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2008年7月

2008年7月31日 (木)

猫森町すずかけ通り3丁目こぎつねよろず診療所:その1(やまねこ)

***「猫森町すずかけ通り3丁目 こぎつねよろず診療所」その1***

 秋の夕暮れは涼しい風がさわさわと流れ、地上の生き物たちを優しく包みこんでいます。

 皆さんの中には、猫森町のすずかけ通りをご存知の方はあまりいらっしゃらないかもしれません。日本の地図を調べてもそんな名前はでてきませんから。

 でも、猫森町すずかけ通りは、あるひっそりとした田舎町にちゃんとあるのです。そして「こぎつねよろず診療所」はすずかけ通り3丁目の4番地5号にぽつんと建っています。  

 こぎつね診療所というと皆さんは動物病院を思い浮かべるかもしれませんが、れっきとした人間相手の診療所です。そしてそこの院長先生も決してキツネなどではなく、れっきとした人間のカッコをした・・・いえいえ本当の人間のお医者さんなのです。

 それなのになぜ「こぎつね」なんていう変な名前がついたかといいますと・・・。 もともとここは「小木よろず診療所」という名前だったんです。

 でも院長先生の名前が「小木常男(こぎつねお)」という名前なので、いつしかみんなが「こぎつねよろず診療所」と呼ぶようになったのです。

 こぎつねよろず診療所はちょっと変わった診療所です。何が変わっているかといいますと、ここの院長の小木常男先生は魔法の力で患者さんを治すのです。

  あ・・・皆さん。ちょっと・・・ちょっと待ってください・・・帰らないでください。こんな突拍子もないことを突然お話しして申し訳ありません。信じられないかもしれませんが本当のことなのです。

 あ・・・お願いです・・・帰らないでください・・・。ほんのわずかな時間、私の話を聞いてください。そうすれば皆さんもこぎつね診療所のことを信じられるようになりますから・・・。

 ええ・・・ほんのわずかな時間なのです。

  「はい小木よろず診療所です。いえ、こぎつねじゃなくって小木です。はあ・・・それは皆さんがそう呼んでいるだけで・・・ええ」

 こぎつねよろず診療所の電話はいつもこんな感じです。電話の応対をしているのは受付の山中さんです。病院や診療所の受付は我々女性の職場ということにきまっていますが、こぎつね診療所の山中さんもやはり女性です。

 彼女は40代なかばでちょっぴり太っていてのんびりした、感じの人のよさそうなおばさんです。動物にたとえると・・・別にたとえなくってもいいんですが、ちょっとタヌキにそっくりです。でもそんな山中さんって、こぎつね診療所にぴったりだと皆さんも思いませんか?

 「はあ・・・予約ですか?空いているのはえっと・・・今日の9時から5時までと・・・明日は9時から5時まで。あさってなら9時から・・・え?はい、そのとおりです。いつでも空いていますから・・・いつ予約されますか?え?いつでも空いてるんなら予約なんかしない?今から行く?はあ・・・そのとおりで・・・じゃあ・・・お待ちしております」

  30分後に患者さんがやってきました。

 「先ほど電話した根小山(ねこやま)と申しますが・・・」

 根小山さんは30代半ばくらいの小柄な女性です。短かめの髪をちょっと茶色に染めて、少しとがった大きめの耳、りりしい眉にパッチリとした大きな目、ちょっとやせすぎかなと思うくらいの細い身体。

 動物にたとえると・・・たとえなくってもいいんですが、ちょっと子猫に似てるかなって私は思うんです。

 「はあ、根小山さんですか。待合室でお待ちください」

 山中さんがのんびりした声で待合室に案内します。こぎつね診療所の待合室には長いすの古いソファが二つだけあってその横には2畳くらいの畳が敷いてあります。テレビも雑誌も置いてありません。こんな雰囲気って私や根小山さんのような若い女性にはあまり受けないかもしれませんが・・・。

 そしてその正面にはこんな張り紙がしてあります。

『私に治せる病気は治せます。私に治せない病気は治せません。院長』

『治療費:時価(現金一括払い。ただし診察料、検査料コミコミ)。院長』

『治療結果にご不満な方には治療費を全額お返しいたします。ただしその場合は今後当院での診療はできませんのでご了承ください。院長』

  こんな張り紙を見て患者さんは不安にならないんでしょうか?

 だいじょうぶです。なぜかっていうと、ここへ来る患者さんっていうのはみんな口コミで他の人から勧められてきた患者さんばっかりなんです。ここが普通の診療所じゃないってことは皆さん最初から覚悟してくるんですから。

  「根小山さん。診察室へどうぞ」奥の診察室から男の人の声が聞こえてきました。

 根小山さんは小さな声で「にゃあ」と返事をして・・・失礼しました・・・「はい」と返事をして診察室に入っていきました。

 根小山さんが診察室に入ると白衣を着た男の人が椅子に座っています。そうです。この人がこぎつね先生・・・じゃなくて小木先生です。小木よろず診療所には受付の山中さんと院長の小木先生の二人(・・)しか(・・)いないのです。

 小木先生は50歳くらい。小柄でちょっと白いものが混じったさらさらの髪、ちょっとつりあがっているけど優しそうな細い目。それに細長い顔。動物にたとえると・・・今度はたとえないといけないでしょう?・・・皆さんの期待どおり、まるで「こぎつね」のようです。

  「今日はどうされましたか?」小木先生が問診します。

 「先生、私を助けてください!どこの病院でも治らないって言われたんです。友人に聞いたら先生のところなら治るかもしれないって・・・」

 さっきまで気丈に振舞っていた根小山さんは小木先生の顔を見ると急におろおろと泣きくずれました。小木先生は患者さんの肩をなでながらやさしく話しかけます。

 「ああ・・・よほどつらい経験をされてきたのですね?私にできることなら力になりますよ」根小山さんは涙をふきながら病気のことを話し始めました。

 なんでも根小山さんの病名は「クローン病」というのだそうです。腸に炎症が起こって1日に何回も下痢をして食べ物もまともに食べられないつらい病気です。クローンといってもクローン人間とは何の関係もないそうです。根小山さんは自分のことをゆっくりと小木先生に話し続けました。

 20才のときに急に発病したこと。

 そのために大学を中退しなくてはならなかったこと。

 当時付き合っていた恋人とも別れたこと。

 下痢がひどいときには1日に20回以上になり外出もままならないこと。

 普通の食べ物は食べられなくて1日3回流動食を飲んでいること。

 自分には両親も兄弟もいなくて天涯孤独なこと。

 今までに色々な治療を受けてきたが一時的には軽快してもまたすぐに元に戻ってしまうこと。

  「クローン病ですか。それは大変ですね・・・。サラゾピリンとステロイド。白血球吸着療法や抗TNFアルファ抗体も効き目がなかったんですか・・・」小木先生は小柄な身体をじっと根小山さんのほうに向けてうんうんうなずきながら話を聞いていました。

 根小山さんはハンカチで涙をふきながら小さな手をギュッと握り締めて小木先生の目をじっと見つめながら話を続けました。

 「わたしの病気、ずっとこのまま治らないんでしょうか?私は一生結婚もできないんでしょうか?おいしいものも食べられないんでしょうか?旅行にだっていけないし・・・。いえ、そんなことはどうだっていいんです。せめて、せめて普通の食事ができれば・・・一度でいいから思いっきり普通のご飯を食べてみたいんです」

 根小山さんはそのまま泣き崩れました。個人的なことで申し訳ありませんが、私は根小山さんにすごく同情します。

  小木先生はそんな根小山さんの肩を優しくたたいて、穏やかな目でこう言いました。

 「根小山さんの病気、治してあげられるかもしれませんよ」

 その瞬間根小山さんはおもむろに顔を上げて小木先生の顔をまじまじと見つめました。私はこのときの根小山さんの顔を絶対忘れることができません。根小山さんは涙で潤んだ大きな瞳を本当にびっくりしたようにまんまろに開いて、そして口をぽかんと開けてほんのわずかな時間、小木先生をじっと見つめていました。

 そして次の瞬間、根小山さんは両手で先生の肩をつかんで激しく揺さぶりました。

 「本当ですか!こぎつね先生!本当に私の病気治るんですか!」

 あの・・・こぎつねじゃなくって、小木先生なんですけど・・・まあ、そんなことはこのさいどうでもいいでしょう。

 「はい、多分ね。治ると思いますよ」小木先生の言葉を聞いて根小山さんは、またまたその場に泣き崩れました。小木先生はそんな根小山さんを優しく抱きかかえるともう一度椅子に座らせました。

 「すみません・・・私、あんまりうれしくて・・・治るんですね?私の病気・・・」根小山さんは潤んだ瞳で小木先生をじっと見つめて聞きました。

 「はい。それで・・・根小山さんは病気が治るのならばどれくらいの金額を払ってもいいと思いますか?」小木先生はまじめな顔で根小山さんに聞きました。

 「え?」

 根小山さんはきょとんとして小木先生を見つめていました。

 「この診療所が保険の利かない自由診療なのはご存知ですね?根小山さんは病気を治すために治療費をいくらぐらいなら払いますか?」

  根小山さんはハンカチで涙をふくと姿勢をただし小木先生を見つめて言いました。

 「わたし、こんな身体ですから仕事もできません。頼れる人もいなくって・・・持っているお金もほとんどありません。生活費は生活保護でまかなっています。私の財産といったら母の形見の指輪や着物、それから父の形見の骨董物の懐中時計くらいでしょうか?全部売っても100万円くらいにしかならないと思います。でも・・・病気が治るのならば・・・」

 小木先生は根小山さんをじっと見つめていました。そしてこう言いました。

 「100万円ですね?根小山さんは病気を治すためなら100万円払ってもいいと思っているわけですね?」

 「・・・はい・・・」

 「わかりました。治療費は100万円にしましょう。来週の今日、月曜日までに100万円を準備してください。その時点で根小山さんの治療を開始します」

 「・・・はい・・・わかりました」

 根小山さんはもう涙は出ていませんでしたが、さっきのうれしそうな明るい笑顔は消えてなくなり、そのかわり暗くちょっと落ち込んだ、でも本当に真剣な表情になっていました。

 本当のことを言うと、私はほんの少しだけ今の根小山さんに同情します。そして私はこんな時の小木先生を・・・ほんの少しだけ、きらいです。

 「根小山さんの採血をさせてください」

 そう言うと小木先生は手際よく、ささっと根小山さんの腕に駆血帯(くけつたい)を巻くとあっという間に20ccの血液を採取しました。

 「さあ、今日はこれで終わりです。来週の月曜日、お待ちしています」

 根小山さんは採血をされた左手の肘を右手で押さえながら小木先生に深々とお辞儀をして、そして何か決心したような真剣なまなざしで前を見て、診察室から出て行きました。  

 根小山さんが出て行ったあと、小木先生は根小山さんの血液が入った試験管を手に取ると隣の部屋に入っていきました。そこにはなんだかとても大きな何がなんだかわからない機械がおいてありました。 

 小木先生は根小山さんの血液をその機械にセットするとなにやらコンピュータのキーボードをカタカタとたたき始めました。すると大きな機械ががたがたと動き出し、血液が吸いだされました。小木先生は満足げにそして何かを決心したような真剣な表情でその大きな機械が動くのを見つめていました。

  一週間がたちました。根小山さんは約束どおりやってきました。小さなカバンをひとつだけ抱えて・・・・

 「治療費は準備できましたか?」

 小木先生が優しい声で聞きました。

 「はい」

 根小山さんは一言だけ答えると持っていたカバンを開けました。そして中からお金の束を差し出しました。それはキチンと10枚ごとに束ねられた1万円札でした。1,2,3,4・・・10束ありましたが・・・最後のひとつには・・・何枚かの5千円札と千円札が混ざっていました。

 「ちょうど100万円あります。これで・・・私の病気、治してもらえますか?」

 根小山さんは真剣な表情で小木先生を見つめました。小木先生はしばらくそのお金の束をじっと見つめていましたが急に優しい笑顔になって根小山さんの顔に目を移しました。

 「苦労されましたね?」

 小木先生が静かに話しかけると根小山さんの目からは大粒の涙が流れ出しました。

 「両親の形見の品物を全部集めて売ったんですが、7万円ほど足りませんでした。足りなかった分は・・・自分で何とかしました・・・」

 私は小木先生から目をそらす根小山さんのお化粧が1週間前よりほんのちょっとだけ濃くなっていることに気がつきました。小木先生はじっと無言で、うつむいている根小山さんを見つめていました。

 私はこのとき小木先生にもそのことに気がついてほしいなと真剣に思っていたんです。皆さんもそうじゃありませんか?

 「確かに、治療費受け取りました」

 小木先生はそう言うとお金の束をごそごそと集めて無造作に横においてあった金庫の中にしまいました。

 実は私ちょっと心配しているんです。こんな小木先生のことを皆さんがだんだん嫌いになっていくんじゃないかなって・・・でも、どうか私の話を最後まで聞いてください。

 「さあ、手をだしてください。注射します」

 小木先生は透明な黄色い液体がつまった20ccの注射器を取り出すと、またまた、ささっと根小山さんの腕に駆血帯(くけつたい)を巻いてあっという間にその液体を注射しました。

 「はい。これでおしまいですよ」

 「え?」

 「根小山さんの治療はこれで終了です」

 「これだけ・・・ですか?飲み薬とか・・・2回目の注射とか・・・」

 「そんなものはありません。これですべての治療が終了しました」

 「これで・・・私の病気、本当に治るんですか?」

 根小山さんは右手で左手の肘を抑えながら本当に不安そうな顔で小木先生を見つめました。私、根小山さんの気持ち、よくわかります。

 「結果に満足できなければ治療費は全額お返しします」

 小木先生は笑顔で答えました。根小山さんは不満そうでしたがそれでも軽くお辞儀をして診察室を出て行きました。

 それからまた一週間後、こぎつね診療所の玄関がバタンと大きな音で開くとあの根小山さんが血相を変えて入ってきました。

 根小山さんは受付にいた山中さんにほんの小さくお辞儀をすると山中さんが最初の言葉を出すまでの間にもう小木先生の診察室に飛び込んでいました。ええ、本当に飛び込んでいったんです。

 「先生!せんせー!こぎつね先生!」

 あの・・・こぎつねじゃなくって小木先生ですけど・・・まあ、いいでしょう。

 「はい?根小山さん?どうしたの?」

 椅子に座って本を読んでいた小木先生はきょとんとした顔で根小山さんを見つめました。根小山さんはそんな小木先生を見つけるや否や飛びました。いえ・・・失礼、根小山さんは小木先生に飛びついて抱きつきました。

 「こぎつね先生!私の病気、治りました!あれから一回も下痢しないんです。治ったんですか?私の病気、本当に治ったんですか?普通の食べ物を食べてもいいんですか?」

 抱きつきながら真剣なまなざしで小木先生を見つめる根小山さんは1週間前と違って全くお化粧をしていませんでしたが私は前よりもずっと健康的で美しいと思いました。

 小木先生にもそれがわかったんだと思います。小木先生は笑顔で答えました。

 「下痢しない?じゃあ、本当に治ったんだと・・・思いますよ」

 根小山さんは何か言おうとしましたがほとんど言葉にならず、またまたまたその場に泣き崩れました。

 「あの・・・よかったですね」

 小木先生はそんな根小山さんの肩を子猫にするように軽くなでながら、ちょっと戸惑った声でポソリと言いました。もう少し言いようもあると思うのですけど・・・でもそんな小木先生を私、ほんの少し、いえ、本当のことを言うとちょっとたくさん好きなんです。

  こぎつね診療所の様子はいつもこんな具合です。ここにやってくる患者さんはほとんどが他の病院でさじを投げられた人ばっかりなのです。

 あの・・・ありがとうございます。皆さん真剣に私の話を聞いていただいて・・・私、とてもうれしい・・・。

 すみません。あまり時間がないので話を続けます。  

   <その2に続く>

2008年7月30日 (水)

堂島翔です。

堂島翔です。「どうしましょう」と読みます。

医者になって20数年の内科医です。

 日本の医療崩壊が崩壊しています。産科医がいません。救急病院も手一杯です。小児科専門医がいない地方も増えています。これからの日本はどうなるのでしょうか?本当にどうしましょう・・・。

なぜ世界有数の医療先進国の日本で医療が崩壊するのでしょう?医療現場では何が起きているのでしょうか?

日本の医療の現状を一般の方たちにも知ってもらいたいと考え、200711月、医療崩壊をテーマにした小説「風の軌跡」を出版しました。

読んでいただいた方々の間ではかなりの好評だったのですが、その2ヵ月後になんと出版社が倒産してしまい、流通しなくなってしまいました。

これも運命とあきらめていたのですが、友人(あーちゃん)から「ブログで出したら?」と勧められ、初めてのブログに挑戦することとなりました。

 そんなわけでこのブログの目的は「風の軌跡」の公開なのですが、なにぶんかなりの長編なので慣れないブログに、継続して掲載していけるかどうか自信がありません。

 まず手始めに自分が過去に出版した小説の中から短編をいくつか掲載してみます。

 手始めとして2007年春に出版した、死の世界との交流をテーマとしたファンタジー短編集より「猫森町すずかけ通り3丁目こぎつねよろず診療所」を3回に分けて掲載いたします。

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