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2008年8月 4日 (月)

1日遅れのクリスマス:その2

**「風香(ふうか)」**

 「風香も来ない?」

 「え?」

 学校の帰り、美咲ちゃんが風香ちゃんの後ろから声をかけました。

 「露ちゃんと香奈ちゃんも来るから風香もおいでよ。面白いよ、今度買ったゲーム」

 「でも・・・彩華(さやか)を迎えに行かないといけないから」

 風香ちゃんは残念そうに答えます。

 「あら、じゃあ彩華ちゃんも一緒に連れておいでよ。だったらいいでしょ?」

 美咲ちゃんが笑顔で風香ちゃんの手を握って言います。

 「え?彩華も一緒でいいの?」

 「うん。私の妹の利香も同じ幼稚園だから仲良く遊べると思うよ。一緒においで」

 「本当?じゃあ・・・幼稚園に迎えに行ったあとで美咲ちゃんの家に行くね」

 風香ちゃんはうれしくてたまりません。いつも学校から帰ると彩華ちゃんを迎えに幼稚園へ行って洗濯物を取り込んで夕食のお買い物に行くのが風香ちゃんの日課です。風香ちゃんだって小学校6年生、学校が終わったら友達と遊びたい年頃なんです。

 でも風香ちゃんはお父さんとお母さんが亡くなってからずっと家の仕事をしているのでお友達と遊びに行ったことなどほとんどないのです。いつも遊ぶ約束をしている美咲ちゃんや露ちゃんのことをうらやましいなーって思っていたんです。でも今日の夕飯はカレーライスです。お肉は昨日の残りが冷蔵庫の中に入っていて他の材料もまだあるので今日は買い物に行かなくていいよって遥ちゃんから言われているのです。

 今日は金曜日、明日は土曜日で学校も幼稚園もおやすみです。

  ―おねえちゃんが帰ってくるのは6時だから・・・さあちゃんを迎えに行って一緒に美咲ちゃんの家まで行けば・・・1時間くらい遊べるよね―

 風香ちゃんはもうウキウキして小走りに幼稚園に向いました。

 「ふうねーちゃん!」

 彩華ちゃんが走って出てきました。

 「おかえり。さあちゃん」

 風香ちゃんは笑顔で彩華ちゃんを迎えるとその手を握って仲良く歩き始めました。

 「ねえ、さあちゃん」

 「え?」

 「今日は一緒に美咲ちゃんの家へ行かない?」

 「美咲ちゃん?」

 「利香ちゃんのお姉ちゃん」

 「利香ちゃんの?」

 「うん。家へ帰って洗濯物を一緒に片つけてから利香ちゃんの家へ行こうよ。今日はカレーだからお買い物しなくてもいいんだ」

 「うん・・・でもね、さあちゃん今日いっぱい遊んでちょっとつかれちゃった」

 「そうなの・・・」

 「ふうねーちゃん、一人で行ってきて。さあちゃんお留守番してるから」

 「だめだよ。さあちゃん一人おいてなんて行けないから。いいよ、今日はやめておこうよ」

 風香ちゃんがお買い物に行くときは彩華ちゃんは一人でお留守番をしていますがスーパーは家のすぐ近くです。美咲ちゃんの家は歩いて行くと20分くらいかかります。そんなに遠くへ行くのに彩華ちゃんをおいていくわけには行きません。

 風香ちゃんは本当はすごく残念に思っていましたが彩華ちゃんが本当に疲れているように見えたので美咲ちゃんの家へ遊びに行くのをあきらめました。

 ―家へ帰ったら美咲ちゃんに電話して謝らないと・・・―

  家へ帰った二人は洗濯物を取り込み一緒にたたんで片つけました。彩華ちゃんは一枚一枚丁寧にたたんでからゆっくりと片つけます。本当にちょっと疲れているのでしょうか?ときどき「ふーっ」とため息をつきながらたたんでいます。

 風香ちゃんはあまり細かいことは考えずにぱっぱと仕上げていきます。山ほどあった洗濯物はあっという間に全部片ついてしまいました。

 「今日は二人でやったから早く終わったね」

 「うん、ありがと」

 彩華ちゃんがニコニコ笑いながらぺこんと頭を下げました。

 「ふうねーちゃん、遊びに行ってきていいよ。さあちゃん、プリティムーン見ながらお留守番してるから」

 「だめだよ、さあちゃん。美咲ちゃんの家は遠いんだから一人でお留守番なんて・・・」

 「大丈夫よ。さあちゃんも来年は小学生なんだから・・・」

 風香ちゃんの目には美咲ちゃんたちが楽しそうに遊んでいる姿が浮かんできました。

 「はるねーちゃんだってすぐ帰ってくるから」

 「・・・さあちゃん・・・本当に大丈夫?」

 「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 彩華ちゃんはけらけら笑いながらテレビのリモコンを取ってスイッチを入れました。

 ―あの甘えん坊で泣き虫の彩華ちゃんがこんなことを言うなんて・・・さあちゃんもちょっと大きくなったのかな?―

 風香ちゃんはそんなことを考えていました。

  ―美咲ちゃんの家まで自転車で行けば10分くらいだから、30分だけ遊んで帰ってくれば、はる姉ちゃんが帰ってくるまでには帰れるよね―

 「じゃあ・・・風香、ちょっとだけ行ってくるね。すぐ帰ってくるから。何かあったらここにお電話してね。さあちゃんお電話できるでしょ?」

 風香ちゃんは美咲ちゃんの家の番号を書いて彩華ちゃんに渡しました。

 「うん、さあちゃんお電話できるよ。この順番にボタン押せばいいんだよね」

 彩華ちゃんは笑顔で答えました。風香ちゃんはあわてて上着を着ると自転車の鍵を取り出し玄関へ向いました。

 「じゃあ、風香すぐ帰ってくるからね。ごめんねさあちゃん」

 「いってらっしゃーい」

 彩華ちゃんは元気に風香ちゃんを送り出しました。

  「いらっしゃい、風香。あれ?彩華ちゃんは?」

 「うん。家でテレビ見てるからって、来なかったんだ。ごめんね」

 全速力で自転車をこいできた風香ちゃんは息を切らしながら申し訳なさそうに謝りました。

 「そうなの。もうみんなきてるよ。ゲーム始めよう」

 美咲ちゃんの声に風香ちゃんはうれしそうにうなずいて家に上がりました。すでに来ていた露ちゃんと香奈ちゃんも笑顔で迎えてくれました。4人とも学校では本当に仲良しなのですが、風香ちゃんは放課後いつも一緒に遊ぶことができません。今日は4人一緒に集まって本当にみんなうれしいのです。 

 4人で一緒にするゲームは本当に楽しいものでした。こんな楽しいひと時はお父さんとお母さんがいなくなってから初めてです。でもそんな時でも風香ちゃんは時間のことをずっと気にしていました。

  ―5時になったわ。そろそろ帰らないと・・・。でもゲームの途中で私だけ抜けるわけにはいかないよね。もうちょっとなら・・・大丈夫だよね。プリティムーンが終わってもビデオもあるから、さあちゃんはお留守番できるよ。ここの電話番号だって教えてあるし・・・―

 そんなことを考えながら風香ちゃんはみんなと一緒にゲームを続けていました。

 風香ちゃんが美咲ちゃんの家を出たときにはあたりはすっかり暗くなっていました。時計の針はもうすぐ6時を指そうとしています。風香ちゃんは不安な気持ちいっぱいで自転車のペダルを一生懸命にこぎました。まわりの景色には目もくれず一生懸命にひたすらペダルをこぎました。吐いた息がすぐに真っ白になるほど寒い日でしたが風香ちゃんは寒いと感じている余裕もありませんでした。

  ―さあちゃんごめんね!さあちゃんごめんね!風香、今帰るからね!―

 家についたとたん風香ちゃんは自転車を降りると鍵もかけずにドアを開けて家の中に飛び込みました。

 「さあちゃん!」

 風香ちゃんが部屋の中に入ると遥ちゃんが真剣な顔で電話をかけていました。その横では毛布をかけられた彩華ちゃんが真っ赤な顔をして横になっています。

 「さあちゃん、どうしたの?さあちゃん!大丈夫?」

 風香ちゃんはびっくりして彩華ちゃんの顔を覗き込みました。彩華ちゃんは風香ちゃんの顔を見るとほんの少し笑って・・・

 「おかえり・・・ふうねーちゃん・・・」

 そう言いながらまた目をつむってしまいました。 

 「さあちゃん!さあちゃん!だいじょうぶ?ねえ!」

 風香ちゃんは目に涙をうかべながら彩華ちゃんの肩を抱いて必死に呼びます。

 「・・・はい、すみません。すぐ連れて行きます・・・」

 遥ちゃんが電話を切りました。

 「お姉ちゃん!さあちゃんどうしたの?」

 風香ちゃんは泣きながら彩華ちゃんを抱いて遥ちゃんに問いかけます。遥ちゃんは受話器を置くと引き出しの中の保険証を探しながら答えました。

 「熱があるの。39度5分」

 「39度5分!!」

 「私が帰ったらさあちゃん、赤い顔してぐったりしていたの。いま橋本先生に電話したら診(み)てくれるって・・・。すぐ連れて行くよ」

 遥ちゃんは財布の中身を確かめて保険証をバックに入れました。風香ちゃんはもう顔中を涙でいっぱいにして彩華ちゃんを抱きしめました。

 「ごめんね!ごめんね!ごめんね!さあちゃん!ごめんね!」

 彩華ちゃんはちょっとだけ微笑むとまた目をつむって、ほんの少しだけうなずきました。

 「さあ、私がさあちゃんをおぶっていくから風香は後から私のコートをかけて」

 風香ちゃんはおねえちゃんにひどくしかられると思っていたのですが遥ちゃんは何も言いません。でも今の風香ちゃんはおねえちゃんからどんなにしかられてもいいと思っていたのです。いえ、むしろ思いっきりしかってほしいと思っていたのです。

 「私がさあちゃんをおぶっていく!」

 風香ちゃんは彩華ちゃんを抱きかかえるとそのまま自分の背中に回しました。

 「大丈夫?風香」

 遥ちゃんが優しく聞きます。

 「大丈夫。早く、早く行こう!お姉ちゃん!」

 遥ちゃんは早足で玄関へ向う風香ちゃんの背中に大きな自分のコートをかぶせました。

 二人は小走りに川の近くにある橋本小児科に向いました。彩華ちゃんをおぶった風香ちゃんは次から次から流れてくる涙もふかずに一生懸命に走りました。夜になってますます気温が下がり口から吐く息は真っ白でしたが、背中からは彩華ちゃんの熱が伝わってきて暑いくらいでした。遥ちゃんは風香ちゃんに背負われた彩華ちゃんの背中を支えながら一緒に必死に走りました。

  「扁桃腺もはれてないし、胸の音もだいじょうぶ。インフルエンザの検査も陰性だから多分風邪だね。お薬を出しておくからね。今、座薬を入れたから熱は下がると思うよ。多分月曜日には元気になるんじゃないかな?」

 橋本先生はカルテを書きながら優しい声で遥ちゃんに言いました。

 「ありがとうございました」

 遥ちゃんは深々とお辞儀をしました。風香ちゃんも何も言わずに遥ちゃんよりもいっそう深々とお辞儀をしました。彩華ちゃんは少し楽になったのかすやすやと眠っています。

 「もし何かあったら夜中でもまた連絡しなさい。いつでも診てあげるからね」

 そんな先生の言葉を聞いて遥ちゃんも風香ちゃんも、もう一度深々と頭を下げました。  

 家に帰った彩華ちゃんはご飯の代わりに牛乳とジュースをほんの少し飲んでから薬を飲みました。今は布団の中ですやすやと眠っています。熱は37.9度に下がっていました。遥ちゃんは眠っている彩華ちゃんの頭の上の濡れたタオルを取り替えてあげました。

 「風香、先にお風呂に入って。その間に夕食の準備するから」

 遥ちゃんが風香ちゃんにそう言いながら静かに立ち上がりました。

 「ううん・・・風香、もうちょっとさあちゃんのそばにいる」

 風香ちゃんは彩華ちゃんの頭を撫でながら言いました。

 「そう・・・じゃあ、夕食の準備するわね」

 遥ちゃんはそう言うと台所へ向かいました。風香ちゃんは心の中で「ごめんね。ごめんね」と何回も繰り返しながらずっと彩華ちゃんの頭を撫でていました。

 自転車を一生懸命こいだあと彩華ちゃんをおんぶして走って疲れたのでしょう、風香ちゃんは知らないうちに彩華ちゃんの横で眠ってしまいました。すると鏡台の上に飾ってあったお父さんとお母さんと5人で撮った写真が明るく輝きだしました。風香ちゃんがはっと目を覚ますと目の前にはなつかしいお母さんの姿がありました。

 「ママ?」

 「風香ちゃん。大丈夫?」

 「ママ!」

 風香ちゃんはお母さんの胸に飛び込んでわんわん泣き出しました。

 「風香がね、風香がね、さあちゃんのことほったらかしにしてたから・・・こんなことになっちゃったの・・・」

 お母さんは風香ちゃんの背中を優しく撫でながら言いました。

 「そんなことないわよ、ふうちゃん。あなたはいつもさあちゃんの面倒をよく見てくれているわ。本当はみんなともっと遊びたいのよね」

 風香ちゃんはお母さんの胸の中でずっと泣き続けていました。

 「さあちゃんが熱が出たのはあなたのせいじゃないわ。重かったでしょ?ありがとうね、さあちゃんをお医者さんまでおんぶして行ってくれて・・・。さあちゃんはただの風邪だから月曜日には元気に幼稚園に行けるわよ」

 「本当?本当に元気になる?」

 風香ちゃんは顔を上げて涙にぬれた大きな瞳でお母さんを見つめました。

 「もちろんよ。またさあちゃんを幼稚園に送ってあげてね」

 笑顔で答えるお母さんに風香ちゃんは涙をふきながら何度も何度もうなずきました。

 風香ちゃんがふと目を覚ますと、となりには彩華ちゃんがすやすやと眠っていました。周りを見回しましたがお母さんはどこにもいません。

  ―夢だったんだ・・・。ママ・・・ありがとうね。天国から降りてきて風香のこと元気づけてくれたんだよね―

  風香ちゃんは鏡台の上の写真を見つめました。そして体温計を取り出すと彩華ちゃんのわきの下に挟みました。熱は36.7度に下がっています。風香ちゃんは勢いよく部屋を飛び出しました。

 「おねえちゃん!さあちゃんの熱下がってる!36度7分だよ!」

 風香ちゃんは体温計を見せながら叫びました。遥ちゃんはお皿をテーブルに運びながら・・・

 「そう。よかったね」

 笑顔で風香ちゃんに答えました。そして二人は無言で夕食を食べ始めました。

 カレーを作る時間がなかったので今日は野菜炒めになりました。二人ともただ黙々と、風香ちゃんは時々鼻水をすすりながら食べました。

 食べ終わって食器を洗っている遥ちゃんに風香ちゃんが聞きました。

 「ねえ、お姉ちゃん・・・・」

 「なあに?ふうちゃん」

 「なんで・・・風香のこと、しからないの?」

 風香ちゃんはじっと遥ちゃんの後姿を見つめながら聞きました。遥ちゃんは何も言わずに洗いものをして・・・そして水道を止めてお皿をかたつけながら言いました。

 「風香だって友達と遊びに行きたい時もあるよね」

 「だって・・・風香が遊びに行ってたから、さあちゃん一人でつらい思いをして・・・」

 風香ちゃんは涙声で言いました。

 「さあちゃんは家に帰ったときはまだ元気だったんだけどテレビを見終わってから急に寒気がしてつらくなったんだって。さあちゃんね、悪寒で震えながらこんなこと言ってたよ」

 遥ちゃんは風香ちゃんのほうに向き直りました。

 「え?」

 「今日はね、ふうねーちゃんが・・一緒に洗濯物をたたんでくれたから・・早く終わったの。それに二人で話しながらやったからすごく楽しかったの。さあちゃんもお友達のお家へ一緒に行こうって言われたけど・・・なんかだるかったからことわっちゃったの。わるかったかな?あとでふうねーちゃんにあやまっといてねって・・・」

 それを聞いた風香ちゃんは遥ちゃんの胸に抱きついて大声を上げてわんわん泣き出しました。遥ちゃんはそんな風香ちゃんを優しく抱きしめました。

  その3へ続く

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コメント

素敵なストーリーですね。
心が洗われる気分です。今回も涙してしまいました。
絵本なんかにしてもぴったりかもしれないですね。
また、全国の小学生にも読んでもらいたいです。

リンクありがとうございました。

恐縮ですが、ルイちゃんの部屋はうまくリンクされていないようですので、お手すきの時に修正いただいてもよろしいでしょうか。
http://aachan8910.jugem.jp/

あーちゃんさんへ。
お忙しい中、訪問していただき、また、コメントしていただき、どうもありがとうございます。リンクは修正いたしました。ご迷惑おかけしましてすみません。

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