スーパーDr.うるとら万太郎:第7話(1/3)
スーパーDr.うるとら万太郎:第7話(1/3)
第7話 幸せってものは・・・
*憂鬱(ゆううつ)な月曜日*
―憂鬱。憂鬱。憂鬱。まじで憂鬱・・・。あー今日は仕事したくねー。綾乃、昨日のこと怒ってるだろうな・・・その上にまた怒らせるようなことを言わなきゃいけないんだよ―
そうつぶやきながら想太郎は医局のドアをそっと開けた。
―綾乃・・・もう来てるのか?―
想太郎はゆっくりと医局に入って周りを見回した。
―よかった。まだみたい。綾乃に会うのはせめて午後にしたいよ―
想太郎はずっと憂鬱な気分で午前中の外来診察を行っていたが、午後1時近くになってやっと最後の患者の診察が終わった。
「あーやっと終わったか」
―普通なら今から飯食ってちょっと明るい気分になるんだけどな。今日はずっと真っ暗なままだぜ―
「おい想太郎」
食堂へ向う想太郎にうしろから諸星が声をかけた。
「なんだ?諸星か。昨日は楽しかったか?」
「昨日?ああ・・・すげー楽しかったぜ!世の中ばら色って感じかな」
―あんたはいいよ。世界がピンク色で。俺なんか真っ暗だぜ―
「そりゃあよかったな」
想太郎は皮肉たっぷりに答えた。
「そんなことじゃないんだよ。想太郎、お前昨日綾乃となんかあったのか?」
「え?」
想太郎はドキッとして諸星から目をそむけた。
「綾乃、今日遅刻してきたんだよ。それにな、さっきちょっと顔を見たんだけど泣いてるんだ。お前、綾乃の家には万太郎になって行ったのか?」
―げげげげっ・・・そりゃあ・・・間違いなく・・・原因は万太郎だよ。あの状況で女の子をほっぽり出して帰っちゃったんだからな・・・あとに残された綾乃にしたら・・・プライドぼろぼろだよな―
「綾乃が待ってるのは万太郎だからな・・・しょうがないから万太郎になって行ったよ。なにかあったかと聞かれれば・・・あったかも・・・しれない・・・」
想太郎は諸星の目を見ずに小声で答えた。
「やっぱり・・・。まあ・・・俺はなんにも聞かないけどな。でもお前、ちゃんと綾乃にあやまっといた方がいいぞ」
―そんなこと・・・言われなくったって俺が一番わかってるよ。ちゃんと今日あやまる予定なんだから。それにしても・・・綾乃が泣いてる?あーどうしよう・・・本当にどうしましょう?―
「ああ・・今日は綾乃にも万太郎のことを全部正直に話すつもりなんだ・・・」
想太郎は力なく答えた。
想太郎はとても食事をする気分になれず、とぼとぼと医局に向っていった。そして医局のドアをゆっくりと開けた。
―げっ・・・綾乃だ。ホントに寂しそうだよ。あー・・・泣いてるじゃないの。どうする?想太郎―
想太郎はちょっと医局に入るのを躊躇(ちゅうちょ)してドアのところで立ちすくんでいた。
―どうするったってあやまるしかないじゃないの。そして万太郎のことも全部打ち明けないと・・・よし!行くぞ!想太郎!―
想太郎はゆっくりと綾乃のほうに向った。
「あ・・・綾乃・・・」
「あ・・・想太郎?」
綾乃は想太郎に気がつくとあわてて涙をぬぐった。
「あの・・・綾乃・・・俺・・・」
―あーなんて言えばいいんだ!昨日はいいところで帰っちゃってごめんなさい・・・じゃないって!昨日綾乃の家へ行ったのは俺じゃなくって万太郎だよ。じゃあまず万太郎のことから打ち明けないと・・・―
「昨日は残念だったわ、想太郎。あなたもこられたらよかったのにね」
綾乃は急に明るい笑顔になって想太郎に話しかけた。
―そうだよね。俺だったらあんなシチュエーションにはならなかったよな―
「ああ・・・悪かったな」
「いいのよ。万太郎と二人っきりでとっても楽しかったわ。ちょっと焼いてる?想太郎」
―あれれ?なんだ?ちょっと様子がおかしいぞ―
「そ・・・そうか。そんなに楽しかったのか?」
「ええ。二人で3人分のご馳走食べて私の部屋も見てもらったの」
「あ・・・綾乃の・・・部屋に入ったのか?」
「うん。万太郎、殺風景な私の部屋を見てあきれてたわよ。でも急に用事を思い出したらしくってすぐ帰っちゃったけどね。こんどは想太郎と渡ちゃんと4人で食事にでも行こうよ」
―なんか・・・へんだぞ。万太郎のこと、全然怒ってないみたいじゃないの。それとも俺に気を使ってるのか?―
「あ・・・綾乃・・・さっき泣いてたんじゃ・・・ないの?」
想太郎は恐る恐る聞いた。
「え?やっぱり・・・わかる?」
綾乃はちょっと目頭を人差し指でふきながら答えた。
「ま・・・万太郎と・・・何か・・・あったのか?」
想太郎はゴクンとつばを飲み込み、勇気を振り絞って聞いてみた。
「ううん。そうじゃないの・・・昨日ね・・・家で飼っていた犬が急に死んじゃったの」
―えー!プータロが?だって昼間は元気そうだったじゃないの(寝てたけどね)―
「犬が?プータロが死んじゃったのか?」
―し・・・しまった・・・―
「想太郎・・・なんで私の犬の名前知ってるの?ああ・・・万太郎に聞いたのね。そうなの。そのプータロがね昨日夕飯を食べないのでおかしいなって思ったらぐったりしてるのよ。あわてて獣医さんに診(み)せたんだけど・・・今朝早く・・・死んじゃった。最近元気がないんでおかしいなって思ってたんだけどね」
綾乃は目頭(めがしら)を指でふきながら話した。
―ああ・・・ああ・・・・そういう事・・・それで綾乃、今日は遅刻して・・・ずっと悲しそうな顔してたってわけ?ああ・・・そうなの。じゃあ・・・万太郎のことは・・・なんとも思ってないの?―
想太郎はほっと胸をなでおろした。
「そ・・・そうか・・・そりゃあ・・・かわいそうなことしたよな。10年も飼ってる犬が死んじゃったら・・・悲しいよな」
―あ・・・また・・・言っちゃったよ―
「プータロを10年前から飼ってることも知ってるのね。そんなことまで話してるの?あなたたち本当に仲いいのね」
綾乃は涙をぬぐうと潤(うる)んだ瞳で微笑みながら想太郎を見つめた。
「いや・・・そんなわけじゃあ・・・ないけどな」
―今日は万太郎の事を言うのはやめておいたほうがよさそうだな。プータロには悪いけどなんかちょっとほっとしちゃったよ―
*翌日。大変な・・・本当に大変な火曜日*
「なあ諸星よ。調子どう?」
「調子?絶好調に決まってるじゃないか。ちょっと最近寝不足だけどな」
夜7時。仕事が終わって医局のソファに座ってくつろいでいた諸星はニヤニヤ笑いながら上機嫌で答えた。
―そう・・・そうなの。いいよな、あんたは。本当に世界中がピンク色って感じね。あー・・・そう。昨日も高沢友里と一緒だったのかよ。俺だってさ、一度は綾乃も友里もこの腕の中につかんだんだよな・・・―
「ところでお前のほうはどうなんだ?」
諸星が想太郎を見つめてまじめな顔で聞いた。
「俺?俺は・・・相変わらず真っ暗」
「まだ言ってないのか?綾乃に万太郎のこと」
「ああ・・・昨日は綾乃の犬が死んじゃったからとても言える雰囲気じゃあなかったからな」
「そうだってな。でもよかったな。綾乃の涙がお前のせいじゃなくって」
「それだけは神様に感謝してるよ」
想太郎が答えた瞬間、医局の電話が鳴った。
「はい。医局です」
想太郎が電話を取って答えた。
“誰か!すぐ救急室に来て!”
電話はそのまま切れた。
「なんだ?綾乃の声だぜ。すぐに救急室に来てくれって」
想太郎が受話器を置きながら諸星に言った。
「今日は綾乃が当直だろ?きっと急患がきたんだ!行こう!救急室へ」
二人は一目散に救急室に向った。
*祐介が・・・*
想太郎と諸星は救急室のドアを一気に開けた。
「ドパミンつないで!時間20よ!」
綾乃が看護師に大声で指示している。当直の3人の看護師たちも必死に動き回っている。
想太郎は救急ベッドを見やった。ベッドの上には若い男性が苦しそうに息をしながら横になっている。
―な・・・なんだ?こんな若い患者がいったいどうしたんだ?え?こいつ・・・綾乃の弟じゃないの!祐介って言ったっけ―
「どうしたんだ!綾乃!」
想太郎が綾乃に聞いた。
「想太郎!助けて!私の弟なの!4-5日前から風邪気味で調子悪かったんだけど、今日の夕方から息苦しいって言って今来たのよ!血圧が70しかないの!」
「何だって?血圧70?」
諸星が大声を上げて聴診器を取り出し祐介の胸を聴診した。
「心音が弱いぜ。それに頻脈(ひんみゃく)だ。脈が120くらいある」
「何が起こったんだ?綾乃!」
想太郎が大声で聞いた。
「わかんない!でもショック状態なのよ!」
綾乃は自分の弟がショック状態になって完全に冷静さを失っていた。
「綾乃!落ち着け!まずレントゲンと心電図だ!ショックの原因を調べるんだ!」
諸星が綾乃の肩を揺さぶって言った。
「う・・・うん・・・わかった」
綾乃は身体を震わせながらうなずいた。
「心電図をとるぞ!」
想太郎は隣の部屋から心電図の機械を運んで祐介に装着しようとした。その時、苦しそうに呼吸していた祐介が急に静かになり呼吸がゆっくりになった。
「祐介・・・祐介!大丈夫?!返事して!」
綾乃が祐介を揺さぶりながら必死で呼びかける。
「血圧60!酸素飽和度86%です!」
看護師が大声で叫んだ。
「いかん!綾乃!挿管(そうかん)しろ!」
諸星が綾乃に向って叫んだ。
「挿管準備して!チューブは9.0!」
綾乃が大声で看護師に指示した。
「俺はレスピレーター(人工呼吸器)をスタンバイするぞ!」
諸星はそばにおいてあったレスピレーターの準備に取り掛かった。
―大変だよ!なんだ?何が起こったんだ?こんなに若いのに何でショック状態になるんだよ!綾乃・・・俺、どうすりゃいいんだ?俺には何ができるんだよ!―
想太郎はぼうぜんとして心電図の機械の横でうろうろしていた。
―そうだ!万太郎だ!万太郎になるんだ!―
想太郎はドアに向って駆け出そうとしたが、はっとして足を止めた。
―だめだ!2日前に万太郎になったばかりじゃないか!まだ無理だ!―
綾乃は看護師に渡された挿管チューブを右手に取り、祐介の口に左手に持った喉頭鏡(こうとうきょう)を挿入しようとしていた。綾乃の顔は汗でびっしょりになり、その右手は震えている。
―綾乃・・・綾乃!頑張れ!―
「祐介!頑張って!挿管するわよ!」
綾乃の目は涙で潤み、挿管チューブを握ったままの右手の手首でその涙をふきながら必死に祐介の声帯(せいたい)を確認しようとしていた。綾乃の表情にはあせりの色がありありと見える。
―綾乃・・・俺は・・・俺は・・・俺は・・・・・・・・・―
想太郎は心電図の電極を震える両手で握り締めながら、必死に祐介に挿管しようとしている綾乃をじっと見つめていた。そして大きく息をついて決心したように大きく目を開いて顔を上げた。
―綾乃!待ってろ!俺が!俺が助けてやる!―
想太郎は手に持っていた心電図の電極を放り投げ、一目散にドアに向った。それに気づいた諸星が想太郎に向って叫んだ。
「おい!待てよ!想太郎!」
諸星は救急室を出たところで、走り去ろうとする想太郎の左腕をつかんだ。
「想太郎!お前、万太郎になるつもりだな!ばか!まだ2日しかたってないじゃないか!今、万太郎になったらお前死んじまうんだぞ!」
想太郎は黙って諸星を見上げた。
「俺は・・・もう綾乃の涙は・・・見たくないよ」
想太郎は首を小さく横に振りながら潤(うる)んだ目で諸星を見つめて言った。
「ばかやろう!俺だって・・・俺だってお前の死ぬところなんか見たくねー!どうしても行くんだったらこの俺を倒してから・・・」
諸星が言い終わる前に想太郎の右のこぶしが諸星の頬を直撃した。諸星は一瞬何がおこったかわからずにその場に倒れこんだ。そして想太郎はすぐさま自分のポケットに入っていたケースをつかみとり、その中からウルトラアイを取り出した。
「ありがとな・・・渡・・・」
想太郎は諸星を見ながらちょっと微笑んでそう言うと、ケースを放り投げてウルトラアイを装着した。その瞬間想太郎の身体は青白い光に包まれた。そして光が消えるとその中から万太郎が現れ、一目散に救急室に飛び込んだ。
「・・・ばかやろう・・・」
諸星は口にたまった血を吐き出してつぶやきながらゆっくりと立ち上がり、万太郎のあとに続いた。
第7話(2/3)に続く
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