめ、胸に押し当てた。
「ドロシー・・・君は・・・こんなにぼろぼろになってまで俺を守ってくれたのか・・・」
雅人の目からはとめどなく涙が溢れてきた。
「ドロシー・・・ドロシー・・・ありがとう」
雅人は砂浜に膝をついてドロシーのぼろぼろになった機体を見つめていた。
雅人はドロシーを大切そうに胸のポケットにしまうと周りを見回した。
「ここは・・・日本なのか?待てよ・・・この海岸線は見覚えがある。そうだ。ついさっき愛子ちゃんと別れた海岸だ!ひょっとしてまだ愛子ちゃんが・・・」
雅人は再び周りを見回した。
「いや、ドロシーが落ちたのは海の上だ。何日もかかってここに漂流してきたのだ。なんと言う偶然だろう?俺はどのくらい気を失っていたのだろうか?」
雅人は時計を確認したが、大きく破損し、すでに機能を停止していた。
「とにかく人のいるところに出て水を貰おう」
雅人は海を背にしてゆっくりと歩き始めた。
砂浜を歩き終わり、道にたどりついた雅人は奇妙なことに気が付いた。道路が舗装してあるのである。
「おかしい・・・昭和25年の日本にこんな舗装道路はないはずだ。ここはどこなんだ?伊豆半島の海岸ではないのか?」
雅人は道路に沿ってとぼとぼと歩き始めた。周りの樹木の様子は間違いなく日本のように思えるのだが・・・・。
しばらく歩くと前方から車が来るのが見えた。
「助かった。人がいるんだ」
車に向かって手を振っていた雅人は突然はっと手を止めた。
「なんだ!あの車は!」
その車の外見は雅人がいた時代、2040年代のデザインなのであった。
「どうしましたか?」
車は雅人の前で止まると中から60代くらいの紳士が声をかけた。
「この服装は・・・」
彼が身にまとっているものも昭和25年代のものではない。
「事故でもあったのですか?」
「いや・・・え?・・はい、事故で・・・」
「それは大変でしょう。どうぞ乗ってください。けがはないのですか?」
紳士は助手席のドアを開けると雅人を手招きした。
「すみません、助かります。あの・・水が飲みたいのですが・・・」
「じゃあこれを・・・」
紳士は車の中においてあった350mlのペットボトルの水を差し出した。雅人は一気に飲み干してはっとした。
「これも・・・昭和じゃない・・・」
雅人は隣の紳士の顔を見て問いかけた。
「すみません!今は西暦何年何月ですか?」
「え?西暦・・・2045年3月13日だと思いますが・・・なにか?」
「2045年!」
雅人が弾道ミサイルの迎撃に向かったのは1950年だ。それから95年の歳月が経過していることにある。
「どうして・・・どうしてこんなことに・・・」
「大丈夫ですか?頭を打ったのでしょうか?病院に行きましょう」
紳士は心配そうに雅人の顔を覗き込むと車を走らせた。
「ここは・・日本ですか?」
雅人の質問に紳士は微笑みながら答えた。
「ええ、そうですよ。日本の静岡県、伊豆半島です。あなたのお名前は?」
「菅原・・・雅人・・・」
「菅原さんですか。私は岡田総司といいます。30分くらいで病院がありますから・・・もう少し辛抱してください」
「すみません・・・」
雅人は混乱した頭で考えた。また自分はタイムスリップしたのだ。しかしいつ?
―寝ている間に95年の年月が過ぎ去った?そんな馬鹿な。俺の体は年を取っていない。きっと大気圏に突入した時だ。あの時プラズマがドロシーの機体を覆い、ドロシーが強い電磁場を発生させた。その時に時間の割れ目ができてまたこの世界に・・・そうだ!
「か・・核戦争は!起こったのですか?」
雅人は突然体を起こすと岡田と名乗る紳士の顔を見つめて真剣な表情で聞いた。
「核戦争?ああ・・・そんなものはありませんよ」
岡田は、この人は相当頭を打っているな、と思いながら丁寧に答えた。
「核戦争って私が子供のころのSF小説でよく読みましたね。でも今は核兵器そのものが廃絶されてしまいましたから、もう起りようがありませんね」
「核兵器が廃絶!」
「ええ。ノーベル平和賞を取った長瀬愛子博士のご尽力で地球から核兵器がなくなって、もう55年になります」
「長瀬愛子博士!?ノーベル平和賞!?」
「ええ。あなたも日本人なら長瀬愛子博士の名前はご存知でしょう?」
「長瀬愛子というのは・・・あの・・・1933年東京生まれで東京大空襲で母を亡くして戦争で父と兄を亡くした・・・あの長瀬愛子・・・ですか?」
岡田は、ほう・・という顔でちらっと雅人を見た。
「よくご存じですね。その長瀬愛子博士ですよ」
―愛子ちゃんが・・核兵器を廃絶させた・・・ドロシーの言ったことは本当だったんだ。この世界は核戦争がない新しい世界なのだ。
「お願いです!長瀬愛子のことをもっと教えてください!」
岡田は真剣な表情で懇願する雅人にちょっと体を後退させて言った。
「わ・・わかりました。じゃあまず病院に行ってから・・・」
「いえ!私は大丈夫です。長瀬愛子のことを教えてください!」
雅人の真剣な表情を見て岡田は言った。
「わかりました。でも私が話をするより長瀬愛子記念館にいかれたほうがよいでしょう」
「長瀬愛子記念館!」
「はい。ここからすぐですからご案内しましょう」
岡田は車を右折させて山道を登って行った。
【長瀬愛子記念館】
約10分後、雅人を乗せた車は森の中にポツンと建っているこじんまりした建物の前に到着した。
「さあ、ここです」
雅人は車を降りて周りを見回した。周りの木々からは暖かい木漏れ日が差し込み、頭の上からは小鳥のさえずりが聞こえてきた。
「ここからはさっきの海岸がよく見えるでしょう?」
岡田の指さす方向をみると青い海と白い砂浜が遠くに見えた。
「どうしてこんなところに記念館を・・・」
「さあ・・でもこれは長瀬博士のたっての希望だったのです。あの海岸が見えるところに作ってほしいと・・・。何か彼女の思い出の場所だったのでしょうなー」
雅人と別れ、ドロシーを託された海岸。そこは何十年の年月が過ぎても愛子にとっては忘れられない場所となっていたのだ。
「愛子ちゃん・・・」
海岸線を見ながら雅人は思わずつぶやいた。
二人は記念館の入り口に差し掛かった。
「扉がしまっていますね」
「ええ。今日は休館日ですから」
岡田はなにごともないかのように笑顔で答えた。
「休館日・・じゃあ・・・」
「今開けますからちょっと待っていてください。実は3日前にちょっとした事件がありましてね」
「え?」
岡田は戸惑う雅人に背を向けるとポケットから鍵を取り出した。
「あなたは・・・」
「私は長瀬愛子記念館の館長なのですよ。あなたには何か事情がありそうだ。今日は誰も来ませんからゆっくりと見学していってください」
岡田は扉を開けながら雅人に微笑みかけた。
「さあ、どうぞ、今灯りをつけますから」
雅人がゆっくりと中に入ると正面には胸像が置かれていた。
「長瀬愛子 1933-2030 享年97歳 東京都生まれ・・・・」
雅人は愛子の胸像をじっと見上げた。多分かなり高齢になってからの彼女をモデルにして作られたのだろう。顔面にはしわがあり初老の女性として作成されていたが、目元や口元には愛子の面影があった。
「愛子ちゃん・・・」
雅人は思わず小声でつぶやいた。
長瀬愛子記念館はドーナッツ型の建物であった。入り口の胸像を起点として回廊型に展示されており、中央部は全面がガラス張りで、芝生のある広い中庭を見渡せた。中庭のガラスの反対側の壁に展示物が並べられていた。雅人は左に進むとゆっくりと写真や小物を観察していった。
展示は東京大空襲の焼け跡を撮影した白黒写真から始まっていた。
≪1945年3月10日 母 泰子 東京大空襲にて死去・・・愛子は兄とともに叔母、坂崎恭子のもとに世話になることになった≫
「兄とともに・・・靖彦も一応恭子おばさんの世話になっているから・・・まあ、そうだな」
≪愛子は空襲のショックで一時記憶をなくしていたという。その後回復したが一部の記憶は終生もどらなかった≫
その隣には軍服を着た靖彦の写真があった。
≪愛子の兄 靖彦。海軍小尉(戦死後、大尉に昇進)。特攻隊員として人間ロケット桜花に乗り込み、敵空母に壊滅的打撃を与え死亡。享年23歳。愛子はアメリカ文学を研究していた靖彦が歌うover the rainbowを特に好んだという≫
「靖彦・・・・」
雅人はほんの少し目頭をうるませながら、ガラス越しの靖彦の写真の前に手を置いた。そしてその隣の写真を見てはっとした。それは愛子の17歳の誕生日に雅人と恭子の3人で記念館で撮った写真であった。雅人にとってそれはつい先日撮ったばかりの写真であるが、展示されている写真は一部が破損し、セピア色に変色してかなり年季の入ったものであった。
≪愛子17歳。隣は叔母の坂崎恭子ともう一人の兄、雅人≫
「もう一人の兄・・・俺も愛子ちゃんの兄になってるのか・・・」
雅人はちょっと苦笑した。
≪雅人は「俺は100年後の未来からやってきた」が口癖だったという。彼は1950年富士山麓で原因不明の爆発事故に巻き込まれて死亡している。享年28歳≫
「・・・口癖じゃねーし・・・それに死んでねーし」
雅人はちょっと下を向いて不満そうにつぶやいた。その時、隣にいた岡田は雅人の顔をちらっと見た。
そこからは愛子が電気物理学を専攻し、アメリカに留学したことや若くして多くの論文を発表したことなどがいくつも記載されていた。
≪1965年 愛子32歳 この年を境として愛子の生活が大きく変化する。画期的な発明を多く生み出し、また、核兵器廃絶運動に強く傾倒することとなる。愛子が永遠の友と呼ぶドロシーに出会ったのはこの頃だといわれる。ドロシーの写真はなぜか1枚も残されていない≫
「愛子ちゃんは32歳でドロシーのチップの解析に成功したんだ。1965年・・・真空管からようやくトランジスタに置き換わってきたころだ。この10数年の間どれほど苦労したのだろうか?」
雅人は胸ポケットのドロシーのMPUチップを右手で握りしめた。
その次のコーナーでは何点かの絵画が展示されていた。
「これは・・・広島だ・・・」
それは原爆投下後の広島を描いた絵画であった。人々が全身にやけどを負い、両手から皮膚を垂らして夢遊病者のように歩く姿。
「きっとドロシーのメモリーからの映像を描写したのだろう。何とか核兵器の恐ろしさを世界に伝えようとしたのだ」
隣にいた岡田が絵画を見ながら言った。
「これを発表した当時は誰も注目しませんでした。あまりにおどろおどろしすぎて猟奇的にさえ見えたのです。物理学者の長瀬愛子はどうしてしまったのかとみんなが心配していたそうです」
「・・・・そうかもしれませんね」
「しかし1970年アメリカの小さな都市であの事故が起こったのです」
「核実験の事故・・・」
「そうです。1万人が原子爆弾の犠牲になりました。それまでの人々は原子爆弾のことをただ『破壊力の大きな爆弾』程度にしか認識していませんでした。原爆が落ちた都市の様子はまさしく愛子先生が発表した絵画の通り地獄絵のようだったのです。世界中が衝撃を受けました。そして世界は愛子先生に注目するようになったのです」
「彼女はほかにも核兵器を根絶する運動を?」
「はい。短編の映画、小説、マスコミへの取材、講演、世界中を飛び回りあらゆる方法で核兵器反対の運動を広げました。そしてその運動はアメリカから始まり、徐々に全世界に拡大していったのです。そして1990年核兵器禁止条約が国連参加国で締結され、全世界から核兵器が根絶されました」
「核兵器が根絶・・・本当にそんなことが・・・」
「はい。その功績が認められ、愛子先生には2003年ノーベル平和賞が授与されました」
展示にはノーベル平和賞の賞状が展示されていた。そしてその下には愛子の自筆でこんな言葉が記されていた。
≪この栄誉を、私を支えてくれた叔母、二人の兄、そして永遠の友ドロシーにささげる≫
「私が愛子先生のところにお世話になったのもこのころです。私は1980年生まれですが、初めは運転手として雇っていただきました。それから先生の秘書のような仕事をさせていただき、2020年にこの記念館が建てられてからは館長として働かせてもらっているのです」
雅人は最後の展示の前に立っていた。
≪2030年 長瀬愛子 急性心不全により死去。享年97歳≫
雅人はその前でじっと立ち止まっていた。その時急に激しい雨音が窓ガラスをたたき始めた。すると岡田が雅人に向かって言った。
「やあ・・・降ってきましたね。これはしばらく出れそうにないですね。菅原さん、そこに掛けて休みませんか?」
第5章(2/2)最終回に続く
【弾道ミサイル発射】
ドロシーが減速しながら言った。
<マサト。ミサイル基地の上空に到着しました。現在高度1万メートルです>
「発射口は開いているか?」
<雲が厚く、ここからは確認できません>
「よし、降りてみよう」
<敵の迎撃システムが不明です。私の機体はレーダーには感知されていないはずですが視界に入れば高射砲の砲撃や迎撃戦闘機が上がってくるかもしれません>
「発射口が開いていることが確認できれば急降下してミサイルを撃ち込んでやる。そのあと一気に上昇して離脱だ」
<マサト、あまり急激なGは好ましくありません>
「あ・・・・そうか・・・・」
雅人は後ろの愛子をちらっと見やった。
「できるだけGをかけないように旋回するよ。愛子ちゃん、しばらくの辛抱だ。ちょっと揺れるけど我慢してくれ。戦争を避けるためなんだ」
「わかった。愛子は大丈夫。雅人兄ちゃんは愛子のことは気にしないで」
「よし、ドロシー。降下だ。周囲のチェックを頼む」
<了解しました>
ドロシーは雲の中をゆっくりと降下していった。
富士山のふもとに近づくと樹海の一部が切り開かれており、四角い緑色の建物が雅人の目に入った。そしてその横には土色の変わった平地があった。
<マサト、あそこがサイロの発射口です。まだ解放されていません>
「よし、ドロシーがぎりぎり発射口を確認できる高度まで上昇する」
その時、建物からサイレン音が響き渡った。
<マサト。気づかれたようです。高射砲が3機稼働準備中です。迎撃戦闘機のスクランブル命令を傍受しました>
「戦闘機!機種はなんだ?」
<ミグをベースとしたジェット戦闘機のようです>
「ジェット戦闘機か。そんなものまで開発しているのか・・・・まずいな」
<マサト、3Km東から2機の戦闘機が発進しました。こちらに向かっています>
「こちらには攻撃オプションがない。逃げるだけだ」
<敵機の無線を確認しました。所属を聞いています>
「何も答えるな。上昇して離脱する」
雅人は操縦かんを引いて機体を上昇させた。
<ミサイルが2基発射されました>
「なんだって!」
<大丈夫です。この時代のミサイルは精度が高くありません。十分逃げきれます。そのまま上昇してください>
「くそ 厄介なことになった」
<マサト。サイロのミサイル発射口が解放されます。ごく短時間で弾道ミサイルが発射されるものと思います>
「なに!でも今はこっちのミサイル回避が先だ!」
雅人は極力Gがかからないような加速度で上昇していった。高度2万メートル付近に達したときドロシーが言った。
<敵ミサイルは・・・目標を失いました。追撃コースから離脱します。現在高度2万メートルです。敵の視界からは外れています。レーダーにも感知されていないと思います>
「敵機はまだ基地の上空を飛んでいるな」
<旋回して偵察しているようです。追っては来ません。ここまでの高度には上昇できないでしょう>
「ぐずぐずしていると弾道ミサイルが発射されてしまう。ドロシー。敵機の後ろに降下して高速で発射口にロックオンして一気に決めよう。タイミングを誘導してくれ」
<了解しました>
ドロシーは大きく旋回すると再び基地に向かって降下していった。
<発射口を確認。噴煙が上がっています。ごく短時間で弾道ミサイルが発射されます>
「チャンスは1回だ。行くぞドロシー!」
<了解。敵機は左下方を旋回中です。まだ気が付いていません>
雅人は一気に急降下し、ミサイル発射口をとらえた。
「ロックオン!発射!」
ドロシーのウエポンベイが開きミサイルが発射され、吸い込まれるように弾道ミサイル発射口に向かっていった。その時、ミサイル発射口の噴煙が炎に代わり、弾道ミサイルが姿を現した。
「弾道ミサイルが発射された!間に合うか・・・」
ドロシーから発射されたミサイルは弾道ミサイルの脇をかすめ、発射口に吸い込まれていった。そして弾道ミサイルは炎を上げながら高速で上昇していった。
「しまった!遅かった!」
<敵戦闘機に気づかれました。急速上昇します>
その時、弾道ミサイル発射口で大きな爆発が起こった。そしてその爆発は次々と周りに広がっていった。
<ミサイル格納庫内で弾薬が誘爆したようです。大爆発が起こります。南方向へ離脱します>
そしてドロシーの後方では大きな爆発音が起こり富士山のふもとの一角に炎と煙が上がった。
<ミサイル基地は消滅したようです>
「しかし弾道ミサイルを止められなかった・・・」
雅人は悔しそうにつぶやいた。
「雅人にいちゃん・・・だめだったの?」
「ああ・・残念だがミサイルは発射されてしまった。ドロシー。飛行経路と着弾時間を計算してくれ」
<このまま大気圏を抜ければ約32分後にアメリカ西海岸に着弾します>
「だめだ・・もう止める方法がない・・・20万人の人間が死ぬ。そしてまた日本は戦争に・・・俺がやったことはすべて無意味だったんだ」
雅人は絶望して頭を抱えた。
「雅人にいちゃん・・・」
<マサト・・・私が行きます>
「え?」
<私の小型原子炉を核弾頭の近くで誘爆させれば成層圏上空で破壊することが可能だと思います。弾道ミサイルは成層圏を出た後は放物線を描いて宇宙空間を慣性で飛行します。私が成層圏を抜け、加速し続ければ成層圏再突入前に追いつくことができます>
「しかしドロシー・・・」
<ほかに方法がありません。そこの伊豆半島の海岸に二人をおろします>
雅人は無言でじっと考え込んでいた。そしてドロシーは人気のない海岸に着陸した。
<マサト、降りてください。あまり時間がありません>
「ドロシー・・・・」
雅人は大きく息を吸い込むと、決心したように目の前のボードに向かって暗証番号をすばやく入力した。すると5cm四方のMPUチップが排出された。そのチップには銀色の文字で「Dorothy」と刻印されていた。雅人はチップをつかみ取ると座席降下スイッチを押して愛子とともにドロシーから離脱した。
「愛子ちゃん!これを!」
雅人は愛子の手の中にMPUチップを握らせた。
「これは・・・」
「これはドロシーの心だ」
「ドロシーの心・・・」
「いつか・・・いつの日か科学が発達すればこの中からドロシーの記憶を読み出すことができる。ドロシーの記憶の中には二つの世界の歴史のすべてが記憶されている。核兵器の悲惨さ愚かさを伝えて君がこの世界の核戦争を止めるんだ!」
「雅人にいちゃんは・・・どうするの?」
愛子は泣きながら雅人を見上げて聞いた。
「ドロシーの代わりに俺が弾道ミサイルを破壊する。これからの世界を平和にするために必要なのは俺ではなくドロシーなんだ。だからドロシーを頼む!」
「いや!愛子も行く!」
「わからないことを言うな。愛子ちゃん。戦争のない世界を作るって約束したじゃないか。ドロシーと一緒に平和な世界を作ってくれ」
「雅人にいちゃん・・・」
雅人は愛子を抱きしめるとおでこに軽くキスをした。そして愛子の体を放すとすばやくコックピットに乗り込んだ。
「愛子ちゃん。ドロシー。頼んだぞ!核兵器のない平和な世界をつくってくれ」
雅人は垂直上昇すると一気に天空に向かっていった。
「雅人にいちゃーん!」
愛子は両手でドロシーを握り締め、泣きながら空を見上げた。雅人はあっという間に虹のかなたに消えて行った。
【宇宙へ】
「ドロシーの計算した経路から最短距離を算出。全速で加速だ。一気に宇宙空間にでるぞ」
雅人は備え付けてあったスペーススーツをすばやく着用し、ヘルメットを装着した。
5分後、宇宙空間に飛び出した雅人は眼下の地球を見つめた。
「美しい・・・。最後に見ることができたのが美しい地球でよかった。この地球を破壊するものは誰であろうと許さん」
雅人はレーダーで弾道ミサイルの弾頭(再突入体)を探した。
「小さい再突入体でも飛行経路がわかっているからすぐ見つかるさ・・・。レーダーの機能をその方向にだけ集中させればいい。あった・・・。よし。遭遇時間を計算・・・7分20秒後だ。目標ロックオン。自動誘導装置オン。原子炉自動誘爆セット」
雅人は暗証番号を入力し、小型原子炉の自爆スイッチを押し、自動誘導に切り替えた。
「これですべてが終わる。あと5分足らずで俺も一巻の終わりってことか・・・。思えば短い人生だったよな・・・。愛子ちゃん、君にあえて楽しかったよ。靖彦、俺もすぐに行くよ。また君の歌を聞かせてくれ」
雅人は大きく深呼吸し、青い地球を見つめていた。
その時、聞こえてきた声に雅人は耳を疑った。
<マサト。すぐそこから脱出してください>
「ドロシー!」
雅人はコックピットで飛び起きた。
<マサト、時間がありません。核爆発に巻き込まれます>
「ドロシー!どうして?チップは外したはずなのに」
雅人は目の前のモニターを見ながら叫んだ。
<私はこの機体の中にいるわけではありません。マサトの後方についています。すぐ脱出してください。私が拾います>
「なんだって?後ろ?」
雅人は後ろを振り返った。するとそこにはドロシーと同じタイプの赤い航空機の機体があった。
<はやく!>
「わ・・わかった」
現状を飲み込めていない雅人はドロシーの声に従って脱出スイッチを押した。そして雅人は座席ごと宇宙空間に放出された。
<マサト、その座席を切り離してください。私が寄ります。誘導ロープを発射しますからこちらの座席に移動してください>
「了解」
そして雅人は発射された誘導ロープを手繰り寄せながらゆっくりと新しい機体に搭乗した。
<全速で離脱します。核爆発まであと1分>
新しいドロシーは急加速していった。
1分後、無音の中で強いせん光とともに大きな振動が雅人を襲った。
<機体を立て直します>
30秒後、周りには再び静寂と闇が戻ってきた。
「ドロシー・・・本当にドロシーなのか?」
<はい>
「どういうことだ?俺は頭が混乱して訳が分からない。ドロシーのMPUチップは間違いなく取り出して愛子ちゃんに渡したはずなのに・・それにこの戦闘機は?」
<マサトが長瀬愛子に託した私のMPUチップは2030年にこの機体に組み込まれました>
「2030年だって!?」
<はい。そして2045年3月10日、私は宇宙空間に飛び出し、磁気嵐に向かったのです>
「俺たちがタイムスリップした磁気嵐か?」
<そうです。そして私はそこで再び1945年3月10日にタイムスリップしました。そしてマサトが弾道ミサイルを破壊するために宇宙にやってくるまでの5年間、地球の周回軌道をずっと回っていたのです>
「俺がドロシーと別れたのはほんの30分前だが君は100年かけて俺を助けに来てくれたということか・・」
<そうなります>
「ドロシー・・・お前ってやつはなんて無茶なことを・・・」
雅人は大きく深呼吸して聞いた。
「100年後の世界はどうなっている?やはり核戦争で人間は地下に住んでいるのか?」
<いいえ。新しい世界の100年後には核兵器は廃絶されています>
「核兵器が廃絶!」
<マサトに私のMPUを託された長瀬愛子は電気物理学を専攻し、何とか私とコンタクトを取ろうとしました。彼女は大変な努力の末、10数年後に私のメモリーを解析することに成功し、核戦争に関するデータを取り出しました。彼女は絵や映像などあらゆるメディアを作成して核兵器の恐ろしさを世界中に発信してきました。最初のうちは反響があまりありませんでしたが、ある時、アメリカで核実験の失敗による事故が起こりました>
「事故?」
<アメリカの小さな町で核爆弾が誤爆し、1万人が犠牲となったのです。そしてその様子はまさしく長瀬愛子が作成した絵や映像そのままだったのです。彼女は一躍注目され、時の人となりました。それから彼女は全世界に核兵器の恐ろしさを伝え、多くの人々の支援を受け、1990年ついに核兵器は廃絶されたのです>
「愛子ちゃんがそんなことを・・・俺がしたことは無駄じゃなかったのか」
<私はマサトにこのことを伝えるためにこの世界に戻りました>
「そうか・・・お前は本当にたいした奴だぜ。それに・・・・ドロシーの新しい赤いボディーもなかなか素敵だ。赤がお前の好きな色だったな?」
<ありがとう。このボディーを設計したのは・・・>
その時、アラームが鳴った。
「ドロシー!燃料が・・・燃料がゼロだ」
<・・・>
「どういうことだ!」
<すみませんマサト。実は今の私に搭載されているのは原子力ロケットエンジンではなく、化学燃料ロケットエンジンなのです>
「化学燃料ロケットエンジン・・・じゃあ大気圏脱出で・・・」
<大気圏からの脱出と軌道の修正でほとんどの燃料を使い果たしてしまいました。それに・・・タイムスリップの影響で耐熱パネルはやはり損傷しています>
「俺たちは今マッハ20以上の速度で地球の周回軌道を回っている。この速度を減速せずに大気圏に再突入することは到底無理だ。逆噴射による減速ができなければ耐熱パネルが破損している機体では温度が上がりすぎて燃え尽きてしまう」
<マサト・・・せっかく助けに来たのに・・・申し訳ありません。でも、私の機体には大気圏再突入時に使用できる、電磁力による減速システムが装備されています>
「電磁力?」
<はい。再突入の熱によって機体の周りに発生したプラズマに強い磁場をかけると電流が流れ、電磁力が発生します。この電磁力が衝撃波を前方に押し出し、いわば翼の役割をして機体を減速させます>
「その原理は聞いたことがある。新しい世界ではもう実用化されているのか?」
<いいえ、実用化はされていません>
「じゃあ・・・」
<これが最初の試みです。運が良ければ・・・地上に戻れます>
「バカ!そんないい加減なシステムに運命をかけるな!」
<これしか方法がないのです>
「だめだ!再突入はだめだ!このまま周回軌道を維持していればいい。そうすれば君はいつか回収される可能性がある」
<もうおそいのです・・・すでに私は再突入の軌道に入っています>
ドロシーは地球に向かっていた。
「だめだ!だめだー!ドロシー!君まで死ぬことはない!君は俺に世界が救われたことを伝えてくれた。俺はそれだけで十分満足だ。君の使命は終わったんだ。命を無駄にするな!」
<マサト。あなたを一人で死なせはしない>
「だめだ・・ドロシー・・・無駄に死んじゃだめだぁ・・・・」
強いGがかかり、薄れゆく意識のなかで雅人が叫んだ。
<機体表面温度上昇。プラズマが発生します。磁気減速システム作動します>
「ドロシー・・・・・・もしも地上へ落ちるなら・・・誰も・・・誰も傷つけないところへ・・・」
<マサト、あなたにはまだ伝えなくてはならないことが・・・>
「・・・・・・」
雅人の意識は遠のいていった。
<マサト・・・・・・・・>
「・・・・・・」
<マサト、あなたは私が最後まで守ります。磁場強度最大で私の性能の限界まで維持します>
ドロシーは真っ赤に燃えながら大気圏に突入していった。
そしてドロシーは突然姿を消した。燃え尽きたのではなく突然空中で消えてしまったのである。
第5章(1/2)に続く
第4章:新しい世界
【戦後】
無条件降伏ではないが日本は敗戦国となった。極端に物資が少ない中、外地から民間人や軍人など数百万人が復員し、状況はさらに悪化していた。
空襲はなくなり安心した夜を迎えることはできたが、人々は衣食住に困窮し、配給品だけでは空腹を満たすことができず闇市は史実通りに開かれていた。アメリカを中心とした占領軍は大々的には上陸していなかったが、武装解除の監視目的の占領軍は戦勝国として我が物顔で振る舞い、また、それまで虐げられていた在日の中国人や朝鮮人も戦勝国民として横暴の限りを尽くしたことも史実通りであった。
雅人たちは少なくとも食物を自給することができたので比較的恵まれた生活ができていたといえる。夕食を終えて雅人はいつものように愛子に勉強を教えていた。恭子は食事の後かたずけをしながら言った。
「本当に戦争が終わったんだねー。もう誰も死ななくてもいいかと思うと気が休まるよ」
「恭子おばさんのおかげで俺も愛子ちゃんも毎日の食事ができています。本当に感謝してます」
雅人が笑顔で言った。
「私のほうこそ雅ちゃんが来てくれて本当に助かったよ。愛子ちゃんの勉強も見てくれるし・・・」
「いやー愛子ちゃんは本当に賢いから・・・教え甲斐がありますよ。大きくなったらきっと偉い学者さんになりますよ」
愛子は鉛筆を走らせながら得意顔でうなずいた。
「それにしてももう半年早く戦争が終わってたらねー。今更こんなこと言っても仕方ないんだけどね」
恭子は悔しそうに言った。
「まあ日本が占領されなかっただけでも儲けものですよ。これからは愛子ちゃんたちががんばって日本を立ち直らせていかないと」
「私頑張る。うんと勉強して二度と戦争のない世界を作る」
「頼んだよ愛子ちゃん」
恭子が笑顔で言った。
【サファイア】
1950年10月・・・
5年の歳月が流れた。
戦後の混乱も少しずつ改善し、行き倒れや浮浪者はほとんどいなくなっていた。世界では米ソの対立による朝鮮戦争が勃発していたが日本国内は平和を維持していた。
17歳になった愛子は美しい女性に成長し、女学校に通っていた。
「いってきまーす」
自転車に乗って出ていく愛子を見送りながら恭子が言った。
「夕方には雨になるから早く帰るんだよ」
「わかった! 恭子おばさん!」
雅人の農作業はすっかり板につき、畑も新しく開墾し、人を頼んで手広く仕事をしていた。そんなある日の夜、恭子が雅人に向かって言った。
「ねえ雅ちゃん」
「え?」
「あのさ、こんな事いまさら言うのも変なんだけど・・・雅ちゃんはどこにもいかないよね?」
「え?どこにもって・・・」
雅人はちょっと口ごもって言った。
「雅ちゃんって・・・こう言っちゃなんだけど、どこかつかみどころがないようなところがあるんだよ。あたしたちにはわからない何かを隠しているような・・時々一人で山のほうへ出かけて行って帰ってこなかったり・・・」
「ああ・・・あれは・・・何か山のほうで新しい仕事ができないかと思って・・・」
「まあそんなことはいいんだけどさ、あたしゃね、旦那も息子もなくしちまってあんたたちが本当の家族のように思えるんだよ。愛子ちゃんが学校を卒業したらいずれはあんたたちが一緒になってこの家を継いでくれないかなと思っているんだ」
「お・・俺と愛子ちゃんが・・」
恭子は引き出しから先日3人で撮った写真を取り出した。愛子の17歳の誕生日の記念に3人で写真館に行き、並んで撮った写真である。
真ん中に愛子が座り、右に恭子が、左に雅人が立っているモノクロの画像を雅人はじっと見つめていた。
「愛子ちゃんだって雅ちゃんのことを慕っているみたいだし・・・。愛子ちゃんの誕生日に雅ちゃんが青いサファイアのついたネックレスを贈ってやっただろ? あれ、愛子ちゃん、ものすごく気に入っていつも引き出しから出して眺めているんだよ」
「え?本当ですか・・・。確かにあれで・・・俺の財布が空になっちゃいましたけど・・・それなら贈った甲斐がありましたよ」
雅人は愛子の誕生日のことを思い出していた。
「本当にこれを愛子がもらっていいの?」
愛子は目を輝かせて箱の中のネックレスを見つめていた。
「愛子ちゃんの誕生日は9月だから9月の誕生石のサファイアだよ」
「誕生石?」
雅人の言葉に愛子は首を傾げた。
「1月から12月までそれぞれ誕生石っていうのがあるんだよ。それを持っていると幸福になれるんだ。9月の誕生石はこの青いサファイアなんだ」
「じゃあこのきれいな青い宝石をもっていれば私は幸せになれるのね」
愛子は真っ青に輝くサファイアを手に取った。
「きれいだねー。愛子ちゃん、つけてみたら? おばちゃんが手伝ってあげる」
恭子が愛子の髪をまくり上げてネックレスの金具を止めた。
「どう?」
愛子は不安そうに恭子を見つめた。
「きれいだよー。海のように青い色が愛子ちゃんにぴったりだよ」
「本当によく似合うよ、愛子ちゃん」
雅人も嬉しそうに言った。愛子はそれから長い時間ずっと鏡を見つめていた。
「わたしこれからずっとつけてていい?」
「だめだめ。そんなのつけてたら知らないうちにサファイアの石がなくなっちゃうから・・・。ちゃんと机の中にしまっときな」
恭子に諭されて愛子はしぶしぶネックレスを外した。
昭和25年にはようやく日本にも食料や物資が少し出回るようになり、活気が戻りつつあった。朝鮮戦争が勃発し、産業の需要が増えたことも一因であった。人々には娯楽や余暇を少しずつ楽しむ余裕が出てきたのである。
雅人は誕生日の嬉しそうな愛子の顔を思い出していた。そんな雅人を見て恭子は少し寂しそうな声で言った。
「でもね、あたしは雅ちゃんがいつかふっといなくなっちゃうような気がするんだよ」
「愛子ちゃんと一緒になるかどうかは別として、俺には身寄りもいないし、どこにも行くところないから・・・・どこにも行きませんから。心配しないでくださいよ。おばさん」
雅人は笑顔で答えた。
「そうかい・・・それならいいんだけどね・・・」
恭子はちょっと笑みを浮かべて答えた。
愛子は女学校でもトップクラスの成績であった。特に理科に興味を持ち、疑問に思ったことは何でも雅人に聞いた。雅人は100年後の進んだ知識を丁寧に愛子に教え、そして愛子の自然科学の能力は飛躍的に伸びていった。
ある日の夕方、雅人が帰ると愛子は縁側に座ってぼんやりと外を眺めていた。
「どうした?愛子ちゃん。何を考えているの?」
愛子は雅人のほうを振り返ると意を決したように聞いた。
「ねえ、雅人にいちゃん。特攻っていけないことなの?」
「え?」
「学校の先生が言うの。特攻みたいなバカなことは二度としてはいけないって。お兄ちゃんはバカだったのかな?」
愛子は目に涙を浮かべて雅人に聞いた。
「愛子ちゃん・・・」
雅人は愛子の隣に座ると肩を抱いていった。
「戦争の作戦はどんなものでも馬鹿げたものなんだ。それは人を殺すための作戦だからだ。特攻もその意味では自分の命を犠牲にして敵の命を奪うバカな作戦だよ。でもね、特攻で命を亡くした人たちは決してバカじゃない。彼らは日本や大切な人たちを守るために自分の命を犠牲にしたんだ。自分の愛する人を守るために自分を犠牲にするのは一番尊い行為だと俺は思う」
「じゃあ兄ちゃんはバカじゃなかったの?」
「当たり前だ。靖彦は立派な軍人だった。バカなのは戦争を始めた奴らだ」
「戦争がいけないのね?」
「ああ。その通りだよ」
雅人はうなずき、愛子と一緒に空を見上げた。
【核攻撃】
ドロシーはほとんど池の中に隠れたままであったが雅人は時折ドロシーを呼び出し、日本や世界の状況を確認していた。
<マサト。国民警備隊の一部に不審な動きがあります。アメリカにも極秘の情報です>
日本軍は解体されたが自衛のための組織として国民警備隊の名称で最小限の武力を所有することは認められていた。しかしその活動はアメリカに詳しく報告することを義務付けられていた。
「軍の生き残りの連中か?」
<そうです>
帝国陸軍、帝国海軍は完全に解体されたが、一部の将校や兵士は引き続き国民警備隊のメンバーとして日本の治安維持にかかわることとなった。その中にはほんの一部であるが日本の降伏に納得しない軍国主義者も依然として存在していたのである。
<国民警備隊の研究施設で核兵器を開発している形跡があります>
「核兵器!」
<大陸間弾道ミサイルに核弾頭を搭載したものです>
「大陸間弾道ミサイルだって!そんなものが戦後の日本で開発できるのか!」
<史実ではアメリカとソ連が核弾頭を搭載した弾道ミサイルを装備したのは1959年です。10年近く早いことになります。戦争中のドイツではすでに弾道ミサイルであるV2ロケットが開発されていました。戦争中にその技術は日本にも持ち込まれており、一部の科学者がその技術を発展させたようです>
「まさか・・・またアメリカと戦争を始めるつもりか・・・」
<日本には航空機や軍艦はほとんどありませんが、核弾頭を搭載した弾道ミサイルがあれば他国に対する十分な脅威となります。国民警備隊の中にはアメリカの西海岸に核ミサイルを撃ち込み、朝鮮戦争の混乱に乗じて国際的に日本の優位性を示したいと考えるものがいるようです>
「ばかな・・・核兵器を使ったらどんなことになるのかわかっていないのか」
<彼らの頭の中には超強力な爆弾程度のイメージしかないものと思います>
「ドロシー。具体的な進展具合や施設の場所を特定してくれ!核兵器だけは絶対にゆるさん!施設の場所がわかったら教えてくれ。叩き潰してやる!」
<了解しました>
ドロシーから連絡があったのはそれから2週間後のことであった。
<山梨県の富士山山麓に日本政府やアメリカに極秘で作られた施設があります。その地下サイロには核ミサイルを搭載した弾道ミサイルが装備されているようです>
「わかった。今から叩き潰す!」
<しかしマサト、残っている攻撃オプションは空対空ミサイルが1基のみです>
「そうか・・・弾道ミサイル基地を破壊するのは到底無理か・・・」
<一つだけ方法があります。ミサイルサイロの発射口がひらいて弾道ミサイルが確認できたときに空対空ミサイルを打ち込めば核爆発を誘発できます。サイロに残っている通常爆弾や核爆弾ともにすべてを一気に破壊できるでしょう>
「しかし、そのためには施設にいる多くの人々を犠牲にしなくては・・・」
<核兵器を搭載した弾道ミサイルがアメリカ西海岸に撃ち込まれれば20万人以上の犠牲者が出ます。さらに報復としてアメリカから日本の数か所に核爆弾が投下され、再び戦争が勃発します>
「少しの犠牲はやむを得ないか・・・。しかしいつ発射口が開くか予想できるのか?」
<無線を傍受し続ければミサイル発射命令を事前に確認できると思います>
「弾道ミサイル発射命令を傍受して富士山山麓に向かい、サイロの発射口が開いたときにミサイルを撃ち込む。しかも弾道ミサイルが発射されるまでの短時間に破壊しなくてはいけない」
<その通りですマサト>
「しかしやるしかない!一部の狂った軍国主義者のために平和を壊されてたまるものか」
ドロシーからの連絡は1か月後の11月15日朝突然に入った。
朝5時10分。雅人は腕に装着した端末の振動信号をオフにすると布団から飛び起きた。
そして隠してあった飛行服を取り出すと大急ぎで着替え、音をたてないように外に飛び出して山に向かった。誰にも見つからないように・・・十分気をつけたはずであった。しかし・・・・・急ぎ足で山に向かう雅人には、後を追う人影に気が付かなかったのである。
愛子も恭子と同様に雅人に不安を感じていた。雅人の、未来からやってきた人間としてのやや異質な雰囲気、時々何も言わずにいなくなる不審な行動は、愛子にも「雅人がいつかいなくなってしまうのではないか」という強い不安感を抱かせていた。
愛子は雅人に気づかれないように静かに足音をひそめながら、しかし見失わないようにどんよりと曇った空を見上げながら小走りに雅人を追った。
今にも泣き出しそうな空の下で、池に近づいた雅人はドロシーを呼び出した。
「ドロシー!」
すると池が明るく光り輝き、水面が盛り上がり、ドロシーの黒い機体が浮かび上がった。
愛子は木の陰に隠れたまま、驚愕した表情で口を開いたまま、目の前の光景を見つめていた。
雅人はすばやくドロシーに搭乗した。
「ドロシー、弾道ミサイルの発射命令が出たのか!」
<本日7時00分サンフランシスコに向かって発射される予定です>
雅人は時計を確認した。
「あと1時間半か。発射口はもう開いているだろうか?」
<その可能性は高いと思います>
「よし、今から行くぞ!」
雅人は操縦かんを手にとった。外は小さな雨粒が少しずつ風防ガラスをたたき始めていた。
<マサト!正面左に愛子ちゃんがいます>
「なんだって!」
雅人は慌ててヘルメットを外すと外を見た。
「愛子ちゃん・・・どうして・・・」
<発進しますか?マサト>
「いや・・・降ろしてくれ」
ドロシーから降りた雅人はゆっくりと愛子に向かって歩いて行った。
「愛子ちゃん・・・」
「雅人兄ちゃん・・・」
愛子はうるんだ瞳で雅人を見つめていた。
「雅人にいちゃん・・・どこへ行くの?雅人兄ちゃんもいなくなっちゃうの?そんなの嫌・・・」
愛子は泣きながら雅人に抱きついた。愛子には今目の前に見えている現実は理解できなかった。しかし雅人が自分たちとは違った特別な人間で、何かただならぬことをしようとしていることは容易に理解できた。
「愛子ちゃん・・違うんだ。俺の話を聞いてくれ」
雅人は愛子の体を両手で放すと潤んだ愛子の瞳をじっと見つめながら言った。その時、雷が鳴り、急に雨足が強くなった。そして、ドロシーが声を上げた。
<マサト。緊急事態です。発射時間が繰り上げられました>
「なんだって!何時だ!」
<わかりません。すでに発射準備が始まっているようです>
―愛子ちゃんをここにおいていくわけにはいかない・・・
雅人はあわてて愛子の方にふりむくと意を決したように愛子の肩をつかんで言った。
「愛子ちゃん!時間がないんだ・・・!一緒に来てくれ!」
そしてドロシーに向かって叫んだ。
「ドロシー!頼む」
雅人は困惑する愛子を後部座席に座らせベルトを締めた。
「よし、ドロシー発進だ!富士山麓までは君が連れて行ってくれ。ただし急加速や旋回はなるべく避けてくれ」
<了解>
ドロシーは垂直に上昇し、西に向かって飛び立っていった。地上は雷雨であったが雲の上は明るい日差しが差し込み別世界のようであった。
「愛子ちゃん。びっくりしただろう?」
雅人は正面を向いたまま後ろの愛子に向かって言った。
「あなたは誰なの?」
「俺は・・・この時代の人間じゃない。このドロシーと一緒に100年先の未来から偶
然この時代にやってきた、といっても信じられないだろうね」
「・・・」
「ドロシーとともに宇宙空間に調査に出た俺は磁気嵐に巻き込まれて時間の流れを逆行して1945年3月10日の夜に放り出された。東京大空襲の夜だ。空襲が終わって焼け野原の地上に降りた俺は気絶している君を見つけてこのドロシーの中に運んで介抱したんだ」
「私がここに?」
「そうだ。君はお母さんをなくした衝撃で正気を失っていたから覚えていないだろうけども・・・」
「雅人にいちゃんは元の世界に帰っちゃうの?」
「いや、俺はもう帰れない。この世界でこれからも愛子ちゃんたちと一緒に暮らすつもりだ」
「本当?」
「ああ、本当だ」
雅人は後ろを向いて笑顔で愛子を見つめ、右手で愛子の髪をなでた。雅人の笑顔を見て愛子もようやく笑顔を取り戻した。
そして雅人は愛子に雅人の世界の歴史のこと、原爆投下のこと、自分とドロシーが原爆投下を阻止したこと、今新しい核ミサイルが一部の軍国主義者によってアメリカに発射されようとしていること、そして、最も親しい友人であるドロシーのことなどを話した。
「その弾道ミサイルが発射されたらどうなるの?」
「アメリカのサンフランシスコが壊滅し、20万人の死者が出る。それだけじゃない。その報復としてアメリカが日本に原爆を落とし、また戦争が始まり、何百万人もの人間がまた死ぬことになる」
「そんな・・・また戦争になるの?」
「そんなことはさせない。俺とドロシーは今から弾道ミサイルとその基地を破壊しにいくんだ」
ドロシーは雲の上空を富士山に向かって飛んでいた。愛子がふと雅人に聞いた。
「靖彦兄ちゃんは・・・日本が戦争に負けることを知っていたの?」
「ああ・・・知っていた」
「それなのにどうして特攻に?」
「君の兄さんは沖縄の人たちや日本や君を守るために特攻にいった。沖縄の敵艦隊に打撃を与えればそれだけ沖縄の人たちを敵の攻撃から守ることができる。同じ負けるにしてもいい条件で終戦を迎えることができる。それが日本や愛子ちゃんを守ることになるんだって言ってたよ」
「私は沖縄や日本のことよりも兄ちゃんに生きていてほしかった」
「そうだよね。俺もそうだよ。靖彦には生きていてほしかった」
そして雅人は大きく深呼吸をしてゆっくりと言った。
「戦争はいったん始まればとことん相手と殺しあうまで終わらない。まともな理屈なんて通らない。相手を殺すことが最も正しいことになってしまう。何度も言うけれど、戦争は絶対に起こしてはいけないんだ」
第4章(2/2)に続く
【帰還】
東京に向かって海の上を無言で飛び続ける雅人にドロシーが聞いた。
<マサト・・・・。どうして長瀬少尉を援護しようと思ったのですか?>
「・・・わからん。俺にはどうすれば世界が良くなるかなんてわからない。でも・・・靖彦の・・・靖彦の思いを遂げさせてやりたかった。この時代では、あいつには特攻に行くしか選択肢がなかった。あいつも本心ではどんなに愛子ちゃんのことが心配だっただろうか? 愛子ちゃんと一緒に暮らしたいとどんなに葛藤しただろうか? でも戦争がそれを許さなかった。だったら少しでもあいつに・・・生きていたという充実感を味あわせてやりたかった」
<長瀬少尉の表情からは恐怖や困惑は読み取れませんでした。きっと雅人に感謝していると思います>
「米軍のパイロットたちは無事に脱出できただろうか?」
<マサトの機銃はすべて敵機の尾翼を狙っていますし、ミサイルの火力も最小に設定してあるのでグラマンF6Fの装甲を考えるとパラシュートで脱出する余裕はあったと思います>
実は日本軍の戦闘機と米軍の戦闘機の性能には根本的な違いがある。最高速度や航続可能距離はほとんど差がない。むしろ日本機のほうがすぐれているともいえる。しかしその装甲は全く違う。
日本機は軽量化の目的のためコックピットや燃料タンクの装甲が極めて薄く、被弾するとパイロットは助からず、機体も一気に火を噴く。米軍機は最高速度や航続距離を犠牲にしても座席や燃料タンクの装甲が厚く設計され、パイロットの生命は最大限守られているのである。
また、米軍のパイロットはパラシュートを装着しており、被弾しても脱出して海上に浮いていれば巡回する潜水艦などにより救助され、再び戦線に復帰することができる。日本のパイロットは一度落とされればそれでおしまいである。
その結果日本軍はどんどん不慣れな若いパイロットが前線に出ていくのに対して、米軍はどんどん経験を積んだベテランが増えていくのである。
人間より飛行機を大切にする日本軍と人間を大切にする米軍の違いが太平洋戦争の結果につながったといっても過言ではない。
「空母の乗組員はどうだろうか?」
<長瀬少尉の桜花は敵空母の飛行甲板の真ん中を破壊していますが、爆弾重量は通常の桜花よりかなり減量されているので人的被害は少ないでしょう>
「日本軍の被害は?」
<3機の一式陸攻、10機の護衛の零戦もすべて撃墜されています。乗員もすべて死亡しています。史実の通りです>
「すると俺は歴史には大きな変化は及ぼさなかったということか」
<それは違います。日本軍は我々のことは認識していませんが、米軍は日本軍の新しい戦闘機により大打撃を受けたと認識しています。今頃米軍の司令部は大変なことになっているでしょう。今後の戦局に大きな影響を及ぼすはずです>
「俺は歴史を変えてしまったのか。これでよかったのだろうか?」
<歴史がどう変わろうがそれに対してマサトが責任を負う必要はないと思います。マサトは新しい世界で自分の思ったように生きればいいのではないでしょうか。たとえ歴史が修復しようとしてもそれもマサトの責任ではありません>
「歴史はどうかわっていくのだろうか?」
<米軍は戦争を早めに終結させようとするはずです>
「するとやはり原爆は落とすつもりか」
<はい。しかも時期が早まる可能性もあります>
「俺には原爆投下を止める力がある」
<そのとおりです>
「原爆を止めたほうがいいと思うか?」
<それはわかりません。確かに20万人の犠牲は防ぐことができます。しかし戦争の終結を遅らせる可能性があり、本土決戦に突入する可能性もあります。そうなれば犠牲者は日本、アメリカとも原爆犠牲者の数をはるかにしのぐことになるでしょう。また、人類は核兵器を使用した経験がなくなるのでその悲惨さを知ることができず抑止力が低下します>
「かえって世界が不幸になるかもしれないってことか」
<はい>
「なあ、ドロシー。お前のメモリーの中には広島や長崎の記録や最終核戦争の記録が残されているだろ?それをこの時代の人間に見せて核兵器の恐ろしさを伝えたらどうだ?」
<マサト。それはあまり賢明な手段とは思いません。私の存在がこの世界で知られれば必ず軍事利用しようとする人間が現れます。この時代にそれが行われればある意味で核兵器以上の脅威になりえます。私の存在を知らせるのは、平和を愛する純粋な心を持ち、しかも強い意志を持った人間に限るべきです」
「俺はどうしたらいいんだ?」
<私にもわかりません。しかし日本軍とアメリカ軍の動きは私がモニターし、マサトに連絡します>
【愛子覚醒】
1時間後、家にもどった雅人は愛子の叫び声を聞いて慌てて中に入った。
「雅ちゃん!愛子ちゃんがさっきから大変なんだよ!」
奇声を上げながら震える愛子を両手で支えながら恭子が雅人に向かって叫んだ。
「愛子ちゃん!どうした!」
「あー!あー!」
雅人は愛子の肩を支えながら声をかけた。
「30分くらい前からずっとこんな調子で・・・愛子ちゃん!どうしたんだい?」
愛子は体を震わせながら上を見つめて大きく息を吸い込むと突然口を開けた。
「・・・にいちゃん!」
その瞬間愛子の震えは止まりまっすぐに目を見開いた。
「愛子ちゃん!しゃべれるのかい!」
恭子が驚いて愛子の顔を見つめた。
「愛子ちゃん!わかるか?」
雅人は愛子の肩を両手で揺さぶりながら聞いた。
「にいちゃん・・・いかないで・・・愛子を置いていかないで」
愛子は涙を流しながら焦点の合わない瞳で正面を見つめていた。
「愛子ちゃん。靖彦が見えるのか?」
「にいちゃん・・・」
愛子はそうつぶやきながら左の恭子を見つめた。
「恭子おばちゃん・・・?」
「愛子ちゃん!わかるのかい!おばちゃんがわかるのかい!」
恭子は愛子をじっと見つめた。
愛子は恭子を見ながら小さくうなずいた。
「愛子ちゃん!」
恭子は思わず愛子を抱きしめた。
「あなたは・・・だあれ?」
愛子は怪訝そうな目で雅人を見つめた。
「俺は・・・雅人。お兄さんの友達だ」
「まさと・・・兄ちゃんの友達・・・」
「愛子ちゃん。この人はね、空襲の中からあんたを助け出してここまで連れてきてくれたんだよ」
恭子が諭すように言った。
「くうしゅう・・・」
すると突然愛子は目を見開き大声で叫び、再び震えだした。
「かあちゃん!かあちゃん!」
恭子はそんな愛子をしっかりと抱きしめた。
「かわいそうに・・思い出したんだね。きっと母ちゃんが火の中で死んでいくのを見たんだね」
愛子は大声をあげて泣き出した。
こうして愛子の解離性障害は突然改善したのである。
「きっと靖彦が来てくれたんだ・・・。世の中には科学で説明のつかないことなんてたくさんあるのだから・・・」
雅人はうなずきながらそうつぶやいた
【昭和の生活】
雅人は解離性障害から回復した愛子の教育係となった。この時期の学校は空襲による校舎の損傷や集団疎開などで機能していなかったのである。
愛子は聡明な少女であった。雅人が教えたことは全部記憶し、常に新しい知識へと発展させた。しかも論理的な思考力を持ち、科学の分野に強い興味を抱いていた。
「雅人にいちゃん。戦争はいつまで続くの?」
「もうしばらくだ。夏には戦争が終わって平和な生活が帰ってくるよ」
「日本は負けるの?」
「ああ。負けるよ」
雅人は周囲を見回しながら答えた。
「日本人はアメリカの捕虜になって奴隷にになるの?」
「いや、そんなことはない。日本人はちゃんと自分たちの権利を主張して生きていけるんだ」
奴隷・・・そんなことはさせない。雅人は心の中で決意した。
「また学校に行って友達と遊べるようになる?」
「もちろん」
雅人は笑顔で答えた。
「でも・・どうして戦争なんてあるのかな?戦争がなかったら父ちゃんも母ちゃんも兄ちゃんもみんな死ななくてもよかったのに・・・」
愛子は寂しそうな顔で下を向いた。
「戦争は・・・みんなが他人より自分だけ得をしたいと思うから起こるんだよ」
「自分だけ得?」
「そう。人のことはどうだっていい、とにかく自分だけはあれも欲しい、これも欲しいと思って欲張るから戦争になるんだ。あるものをみんなで仲良く分けていれば戦争なんて起こらないんだ。もしも・・・愛子ちゃんに3人の友達がいたとして、ぼた餅が一つしかなかったらどうする?」
「うーん。みんなで分ける」
「そうだよね。誰かが自分だけで全部食べたいと思うと戦争が起こる。みんなが相手の気持ちを考え自分が我慢するようにすれば戦争なんて起こらないんだ」
「じゃあ日本はほかの国の人たちのことを考えなかったから戦争になったの?」
「そうだ。でもそれは日本だけじゃない。アメリカも、イギリスも、ドイツもみんなが自分の国のことしか考えなかったから戦争になったんだ。だからこの戦争が終わったら今度こそ二度と戦争が起こらないように俺や愛子ちゃんのように生き残った人たちががんばらなきゃいけないんだよ」
「愛子たちが・・・」
「そう。一生懸命勉強してどうしたら戦争をしなくても済むかを考えて、世界中の国の人たちのことを思いやって、限りのあるお金や資源を分け合いながら暮らしていくことが必要なんだ」
「わかった。愛子、戦争がない世界にするように頑張る!」
ポツダム宣言は史実と同じ日程で行われた。内容もほとんど同じで、当然のごとく日本はそれを拒否した。アメリカではすでにマンハッタン計画により原爆が開発され、日本に投下する準備が着々と進められていたのである。
「ドロシー。マンハッタン計画は進行しているのか?」
<傍受したアメリカ軍の無線から総合的に勘案するとすでにリトルボーイ(広島に投下された原子爆弾)とファットマン(長崎に投下された原子爆弾)は完成しています。実験も順調でそれを運搬するためのB29の改造もほぼ終了しています。8月の初旬には投下されるものと思います>
「目標は?」
<予定どおりリトルボーイが広島、ファットマンが小倉です>
「そうか」
実は二発目の原爆が落とされた長崎は本来の目的地ではなく、もともとは小倉に投下される予定であった。小倉上空の天候不良により急きょ長崎に変更されたのである。
<マサト。原爆投下を阻止しますか?>
「・・・」
<リトルボーイはテニアンの基地に装備されています。エノラゲイの発進命令は私が
傍受することができます>
「俺にはどうしたらいいのかわからん」
【原爆阻止】
昭和20年8月6日。午前1時45分。史実では広島に原爆が投下された当日となった。
雅人は夜間からずっとドロシーのコックピットで待機していた。
<マサト。米軍の無線を傍受しました。エノラゲイがリトルボーイを積んでテニアン島から広島に飛び立ちました。広島上空まで7時間です>
「ついに来たか・・・」
<今なら太平洋上で迎撃可能です>
「わかってる・・・。ドロシー。もう一度広島の原爆記念館に展示されていた写真とビデオをみせてくれ」
<了解しました>
雅人の目の前のモニターには広島原爆記念館に展示されている写真や絵が次々と映し出されていった。雅人は意を決したように体を起こした。
「ドロシー行くぞ!」
<了解しました>
「やはり原爆投下は許せない。後のことはわからないがエノラゲイは俺が落ち落とす」
<しかしマサト。私に残された攻撃オプションはミサイルが1基とわずかな20ミリ機銃の弾丸だけです>
<わかってるよ。それだけあれば十分だ>
雅人とドロシーは全速でテニアン島を発進したエノラゲイに向かった。
<マサト。エノラゲイまで30Kmです。我々より3000m下方を飛行しています>
雅人は真っ暗な夜空を見回した。レーダーとドロシーの情報がなければどこを飛んでいるのか全く見当がつかない。
<空対空ミサイルを使用しますか?>
「いや、機銃で十分だ。尾翼を撃ち落として海面に不時着させれば搭乗員も助かるだろう。上空から一気に降下して一連射で撃ち落とす。ドロシー、誘導してくれ」
<了解しました。きっと彼らは真っ暗な中で何が起こったか理解できないでしょう>
ドロシーはエノラゲイに向かって一直線に急降下していった。雅人は操縦かんを握りしめ、エノラゲイの尾翼に向けて機銃をほんの短時間掃射した。
バリバリバリ・・
そして大きな爆発音とともにエノラゲイは安定を失い左側を下にして降下していった。エノラゲイの機内は混乱していた。
「どうした!何が起こった!」
「わかりません!突然後ろから衝撃が・・・」
「立て直せ!」
「方向舵が効きません!」
「テニアンの基地に連絡しろ!機銃の音が聞こえた!日本軍の戦闘機だ!」
「しかしこのあたりの制空権はすでにわが軍が握っているはずでは・・・」
エノラゲイは海面に不時着した。搭乗員は全員が周回中の潜水艦により救助されたが、リトルボーイはエノラゲイごと海中深くに沈んでしまったのである。
雅人は夜中の3時の広島上空を飛んでいた。
「これでこの町はいつも通りの生活を送ることができる」
雅人は月明かりの中、真っ暗な広島の街を見ながらつぶやいた。今この町には数万人の子供たちが父親や母親の腕の中ですやすやと眠っているのだ。雅人がエノラゲイを落とさなければ数時間後には彼らには地獄の運命が待ち受けていたはずである。
雅人はついに原爆投下を阻止することにより歴史を大きく変えてしまった。これからの歴史は雅人が学んだものとは全く違ったものになるはずだ。それが日本を幸福に導くか否かは別として少なくとも広島の10万人の命は雅人によって守られたのである。
アメリカ軍の司令部は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。航空機の異常による失敗ならば事はそれほど複雑ではない。しかしエノラゲイの搭乗員は確かに機銃の掃射音を聞いたという。それはすなわち日本軍の攻撃に他ならないのであり、日本軍がテニアン島付近の制空権を握っているということなのである。
「沖縄近海で桜花を援護した新型機かもしれない」
「日本軍があのようなロケット推進の戦闘機を開発しているとすれば、これはうかうかしていられない。大量生産されれば形成は一気に逆転してしまう」
「マンハッタン計画はどうする?」
「ファットマンは予定通り小倉に落とす」
その3日後8月9日にファットマンを積んだ爆撃機はテニアン基地を飛び立った。しかし再びドロシーにより撃墜され、ファットマンも海中に沈んでしまったのである。
そんなことは何も知らない大本営は終戦への道筋をあれこれ考慮していた。ポツダム宣言は拒否したがすでに日本に勝機がないことは自明の理であり、あとはどのような形で少しでも有利に敗戦を迎えるかということなのであった。
ソ連は宣戦布告のタイミングを見計らっていた。史実では原爆投下後に慌てて参戦したが、原爆投下が行われなかった今、まだ参戦に至っていなかったのである。
8月11日。日本軍の新兵器に脅威を感じ、慌てたアメリカ軍はワシントンにおいて緊急会議を開催した。ポツダム宣言の修正である。そしてなんと修正されたポツダム宣言は日本の主権維持が認められたのである。
終戦の条件は日本軍の解散と完全な武装解除、開戦後に獲得した植民地の返還、賠償金の請求の3点のみで天皇を含めた日本軍上層部や政治家の責任は追及せず、占領軍もおかず、日本の主権を維持するという内容であった。これは何としても日本にポツダム宣言を受諾させ、早期に戦争を終結させたいというアメリカ軍の苦肉の案であった。
A級戦犯として責任を追及されることが必死であった軍の上層部や政治家たちは驚きつつもこの修正案を、もろ手を挙げて受け入れた。彼らにとって戦後自分たちの生命が確保されるということは何物にも代えがたい魅力的な条件だったのである。
こうして8月15日、史実通りに昭和天皇の玉音放送が流され、戦争は終結した。しかしロシアの参戦はなく、満州への侵攻は起こらず、シベリアへの抑留もなく、外地にいた軍人と一般人は順次帰国することとなった。そして日本には占領軍は上陸したものの、軍の装備解体のみを行い、日本の戦後の政治に対しては何一つ口を挟まなかったのである。
第4章(1/2) に続く
【頼もしい援軍】
前方にいた足立一飛曹が突然大声を上げた。
「敵機来襲!右上空45度!」
「おいでなすったか・・・」
井上中尉が右の空を見上げると20機ほどの編隊がゴマ粒のように小さく見えた。
「零戦が増槽を落としました。5機が迎撃に向かいます。残りの5機は残ります」
宇佐美が言った。
「あの数じゃあ歯がたたんな。宇佐美上飛曹、敵さんが来たら逃げて逃げて逃げまくれ。何としても少尉殿を敵艦隊が見えるところまで運ぶんだ」
「わかっています。俺の腕前を見てください」
靖彦は操縦席の後ろで軍刀を握りながらじっと目をつむっていた。
「左上から敵機来週!」
足立がまた大声を上げた。
「畜生、さっきのはおとりだ。護衛の零戦を引き離してこっちをたたく作戦だ」
「残った零戦が迎撃に向かいます」
「右に旋回して高度をあげるぞ。全員戦闘準備。銃座につけ!」
靖彦の乗った一式陸攻は大きく右に旋回して上昇していった。
「零戦、旗色悪いですね」
宇佐美がつぶやいた。
「零戦といまのグラマンF6Fじゃあよっぽどの腕がないと太刀打ちできんだろうな。こっちの戦力はどんどん落ちるのに向こうはどんどんいい道具をつくりやがる」
井上が吐き捨てるように言った。
その時、右下から銃声が響いた。
バリバリバリバリ・・・
「2番機、3番機がやられました!」
江崎二飛曹が声を上げた。
「くそっ!また来るぞ!宇佐美、上昇しろ!」
その時、上部の銃座にいる岡崎一飛兵が大声を出した。
「右後方から敵機!」
「撃ち落とせ! 宇佐美、左にかわせ!」
バリバリバリバリ・・・
機銃の音が交錯する中で長瀬の一式陸攻は大きく左に旋回して下降した。
「どうした?やられたか!」
「小隊長!敵機が二機とも落ちていきます!」
宇佐美は操縦かんを握りながら歓喜の声を上げた。
「やったか!岡崎一飛兵」
「いえ・・・私ではありません!」
岡崎が力なく答えた。
「じゃあ後ろの片山二飛曹か木村上飛曹が・・・」
「いえ・・違うと思います・・・なにか黒いものが上からものすごい勢いで落ちてきてそれと同時にグラマンも落ちて行ったのです」
岡崎が困惑しながら答えた。
その時、目をつむっていた靖彦がカッと目を見開いた。そしてその黒い物体は靖彦の右横に突然現れた。靖彦は、はっとして右を振りむいた。そこには・・・
「ドロシー・・・」
靖彦がつぶやくとドロシーの操縦席で雅人がフェイスマスクをあげ、笑顔で長瀬に向かって敬礼をした。
「雅人・・・」
「前方から3機接近します!」
足立の声が操縦席に響くと同時に雅人はフェイスマスクを装着するとドーン!という加速音とともにあっという間に前方のグラマンに向かっていった。そして左右に機体を揺らしながら一気に3機を撃ち落とすと急上昇していった。
機内の全員が呆気にとられた表情で無言のままその様子を見つめていた。
「す・・・すごい・・・なんて速さだ」
宇佐美が呆然としてつぶやいた。
「なんだありゃあ・・」
井上は操縦かんを握ったまま落ちていくグラマンを見つめていた。江崎は乗り出すようにドロシーの残した飛行機雲の彼方を見つめていた。
「あれは味方です」
長瀬が静かに言った。
「味方?じゃあ帝国海軍の新兵器!」
宇佐美が振り返って長瀬に問いかけた。
「まあ、そんなところです」
「あのスピードは尋常じゃないぞ。それにプロペラがない。ジェットエンジンをつんでいるのか」
井上がつぶやくと、後ろから江崎が首を横に振って答えた。
「いいえ、ジェットエンジンではありません、たぶん・・・。あの機には空気を取り入れるエアインテークがありませんでした。あれは多分ロケットエンジンで飛んでいるのだと思います」
「ロケットエンジン!」
宇佐美が叫び声をあげた。靖彦はほんのすこし笑みを浮かべ、感心した表情で左の江崎を見つめた。
「大本営は極秘にあんなものを開発していたのか」
井上が感嘆の声をあげた。
「まだ試作品のようですが・・・」
「あれが量産できれば・・・日本は・・・勝てますよね・・・」
宇佐美が寂しそうにつぶやいた。
「もっと早くできていれば・・・こんな作戦なんて・・・」
そう言いかけて宇佐美はちらっと靖彦に目をやった。
「いずれにせよあいつが守ってくれるんなら百人力だ!敵の艦隊さえ見つければ必ずこの作戦は成功する!」
井上は力を込めて言い放った。その横の宇佐美が言った。
「あいつグラマンの編隊に突っ込んでいきますよ・・・はやいなー・・・あいつから見たらグラマンなんて止まったハエみたいなもんだろうな」
ドロシーは急上昇、急降下、旋回などアクロバチックな飛行を繰り返し、次々と敵機を撃ち落としていった。機内ではそのたびに歓声が上がった。
「また落とした!今度は2機いっぺんに落としたぞ!」
「でもあいつ・・・グラマンの尾翼だけを狙っているんじゃ・・・」
宇佐美がつぶやくと井上が答えた
「人間を殺さなくても戦争はできるってことだな・・・」
その時足立の金切り声が機内に響いた。
「左上から2機接近します!」
「宇佐美、振り切れ!」
「だめです!間に合いません!やられる!」
雅人はグラマンの編隊を次々と落としていた。その時、ドロシーが警告を出した。
<マサト!一式陸攻の左上方から敵機が接近します>
「しまった!間にあわん!仕方がない・・・ミサイルを使おう」
雅人はグラマンをロックオンし、ミサイル発射ボタンを押した。
「宇佐美、急降下して右に回れ!」
その時、一式陸攻の前方で何かが光った。その2つの光は煙の尾を引きながら一直線に進んだかと思うと弧を描いて2機のグラマンを直撃した。そして大きな爆発音が機内に響いて1式陸攻は爆風により大きく揺れた。
「助かった・・・」
宇佐美は機を立て直しながらつぶやいた。
「なんだありゃあ!火が飛んできたぞ」
井上が大声を上げた。
「あれは・・・ミサイル・・・ロケット弾です」
靖彦が答えた。
「ロケット弾!」
江崎が靖彦を見ながら叫んだ。
「桜花のように爆弾にロケットエンジンを搭載したものです。ただしあれには人は搭乗する必要はない。自動で敵機を感知して追跡して確実に命中する」
「そんな兵器があるのなら・・・」
江崎は言葉を詰まらせた。その時、足立が大声を出した。
「左前方敵艦隊発見!!」
それを聞いた瞬間、靖彦はぴくっと体を震わせた。
「いたぞいたぞ!」
「井上中尉殿。私は桜花に乗り込みます。後をよろしくお願いします」
靖彦はそう言いながら静かに席を立った。
「頼むぞ!少尉殿! 江崎二飛曹。少尉殿が桜花に乗るのを補助しろ」
「はい!」
江崎は機体の中ほどの桜花に通じるハッチを開けた。外気に開かれたハッチからは強い風が長瀬の体に吹き付けた。長瀬は大きく深呼吸し、これから自分が搭乗する予定の吊り下げられた桜花のコックピットをじっと見つめた。そしてふと江崎のほうに顔を近づけた。
「江崎二飛曹、耳を貸せ」
「はっ!何でありましょう!」
「あの航空機は実は未来からやってきたのだ」
「み・・未来でありますか!」
「そうだ。貴様の言うとおり、あれはロケットエンジンを積んでおり宇宙に行くことができる」
「宇宙に!少尉殿は宇宙に行かれたのですか!」
「ああ、行ってきたぞ」
靖彦は笑顔で答えた。
「宇宙はどんな・・・」
「宇宙から見た地球は青いのだ」
「青い・・」
「そして宝石のように美しい」
「宝石のように・・・」
「これを貴様にやる」
長瀬は手に持っていた軍刀を江崎に差し出した。
「こ・・これを自分にでありますか!」
江崎は恐縮して丁寧に両手で受け取った。
「あれの操縦士は俺の叔母の家にいるはずだ。これを見せて俺の部下だと言えば、お前も宇宙に連れていってもらえる」
「ほ・・本当でありますか!」
「本当だ。だから・・・死ぬな!必ず生きて・・・生きて帰るんだぞ」
靖彦は小柄な江崎の肩に右手を置いて諭すように言った。
「はい!」
江崎は軍刀を両手で握り締めて目を輝かせながら靖彦を見つめた。
そして靖彦は江崎の介助で吊り下げられている桜花に乗り込んだ。
江崎は操縦席の後の航法席に戻ってきた。
「長瀬少尉殿、桜花に搭乗されました!」
「よし・・・なんだ?お前それもらったのか?」
井上は後ろを振り返りながら聞いた。
「はい!いただいたであります!」
江崎は靖彦にもらった軍刀を大切そうに抱えた。それを見た宇佐美が残念そうにつぶやいた。
「いーなー・・・俺もほしかったよ」
「これは自分の宝物であります!」
「さあ、目標まで一直線だぞ!しめてかかれよ!」
雅人はグラマンの編隊の中で急降下、急上昇を繰り返していた。
<マサト。右後方から敵機が2機接近しています>
「了解。これだけ多いともう機銃だけでは無理だな。悪いけどミサイルを使わせてもらうよ。何とかパラシュートで脱出してくれよ」
雅人は急旋回すると2機をロックオンし、ミサイル発射ボタンを押した。
<今度は上方から2機急降下してきます>
「了解」
雅人は急上昇すると旋回し、2機の後ろにつくと機銃を照射した。
<右横下方から1機>
「はい」
雅人は右に旋回すると急降下し、機銃照射した。
<マサト!1式陸攻の後方から3機接近しています>
「なんだって!しまった。また離れすぎたぜ!間に合うか・・・」
雅人はあわてて3機をロックオンするとミサイルを立て続けに発射した。
3本の光は1式陸攻に向かってまっすぐに伸びていった。
「小隊長、後ろから3機接近します!」
岡崎の声が機内に響いた。
「宇佐美!急降下!」
その時3本の光が前方から接近した。光が1式陸攻の頭の上を通り過ぎるとほぼ同時に2つの爆発音がした。
<マサト。一つ外れました>
「しまった!」
雅人は慌てて方向を変えると一式陸攻に向かって突っ込んでいった。
雅人が撃ち漏らした1機のグラマンは1式陸攻に向かって急降下すると機銃掃射を浴びせた。
バリバリバリバリ・・・
機内は大きな衝撃で左に大きく傾き、宇佐美は必死に操縦かんを握って機を立て直した。
「小隊長!江崎二飛曹がやられました!」
岡崎一飛兵が後から大声を上げた。
「なに!どんな具合だ!」
井上は操縦席から体を反転させて聞いた。
「頭に・・頭に穴が・・・江崎二飛曹の頭に大きな穴が・・・」
経験が浅く、まだ僚友の死にほとんど立ち会ったことがない岡崎は動揺して震えた声で答えた。
「そうか・・江崎がやられたか・・・」
井上はがっくりと頭をたれた。
「小隊長!江崎二飛曹の頭から・・・頭から血が流れて止まらないのであります!抑えても抑えても止まらないであります!」
岡崎はどくどくと真っ赤な血があふれ出る江崎の頭を両手で押さえながら興奮して叫んだ。
「岡崎!落ち着け!江崎はもう死んだ!」
「死んだ・・・?江崎二飛曹は死んでしまったのでありますか・・・さっきまで元気でしゃべっていたのに・・・。江崎二飛曹!江崎二飛曹!目を開けてください!」
岡崎は血で真っ赤になった江崎の体を抱きかかえながら叫び続けた。
「岡崎!もう江崎の血は止めなくていい。床が滑らないように江崎の体を毛布でくるんでやれ」
「はい・・・」
岡崎は泣きながら毛布を持ってくると江崎の下に敷いた。
「小隊長・・・」
「なんだ!」
「江崎二飛曹が・・・軍刀を・・・離してくれないのであります・・・」
「なんだと?」
「軍刀を・・・硬く握り締めて・・・手から離れないのであります!」
岡崎は泣きながら井上に訴えた。
「あいつ、よっぽどうれしかったんだな・・・」
副操縦席の宇佐美が下を向いてつぶやいた。
井上は大きく息をつくと岡崎に向かって静かに言った。
「そのまま軍刀ごと毛布にくるんでやれ」
「はい!」
「それがすんだら後ろを見てこい!」
「はい!」
岡崎は泣きながら後方を見に行くとすぐに戻ってきた。
「小隊長!片山二飛曹が胸から血を流して死んでいるであります!」
「なんだと?木村上飛曹は?」
「それが・・・後部銃座は粉々に壊れて・・木村上飛曹はどこにもいないのであります!」
「飛ばされちまったか・・」
井上が悔しそうにつぶやいた。
そのとき操縦席の連絡ブザーが鳴った。井上が受話器を取った。
<井上中尉どの!桜花を切り離してください!もう大丈夫です!>
「まだだ。長瀬少尉、ぎりぎりまで運んでやるから心配するな」
井上はそういいながら受話器を置いた。
その時一式陸攻の真上から一機のグラマンが急降下してきた。
<マサト!一式陸攻の真上から敵機です>
「だめだ間に合わん!」
バリバリバリバリ・・・・
機銃音とともに井上は右太ももに火箸でつつかれた様な鋭い痛みを感じた。
「くそっ!やられたか!」
足を見ると2cmくらいの穴が開き血が噴出している。井上はマフラーをはずすと手早く足にくくりつけて出血を止め、ふと左の宇佐美を見た。
「宇佐美!おまえもやられたのか!」
「小・・・隊長・・・腹打たれました・・・。い・・痛いであります・・」
宇佐美は苦痛に耐えた表情で赤くなった腹を左手で押さえていたが、右手ではしっかりと操縦かんを握っていた。
「足立一飛曹! 無事か!」
井上は前方にいるはずの足立を呼ぶが返事はない。
「くそっ!足立もやられたか。岡崎!」
井上が後ろを振り向くとそこには毛布にくるまれた江崎の死体の上で、喉からごぼごぼと血を噴出し痙攣している岡崎がいた。
「岡崎!・・・そうか・・・みんなやられちまったか・・・」
そのとき連絡ブザーが鳴った。
<井上中尉殿!大丈夫ですか!>
「大丈夫だ。心配するな」
<中尉殿!私を切り離してください!ここからなら大丈夫です!>
「まだ飛べるぜ・・・。見てろ・・空母まで一直線のところまで持っていってやる」
<中尉殿!切り離してください!中尉殿・・・・>
井上は受話器を落とすと両手でしっかりと操縦かんを握り締めた。右足からは真っ赤な血が滲み出し、ぽたぽたと床にしたり落ちていた。
「右に旋回・・もう少し・・・」
そのとき左から1機のグラマンが急降下してきた。
<マサト。長瀬機の左からまた一機急降下します>
「くそ!数が多すぎる!間に合うか・・・」
雅人はグラマンをロックオンするとミサイルを発射した。ミサイルが弧を描き命中する直前にグラマンの機銃が火を噴いた。
バリバリバリバリ・・・
そしてその直後ミサイルはグラマンを直撃した。
一式陸攻の風防ガラスは粉々に砕け散っていた。
井上は右腕と腹に強い痛みを感じた。
「くそ・・これまでか・・・少尉殿・・・あとは頼むぞ・・・」
そして左手で桜花の分離レバーを引いた。
一式陸攻から分離された桜花は音もなく数10メートル急降下した。長瀬は操縦かんを握り締めると3機のロケットを一気に噴射させた。ロケットを点火した桜花は花火のような音を発しながら一気に敵空母に向かっていった。
井上は傷ついた右手で腹を押さえながら突進する桜花を見つめていた。
「いったいった・・・宇佐美、見ろよ。少尉殿はロケットを一気に点火していったぜ」
「へへ・・・いったよ・・・空母までまっすぐだ」
宇佐美は朦朧とした意識の中で桜花を見つめていた。
靖彦は操縦かんを握り締めてまっすぐ前を見つめていた。
「目標敵空母。方向真正面。直線距離25Km・・・。ありがとう井上中尉殿、ありがとうみんな・・・。まっすぐドンぴしゃり。お見事です」
そのとき靖彦は桜花の右にぴたりと寄り添う黒い影に気がついた。
「雅人・・・」
雅人はほんのしばらく靖彦をじっと見つめると左手で敬礼をした。長瀬はほんの少し笑みを浮かべて軽く敬礼を返した。そして雅人は急上昇して桜花から離れていった。
「ありがとう、雅人。君のオズを見つけてほしい。そして・・愛子をたのむ」
桜花は空母まであと30秒の位置にきた。空母からは機銃照射が雨のように降り注いでいるが桜花には当たらない。
「Imagin all the people…Living life in peace…」
靖彦はいつしかイマジンを口ずさんでいた。
「愛子・・幸せになれ」
そして桜花は急降下すると空母の甲板のど真ん中に散った。大きな炎に引き続いて黒煙が黙々と昇っていった。
「ばかやろう・・・」
雅人は燃え盛る空母を見ながらつぶやいた。
井上は苦痛に耐えながら必死で機のバランスを保っていた。
「やった・・・・・・あいつ空母のど真ん中にでっかい穴を開けちまったぜ。これであれは半年使い物にならん・・・見たか?宇佐美」
「へへ・・・やった・・・俺やった・・・かあちゃん・・見てくれ、俺やったよ・・・あんちゃんができなかったことやったぜ・・・ほめてくれ・・・」
そして宇佐美は操縦席に倒れ掛かるようにして目を閉じた。
「宇佐美!」
「・・・かあちゃん・・・腹いてーよ・・・かあちゃん・・・・・・・・・」
その言葉を最後に宇佐美は動かなくなった。
「宇佐美・・・いままでありがとう」
井上は朦朧とした意識の中、震える右手で操縦かんを握り締め、燃え上がる黒煙をぼんやりと見つめていた。
「一式陸攻よ・・・ついに二人だけになっちまったな・・・。お前もこんなにぼろぼろになるまでよくがんばったぞ。いままでありがとうな。でも・・もういいんだぞ。一緒に休もうか・・・」
井上の一式陸攻はゆっくり旋回して海面に向かって落ちていった。
「洋子・・・チビをたのむ」
一式陸攻はそのまま海面に落ちると大きな爆発音とともに視界から消えた。
雅人はあふれる涙を吹きもせずにまっすぐ太陽に向かって飛んでいた。
「やっと友達になれたのに・・・やっと分かり合えたのに・・・この世界でたった一人の友人だったのに・・・。なんで死ななきゃいけないんだ!戦争ってなんだー!」
第3章(3/3)に続く
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