スーパーDr.うるとら万太郎:第5話(1/2)
スーパーDr.うるとら万太郎:第5話(1/2)
第5話 どうしましょう?
*やめたんだ・・・*
「おっ何だ?想太郎じゃないか?珍しいな。こんなとこで会うなんて」
「なんだ・・・諸星か・・俺だってたまには調べものくらいするさ」
想太郎は図書室のコンピューターのマウスを触りながら諸星に答えた。
「なんだ?チャーグ=ストラウス症候群?なんだ?そりゃ?」
「俺が受け持っている喘息(ぜんそく)のばあちゃんな・・・」
「ああ・・・また発作(ほっさ)が出たって言ってたな」
「そうなんだ。まあ、今はおさまってるんだけどな、なんか変なんだよ」
「変?何が・・・」
「喘息ってたいてい若いときからずっと発作があるだろ?あのばあちゃん80歳になる今まで喘息なんかなったことないんだよ。アレルギーもなかったし、鳥や動物だって飼ってないし、変な薬や健康食品も飲んでないんだ。でも好酸球(こうさんきゅう)が30%もあるんだよ。これってなんかのアレルギーだよな」
「え?好酸球が30%?そりゃ多いよな」
好酸球はアレルギー疾患で増加する。通常は6%以下だが蕁麻疹(じんましん)や花粉症などアレルギーが関与する病気のときは10%以上になる。しかし30%を超えているということは明らかに異常である。
「それに手足のしびれが前から強くって足には紫斑(しはん)が少し出てるんだ」
「ふーん・・・そりゃあなんかおかしいよな」
「それで俺、3日前から色々と調べたんだ。喘息と好酸球増加と手足のしびれと紫斑で検索してるんだけど・・・なんかこの病気、似てるんだよな・・・・」
「そのチャーグストラウスっていうやつか?」
「ああ・・・」
想太郎はコンピューターの画面をじっと見つめて答えた。
「でもな・・・俺こんな難しい病気見たこともないからよくわかんねーんだよ。どうやったら診断がつくのか・・・」
「そんなのお前、万太郎になればすむことじゃないの。ちょっとメガネをかけてカルテと患者を診(み)に行けばたちまち診断ついちゃうんじゃないか?」
諸星は想太郎の肩を軽くたたいて言った。
「それはそうなんだけど・・・俺はもう万太郎には変身しないでおこうと思うんだ・・・」
想太郎はぼそっとつぶやいた。
「え?なんで?もったいないじゃないか!あんなすごいスーパードクターに変身できるんだぜ!俺だったら3日ごとに変身しちゃうよ」
「うん・・・でも・・・やめたんだ・・・」
想太郎はマウスを操作しながら画面を見つめて小さな声で答えた。
「そうか・・・じゃあ・・・もう万太郎は現れないんだな・・・」
諸星も小さな声で言った。
「あ・・・諸星よ・・・でも高沢友里の件はちゃんとしておくよ。君とは付き合う気はないってちゃんと伝えるから・・・すまないけどもうちょっと待ってくれよ」
「ああ・・・いいんだ・・・そんなことは。でも・・・頼むよ、想太郎」
諸星はあわてて首を横に振りながらばつが悪そうに消えていった。
―ごめんな・・・諸星・・・でも、もうちょっと待ってくれよ。俺、なんか自分で頑張ってみようって気分になってんだ。無駄なことかもしれないけど・・・やれるだけやってみるよ―
*どうしましょう?*
―あー今日は当直だよ。いつも当直の日は気分が重いよな・・・今からこの病院に来る患者は全部俺が診るわけだろ?またわからない患者が来たらどうしようかな?万太郎にはもうならないって決めたしな・・・その時は自分で何とか調べて、だめだったら誰か呼ぶしかないよな。うん・・・そうだよ。自分で全部何とかしようと思わなくったってできないことは誰かに応援してもらえばいいんだよ。そう考えたらちょっと気分が楽になってくるってもんだよ―
「よう。想太郎。今日は当直だろ?頑張れよ」
諸星が明るく声をかけた。
「ああ・・・がんばるって」
「今日は研修医が下につく日だろ?いいとこ見せろよ」
「研修医?」
「ああ・・・卒業したばかりの新米だからしっかり指導してやれよ」
諸星は笑いながら言った。
―研修医?ってことは・・・卒業してまだ何にもできない医者が俺の下につくってこと?何考えてんだ?俺自身が誰かに助けてもらわないといけない立場なんだぜ?何で新米を教えられるの?まあ・・・おれは3年目なんだから当然そういう立場にあるべきなんだろうけど・・・―
「今日の研修医は『どうしましょう?』の女医さんだってさ」
「どうしましょう?」
「そういうあだ名だよ。じゃあな。頑張れよ想太郎」
―どうしましょう?なんだ?それ・・・。わかんないからすぐにどうしましょうって聞きに来るのか?俺に聞かれても困るんだよな―
*堂島翔子(どうしましょうこ)*
「あの・・・尾形先生。堂島翔子です。今日はよろしくお願いいたします」
想太郎が救急室に顔を出すと見慣れない、だぼだぼの白衣を着た小柄な女性が近づいてきた。
「あ・・・堂島(どうじま)・・・翔子さん?」
「どうじまじゃなくってどうしま・・・です。どうしましょうこ・・・今年入った研修医です。なーんにもわかりませんけどよろしくお願いします!」
堂島翔子は想太郎に頭を下げて明るい声で挨拶した。
―ああ・・・今日の当直の先生なの。なんだって?どうしま・・・しょうこ?ああ・・・そうなの・・・だからどうしましょう先生なの・・・よかったよ。本当に何でもどうしましょうって聞かれるのかと思っちゃったよ。それにしても・・・ルックスは・・・悪いけど・・・『どうしましょう?』って感じかな・・・―
堂島翔子は手入れのされていないばさばさの短い髪に分厚いメガネ、太い眉と厚い唇、ちょっと小太りな身体をばたばたと動かして救急室の器具を点検していた。
―じゃあ・・・今日はこの女医さんの診察に付き添っていちいちアドバイスしてかなきゃいけないわけ?あーかったるいよ・・・―
*ほんとにどうしましょう?*
「尾形先生・・・どうしましょう・・・」
―あーまたかよ・・・今晩何回目?こんどはなによ―
「59歳の喘息の男性なんですけど・・・吸入させたんですけどよくならないんです・・・どうしましょう?」
「喘息?吸入でよくならないの?わかった。今診に行くから・・・」
―これじゃあ自分ひとりで当直してたほうがよっぼど楽だよ―
そうつぶやきながら想太郎は医局から救急室に向って歩いていった。
「あー確かにまだ喘鳴(ぜんめい)があるね・・・じゃあ注射と点滴しましょうか」
想太郎は聴診器をはずしながら優しく患者に言った。
「えっと・・・ボスミン0.3mlを皮下注(ひかちゅう)。それからネオフィリン1アンプルと生理食塩水100mlを30分で点滴してください」
想太郎はカルテを書きながら当直看護師の唐沢律子に点滴を指示した。唐沢律子は37歳になる外科外来勤務のベテラン看護師だ。おっとりした性格でいつもニコニコ笑ってのんびりと仕事をしているように見えるがその看護技術はなかなかのものだ。彼女はいつものように笑顔で「はい」と答えて点滴の準備をはじめた。そんな唐沢律子を見ながら想太郎は手招きで堂島翔子を隣の準備室に呼び寄せた。
「はい・・・なんでしょう・・・」
「あのね・・・君も医師免許を持った医者でしょ?」
「はい・・・一応・・・」
「じゃあ・・・何でもかんでも人に聞いてちゃだめだよ」
「でも・・・どうしていいかわからないので・・・」
「わからなかったら調べるの!レジデントマニュアルとか教科書とか持ってるよね?患者さんが吸入している時に、もしこれでなおらなかったら次はどうすればいいかって調べられるでしょ?医者は人から言われたままのことをしてるだけじゃだめなんだよ。できるだけ自分の力でやれるようにならなきゃ。どうしてもだめなときだけ他の人の力を借りるんだよ」
―俺何言ってんの?俺がこんなこと言える立場なのか?あー・・・きっと他の先生から見たら俺もこんな感じなんだよ。真田先生の気持ちがよくわかるぜ。それにこいつはまだ医者になったばっかりで右も左もわかんないんだから「どうしましょう?」て聞くのは当たり前なんだよな―
「すみません・・・」
堂島翔子は泣きそうな顔でうなだれて答えた。
「あ・・・いや、まあ君はまだ医者になったばかりなんだから聞くのは悪いことじゃないよ。でもこれからは『どうしましょう』じゃなくって自分なりの答えを探して『これでいいでしょうか?』って聞いたほうがいいと思うよ」
想太郎はあわてて翔子をとりなした。
「はい・・・ありがとうございます」
翔子は目を潤ませながら下を向いて答えた。
―ああ・・・女の子って扱いにくいよ―
*吐血(とけつ)???*
想太郎が医局に入ってよっこいしょっとソファに座った瞬間、またPHSが鳴った。
“尾形先生!すぐ来てください!あの患者さん吐血したんです!どうしましょう!”
―えー!今の喘息の患者さんが吐血??なんで?何で吐血するの?―
「わ・・・わかった!すぐ行く!」
想太郎はあわてて救急室に向った。そこには先ほどの患者がベッドの上で苦しそうにゴホゴホと咳をしながら赤いものを膿盆(のうぼん)に吐いていた。
―吐血・・・じゃないよな・・・喀血(かっけつ)じゃないの?そうだよな。喘息の患者さんだから肺に何か病気があるんだよ―
「堂島先生、これは吐血じゃなくって喀血だよ。血を吐いたっていうときはちゃんと区別しなきゃあ。いい?吐血は消化器から出る出血。喀血は呼吸器から出る出血。この患者さんは咳といっしょに血を吐いてるんだから喀血だよ」
「すみません・・・動揺してしまって・・」
その時、患者は急に大きな咳をし真っ赤な血液がどっと口から飛び散った。
「わっ!大変だ!吸引だ吸引!」
想太郎は患者が窒息(ちっそく)しないように顔を横に向けて口の中にあった血液をティッシュで拭った。そして唐沢律子が手渡した吸痰チューブを手にとるやいなや口の中に入れ、血液を吸引した。患者はそれでもゴホゴホと苦しそうな咳をして、その口からは赤い血液が次々とあふれ出てくる。患者はすでに意識もうろう状態になってきている。
「だめだ!間に合わない!挿管(そうかん)だ!挿管準備して!」
想太郎は血液の吸引をあきらめて気管にチューブを入れる気管内挿管をすることにした。
―やばいよ!とにかく気道を確保しないと。でもこんな血だらけで俺が挿管できるのか?挿管なんてまだ4-5回しかやったことないんだぜ―
隣では堂島翔子が「どうしましょう・・・どうしましょう」と小声でつぶやきながら何をしていいかわからずにうろうろしていた。想太郎は唐沢律子に手渡された喉頭鏡(こうとうきょう)と挿管チューブを手に取ると患者の頭側(とうそく)へまわり、喉頭鏡で口をこじ開けた。
―わー!真っ赤だよ!全然見えないじゃないの!―
「堂島先生!吸引してくれ!口の中の血液を吸引するんだ!」
「は・・・はい!」
堂島翔子はそばにおいてあった吸痰チューブを手に取ると口の中に入れた。ジュルジュル・・・という音とともに血液が吸引されていく。
「どうだ!」
想太郎はもう一度喉頭鏡を使って患者の口の中をのぞいた。
―あった!見えるよ!これなら・・・―
想太郎は右手に持った気管チューブを声帯に向って押し込んだ。その瞬間患者は咳をして今度は気管チューブの中から赤い血液があふれ出した。気管チューブは間違いなく気管に入ったらしい。
「入ったぞ!堂島先生!今度は気管チューブの中を吸引するんだ!」
「はい!」
堂島翔子は言われたとおり吸痰チューブを気管チューブの中に突っ込んだ。赤い血液が吸引されていく。しばらくすると苦しそうにゼーゼー言っていた患者の呼吸は徐々に落ち着いてきた。吸痰チューブからの赤い出血の色も徐々に淡くなってきているようだ。想太郎はへなへなとその場にしゃがみこんだ。
―あぶねーよ。あぶねーよ・・・。もうちょっとで死んじまうとこだったぜ・・・でもこれでちょっとは時間が稼げるよ。しかしよく入ったよな・・・挿管チューブ・・・奇跡じゃないの?―
想太郎が隣を見上げると堂島翔子が感動した目で想太郎を見つめていた。
「尾形先生・・・すごいです」
―何言ってんの?挿管しただけじゃないの。でも・・・こんな血だらけの中で一発で入ったもんな。ちょっとすごいかな・・・―
「まあ・・・君もすぐにこれくらいできるようになるって・・・さあ、これで終わりじゃないぞ。喀血した原因を調べなきゃ・・・CT室へ運ぼう」
患者は挿管チューブを口から挿入されたままストレッチャーでCT室に運ばれた。今は気管からの出血もおさまっており患者は声は出せないが、楽そうに呼吸している。
*出血源*
想太郎と堂島翔子はCTの画像を見ていた。
「右の中葉(ちゅうよう)に陰影があるじゃないの。こりゃあ気管支拡張症だな」
「気管支拡張症ですか?」
「ああ。気管支が炎症を起こして拡張するんだよ。喀血の原因になるんだぜ」
「へーえ」
翔子は感心してCTの画像を見つめた。
―どんなもんだい。こいつホントに感心してるよ。あーよかったよ。ここ数日あのばあちゃんのこと色々調べてたから呼吸器に関してはかなり勉強したからな。俺だってやればできるじゃないの。でもな・・・これからが問題なんだよ。喀血ってやつはいったん止まっててもまた急に出てくるもんなんだよ。俺が調べた症例ではまず気管支鏡(きかんしきょう)をして出血源を確かめてから止血処置をしてたよな・・・おれは気管支鏡なんてしたことないぜ。明日までこのまま様子を見るか?―
想太郎はCT室の中の患者を見ながら考えていた。
―いやいや・・・だめだめ・・・再出血したら今度は止まらないかもしれないじゃないの。いくら気管チューブを入れてても大量出血したら窒息(ちっそく)して死んじゃうよ。やっぱりやらなきゃ・・・気管支鏡。そうだ・・・なにも全部自分でする必要はないんだよ。呼吸器内科の倉田先生を呼べばいいじゃないの―
想太郎は隣にいた唐沢律子に向って言った。
「悪いけど倉田先生呼んでくれない?気管支鏡をしてもらいたいんだ」
「はい。倉田先生ですね・・・あ・・・でも今朝から学会で北海道ですよ」
―えーっ!何?何?またー?いないの?倉田先生・・・。あー俺ってなんてついてないのよ!循環器懇話会(こんわかい)があれば大動脈解離(かいり)がくるし、滝本先生の奥さんが産気づけば下血(げけつ)が来るし、今度はなに?喀血が来たら呼吸器内科の倉田先生が学会出張中?何でそんなにタイミングがいいの?―
「どうしましょう?尾形先生・・・」
堂島翔子が不安そうな顔で想太郎を見つめた。
―あー・・・またこいつの「どうしましょう」かよ・・・こっちが言いたいよ―
―こうなったら・・・仕方ないよな・・・万太郎先生に登場願うしかないよ・・・あー許してくれ綾乃!俺は二度と万太郎にならないって誓ったのに・・・もう一回だけ許してくれ。だってこのままじゃあこの患者さん死んじゃうかも知れないよ―
「患者さんを内視鏡室に運んでくれ」
想太郎は堂島翔子と唐沢律子に向って言った。
「え?どうするんですか?」
「いいから早く運んでくれ」
そう言いながら想太郎は医局に向って走り去った。
―そうだ。どうせ万太郎になるんなら友里のこともちゃんとしておかないとな―
想太郎は医局の自分の机に座って高沢友里に電話をかけた。
「ああ・・・遅くからごめん。俺・・・尾形想太郎・・・」
“えー!尾形先生?!万太郎先生来るの?そうなの?そうなのね!”
―なんだよ。俺からの電話ってもうそういうことに決まっちゃってるわけ?―
「まあ・・・そんなとこだけど・・・」
“行く!すぐ行くから!私が行くまでぜーったい帰さないでよ!わかった?”
―はいはい・・・待ってるよ―
「ああ・・・でも今から気管支鏡とかするから1時間くらいかかるぜ」
“わかってるって!ありがとね!尾形センセ!”
―あ・・・切れちゃったよ。あーあ・・・嫌だよな・・・あんなに喜んでるのに・・・なんて言ったらいいの?そうだ・・・こっちも電話しとかないとな・・・―
「ああ・・・諸星?俺、想太郎。今から万太郎になるから・・・そう・・・高沢友里にも連絡したから・・・うん・・・喀血でな、今挿管したとこ・・・いまんとこ落ち着いてる・・・大丈夫・・・・今から万太郎になるから大丈夫だって。それより友里のこと頼んだぜ」
想太郎はふっとため息をついて携帯を切った。
―さてと・・・万太郎になって血を止めにいくか―
想太郎は引き出しにしまってあったウルトラアイを持って医局の前のトイレに向った。
―さあ・・・これが最後の変身だ―
想太郎は大きくため息をついて左手を腰につけてウルトラアイを目の前にかざした。
「万太郎!」
そう叫んだ瞬間想太郎の身体が青白い光に包まれた。
―あーこの感じ・・・これだよ、これ・・・でも、この快感もこれが最後だよな・・・―
想太郎は鏡を見つめながら言った。
「あばよ・・・色男」
第5話(2/2)に続く
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