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2008年10月

2008年10月31日 (金)

スーパーDr.うるとら万太郎:第7話(2/3)

スーパーDr.うるとら万太郎:第7話(2/3)

   *劇症型心筋炎(げきしょうがたしんきんえん)*

「挿管入ったか?」

 救急室に入った万太郎はゆっくりした口調で綾乃に聞いた。

「万太郎!来てくれたのね!今入ったわ。レスピレーターつないで!心電図とって!」

 綾乃は看護師に指示をして涙をぬぐいながら、ほんの少しほっとした表情を浮かべて万太郎を見つめた。

 看護師があわてて心電図を装着し、諸星がレスピレーターを祐介の横に運んで挿管された気管チューブに装着した。

「万太郎!血圧が60しかないの!原因は何?何で祐介がショックになるの?」

「落ち着くんだ。まず心電図だ」

 記録されていく心電図の波形をみながら綾乃が言った。

「なに?これ・・・STが上昇してるじゃないの!AMI(急性心筋梗塞)なの?なんで?何で祐介がAMIになるのよ!」

「祐介は小さいときに川崎病をしたことがあるか?」

 万太郎がゆっくりと綾乃に聞いた。

「川崎病?ないわ!」

「じゃあ・・・両親に高脂血症(こうしけつしょう)はあるか?」

「ないわ!両親ともコレステロールは正常よ!」

「それじゃあ・・・AMIじゃないな。多分、心筋炎だ」

「心筋炎?」

「ああ。それも・・・たちの悪い劇症型心筋炎だ」

 急性心筋梗塞の場合は心電図でSTと呼ばれる部分が上昇するのが特徴だ。その原因はほとんどが動脈硬化であり、通常は中年以降に発症する。しかし心筋梗塞が若年(じゃくねん)で発症する場合が二つある。

 ひとつはその患者が幼児期に川崎病という疾患に罹患した場合で心臓を栄養する冠動脈(かんどうみゃく)に動脈瘤ができて心筋梗塞を発症する。もうひとつは家族性高脂血症だ。生まれつきコレステロールが高く20才になる前に動脈硬化が進行して心筋梗塞を発症することがあるのだ。

 しかし祐介はどちらでもなく心筋梗塞の可能性はきわめて低い。ここで考えられる疾患は心筋炎だ。

「心筋炎?祐介が・・・」

「ああ・・・数日前から風邪気味だと言ってただろ?2日前にも熱があって顔面に浮腫(ふしゅ)もあった。その頃から心筋炎の兆候(ちょうこう)があったんだろう」

 心筋炎は風邪などのウイルスが心筋を障害する疾患である。通常は風邪症状で発症するので初期にはその診断は困難である。

 しかし徐々に心筋の炎症が進行すると心臓の動きが障害され、心不全(しんふぜん)となる。浮腫や動悸、息切れなどが出現し時にはショック状態となることがある。

 通常は2-3週間で自然軽快することが多いが、中には劇症型心筋炎といって急速に心不全症状が進行してショック状態となり死にいたる重症型が存在する。

「祐介・・・ごめんね・・・私がちゃんと診てあげれば・・・。プータロが死んじゃって・・・あなたのことかまってあげる余裕がなかったわ・・・。ゆるして・・・」

 綾乃は祐介の身体にすがりつきながら泣き崩れた。

「時間がない。循環補助が必要だ。すぐICUに運べ」

 万太郎は綾乃の肩に手をかけて優しく言った。

「循環補助?」

 綾乃は涙をふきながら万太郎を見上げて聞いた。

「ああ・・IABP(intra aortic balloon pumping:大動脈バルーンポンピング)とそれにPCPS(percutaneous cardio pulmonary support:経皮的心肺補助装置)も必要だ。祐介の心筋の機能が回復するまでの間、何とか循環動態(じゅんかんどうたい)を維持させるんだ」

 万太郎は冷静に答えた。

「助かる?万太郎?」

 綾乃は立ち上がって涙をぬぐいながら万太郎の目をじっと見つめた。

「ああ・・・全力を尽くす。俺がPCPSのプライミング(体外循環回路を組み立てること)をするから君はレントゲンを撮って、そのままICUに運べ。途中でVF(心室細動:心停止につながる非常に危険な不整脈)になるかもしれないから除細動器(じょさいどうき)を一緒に運べ。それからモニターから目を離すな!」

「わかった・・・お願いね・・・万太郎」

 綾乃はそう言いながらもう一度涙を拭い、祐介を乗せたストレッチャーをレントゲン室に運ぶ準備をした。万太郎は救急室を飛び出し、ICUに向った。

    *もう少しだけ・・・万太郎で・・・*

「おそかったじゃないか。もう準備できてるぜ」

 運ばれてきたストレッチャーを見ながら万太郎が言った。

「え?もうPCPSのプライミング終わったのか?」

 諸星がびっくりして聞いた。

「ああ・・・バイタルは?」

「血圧62の30。脈拍108。動脈血酸素飽和度99%です。」

 看護師がストレッチャーを押しながら答えた

「よし。まだ間に合う」

 祐介はストレッチャーからICUベッドに移され人工呼吸器や心電図モニター、血圧計などがあっという間に装着された。万太郎は祐介の下腹部(かふくぶ)から大腿部(だいたいぶ)までをすばやく消毒し、青い清潔な布でおおった。

 PCPSは簡易型の人工心肺装置である。心臓の手術のときに使われる人工心肺のように患者の循環と呼吸をすべてカバーできるわけではないが、心臓や肺の機能がかなり低下してもその機能が幾分残存している時には補助することができる。

 まず足の付け根の大腿静脈から太いカテーテルを挿入し、それを右心房(うしんぼう)の近傍まで進めて血液(静脈血)を遠心ポンプを使って吸引する。その静脈血を人工肺で酸素を供給して動脈血にしてから大腿動脈に挿入したカテーテルを通して身体に返す。

 すなわち心臓→肺→心臓という循環をしていた患者の血液の一部を体外に取り出しPCPSの遠心ポンプと人工肺を経て再び戻すことになる。開胸(かいきょう)を必要とせずに処理はすべてベッドサイドで行うことができる事が最大の利点である。

 万太郎は祐介の右の大腿動脈と大腿静脈を穿刺するとあっという間に2本のカテーテルを挿入してしまった。

「よし!まわせ!」

 万太郎が綾乃に指示すると綾乃が遠心ポンプを回転させるスイッチを入れた。血液がカテーテルを通して体外循環を始めた。祐介の身体からどす黒い色の静脈血がPCPSに送られ酸素を供給されて赤い動脈血になって再び祐介の身体に返っていく。

―うん?なんだ・・・?―

 その時想太郎の目の前に一瞬、テレビ画面のノイズのようなものが映った。

―なんだ?今のは・・・。う・・・また・・・―

 想太郎の目は、ものがゆがんで、そして二重になって見えるようになってきた。

―きっと・・・CUPID(キューピット)がオーバーヒートしているんだ!万太郎!急げ!―

「次はIABPだ!反対側の大腿動脈を穿刺(せんし)するぞ。IABPをスタンバイしておけ!」

 万太郎は諸星に向ってそう言いながら祐介の左の大腿動脈を穿刺しその中にガイドワイヤーを挿入した。その時、万太郎(想太郎)の目の前には再びノイズが入り視野は急速にぼやけていった。

「う・・・」

―見えない!目が見えない!―

 万太郎は手探りでIABPのカテーテルをつかむとガイドワイヤーの中を通していった。

―がんばれ!万太郎!もう少しだ!―

 想太郎の目の前はノイズばかりでカテーテルはほとんど見えなかった。それに体中の力が抜けていく。

―だめだ!力が・・・入らない!もう少し!もう少しなのに!親父よ!もう少しだけ・・・もう少しだけ万太郎でいさせてくれ!―

 万太郎(想太郎)は最後の力を振り絞ってIABPのカテーテルを少しずつ祐介の身体の中に挿入していった。

「・・・よし・・・ここでいいはずだ・・・諸星、つないでくれ」

 万太郎は震える手でコネクターをそばにいるはずの諸星にわたした。

「よし・・・・つないだぞ!始動する!」

 コネクターをつないだ諸星がIABPを始動させた。バルーンカテーテルにヘリウムガスが祐介の心拍に合わせて送られ、キュンキュンという音が規則正しく聞こえてきた。すでに万太郎(想太郎)は立っているのがやっとの状態であったが綾乃のいるほうへ向き直って言った。

「綾乃・・・ナートを頼む。それから念のためレントゲンでカテーテルの位置を確認してくれ。俺の感では間違いないと思うがね」

「わかった・・・ありがとう・・・万太郎」

 綾乃は両手で涙をふきながら万太郎を見つめ、そして深々とお辞儀をした。万太郎はよろよろとよろめきながらICUの出口に向った。それを見ていた諸星が万太郎を支えた。

「よくやった・・・大丈夫か?」

「ああ・・・すまないが隣の準備室まで連れてってくれないか・・・」

「おまえ・・・目が・・・目が見えないのか?」

 万太郎は諸星に支えられて準備室のベッドに横になった。その瞬間万太郎の身体は青白い光に包まれその中からぐったりした想太郎が現れた。

「大丈夫か?想太郎!」

「ああ・・・体中の力が抜けていくけど・・・まだ何とか話はできるよ。今日は・・・屁が出なくて助かるぜ」

「・・・ばかやろう・・・」

 諸星は右手で涙をふきながら言った。

「諸星よ。綾乃を手伝ってやってくれ・・・俺はまだ大丈夫だ・・・」

「しかしおまえ・・・」

「頼むよ・・・渡・・・」

 想太郎は諸星がいる方向を見つめながら力なく言った。諸星はもう一度右手で涙をふきながら立ち上がった。

「わかったよ。すぐ戻るからな」

 あとに残った想太郎は仰向けになったまま、見えない目でじっと天井を見つめていた。

―ああ・・・俺、今死ぬんだな・・・目は見えないし体中の力が抜けていくよ。でも・・・変身が解けても屁が出なくてよかったよ。くさかったら綾乃が近づいちゃくれないからな。多分体中にたまったガスが処理できないから屁もでないんだろう?―

―でも、俺の・・・俺の人生ってなんだったんだろうな?なんとなく生きてきて、なんとなく医者になって・・・それからもなんとなく過ぎてきたよな。こんなに早く死ぬんだたら、もっと一生懸命生きればよかったよ・・・。でも・・・綾乃と出会ってからは、楽しかったよ。毎日あいつの顔を見るのがホントにうれしかったよな。医者になって同じ職場に勤務するようになってからも怒られてばっかりだったけど毎日本当に楽しかったよ―

 想太郎はふーっと息をはいて見えない目で天井を見つめた。

―それにしても・・・あの時・・・あの時、綾乃を抱きしめておけばよかったな・・・どうせ死ぬんだったら綾乃をこの手に抱いてから死にたかったよな。でも・・・もう、いまさら遅いか・・・まあ、祐介が助かってよかったよ。だって・・・もう綾乃の涙は見たくないもんな・・・・・・。そうか・・・俺、もう目が見えないんだっけ・・・―

 想太郎はぐったりと仰向けになりながらもうろうとした頭で考えていた。

―あー目の前が真っ暗だよ。目が見えないって不安だよな。気が遠くなっていくよ・・・。でも・・・もう一度・・・もう一度だけ綾乃の顔を見たかったな・・・―

第7話(3/3)に続く

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2008年10月30日 (木)

スーパーDr.うるとら万太郎:第7話(1/3)

スーパーDr.うるとら万太郎:第7話(1/3)

    第7話 幸せってものは・・・

   *憂鬱(ゆううつ)な月曜日*

―憂鬱。憂鬱。憂鬱。まじで憂鬱・・・。あー今日は仕事したくねー。綾乃、昨日のこと怒ってるだろうな・・・その上にまた怒らせるようなことを言わなきゃいけないんだよ―

 そうつぶやきながら想太郎は医局のドアをそっと開けた。

―綾乃・・・もう来てるのか?―

 想太郎はゆっくりと医局に入って周りを見回した。

―よかった。まだみたい。綾乃に会うのはせめて午後にしたいよ―

 想太郎はずっと憂鬱な気分で午前中の外来診察を行っていたが、午後1時近くになってやっと最後の患者の診察が終わった。

「あーやっと終わったか」

―普通なら今から飯食ってちょっと明るい気分になるんだけどな。今日はずっと真っ暗なままだぜ―

「おい想太郎」

 食堂へ向う想太郎にうしろから諸星が声をかけた。

「なんだ?諸星か。昨日は楽しかったか?」

「昨日?ああ・・・すげー楽しかったぜ!世の中ばら色って感じかな」

―あんたはいいよ。世界がピンク色で。俺なんか真っ暗だぜ―

「そりゃあよかったな」

 想太郎は皮肉たっぷりに答えた。

「そんなことじゃないんだよ。想太郎、お前昨日綾乃となんかあったのか?」

「え?」

 想太郎はドキッとして諸星から目をそむけた。

「綾乃、今日遅刻してきたんだよ。それにな、さっきちょっと顔を見たんだけど泣いてるんだ。お前、綾乃の家には万太郎になって行ったのか?」

―げげげげっ・・・そりゃあ・・・間違いなく・・・原因は万太郎だよ。あの状況で女の子をほっぽり出して帰っちゃったんだからな・・・あとに残された綾乃にしたら・・・プライドぼろぼろだよな―

「綾乃が待ってるのは万太郎だからな・・・しょうがないから万太郎になって行ったよ。なにかあったかと聞かれれば・・・あったかも・・・しれない・・・」

 想太郎は諸星の目を見ずに小声で答えた。

「やっぱり・・・。まあ・・・俺はなんにも聞かないけどな。でもお前、ちゃんと綾乃にあやまっといた方がいいぞ」

―そんなこと・・・言われなくったって俺が一番わかってるよ。ちゃんと今日あやまる予定なんだから。それにしても・・・綾乃が泣いてる?あーどうしよう・・・本当にどうしましょう?―

「ああ・・今日は綾乃にも万太郎のことを全部正直に話すつもりなんだ・・・」

 想太郎は力なく答えた。

 想太郎はとても食事をする気分になれず、とぼとぼと医局に向っていった。そして医局のドアをゆっくりと開けた。

―げっ・・・綾乃だ。ホントに寂しそうだよ。あー・・・泣いてるじゃないの。どうする?想太郎―

 想太郎はちょっと医局に入るのを躊躇(ちゅうちょ)してドアのところで立ちすくんでいた。

―どうするったってあやまるしかないじゃないの。そして万太郎のことも全部打ち明けないと・・・よし!行くぞ!想太郎!―

 想太郎はゆっくりと綾乃のほうに向った。

「あ・・・綾乃・・・」

「あ・・・想太郎?」

 綾乃は想太郎に気がつくとあわてて涙をぬぐった。

「あの・・・綾乃・・・俺・・・」

―あーなんて言えばいいんだ!昨日はいいところで帰っちゃってごめんなさい・・・じゃないって!昨日綾乃の家へ行ったのは俺じゃなくって万太郎だよ。じゃあまず万太郎のことから打ち明けないと・・・―

「昨日は残念だったわ、想太郎。あなたもこられたらよかったのにね」

 綾乃は急に明るい笑顔になって想太郎に話しかけた。

―そうだよね。俺だったらあんなシチュエーションにはならなかったよな―

「ああ・・・悪かったな」

「いいのよ。万太郎と二人っきりでとっても楽しかったわ。ちょっと焼いてる?想太郎」

―あれれ?なんだ?ちょっと様子がおかしいぞ―

「そ・・・そうか。そんなに楽しかったのか?」

「ええ。二人で3人分のご馳走食べて私の部屋も見てもらったの」

「あ・・・綾乃の・・・部屋に入ったのか?」

「うん。万太郎、殺風景な私の部屋を見てあきれてたわよ。でも急に用事を思い出したらしくってすぐ帰っちゃったけどね。こんどは想太郎と渡ちゃんと4人で食事にでも行こうよ」

―なんか・・・へんだぞ。万太郎のこと、全然怒ってないみたいじゃないの。それとも俺に気を使ってるのか?―

「あ・・・綾乃・・・さっき泣いてたんじゃ・・・ないの?」

想太郎は恐る恐る聞いた。

「え?やっぱり・・・わかる?」

 綾乃はちょっと目頭を人差し指でふきながら答えた。

「ま・・・万太郎と・・・何か・・・あったのか?」

 想太郎はゴクンとつばを飲み込み、勇気を振り絞って聞いてみた。

「ううん。そうじゃないの・・・昨日ね・・・家で飼っていた犬が急に死んじゃったの」

―えー!プータロが?だって昼間は元気そうだったじゃないの(寝てたけどね)―

「犬が?プータロが死んじゃったのか?」

―し・・・しまった・・・―

「想太郎・・・なんで私の犬の名前知ってるの?ああ・・・万太郎に聞いたのね。そうなの。そのプータロがね昨日夕飯を食べないのでおかしいなって思ったらぐったりしてるのよ。あわてて獣医さんに診(み)せたんだけど・・・今朝早く・・・死んじゃった。最近元気がないんでおかしいなって思ってたんだけどね」

 綾乃は目頭(めがしら)を指でふきながら話した。

―ああ・・・ああ・・・・そういう事・・・それで綾乃、今日は遅刻して・・・ずっと悲しそうな顔してたってわけ?ああ・・・そうなの。じゃあ・・・万太郎のことは・・・なんとも思ってないの?―

 想太郎はほっと胸をなでおろした。

「そ・・・そうか・・・そりゃあ・・・かわいそうなことしたよな。10年も飼ってる犬が死んじゃったら・・・悲しいよな」

―あ・・・また・・・言っちゃったよ―

「プータロを10年前から飼ってることも知ってるのね。そんなことまで話してるの?あなたたち本当に仲いいのね」

 綾乃は涙をぬぐうと潤(うる)んだ瞳で微笑みながら想太郎を見つめた。

「いや・・・そんなわけじゃあ・・・ないけどな」

―今日は万太郎の事を言うのはやめておいたほうがよさそうだな。プータロには悪いけどなんかちょっとほっとしちゃったよ―

   *翌日。大変な・・・本当に大変な火曜日*

「なあ諸星よ。調子どう?」

「調子?絶好調に決まってるじゃないか。ちょっと最近寝不足だけどな」

 夜7時。仕事が終わって医局のソファに座ってくつろいでいた諸星はニヤニヤ笑いながら上機嫌で答えた。

―そう・・・そうなの。いいよな、あんたは。本当に世界中がピンク色って感じね。あー・・・そう。昨日も高沢友里と一緒だったのかよ。俺だってさ、一度は綾乃も友里もこの腕の中につかんだんだよな・・・―

「ところでお前のほうはどうなんだ?」

 諸星が想太郎を見つめてまじめな顔で聞いた。

「俺?俺は・・・相変わらず真っ暗」

「まだ言ってないのか?綾乃に万太郎のこと」

「ああ・・・昨日は綾乃の犬が死んじゃったからとても言える雰囲気じゃあなかったからな」

「そうだってな。でもよかったな。綾乃の涙がお前のせいじゃなくって」

「それだけは神様に感謝してるよ」

 想太郎が答えた瞬間、医局の電話が鳴った。

「はい。医局です」

 想太郎が電話を取って答えた。

“誰か!すぐ救急室に来て!”

 電話はそのまま切れた。

「なんだ?綾乃の声だぜ。すぐに救急室に来てくれって」

 想太郎が受話器を置きながら諸星に言った。

「今日は綾乃が当直だろ?きっと急患がきたんだ!行こう!救急室へ」

 二人は一目散に救急室に向った。

   *祐介が・・・*

 想太郎と諸星は救急室のドアを一気に開けた。

「ドパミンつないで!時間20よ!」

 綾乃が看護師に大声で指示している。当直の3人の看護師たちも必死に動き回っている。

 想太郎は救急ベッドを見やった。ベッドの上には若い男性が苦しそうに息をしながら横になっている。

―な・・・なんだ?こんな若い患者がいったいどうしたんだ?え?こいつ・・・綾乃の弟じゃないの!祐介って言ったっけ―

「どうしたんだ!綾乃!」

想太郎が綾乃に聞いた。

「想太郎!助けて!私の弟なの!4-5日前から風邪気味で調子悪かったんだけど、今日の夕方から息苦しいって言って今来たのよ!血圧が70しかないの!」

「何だって?血圧70?」

 諸星が大声を上げて聴診器を取り出し祐介の胸を聴診した。

「心音が弱いぜ。それに頻脈(ひんみゃく)だ。脈が120くらいある」

「何が起こったんだ?綾乃!」

 想太郎が大声で聞いた。

「わかんない!でもショック状態なのよ!」

 綾乃は自分の弟がショック状態になって完全に冷静さを失っていた。

「綾乃!落ち着け!まずレントゲンと心電図だ!ショックの原因を調べるんだ!」

 諸星が綾乃の肩を揺さぶって言った。

「う・・・うん・・・わかった」

 綾乃は身体を震わせながらうなずいた。

「心電図をとるぞ!」

 想太郎は隣の部屋から心電図の機械を運んで祐介に装着しようとした。その時、苦しそうに呼吸していた祐介が急に静かになり呼吸がゆっくりになった。

「祐介・・・祐介!大丈夫?!返事して!」

 綾乃が祐介を揺さぶりながら必死で呼びかける。

「血圧60!酸素飽和度86%です!」

 看護師が大声で叫んだ。

「いかん!綾乃!挿管(そうかん)しろ!」

 諸星が綾乃に向って叫んだ。

「挿管準備して!チューブは9.0!」

 綾乃が大声で看護師に指示した。

「俺はレスピレーター(人工呼吸器)をスタンバイするぞ!」

 諸星はそばにおいてあったレスピレーターの準備に取り掛かった。

―大変だよ!なんだ?何が起こったんだ?こんなに若いのに何でショック状態になるんだよ!綾乃・・・俺、どうすりゃいいんだ?俺には何ができるんだよ!―

 想太郎はぼうぜんとして心電図の機械の横でうろうろしていた。

―そうだ!万太郎だ!万太郎になるんだ!―

 想太郎はドアに向って駆け出そうとしたが、はっとして足を止めた。

―だめだ!2日前に万太郎になったばかりじゃないか!まだ無理だ!―

 綾乃は看護師に渡された挿管チューブを右手に取り、祐介の口に左手に持った喉頭鏡(こうとうきょう)を挿入しようとしていた。綾乃の顔は汗でびっしょりになり、その右手は震えている。

―綾乃・・・綾乃!頑張れ!―

「祐介!頑張って!挿管するわよ!」

 綾乃の目は涙で潤み、挿管チューブを握ったままの右手の手首でその涙をふきながら必死に祐介の声帯(せいたい)を確認しようとしていた。綾乃の表情にはあせりの色がありありと見える。

―綾乃・・・俺は・・・俺は・・・俺は・・・・・・・・・―

 想太郎は心電図の電極を震える両手で握り締めながら、必死に祐介に挿管しようとしている綾乃をじっと見つめていた。そして大きく息をついて決心したように大きく目を開いて顔を上げた。

―綾乃!待ってろ!俺が!俺が助けてやる!―

 想太郎は手に持っていた心電図の電極を放り投げ、一目散にドアに向った。それに気づいた諸星が想太郎に向って叫んだ。

「おい!待てよ!想太郎!」

 諸星は救急室を出たところで、走り去ろうとする想太郎の左腕をつかんだ。

「想太郎!お前、万太郎になるつもりだな!ばか!まだ2日しかたってないじゃないか!今、万太郎になったらお前死んじまうんだぞ!」

 想太郎は黙って諸星を見上げた。

「俺は・・・もう綾乃の涙は・・・見たくないよ」

 想太郎は首を小さく横に振りながら潤(うる)んだ目で諸星を見つめて言った。

「ばかやろう!俺だって・・・俺だってお前の死ぬところなんか見たくねー!どうしても行くんだったらこの俺を倒してから・・・」

 諸星が言い終わる前に想太郎の右のこぶしが諸星の頬を直撃した。諸星は一瞬何がおこったかわからずにその場に倒れこんだ。そして想太郎はすぐさま自分のポケットに入っていたケースをつかみとり、その中からウルトラアイを取り出した。

「ありがとな・・・渡・・・」

 想太郎は諸星を見ながらちょっと微笑んでそう言うと、ケースを放り投げてウルトラアイを装着した。その瞬間想太郎の身体は青白い光に包まれた。そして光が消えるとその中から万太郎が現れ、一目散に救急室に飛び込んだ。

「・・・ばかやろう・・・」

 諸星は口にたまった血を吐き出してつぶやきながらゆっくりと立ち上がり、万太郎のあとに続いた。

 第7話(2/3)に続く

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2008年10月28日 (火)

スーパーDr.うるとら万太郎:第6話(2/2)

スーパーDr.うるとら万太郎:第6話(2/2)

   *祐介*

「どう?お口に合うかしら?」

―うまいよ。綾乃・・・あんた料理上手だね。こんなおいしいもの食べたことないって―

「あんた・・・料理上手だな」

「そう?ありがとう。そう言ってもらえるとうれしいわ」

 綾乃は本当にうれしそうに微笑んだ。

「これ全部あんたが作ったのか?」

「うん。今日は朝から台所で大格闘よ。あ・・・でもこのシチューは昨日、家のお手伝いさんが作っておいてくれたの。おいしいでしょ?私小さいときからこのシチューが大好きだったのよ」

―へーお手伝いさんね。やっぱりお嬢様って感じだよ―

「ああ・・・うまいよ。このシチュー」

 万太郎はテーブルの上の料理を次々と平らげていった。

―あー綾乃と結婚したら・・・毎日こんなおいしいものを食べれるのか?綾乃と二人でこうやってテーブルに向かい合って―

「今日は・・・あんたの両親はいないのか?」

「うん。私の父親はほとんど仕事で家にいたためしがないの。今日も北海道まで出張よ。母親もお華(はな)の展示会があって出かけたわ。でも、二階に弟がいるけどね。多分まだ寝てるわ。休みの日は昼過ぎまで寝てるのよ。プータロといっしょね」

―ふーん。綾乃に弟がいたのか―

「あのプータロっていう犬はずっとこの家にいるのか?」

「うん。プータロは捨て犬だったのよ。だからプータロ。10年くらい前に私が道端に捨てられていたのを拾ってきたの。最初はこんなにちっちゃかったんだけどだんだん大きくなって今じゃあんなんなっちゃったの」

―ひょっとして・・・あの雨の日の小犬?あれがあんなに大きくなっちゃったの?へー犬って変わるもんだね。それに引き換え俺と綾乃の仲は9年たっても全然すすんでないぜ―

「最初はね。私放っておこうと思ったのよ。家に連れて帰ってもだめって言われるのがわかってるから。でもね、あいつ、それまで雨の中でじっとうずくまっていたのが私の顔を見たとたんに必死でキャンキャン鳴き出したのよ。『どうか僕を連れて行ってください』って・・・。ずぶぬれになりながら自分ができる唯一の事を必死でやっている姿を見たら私、放っておけなかったの」

―そう・・・あんたもがんばったんだね。プータロよ―

「でもね。最近元気がないのよ。食事の時以外はほとんどぐったり寝てるだけ。一度獣医さんに診(み)てもらおうかなって思ってるんだけどね」

 その時階段から誰かが降りてくる足音がした。

「やあ・・・おはよ・・・あれ?お客さん?」

「なあに?祐介。今起きたの?もうお昼じゃないの。こちら万太郎さん。私のお友達のドクターなの」

 万太郎はじっと祐介と呼ばれた男を見つめた。色白で大きな瞳に華奢な身体。身長175cm、体重58kg(多分)。茶髪でナチュラルなパーマヘア。ロゴ入りのTシャツにクラッシュデニムのパンツをはいている。その瞬間想太郎の目の前にメッセージが流れた。

<顔面やや浮腫(ふしゅ)あり>

―なんだ?万太郎よ。綾乃の弟まで患者にするなよ。寝起きなら誰だって顔くらい腫(は)れるって―

「ああ・・・姉貴の恋人?初めてじゃないの。姉貴が男を連れてくるなんて」

「祐介!何てこと言うの?失礼じゃない!初対面の人に向って!」

「わりーわりー。でも俺って礼儀知らずだから・・・へーえ。さすが姉貴が選んだだけあっていい男じゃないの。おれ祐介。よろしく兄貴」

 祐介は悪びれもせずに右手を万太郎の前に差し出した。万太郎は無言でその手を握った。その瞬間想太郎の目の前にまたメッセージが流れた。

<体温37.4度。脈拍90。動脈血酸素飽和度93%>

「ああ・・・万太郎だ。よろしく」

「あなたも食べていかない?3人分作ったからあまっちゃうのよ」

「ふーん。姉貴が料理作るなんて初めてじゃないの?でも、悪いけどいいわ。友達と約束あるから。それになんか食欲ないんだ」

「だいじょうぶ?顔色悪いよ」

「大丈夫だって。若いんだからさ。じゃあ・・・ごゆっくり、万太郎の兄貴」

 そう言いながら祐介は出て行った。

「ごめんなさいね、礼儀しらずで。でも根はいいとこあるのよ。医学部の6年生なんだけど全然勉強しなくて困っちゃうわ」

「あいつも・・・医者になるのか?」

―なんだなんだ?また万太郎が勝手にしゃべりだしたぞ―

「ええ。まだなれるかどうかわからないけどね」

「犬を獣医に見せるのもいいが・・・あいつを早めに医者に連れて行け」

「え?」

「あいつは病気だ」

「どういうこと?」

「体温が高いし顔面に軽い浮腫がある」

「そういえば・・・ここ2-3日風邪気味で元気がなかったような・・・」

「ただの風邪ならいいがな」

「わかった。今日帰ってきたら私が診てみるわ」

 二人は目の前のご馳走をあらかた平らげた。

「あーおなかいっぱい・・・もう・・・はいんないわ」

―俺ももうだめ・・・いくらおいしくてももうはいんねーよ―

「ああ。今日はおいしかったよ」

「ありがと、万太郎。いっぱい食べてくれて。二人きりでどうしようかと思っちゃった」

 綾乃は本当にうれしそうに言った。

「ねえ、万太郎?まだ・・・時間ある?」

―時間?あーそうだ!あんまり楽しくって時間のこと忘れてたよ!今何時?12時55分?それじゃああと30分あるじゃないの。感謝するぜ親父よ!―

「ああ・・・もう少しなら」

「本当?じゃあ・・・私の部屋にこない?」

―えー!!!綾乃の・・・部屋?それって・・・なに?なに?どういうこと?誰もいない家で綾乃の部屋で二人っきりってこと?あー俺、なんかドキドキしてきちゃったよ。綾乃、あんた本当に積極的だね―

「どうぞ・・・散らかってるけど・・・」

―ここが綾乃の部屋?すごいよ。本や文献(ぶんけん)のファイルがぎっしりじゃないの。しかも分野(ぶんや)ごとにきちんと整理されてるよ―

「殺風景でしょ?私の部屋。女の子らしいぬいぐるみとか装飾品とか全然ないの。あるのは本と文献の山とテニスやピアノのコンテストのトロフィーばっかり。座って」

 綾乃に促されて万太郎はソファに座った。そして綾乃もその隣に座った。

「ああ・・・すごいな。これ全部あんたのか?」

「うん。高校時代からの私の青春のすべてってとこかな?今日はね、私、あなたに私のこと知ってもらいたかったの。私、普通の女の子みたいに流行のファッションも知らないし、はやりの映画やドラマだって知らないの。頭の中にはほとんど医学の知識しかないわ。そしてそれはこれからも変わらないと思うの。今まで一生懸命に患者さんを治すために勉強してきたし色々な技術も身につけてきた。これからだってもっともっと色々な知識や技術を身につけたいと思ってる。女の子らしいことって多分何にもできないわ。今日の料理だって本当はお手伝いさんに教えてもらってそのまま作っただけなのよ」

―そうなの・・・綾乃・・・でも君は偉いよ。仕事にそこまで一生懸命になれるなんて・・・だって君は何にもしなくったって充分楽して幸せに暮らせる立場じゃないか。でもそんなものに頼らずに自分の力で頑張ってるんだろ?すてきだよ。綾乃―

「わたしね・・・想太郎のことが好きなの」

―えー!!!!!なに?なに?なに?なんて言った?綾乃!今なんて言ったの?!―

「想太郎ってさ、なんとなくダラーとしててやる気なさそうなんだけど患者さんの話は本当に親身になって何時間でも聞いてあげるの。やさしいでしょ?それに最近ね、彼とってもやる気になっているのよ。患者さんのために必死に勉強しているわ。それから・・・ずっと前から私のことも大事に思ってくれているような気がするんだ。多分ね。想太郎は何も言わないから本当の気持ちはよくわからないけどね。でも想太郎といるとなんとなく落ち着くんだ・・・。本や文献ばっかりと格闘してつかれ切った時も想太郎と話をしているとなんとなく落ち着くの」

―あ・・・綾乃・・・俺は・・・俺はずっと・・・ずっと君の事を・・・―

「でもね・・・あなたと出会ってから・・・私、なんか変なの」

「変?」

「あなたはすばらしいわ。この前相談した患者さん、やっぱりミエローマだった。おとといから化学療法を開始したところ。私ひとりで診ていたらきっと診断つかなかったわ。渡ちゃんの患者さんだってあなたの診断どおり皮膚筋炎(ひふきんえん)だったわ。昨日からステロイドが開始されてるみたいよ」

「そうか・・・」

「あなたが私のPTCDを指導してくれて最後に『美人の女医さん』って肩をぽんとたたいたでしょ?あの時から私、おかしいの。あなたのことを考えると胸がドキドキして身体が熱くなってそして・・・とっても幸せな気分になるのよ。今まで感じたことがない気持ちなの」

―綾乃・・・そりゃあ間違いなく君は万太郎に恋してるよ。俺のことを好きって言うのはきっと恋愛感情じゃなくて兄貴(弟か?)と一緒にいるような安心感なんじゃないの?万太郎に対する気持ちっていうのが本当の恋だよ。君は間違いなく万太郎に惚れてるんだよ―

「これって・・・もしかしたら私はあなたに恋愛感情を持ってるのかな?って思ったんだけど・・・でも私ね、あなたに本当の自分を知ってほしいって思ってるのよ。こんな部屋で女の子らしいところが全然ない私を。だから変でしょ?恋した女の子っていうのは自分をよく見せたいものでしょ?少しでも女らしいところを見せて好きな相手の気を引きたいって思うものじゃない?だから・・・私ってあなたに恋愛感情を持っているんじゃあないと思うんだけど・・・よくわからないの。でも・・・あなたといると私本当にドキドキするのよ。今もそう・・・ほら・・・」

 そう言いながら綾乃は万太郎の右手をとって自分の胸に当てた。

―あ・・・綾乃・・・綾乃の胸に俺の手が・・・俺・・・俺もう・・・がまんできない―

「綾乃・・・」

 万太郎は綾乃をじっと見つめて、左手を綾乃の背中に回した。綾乃もじっと万太郎を見つめている。

―俺の腕の中に・・・今綾乃がいる・・・俺が9年間ずっとあこがれてきた綾乃が今、俺の腕の中に―

 万太郎は綾乃の胸の上にあった右手をゆっくりと綾乃の背中に回した。

―綾乃・・・俺は・・・ずっと・・・ずっと君の事を―

 万太郎はゆっくりと綾乃を引き寄せた。綾乃は抵抗せずにじっと万太郎の瞳を見つめている。

―いいのか?綾乃・・・―

 そして万太郎の顔が綾乃に近づき綾乃はゆっくりと目をつむってほんの少しだけ口を開いた。万太郎の唇がまさに綾乃に重なろうとしたその時、

―・・・だめだ!万太郎!―

 万太郎は突然綾乃の身体から手を離して立ち上がった。

―だめだ!だめだよ!万太郎!―

「すまない!綾乃」そう言いながら万太郎は綾乃の部屋を出て表に飛び出していった。

―ばか!ばか!万太郎になって綾乃を抱きしめたって意味ないじゃないか!俺が、想太郎のままで・・・想太郎のままで綾乃を振り向かせなきゃあだめなんだよ!―

 そうつぶやきながら万太郎(想太郎)は人通りのない日曜日の住宅街を一心不乱(いっしんふらん)に駆けていった。

 15分あまりも走っただろうか?万太郎(想太郎)は走り疲れて息を切らしながらとぼとぼと歩いていた。

「あ・・・まずい・・・腹が・・・」

 万太郎(想太郎)はあたりを見回した。

「確か・・・あっちに公園が・・・あったはずだ」

 万太郎(想太郎)は公園に向って再び一目散に駆け出した。

「あった!」

 公園のトイレに駆け込みズボンを下ろした瞬間、

 ボン!!!!!!

 大きな音とともにいつもの匂いが当たり一面に立ち込めた。

―ああ・・・くさいよ・・・。でも・・・動けないぜ・・・―

 変身が解けた想太郎は便器に座ってじっとうずくまっていた。

―俺も・・・ばかだよな・・・せっかくのチャンスだったのに・・・。まだ時間はあったんだよな・・・。あのまま綾乃を・・・9年間もずっとこの時を待っていたのに・・・。想太郎のばか・・・お前は大ばかやろうだ―

  しばらくして想太郎はズボンを上げながらゆっくりと立ち上がった。

―明日は・・・綾乃に謝らないとな・・・。そして本当のことを言わなきゃ・・・。怒るだろうな、綾乃―

  第6話終わり第7話(1/3)に続く

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2008年10月27日 (月)

スーパーDr.うるとら万太郎:第6話(1/2)

スーパーDr.うるとら万太郎:第6話(1/2)

   第6話 二人きり

   *諸星上機嫌!* 

―あー・・・昨日は散々だったよな・・・万太郎から俺に戻った後も次々と患者が来るし、あいつは相変わらず「どうしましょう、どうしましょう」の繰り返し・・・。まあ・・・簡単な患者ばっかりだからよかったけどな・・・。寝たのは5時だぜ。あー眠いよ・・・―

 朝7時半、想太郎は眠い目をこすりながら医局のソファにぼんやりと座っていた。

「おう!想太郎!元気か?」

 大声であいさつしながら諸星が元気よく入ってきた。

「ああ・・・見たらわかるだろ?元気そのものだよ」

 想太郎はぐったりして軽く右手を上げてた。

「当直ごくろうさん。それから・・・昨日はありがとうな」

 諸星は想太郎の肩を軽くたたいてから自分の机の前に立って鼻歌交じりに白衣に着替えはじめた。

―なんだ?こいつ・・・えらく上機嫌じゃないの。昨日なんかいいことあったのか?昨日は・・・そうだよ・・・思い出したよ。高沢友里にサヨナラを言ったんだよな。そのあとで・・・あー!こいつ・・・ひょっとして、友里っぺと・・・―

「おい、諸星よ。えらく上機嫌じゃないの。なんかいいことでもあったのか?」

 想太郎はソファに座ったままで諸星の顔をにらみつけながら皮肉交じりに聞いた。

「いいこと?ああ、あったよ。聞きたいか?」

 白衣に着替えた諸星は満面の笑顔で想太郎の隣に座った。そして想太郎の手を握って言った。

「想太郎・・・お前は俺のホントの親友だよ。ちゃんと約束守って友里のこと振ってくれたんだな」

―あーやっぱりだよ・・・万太郎が友里にさよなら言って、その後であんたが登場して慰(なぐさ)めたわけね。それから・・・あー考えたくねー!お前の上機嫌から察するとあんたたち最後まで行っちゃったね?俺が「どうしましょう」を聞きながら寝ずに患者を診(み)ていたときにあんたは友里っぺといっしょに寝ずに楽しいことしてたわけ・・・なんかすっげー腹立つぜ!夜中にこいつを呼んでやればよかったよ―

「よかったな・・・諸星よ。目にクマができるほどずっと友里を慰めていたんだろ?」

 想太郎は皮肉のつもりで言ったが諸星には全然通じていないようだ。

「え?まあ・・・そんなところだ。でも今日はお互い眠いけど頑張ろうな!」

―勝手に頑張れよ―

 諸星は想太郎の肩をたたいて鼻歌を歌いながら意気揚々と医局から出て行った。

   *綾乃の誘い*

―あーしんど・・・やっと5時かよ。あと1時間で帰れるぜ。今日は帰ったらすぐ寝て何があっても朝まで起きないからな―

 1日の仕事を終えて想太郎は医局のソファにぐったりともたれかかっていた。

「想太郎」

「なんだ?綾乃か。なんか用?」

「お疲れさん。昨日は大変だったみたいね。今度は万太郎、血管造影して喀血を止めたんだって?すごいわよねー。研修医の女医さんも昨日はホントに勉強になりましたって言ってたわよ」

「ああ・・・そりゃあよかったよ。ホントによかったよな。その女医さん万太郎に会えて」

「あら・・・彼女、万太郎よりも想太郎に感心してたわよ。本当に色々なことを教えてもらったって・・・『私も尾形先生を見習って、できることはまず自分でできるようにする』って言ってたわよ」

 綾乃は想太郎を見て微笑みながら言った。

―あの「どうしましょう」が?俺に感心?何で?まあ・・・言われてみれば昨日は俺も色々勉強したあとだったからテンション上がってたからな・・・ちょっとはいいとこ見せちゃったかもな―

 想太郎はちょっとニヤニヤしながらうなずいていた。

「それでね、想太郎。話は違うんだけど、今度の日曜日私の家に来ない?」

「え?綾乃の家へ?」

 想太郎はびっくりしてソファから飛び起きた。

「うん。今度の日曜は私の誕生日なの。だから想太郎と渡ちゃんと・・・万太郎と4人で食事でもどうかなって思ったんだけど・・・」

―食事?綾乃の家で?行く!俺、絶対行く!―

「でも渡ちゃんは急用でこれなくなっちゃったんだって」

「急用?諸星が?」

「うん。昨日は大丈夫って言ってたんだけど今朝になって急にお友達と用事ができたらしいの」

―今朝になって?そりゃあ・・・今朝じゃなくて夜中にできた用事だろ?多分。それも「お友達と用事」ができたんじゃなくって「用事のあるお友達」ができたんだろうよ―

「じゃあ・・・おれと・・・万太郎だけってこと?」

「うん・・・どう?」

―どう?って・・・俺は二つ返事でOKに決まってるけど・・・万太郎といっしょっていうのは・・・ちょっと無理じゃないかなー・・・―

「ああ・・・じゃあ万太郎にも伝えておくよ。今度の日曜日ね」

「お願いね、想太郎。私、腕によりをかけておいしいものを作るわ」

 そう言うと綾乃はうれしそうに医局を出て行った。

―どうするんだよ?想太郎。万太郎といっしょに綾乃の家へ行くって?そりゃあ・・・物理的に無理じゃないの?まず俺が行って、時間が来たら万太郎に入れ替わるか?そんなイリュージョンみたいなことできるわけないじゃないの。じゃあ・・・どうするんだよ。どっちが行くんだ?綾乃の家―

   *さあ日曜日・・・綾乃の家へ行くのはどっちだ?*

―さあ・・・どうすんだよ。もう11時過ぎだよ。そろそろ出ないと間に合わないぜ。どっちが行くんだ?俺か?万太郎か?綾乃は・・・どっちに来てほしいんだ?そりゃあ・・・万太郎だよな・・・。だって今まで俺や諸星とずっといっしょにいたのに食事に誘われるなんてこと1回もなかったもんな。万太郎が現れたから綾乃はおしゃれもするようになったし誕生日だから俺達といっしょに食事しようって気にもなってるんだよ。本当は万太郎と二人っきりで食事したいんだよな。俺や諸星はいわばおまけっていうか万太郎を誘うための口実って訳だよ。もっとも諸星は今頃、友里っぺと遊園地だけどな―

―いいよな・・・二人でデートなんて。まあ俺も・・・どっちで行くにせよ綾乃と二人きりなんだけどこの重たい気分は何だよ。やっぱり綾乃に隠し事をしてるっていうのがいけないんだよな―

 想太郎は自分のベッドに仰向けになったまま天井を見つめてあれこれ考えていた。

―いつからだっけ・・・綾乃のこと好きになったの。大学の入学式のときに初めて綾乃を見て、きれいな子がいるなって思ったよな。だけど最初はなんかつんつんした感じで嫌な奴って思ってたっけ。入学してから全然話をしたこともなかったけど確かあれは5月ころだよ。雨の日に授業が終わって帰り道にたまたま綾乃が俺の前を歩いてたっけ。そしたら道端に子犬が捨てられてたんだ。雨にぬれて泥だらけで汚い子犬だったけど綾乃は抱き上げて連れて行ったんだよな。きれいな服が泥だらけになってたっけ・・・―

―それからだよ。俺が綾乃のことを気にするようになったの。次の日に勇気を出して話しかけてみたら全然つんつんしたところがなくって俺の冗談にも明るく笑ってくれたよな。俺はいっぺんに綾乃に惚れちゃったんだ。相手になんかされないことはわかってたけどな。あれからもう9年もたつのか・・・俺って9年間ずっと綾乃の事を想ってたわけ?それで、今日始めて綾乃と二人っきりになれるわけか?本当ならすごく楽しい気分になるはずなんだけどな―

 想太郎は仰向けになったままため息をついた。

―いい機会じゃないの。綾乃に本当のことを言おうよ。このまま万太郎になって綾乃をだまして一緒にいたってきっとちっとも楽しくないよ―

 想太郎はポケットから取り出したウルトラアイを見つめていた。

「よし!決めた!想太郎で行くぞ!」

 そしてそう言いながらウルトラアイをポケットに片つけてベッドから身体を起こして身支度(みじたく)を始めた。

―綾乃の誕生日なんだからなんか持ってかなきゃな・・・。しまったな・・・万太郎のことで頭がいっぱいで全然忘れてたよ。もう今から選んでたんじゃ間に合わないよな。しょうがないや。花でも買っていくとするか―

「想太郎。出かけるのか?」

 為太郎が靴を履(は)こうとしている想太郎のうしろから声をかけた。

「ああ。ちょっと友達の家に行ってくるよ」

「そうか。車に気をつけてな」

―あのね・・・俺もう27歳なの。子供じゃないって―

「ああ・・・それからな、ウルトラアイじゃがもう少し改良してやったぞ」

「改良?」

「変身時間を30分延ばしてやったからな。万太郎になって1時間半くらい活躍できるじゃろう」

「ああ・・・そうか・・・助かるよ」

―親父には悪いが俺はもう万太郎にはならねーからな。どーでもいいんだけどな―

   *そしてついに綾乃の家*

―ここが綾乃の家か。やっぱり立派だよ。ちゃんと門があって広い庭があるよ。でも想像してたほどじゃないよな。俺、テレビに出てくるおっきなお屋敷みたいなものを想像してたけど・・・。まあ、大きいけど普通の家じゃないの―

 想太郎は花束を左手に持ち替えて右手でベルを押そうとした。

―綾乃・・・きっと万太郎のこと待ってるんだろうな・・・。万太郎にご馳走するためにきっと今日は朝早くから準備して一生懸命料理を作ってるんだよ。それなのに万太郎がこれなくて俺だけだってわかったら・・・がっかりするだろうな・・・―

 想太郎は右手をベルのボタンの上においたままじっと下を向いていた。

―今日は綾乃の誕生日だよ。なにもこんな日に綾乃をがっかりさせるようなことをしなくってもいいんじゃないのか?本当のことを言うのはまた今度でいいんじゃないの?―

 想太郎は右手を力なく下ろした。

―よし!決めた!今日は綾乃をめいっぱい楽しませてやろうじゃないの!万太郎だ!万太郎で行くぞ!―

 想太郎は花束を持ったまま近くの路地に身を隠した。

―ここなら・・・大丈夫だな―

 そう思いながらポケットからウルトラアイを取り出した。

―今度こそ・・・今度こそ最後の変身だ―

 想太郎は左手を腰につけると小さくつぶやきながらウルトラアイを装着した。

「・・・まんたろう・・・」

 その瞬間想太郎の身体は青白い光に包まれた。光が消えると万太郎(想太郎)は綾乃の家の門に向ってゆっくりと歩き出した。そして道路に止めてあったトラックのサイドミラーをチラッと見つめた。

―また会ったな。色男―

 万太郎はゆっくりとベルを押した。

『・・・どうぞ・・・鍵あいてるわよ』

 スピーカーから綾乃の声が聞こえてきた。万太郎は門をあけて庭へとすすんだ。

―こじんまりとしてきれいな庭だな。なんとなく落ち着くよ―

 玄関の前でドアを開けようとした万太郎はその脇にある大きな物体に気がついた。

―わ・・・!なんだ?こりゃ。ああ・・・犬じゃないの。でっかいの・・・―

 そこには大きな犬が万太郎には見向きもせずにぐったりと寝そべっていた。そのときドアが開いて中から綾乃が顔を出した。綾乃は黄緑色のパステルカラーのシャツに少しスリットの入ったベージュのタイトスカート、それに清潔感のある真っ白なエプロンをしている。

「いらっしゃい。ああ・・・それプータロ。私の家で飼ってる犬なの。大丈夫よ。人畜無害だから。泥棒が入っても寝てるだけなの。さあ入って」

―プータロ?もうちょっとまともな名前をつけてやれよ。綾乃だって人のことは言えないぜ―

 万太郎はプータロを横目で見ながら中へ入った。

―それにしても・・・綾乃の私服姿を見るのって学生時代以来だな。そのエプロン姿、むちゃくちゃかわいいじゃないの―

「あら?想太郎は?いっしょじゃなかったの?」

 綾乃は万太郎の後ろをちらっと見て聞いた。

「ああ・・・すまない。想太郎は親父の仕事で急にこれなくなったんだ。これ預かってきたよ」

 万太郎は手に持っていた花を綾乃に渡した。

「ありがとう」

 綾乃はにっこりと笑って花を受け取った。

「そう・・・そうなの・・・想太郎これないんだ」

 綾乃は残念そうにちょっと下を向きながら花の香りをかいだ。

―よかったよ・・・綾乃が残念そうにしてくれて・・・俺が来なくて本当は万太郎と二人きりになれてうれしいのかもしれないけどな。でも目の前でそんな綾乃を見たら・・・やっぱり悲しいよ―

「悪いな。俺一人で・・・」

「ううん。いいの。でも今日はたっぷり作っちゃったから二人分食べてね。あまりおいしくないかもしれないけどね」

 綾乃は笑いながらそう言うと万太郎をダイニングルームに案内した。

 第6話(2/2)に続く

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2008年10月25日 (土)

スーパーDr.うるとら万太郎:第5話(2/2)

スーパーDr.うるとら万太郎:第5話(2/2)

   *最後の変身(?)*

「気管支鏡の準備はできたか?」

 万太郎は唐沢律子に聞いた。

「は・・・はい・・・あなたは?」

「俺は・・・万太郎だ」

「あなたが・・・万太郎先生・・・」

 唐沢律子がいつもの笑顔で静かに答えるや否や堂島翔子が声を上げた。

「きゃー!万太郎先生?あなたがうわさの万太郎先生ですか?私、一度会いたかったんです!」

―おいおい・・・どうしましょう先生よ・・・ちょっとはしゃぎすぎじゃあないの?まあ、なんにせよあんたらが万太郎の活躍を最後に見れる人たちって訳だよ。よかったよな。記念になるぜ―

「喀血は?」

 万太郎は堂島翔子には目もくれず唐沢律子に聞いた。

「今のところおさまっているようです。吸痰(きゅうたん)するとちょっと赤っぽいものが引けてきますけど出血はなさそうです」

「そうか・・・じゃあ始める」

 万太郎は気管支鏡(きかんしきょう)を手に取ると挿管(そうかん)チューブの中にゆっくりと挿入していった。気管支鏡は通常は口からファイバーを挿入し、声帯(せいたい)を通して気管に挿入される。嘔吐(おうと)反射や咳反射などが起こり非常につらい検査であり、前処置(ぜんしょち)として、胃カメラと同じような咽頭麻酔(いんとうますい)や気管への麻酔薬の吸入が欠かせない。しかし挿管チューブが挿入されていればその中にファイバーを挿入すればいいわけであり通常の気管支鏡検査に比べればかなり容易である。

―ところどころに赤い痰があるけど・・・今のところ出血は止まってるみたいだな―

 想太郎はじっと画面を見つめていた。万太郎はゆっくりとファイバーを進め、右の気管支に挿入した。

「これか・・・」

―あーここだよ・・・血のかたまりが詰まってるじゃないの。ここは・・・右の中葉枝(ちゅうようし)だな?さっき俺がCTで見つけた気管支拡張の場所じゃないの。やっぱり出血源はここだったんだ―

 想太郎は自分の診断が当たっていたことでちょっと得意になっていた。

―でもあらかじめ勉強してると違うよな・・・呼吸器の勉強をしていなかったら今どこを見てるのか全然わかんなかったよな・・・これだけでも努力した甲斐(かい)があったよ。さあ・・・どうするんだ?万太郎。このまま様子を見るのか?それとも何か止血剤でも注入してくるのか?―

「今のところ止血してる」

「じゃあ・・・終了ですか?」

 唐沢律子が聞いた。

「ああ・・・気管支鏡はこれで終わりだ。次は血管造影(ぞうえい)の準備をしろ」

「え?血管造影ですか?」

「そうだ。新たな出血を予防するために気管支動脈の塞栓術(そくせんじゅつ)を行う」

―えーっ!今から血管造影するって?あんた本当に何でもやっちゃうのね?いいよいいよ。今日で最後なんだ。何でもやっちゃってよ―

              *改名したら?*

 万太郎は患者の足の付け根の大腿(だいたい)動脈にカテーテルを挿入しゆっくりと上へと進めていった。

「ここだな」

 万太郎が造影剤をカテーテルから注入すると右の気管支を栄養する気管支動脈が造影された。そしてその下方には、ふくれ上がって数珠状(じゅずじょう)になった血管が映し出された。

―あーここだ!この血管が破れて気管支に出血したんだよ。ここに塞栓剤をいれればいいんだな。ああ。今日は万太郎のやってることがよくわかるぜ―

 想太郎はウキウキしながら万太郎のすることをじっと見つめていた。

「マイクロカテーテルとゲルホルムをくれ」

 ゲルホルムは血管を塞栓する目的で使用されるスポンジだ。万太郎は渡された薄いゲルホルムの板を1mmの細片に切り、それらを集めて造影剤の中に溶解(ようかい)した。そしてマイクロカテーテルを上手に気管支動脈の先端に進めて病変部に近づけていった。その時、患者が急に咳をして口から挿入されている挿管チューブから真っ赤な血液が飛び散った。

「先生!また喀血です!」

 唐沢律子が大声で叫んで患者の頭を横に向けた。

「どうしましょう・・・どうしましょう・・・」

 堂島翔子はどうしていいかわからずに患者の周りでばたばた動いていた。

「吸痰(きゅうたん)しろ!出血は今止めてやる!」

 唐沢律子はあわてずにさっと吸痰チューブを手に取り、挿管チューブに突っ込んで血液を吸引した。万太郎はすばやくゲルホルムが入った造影剤を注射器に吸い込み、マイクロカテーテルから血管の中に少しずつ放出してレントゲン透視の画面を見つめた。すると、はじめはさーっと血管の中を流れていた造影財の流れが徐々にゆっくりになっていった。しばらく吸痰していた唐沢律子が叫んだ。

「先生!出血止まってます!新しい血液はもう引けてきません」

「そうか・・・念のためもうすこし入れておくか」

 万太郎はゲルホルムを新しい注射器につめてマイクロカテーテルから流しながら堂島翔子を見て言った。

「そこのどうしましょうの女医さんよ」

「はい?どうしま・・・しょうこです・・・」

 堂島翔子はびっくりして万太郎を見つめた。

「あんた・・・改名したらどうだ?」

「え?」

「泉子(せんこ)って名前にしろ」

「せんこ?ですか?」

「ああ・・・『どうじませんこ』にしたら口癖が『どうじません』に変わってちょっとは落ち着くんじゃないのか?」

 万太郎はそう言いながらさらにゲルホルムをゆっくりと注入していった。まわりはしんと静まり返っていた。

―寒い・・・寒いぜ・・・。万太郎よ・・・あんた・・・それジョークのつもり?全然・・・ジョークになってないよ・・・あーこの重たい雰囲気(ふんいき)・・・何とかしてくんない?これかい!親父の言ってた改良って!あーかんべんしてくれ!親父よ!あんたに頼んだ俺が馬鹿だったよ・・・―

 万太郎はそんな周りの雰囲気にはかまわずさっさと手技を進めていった。

「ほい。終了。これで当分は出血しないぜ」

 そう言いながら万太郎は手袋をはずして血管造影室をさっさとあとにした。

(注:2007年よりゲルホルムは塞栓剤としての使用はできなくなっている)

              *ごめんよ友里っぺ*

 万太郎が血管造影室を出るとそこには高沢友里が息を弾ませて立っていた。友里は淡いピンクのフレアスカートに白いカーデガンとキャミソールのアンサンブル、ちょっとぬれた髪からはシャンプーの香りがかすかに漂っている。

―あー・・・そうだよ・・・そうだったよ・・・友里っぺのこと忘れてたよ・・・―

「万太郎先生・・・ご苦労様です・・・」

 高沢友里は大きな瞳で万太郎をじっと見つめ、ぺこんと会釈(えしゃく)した。

「なんだ。あんたか・・・」

 想太郎はわざと低い声で答えた。

―なんで?なんでこんなときは万太郎が出てこないの?万太郎が出てきて友里にずばっと言ってやってよ!こんなときだけ俺に任せて・・・ずるいじゃないの・・・―

「あの・・・友里です・・・高沢友里」

―そんなことわかってるって・・・あーなんて言ったらいいんだ?どうしたら友里っぺを傷つけないで万太郎のことをあきらめさせることができるんだ?―

「あの・・・万太郎先生・・・こんなところでなんですけど・・・今度いっしょにお食事でも・・・どうでしょうか?」

 友里は下を向いて恥ずかしそうに言った。

―積極的だね・・・あんた・・・俺や諸星なんて自分の気持ちを伝えることがなかなかできないで悩んでるっていうのに、友里っぺだって綾乃だってすごく積極的じゃないの。男ってなんか情けないよね。でも・・・今日ははっきりと言わなきゃいけないんだよ―

「高沢友里・・・だったな?」

「はい!」

「俺は・・・あんたには興味ない」

「え?」

 友里はびっくりした顔で万太郎を見つめた。

「悪いが俺はあんたと食事する気はない。他のやつを誘ってくれ」

 そう言いながら万太郎(想太郎)は友里の横をすり抜けて医局へと向かって歩いていった。あとにのこされた友里はその大きな瞳に涙をいっぱいに浮かべながらぼうぜんと立ちすくんでじっと万太郎の後姿を見つめていた。

―ごめんよ。友里っぺ・・・でも・・・俺、こういう言い方しか思いつかないんだよ。あとは・・・諸星。頼むよ・・・―

              *つらいぜ・・・*

―あー腹が・・・つらい・・・―

 変身が解けた想太郎は医局のソファの上で横になっていた。

―力がはいらねーよ・・・でも・・・この辛さも今日で最後だな・・・―

 想太郎はじっと目をつむってうずくまっていた。

―でもな・・・今日は腹よりも・・・心のほうがずっとつらいぜ・・・。俺がもし・・・綾乃から「あなたとは食事に行くつもりはないの。他の人を誘って」なんていわれたら・・・。あー立ち直れないよ・・・そりゃあわかっちゃいるけどさ・・・。それでもはっきりと綾乃からそう言われたら・・・すごく落ち込むだろうな・・・―

 想太郎はあおむけになって医局の天井を見つめた。

―ごめんよ・・・友里っぺ・・・。でも・・・あんたには心から想ってくれる奴がいるからな・・・どうか諸星と仲良くやってくれよ・・・―

 想太郎はゆっくりと立ち上がるとふらふらと当直室に向って歩いていった。

第5話終わり第6話(1/2)に続く

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2008年10月24日 (金)

スーパーDr.うるとら万太郎:第5話(1/2)

スーパーDr.うるとら万太郎:第5話(1/2)

   第5話 どうしましょう?    

   *やめたんだ・・・*

「おっ何だ?想太郎じゃないか?珍しいな。こんなとこで会うなんて」

「なんだ・・・諸星か・・俺だってたまには調べものくらいするさ」

 想太郎は図書室のコンピューターのマウスを触りながら諸星に答えた。

「なんだ?チャーグ=ストラウス症候群?なんだ?そりゃ?」

「俺が受け持っている喘息(ぜんそく)のばあちゃんな・・・」

「ああ・・・また発作(ほっさ)が出たって言ってたな」

「そうなんだ。まあ、今はおさまってるんだけどな、なんか変なんだよ」

「変?何が・・・」

「喘息ってたいてい若いときからずっと発作があるだろ?あのばあちゃん80歳になる今まで喘息なんかなったことないんだよ。アレルギーもなかったし、鳥や動物だって飼ってないし、変な薬や健康食品も飲んでないんだ。でも好酸球(こうさんきゅう)が30%もあるんだよ。これってなんかのアレルギーだよな」

「え?好酸球が30%?そりゃ多いよな」

 好酸球はアレルギー疾患で増加する。通常は6%以下だが蕁麻疹(じんましん)や花粉症などアレルギーが関与する病気のときは10%以上になる。しかし30%を超えているということは明らかに異常である。

「それに手足のしびれが前から強くって足には紫斑(しはん)が少し出てるんだ」

「ふーん・・・そりゃあなんかおかしいよな」

「それで俺、3日前から色々と調べたんだ。喘息と好酸球増加と手足のしびれと紫斑で検索してるんだけど・・・なんかこの病気、似てるんだよな・・・・」

「そのチャーグストラウスっていうやつか?」

「ああ・・・」

 想太郎はコンピューターの画面をじっと見つめて答えた。

「でもな・・・俺こんな難しい病気見たこともないからよくわかんねーんだよ。どうやったら診断がつくのか・・・」

「そんなのお前、万太郎になればすむことじゃないの。ちょっとメガネをかけてカルテと患者を診(み)に行けばたちまち診断ついちゃうんじゃないか?」

 諸星は想太郎の肩を軽くたたいて言った。

「それはそうなんだけど・・・俺はもう万太郎には変身しないでおこうと思うんだ・・・」

 想太郎はぼそっとつぶやいた。

「え?なんで?もったいないじゃないか!あんなすごいスーパードクターに変身できるんだぜ!俺だったら3日ごとに変身しちゃうよ」

「うん・・・でも・・・やめたんだ・・・」

 想太郎はマウスを操作しながら画面を見つめて小さな声で答えた。

「そうか・・・じゃあ・・・もう万太郎は現れないんだな・・・」

 諸星も小さな声で言った。

「あ・・・諸星よ・・・でも高沢友里の件はちゃんとしておくよ。君とは付き合う気はないってちゃんと伝えるから・・・すまないけどもうちょっと待ってくれよ」

「ああ・・・いいんだ・・・そんなことは。でも・・・頼むよ、想太郎」

 諸星はあわてて首を横に振りながらばつが悪そうに消えていった。

―ごめんな・・・諸星・・・でも、もうちょっと待ってくれよ。俺、なんか自分で頑張ってみようって気分になってんだ。無駄なことかもしれないけど・・・やれるだけやってみるよ―

   *どうしましょう?*

―あー今日は当直だよ。いつも当直の日は気分が重いよな・・・今からこの病院に来る患者は全部俺が診るわけだろ?またわからない患者が来たらどうしようかな?万太郎にはもうならないって決めたしな・・・その時は自分で何とか調べて、だめだったら誰か呼ぶしかないよな。うん・・・そうだよ。自分で全部何とかしようと思わなくったってできないことは誰かに応援してもらえばいいんだよ。そう考えたらちょっと気分が楽になってくるってもんだよ―

「よう。想太郎。今日は当直だろ?頑張れよ」

 諸星が明るく声をかけた。

「ああ・・・がんばるって」

「今日は研修医が下につく日だろ?いいとこ見せろよ」

「研修医?」

「ああ・・・卒業したばかりの新米だからしっかり指導してやれよ」

 諸星は笑いながら言った。

―研修医?ってことは・・・卒業してまだ何にもできない医者が俺の下につくってこと?何考えてんだ?俺自身が誰かに助けてもらわないといけない立場なんだぜ?何で新米を教えられるの?まあ・・・おれは3年目なんだから当然そういう立場にあるべきなんだろうけど・・・―

「今日の研修医は『どうしましょう?』の女医さんだってさ」

「どうしましょう?」

「そういうあだ名だよ。じゃあな。頑張れよ想太郎」

―どうしましょう?なんだ?それ・・・。わかんないからすぐにどうしましょうって聞きに来るのか?俺に聞かれても困るんだよな―

   *堂島翔子(どうしましょうこ)*

「あの・・・尾形先生。堂島翔子です。今日はよろしくお願いいたします」

 想太郎が救急室に顔を出すと見慣れない、だぼだぼの白衣を着た小柄な女性が近づいてきた。

「あ・・・堂島(どうじま)・・・翔子さん?」

「どうじまじゃなくってどうしま・・・です。どうしましょうこ・・・今年入った研修医です。なーんにもわかりませんけどよろしくお願いします!」

 堂島翔子は想太郎に頭を下げて明るい声で挨拶した。

―ああ・・・今日の当直の先生なの。なんだって?どうしま・・・しょうこ?ああ・・・そうなの・・・だからどうしましょう先生なの・・・よかったよ。本当に何でもどうしましょうって聞かれるのかと思っちゃったよ。それにしても・・・ルックスは・・・悪いけど・・・『どうしましょう?』って感じかな・・・―

 堂島翔子は手入れのされていないばさばさの短い髪に分厚いメガネ、太い眉と厚い唇、ちょっと小太りな身体をばたばたと動かして救急室の器具を点検していた。

―じゃあ・・・今日はこの女医さんの診察に付き添っていちいちアドバイスしてかなきゃいけないわけ?あーかったるいよ・・・―

   *ほんとにどうしましょう?*

「尾形先生・・・どうしましょう・・・」

―あーまたかよ・・・今晩何回目?こんどはなによ―

「59歳の喘息の男性なんですけど・・・吸入させたんですけどよくならないんです・・・どうしましょう?」

「喘息?吸入でよくならないの?わかった。今診に行くから・・・」

―これじゃあ自分ひとりで当直してたほうがよっぼど楽だよ―

 そうつぶやきながら想太郎は医局から救急室に向って歩いていった。

「あー確かにまだ喘鳴(ぜんめい)があるね・・・じゃあ注射と点滴しましょうか」

 想太郎は聴診器をはずしながら優しく患者に言った。

「えっと・・・ボスミン0.3mlを皮下注(ひかちゅう)。それからネオフィリン1アンプルと生理食塩水100mlを30分で点滴してください」

 想太郎はカルテを書きながら当直看護師の唐沢律子に点滴を指示した。唐沢律子は37歳になる外科外来勤務のベテラン看護師だ。おっとりした性格でいつもニコニコ笑ってのんびりと仕事をしているように見えるがその看護技術はなかなかのものだ。彼女はいつものように笑顔で「はい」と答えて点滴の準備をはじめた。そんな唐沢律子を見ながら想太郎は手招きで堂島翔子を隣の準備室に呼び寄せた。

「はい・・・なんでしょう・・・」

「あのね・・・君も医師免許を持った医者でしょ?」

「はい・・・一応・・・」

「じゃあ・・・何でもかんでも人に聞いてちゃだめだよ」

「でも・・・どうしていいかわからないので・・・」

「わからなかったら調べるの!レジデントマニュアルとか教科書とか持ってるよね?患者さんが吸入している時に、もしこれでなおらなかったら次はどうすればいいかって調べられるでしょ?医者は人から言われたままのことをしてるだけじゃだめなんだよ。できるだけ自分の力でやれるようにならなきゃ。どうしてもだめなときだけ他の人の力を借りるんだよ」

―俺何言ってんの?俺がこんなこと言える立場なのか?あー・・・きっと他の先生から見たら俺もこんな感じなんだよ。真田先生の気持ちがよくわかるぜ。それにこいつはまだ医者になったばっかりで右も左もわかんないんだから「どうしましょう?」て聞くのは当たり前なんだよな―

「すみません・・・」

 堂島翔子は泣きそうな顔でうなだれて答えた。

「あ・・・いや、まあ君はまだ医者になったばかりなんだから聞くのは悪いことじゃないよ。でもこれからは『どうしましょう』じゃなくって自分なりの答えを探して『これでいいでしょうか?』って聞いたほうがいいと思うよ」

 想太郎はあわてて翔子をとりなした。

「はい・・・ありがとうございます」

 翔子は目を潤ませながら下を向いて答えた。

―ああ・・・女の子って扱いにくいよ―    

   *吐血(とけつ)???*

 想太郎が医局に入ってよっこいしょっとソファに座った瞬間、またPHSが鳴った。

“尾形先生!すぐ来てください!あの患者さん吐血したんです!どうしましょう!”

―えー!今の喘息の患者さんが吐血??なんで?何で吐血するの?―

「わ・・・わかった!すぐ行く!」

 想太郎はあわてて救急室に向った。そこには先ほどの患者がベッドの上で苦しそうにゴホゴホと咳をしながら赤いものを膿盆(のうぼん)に吐いていた。

―吐血・・・じゃないよな・・・喀血(かっけつ)じゃないの?そうだよな。喘息の患者さんだから肺に何か病気があるんだよ―

「堂島先生、これは吐血じゃなくって喀血だよ。血を吐いたっていうときはちゃんと区別しなきゃあ。いい?吐血は消化器から出る出血。喀血は呼吸器から出る出血。この患者さんは咳といっしょに血を吐いてるんだから喀血だよ」

「すみません・・・動揺してしまって・・」

 その時、患者は急に大きな咳をし真っ赤な血液がどっと口から飛び散った。

「わっ!大変だ!吸引だ吸引!」

 想太郎は患者が窒息(ちっそく)しないように顔を横に向けて口の中にあった血液をティッシュで拭った。そして唐沢律子が手渡した吸痰チューブを手にとるやいなや口の中に入れ、血液を吸引した。患者はそれでもゴホゴホと苦しそうな咳をして、その口からは赤い血液が次々とあふれ出てくる。患者はすでに意識もうろう状態になってきている。

「だめだ!間に合わない!挿管(そうかん)だ!挿管準備して!」

 想太郎は血液の吸引をあきらめて気管にチューブを入れる気管内挿管をすることにした。

―やばいよ!とにかく気道を確保しないと。でもこんな血だらけで俺が挿管できるのか?挿管なんてまだ4-5回しかやったことないんだぜ―

 隣では堂島翔子が「どうしましょう・・・どうしましょう」と小声でつぶやきながら何をしていいかわからずにうろうろしていた。想太郎は唐沢律子に手渡された喉頭鏡(こうとうきょう)と挿管チューブを手に取ると患者の頭側(とうそく)へまわり、喉頭鏡で口をこじ開けた。

―わー!真っ赤だよ!全然見えないじゃないの!―

「堂島先生!吸引してくれ!口の中の血液を吸引するんだ!」

「は・・・はい!」

 堂島翔子はそばにおいてあった吸痰チューブを手に取ると口の中に入れた。ジュルジュル・・・という音とともに血液が吸引されていく。

「どうだ!」

 想太郎はもう一度喉頭鏡を使って患者の口の中をのぞいた。

―あった!見えるよ!これなら・・・―

 想太郎は右手に持った気管チューブを声帯に向って押し込んだ。その瞬間患者は咳をして今度は気管チューブの中から赤い血液があふれ出した。気管チューブは間違いなく気管に入ったらしい。

「入ったぞ!堂島先生!今度は気管チューブの中を吸引するんだ!」

「はい!」

 堂島翔子は言われたとおり吸痰チューブを気管チューブの中に突っ込んだ。赤い血液が吸引されていく。しばらくすると苦しそうにゼーゼー言っていた患者の呼吸は徐々に落ち着いてきた。吸痰チューブからの赤い出血の色も徐々に淡くなってきているようだ。想太郎はへなへなとその場にしゃがみこんだ。

―あぶねーよ。あぶねーよ・・・。もうちょっとで死んじまうとこだったぜ・・・でもこれでちょっとは時間が稼げるよ。しかしよく入ったよな・・・挿管チューブ・・・奇跡じゃないの?―

 想太郎が隣を見上げると堂島翔子が感動した目で想太郎を見つめていた。

「尾形先生・・・すごいです」

―何言ってんの?挿管しただけじゃないの。でも・・・こんな血だらけの中で一発で入ったもんな。ちょっとすごいかな・・・―

「まあ・・・君もすぐにこれくらいできるようになるって・・・さあ、これで終わりじゃないぞ。喀血した原因を調べなきゃ・・・CT室へ運ぼう」

 患者は挿管チューブを口から挿入されたままストレッチャーでCT室に運ばれた。今は気管からの出血もおさまっており患者は声は出せないが、楽そうに呼吸している。

    *出血源*

 想太郎と堂島翔子はCTの画像を見ていた。

「右の中葉(ちゅうよう)に陰影があるじゃないの。こりゃあ気管支拡張症だな」

「気管支拡張症ですか?」

「ああ。気管支が炎症を起こして拡張するんだよ。喀血の原因になるんだぜ」

「へーえ」

 翔子は感心してCTの画像を見つめた。

―どんなもんだい。こいつホントに感心してるよ。あーよかったよ。ここ数日あのばあちゃんのこと色々調べてたから呼吸器に関してはかなり勉強したからな。俺だってやればできるじゃないの。でもな・・・これからが問題なんだよ。喀血ってやつはいったん止まっててもまた急に出てくるもんなんだよ。俺が調べた症例ではまず気管支鏡(きかんしきょう)をして出血源を確かめてから止血処置をしてたよな・・・おれは気管支鏡なんてしたことないぜ。明日までこのまま様子を見るか?―

 想太郎はCT室の中の患者を見ながら考えていた。

―いやいや・・・だめだめ・・・再出血したら今度は止まらないかもしれないじゃないの。いくら気管チューブを入れてても大量出血したら窒息(ちっそく)して死んじゃうよ。やっぱりやらなきゃ・・・気管支鏡。そうだ・・・なにも全部自分でする必要はないんだよ。呼吸器内科の倉田先生を呼べばいいじゃないの―

 想太郎は隣にいた唐沢律子に向って言った。

「悪いけど倉田先生呼んでくれない?気管支鏡をしてもらいたいんだ」

「はい。倉田先生ですね・・・あ・・・でも今朝から学会で北海道ですよ」

―えーっ!何?何?またー?いないの?倉田先生・・・。あー俺ってなんてついてないのよ!循環器懇話会(こんわかい)があれば大動脈解離(かいり)がくるし、滝本先生の奥さんが産気づけば下血(げけつ)が来るし、今度はなに?喀血が来たら呼吸器内科の倉田先生が学会出張中?何でそんなにタイミングがいいの?―

「どうしましょう?尾形先生・・・」

 堂島翔子が不安そうな顔で想太郎を見つめた。

―あー・・・またこいつの「どうしましょう」かよ・・・こっちが言いたいよ―

―こうなったら・・・仕方ないよな・・・万太郎先生に登場願うしかないよ・・・あー許してくれ綾乃!俺は二度と万太郎にならないって誓ったのに・・・もう一回だけ許してくれ。だってこのままじゃあこの患者さん死んじゃうかも知れないよ―

「患者さんを内視鏡室に運んでくれ」

 想太郎は堂島翔子と唐沢律子に向って言った。

「え?どうするんですか?」

「いいから早く運んでくれ」

 そう言いながら想太郎は医局に向って走り去った。

―そうだ。どうせ万太郎になるんなら友里のこともちゃんとしておかないとな―

 想太郎は医局の自分の机に座って高沢友里に電話をかけた。

「ああ・・・遅くからごめん。俺・・・尾形想太郎・・・」

“えー!尾形先生?!万太郎先生来るの?そうなの?そうなのね!”

―なんだよ。俺からの電話ってもうそういうことに決まっちゃってるわけ?―

「まあ・・・そんなとこだけど・・・」

“行く!すぐ行くから!私が行くまでぜーったい帰さないでよ!わかった?”

―はいはい・・・待ってるよ―

「ああ・・・でも今から気管支鏡とかするから1時間くらいかかるぜ」

“わかってるって!ありがとね!尾形センセ!”

―あ・・・切れちゃったよ。あーあ・・・嫌だよな・・・あんなに喜んでるのに・・・なんて言ったらいいの?そうだ・・・こっちも電話しとかないとな・・・―

「ああ・・・諸星?俺、想太郎。今から万太郎になるから・・・そう・・・高沢友里にも連絡したから・・・うん・・・喀血でな、今挿管したとこ・・・いまんとこ落ち着いてる・・・大丈夫・・・・今から万太郎になるから大丈夫だって。それより友里のこと頼んだぜ」

 想太郎はふっとため息をついて携帯を切った。

―さてと・・・万太郎になって血を止めにいくか―

 想太郎は引き出しにしまってあったウルトラアイを持って医局の前のトイレに向った。

―さあ・・・これが最後の変身だ―

 想太郎は大きくため息をついて左手を腰につけてウルトラアイを目の前にかざした。

「万太郎!」

 そう叫んだ瞬間想太郎の身体が青白い光に包まれた。

―あーこの感じ・・・これだよ、これ・・・でも、この快感もこれが最後だよな・・・―

 想太郎は鏡を見つめながら言った。

「あばよ・・・色男」

 第5話(2/2)に続く

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2008年10月22日 (水)

スーパーDr.うるとら万太郎:第4話(3/3)

スーパーDr.うるとら万太郎:第4話(3/3)

   *諸星、あんたするどいじゃないの*  

 変身が解けた想太郎は医局のソファにぐったりと横になっていた。

―あーしんどいぜ・・・腹ははるし、全身の力が抜けちまったよ。これさえなきゃあな・・・いつだって綾乃を助けてやれるんだけどな・・・でもこれであと3日は万太郎になれないな。あ・・・また高沢友里に連絡しなかったよ・・・綾乃や諸星から今日のことを聞いたらあいつ怒るだろうな・・・でもいいや。俺が好きなのは綾乃だ。今日はっきりわかったよ。友里っぺにはこれからどんなことがあっても手を出さないよ。今度万太郎になったらはっきりと言わなきゃな・・・でも・・・ちょっともったいないかな―

 想太郎はそんなことを考えながらぐったりと横になっていた。そこへ諸星がやってきた。

「おい。想太郎。」

「なんだ?ああ・・・諸星か・・・万太郎とのカンファレンスもう終わったのか?」

 想太郎はだるい身体を起こして白々しく答えた。

「想太郎・・・そのことだけど・・・俺になんか隠してないか?」

 諸星は想太郎を問い詰めるようにじっと目を見て聞いた。

「な・・・なんだよ・・・急に・・・俺が何したって?ああ・・・すまん。聴診器を持ってくるんだったよな・・・忘れてたよ。今帰った時にとってくればよかったよな。悪い悪い」

「いや・・・それは・・・無理だろう?想太郎」

 諸星は静かに想太郎の目をじっと見つめ続けている。

―なんだなんだ?こいつどうしたんだ?いつもの「のそっと」した雰囲気と全然違うじゃないの―

「おまえ、万太郎とどういう関係なんだ?」

「関係?だから・・・いとこだって・・・」

「万太郎って何者だ?何であんなに仕事ができるんだ」

「そんなこと・・・言ったって・・・俺にもわかんねーよ・・・」

 想太郎は諸星から目をそらして答えた。

「検査や処置はそればっかりをやってれば誰だってうまくなる。だがな、今日のあいつのように本来異常であるべき正常値に気がついたり、一目見ただけで病気を診断してしまうなんてことはよほど経験をつまないとできることじゃないんだよ。3年目の医者ができることじゃないんだぜ」

―げげっ・・・なんで?なんであんたそんなに鋭いの?いつもの諸星と全然違うじゃないの。万太郎のことになるとあんた、なんか違うよ?―

「それに・・・これはなんだ?」

 諸星は想太郎の左手をつかんでその手の甲を想太郎に向けた。

「いてて・・・なんだよ・・・」

「この手に書いてある『聴』って何だ?」

「これはおまえ・・・お前に言われた聴診器を忘れないようにさっき書いたんじゃないの・・・ああ・・・でも悪かったよ。持ってこなくて」

「じゃあ・・・なんで・・・万太郎の手にも同じ文字が書いてあったんだ?」

 諸星は低い声でゆっくりと想太郎に問いただした。

―げげげっ・・・あんた・・・見たの?見たのね?万太郎の左手・・・。あー・・・うかつだったよ万太郎!あんたなんで左手を見せたの!あの時?ゴットロン兆候(ちょうこう)がどーのこーの言ってるとき?あーもうだめだ・・・諸星には隠せねー・・・―

「わかった・・・諸星・・・正直に話すよ。でも・・・綾乃は?綾乃にはまだ知られたくないんだ」

 想太郎は急に神妙な顔になって諸星を見つめた。

「綾乃はまだ病棟だ。さっきの患者の検査計画を立てているからまだ当分こっちへはこない」

「そうか・・・じゃあ・・・お前にだけ話すよ。信じられないかもしれないけど聞いてくれ」

 諸星はソファに座りなおし、想太郎の顔を見つめて耳を傾けて聞いた。

「実はな・・・万太郎は・・・・・・・・・・・・・・」

 想太郎は今までの経過を諸星に説明した・・・・・。

「信じられんな・・・そのメガネをかけただけでお前があの万太郎に変身するのか?ダメドクターのお前がスーパードクターの万太郎に」

「そんなにはっきり言うなよ・・・」

 想太郎はちょっとふてくされてぼそっとつぶやいた。

「あ・・・すまん・・・」

「・・・いいって・・・でもな・・・あとがつらいんだよ。変身してから3日間はずっと屁が出っぱなしなんだ」

「なるほど・・・最近お前がくさいのはそのせいか」

「やっぱり・・・くさい?」

「ああ・・・くさい」

―そんなにはっきり言うなよ、諸星。あんたがそう思ってるってことは綾乃もおんなじことを思ってるってことだろ?あー俺、いやだなー綾乃に屁こきムシだって思われるの・・・―

「それにな・・・一回万太郎になると3日間は変身できないんだ」

「3日間?その間にそのメガネをかけたらどうなるんだ?」

「死んじまうらしいよ」

「死ぬ??お前が?」

「ああ・・・何でも体内のガスが処理できなくなって命はなくなるって親父が言ってたよ」

「そんな危ないものを息子に渡したのか?」

―・・・あんたからも・・・言ってやってよ・・・能天気(のうてんき)なおやじにさ・・・―

 諸星はしばらくじっと黙って腕組みをして考え込んでいたが、ふと想太郎の顔を見て言った。

「なあ・・・想太郎」

「なんだ?」

「おまえ・・・綾乃を誘惑しろ」

―なんだ?何言ってんだよ!諸星!―

「な・・・な・・・何言ってんだ?正気?諸星よ!」

「おまえ、万太郎になって綾乃を誘惑してくれ」

―だからなんだよ。どういうこと?―

「想太郎・・・おまえ今日の綾乃を見ただろ?」

「今日の綾乃?ああ・・・すごいきれいだったよな」

「何でか・・・わかるか?」

「そりゃあ・・・髪を切ってコンタクトにしたからだろ?」

「ばか。そんなことじゃなくって、今までおしゃれに全く気を使わなかった綾乃が何で急に美容院へ行ったりメガネをはずしたりしたかってことだよ」

「それは・・・『わたしも女の子だからおしゃれしたい』って言ってたけどな・・・」

「おまえも・・・相当鈍いやつだな。綾乃は万太郎に惚(ほ)れてるんだよ」

―えー?!!綾乃が?万太郎に?惚れてる?何言ってんの?諸星。あんた考えすぎだよ。綾乃に限ってそんなことあるわけないじゃないの。そりゃあ最初は嫌ってたのがちょっと尊敬するようになったようだけど、でも惚れてるなんてことありえないよ―

「何言ってんだ?綾乃に限ってそんなことあるわけないだろ?」

「学生時代は勉強と部活、医者になってからは仕事一本やりだった綾乃が髪を切ってメガネをはずして化粧だってするようになった。誰かに思いを寄せてるに決まってるじゃないか。多分綾乃は恋愛には奥手だからまだはっきりと自分の感情に気がついていないかもしれないけどな」

―そんなもんなの?でもどうしたの?諸星よ。いつものぼさーっとしたあんたと全然違うじゃないの―

「だから想太郎。おまえ今度万太郎に変身したら綾乃を誘惑しろ」

「ちょっと待ってくれよ。綾乃が万太郎に惚れてるとしたって俺に惚れてるわけじゃないんだぜ」

「そんなことあたりまえじゃないか」

―あ・・・そんなにはっきり言うなよ―

「じゃあ、俺が万太郎になって綾乃とうまくいったってしょうがないじゃないか」

 想太郎はちょっとふてくされた顔で答えた。

「でも万太郎になっててもお前の感覚はそのままなんだろ?綾乃を見たり綾乃の言葉を聞いたり、綾乃に触れたことも感じるんだろ?それに医療現場以外だったらお前の意思が万太郎の行動にほとんど反映されるんじゃないか。おまえは綾乃と手を握ったり抱きしめたりキスしたりできるんだぜ」

「キス・・・綾乃と・・・俺が・・・」

 想太郎はゴクンとつばを飲み込んだ。

「お前学生時代からずっと綾乃の事が好きだったんだろ?綾乃を抱きしめる夢だって何回も見たんだろ?その夢がかなうんだぞ」

 想太郎はじっと諸星の顔を見た。そして真剣な顔になってぼそっとつぶやいた。

「・・・前向きに・・・考えさせていただきます」

「ああ・・・がんばれよ」

 想太郎は大きく深呼吸して医局のソファに座りなおした。

「でも諸星よ。お前なんで俺と綾乃のことにそんなに真剣になるんだ?それに最近お前ちょっとおかしいぞ。なんかシリアスモードじゃないの」

「な・・・何言ってんだよ!お・・・俺は・・・お前のことを心配して!」

「何あせってんの?お前あせるといつも言葉をかむじゃないの。俺に何隠してるの?なんで綾乃が万太郎とくっつかなきゃいけないわけ?」

「そ・・・それはな・・・」

 諸星は急に顔を赤らめ、言葉は途切れ途切れになった。

「それはなんだよ」

「お・・・俺の彼女が・・・万太郎に・・・ぞっこんなんだよ・・・」

―彼女?諸星よ。お前に彼女なんていたのか?初耳だぜそんな話―

「お前彼女なんていたのか?」

「うるさいな。余計なお世話だ」

 諸星はふてくされた顔で想太郎から目をそらした。

―でもなんでお前の彼女が万太郎を知ってるんだ?万太郎と話をした女って綾乃と・・・ん?・・・・・えーっ!!・・・ひょっとして高沢友里??!!お前の彼女って高沢友里なの??!!―

「ひょっとしてお前・・・高沢友里とつきあってんの?」

 諸星は顔をいっそう赤らめて顔を想太郎と反対側にそむけて小さな声でつぶやいた

「別に・・・つきあってるって・・・いうわけじゃないけどな。はじめて見た時からかわいいなって思ってたんだよ。でもなかなか誘えなくってな。やっと1ヶ月前に思い切って誘ってみたんだよ。それから時々食事に行ったり・・・映画見に行ったりするようになったんだけどな。それがな・・・万太郎が現れてから誘ってもそっけないんだ」

―あらー・・・そういう事なの。あんたたちそんな仲だったの?ちーっとも知らなかったよ。なかなかやるじゃないの、諸星渡。それにしても2年間もずっと指をくわえてみてたわけ?あんたも意気地(いくじ)がないねーって・・・俺が言える立場じゃあないよな―

「だからな、万太郎が綾乃と親しくなればあいつもあきらめるんじゃないかなって思ってな。いくらあいつが万太郎のことを好きでも綾乃が相手だったらあきらめると思うんだ」

―あー大変だね・・・恋する男っていうのも。万太郎も罪作りだよ。それにしても・・・よかったぜ・・・あの時、友里っぺに手を出さなくて・・・もしあの時、友里っぺを抱きしめちゃったりしたら今頃諸星の顔をまともに見れないもんな―

「わかったよ諸星。綾乃の件は別として高沢友里には万太郎の口からはっきり言うよ。あんたとは付き合う気はないってな」

「本当か?でもあまり傷つかないようにしてくれよ」

―惚れた男から「あんたのこと好きじゃないよ」って言われるのに傷つかないわけないだろうが―

「わかった。万太郎に努力させるよ。それにもうあいつには手を出さないから」

「もう?お前・・・友里になんかしたのか?」

 諸星は急に怖い顔になって想太郎を見つめた。

「いや・・・してない、してない・・・何もしてないって!一回握手しただけ!ホントホントだって!」

 想太郎はしどろもどろになって必死に答えた。

「本当か?」

 想太郎は身体を後ろにそらしながら無言でうんうんとうなずいた。

―あーこわ・・・諸星よ。お前のすごんだ顔って迫力あるよ。あんたも本気だね。でも・・大丈夫か?あの高沢友里と付き合って・・・ずっと尻にしかれるよ―

    *ユーモアセンスって?なによ?*

「どうじゃ?万太郎の調子は」

 家に帰ると為太郎がいきなり聞いた。

「ああ・・・まあまあだよ。大分慣れてきたよ」

「そうか。それはよかった」

「でもさ・・・変身が終わった後に屁が出るのと体がだるいの何とかならない?」

「それは・・・仕方がないんじゃよ。前にも言ったが万太郎は大変なエネルギーを消費してガスを排出するからな」

「もう少し改良してくれよ」

「わかった。それはまだ研究中じゃが、他のところをちょっと改良してやったぞ」

「へーなんだ?変身時間を長くしてくれたのか?」

「いや、そうじゃない。おまえ、万太郎が無愛想だと言ってただろ?だからちょっとわしのユーモアのセンスを入れておいた」

「ユーモア?なんだ?それ」

「まあ・・・次回のお楽しみじゃよ。これでまわりの雰囲気もちょっとはなごむじゃろう」

「???」

  想太郎はベッドに横になりながら組んだ両手に頭を乗せて天井を見つめていた。

―それにしても綾乃って本当に偉いよな・・・今日の症例だって・・・一人の患者にあんなにいっぱい文献(ぶんけん)を調べて、きっと毎日遅くまで勉強してるんだよな。そういえば学生時代からずっとそうだったよ。講義はいつも一番前で聞いてて講義が終わったらテニス部の部活でそのあと帰ってまた勉強してたんだよ。あんなにきれいに生まれて金にも不自由なくって、それでも一生懸命努力してきたんだよな。遊びにも行かずおしゃれもせずに・・・。そんな綾乃が万太郎に惚れちゃったのか?そして俺が万太郎になって綾乃を誘惑する?綾乃をだますってこと?そんなこと・・・できるわけないじゃないか・・・諸星よ。いくらなんでも俺には・・・できないよ―

―でもさ・・・俺も努力したらちょっとは万太郎みたいになれるかな?外見は無理でもさっと大腸ファイバーをやっちゃったり難しい病気を診断したり・・・俺今まで自分は要領が悪くって能力が劣ってるって思ってたけど、綾乃だって生まれつき医者の才能があったわけじゃないよ。ずっと努力してあんなに何でもできる医者になったんだろ?俺がだめ医者なのは俺が努力しなかったからじゃないの。わからないことがあったらすぐあきらめちゃって、綾乃みたいに根気よく調べたことってなかったよ。胃カメラだって滝本のあんちゃんに言われるままやってるだけで、自分で勉強してうまくなろうなんて全然考えてなかったよな―

 想太郎は仰向けになって目をつむっていたが急にぱっと目を開いて天井を見つめた。

―今からでも・・・できるかな・・・?俺も頑張ったらちょっとはましな医者になれるのか?そしたら綾乃だって・・・ちょっとは振り向いてくれるかもしれないじゃないの・・・って・・・そんなことは・・・やっぱりないか・・・でも・・・―

―よし。明日から・・・俺は万太郎に変身するのをやめるぞ!そして自分の力でスーパードクターになって綾乃を振り向かせるんだ―

 スーパードクターになった自分とその隣で微笑む綾乃の姿を頭の中で思い描きながら想太郎はいつしか眠りに落ちていった。

 第4話 終わり第5話(1/2)に続く

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2008年10月21日 (火)

スーパーDr.うるとら万太郎:第4話(2/3)

スーパーDr.うるとら万太郎:第4話(2/3)

   *そして日曜日 朝*  

 今日は万太郎を連れてくる約束の日曜日だ。想太郎は昼すぎに受け持ち入院患者の腹痛が強くなり病棟から呼ばれて仕事をしていた。

―日曜日なんて医者には関係ないようなもんだぜ。受け持ち患者が悪くなったら診(み)に来なきゃいけないんだよ。まあ、当直医に任せてもいいってことになってるけど自分より年上の先生に頼むのも気がひけるしな・・・でもただの胃腸炎でよかったよ。点滴して薬だしとけばいいからな。えっと・・・ああ・・・もう1時じゃないの。綾乃との約束は2時だからまだちょっと時間あるよ。でも帰ってまた来るのも面倒だし、このまま医局にいようかな―

 想太郎が医局のソファにもたれかかってくつろいでいると諸星があわてふためいてやってきた。

「なんだ?諸星。早いじゃないの。お前も呼ばれたのか?」

「いや。そうじゃないんだけど・・・聴診器が昨日壊れちまったんだ。家にもう1本あったと思ったんだけど見つからないんでひょっとしてここにおいてあったかなと思ったんだけどな・・・やっぱりないよ。よわったな・・・修理に出しても1週間くらいかかるぜ。買うのももったいないしな」

「俺、家に1本持ってるぜ。貸してやろうか?」

「本当か?頼むよ。修理が終わるまで貸してくれ」

「明日でいいか?持ってくるの」

「ああ」

「じゃあ・・・忘れそうだから手に書いておくよ」

 そう言いながら想太郎はボールペンで左手の手の甲に聴診器の『聴』の一文字を書いた。

「ところで・・・万太郎っていうやつ、もう来てるのか?」

 諸星が想太郎の横に座りながら聞いた。

「万太郎?いや、まだだけど・・・2時には来ると思うよ」

「綾乃も今日は病院に来てないよな。いつもは日曜日だってほとんど顔を出すんだけどな」

「本当か?日曜日に病院で何をしてるんだ?」

 想太郎はびっくりして聞いた。

「患者の回診をしたり検査データを調べたり、文献を調べたりしているぜ。何だお前、知らなかったのか?研修医のときからずっとだぜ」

「全然知らなかったよ。本当か?えらいよな・・・綾乃は・・・」

―そうだよな・・・受け持ち患者全員にあれだけのことを調べたり勉強したりするんだから日曜日にやらないととても追いつかないんだよ。俺が休日の午前中ずっと寝てるときにも綾乃は病院に来て仕事をしてるって訳だ。綾乃と俺じゃあ内科医としての実力は全然違うけど考えてみれば当たり前だよ。俺が遊んでる時間に綾乃は必死に努力してるんだからな―

「でも今日は朝から来てないみたいだぜ。なんかあったのかな?」

 諸星は綾乃の机の上を見ながら言った。

「そりゃあ綾乃だってたまには自分のやりたいこともあるんじゃないの?買い物とかさ」

「そうだよな・・・あ・・・俺、飯食ってくるよ。想太郎は?もう食ったのか?」

「え?いや・・・まだだけど俺、朝が遅かったからいいや」

「そうか。じゃあな・・・聴診器頼んだぜ」

 そう言いながら諸星は医局を出て行った。

    *難しい患者*

「想太郎・・・」

―ん・・・?なんだ?綾乃!―

  想太郎は綾乃に起こされてはっとして医局のソファから飛び起きた。

「何時?今!」

「1時45分よ。万太郎さんはまだみたいね」

「ああ・・・そうだな・・・え?綾乃?」

 想太郎はもう一度びっくりして綾乃の顔を見た。

「綾乃・・・なんだ?その頭・・・髪・・・切ったのか?それにメガネは?」

 美しい黒髪をちょっとだけ茶色に染めた綾乃は、あごのラインですっきりとカットされた髪を片手でさわりながら答えた。

「長かったから切っちゃった。それにコンタクトはもともと持ってたんだけどね。メガネのほうが楽だから使わなかったんだけど、髪を切ったついでにちょっとイメージチェンジしようかなって・・・どう?似合うかしら?」

―いい!すごくいいよ綾乃。まるで女優さんじゃないの!―

「すごく似合うよ!でも・・・綾乃って学生時代からずっと同じ髪形だったじゃないの。何で急に?」

「私だって女の子なんだからちょっとくらいおしゃれしようかなって思って、今日は時間があったから美容院へ行ってきちゃった」

 綾乃は明るく笑いながら答えた。

―こりゃあ明日から大変だよ。きっと病院中の男たちがほっとかないよ。滝本のあんちゃん、妻子捨てちゃうんじゃないの?―

「それにしても・・・遅いわね。万太郎さん」

 綾乃は腕時計に目をやりながらつぶやいた。

「あ・・・そうだった!ごめん!今すぐ万太郎に・・・いや・・・万太郎を・・・連れてくるから・・・」

 そう言いながら想太郎はあわてて医局を飛び出した。

―どこで変身する?ちょっとはなれたところがいいよな。じゃあ・・・動物実験棟のトイレにするか―  

     *またまた変身!*

 トイレの個室に入った想太郎は息を切らしながらポケットのウルトラアイを取り出した。

―さあ!変身だ!―

 想太郎は左手を腰に当てて右手に持ったウルトラアイを目の前にかざした。

「万太郎!」

 掛け声とともに想太郎の身体は青白い光に包まれた。

―来た来たー!万太郎登場だぜー!―

 あふれ出る力を全身に感じながら万太郎(想太郎)は鏡の前に歩み寄った。

―かっこいいぜ!万太郎!これなら・・・綾乃とだって充分つりあうよな・・・綾乃だって仕事ができる万太郎のことを尊敬しているみたいだし・・・俺がずっと万太郎でいられたらな・・・―

 そんなことを考えながら万太郎(想太郎)は医局へ小走りに向った。

「待たせたな・・・」

 万太郎は医局に入るとソファに座っていた綾乃と諸星に向って言った。ふりかえった二人は同時にすっと立ち上がり万太郎のほうを向いた。

「今日はどうもありがとう。忙しいところを来てもらって・・・私、綾小路綾乃」

 綾乃はさっと右手を万太郎のほうに差し出した。万太郎は何も言わず綾乃の手を握った。

―綾乃の手を握っちゃったよ。なんて繊細な手なんだ?強く握ったら壊れてしまいそうだよ―

「お・・・俺は・・・諸星渡」

 諸星もその右手を差し出した。

―あー・・・お前はいいんだって・・・もう少し綾乃の手を握らせてくれよ―

 想太郎の考えとは裏腹に万太郎は綾乃の手を離して諸星の手を握った。

―なんてごっつい手だよ・・・いてー・・・いてーよ諸星!ちょっと加減しろ!お前、万太郎に恨みでもあんのか?それに何じろじろにらんでんだよ?やっぱりお前ちょっとおかしいぞ―

「私、変な名前でしょ?アヤノって呼んで。それから・・・私たち同い年でしょ?あなたのこと万太郎って呼んでいい?」

 綾乃は悪びれない笑顔で万太郎の顔を見ながら言った。

―これなんだよな・・・綾乃って美人だけど全然つんとしたところがないんだよ。すぐに誰とでも仲良くなっちゃうんだよ―

「ああ・・・」

 万太郎は無愛想(ぶあいそう)に答えた。

「それから・・・この前はどうもありがとう。おかげでPTCDはうまくいってあの患者さん黄疸(おうだん)も引いて元気になったわ」

「俺は何もしちゃいない。やったのは全部あんただろ?」

 万太郎はニヤッと笑いながら言った。

「いいの。あなたのおかげで私、PTCDにちょっと自信ができたわ。他人がやってるのを見てるだけだったら何もわかっていなかったと思うの。あなたが的確な指示をしてくれたおかげよ」

―あー素直だよな、綾乃は・・・。あんなに嫌っていた万太郎にこんなに素直に感謝の気持ちを表現できるなんて・・・。それに・・・今日の綾乃は本当に輝いてるぜ―

「それで?今日は何だ?」

 万太郎はぶっきらぼうに言った。

―そうだったよ。時間はあんまりないんだよ。綾乃が悩んでる症例らしいぜ。あんた1時間で診断つけれるのか?―

「じゃあ・・・さっそく見てもらっていい?病棟の症例検討室へ行きましょう」

 3人は病棟の廊下を歩いて症例検討室に向った。すると前から60歳くらいの中年女性が手すりを握りながらゆっくりと歩いてくるのが見えた。それを見て諸星がつかつかと歩み寄って声をかけた。

「歩行練習ですか?」

 その女性は足を止めて諸星に向って笑顔を見せながら答えた。

「はい・・・ベッドの上にばかりいて歩かないでいるとだんだん力が落ちるような気がするんですよ。少しでも練習して寝たきりにならないようにと思って・・・」

 微笑みながら答える患者に向って諸星がやさしく言った。

「がんばってください。でも無理しないでくださいよ」

 想太郎もその患者を見つめた。顔がちょっとむくんで目がはれているようだ。

―諸星の患者?顔がちょっと腫(は)れてるじゃないの。ネフローゼかな?―

 その瞬間想太郎の目の前にメッセージが浮かんだ。

<・・・ヘリオトロープ疹(しん)・・・>

―なんだ???―

 想太郎の目は無意識に患者の両手に向った。すると・・・また・・・

<・・・ゴットロン兆候(ちょうこう)・・・>

―何のこと???―

 想太郎は訳がわからないままに患者を見つめながらその横を通過して症例検討室に向った。 綾乃と諸星は症例検討室のデスクに万太郎と向き合って座った。

「今日来てもらったのはね、診断がつかない患者さんのことをちょっと教えてほしいと思ったの」

 綾乃はカルテをひろげながら言った。

―あー大丈夫か?万太郎・・・綾乃がいくら調べてもわからないっていう患者だよ。あんた手つきは器用だし救急にもしっかり対応するけど、じっくり考えることってできるのか?コンピューターって総括的に考えることが苦手なんじゃないの?しかも時間は限られてるんだぜ。俺は綾乃の前であのでっかい屁をこくのだけはごめんだぜ―

「患者さんは82歳女性。4ヶ月前に急性心不全で入院しているけど2週間で退院して外来通院中だったの。でも腎臓の機能が少しずつ悪くなって、貧血もすすんできたので精密検査のために入院になったのよ」

 綾乃は手際よく患者の病歴を万太郎に説明していった。

「まず問題点をあげて私なりの診断を提示するわね。問題点の1番として腎機能低下。クレアチニンがこの4ヶ月で1.5から2.6に上昇しているわ(正常値1.4以下)。そして蛋白尿は1+。2番として貧血。ヘモグロビンが10.3から8.2に低下しているわ(正常値12.0以上)。3番として炎症反応。CRPが持続して1から2くらいなの(正常値0.3以下)。でも赤沈(せきちん)は1時間値で6と正常。4番として心機能の低下。左室駆出率(くしゅつりつ)は48%と低下(正常値60%以上)。冠動脈(かんどうみゃく:心臓を栄養する血管)には異常なし」

―だめ・・・俺、もうだめ・・・全くわかんない。82歳ならそんなもんじゃないの?歳のせいじゃないの?―

「最初は私、膠原病(こうげんびょう)だと思ったの。炎症反応があって心機能障害、腎機能障害でしょ?SLEとかその類縁(るいえん)疾患を疑って検査したのよ。でも、抗核抗体(こうかくこうたい)もリウマチ反応も陰性でそのほかにも何一つ膠原病を示唆(しさ)するデータはなかったわ。膠原病に関する文献(ぶんけん)もいっぱい調べたのよ」

 綾乃はカバンの中から文献のたばを取り出してひろげた。

―げげっ・・・これ全部この患者のために調べたのか?そりゃあ・・・日曜日なんて・・・ないよな・・・―

「次に慢性糸球体(しきゅうたい)腎炎と甲状腺機能低下症の合併を考えたわ。でも甲状腺ホルモンは正常だった。貧血に対しては消化管出血を疑って便潜血の検査もしたけど陰性だった。それでね・・・心不全や腎不全で色々とインターネットで検索したらある病気が出てきたの」

 綾乃はそう言いながらまた文献のたばを机の上においた。

―げげっ・・・さっきの倍くらいあるじゃないの!綾乃・・・あんた・・・本当にえらいよ・・・一人の患者のためにこんなに勉強して・・・そこへいくと俺なんて・・・わからなかったらすぐあきらめちゃうもんな・・・―

「アミロイドーシス・・・これが私が考えた最終診断よ。でも・・・私アミロイドーシスの患者さんって診たことがないの。だから自信がなくって・・・あなたの意見を聞きたいと思ったのよ」

 『アミロイドーシス』・・・まれな病気である。アミロイドという特殊な蛋白が体のいたるところに沈着して臓器障害を引き起こす。心不全、腎不全、神経障害、消化管障害などほとんど全身の臓器が障害される。いまだ有効な治療法は見つかっていない。診断には組織に沈着したアミロイドを検出することが必要で臓器に針を刺して組織を採取する生検(せいけん)という検査が行われる。

―アミロイドーシス?あー国家試験の勉強で聞いたことがあるよ。でも俺は自慢じゃないけど全然覚えてないよ。でもきっとそれだよ、綾乃!あんたがこんなに一生懸命調べて診断つけたんだもん。間違いないって―

「本当は確定診断のために腎生検(じんせいけん)をしなきゃいけないかなって思ったけど今の腎機能や年齢を考えるとリスクが高すぎるでしょ?それに診断がついても治療法がない疾患だからそんな負担を患者さんにかけたくないの」

―そうだよ、綾乃。あんたの考え方、俺も賛成なんだ。真田先生は診断つけるためにちゃんと検査しろって言うけど、診断がついても治療法がないんだったらいっしょだよな。検査って治療方針を決めるためにするんだろ?治療法がなかったら患者さんにつらい思いをさせたり合併症の危険を冒してまで検査する必要なんかないよな。綾乃のそんなとこ、俺すごく好きなんだ。だって俺達がやってる医療ってみんな患者さんの幸せのためにやってるんだからな―

「ふーん・・・アミロイドーシスね。じゃあ・・・血液データを見せてもらおうか」

―なんだよ!万太郎!あんたホントにわかってんの?綾乃がせっかく調べたんだからよくやったとか言ってやったらどう?―

 しかし万太郎は想太郎の思いとは裏腹にじっとカルテのページを見つめながらめくっていった。

―よくやったって言わないのか?万太郎。違うの?アミロイドーシス・・・―

 想太郎の目の前には患者の検査データが次々と流れていった。

―万太郎が検査データを分析してるな。ああ・・・ウルトラアイを通してみると検査データが色分けされて表示されてるよ。異常値は赤で、特に大事なところは黄色枠で見えてるじゃないの。これなら俺でも見落とさないぜ。ん?ちょっとちょっと万太郎、間違ってるよ・・・。赤沈は一時間値で6だろ?正常じゃないの。それにガンマグロブリンは10.6%?これも正常だよ。何で黄色枠になってんの?、親父のCUPID(キューピット)おかしいんじゃないの?―

「50点だな」

 カルテを見終わって万太郎が綾乃を見ながらつぶやいた。

「え?」

 綾乃がちょっとびっくりして聞き返した。

「まあ、あんたの診断はいいとこいってるけどな。確かにアミロイドーシスだろうよ。でもな、あんたひとつ見落としてるよ」

「なによ?私が何を見落としてるっていうの?」

 綾乃はちょっとむきになって聞き返した。

「この患者はミエローマ(多発性骨髄腫:たはつせいこつずいしゅ)だ」

 万太郎は自信を持って答えた。

「ミエローマ?」

―ミエローマ?―

 ミエローマ=多発性骨髄腫は白血病と同じ血液の癌だ。骨髄の中の形質(けいしつ)細胞が癌化して異常な免疫蛋白(免疫グロブリン=ガンマグロブリン)を大量に作る。その異常蛋白が時に全身に沈着してアミロイドーシスを引き起こすのだ。

「そんなはずはないわ。私も最初はミエローマを疑ったわよ。でも、赤沈(せきちん)が正常で骨のレントゲンでも異常所見はなかったわ。第一ミエローマならM蛋白(モノクロナール蛋白)が出現してガンマグロブリンが増加するはずでしょ?この患者さんはガンマグロブリンが正常なのよ」

 綾乃は興奮してまくし立てた。多発性骨髄腫は癌化した形質細胞が異常な免疫グロブリンを大量に産生するので血液中にその蛋白が検出される。それはM蛋白と呼ばれ、通常は電気泳動(えいどう)の蛋白分画(ぶんかく)の中のガンマグロブリン分画に検出される。その結果ガンマグロブリン分画が著明に増加し、それを反映して赤沈も著明に亢進する。この患者のガンマグロブリン分画は正常値、いやむしろ低下気味なのだ。綾乃が反発するのも無理はない。

「ガンマグロブリンや赤沈が正常ってことがおかしいと思わないのか?」

 万太郎は綾乃の顔をじっと見ながら静かに言った。

「え?」

 綾乃は意外そうな顔で答えた。確かに炎症が持続すれば免疫反応が亢進しガンマグロブリン分画は高値となるのが普通だ。

「4ヶ月前から炎症反応が陽性なんだろ?そんな慢性の炎症だったらガンマグロブリンはむしろ高値になってもいいんじゃないか?それが10%しかないなんておかしいと思わないのか?」

「・・・」

 綾乃は何も答えられなかった。

「この患者の骨髄には癌化した形質細胞がいっぱいあって正常な免疫グロブリンが作られないんだよ。だからガンマグロブリンの値がそんなに低いんだ」

「でも・・・じゃあどうしてM蛋白が・・・異常な免疫グロブリンが検出されないの?」

「M蛋白は作られてるさ。しかし通常より小さいM蛋白が産生されているので血液中には検出されないんだ。あんた尿中の蛋白分画を調べたか?」

「あ・・・じゃあ・・・ベンスジョーンズ型ミエローマ・・・?」

 ベンスジョーンズ型ミエローマは癌化した形質細胞が通常よりも小さい免疫グロブリンを産生する。そのためその異常な免疫グロブリンはすぐに尿中に排泄(はいせつ)されてしまい、血中には検出されないことがままあるのだ。

「多分な・・・尿の蛋白分画と免疫電気泳動を提出してみることだ。それから・・・骨髄穿刺(せんし)も必要なようだな。あんたが嫌いな患者に負担のかかる検査だがね」

―なんか難しそうなこと言ってるよ。ふーんミエローマなの・・・俺には全然わかんないよ―

「患者さんに負担がかかっても必要なことはやらなきゃいけないわ。ミエローマの疑いがあれば骨髄穿刺は必須でしょ?でも・・・確かにミエローマなら全部の症状を説明できるわ」

 綾乃はカルテを見ながらうなずいた。そして微笑みながら万太郎に言った。

「あ・・・ありがと・・・万太郎。頭に引っかかっていたことがすっきりした感じよ。それに、ミエローマなら・・・まだ治療法がいくつかあるかもしれない。このまま見逃していたら・・・」

 万太郎は返事せずに首をちょっとかしげて微笑みながら両手を少し広げて綾乃に答えた。そして諸星のほうを見て言った。

「諸星・・・とかいったな。あんたの症例は?」

―そうそう・・・万太郎。時間がないからな。次、諸星先生。どうぞ―

「あ・・・あの・・・これだ」

 今の綾乃と万太郎の会話を腕組みをしてじっと聞いていた諸星はあわてて自分の前においてあったカルテを開いた。

―諸星よ。お前も理解できてないんじゃないの?今の会話・・・まあ俺と同じってことだね―

「症例は60歳女性。えっと・・・2ヶ月前から脱力感があって1週間前に入院。顔面の浮腫(ふしゅ)があって筋力の低下とCPK(筋肉の障害で上昇する酵素:こうそ)の上昇があった。俺は多分甲状腺機能低下症による筋障害だと思うんだ」

―へー・・・なるほどね・・・浮腫と筋力低下から甲状腺機能低下症か・・・言われてみればなるほど、その通りだよ。でもなかなか気がつかないぜ。えらいよ。諸星―

「それで甲状腺ホルモンを検査したんだ。そしたらフリーT4(てぃふぉー)が0.7(正常値0.7-1.7 ng/dl)でフリーT3(てぃーすりー)が1.3(正常値2.5-4.5 pg/ml)だから確かに低いんだけどTSHが2.3(正常値0.5-4.0 IU/ml)で正常なんだ。これで甲状腺機能低下症って診断していいのか?普通ならTSHが上昇するはずだろ?」

―ふーん。そうだよな。甲状腺ホルモンのフリーT4やフリーT3が低下してくれば甲状腺刺激ホルモンのTSHは甲状腺にもっと頑張れって刺激を出すために上昇するはずだよ。それが正常っていうのはおかしいかな?でもそういうこともあるんじゃないの?いいんじゃないの?諸星、甲状腺機能低下症で当たってるよ。きっと―

 万太郎はカルテをチラッと見て言った。

「この患者はさっき廊下ですれ違った患者だな?」

「え?そ・・・そうだけど・・・なんで・・・わかるんだ?」

―えー?さっきの患者さん?なんでわかるの?万太郎?―

「じゃあ・・・このカルテはもう診る必要はない。こいつは甲状腺機能低下症じゃない。皮膚筋炎(ひふきんえん)だ」

「皮膚筋炎?」

 諸星がびっくりして答えた。

―皮膚筋炎???―

「皮膚筋炎ですって?」

 綾乃も思わず聞き返した。

「どうして?どうして検査結果も見ないでそんなことがわかるの?」

 綾乃が万太郎の顔を見ながら問い詰めた。

「どうして?さっき診たからだよ。あの患者は眼瞼(がんけん)に浮腫があっただろ?よく見ると少しぶよぶよしてうす紫だったはずだ。あんたは顔面の浮腫って言葉でかたづけてしまったけどな。あれはヘリオトロープ疹(しん)といって皮膚筋炎の特徴的な皮疹(ひしん)だ。それから手の指の背側に皮膚がはがれたようなかさかさした赤っぽい皮疹があった。これはゴットロン兆候といってやはり皮膚筋炎の特徴だ。それに筋肉逸脱酵素(いつだつこうそ)のCPK上昇だろ?多分間違いないと思うぜ。あとは自己抗体(じここうたい)の測定と筋生検をすれば診断は確定だ」

「そしてこの患者の甲状腺機能は残念ながら正常だ。全身の状態が悪いときにはこの患者のように甲状腺ホルモンを測定すれば低値をとることが多い。TSHが上昇しない甲状腺機能低下症はごく特殊な場合を除いて存在しない。甲状腺ホルモンを投与するよりステロイドを投与することだな」

―ヘリオトロープ疹と・・・なんだって?ゴットロン兆候?さっき俺の目の前に流れたコメントか・・・あの時点で万太郎はあの患者が皮膚筋炎だってことを診断していたんだ。ほんとにおそろしいやつだぜ・・・―

「ヘリオトロープ疹ってあんなのか?教科書では見たことあるけど・・・赤紫って書いてあったけど・・・全然違うじゃないか。それとゴットロン兆候?手背にあるのか?俺、全然きづかなかった・・・」

 諸星が万太郎を見つめて聞き返した。

「後で患者のここのところをよく見てみることだ」

 そう言いながら万太郎は自分の左手の甲をチラッと諸星に見せてそしてそのまま手を下ろした。その瞬間諸星ははっとして万太郎の手を見つめた。しかし万太郎はそれには気づかずに話を進めた。

「こんなもんでいいか?じゃあ俺、忙しいから行くぜ」

 万太郎はそう言いながら立ち上がった。

「あ・・・ありがとう、万太郎。すごく参考になったわ。また、こうやって私たちに教えてくれる?」

 綾乃も立ち上がって瞳を輝かせながら万太郎を見つめた。

―本当にきれいだな・・・今日の綾乃・・・君のためなら俺は何だってするよ。いつだって万太郎になって助けてやるって。でも3日間待ってね―

「ああ・・・また呼んでくれよ。あんたに呼ばれたらいつでも来るよ」

 万太郎は綾乃を見つめてちょっと微笑みながら言った。そしてその言葉を聞いた綾乃も万太郎を見つめてちょっと顔を赤らめ、うれしそうに微笑んだ。諸星は立ち上がってじっと万太郎を見つめていた。

 第4話(3/3)に続く

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2008年10月19日 (日)

スーパーDr.うるとら万太郎:第4話(1/3)

スーパーDr.うるとら万太郎:第4話(1/3)

   「決心」

    *万太郎さん?*

―あー・・腹の具合が悪いよ・・・昨日は中3日で万太郎に変身したから腹の中はずっとガスがたまりっぱなしだぜ。まあ3日あいてれば命には別状ないみたいだけど屁ばっかり出て仕事になんねーって・・・―

 次の日の朝、想太郎はナースセンターの椅子にぐったりと座っていた。

―昨日は俺もすげー疲れて、あれから綾乃には会えなかったけど・・・患者も元気そうだからまあ、よかったよな。それにしても万太郎に変身した時には頭はすっきりするし身体には力がみなぎってくるし、気持ちいいんだけどあとがしんどいよ。腹が張るのもそうだけど体中がぐったりして力がはいんねーよ。まあ今回は綾乃のためだから仕方なかったけどな。確かにこれじゃあ3日以内に変身したりしたら命はないよ―

 想太郎が目をつむって椅子に仰向けになって腰掛けていると後から綾乃が声をかけた。

「おはよう。想太郎」

「ん?ああ・・・綾乃か・・・おはよう」

 想太郎はゆっくりと肩を回しながら綾乃のほうに向き直った。

「昨日はありがとね。あの・・・万太郎さんに・・・連絡してくれて・・・」

 綾乃はちょっとはにかみながら言った。

―万太郎・・・さん?なんだよ。綾乃は万太郎が嫌いなんじゃなかったのか?―

「おかげでPTCDうまくいったわ。想太郎にも見ていてもらいたかったけど・・・」

「ああ・・・わるい。なんか急に腹の具合が悪くなってな・・・しばらく休んでいたんだ」

―言い訳はいつも同じだぜ―

「また?あなた最近おかしいじゃないの。一回検査してもらったほうがいいわよ」

―綾乃が心配してくれるのはうれしいんだけどね。俺の腹のことはほっといてくれよ―

「ああ・・・考えておくよ」

 想太郎はちょっとめんどくさそうに答えた。

「本当に検査してもらってよ。それでね・・・今日は想太郎にお願いがあるんだけど・・・」

 綾乃は想太郎の顔を見つめてちょっと微笑みながら聞いた。

―あーかわいいよな・・・綾乃の笑顔。やっぱり俺が好きなのは綾乃だよ。なんだ?お願いって。綾乃の頼みなら俺、何だって聞いちゃうよ―

「万太郎・・・さんにもう一度来てもらえないかしら?」

―えー??なんでー??―

「万太郎に?なんでよ?」

 綾乃はちょっと恥ずかしそうに目をそらしながら答えた。

「実はね、ちょっと相談したい患者さんがいるの。色々調べているんだけどなかなか診断がつかなくって・・・。万太郎さんなら何かわかるんじゃないかなって思うんだけど・・・」

―どうなってんのよ?綾乃。あんた万太郎のことあんなに嫌ってたじゃないよ。昨日万太郎にPTCD教えてもらってそんなにうれしかったのか?―

「それに・・・昨日のお礼もちゃんと言ってないの。私が着替えたらもういなくなっていたから・・・」

―言ったじゃないの。「ありがと」って。俺ちゃんと聞いてたよ―

「でも・・・綾乃は万太郎のこと嫌いなんじゃなかったのか?」

「最初はね・・・うわさを聞いて仕事はできるのかもしれないけどなんか気に食わない奴だなって思っていたのよ。でも昨日彼を見て誤解だったってわかったの。あの人、話し方はつっけんどんだけど心の奥にはとっても優しい心を持っているわ。昨日だって私のプライドを傷つけないようにずいぶん気を使って教えてくれた。それに・・・なんとなく昔からの友達みたいな気がするの。変よね、昨日初めて会ったのに・・・」

―すごいよ・・・綾乃。あんたの人を見る目ってたいしたもんだねー。でも俺には万太郎が優しい心を持っているって言うのはよくわかんねーけど・・・―

「ふーん。じゃあ、万太郎と張り合うのはもうやめたのか?」

「張り合うなんて・・・確かに私と同じ歳で仕事ができるって言われたときは競争意識も持ったわよ。私だって学生時代からずいぶん頑張ってきたんだから」

―そうだよね。俺が一番よく知ってるって―

「でもね・・・あの人はきっと特別な人なのよ」

「特別?」

「そう。なんて表現したらいいのかよくわからないけど、私たちとは次元が違うっていうか、頭の中が宇宙みたいに広くって、その中にすべての医学知識が入っているって感じなのよ」

―綾乃、あんた・・・本当にすごいよ・・・一回会っただけなのに全部わかっちゃってるね。親父が聞いたらびっくりするぜ。俺にはあんたのほうが次元の違う世界にいる人のような気がするよ。でもまあ、なんにせよ綾乃は万太郎と仲良くしてくれそうだってことね。よかったよ―

「ふーん。俺にはよくわかんないけど・・・それで?万太郎にいつ来てもらえばいいんだ?」

「いつでもいいの。彼の時間が空いたとき。明日でもあさってでも」

―無理!・・・絶対無理!・・・今週はもう勘弁してくれよ―

「今週は・・・ちょっとあいつ忙しいって言ってたよな。今度の日曜の午後じゃだめ?」

「日曜日?4日後ね。いいわ。」

「あ・・・でも俺はちょっと都合が悪いから万太郎だけ来てもらっていいか?」

「いいわよ。じゃあお願いね。想太郎」

 そう言いながら綾乃は医局に向って歩いていった。

「俺もいいか?」

「わ!なんだ!諸星!お前いつからここにいるんだ!」

 想太郎はびっくりして椅子から転げそうになった。

「今度の日曜日、俺も万太郎に会っていいか?」

―なんだよ、こいつ。何考えてんだ?―

「ああ・・・いいけど・・・なんで?」

「いや・・・俺もちょっと教えてもらいたい患者がいるんだ」

―ああそう・・・まあいいよ。何でもいいけど諸星、本当に大丈夫なのか?おまえ、変な趣味はないんだろうな?―

   *ごめんね友里っぺ*

 想太郎が廊下を歩いていると誰かが後から腕をつかんだ。

「なんだ?誰だよ!」

 想太郎が振り向くとそこに立っていたのは・・・高沢友里・・・だ。

―なんだ?友里っぺじゃないの・・・あ・・・しま・・・った・・・―

 高沢友里は想太郎の右腕を両手でつかんで怖い顔でにらんでいる。

「尾形先生!」

「はい。なんでしょう・・・」

 想太郎は身体をのけぞらせながら力なく答えた。

「なんでしょうじゃないわよ!昨日万太郎先生呼んだでしょ!」

―ああ・・・やっぱり・・・ごめんよ友里っぺ・・・昨日は俺もあわてていて、あんたを呼んでる暇がなかったんだよ―

「すまん・・・でも君は・・・勤務時間だったじゃないか・・・忙しそうだったから声をかけなかったんだよ」

―本当か?友里は本当に勤務中だったのか?そんなでまかせ言って大丈夫なのか?想太郎・・・―

 想太郎は祈るような気持ちでしどろもどろに思いついたままの言い訳をした。

「いくら勤務中だって・・・確かにあの時間は急患が来て忙しかったけど・・・連絡くらいしてくれたっていいじゃないのよ!」

―ホント?ホントに勤務中?しかも急患だったの?あー神様っているもんだよ―

「ごめんごめん。でも万太郎も忙しかったからすぐ帰っちゃったよ。呼んでも会えなかったと思うよ」

 想太郎はさっきよりはちょっと余裕を持って答えた。

「そうなの・・・でも・・・万太郎先生、綾乃先生のPTCDを手伝ったんでしょ?何か話・・・してた?綾乃先生と・・・」

 友里は心配そうな顔でちょっと目を伏せて想太郎に聞いた。

―何?何?あんた綾乃と万太郎のことを心配してんの?あー大変だね・・・恋する女の子っていうのは・・・そりゃあ心配だよね。あんたの惚(ほ)れてる万太郎先生があの美人でお嬢様で非の打ち所のない綾乃先生と出会っちゃったんだからね。そりゃあ心配だよ。うんうん。あんたの気持ちよーくわかるよ・・・でもね、大丈夫だよ。友里っぺ・・・確かに綾乃はもう万太郎に敵対心は持ってないみたいだけど、そんなことくらいで万太郎に惚れちゃうような安っぽい女じゃないって(じゃあ高沢友里は安っぽい女ってこと?)―

「おれは・・・そこにいなかったからよく知らないけど・・・PTCDが終わったらすぐに帰っちゃったみたいだぜ。綾乃がナート(縫合)終わる前にな」

「そう・・・じゃあ・・・いいけど・・・」

―確かに友里っぺはかわいいけど・・・綾乃には・・・勝てないよな・・・あの日は俺も友里っぺが一番なんて思っちゃったけど・・・やっぱり俺が好きなのは・・・綾乃だよな。ごめんよ、綾乃。ちょっとでも迷った俺を許してくれ・・・って言ってもあんたは俺のことなんかこれぽっちも想ってないんだろうけどな・・・。

―それにしても・・・男なんて単純な生き物だよな。腹が減ったときに目の前においしい御馳走(ごちそう)があったらなんにも考えずに飛びついちゃうもんだよ。きっと食べた後にしまった!って後悔するんだぜ。でも、この世の中の男なんてみんなそんなもんじゃないの?酒飲んで女の子の相談に乗ったりして「あーこの子かわいいよな」って思ってつい手を出しちゃうんじゃないの?それから逃げられなくなってずるずると最後までってこと、すーごくいっぱいあると思うんだよ。ひょっとしたら今結婚してる奴ってほとんどがそうじゃないのか?たとえ好きな子がいたってその子が相手にしてくれなかったら・・・別のかわいい子が目の前に現れた時には行っちゃうよなー。たとえどんなにステーキが好きだっていうやつでもステーキが食べれないときに目の前においしそうなたこ焼きが出てきたら・・・やっぱり食べるよな・・・うん。そうだよ―

―でもな・・・なぜステーキが食べれないかっていうと、金がないからだろ?金がないのにステーキを食べようっていうのがそもそも間違ってるんだよ。ステーキが食べたかったら金を稼がなきゃいけないんだ。じゃあ・・・俺が綾乃を手に入れるためにはどうすりゃいいんだ?ステーキを買う金を稼ぐってことはどういうことなんだ?―

   *潜在意識*

「すると何だ?そのカヤノとかっていう女医さんは万太郎の正体に気がついているのか?」

 為太郎がけげんそうな声で聞いた。

「カヤノじゃないって、アヤノ!」

 想太郎はあきれた声で答えた。

「おおすまんすまん。その綾乃さんじゃよ」

「別に気がついてるわけじゃないけどな、万太郎と一回会っただけなのに以前に会ったことがあるような気がするとか、頭の中にすべての医学知識が入ってるとか言うんだよ」

「ふーん・・・そりゃあ感のいいおなごじゃな」

 為太郎は腕組みをして言った。

「おなごってなんだよ?あんた、なに時代の人?それにその『じゃ』をやめなって」

 想太郎の忠告にはかまわずに為太郎は続けた。

「この前も話したが万太郎の言葉はすべてお前の潜在(せんざい)意識の中から出ておる。綾乃さんは万太郎が話す言葉や態度からお前の潜在意識の一部を感じているんじゃろう」

「ふーん・・・言葉はつっけんどんだけど心は優しくって私のプライドを考えてくれたって言ってたけどな。俺は万太郎の言葉を聞いても全然そんなふうには思わなかったぜ」

「お前はその綾乃っていう女医さんのことが好きなんじゃな?」

 為太郎はちょっとニヤニヤしながら想太郎を見つめて言った。

「別に・・・そんなんじゃないって!ただ学生時代からずっといっしょだから助けてやりたいって思っただけだろ?」

 想太郎は身体を横に向けて父親から顔をそらして答えた。為太郎はそんな息子を微笑みながら見つめて言った。

「じゃあ・・・お前は万太郎が綾乃さんを指導するときに何を考えた?優しくしてやりたいとか、プライドを傷つけたくないとか思わなかったか?」

「そりゃあ・・・思ったよ」

「そうじゃろう?その気持ちがお前の潜在意識にあるから万太郎はそれに従って行動した。それをその綾乃さんが敏感に感じ取ったってことじゃな。そうやって何回か変身を重ねるたびにだんだんお前の意思が万太郎に反映されるようになるはずじゃ」

「そういえば・・・俺が綾乃やそばにいた看護師に『よくやったよ』って思ったら万太郎も『よくやった』って言ったよ。そういうことなのか?」

「ああ・・・慣れてくればもっと万太郎はお前の気持ちのままに動くようになる。ただし!患者を助けることが最優先じゃ。お前の気持ちがそれに反するものならば万太郎はお前の言うとおりには動かん」

―やっぱりな・・・俺が万太郎を思い通りに動かすためにはもう少し俺が勉強しないといけないってことだな―

「まあ、これからも時々万太郎に変身してカヤノさんを助けてやれよ」

「カヤノじゃなくってアヤノ!」

 第4話(2/3)に続く

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2008年10月17日 (金)

スーパーDr.うるとら万太郎:第3話(2/2)

スーパーDr.うるとら万太郎:第3話(2/2)

   *揺れる想い*

「あなた誰?」

 横にいる人影に気がついた綾乃はプローブを操作する手を止めてその見知らぬ男に向って聞いた。

「俺?・・・万太郎」

「あなたが・・・想太郎のいとこの医者ね?何の用?」

 綾乃はつっけんどんに聞いた。

「想太郎からあんたが困ってるから助けてやってくれって言われたんでね・・・」

 万太郎は綾乃には目をあわさずに部屋の中を見回しながら答えた。

「想太郎が?余計なことよ。あなたの助けなんかいらないわ」

―気持ちはわかるけどさ・・・綾乃・・・ここは黙って万太郎に任せようよ・・・―

「勘違いするなよ。俺は別にあんたを助けにきたわけじゃない。ただあんたのお手並みを拝見しようと思ってここに立って独り言を言ってるだけだ。気にしないでくれ」

―あらら・・・何勝手にしゃべってるんだよ、万太郎。綾乃にだってプライドがあるんだからさ、もっと優しくしてやってくれよ―

「そう。じゃあ・・・邪魔にならないところで見てて」

―さすが綾乃だよ。こんな状況でもまだ自分で何とかしようとしているよ。俺だったらとっくにあきらめだな。それに敵対心を抱いている万太郎を見て、さっきよりちょっと冷静さを取り戻したみたいだよ―

 綾乃はプローブを持って穿刺(せんし)に適当な胆管(たんかん)を探し続けた。しばらくじっと綾乃の手元を見つめていた万太郎が声をかけた。

「さっきから見てるんだが・・・あんたその穴に固執していないか?」

「え?」

「さっき麻酔をしてあけたその穴に針を刺して穿刺しようとしているんだろ?」

「当たり前じゃないの!最初にエコーで確認して位置を決めたのよ!」

 綾乃はちょっと怒った声で答えた。

「でもうまくいかなかったんだろ?一度その穴を忘れてプローブをあててみなよ」

「余計なお世話よ」

 綾乃は万太郎の言うことなど聞く耳を持たなかったが無意識にプローブをさっきの穴から少しはなれたところにあてた。すると画面にはさっきまであれほどうつりが悪かった胆管が明瞭に映し出された。

「ほら・・・そこなんかいいじゃないか?」

 綾乃は万太郎の言葉には何も答えずじっとエコー画面を見つめた。

 確かに・・・ここなら私でも穿刺できそうだ。でも・・・。

「最初に決めた場所でうまくいかないことはよくあるぜ。そんなときはその穴に固執せずに新しい穴を開けることだ」

―ふーん・・・そんなものなのか?万太郎に任せてりゃだいじょうぶそうだな。俺は黙って見てるとするか―

 綾乃は敵対心を持っていた万太郎に指示されたことにもちろん不満を感じていた。しかしそれよりもさっきまで自分がどうしていいかわからなかったこの患者が、今は自分の力で何とかできるかもしれないという前向きの気持ちのほうがはるかに強くなった。

 そして黙って麻酔薬の入った注射器を持つと新しい穿刺部位に麻酔をし、モスキート鉗子(かんし)で皮膚に穴を開けた。そして左手にエコープローブ、右手に穿刺針(せんししん)を持つと3度目の穿刺を行う準備をした。

 もう失敗はできない・・・これが最後よ。綾乃は大きく深呼吸をして画面を見つめた。

「それから・・・針は一気に進めるんじゃなくてまず肝臓の表面まで進めておいたほうがいいな。肝臓の表面までは組織が硬くてなかなか針がすすまないからその間に目標がずれてしまうことがよくあるからな。針の先端を肝臓の表面まで進めておいてからゆっくりとエコーで確認して目標を決めるんだ。いや・・・俺はただ独り言を言っているだけだからあんたは気にしないで処置を進めてくれよ」

 綾乃は何も答えず、それでも万太郎の指示されたとおりにまず穿刺針を肝臓の表面まで進めた。確かにちょっと組織が硬くて針の進みが悪い。

「そうだ。いい場所だ。まさしく肝臓の表面に針の先端があるぜ。そこでゆっくりと目標の胆管を見定めることだな」

 万太郎がエコーの画面を見ながら言った。

「それから・・・このばあちゃんは息止めができないから刺すタイミングがちょっと難しい。息を吐いたときに2秒間くらい呼吸が止まってるだろ?その時を狙って一気に針を進めるんだ。それから針の先端と目標の胆管を必ず確認して針をすすめろ。どちらかが見えなくなったらいったん針を止めて再確認するんだ」

 綾乃はやはり返事はしなかったが今度は無意識にほんの少しだけ無言でうなずいてタイミングを見計らった。なるほど・・・息を吐いたときは少しだけ呼吸が止まって画面が見やすい。綾乃は画面をじっと見つめて患者の呼吸に合わせて自分の呼吸を整えた。

 今だ!綾乃は一気に針を進めた!エコーの画面では肝臓の中を胆管に向って穿刺針が一直線にすすむのが見えた。そこで綾乃は一瞬手を止めた。患者の呼吸とともに画面から胆管と穿刺針が消え、また呼吸とともに見えてくる。

「そうだ。あんたが刺した針は今、胆管の直前にある。もう一押しすれば胆管が針に押されてひしゃげる。そこでもう一突きすれば針は胆管の中に入るはずだ」

 綾乃は万太郎の言葉に今度ははっきりとうなずきタイミングを計った。そして針に力を入れた。

「そう。もう少し」

 エコーで見える胆管は針に押されてつぶれたようになり、次の瞬間それが元に戻った。その時綾乃は針を持つ手にプチッという感触を感じた。入った・・・

「間違いなく入ったよ」

 万太郎の言葉を聞きながら綾乃はプローブから手を離し、すばやく注射器を手に取り針につないで吸引した。

 来た!感染を起こして黒くにごった胆汁(たんじゅう)が引けてきた。

 やった・・・。綾乃はほっと胸をなでおろした。

―やったよ・・・綾乃・・・―

「造影(ぞうえい)します」

 綾乃は注射器を造影剤(ぞうえいざい)の入った注射器に付け替えてレントゲンで胆管を確認しようとした。

「造影剤をいれるのはほんの少しだけにしたほうがいいぞ。胆管の内圧が高くなると細菌が血液中へ移行して菌血症(きんけつしょう)になるからな。今抜いた胆汁の分だけ入れることだ」

 綾乃は注射器をみながらちょっとうなずきほんの少し造影剤を注入した。

「透視出してください」

 綾乃が技師に指示をするとレントゲンモニターには胆管に造影剤が注入されるのが映し出された。今綾乃が刺した針は間違いなく胆管に入っている。患者の右横腹に刺さった針は患者の呼吸とともにゆっくりと上下に揺れている。

 綾乃は今度はその針の中にガイドワイヤーという細い針金を通し、ゆっくりと穿刺針を抜いた。患者の胆管には今ガイドワイヤーだけが残っている。そして綾乃はドレーンチューブをそのガイドワイヤーを通して患者の胆管の中に留置させた。それからガイドワイヤーを抜いてドレーンチューブに注射器をつないで吸引した。そこからはやはり黒色の感染胆汁(かんせんたんじゅう)が吸引されてきた。

 やった!できた!成功よ!さあ、あとはこのドレーンチューブを糸で皮膚に縫いつけて固定するだけだ。綾乃はゆっくりと右手で処置台の上においてあった持針器(じしんき)をとった。 その時、看護師が声を上げた。

「先生!土田さん苦しそうです!血圧180の96です」

「え?」

 綾乃は患者の顔をのぞき込んだ。たしかに呼吸が荒く苦しそうだ。

「どうしたの?土田さん!大丈夫?」

 綾乃が大声で聞いた。

―どうしたんだ?万太郎!何が起こったんだよ!―

「腹が痛いんだよ。PTCDをしたあとは肝臓の表面から胆汁が漏れて腹膜(ふくまく)を刺激するんだ。しばらくすればおさまるって。何か痛み止めでも注射してやんな」

 万太郎が腕を組みながら平然として答えた。

―ああ・・・そうなの・・・―

「ソセゴン・・2分の1アンプルを静注(じょうちゅう:静脈内に注射すること)して!」

 綾乃が看護師に指示をした。看護師は準備されていた鎮痛剤(ちんつうざい)のアンプルをカットし、すばやく患者に注射した。

 綾乃はしばらく手を置いてじっと患者の様子を観察していたが、とにかく今はこのドレーンチューブを固定しなくては・・・と思い、もう一度持針器を持った。その時看護師がまた大きな声を出した。

「先生!血圧86の40です!」

「え?」

 あわてた綾乃は持針器を床に落としてしまった。患者の顔を覗き込むと顔中に冷や汗をかいて荒い呼吸をしている。

「どうしたの?土田さん!まだおなかいたいの?」

 綾乃は必死に胸を揺さぶって問いかけるが患者は何も答えず目を閉じたまま荒い呼吸をしている。

「血圧76の38!」

―今度は何だ?ショック状態じゃないの!大変だよ!万太郎!―

「なに?何が起こったの?ひょっとして出血?私が2回穿刺に失敗したからそこから出血したの?」

 綾乃はあわてて振り返り万太郎の顔を見つめた。

「あわてるなよ。PTCDのときにショックになるのは出血だけじゃあないぜ。他の原因も考えてみなよ」

―他の原因?なんだ?俺にはさっぱりわからねー―

「他の原因?・・・そうよ・・造影剤や鎮痛剤による薬剤性ショックかも・・・それから・・・敗血症(はいけつしょう)ショックもありうるわ・・・」

 綾乃はあせりながら必死に考えた。

「それから?」

「なによ!こんな時に!知ってるんなら教えてよ!」

 綾乃は憤慨(ふんがい)して万太郎に大声で言い放った。

「患者の脈を見てみなよ。あんたの場所なら大腿(だいたい)動脈にさわれるだろ?」

「大腿動脈?」

 綾乃はあわてて患者に向き直り大腿動脈の上に手を置いた。

 弱い・・・血圧が下がってるからだわ・・・それに・・・何?脈が遅いわ!40くらいしかないじゃないの!

「徐脈(じょみゃく)よ。40くらい・・・」

「じゃあ・・・ショックの原因は?」

「・・・迷走神経(めいそうしんけい)反射?」

「まあ・・・そんなところだ」

 人間は痛みや強いストレスを感じると交感神経の働きが強くなる。しかし時には副交感神経(迷走神経)の働きが強くなり、徐脈や血圧低下を起こすことがある。注射の針を刺したときや歯抜くときに気を失ってしまうのがこれだ。通常は安静にして頭を低くして寝ていれば改善する。この患者は強い腹痛により迷走神経反射をひきおこし、徐脈となり血圧が低下してショック状態になったようだ。

「指示をどうぞ」

 万太郎が綾乃に言った。

「あ・・・硫(りゅう)アト!硫アト1アンプル静注(じょうちゅう)して!」

 看護師が直ちに副交感神経遮断(しゃだん)薬の硫酸アトロピンを静注した。すると見る見るうちに脈拍は上昇した。

「血圧90の60です。」

 患者の冷や汗も呼吸も落ち着いてきたようだ。綾乃はほっと胸をなでおろした。

―よかったよ、綾乃・・・。自分がやってるよりドキドキだよ―

「腹の中の出血が心配なら、あんたはそこにエコーのプローブを持ってるじゃないか。それをちょっと腹にあててみれば一発でわかるんじゃないのか?」

 万太郎が綾乃の横においてあるプローブを指差して言った。

 そうよ・・・エコーで確認すれば出血しているかどうかすぐわかるじゃないの。どうして私ったらそんなことにも気がつかなかったの?冷静にならなきゃ・・・そう思い直して看護師に静かな声で頼んだ。

「ごめんなさい。持針器(じしんき)落としちゃったから新しいの出してもらえる?」

 そのあと、綾乃は黙って患者の様子を観察していたがちょっと後ろを向いて万太郎をチラッと見た。そして万太郎の顔を見ずに小さな声で言った。

「あ・・・ありがと・・・」

 そしてすぐに患者のほうに向き直った。

 患者の様子を観察しようとしたがなぜか患者のことは頭に入ってこなかった。綾乃の目は患者を見ていたが気持ちは自分の後ろに立っている万太郎を見ていた。

―おいおい・・・綾乃が万太郎に礼を言ったよ―

「俺は別に何もしてないぜ。ただここに立って独り言を言ってるだけだ。やったのは全部あんたじゃないのか?」

 そんなことない・・・もっとちゃんとお礼をいわなきゃ・・・

 万太郎の言葉を後ろ向きで聞きながら綾乃は万太郎のほうに向き直ろうとした。その時看護師が持針器を持ってきた。

「先生。すみません。お待たせしました」

「え?ああ・・・ありがとう・・・」

 綾乃はそう言いながら持針器を受け取り、針に縫合(ほうごう)する糸をつけ、患者に向った。

―万太郎。綾乃がお礼を言ってくれたんだぞ。お前も綾乃をほめてやれよ―

「それにしても・・・あんたも3回目のPTCDにしてはずいぶんてぎわがいいじゃないか」

 そうつぶやく万太郎の声を聞きながら綾乃は無言で小さく横に首を振り、黙って患者の皮膚に針を通した。

「ドレーンは患者の呼吸運動で翌日には少し抜けてくるからな。ほんの少し押し込んでから縫合することだ」

 綾乃はちょっとうなずいて万太郎に言われたとおりドレーンチューブをほんの少し押し込んで皮膚に固定した。

―もう大丈夫だよ。よくやったよ。綾乃―

「じゃあ俺は消えるぜ。よくやったよ。美人の女医さんよ」

 万太郎はそう言うと綾乃の肩をぽんとたたいて部屋を出て行った。その瞬間綾乃の身体の中に電気が流れるように熱いものが走った。心臓の鼓動(こどう)が急に早くなり顔がカーッとほてりその手は震えていた。

 なに?私どうしたの?なんかおかしい・・・。

 初めての感情に動揺する綾乃の手は震えていたが、今はとにかくこのチューブを固定しなきゃ・・・そう思いながら一生懸命縫合を続けた。

 処置が終わった綾乃は更衣室で術衣(じゅつい)を着替えていた。まだ動悸(どうき)がしてる・・・。それに顔が熱い。どうしたの?綾乃。綾乃は熱くほてる頬や動悸がする胸などを手で触っていたが、その手が下腹部に触れたときはっとして手を止めた。

「え?・・・どうして・・・?」

 そうつぶやいて術衣からあわてて白衣に着替えた綾乃は更衣室をあとにして自分のロッカールームに走った。そしてほんの少しだけ濡れた下着をあわててはきかえた。

 第3話 終わり 第4話(1/3)につづく

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2008年10月16日 (木)

スーパーDr.うるとら万太郎:第3話(1/2)

スーパーDr.うるとら万太郎:第3話(1/2)

   「揺れる想い 」

   *翌日の朝*

 ドンドン・・・

―うん?何だ?―

 想太郎は当直室のベッドで目覚めた。

―今、何時だよ・・・ああ・・・7時か・・・そうか・・・昨日はあれから患者が一人も来なかったんだよ。あーよく寝たな・・・1時にベッドに入ったから・・・6時間寝れたってことか・・・よかったよ・・・―

 ドンドン!また誰かがドアをたたく音が聞こえる。

―誰だよ・・・―

 想太郎はゆっくりとベッドから起き上がり、ねぼけまなこをこすりながらドアに向った。

―ああ・・・白衣のまま寝ちゃったんだな・・・―

 白衣のしわをなおし、はねた髪をちょっとおさえながらドアを開けるとそこに立っているのは高沢友里だ。

―なんだ?友里っぺか。そうだ・・・昨日はこいつを・・・もう少しで抱きしめるところだったんだよ・・・あー惜しかったよな・・・―

「おはよ。尾形センセ!」

 友里は明るい声で挨拶した。

「ああ・・・おはよう。なんだ?急患か?」

 想太郎は目やにのついた目をこすりながら答えた。

「そうじゃないのよ。どう?よく眠れた?夜中に患者さん来なくてよかったわね」

「ああ・・・おかげでぐっすり眠れたよ」

「なんか・・・くさくない?この部屋・・・」

「え?そうか?」

―元の身体に戻ってからずっと屁が出っ放しだからな・・・そりゃくさいでしょ―

「まあいいわ。それでね・・・ちょっとお願いがあるんだけど・・・」

―あーわかったよ・・・きっと万太郎の連絡先でも教えてくれって言うんだろ?昨日はあんた、完全に舞い上がっちゃってたからな―

「万太郎先生の連絡先、教えてもらえないかな?」

 友里はちょっと恥ずかしそうに下を向きながら言った。

―ほら来たよ。連絡先も何も、万太郎はあんたの目の前にいるんだけどな―

「連絡先?ああ・・・それが・・・俺もよくわからないんだ・・・」

 想太郎はちょっと困った顔で言った。

「わからない?だっていつも連絡とってるじゃないの。携帯の番号知ってるんでしょ。もったいつけずに教えて!」

 友里はちょっと強い口調で今度は想太郎の顔をじっとにらんで言った。

―あらあら・・・こりゃあかなり本気だよ・・・どうするよ。携帯なんて俺の番号といっしょに決まってるじゃないの―

「それが・・・あいつ、携帯は持ってないんだよ。連絡先だって俺にも言わないんだ。たまに俺のうちにやってきて親父の手伝いをしてるようなんだけどその時しか俺にも連絡取れないんだよ。あいつ束縛(そくばく)されるのが超嫌いなんだよ」

―あー苦しいよな・・・いまどきそんな奴いないって・・・―

「そうなの・・・束縛されたくないの・・・なんとなくわかる気がする・・・」

―あれえ?あんた万太郎のことになるとえらく素直じゃないの。何でも許しちゃうのね?―

「じゃあ・・・今度万太郎先生が尾形先生のうちに来たら私に連絡して!夜中でもいいから!」

―えー!冗談じゃないよ!それはちょっと・・・無理じゃないかなー―

「いや・・・それはまずいよ。だって・・・だってさ・・・あいつプライベートな時間を邪魔されるの一番嫌いなんだよ。俺が電話するときだってすんごい、すーんごい頼み込んで来てもらってるんだぜ!だから・・・そんな・・・無理に連絡したりしたら絶対まずいって。嫌われちゃうよ」

「そうなの・・・じゃあ・・・病院に来た時でいいわ。私がいない時でも、もし万太郎先生が病院に来たら連絡ちょうだい。これ・・・私の携帯番号・・・」

 友里はポケットからメモ用紙を取り出して想太郎に手渡した。

―あんた・・・本当に準備がいいよ。病院に来た時?ひょっとして病院で昨日の続きをやろうってーの?あー昨日は本当に惜しかったよな・・・―

「わかったよ。友里っぺ・・・」

―あ・・・しまった!―

「友里っぺ??何であんたにそんな呼び方されなきゃいけないのよ!ちょっと馴れ馴れしすぎない?私、仕事あるからもう行くね。でもお願いよ。連絡ちょうだいよ!」

 高沢友里は想太郎をにらんでまくし立ててからそそくさと勤務に戻っていった。

―あらら・・・「あんた」と来たもんだ。尊敬してる尾形先生にその言い方はないんじゃないの?万太郎先生に告げ口しちゃうよ、友里っぺ・・・。それにしても・・・昨日はあんなに素直でかわいかったのにな・・・女ってこわいよな・・・男しだいでどうにでもなるってこと?―

   *腹部エコー検査*

―あーあ・・・当直明けはかったるいよな・・・まあ昨日はよく眠れたからいつもよりはましだけどな・・・今日の午前中は腹部エコー検査で、午後からは病棟回診だよな。今からまだ10時間も働かなくちゃいけないんだよ。労働基準局は何やってるんだ?―

 朝食をとった想太郎はそんなことを考えながらエコー室に向って歩いていった。その日の腹部エコー検査はあまり患者の数は多くなく、想太郎はゆっくりとマイペースで検査を進めて行った。

―あー今日は楽だよ。こんな仕事なら毎日でもいいって・・・実を言うと俺は腹部エコーはちょっと得意なんだよね。第一患者さんが辛くないっていうのがいいよ。ゆっくりと検査できるからな。胃カメラみたいに患者さんが辛い検査は俺もプレッシャーがかかってあせっちゃうんだよ。そういえば親父も言ってたよな・・・俺にはマイペースでする仕事が合ってるって・・・さすがよくわかってるよ。これから内科やめてエコーだけの仕事にしちゃおうかな?そしたら重症や難しい病気なんて診なくていいじゃないの。でも患者さんと話ができなくなるのもちょっとさみしいかな?―

「次で最後?あ・・・病棟の患者さんか・・・ストレッチャーなのか?土田さん・・・」

 想太郎はエコー室から外へ出て患者の名前を呼んだ。

「はい」

 患者を連れてきた病棟の看護師が返事をしてストレッチャーに乗った患者をエコー室に運んだ。

「土田愛子さんです。脳梗塞の既往があって右半身(みぎはんしん)麻痺(まひ)と言語(げんご)障害があって・・・ストレッチャーのままでお願いできますか?」

「ああ・・・いいよ。なに?PTCD(経皮経管胆道ドレナージ)をするの?」

「はい。閉塞性黄疸(へいそくせいおうだん:胆管が閉塞して胆汁が腸管に流れず、血液中に流れ込んで黄疸になる)で3日後にドレナージ予定なんですが、腹水がないかどうかと胆管の拡張の具合を確認しておいてほしいとのことです」

―確かにこの患者さん、黄疸で皮膚がまっ黄色だよ。閉塞性黄疸?じゃあ・・・総胆管癌(そうたんかんがん)か膵頭部癌(すいとうぶがん)ってことだよな・・・ああ・・・主治医は滝本先生じゃないの。総胆管癌って書いてあるよ―

 検査依頼書を見ながら想太郎は検査の準備をした。

―どれどれ・・・腹水だって?腹水は・・・ないよな・・・これくらいは俺だってわかるよ。ふーん・・・確かに胆管がえらく拡張しているじゃないの。カルテは・・・と・・・熱はないけど炎症反応が陽性だよ。じゃあ胆管炎をおこしてるってことね。こりゃあドレナージしないとな。PTCDか・・・こうやってエコーで見ながらこの拡張した胆管に針を刺してドレーンを入れるんだよな・・・俺も2-3回見たことはあるけど、難しそうだよな。俺には当分そんなことはできそうにないよ―

 そんなことを考えながら想太郎は検査を進めていった。

   *諸星の苦悩*

「なあ想太郎」

「なんだ?」

 ナースセンターでカルテを記載していた想太郎に後から諸星渡が声をかけた。

「昨日も来たんだって?万太郎とか言う奴」

「ああ・・・それがどうかしたか?」

「今度俺に会わせてくれないか?そいつ・・・」

―なんだよ、諸星。何でお前が万太郎に会いたがるんだ?この前からちょっと変じゃないの?―

「いいけど・・・いつくるかわからないぜ。でも何でお前がそんなに万太郎のことを気にするんだ?」

「別に気にしてるってわけじゃないけどな・・・なんとなくな・・・おまえ、そいつの写真持ってないのか?」

「写真?」

「いっしょに撮ったプリクラでもいいよ」

―プリクラ??何考えてんだ?こいつ。そんなもんあるわけないじゃん―

「そんなもんあるわけないじゃねーか」

「ずいぶん・・・いい男らしいな」

―わかんねー。こいつの考えてること全くわかんねーよ。万太郎がいい男だったらなんだ?お前も惚(ほ)れちまうのか?そんな趣味あったのか?諸星よ―

「お前・・・何考えてんの?」

「いや・・・いいんだ。ちょっと気になっただけだよ」

 そう言いながら諸星はあわててナースセンターをあとにした。

    *3日後・・・え?綾乃がPTCDをするって?*

「え?あの患者さん、綾乃がPTCDをするのか?」

 食堂で綾乃といっしょに食事を取っていた想太郎がびっくりして聞いた。

「そうよ。私もまだ自分で刺すのは3例目だけどね。滝本先生が丁寧に教えてくれるから大丈夫よ。」

「じゃあ・・・俺今日は時間あるからちょっと見学させてもらっていいか?」

「いいわよ。ばっちり一回できめてみせるからね」

 綾乃は新しいことができるようになっていくのがうれしくてたまらないらしい。食器のトレイをかたづけて意気揚々として更衣室に出かけていった。

―滝本隆一。35歳。身長176cm。体重68kg。大学時代は野球部のエースとして活躍したそうだ。現在は消化器内科専門医としてこの病院の消化器疾患を一手に引き受けている。4日前に長女が生まれてパパになったばかりだ。それほどイケメンというわけではないが目鼻立ちはすっきりしていて好感が持てる外見。結婚するまではずいぶんもてたんだろう。消化器内科医としての技量も充分で性格も温厚。患者やナースの受けもいい。仕事のできない俺にも色々と気を使ってくれて手取り足取り教えてくれる。俺が胃カメラをする時もいつもつきっきりで指導してくれている。ありがたい兄貴のような存在だ。

―でもな・・・俺にはちょっと気に食わないところがあるんだぜ。それはな・・・あんた・・・綾乃に色目使ってるだろ?俺、知ってるよ。あんたは綾乃を指導するふりしてチラチラといやらしい目で綾乃を見てるじゃないか。綾乃はそんなこと多分気づいちゃいないけどな。奥さんが出産で実家に帰ってる時だって綾乃を誘うタイミングを見ていたんじゃないの?俺は綾乃のことはずっと見てるからよくわかるんだよ。まあ・・・綾乃は奥さんがいる男に付き合うような馬鹿じゃないからあんたがいくら狙っても無駄だと思うけどね・・・(でも俺よりは確率高いかもな・・・)―

「そうだ、綾小路先生。その辺でいいんじゃないか?そこに麻酔をするといい。今日は君が一人でやってみてくれ」

 滝本医師がエコーの画面を見ながら綾乃に言った。

「はい」

 エコーのプローブを患者の右側腹部(そくふくぶ)に当てながら綾乃が答えた。そして右手に麻酔薬の入った注射器持ってそれを患者の皮膚に刺した。そして麻酔薬をゆっくりと注入していった。レントゲン透視室のガラス窓の外から想太郎はじっと綾乃を見つめていた。

―あー・・・すごいよな・・・綾乃は・・・もうこんな事まで任されてるんだよ―

「そうだ。それでいい。次はそこをちょっと切開してモスキート鉗子(かんし)で周りを剥離(はくり)していくんだ。」

「はい」

―いいよな・・・滝本先生は。こうやって綾乃を直接指導できるんだからな。綾乃もきっとあんたを信頼しきってるよ。でも、だからといって綾乃があんたになびくわけじゃあないけどな。俺も・・・万太郎になったらこうやって綾乃といっしょに・・・いや・・・綾乃は万太郎が嫌いなんだったよな―

「そうだ。それくらいでいいな。さあ、穿刺(せんし)だ。」

「はい」

 綾乃はちょっと緊張した顔つきで穿刺針(せんししん)を手に取った。

―さあ。いよいよ穿刺だよ。さすがの綾乃もちょっと緊張してるよ。でも・・・本当にきれいだよな・・・綾乃って・・・。今は帽子とマスクをしていてメガネごしに目だけしか見えないけど・・・こんなきれいな女医さんが後輩だったらあんたが手を出したいって気持ちもわかるよ、滝本のあんちゃん・・・。俺はね、実はあんたになら綾乃を任せてもいいって思ったこともあったんだぜ。ただあんたが独身なら・・・だけどね。でも子持ちになっちゃったらな・・・もう綾乃のことはあきらめてもらうしかないよな―

 その時、想太郎の横の電話がなった。そばにいた看護師が電話を取った。

「はい・・・わかりました!滝本先生!沢山さんが・・・急変して心肺(しんぱい)停止です!すぐ病棟へ行ってください!」

 看護師が大声で叫んだ。

「何だって?沢山さんが?」

 滝本は動揺して答えた。そしてほんのわずかな時間、黙って前を見つめていた。

「綾小路先生」

 滝本が綾乃のほうを見つめてゆっくりと口を開いた。

「はい」

 綾乃が不安そうな声で答えた。

「すまないがここからは君一人でやってくれないか?」

 滝本は手袋をはずしながら申し訳なさそうに言った。

「・・・はい・・・」

 綾乃はちょっと間をおいて静かに答えた。

「すまない。でも君ならもう、一人でもできるよ。大丈夫だ」

 滝本は綾乃の肩をたたいてそう言いながらあわてて病棟へと向った。

―おいおい!大丈夫かよ!いくらなんでも綾乃はまだ3年目なんだぜ。PTCDだってこれが3例目なんだよ。そんな綾乃に任せちゃっていいのかよ?日を改めたほうがいいんじゃないの?―

 しかし綾乃は左手に超音波のプローブを持ち、右手に穿刺針を持ちながら大きく深呼吸して患者のほうに向き直った。

―やるってーの?綾乃。本当に・・・大丈夫か?―

 想太郎の心配をよそに綾乃はプローブを患者の身体に当てながら穿刺の位置を決めようとしていた。そして左手の動きを止めた綾乃は右手に持った穿刺針を先ほど自分があけた皮膚の穴にほんの少し刺した。綾乃はエコーの画面を慎重に見ながら針をすすめるタイミングを見計らっていた。

「土田さん。少し息を止めてください」

 綾乃は患者にやさしく言った。しかし患者は少々認知症の傾向があり、綾乃の指示に従えるような状態ではないようだ。呼吸は止まらず、エコーの画面は患者の呼吸に合わせて動いており、目標である胆管は見えたり隠れたりしていた。綾乃は穿刺針をすすめるタイミングをなかなか決めることができないようだ。

―大丈夫か?綾乃。あー俺がPTCDができたらなー・・・今すぐにでも飛んで行って綾乃といっしょに・・・そうだ!今、万太郎に変身すればいいじゃないか!でも、綾乃は・・・万太郎に敵対心を持ってるからな・・・綾乃がとても万太郎の言うことを聞くとは思えないよ・・・―

 綾乃は意を決したように大きく深呼吸をしてエコーの画面をじっと見つめながら一気に右手に持っていた穿刺針をすすめた。

―やった・・・刺したよ・・・どうだ?胆管に入ったのか?―

 綾乃は左手に持っていたエコーのプローブを手放し、すばやく穿刺針に注射器を接続して吸引した。針が胆管に入っていれば胆汁(たんじゅう)が吸引されるはずだ。しかし・・・注射器には何も吸引されない。

 はずれたのだ・・・綾乃が刺した針は胆管には刺さっていなかったのだ。綾乃はあきらめて針を引き抜きもう一度エコーのプローブをあてて胆管を確認しようとした。その額には汗がうっすらとにじんでいる。表情は帽子とマスクごしではっきりとは読み取れないがいつもの綾乃にくらべると動揺の色が見える。

―やばいよ・・・綾乃のやつあせってるよ。大丈夫か?―

 綾乃はしばらくエコープローブを色々な角度から患者に当てて最適な穿刺部位を確認しようとしていたが意を決したように再び穿刺針を右手に取った。そしてエコーの画面をじっと見つめて穿刺の準備に入った。しかし患者が呼吸を止めることができないため目標とする胆管がうまく同定できない。

「土田さん!息とめてください!」

 綾乃はさっきよりちょっと早口で強めの口調で言った。

―だめだ・・・綾乃、いつもの冷静さをなくしてるよ・・・―

 しかし患者の呼吸は止まらない。綾乃は自分で大きく深呼吸して画面をじっと見つめた。

―また刺すのか?頑張れ!綾乃!―

 想太郎もエコーの画面を食い入るように見つめた。その次の瞬間綾乃は自分の呼吸を止め、穿刺針を患者の体の中にすすめた。エコーの画面では針が肝臓の中をすすんでいくのが見えた。

―どうだ?入ったのか?―

 綾乃はプローブを持った手を離し、ちょっとあわてて穿刺針に注射器をつないで吸引した。

―ひけてこい!胆汁!―

 しかし綾乃や想太郎の願いとは裏腹に注射器からは何も吸引されてこない。綾乃はあきらめて針を抜いた。その額には大粒の汗が流れ落ちていた。手は小刻みに震え今は誰の目にも綾乃の焦りが見てとれた。綾乃は右手に持っていた穿刺針を台の上に無造作に放り投げるとプローブを右手に持ちなおし患者の身体に当てた。そして再び適切な穿刺部位を探しはじめた。

―綾乃・・・だめだよ。もうやめようよ・・・―

「バイタル教えて!」

 プローブを必死で操作しながら綾乃はそばにいた看護師に聞いた。

「血圧134の64。脈拍80回。酸素飽和度100%です!」

 綾乃は何も答えずただじっと画面を見つめ、目標を探し続けた。

―無理だよ・・・綾乃・・・合併症はなさそうだ。今ならまだ大丈夫だよ。また日を改めればいいじゃないか・・・―

「・・・綾乃・・・また、今度にしたら?」

 想太郎は聞こえるか聞こえないかわからないくらいの小さな声で綾乃に言った。しかし綾乃はその言葉には耳を貸さず一心不乱にエコーの操作を続けた。

―・・・綾乃・・・―

 心の中でそうつぶやいた想太郎は意を決したように部屋を飛び出した。

―待ってろ!綾乃!俺が・・・俺が助けてやる!―

 誰もいないトイレに駆け込んだ想太郎はポケットからウルトラアイを取り出し一気に装着した。その瞬間想太郎の身体は青白い光に包まれた。光が消えた瞬間に彼は飛び出し、綾乃がいる検査室に一目散に向った。

 第3話(2/2)に続く

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2008年10月14日 (火)

スーパーDr.うるとら万太郎:第2話(3/3)

スーパーDr.うるとら万太郎:第2話(3/3)

   *そして大腸ファイバー・・・だよ*  

 内視鏡室では高沢友里が患者の左側を下にして横向きに寝かせ、ファイバーの最終点検をしていた。

 ここで点滴が患者の右手に入っていることが意味を持ってくる。通常点滴は利き腕の反対側の左から入れることが多いが、内視鏡検査を受けるときは左下(ひだりした)側臥位(そくがい)になる。左手に点滴が入っていると体の重みで左腕の静脈が圧迫されて点滴がうまく滴下できなることがある。高沢友里は最初から大腸ファイバーを行うことを想定してわざわざ右手に点滴を行ったのだ。

 こんななにげないところにも医師や看護師の技量が現れてくるものだ。もちろん想太郎はそんなことは全然気づいていないが・・・。

「お願いします!万太郎先生」

友里は大腸ファイバーを丁寧に万太郎に手渡した。

「ああ・・・」

 万太郎は無愛想(ぶあいそう)に返事をしながら受け取った。

―これが大腸ファイバーか。初めてさわったよ。上部消化管ファイバー(胃カメラ)に比べるとちょっと太くて長いよ。大丈夫か?万太郎・・・―

 不安げな想太郎にはお構いなしに万太郎はファイバーにすべりをよくするゼリーを塗って患者の肛門に挿入し画面を見つめた。

―わ・・・真っ赤じゃないの・・・こりゃあかなり出血してるよ。こんな中を盲腸まで進められるのか?今からでも遅くないから輸血の準備しようよ・・・―

 すべての消化管内視鏡はその操作部分を左手に持ち、細長いファイバー部分を右手で保持する仕組みになっている。その操作部分にはファイバーを上下に曲げるハンドルと左右に曲げるハンドルがついており、左手の指で二つのハンドルを操作しながら先端の向きを調節する。

 上下角度を調節するハンドルはやや大きめで指の近くに位置しているので初心者でも操作は容易にできる。しかし左右角度を調節するハンドルは小さくて離れた位置にあるのでかなり慣れないと左手1本では操作できない。そこでやむを得ず右手を使うことになるが、右手をファイバーから離すとせっかく挿入したファイバーが抜けてきたり、角度が変わったりする。

 大腸ファイバーを操作するときは右手でファイバーを保持しながら左手一本で上下左右の角度を調節できることがスムーズな挿入には欠かせない。もちろん想太郎にはそんなことはとうてい無理だが、万太郎は左手で上下左右のハンドルを操作しながら上手に角度を調節して右手に持ったファイバーを左右にひねりながら少しずつ挿入していった。

―すごいよ・・・万太郎・・あんた、なにやらせても上手だねー。こんな真っ赤な血の海の中でよく先が見えるよ―

 内視鏡は光を当てて大腸の内部を観察するわけだからファイバーの先端が大腸の壁にくっついているときは画面には何も見えない。また、先端が腸液や血液に埋まっているときも何も見えない。必ずファイバーの先端には空気が存在することが必要で、そのため左手で送気スイッチを操作すればファイバーの先端から空気が送り込まれるようになっている。

 しかし胃の内視鏡検査と違って大腸内視鏡検査の場合この送気というのがくせもので空気を入れれば入れるほど内部はよく見えるようになるが、まがりくねった腸の一部分にだけ空気が充満してしまい、その奥へつながる内腔が見えなくなってしまう。

 だから大腸内視鏡を挿入するときには送気を最低限にとどめる必要があり、これが操作をさらに難しくする。胃の内視鏡検査はちょっと慣れればほとんどの医師ができるようになるが大腸内視鏡検査は熟練するまでにかなりの年月とセンスを要するのだ。

 万太郎はほとんど真っ赤か真っ黒な画面を見つめながらほんの0コンマ数秒間だけ送気ボタンを押して内腔を確認しながら左手でハンドルを小刻みに操作して手際よくファイバーを進めて行った。

 隣では高沢友里が画面と万太郎の顔を交互にうっとりとした目で見つめていた。

「ここだな。」

 ファイバーが1mほど進んだ所で万太郎は手を止めた。画面にはさっきよりも鮮明な赤い血液が充満していた。赤いということは出血して間もないということで、出血源がこの近くにあるということだ。

―えー!うっそー!もう盲腸まで行っちゃったの?おいおい・・・まだはじめてから5分もたってないじゃないの。あれ?高沢友里よ、あんたなんて顔してるの?ハトが豆鉄砲食らったようにぽっかり口をあけちゃって・・・そりゃそうだよな。こんな血だらけの大腸の中をものの5分もかからずにで盲腸まで行っちゃったんだからな。誰だってびっくりするよ―

「あおむけにしろ」

 万太郎が画面を見ながら友里に言った。

「え?は・・・はい!」

 友里はあわてて患者を仰向けにしてひざを立たせた。

「もう少しですからね。頑張ってくださいね」

 そして患者にやさしく話しかけながら患者の足を万太郎が操作するファイバーの邪魔にならない位置に置いた。

 患者の体が仰向けになれば当然大腸も仰向けになる。すると今まで血液で埋まって見えなかったところが見えてくるというわけだ。万太郎はファイバーの吸引ボタンを小刻みに押しながらたまっている血液を吸引した。するとその中から真っ赤な血液が拍動するように噴出されるのが見えてきた。

―ここだよ!ここ!血が出てるよ!早く止めようよ!万太郎!―

「まだ出ていやがる。クリップをくれ」

「はい!」

 万太郎が静かな声で指示すると友里は準備してあった止血クリップが装着された細長いカテーテルを万太郎に渡した。万太郎はそのカテーテルをすばやく内視鏡の鉗子孔(かんしこう)から挿入してファイバーの先端へ送った。画面には止血クリップを装着したカテーテルが顔を出した。

「出せ」

「はい」

 万太郎が無表情で指示すると友里がカテーテルを操作した。すると画面ではクリップの本体がカテーテルの先端から顔を出すのが見えた。

「開け」

「はい」

 閉じていたクリップが足を開くように開がり、準備が整った。あとはこのクリップを出血している血管に押し付け、足を閉じて血管をはさみ込めば終了だ。

 しかし止血処置というものはそれほど簡単なものではない。出血が続いている中で血管の位置を正確に把握することは至難の業であり、その位置が確認されたとしても適切な部位と角度にファイバーを操作できなければうまく血管をはさめない。さらに腸管には蠕動(ぜんどう)がありひっきりなしに動いているのだ。

 万太郎はファイバーを握っていた右手を離し、クリップをつけたカテーテルをつかんだ。そしてじっと画面を見つめた。その時想太郎の目の前にまた文字が浮かんできた。

<目標血管ロックオン。蠕動周期16.5秒。最大移動幅38mm。角度補正水平+2度。垂直-3度。>

―なんだ・・・・?こりゃあ万太郎の思考過程だよ。万太郎が蠕動運動の周期を読んでクリップをかける位置とタイミングを決めてるんだ―

「おい。あんた」

 万太郎は画面から目を離さずに友里を呼んだ。

「はい」

 友里が緊張した声で答えた。

「俺が閉じろといったらすぐにクリップを閉じろ。一瞬の間もおくな」

「はい!わかりました」

「閉じろの『と』が聞こえたらすぐにだ」

「はい!」

 友里は緊張して汗でぬれた両手でクリップカテーテルの操作部分をしっかりと握り、画面を見つめた。そして全身を耳にしてじっと万太郎の言葉を待った。

 ほんの少しの間の沈黙の後、万太郎は目をカッと見開き右手に持ったカテーテルを一気に病変部に押し付けた。

「閉じろ!」

「はい!」

 友里は返事をすると同時に両手でカテーテルのハンドルを思い切り握った。

 バチン!

 万太郎(想太郎)と友里は画面をじっと見つめた。

―止まったのか?―

 画面の中では放出されたクリップが血液の海の中で揺れているのが見える。万太郎はたまっている血液を吸引ボタンを押して吸引していった。するとその中からクリップにはさまれた肉片の断端が顔を出した。3日前に切除されたポリープの断端だ。そして出血は・・・見事に止まっている。

―やったー!止まったよ!完璧!すごいよ。万太郎!―

「ふん。止まったな」

 万太郎はちょっと鼻で笑いながらその周囲を観察していった。他の出血源がないかどうかを確認しているのだ。

―えっと・・・時間は・・・おいおい・・・まだ始めて10分しかたってないじゃないの!本当に10分で止めちゃったよ!なんて奴だ―

「すごい・・・一発で止まりましたね」

 友里もうれしそうに万太郎に話しかけた。

―あんたもよくやったよ―

「よくやった」

 万太郎がちょっと微笑みながら友里の顔を見て言った。

―え?―

「そんな・・・」

 ほめられた友里は本当にうれしそうに微笑みながら万太郎の顔を見つめた。その大きな瞳からはうっすらと涙がこぼれていた。

―万太郎が言ったのか?「よくやった」って・・・俺が思ったことと同じことを万太郎が言ったのか?俺の意思が万太郎に反映されたってこと?親父が言っていた、だんだん俺が思ったとおりに万太郎が動くようになるってこういうことなのか?―

「佐々木さん。出血止まりましたよ。もうすぐ終わりますからね。よかったですね」

 友里は手で涙をぬぐいながら患者にやさしく話しかけた。

 新たな出血がないことを確認した万太郎はゆっくりとファイバーを抜きながら大腸を観察していった。

―ご苦労さん、万太郎。あんた、また患者一人助けたね。多分滝本先生がやったらこんなにスムーズにいかなかったよ。いや。誰がやってもあんたにはかなわないよな。あんたは究極のスーパードクターだよ。それから高沢友里、あんたもえらいよ。内視鏡のサポート完璧じゃないの。それにこんなに素直な友里は初めて見たよ。その涙をぬぐう姿、かわいすぎるじゃないか。俺、友里っぺに・・・惚れちゃったかもしれないよ・・・(惚れてまうやろー!!)―

「終了」

 万太郎は患者の肛門からファイバーを引き抜いた。

「あとは頼む」

 そしてそう冷たく言い放って内視鏡室を後にした。想太郎は窓ガラス越しに内視鏡室の中を見つめた。

―あー万太郎・・・もうちょっと友里っぺを手伝ってやりなよ。患者の世話とか後かたづけとか・・・まだ時間はあるんだしさ・・・一人でやらせちゃあかわいそうじゃないの・・・え?あいつ・・・なんてうれしそうに仕事をしてるんだ?あんなにニコニコして鼻歌混じりじゃないの。万太郎に『よくやった』って言われたのがそんなにうれしいわけ?あーあ・・・もう完全に舞い上がっちゃってるよ―

 そんな高沢友里を横目で見ながら想太郎(万太郎)は医局へと向った。

    *万太郎の力*  

 誰もいない医局のソファに座りながら想太郎(万太郎)はじっと天井を見つめていた。

―万太郎になったのが11時20分だから・・・あと15分くらいこのままでいられるよな― ―

 今の俺は誰が見ても万太郎だよ。でも手も足も俺の思うとおりに動いてる。それが患者の前じゃあ全く俺の自由にならないんだ。どうやったら患者の前で万太郎を俺の意思どおりに動かせるんだ?―

 想太郎(万太郎)は自分の手足を見つめながら考えた。

―多分、万太郎は患者を助けるために一番いい方法を選択するんだ。俺の考えた行動がそれに反するものならば万太郎は動かない。俺が輸血をしようとか、大腸ファイバーなんかやめようとか思ってもCUPID(キューピット)がそれが患者のためにならないと判断すれば俺の意思は打ち消されてしまうわけだ。でも俺が高沢友里のことを「よくやった」って思ったとき万太郎も「よくやった」って言ったよな。あのときは俺の意思が患者を助ける妨げにならなかったからだよ、きっと・・・。友里っぺをほめてやれば患者の看護もスムーズに行くからな。じゃあ・・・俺が患者を助けるために必要な選択をすれば万太郎は俺に従うってことか。俺が最適な治療を判断できれば万太郎は俺の言うとおりに動くのか?―

 想太郎(万太郎)はじっと考え込んだ。

―何言ってんだよ・・・それができれば苦労はないじゃないの。たとえ目の前にCUPIDの思考過程が現れたって俺が最適な治療を判断できるようになるにはすーんごい、いーっぱい勉強しなきゃいけないじゃないよ。あーそんなこと俺には出来ねー!―

 想太郎(万太郎)はあきらめてソファに仰向けになって天井を見つめた。

―でもさ・・・それができたら・・・すごいよな・・・あの万太郎が俺の意思で動くようになるんだぜ。「俺が閉じろといったらすぐにクリップを閉じろ!いいな!」なんて友里っぺに言ってみたいよな・・・―

 その時、医局のドアを誰かがノックした。想太郎(万太郎)はあわてて身体を起こしてドアを見つめた。

―誰だ?今頃・・・げげっ・・・高沢友里じゃないの!何であんたがここに来るの?―

「あの・・・万太郎先生・・・ちょっとよろしいでしょうか?」

―よろしいも何も、あんたもう医局に入ってるじゃないよ―

「ああ・・・」

 想太郎(万太郎)はわざとつっけんどんな口調で答えた。

―やっぱり今は俺の思ったとおりに万太郎が動くよ。じゃあ怪しまれないように言葉の使い方に気をつけないとな・・・万太郎は高沢友里なんか相手にしてないんだからな―

「あの・・・今日は本当にありがとうございました。こんな夜中に来ていただいて・・・」

 友里は丁寧に頭を下げて挨拶した。

「ああ。出血が止まってよかったな」

 想太郎は万太郎の言い方をまねてゆっくりと低い声で答えた。

「はい。でも万太郎先生ってすごいですね。この前だってあんなむつかしい患者さんをさっと診断しちゃうし、処置も早くて完璧です」

 友里は尊敬のまなざしで万太郎を見つめた。

「ふん。あんなものはなんでもない」

―こんな感じ?万太郎の言い方―

「いえ・・・本当にすごいです・・・それで・・・あの・・・」

 友里はちょっと口ごもった。

「なんだ?」

「あの・・・万太郎先生・・・付き合っている人とか、おられるんですか?」

 友里は顔を赤らめてちょっと下を向いて小声で聞いた。

―あー言っちゃったよ・・・友里っぺ・・・あんたついに言っちゃったね。どうする万太郎。なんて答えるんだよ。それにしても・・・なんてかわいいんだ?今日の高沢友里・・・。綾乃にゃあ悪いけど今俺の中じゃあ一番が高沢友里、0.5ポイント差で綾小路綾乃ってとこかな?―

「そんなやつは・・・いない」

―あー俺も言っちゃったよ。大丈夫か?こんなこと言って・・・ほんとに舞い上がっちゃうよこの人―

「本当ですか!すみません!馬鹿なこと聞いて・・・あの・・・失礼します!今日はありがとうございました!」

 友里はもう一度深々と頭を下げた。

「・・・あんた・・・」

「友里です。高沢友里」

「ああ」

―知ってるって、友里っぺの名前くらい―

「あの・・尾形想太郎をあんまりいじめないでやってくれないか?俺の大事ないとこなんだ」

「いじめるなんて・・・とんでもないです!私、尾形先生も尊敬しているんです。万太郎先生に比べたらちょっと頼りないけど患者さんにとてもやさしいでしょ」

―あらあら・・・『尊敬』と来たよ。どの口からそんな言葉が出てくるの?年上に為口(ためぐち)きいてる友里さんよ―

「そうか。まあ想太郎のことよろしく頼むよ」

 そう言いながら想太郎(万太郎)は右手を差し出した。高沢友里はちょっとびっくりして、そしてうれしそうにゆっくりとその手を握った。

―あったかいよ。友里っぺ。初めてだよあんたの手を握るの。それに思ったより小さいんだな・・・あー俺、なんかキューンときちゃったよ。このまま抱きしめちゃおうかな?―

 友里は万太郎の手を握りながら下を向いてじっとしている。そのときめく胸は早鐘のように鳴っていた。

―あー友里っぺ・・・あんた完全に受け入れ態勢だね・・・もう・・・いっちゃえ!―

 想太郎(万太郎)が友里の手を引き寄せようとした瞬間・・・

―あ・・・いかん・・・腹が・・・・・・やばい!時間だ!―

 想太郎(万太郎)は友里の手をぱっと離すとあわててドアに向った。

「すまない!時間がないんだ!」

 そう言いながら想太郎(万太郎)は医局を飛び出すように駆け出していった。

―医局の前のトイレじゃまずいよな。向こう側の図書室の前までいかないと・・・。いくらガスだけだって言ってもあの勢いじゃあ一緒に中身が出ないとも限らないじゃあないの!この歳になって糞ちびりだけはごめんだぜ!あー・・・間に合うのか?―

 想太郎(万太郎)はさっきの色男の面影のかけらもないような本当に情けない顔をして腹を押さえながら一目散にトイレへと向った。

 後に残された友里はちょっと呆然(ぼうぜん)としながら、それでも万太郎に握られた右手を大事そうに左手でささえた。そしてゆっくりと両手を自分の胸にあてて目をつむって幸せそうに微笑んだ。

 (第2話 終わり)第3話(1/2)へ続く

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2008年10月13日 (月)

スーパーDr.うるとら万太郎:第2話(2/3)

スーパーDr.うるとら万太郎:第2話(2/3)

    *今度は消化管出血だ!*

 その日の当直はびっくりするくらい患者がこなかった。想太郎は7時頃に風邪(かぜ)の患者をひとり診(み)ただけであとは呼ばれることもなく医局でぼんやりとずっとサッカー中継を見ていた。

―あー今日はいい日だなー。もう11時か?こんな当直なら毎日やってもいいよな。今晩は朝まで誰も来ないような気がするよ。もう寝ちゃおうかな?その前にちょっと高沢友里の顔でも見てくるか―

 想太郎は誰もいないひっそりとした廊下を「よしよし」とうなずきながら通り、救急室のドアを開けた。

「あら?尾形先生。どうして救急車が来るのわかったの?今電話しようと思ったのに・・・」

―げげげっ!なんだって!それはないだろう?―

「な・・な・・・何が来るんだ?」

「下血(げけつ)よ。げ・け・つ」

「下血?ひどいのか?」

「さっき突然赤黒い血がたくさん出てびっくりして救急車を呼んだらしいわよ」

「そりゃあ・・・尻から血が出たら誰だってびっくりするだろうよ・・・でもそれって・・・痔(じ)じゃないの?」

「なに言ってんのよ?あんた医者でしょ?痔の出血だったら真っ赤に決まってるじゃない。赤黒いってことはある程度奥のほうから出血したってことよ」

―そうだよな・・・あんたの言うとおりだよ。俺だって医者のはしくれだからそんなことくらいわかってるよ。でも希望を持ちたいじゃないの。痔だったら座薬(ざやく)でも出して『はい、明日外科に来てちょうだい』って終われるだろ?痔じゃなくってもっと奥からの出血なら、へたしたら緊急で大腸ファイバーをやらなくっちゃいけないじゃないの。俺は自慢じゃないがそんなもんしたことないよ―

「実はこの患者さん3日前に大腸のポリペクトミー(ポリープ切除術)を受けてるのよ」

「ポリペクトミー?」

 想太郎は急に明るい声になって聞き返した。

「じゃあ・・・消化器内科の滝本先生が大腸ファイバーをしたってこと?」

「そうよ」

―やったぜ!こりゃあポリペクトミーの合併症じゃないの!そうじゃなくても大腸ファイバーをして3日後に下血したらまず術者が診なきゃな。こりゃあ直接滝本先生に電話すりゃいいじゃないの―

 どんな手術や処置でもそうだが、その合併症と思われる疾患が発症した場合は通常はそれを行った医師が診療に当たる。別に文書で決められているわけではないがそれが医師の世界の不文律(ふぶんりつ)である。

 今から来る患者さんは3日前に消化器内科の滝本医師が大腸ファイバーをしてポリペクトミーをしたわけだから当然滝本医師に責任があるわけで、たとえ夜中であろうと呼び出しがあれば病院に来て診療すべきであろう。想太郎は明るい口調(くちょう)で高沢友里に言った。

「じゃあ・・・滝本先生を呼んでくれよ。多分ポリペクトミーのあとの出血だろ?」

「それが・・・滝本先生、今日奥さんが急に産気づかれて奥さんの実家に行かれたのよ。そんな日に呼び出しちゃいくらなんでもかわいそうでしょ?今にもお子さんが生まれるかもしれないのよ」

―げげげっ!そりゃあ・・・大変だよな・・・俺にはもちろん出産なんか無関係だけど、もし俺が綾乃と結婚していてあいつに今から子供が生まれるって言われたらあわてて飛んでくだろうな。そんな滝本先生を・・・呼べないよな・・・じゃあ・・・どうすんだよ!―

「じゃあ・・・どうするんだよ・・・俺は大腸ファイバーなんてできないぜ」

 想太郎はちょっと開き直って友里を問い詰めた。高沢友里はちょっと躊躇(ちゅうちょ)してから下を向いてゆっくりと言った。

「だからね・・・万太郎先生に・・・来てもらったら・・・どうかなって・・・」

―これかい!あんた最初からそのつもり?あー・・・そういう事・・・!滝本先生の奥さんが出産だっていうの本当なの?ひょっとして、全部作り話じゃないの??―

「どうかな?尾形先生?万太郎先生って今、尾形先生の家にいるんでしょ?病院の目の前じゃないの」

 友里はその大きな瞳でじっと想太郎を見つめておねだりするように甘えた声で言った。

「まあ・・・手があいてれば来てくれると思うけどね・・・」

「本当!じゃあ・・・呼んで!万太郎先生・・・」

 友里は両手を組んで拝むような格好をして本当にうれしそうな声を出した。

―はいはい・・・わかりましたよ。万太郎が来ればいいんだろ?俺がちょっとメガネをかければいいんでしょ?―

「わかったよ。呼んでみるよ。でもその代わり俺は親父の手伝いをしなくちゃいけないから家へ帰るぞ」

「どうぞどうぞ。真田先生に告げ口なんてしないから・・・朝までゆっくりしてきたら?」

 友里は明るく言い放った。

―そうかい。俺なんか用はないってことかい。わかったよ。でも万太郎が朝までゆっくりするわけにはいかないんだよ。万太郎がここにいられるのは1時間だけなんだからな―  

 医局へ戻った想太郎は机の引き出しからケースを取り出した。そしてケースを開けるとウルトラアイを手に持った。

―これをかければ俺はまた万太郎に変身できるわけだ。あれから1週間以上たってるから大丈夫だよな。でもここで変身するのはちょっと危険だな。誰が見てるかわからないからな。そうなると・・・やっぱり変身するのはトイレの個室だよ―

 想太郎はそうつぶやきながら医局の前のトイレへと向った。そして個室へ入ってゆっくりとウルトラアイを取り出した。

―さてと・・・これをかければ万太郎に変身できるんだけど、それじゃあなんか物足りないよな。昔からヒーローが変身するときは変身ポーズっていうものがあるじゃないの。俺も変身ポーズをやってから万太郎に変身しなきゃね―

 そんなことを考えながら想太郎は手を上げたり回したり交差させたりしていたが、どうもいいポーズが決まらない。

―・・・俺って・・・ばかか・・・?―

 思い直した想太郎はあきらめて右手にウルトラアイを手に取った。

―せめて左手は腰につけようか・・・―

 そうつぶやきながら想太郎は左手を腰において「一気に牛乳を飲むときのポーズ」をとった。

―さあ!変身だ!でも・・・声くらいかけような・・・―

「万太郎!」

 そう叫びながら想太郎は右手に持っていたウルトラアイをかけた。その瞬間想太郎の身体は青白く輝いた。そして体中に力がみなぎり、頭の中には宇宙が広がった。

―これだよ!これこれ!この感じ!あーすごいよ!―

 想太郎(万太郎)はトイレの個室を出て洗面所の鏡に向った。そこには澄んだ瞳にメガネをかけた、りりしい顔の男が立っていた。

―確かに・・・いい男だよな・・・高沢友里がぞっこんになるのも無理ないよ。お袋よ・・・なんで俺をこんな風に生んでくれなかったんだ?それよりなんで美人でお嬢さんのあんたがあの親父と結婚したんだ?俺には全く理解できないぜ・・・―

 想太郎(万太郎)はじっと鏡を見つめながら自分の姿に見とれていた。

―それにしても・・・顔はともかく筋肉までもりもりにする必要があるのか?親父の考えてることはやっぱりわからねー・・・―

 そんなことを考えながら想太郎(万太郎)は高沢友里が待つ救急室に向った。

 万太郎は救急室のドアを開けた。そこには高沢友里が大きな瞳をきらきら輝かせて待っていた。

「万太郎先生・・・来てくれたんですね・・・」

 友里はうるうるに感激した瞳で万太郎を見つめて言った。

―な・・・なんだよ。このハートマークの目は・・・あんた・・・マジにこいつに惚れてるね?―

「患者は来たか?」

 万太郎が聞いた。

「は・・・はい!この方です!佐々木信子さん65歳です」

 友里はベッドに横になっている女性のほうに万太郎を案内した。その右手にはすでに点滴がつながっている。

「患者さんは3日前に大腸ファイバーでポリペクトミーを受けておられます。さっき赤黒い下血があって救急車で受診されました。血圧は120と65です。今血液検査をしたところです。ヘモグロビンはえっと・・・9.6です」

 ヘモグロビンの正常値は12mg/dlくらいだからこの患者さんは出血により少々貧血になっているようだ。しかし現時点では輸血が必要なほどではなさそうだ。万太郎は仰向けになって不安そうに目をつむっている女性を見ながら高沢友里に言った。

「3日前・・・じゃあ多分ポリペクのあとの出血だな。画像を見せてもらおうか」

 万太郎はコンピュータが置いてある机に向った。

「はい!もう出してあります。見てください!」

 友里はうれしそうにコンピュータのマウスをちょっと操作して画像を出した。

―へー・・・さすがは高沢友里・・・ちゃんと準備してあるじゃないの―

 万太郎(想太郎)はマウスを操作しながらしばらくじっと画面を見つめていた。

―なるほど・・・これが滝本先生がやった大腸ファイバーの写真か・・・こんな大きなポリープをとったのか?全部で・・・3つかい?―

 その直後想太郎の目の前にメッセージが流れた。

<ポリープ1:部位―盲腸(もうちょう)。直径20mm。切除後出血の可能性17%。ポリープ2:部位―横行結腸(おうこうけっちょう)中央。直径5mm。切除後出血の可能性0.3%。ポリープ3:部位―下行結腸(かこうけっちょう)。直径4mm。切除後の出血の可能性0.5%。>

「まあ・・・これだな・・・」

 万太郎は盲腸にあった大きなポリープの画像を見てつぶやいた。そして高沢友里に向かって言った。

「内視鏡の準備はできているのか?」

―ちょっとちょっと万太郎!今から大腸ファイバーをやるってーの?俺、自慢じゃないけど胃カメラなら5-6回したことあるけど大腸ファイバーなんて触ったこともないよ!本当にできるのかい?―

「はい!内視鏡いつでもできます!」

 友里は自信を持って答えた。

―なんだ?もう内視鏡の準備できてるの?そりゃ、あんた・・・俺が最初にここへ来る前からもう準備していたね?しかも滝本先生を呼べないことをわかっていながら・・・ってことは救急隊からの連絡があった時点で万太郎を呼ぶことに決めちゃってたわけ・・・あーそういう事・・・―

「じゃあ、すぐ患者を内視鏡室に運んでくれ」

「はい。それから万太郎先生。輸血の準備は4単位くらいでいいでしょうか?」

「輸血?なんで?輸血するほどの貧血じゃないだろう?」

 万太郎がけげんそうな声で聞いた。

「え?はい・・・でも・・・今も出血していますし・・・出血が止まらなかったらショック状態になるんじゃないかと・・・」

 友里はちょっと申し訳なさそうに答えた。

「その出血を止めるために内視鏡をするんじゃないのか?この患者の出血は10分後には止まっているんだから輸血なんか必要ない。そんな暇があったらさっさと患者を内視鏡室に運べ!」

 万太郎はちょっと憤慨(ふんがい)した口調(くちょう)で言い放った。

「はい!すみません!」

 友里はあわてて患者を乗せたストレッチャーを押して内視鏡室に向った。

―あー気持ちいいぜ!高沢友里のあんなにやり込められた姿を見るのは初めてだよ。かっこいいよ。万太郎!もう最高じゃないの。『10分後には出血は止まっているんだから輸血なんか必要ない!』だって・・・ん?10分後?10分後って何だよ!あんた今から大腸ファイバーをするんじゃないの?しかも出血部は大腸の一番奥の盲腸のところにあるんだぜ!大腸ファイバーってちゃんと下剤をのんで前処置(ぜんしょち)をした患者でも盲腸のところまで到達するのに10分くらいはかかるんじゃないの?ましてやこんな血だらけの大腸を前処置もなしでファイバーを入れるんだから下手したら出血部へ行くまでに30―40分くらいかかるんじゃないのか?それから出血しているところを見つけて止血クリップをかけてくるんだから今から1時間くらいはかかるよ。1時間も出血が続いていたら本当にショックになっちゃうかも知れないぜ。万太郎・・・友里に謝って輸血の準備をしてもらおうよ・・・―

 想太郎の思いとは裏腹に万太郎はすたすたと歩いて内視鏡室に向かっていった。

―だめだよ。こりゃ・・・やる気だよ。このお人・・・今は俺の意志なんか全然通らないよ。親父は今に万太郎をコントロールできるようになるって言ってたけど全然ダメじゃないの―

 第2話(3/3)続く

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2008年10月12日 (日)

スーパーDr.うるとら万太郎:第2話(1/3)

スーパーDr.うるとら万太郎:第2話(1/3)

   第二話 ときめき

   *対抗意識*  

 解離性大動脈瘤(かいりせいだいどうみゃくりゅう)の患者は香田医師の見事な手術のおかげで助かった。手術が終わってからは集中治療室で治療中だが経過は良好のようだ。

 万太郎のことは高沢友里や香田医師の口から院内に広まってはいるが、思ったほどの話題にはなっていないようだ。しかしこの想太郎の目の前の二人の反応はちょっと違う。

「ふーん。その想太郎のいとこの万太郎っていう人、そんなにできるの?私たちと同じ、卒業して3年目なんでしょ?」

 綾乃はちょっと不機嫌そうに想太郎に聞いた。

―あー・・・そうだよな・・・。俺達と同じ歳ですごく仕事ができるって言われたら俺はともかく今まで一生懸命にやってきた綾乃にしたら面白くないよな。万太郎は俺より5歳くらい年上にしとけばよかったかな?―

「まあ・・・今回はたまたま診断が当たっただけだと思うけど・・・」

「でも心のう穿刺(せんし)を30秒もかからずにやっちゃったんでしょ?それにあの香田先生がえらく感心していたわよ。どこの病院に勤めてるの?」

「え?いや・・・俺もよく知らないんだけど・・・今は実験とか研究を中心にやってるらしいよ。時々俺の家に遊びに来るんだ」

 想太郎はしどろもどろに高沢友里にしたのと同じ答えを繰り返した。

「そいつはどんな奴なんだ?身長は?髪は長いのか?」

 諸星渡が想太郎に聞いた。

―なんだ?何でお前がそんなことを気にするんだよ。女の綾乃が聞くんならまだわかるけど・・・―

「身長は俺と同じくらいだし(ホントは全く同じね)、髪はちょっと茶色に染めてるかな・・・」

「・・・かっこいい奴なのか?」

―なんなんだよ。諸星。何でお前がそんなこと気にするんだ?―

「まあ・・・普通だと思うけど・・・なんで?」

 想太郎は諸星の顔を見つめて聞いた。

「いや・・・そんなすごい奴なら一回会ってみたいと思ってな・・・」

 諸星は想太郎から目をそらせて答えた。

「私もぜひ会ってみたいわ。今度来たら紹介してくれる?想太郎」

 綾乃がつんとした表情で言った。

―あーまずいよ。綾乃は完全に万太郎に対抗意識を持っちゃったよ。確かに綾乃は卒業3年目の内科医としちゃあ最高だよ。いろんな病気を知ってるし、救急の処置も一通りこなすし、それに勉強熱心だよな。でもさ、万太郎っていうのは次元が違うんだよ。なにしろあのCUPID(キューピット)にはあらゆる医学情報がぎっしり詰まってるんだぜ。万太郎は究極のスーパードクターなんだ。いくら綾乃でもかないっこないんだよ。頼むから万太郎と張り合おうなんて考えないでくれよ。俺がどうしたらいいかわからなくなっちゃうじゃないか―

   *万太郎の家。親父よ、あんた・・・*

「ただいま」

 当直明けで家に帰った万太郎はそう言いながらカバンを玄関に置いた。その声を聞くや否や父親の為太郎が走ってやってきた。

「どうじゃ、想太郎!ウルトラアイを使ったな?いや、隠してもわかる。CUPIDがものすごい勢いで活動していたからな。今でもまだ熱が冷めん。また、まともに動くようになるのには3日かかるじゃろう。で、どうだ?スーパードクターになった感想は?」

 為太郎は矢継ぎ早にまくし立てた。

「別に隠すつもりなんかないよ。昨日夜9時過ぎにこのメガネをつけてみたよ」

 想太郎がポケットからウルトラアイのケースを取り出しながら答えた。

「それで?」

「死ぬはずだった患者が一人助かったよ」

 想太郎はポソリと言った。

「そうか!それはよかった。わしも発明した甲斐(かい)があるってもんじゃ」

 為太郎はうれしそうに想太郎の顔を見つめた。

「親父よ・・・・」

「なんじゃ?」

 ちょっと間をおいて想太郎が言った。

「あんた・・・ものすごいものを発明したな。尊敬するよ」

「そんなにおだてるな」

 為太郎は息子にほめられて本当にうれしそうに顔をくしゃくしゃにして喜んだ。

「いやいや。俺は今まであんたの発明を馬鹿にしてきたけどこれは本物だよ。今ここで変身して万太郎になった姿を見せてやりたいよ」

「万太郎?それがスーパードクターの名前か?もうちょっとましな名前をつけてやれよ」

「なんだ?万太郎ってあんたがつけたんじゃないのか?勝手にしゃべってたぜ」

「いや。そのスーパードクターがしゃべっていることは全部お前の潜在(せんざい)意識から出てくるんじゃよ。お前の潜在意識の中にあるヒーローがそんな名前なんじゃないのか?確かに今はお前はその潜在意識をコントロールできんからそいつが勝手にしゃべったり動いたりしているように感じているかも知れん。まるで別の人格が自分の中にいるようにな。しかし慣れてくればそいつは自分の思い通りに動くようになるぞ。知識や技術はスーパードクターのままでな」

「じゃあ・・・俺が万太郎に変身しているときに・・・誰かの手を握ろうとしても・・・できるのか?」

「ああ、慣れてくれば造作(ぞうさ)もないことじゃ。なんじゃ?万太郎に変身して誰かを誘惑しようというのか?いや、別にかまわんよ。手を握るどころか抱きしめたりキスしたりだって・・・それ以上だって簡単にできるぞ」

「本当か!いや・・・別に今誰かとそうしたいって訳じゃないぜ。たとえばの話だよ。たとえば・・・」

―だって綾乃は万太郎に対抗意識を抱いているからな。万太郎になって迫ったりしたらひっぱたかれるのは目に見えているじゃないか。でも高沢友里なら・・・いけるかもな―

「しかし今変身してはダメだぞ。CUPIDはまだ熱を持っておる。今変身したら・・・」

 為太郎は急にまじめな顔になって想太郎に諭すように言った。

「わかってるよ。命はない、だろ?俺もまだ腹がゴロゴロして気持ち悪いんだ。何とかなんないのか?この屁がひっきりなしに出るの」

「3日間は我慢しろ。それに屁が出たほうがその間は変身することを思いとどまれるからいいじゃろう?」

「まあ・・・この発明のすごさは充分わかったからもう少し改良してくれよ」

「わかったわかった。心配するな」

 そう言いながら為太郎は上機嫌で自分の実験室に消えていった。

   *再び症例検討会*

 想太郎の腹の具合はそれから3日間くらい、ぱっとしなかった。いつも腹がゴロゴロ鳴って屁が出るのを我慢するのが大変だ。

―なるほど・・・親父が72時間は変身するなと言ったのがよくわかるよ。これじゃあ変身する気になんかなれないって―  

 次の週の症例検討会は想太郎も何とか症例提示をこなした。評価は高くなかったが真田医局長も今回はあのくだらないジョークは言わなかった。

「ところで・・・先週尾形先生は部外者に診療させたらしいが、どうなっているのかね?ここで説明してくれないか」

 最後になって真田医局長が想太郎を問いただした。

―きた!そうだよな。何にも言われないわけがないよ―

「あの・・・あの日僕は急におなかの具合が悪くなって・・・急患の処置がとてもできそうになかったので、たまたま遊びに来ていたいとこの医者に診療を頼んだんです。患者さんの状態が悪くって他の先生を呼んでる暇がなかったものですから・・・すみません」

 想太郎はしおらしく答えた。

「どんな理由があろうと断りもなく部外者に診療させていいと思っているのかね?もし医療ミスでもおこったら誰が責任を取るんだ?どう思われますか?桐島先生」

 真田医局長は大声でまくし立てながら院長の同意を求めた。

「まあ・・・確かに誰にも相談しなかったのはほめられたことではないが・・・緊急事態なんだから仕方ないんじゃないかね?その万太郎って先生だってちゃんとした医師免許を持った医者なんだろう?」

―医師免許?俺は持ってるけど・・・まあ・・・同じようなもんだよな・・・―

「はあ・・・一応・・・」

「じゃあ、いいじゃないか。ここは公立病院じゃないんだ。ちゃんとした診療をしてくれれば細かいことを言う者もいないだろう。理事長には私から言っておくよ。それに話を聞くとなかなかすばらしい先生だそうじゃないか」

 桐島院長が優しい声で真田医局長に向って言った。

「はあ・・・桐島先生がいいとおっしゃるなら・・・まあ、尾形君。今回は何も言わないがその万太郎って先生に当院で厄介な問題だけは起こさんようにくれぐれも言っておいてくれよ。もっとも・・・君が当直しているよりは、はるかに問題は少ないかも知れんがね」

 真田医局長はいやみたらしく笑いながら想太郎に言った。

―本当にいやみな奴だぜ。いつか万太郎になってこいつをぎゃふんと言わせてやりたいよ。綾乃もそう思うだろう?―

 想太郎は向こうの席に座っている綾乃の顔をチラッと見て、あわてて前に向き直った。

―きげんわるー・・・万太郎がほめられたのが気に食わないのか?おいおい・・・そこまで競争心を燃やさなくってもいいじゃないの・・・俺、困っちゃうよ・・・でもまあ、院長先生も認めてくれたことだし、これからもたまには万太郎になってもよさそうだな。でも俺が変身してるってことは絶対にばれないようにしなきゃな。綾乃に嫌われるのもごめんだぜ―

    *あー・・・当直だよ・・・*

 それから数日後・・・

―あーいやだなー・・・今日はまた当直だよ。当直の日の朝はいつも気が重いよな・・・朝から仕事を始めて夜中ずっと病院にいて、次の日はまた朝から夜まで普通に仕事だよ。何時間勤務なんだ?これが当たり前のように誰も文句を言わないが、こんな長時間労働って労働基準法に違反してるんじゃないの?医者だって人間なんだぜ。ちゃんと法律は守ってほしいよ―

 そんなことを考えながら想太郎は思い足取りで病院へと向った。その日の午前中は外来勤務で午後は病棟回診だったが、大きなトラブルも急患もなく比較的スムーズに時間が流れた。

―あーあ・・・今から当直だ。これから病院に来る救急車は全部俺がひとりで診なきゃいけないんだよな。またこの前みたいなことはないだろうけどな。でもいいや。わからない患者が来たら万太郎先生に登場願えばいいんだよ。楽勝楽勝―

 そんなことを考えながら想太郎は救急室に下見に出かけた。

―一応今日の当直のナースに挨拶しとかないとな。今日は誰だ?―

 想太郎は救急室のドアを開けた。

―げげっ・・・なんだ・・・また高沢友里かよ・・・―

「あら尾形先生。今日もいっしょね。よろしくね」

「ああ・・・よろしくお願いします」

 想太郎はちょっと皮肉交じりに微笑みながら頭をぺこんと下げた。

「ところで尾形先生・・・万太郎先生、今日も来てくれるかな?」

―なんだよ。えらくあからさまじゃないの。あんた本当に万太郎に惚れてるの?―

「ああ・・・今日も俺の親父の手伝いをしてるみたいだけど・・・暇だったら来るかもな」

―いいのか?想太郎。そんなこと言っちゃって―

「本当!じゃあ・・・もし万太郎先生が来たら私に紹介してよ。約束よ!」

 高沢友里は想太郎の手を握りながら言った。

―あー・・・コリャ本気だよ。どうする?万太郎・・・―

 第2話(2/3)に続く

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2008年10月10日 (金)

スーパーDr.うるとら万太郎:第1話(5/5)

スーパーDr.うるとら万太郎:第1話(5/5)

   *処置、早すぎ・・・*  

 高沢友里が散らかった救急室の物品を片つけていると香田貴之が息を切らせてやってきた。

 香田貴之は今年40歳になった心臓血管外科医だ。ちょっと小柄だが眉は太く、瞳は鋭く、意志の強さをうかがわせる。香田は上着を脱ぎながら友里に聞いた。

「ダイセクのタンポナーデだって?バイタルは大丈夫か?ショック状態じゃないのか?これが心電図か・・・なんだ・・・・?AMI・・・じゃないのか?」

「香田先生。夜分すみません。患者さんはショック状態・・・だったんですが・・・」

 高沢友里が申し訳なさそうに答えた。

「ショック状態?じゃあ、まず心のう穿刺(せんし)だ!穿刺セットを準備しろ!患者はどこだ?」

 香田医師は上着を机の上に放り投げると両手のそでをまくり上げながら友里に聞いた。

「それが・・・心のう穿刺は・・・もう終わってるんです」

 高沢友里が小さな声で答えた。

「終わってる?君が俺に電話してからまだ15分しかたってないじゃないか?」

 香田は意外そうな声で聞いた。

「はい・・・先生に電話したときはまだショック状態だったんですけど・・・電話が終わったら・・・心のう穿刺も・・・終わってたんです。血圧も回復して・・・」

「なんだって?電話が終わったら終わってた?君と電話していたのは1分足らずだぞ!そんな短時間でできるわけないだろ!?」

 香田はちょっと憤慨して高沢友里を追及した。

「それが・・・あっという間に・・・」

「誰がやったんだ?今日の当直は?」

「当直は尾形先生なんですけど・・・体調が悪くて尾形先生のいとこの・・・売寅(うるとら)・・・万太郎って言う先生が・・・代わりに・・・」

「何だって!うるとら万太郎?そんなわけのわからない部外者に診療させたのか?」

「すみません・・・患者さんがショック状態で死にそうだったので・・・ほかの先生を呼ぶ間がなくて・・・」

 高沢友里が申し訳なさそうに答えた。

「何てことだ・・・それで・・・そいつが心のう穿刺をしたんだな?」

「はい・・」

「そうだ患者は?患者は今どこにいるんだ?」

「多分CT室です」

「CT室???どういうことだ?CTで解離(かいり)とタンポナーデを診断したんじゃないのか?」

「いいえ・・・その前に電話を・・・」

「話にならん!」

 香田は憤慨して一目散にCT室に向った。

    *解離は?どこだ?*

「患者はどこだ!」

 香田は叫びながらCT操作室のドアを開けた。

「あ・・・香田先生・・・あの・・・今手術室に向いました」

 木崎がCT室のワークステーションを操作しながら答えた。

「なんだって?俺が来る前にもう手術室に運んだのか!なんて奴だ!画像は?これか!」

 香田は興奮して叫びながら目の前にあるモニターでCTの画像をじっと見つめた。

「ないじゃないか!どこにも解離なんてないじゃないか!」

 普通、解離性大動脈瘤はダイナミックCT検査をすれば容易に診断できる。大動脈の壁は内膜、中膜、外膜の3層から構成されるが内膜に穴が開いて血液が大動脈の壁の中に入り込み、中膜の部分で避けるのが解離性大動脈瘤である。

 ダイナミックCTでは大動脈の壁の中に造影剤が入りこんでいる所見を見つけることで診断は確定する。香田はCT画像で大動脈をくまなく観察したが解離らしい所見は見当たらない。

「この患者のどこに解離があるというんだ!」

 モニター画面を見ながら大声を出す香田を横目でチラッと見つめて木崎が言った。

「あの・・・香田先生・・・あるんです・・・解離が・・・」

「何だって?」

 香田がびっくりして木崎が操作するワークステーションの画面を見つめた。

「あの先生に言われて画像をリコンしたんですが・・・ここに・・・右冠動脈の起始部(きしぶ)に・・解離した内膜(ないまく)が映ってるんです。ほら・・・」

「・・・・」

 香田は無言で画像を見つめた。

「そしてその部分の外膜(がいまく)から心のう腔(くう)に向ってわずかな造影剤(ぞうえいざい)のもれが・・・ほら・・・ここです。わずかですが造影剤のジェットが・・・見えます」

 木崎が映し出したモニター画面には大動脈基部(きぶ)の小さな解離の所見と心のう腔への穿孔(せんこう)を示す造影剤のもれが鮮明に映し出されていた。香田は何も言わずモニターを見つめていた。

「ありましたね・・・解離・・・」

 木崎がつぶやいた。

「・・・ああ・・・これは・・・確かに解離だな・・・大動脈が右冠動脈の基部で裂けて右冠動脈をふさいだんだ。だから心電図では右冠動脈閉塞(へいそく)による急性心筋梗塞の所見が見られた。さらにその部分の外膜(がいまく)が裂けて血液が心のう腔にもれて心タンポナーデになったんだ。そいつの・・・診断どおりだ・・・」

 さっきまで怒り心頭(しんとう)の香田が素直にうなずいた。

「じゃあ・・・やっぱりオペですか?」

 木崎が聞いた。

「そうだ!緊急オペだ!今開胸(かいきょう)すれば・・・助かる!」

 香田はそう言いながらあわてて手術室に向った。

    *手術室ではすでに・・・*  

 香田貴之が手術室に駆け込むとそこにはすでに手術室の看護師や臨床工学技師がスタンバイして手術器具や人工心肺(しんぱい)装置の準備をしていた。そして中央の手術台にはすでに麻酔をかけられた患者が寝かされ、万太郎が患者の頭の横で麻酔の機械を操作していた。

「やあ・・・遅かったじゃないか。もう麻酔はかけちまったぜ」

 万太郎が麻酔器を操作しながら香田を見て言った。

「君が・・・尾形先生のいとこの万太郎っていう医者か?」

 香田が万太郎を見つめて聞いた。

「ああ。もう麻酔は充分かかってる。血行(けっこう)動態(どうたい)も安定している。ただしドレーンからはまだ出血が続いているぞ。解離の場所からはまだ血液が流れ出してるってことだ。早くしないと助からないぜ」

 万太郎が答えた。

「ああ・・・その通りだ。一刻も早く開胸しないと」

 香田がそう言った直後、後ろから卒業4年目の若い循環器外科医の椎名健太が手術室に入ってきた。

「香田先生!大動脈の解離ですか?」

「ああ。右冠動脈のバイパスと解離腔(くう)の縫宿術(ほうしゅくじゅつ)を行う。場合によっては上行(じょうこう)大動脈置換(ちかん)になるかもしれん。君は先に手洗い(両手を消毒すること)をしてくれ」

 香田が冷静に指示した。

「わかりました!」

 そういい残して椎名健太は大きな身体をゆさゆさと揺らしながら「手洗い」に向った。

 香田はじっと患者のほうに向かい、じっと患者を観察した。モニター画面の血圧は98と56と表示されている。確かに一応安定しているようだ。しかしドレーンからはまだ新鮮な血液がゆっくりと流れ出している。解離している大動脈からは出血が持続しているのだ。

 しかし今なら俺が手術をすればこの患者を助けることができる。でも・・・もう1時間遅かったら・・・多分手術しても助けることはできなかっただろう。しかしなぜ・・・

「万太郎・・・とか言ったな。君はなぜ・・・この患者の解離が診断できたんだ?俺も心電図を見たが明らかなAMIの所見があった。しかも患者はショック状態だ。普通はまず緊急カテーテル検査をして閉塞した冠動脈を確認するべきじゃないのか?もっとも・・・そうしていたら今頃この患者は死んでただろうがな」

 万太郎はちょっと皮肉な笑いを浮かべながら答えた。

「そんなことは・・・簡単なことだ。説明してやってもいいが今は時間がないんじゃないのか?あんたも早く手洗いをしなよ」

 見知らぬ若い医者にそう言われて香田はちょっとむっとしたが、確かにこの患者は緊急を要するのだと思い直し、無言で手洗いに向った。万太郎はポケットに手を突っ込んで香田のあとに続いた。椎名はすでに手洗いを終わり、両手を拝むように組んだまま手術室に向おうとしていた。

「香田先生。準備しておいていいですか?」

「ああ。頼む」

 椎名にそう答えると香田も無言で手洗いを始めた。後から万太郎が香田に話しかけた。

「確かに心電図所見はAMIだ。それで血圧が低下しているわけだから単純に考えれば左心室(さしんしつ)機能不全(左心不全:さしんふぜん)による心源性(しんげんせい)ショックだな」

香田は手洗いをしながら万太郎の話をじっと聞いていた。万太郎は話を続けた。

「しかしな、左心不全にしては肺のうっ血がないだろう?ショックになるほどの左心不全ならば肺のうっ血や低酸素血症(ていさんそけっしょう)が全然ないはずがない。そこで考えられるのは右心室(うしんしつ)の機能不全か心タンポナーデだろう?それでエコーをしたら案の定、心のう水がいっぱいで心タンポナーデの状態だ」

 香田の後姿をみながら万太郎は一息おいて話を続けた。

「じゃあなぜ心タンポナーデになったのか?ここで考えられるのは心室破裂か大動脈破裂だ。ドップラーエコーで心室からもれている血流がないか観察したが見つからなかった。そこで大動脈を観察したらわずかな心のう腔へ流れる血流が見られたって訳だ。ドレーンを入れてから、そのまま手術室に運んでもよかったんだが、あんたらはそれじゃあ信用しないだろ?血圧も安定したからとりあえずCTで所見を確認しておこうと思ったわけだ」

 香田は手洗いをしながらじっと万太郎の話を聞いていた。

「なるほどな。しかしCTの画像では解離は見つからなかったじゃないか。それなのになぜ俺の到着を待たずに手術室に運んだんだ?」

 万太郎はふふんと鼻で笑いながら答えた。

「CTで解離が見つからなくったってあるものはあるんだよ。他の病態が考えられなければそれが確定診断なんだ。あんたの判断を待つ必要なんかない。事実リコンの画像で解離が見つかったんだろう?」

 香田は手を止めてちょっと悔しげに、目の前の鏡に映った万太郎を見ながら答えた。

「解離は・・・あった・・・。あんたが技師に指示した右冠動脈の起始部(きしぶ)にな・・・」

「そうだろう?じゃあ本来死ぬはずだったこの患者はあんたが今から手術して助かるってわけだ。よかったじゃないか」

 しばらく二人の間に沈黙が流れた。香田が言った。

「あんたは・・・何者なんだ?」

「だから・・・うるとら・・・万太郎だって・・・」

 そう言いながら万太郎は手術室をあとにした。 

―かっこいい!かっこいいよ!万太郎!俺、感動しちゃったよ!―

 想太郎は涙がちょちょぎれるほど感激していた。

    *ガス発生(大量・・・です)*  

 万太郎(想太郎)は手術室をあとにして医局へと戻ろうとしていた。

―すごいよ、万太郎。親父よ、あんたとんでもないものを作ったな。俺が尊敬する心臓血管外科の香田先生が絶賛だよ。このメガネさえあれば俺はこれからもスーパードクターになれるんだ―

 想太郎はウルトラアイを左手でさわりながらうきうきしながら廊下を歩いた。

 今はこの身体は全く想太郎の意思で動いているようだ。万太郎は診療に関係のないところでは出てこないらしい。

―うん?ちょっと腹が・・・ゴロゴロするな・・・なんか悪いもんでも食ったかな?―

 想太郎は急に腹の張りと便意を感じた。

―やばいぞ!これは・・・!トイレ・・・!トイレだ!―

 想太郎は一目散にトイレを目指して駆け出した。そしてあわてて近くのトイレに駆け込み個室に入り鍵をかけた。

―頼む!もう少し待ってくれ!―

 祈るような気持ちで白衣の上着を脱いで床に放り投げると、ズボンとパンツを一気に下ろして便座に腰掛けた。

―間に合った・・・―

 想太郎が気を許したその瞬間!

 ボン!!!!!!

 大きな音とともに想太郎の肛門から大量のガスが一気に噴出した。

「くっせー・・・」

 鼻がひん曲がるほどの匂いがあたり一面に充満した。その次の瞬間想太郎の身体は青白い光に包まれ、彼は体中の力が抜けていくのを感じた。

―な・・・なんだ?この脱力感は?力がはいらねー・・・―

 想太郎は思わず便器に座ったままうずくまった。

―くさい・・・でも動けない・・・―

 なんとも言えない情けない気持ちのままじっとうずくまっていた想太郎は、約3分後にようやく身体を起こしてズボンを上げた。そして放り投げられて下に落ちていた白衣を手にした。よろよろと洗面所に出た想太郎は鏡の中を見つめた。そこには見慣れたしまりのない自分の顔が浮かんでいた。

「ああ・・・変身が・・・とけたのか・・・」

 そうつぶやきながら想太郎はよろよろとよろめきながら医局へと向った。医局の自分の机の前に座った想太郎はゆっくりとウルトラアイをはずしてケースの中にしまった。

―こいつが・・・あんな力を出したのか・・・とんでもない代物(しろもの)だな・・・でも今から3日間はこれを使うことはできないんだ。もう一度これをかけたら俺は死んでしまうんだからな―

 そんなことを考えながら想太郎は椅子の背もたれに寄りかかって天井を見つめた。

―今頃は香田先生があの患者の手術をしているんだろう。明日になれば病院中が万太郎のうわさで持ちきりだろうな。その正体が俺だなんて誰も想像しないだろう―

 想太郎はちょっとほくそえみながら天井を見つめていた。

―そうだ!救急外来は?高沢友里はどうしてるんだ?―

 想太郎はぱっと身体を起こして医局から救急外来へと向った。

   *友里は?*  

 想太郎が救急室のドアをおそるおそる開けると高沢友里がまだ後片付けをしていた。友里は想太郎を見つけるや否やびっくりしたように想太郎の顔を見つめて声を上げた。

「尾形先生!どこ行ってたのよ!大変だったのよ!」

「ああ・・・そ・・・そうらしいな・・・悪かったよ」

 想太郎は友里の顔をまともに見れずに気まずそうに答えた。

「あの患者さん大動脈解離で今緊急手術中なのよ!あんたどこ行ってたのよ!」

 友里は怒り心頭(しんとう)で想太郎を見つめて問い詰めた。

―こりゃあ・・・ちょっとやそっとじゃおさまりそうにないぞ―

「すまない・・・急に腹の具合が悪くなって・・・ちょっと医局で休んでたんだ」

 想太郎は申し訳なさそうに答えた。

「まあ・・・いいわ・・・」

 高沢友里は急におとなしくなって手に持っていた注射器の残骸を医療廃棄(はいき)用のゴミ箱に捨てた。

―あれれ?なんでこんなにおとなしいんだ?―

「ところで尾形先生・・・」

―なんだなんだ?そのなれなれしい声は?―

「先生のいとこっていう、万太郎先生・・・まだいる?」

―あー?万太郎?―

「ねえ。まだ医局にいるの?」

「え?いや・・・もう帰ったよ。俺の腹具合がちょっとよくなったから・・・」

「なんだ・・・もう帰っちゃったの・・・どこの先生?どこに住んでるの?」

―なんだなんだ?何でそんなにしつこく聞くんだ?―

「あいつは・・・俺と同い年なんだけど・・・時々俺のうちに遊びに来るんだよ。いまは・・・えっと・・・病院じゃなくて・・・なんか実験や研究をしているんだってよ」

 想太郎はあわててでまかせを言った。

「へー・・・尾形先生と同い年?じゃあ27歳ってことね?独身なの?」

―ちょっと待ってよ。あんた・・・万太郎のこと気になってんの?ひょっとして万太郎に惚(ほ)れちゃったのか?―

「まあ・・・独身・・・だな・・・」

―うん?まだ・・・腹の具合が・・・おかしいぜ・・・―

 想太郎は腹が張るのを我慢しながら答えた。

「そう!またこの病院に来ることある?」

 友里は目を輝かせて聞いた。

「え?・・・暇なときなら・・・遊びにくるかも・・・な」

―あー・・・腹が・・・―

「じゃあ!今度来たら私呼んでくれる?」

「な・・・なん・・・で?」

―まずい・・・絶対・・・まずい・・・―

「だって・・・今日のお礼言わなきゃ・・・あの患者さん助かったの、彼のおかげでしょ?」

「まあ・・・そう・・・だよな・・・」

―だめだ・・・もう・・・我慢できない!―

 その瞬間想太郎の肛門括約筋(かつやくきん)は我慢の限界を超えた。

 ブバッ!!!

「ヤダー!しんじらんない!」

 高沢友里は鼻を押さえながら離れていった。

「すまん!まだ腹の具合が・・・」

 そう言いながら想太郎は救急室から逃げるようにドアに向った。

「尾形先生!・・・万太郎先生のこと、お願いよ!」

 友里が逃げる想太郎の後ろから叫んだ。

―はいはい・・・しかしこりゃあ・・・強烈だな。変身が終わったあともしばらくはガスがたまっているようだ。これじゃあうかつに万太郎になれないな・・・―

 想太郎はそんなことを考えながら今の友里の言葉にちょっとだけウキウキした気分になって再びトイレへと向った。

(第一話 終わり)  第2話(1/3)に続く

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2008年10月 9日 (木)

スーパーDr.うるとら万太郎:第1話(4/5)

スーパーDr.うるとら万太郎:第1話(4/5)

 作者より・・・

 今回から医療現場の描写がありやや専門的な内容もありますが、むつかしいところは飛ばして読んでいただいてかまいません。

   *万太郎登場!・・・だぜ・・・*  

 想太郎が救急室のドアを開けると目の前にいた高沢友里がびっくりしたような顔で彼を見つめた。

「あなた・・・誰よ?」

「俺か?俺は・・・万太郎。売寅(うるとら)・・・万太郎だ」

―なんだ?こいつ俺が何も言わないのに勝手にしゃべってるぞ!「うるとらまんたろう?」なんだそりゃ?―

「ウルトラマンタロウ?何ふざけてんのよ!その白衣、尾形先生のじゃない!尾形先生はどこ?」

「尾形想太郎は俺のいとこだ。ちょっと具合が悪いから代わってくれって言われたんだ」

「じゃあ・・あなたも医者なの?」

「まあ・・・そんなところだ」

「じゃあこの患者さん診(み)て!胸痛の50歳男性よ!心電図でSTが上昇しているから心筋梗塞だと思うわ!血圧が60しかないの!今循環器内科の先生に連絡するからその間だけお願いよ!」

―やっぱり心筋梗塞か。それにしても高沢友里はすごいよな。心電図見てぱっと診断しちゃうんだからな。医者の俺だって自信ないよ―

「電話する前にドーパミンをつなげ!時間15mlで開始だ!」

―だめだよ!万太郎!高沢友里にそんな横柄(おうへい)な言い方じゃ!彼女はプライドが人一倍高いんだぜ―

「・・・わかったわ。ドーパミンを時間15mlね。」

―あれれ?いやに素直じゃないか―

「心電図を見せろ」

 万太郎が川上早苗に向って言った。川上早苗はおっとりした外見で一見かわいらしいクマのぬいぐるみのようだ。だが外見に似合わず仕事はなかなかすばやい。

「はい、これです!」

 万太郎(想太郎)は心電図を見つめた。

<sinus rhythm(さいなすりずむ), 心拍数102, PQ時間 0.18s, II,III,aVf(にさんえいぶいえふ)誘導で ST上昇:診断 急性下壁(かへき)心筋梗塞>

―なんだ?―

 想太郎の目の前にぱっと心電図診断のコメントが流れた。

「ふん。AMI(acute myocardial infarction:急性心筋梗塞の略)か。レントゲンは?」

 万太郎は平然としてレントゲンがかけられたシャーカステンに目を移した。再び想太郎の目の前にコメントが流れた。

<CTR (心胸比:しんきょうひ)58%で心拡大あり。 骨(こつ)および軟部(なんぶ)組織異常なし。肺野(はいや)には、うっ血なし。腫瘤(しゅりゅう)なし>

―まただ。何だこれ?―

「肺野に、うっ血なし?血圧60だったな?」

 万太郎は高沢友里に確認した。

「そうよ!今ドーパミンを開始するわ。時間15ml!」

 万太郎はゆっくりと患者の前に歩み寄りじっと患者を見つめた。患者は全身に汗をかき、苦しそうに呼吸している。すでに意識が低下している。かなり危ない状態である。万太郎は何も言わず白衣のポケットから聴診器を取り出しゆっくりと患者の胸を聴診した。患者の心音が想太郎にも聞こえてきた。

―あー心音が弱いよ。それに心拍数(しんぱくすう)も100を超えているじゃないか。やばいよ!どうするんだよー!万太郎!―

 するとまた想太郎の目の前にコメントが流れた。

<心音微弱。心拍数 106。心膜摩擦音(しんまくまさつおん)わずかに聴取(ちょうしゅ)。肺野(はいや)ラ音(らおん)なし>

<頚静脈怒張(けいじょうみゃくどちょう)。意識レベル100>

<診断:心筋梗塞および心源性(しんげんせい)ショック。ただし心源性ショックの原因として心筋梗塞による左室(さしつ)ポンプ失調の可能性は3%以下。他の疾患たとえば心タンポナーデ(可能性82%)もしくは右室(うしつ)梗塞(可能性36%)およびその合併(可能性12%)を鑑別すべき。推奨検査;心エコー>

―これは・・・そうか・・万太郎の思考過程だ!CUPID(キューピット)から送られてくる万太郎の思考過程が俺がかけているウルトラアイを通して見えるんだ!―

「循環器内科の川森先生を呼ぶわ!」

 高沢友里が電話の受話器を取った。

「待て!その前にエコーを準備しろ!」

 万太郎が聴診器をはずしながら命令口調(くちょう)で友里に言った。

「え?エコー?」

「早くしろ!」

「は・・・はい!」

 高沢友里はいったん受話器を置いてあわてて隣の部屋にエコーの機械を取りに行った。

―ふーん。高沢友里のあの素直な態度はどうだ?俺のときとは全然違うじゃないか。でも心(しん)エコーなんて俺、一人でしたことなんてないんだぜ。大丈夫なのか?万太郎―

 万太郎は準備されたエコーのプローブをさっと手に取ると患者の左胸にあてがった。想太郎はエコーの画面を見つめた。

―わっ!こりゃ俺でもわかるよ。心臓の周りに心のう水がいっぱいじゃないか。心タンポナーデか?―

<大量の心のう水。総量約400ml。左心室下壁(さしんしつかへき)の動きやや低下。右心室(うしんしつ)の動きほぼ良好。左室駆出率(さしつくしゅつりつ) 56%。ドップラー所見:大動脈弁逆流2度。僧帽弁(そうぼうべん)逆流1度。心室から心のう腔(くう)へのドップラー信号なし。大動脈基部(きぶ)から心のう腔へドップラー信号わずかにあり>

 30秒もしないうちにエコー所見が想太郎の目の前に流れた。エコーの画面を見つめていた万太郎は高沢友里に向かって言った。

「おい、あんた。電話しろ」

「え?はい!川森先生に電話します」

「違う!呼ぶのは循環器内科じゃない!心臓血管外科だ!」

「え?」

「心臓血管外科のチームを大至急呼べ!それからオペ室の当番看護師と人工心肺(しんぱい)を動かせる臨床工学技師だ」

「そんな・・・」

「早くしろ!間に合わん!大動脈解離(かいり)と心タンポナーデでショック状態だと言え!」

「は・・・はい!」

 高沢友里はあわてて緊急連絡リストを手にとって調べ始めた。

 心臓は心外膜(しんがいまく)という膜でおおわれている。心臓と心外膜の間の空間が心のう腔(くう)で、通常は少量の水があり心臓がスムーズに動けるようになっている。しかしここに大量の水や血液がたまると心臓は一気にその動きを制限されてしまう。それが心タンポナーデという病態であり血圧が低下しショック状態となる非常に重篤(じゅうとく)な状態である。

 その時血圧が50と表示され、アラームの音がけたたましくなった。

「もう一人のあんた」

 万太郎は川上早苗を呼びつけた。

「はい!」

「そこの棚においてある心のう穿刺(せんし)キットを準備しろ!」

「え?」

「早くしろ!不潔(清潔操作をしないこと)でいいからこの台の上にひろげるんだ!」

「はい!」

―なんだって?心のう穿刺するってか?心のう穿刺なんて俺、見たこともないぜ!心臓に針なんか刺して大丈夫か?誰か来るまで待ってた方がいいんじゃないの?―

 想太郎の考えとは全く裏腹に万太郎は川上早苗が持ってきた穿刺セットをさっと奪い取り、自分でひろげた。今この状況では想太郎の身体はほとんど万太郎が支配しているようだ。

 想太郎は目の前の状況を見る事ができるし音も聞くことができるが自分の意思ではほとんど動くことができない、というか、どう動いていいか全くわからないのでただじっと万太郎のすることを静観しているだけなのだ。

「イソジンをビンごとよこせ!」

「は・・・はい」

 川上早苗から消毒薬のイソジンをビンごと受け取った万太郎はそれを患者の胸とその上においてあった超音波のプローブに一気にまき散らした。あたりはイソジンが飛び散り茶色に染まった。

 万太郎は自分の両手にイソジンの残りを全部ふりかけて両手を数回こすったあと左手に超音波プローブ、右手に穿刺針(せんししん)を取った。そして患者の胸に左手に持ったプローブをあてて心臓の位置をエコーの画面で確認するや否や右手に持った穿刺針を肋骨の下から一気に心臓に向って突き刺した。

 エコーの画面では穿刺針が心臓の外側にある心外膜に突き刺さったのが見えた。そして万太郎はすぐさま穿刺針の中にガイドワイヤーを通し、さっと穿刺針を引き抜いてガイドワイヤーを通してドレーンを挿入した。

「よし」

―あれれ?もう終わったの?えー!!たった20秒で心のう穿刺をやっちゃったよ!本当に俺の手がやったのか?―

 万太郎はドレーンに注射器をつないで心のう腔にたまっていた液体を吸引した。血液だ!たまっていたのは血液だ。心臓の周りに血液がたまっていたために心臓が拡張できずに血液を充分送り出せなかったわけだ。だから心臓の動きがそれほど悪くないのに血圧が下がってショック状態になっていたのだ。

 万太郎は注射器でたまっていた血液を吸引し続けた。あっという間に200mlくらいの血液が吸引された。

「先生!血圧85に上がりました!」

 川上早苗が叫んだ。心臓自体はちゃんと動いているのだからその周りで動きを邪魔していた血液が取り除かれれば血圧はすぐに回復するのは当たり前だ。これでとりあえずこの患者は窮地(きゅうち)を脱したということだ。

「ふん。これで少し時間が稼げるな。次はCTだ。このままCT室に運ぶぞ!」

 万太郎はそう言うと自分でストレッチャーを押してCT室に向った。川上早苗があわててそれに続いた。高沢友里はまだ必死に電話をかけまくっていた。

   *CT室では*

「胸部のダイナミックだ!」

 万太郎がストレッチャーをCT室に運ぶと同時に放射線技師の木崎に向って言った。

「心筋梗塞じゃなかったんですか?ダイセク(dissecting aneurysm:解離性大動脈瘤(かいりせいだいどうみゃくりゅう)の略)ですか?」

 木崎がストレッチャーの移動を手伝いながら答えた。

「ああ。そうだ。さあ、患者を移すぞ。いちにの・・さん!」

 万太郎と木崎、川上早苗の3人は重たい患者をよっこいしょとCTの検査テーブルの上に移してから、隣の操作室に移動した。

 万太郎はガラス窓越しに患者の様子を観察していた。患者は血圧が回復して少し楽になったのかじっと動かず検査を受けていた。

 木崎はマウスを慣れた手つきですばやく動かしてCT検査の設定をしていった。

「胸部の・・・ダイナミックでしたね?」

 木崎がもう一度確認のために万太郎に聞いた。

 CTの検査を行うときは通常造影剤(ぞうえいざい)という薬剤が静脈から投与される。それによって血管や臓器にコントラストがつけられ診断が容易になるのだ。ダイナミックCTとは造影剤を急速に注入して血管を特に強いコントラストで撮影する検査方法で、動脈の疾患の診断に有用である。

「そうだ。まずプレーンをとってくれ」

 プレーンとは造影剤を使用しない状態でCTをとることで通常のCT検査は、まずプレーンの撮影を行ってから造影撮影が行われる。

 木崎がマウスの操作を続けるとCTの機械からウイーンという音が発せられた。そして患者を乗せたテーブルがゆっくりと丸いトンネルの中をくぐっていった。万太郎と木崎はモニター画面をじっと見つめた。

「解離は・・・わかりませんね・・・」

 木崎がつぶやいた。

「ああ。プレーンじゃわからんだろうな」

 万太郎が答えた。

「じゃあ・・・造影します」

 木崎はそう言うと隣の検査室の患者のところに歩み寄り造影剤をセットした。

「注入開始します!」

 木崎は注入スイッチを押した。そしてすばやく操作室に戻りマウスを操作し始めた。万太郎は腕組みをしてモニター画面を見つめていた。そして再びCTの機械がウイーンという音を発し、テーブルが動き出した。

 万太郎と木崎はモニター画面を食い入るように見つめた。画面には患者の胸部の断層像が次々と映しだされていった。

「先生・・・解離・・・なさそうですが・・・」

 木崎がモニター画面を見つめながらちょっと小声で聞いた。

「あるんだよ。解離は・・・」

 万太郎は腕を組みをしてちょっと微笑みながらつぶやいた。そして隣にいた川上早苗に向って叫んだ。

「さあ。検査終了だ!患者を手術室に運ぶぞ!」

 患者をストレッチャーに移しながら早苗はびっくりした顔で万太郎の顔を見つめた。

「このまま手術室へ行くんですか?でもまだ外科の先生方がこられていません。手術室のスタッフもまだ準備ができてないですよ。まず集中治療室へ行ってから・・・」

 その言葉をさえぎるように万太郎が叫んだ。

「それじゃ間に合わないんだ!今すぐ手術室へ行って外科の医者が来る前に麻酔をかけるんだ!」

 そう言いながら万太郎は患者を乗せたストレッチャーを押し始めた。隣にいた早苗も仕方なくそれに従った。そして万太郎は木崎に向って言った。

「おい。画像をすぐにリコン(reconstruction:再構成の略)しろ!大動脈基部(きぶ)をthin slice(細かい切片)で再構成した画像を作れ!そして右冠動脈の起始部(きしぶ)付近の立体画像を作るんだ!」

 CTの断層画像は通常0.5mmくらいの細かい間隔で撮影されるが、とりあえず表示されるのは5mm間隔くらいの荒い画像だけだ。細かい病変は見逃されてしまう。万太郎は病変が疑われる部分を特に細かくコンピューター処理して画像を作り直すように指示したのだ。

「え?今からですか?明日じゃダメですか?」

 木崎はちょっと困惑して答えた。

「外科の医者が来るまでにやるんだよ・・・」

 万太郎は静かに言い残してストレッチャーを押しながら手術室へと消えていった。

 第1話(5/5)に続く

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2008年10月 8日 (水)

スーパーDr.うるとら万太郎:第1話(3/5)

スーパーDr.うるとら万太郎:第1話(3/5)

   *あー当直だよ・・・*

「じゃあ想太郎、頑張れよ!」

 諸星が想太郎の肩をたたきながら明るい声で帰りじたくを始めた。

「じゃあね。想太郎」

 綾乃も明るい声で想太郎に手をふっている。

「なんだよ。まだ6時半だぜ。もう帰るのか?」

 想太郎は不安そうな声で聞いた。

「今日は県主催の循環器内科懇話会(こんわかい)があるじゃないか。俺も綾乃もそれに出席するんだよ」

 諸星は元気な声で答えた。

「あーそんな掲示があったっけな。じゃあ、循環器内科の川森先生や塚崎先生もそれに出席するのか?」

 想太郎は再び不安そうな声で聞いた。

「あたりまえじゃないの。川森先生は当番幹事で今日の座長だし、塚崎先生も症例発表があるのよ。今日は想太郎が呼んでもこないわよ」

 綾乃がちょっと意地悪く答えた。想太郎は急に不安になった。

「じゃあ心筋梗塞が来たらどうするんだよ」

「佐々木先生は多分来てくれると思うけど、病院まで30分くらいはかかるわね。それまでは想太郎!あなたが頑張って!」

 綾乃は明るく言い放つと想太郎の肩をぽんとたたいた。

―綾乃が俺の肩にさわった・・・―

 想太郎はちょっとうれしかったが、状況はそれどころではないようだ。

―循環器内科医の会合があるってことは今日は県内の循環器内科医はほとんどそこに出席してるってことだろ?じゃあ今日循環器の病気になった患者さんはすんごい不幸だよな。どこの病院へ行っても循環器内科医はいないってことだから、充分な医療を受けられないし、受けられるにしても通常よりは治療が始まるまでに時間がかかるわけだよな。そんなこと市民は当然知らないわけだしな。普通に病院へ来るに決まってるじゃないか。

―それを診(み)るのは俺か?このダメ内科医の尾形想太郎が循環器の重症を診るってこと?あー今日はとんでもない日だよ。懇話会の当番幹事があるんならその日の当番循環器病院を作っておいてくれよ―

 想太郎の頭の中にはだんだん不安が広がってきた。

「大丈夫だよ。想太郎。とりあえずの処置だけできればみんなかけつけてくれるって。何かあったら俺達も呼んでくれよ。誰よりも早く飛んでくるからさ。なあ、綾乃?」

 諸星が優しく語りかけてくれる。綾乃も微笑みながらうなずいている。

―ありがとうな・・・やっぱり親友だよ。でもそのとりあえずの処置っていうのが不安なんだぜ。お前たちならそんなこと当然わかってるだろうがな。

―研修医のときは一人で当直することはなかったよな。いつも誰か3年目以上の先生が一緒に泊まってくれてわからないことは何でも教えてくれたし、俺ができない処置は手取り足取り教えてくれたよな。それが研修医が終わって3年目になったとたんに1人で当直しなさい、なんて無理に決まってるよ。そりゃあ綾乃くらいになれば一通りの応急処置はできるんだろうけど、俺にそれを期待されても困るんだよ。第一、患者さんが不幸だろ?―

「じゃあな。頑張れよ」

 諸星が明るく言い放って綾乃といっしょにドアから出て行った。

―循環器内科懇話会って、みんな仕事が終わってからまだ勉強するんだよ。それも強制されるわけじゃないのにほとんどの循環器内科医が出席するって?まだ循環器内科医になってない諸星や綾乃だってすすんで出席するんだよな。あー俺には到底できねー!

―今日は何も来ませんように・・・今日は何も来ませんように・・・―

 想太郎は両手をこすり合わせながら呪文のように唱え続けた。

 夜8時過ぎ、想太郎は救急外来に呼ばれていた。

「24歳女性・・・下腹部痛か・・・いやだな・・・若い女性の腹痛って」

 想太郎は看護師が問診した症状が記載されているカルテを見ながらつぶやいた。

「患者さんに入ってもらっていい?」

 看護師の高沢友里が聞いた。

「ああ。どうぞ」

―「高沢友里」26歳。俺よりひとつ年下だ。しかし看護師は4年で卒業し、医師は6年で卒業するのでこの病院に就職したのは彼女が1年先だ。しかも俺が1年目の時の何もできない状態をよく知っているので(今でもたいした変わりはないが・・・)年下といえども頭が上がらない。俺と話す時もほとんど為口(ためぐち)だ。

―身長158cm、体重54kg、スリーサイズは88,64,90(多分)と今風(いまふう)で言うとほんのちょっぴりぽっちゃりタイプかな?ちょっと茶色に染めた髪はふわっとした空気感のあるショートスタイル、パッチリとした自己主張の強いきれいな目、鼻はちょっとだけ上向きでそれがまた彼女のチャームポイントになっている。唇はほんの少しだけ厚めかな?全体としての美しさは綾乃には勝てっこないが、どこか愛嬌(あいきょう)のある美人でチャーミングという言葉がよく似合う。

―綾乃がいなかったらこいつにひかれたかな?と思った時期もあったが、性格のきつさは綾乃とは比べ物にならない。俺はすぐにあきらめたね。それでも仕事は憎たらしいくらいよくできる。看護師長の受けもいいようだ。こんな奴が出世して将来の師長になるんだろうな―

 高沢友里にうながされて若い女性が入ってきた。ちょっと小柄でやせ型。苦しいのか髪は乱れたまま、化粧もしてないので24歳というわりにははずいぶん老けて見える。

「そのベッドに仰向けになってお休みください」

 つらそうな患者を見て想太郎は椅子に座らせずベッドに横になってもらう事にした。

「おなかが痛いんでしたね?」

「はい。それと下痢が・・・朝からひどくって・・・」

 それを聞いたとたん想太郎の声は心なしか弾んだ。

「ほう。下痢もしているんですか。朝から何回くらい?」

 想太郎の声は自然と明るい調子になった。

 腹痛には色々な原因がある。虫垂炎、胃潰瘍(いかいよう)、胆石などのありふれた病気から腸閉塞、消化管穿孔(せんこう)、動脈瘤破裂など緊急に手術が必要な疾患、さらに若い女性では子宮外妊娠や卵巣頚捻転(けいねんてん)などすぐに婦人科を受診させなくてはならない疾患・・・救急の現場ではそれらをすばやく鑑別して処置をしないと手遅れになってしまうことが往々にしてある。

 しかし下痢をしているということはこの患者はほぼ間違いなく急性の胃腸炎だろう。それが細菌性の腸炎かウイルス性の腸炎かわからないが少なくとも時間外の今、緊急の処置が必要な疾患ではないということだ。

―これなら俺でもひとりで診(み)れるじゃないの―

 想太郎は明るい口調で続けた。

「朝から4回ですか。それで・・・便の色は・・・赤かったり黒かったりしませんか?」

「はい・・・黄色から茶色っぽい普通の色です」

―やったぜ!普通の胃腸炎じゃないの!―

 もう想太郎の頭の中ではちっちゃな想太郎が踊っていた。

 同じ胃腸炎でも便が赤かったり黒かったりするときは腸管から出血していることを意味するので重篤(じゅうとく)な状態になりうる。この患者はそんなこともなくただの胃腸炎のようだ。

「あーそれは・・・何か悪いものを食べたんじゃないですか?昨日食べたもの覚えてます?」

「あの・・・友人とおすし屋さんへ行って色々なねたを食べましたが・・・」

「あー多分それかもしれませんね」

 原因が何であろうと想太郎にはどうでもいいことだ。そのすし屋が営業停止になろうがそんなことは知ったことじゃない。まあ患者を納得させる説明をして薬を出せばいいわけだ。

 一通りの診察をして想太郎は食事の注意などを説明し、薬の処方をカルテに記載した。

「どうも夜分に診ていただいてありがとうございました」

「いえいえ・・・どういたしまして(胃腸炎ならまたきてね)」

 想太郎は明るい声で答えてうきうきしながら医局に戻った。

―まあ病院に来る患者の95%は風邪(かぜ)とか胃腸炎みたいな軽症患者なんだよな。だから俺みたいな無能な内科医でも一応の仕事ができているわけだ。でも残りの5%がややこしい患者で中にはとんでもない病気が隠れているわけだよ。そんな患者は綾乃の時とかもっと偉い先生の当直のときに来てほしいよな・・・―

 想太郎はそんなことを考えながら医局のソファに仰向けになった。

    *急患!しかも超重症!*

 ソファの上でうつらうつら眠っていた想太郎はPHSの呼び出し音で起こされた。

「・・・はい・・・尾形ですが・・・」

”5分後に救急車入るわよ。50歳男性の胸痛だって。すぐ来てよ”

―高沢友里の声だ。もう少し丁寧語を使えないのか?俺は年上のドクターなんだぞ―

「はいはい。今行くよ」

 時計を見ると午後9時をまわったところだ。1時間近く眠っていたらしい。想太郎はねぼけまなこをこすりながらゆっくりと立ち上がり救急室に向った。

―えっと・・・なんだって?50歳の胸痛?・・・おいおい!そりゃ心筋梗塞じゃないのか?冗談じゃないよ。今日は循環器の先生は誰もいないんだぜ!今9時か・・・もう終わってるのか?循環器懇話会(こんわかい)っていうの―

 少しずつ頭のはっきりしてきた想太郎は事の重大さにやっと気がついたようだ。

―いや待て待て、胸痛って言っても狭心症かもしれないな(心臓を栄養する冠動脈(かんどうみゃく)が完全に閉塞(へいそく)したのが心筋梗塞。まだ閉塞していないのが狭心症)。だったら病院についた頃にはもう症状はおさまっているかも・・・それに胸痛なら神経痛とか筋肉痛かもしれないじゃないの。神様お願いします!病院に来たときにはケロッとしていてください―

 そんなことを神様にお願いしたってなるようにしかならない。想太郎だって100も承知だが彼は思わず両手をすり合わせながら祈るように救急室に向った。

 彼が救急室に入るのと同時に救急隊がストレッチャーを運び入れてきた。

「若林繁さん!50歳男性です!8時半すぎにテレビを見ていて急に強い胸痛があり我慢できずに8時50分に救急隊に連絡されました。現地到着が8時56分。到着時の状態は顔面蒼白(そうはく)で血圧80の50!脈拍96!酸素分圧(ぶんあつ)は100%です。今でも胸痛が続いています!」

 救急隊員の一人が苦しそうに胸を抑える患者が乗っているストレッチャーを救急室のストレッチャーに横づけしながら大声で伝えた。

―おいおい!めちゃくちゃ重症じゃないの!こりゃあ間違いなく心筋梗塞だよ!―

「ベッド移動します!いちにのさん!」

 救急隊員の掛け声で患者が救急室のストレッチャーに移動された。想太郎は何もしゃべれずにその場の雰囲気に流されて患者の足を持って移動を手伝った。

―何したらいいんだ?まずニトロか?いや、血圧が低いって言ってたな。じゃあドーパミンが先か?―

 おろおろする想太郎を尻目に高沢友里ともう一人の当直看護師の卒業3年目の川上早苗が心電図モニターや酸素マスクを手際よく装着し、腕に点滴の針を刺そうとしていた。

「血圧79と45!脈拍100です。尾形先生!早く指示出して!」

 高沢友里が大声で叫ぶ。

「ああ・・・えっと・・・点滴はラクテック500mlを全開で開始。それと、採血は一般生化学検査と血算(けっさん)。それから・・・とりあえず胸部レントゲンと心電図・・・かな?」

「酸素は?」

「えっと・・・じゃあ、5リットルくらいで・・・」

 しどろもどろに返事をする想太郎を尻目に高沢友里はてきぱきと自分の仕事をこなしていった。

―次は何だ?何すりゃいいんだ?―

 想太郎も3年目になる内科医のはしくれだから一通りの救急処置は知っている(はずだ)。しかしこのような修羅場(しゅらば)に出くわし、彼の頭の中は真っ白になってしまった。

―そうだ!マニュアル!レジデントマニュアルを見ればいいじゃないか!―

「ちょっと医局行ってくるから・・・」

 想太郎がおそるおそる高沢友里に小声で話しかけた。

「なに言ってるのよ!ここにいてよ!」

―そんな大きな目でにらまないでくれよ―

「すぐ・・・すぐ戻るから!」

 そういい残して想太郎は逃げるように医局へと向った。誰もいない医局の自分の机の前でレジデントマニュアルを必死になって探していると、机の片隅においてあった、昨日父親に貰ったケースが彼の目に留まった。

―ウルトラアイ?これをかければ何でもできるスーパードクターに変身できるって言ってたな?本当かよ。親父よー―

 想太郎はわらにもすがるような情けない気持ちでケースからウルトラアイを取り出し、じっと見つめた。想太郎の頭の中には今の修羅場と高沢友里の大きな怖い目が浮かんできた。

―もうどうなっても知らん!―

 想太郎はためらわずにウルトラアイをかけた。その瞬間、彼の身体は青白いまばゆい光に包まれた。想太郎は顔がほてり、体中が熱くなるのを感じた。そして次の瞬間、彼の頭の中は一気に明るくなった。まるで自分の頭の中に宇宙が広がっているようだ。それに全身に力がみなぎっている。

―おいおい、こりゃ本物だよ。親父よ、あんたえらいものを作ったな!―

 想太郎は医局の洗面台の前に立ち、鏡を見つめた。

―これが・・・俺か?― 鏡の中には見たこともない若い男が立っていた。メガネの奥からはすずしい瞳がりりしく輝き、眉は男らしく太く、鼻は高く、口元もきりりと引き締まっている。誰が見てもちょっとした『いい男』だ。髪は軽くパーマがかかったようにふさふさと盛り上がり所々茶色に染まっている。

―親父が言っていた今風(いまふう)ってこれかよ―

 そればかりか手足や胸の筋肉は盛り上がり、だぶだぶだった想太郎の白衣がきつそうだ。誰が見てもあの弱々しい想太郎が変身した姿とは気がつかないだろう。

―すげーよ!親父よ!俺はあんたを心から尊敬するよ!―

 しばらく鏡に映った自分の姿に見とれていた想太郎ははっとわれに返った。

―そうだ!患者は!―

 想太郎は矢のようなスピードで救急室に向った。

 第1話(4/5)に続く

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2008年10月 7日 (火)

スーパーDr.うるとら万太郎:第1話(2/5)

スーパーDr.うるとら万太郎:第1話(2/5)

   *想太郎の家・・・病院の目の前です*  

 想太郎の家は病院のすぐ前にある古い一軒家だ。想太郎は発明家を自称する父親との二人暮しだ。母親は想太郎が幼い時に事故で死んだそうだが、想太郎にはほとんど母親の記憶がない。

 すでに夜の10時過ぎ、想太郎が暗い気持ちで薄暗い家の中に入ると地下室のほうから明かりが漏れているが見えた。

―またくだらない実験をしているのか?―

 想太郎はそんなことを考えながら地下室への階段を下りた。薄暗い明かりの中でなにやら机に向って一生懸命の父親に向って想太郎は後から声をかけた。

「おい、親父よ。今度は何を作ってるんだ?」

 父親はびっくりして想太郎の方に向き直った。

「なんだ、おどかすな!おー・・・想太郎!お前を待っていたんじゃよ!」

 ちょっと薄くなった白髪に黒ぶちのメガネをかけた父親はいかにも想太郎を待っていたかのように想太郎の手をひいて隣の椅子に座らせた。

「なんだよ」

 想太郎はちょっと不機嫌そうな顔で父親をにらんだ。

「想太郎・・・お前には苦労をかけたな・・・」

 父親が想太郎の手を握って語りはじめた。

「なんだよ、急に・・・気持ち悪いじゃないか」

 想太郎は父親の手を払いのけて言った。

「お前は小さいときに母親を亡くして、わしも仕事が忙しくてお前のことをあんまりかまってやれなんだ」

 父親はしんみりと話し続けた。

「そんなことはわかってるって!それに仕事っていうけど、あんたの仕事って訳のわからないものを作ってるだけじゃないの?」

 想太郎がちょっと憤慨して答えると父親は無言でうんうんとうなずいて想太郎の目を見つめた。

「そしてお前はなぜか不慣れな医者の世界に入って苦労をしておる。お前はもともときちんとした仕事をするのには向いていないんじゃ。わしのように自由にできる仕事がお前にも合っているのに・・・」

「なに言ってるんだ?俺が何になろうが親父の知ったことかよ!それにもう一回言うけど、あんたのやってる仕事って何だ?訳のわからないガラクタを作ってるだけじゃないの。それにその『わし』とか『じゃ』とかいうのをやめてくれない?いかにも年寄りくさいぜ。まだ65だろ?」

 父親は再び無言でうんうんとうなずいてさっきまでいじっていた小さなはこを想太郎の目の前に置いた。

「お前の言うことはもっともだ。だが、わしの口癖のことは言うな。いつの時代も発明家というものはこういうしゃべり方に決まっておる。そんなことより・・・これを見てくれ」

 父親が小さな箱をあけると中から真新しい赤色のメガネが出てきた。

「なんだ?俺は目はいいからこんなものいらないぞ」

 父親はちょっと笑顔を浮かべながらケースに入ったままのメガネを想太郎に見せた。

「これはな・・・ただのメガネじゃないぞ。『ウルトラアイ』じゃ・・・」

「うるとらあい?あんたいくつだ?最近アニメの見すぎじゃないのか?」

 想太郎はあきれた声で聞いた。

「わしはな・・・今まで数多くの発明をしてきた。だがその多くはお前が言うようにくだらないガラクタじゃった」

「その『わし』とか『じゃ』をやめなって」

 父親は想太郎の言葉にはかまわず話し続けた。

「わしも自分の才能に絶望した時期があったよ。何をやりはじめても『おおかた、だめだろう』って言うのが口癖になっていた。もちろんわしの名前が尾形為太郎(おがたためたろう)じゃから最初はしゃれで言い始めたんだがな」

―・・・あきれてものも言えないぜ・・・恨むのはこの親父じゃなくってじいちゃんだな・・・―

「しかし、そんなときもあいつはいつも、わしの才能を信じてついてきてくれた。お前の母親じゃよ」

 父親の為太郎はしんみりと語り続けた。

「お前の母親の実家は昔の華族でな。いわば、いいとこのお嬢さんというわけじゃ。しかも花が咲いたように美しかった」

―なんか・・・聞いたことあるような話だな―

「まあ最初はわしとは月とすっぽんで全く相手にもされなんだが、ある日わしが『おおかた、だめだろう』って冗談を言ったらな、お前の母親にえらく受けてな・・・その日からちょっとずつ親密な仲になっていったんじゃ。それ以来『おおかただめだろう』がわしの口癖になってしまったがな」

―・・・血っていうのは・・・まっこと、おそろしいもんだな・・・―

「そんなことはどうでもいいんじゃ!これを見てくれ!」

 為太郎はケースの中からちょっと大き目の赤色のメガネを大事そうに取り出し、ガラス細工をさわるような手つきで持ち上げた。

「わしの今までの発明は確かにくだらないものが多かった。しかしな・・・わしはついにとんでもないものを発明してしまった・・・」

 為太郎はメガネをまじまじと見つめながらゆっくりと語り始めた。

「ふーんこれがね・・・」

 想太郎はそのメガネをさわろうと手を伸ばした。

「さわるな!」

 為太郎はメガネを持った手をひっこめてそれを大事そうに抱え込んだ。

「なんだよ・・・ウルトラアイだって?じゃあそれをかけたらウルトラセブンにでも変身できるっていうのか?」

 想太郎は椅子の背もたれに寄りかかって馬鹿にしたような声で聞いた。

「ああ・・・そのとおりじゃよ」

 為太郎がうす笑いをうかべながら答えた。想太郎はそんな父親をしばらく無言で見つめていたが、フッとため息をもらして立ち上がった。

「ああ・・・おれ、明日当直だからもう寝るわ」

「まあ・・・ちょっと待て」

 為太郎はそんな息子の手を握ると無理やりもう一度椅子に座らせた。

「なんだよ。俺はあんたの道楽に付き合ってる暇はないんだよ。今日だって・・・・」

 そう言いかけて想太郎はあわてて口をつぐんだ。

「今日がどうしたって?」

「そんなこと・・・あんたに関係ないだろ?」

 想太郎は顔をそらしてつっけんどんに答えた。

「わかっておる。お前のことは誰よりもわかっているつもりじゃよ。だからこそ・・・これが役に立つんじゃ」

 為太郎はそう言いながら自分が発明したメガネをゆっくりと上にかざした。

「これをかけるとな・・・お前は何でもできるスーパードクターに変身するんじゃよ」

 為太郎は得意顔でゆっくりと想太郎に諭すように話しかけた。

「あー?スーパードクター??」

 想太郎はあきれ顔で父親を見つめた。

「お前は病院で毎日失敗ばかりしているんじゃろ?いやいや・・・わかっておる。今日も失敗して上司に叱られたな?ほれ、真田とかいう偉い先生に・・・」

 為太郎はニヤニヤしながら息子の顔を見つめた。

「何でそんなことがわかるんだよ」

 想太郎はぶぜんとして答えた。

「さっきも言ったが、お前は本来医者の仕事には向いていない。まあ、患者との付き合いはうまくやってるかも知れんが、わからないことを調べたり難しいことを考えたりするのは苦手なたちでな、手も不器用だから注射や処置だってなかなかうまくいかんだろう?」

「・・・・・」

 想太郎は父親の顔は見ずにぶすっとした顔で無言で天井を見つめていた。

「このメガネはな・・・そんなお前を助けてくれる画期的なしろものというわけだ」

「じゃあなにか?俺がそれをかけたらむつかしい病気が診断できるようになったり注射や処置がすらすらとできるようになったりするわけか?」

「まさしくそのとおり」

 為太郎は勝ち誇ったように答えた。

「そんな話信じられるわけないだろ?」

「まあ、こんな突拍子(とっぴょうし)もない話をいきなり信じろといっても無理じゃろうな。今からゆっくりと説明してやろう」

 為太郎は手に持っていたメガネをそっとケースに戻して話しはじめた。

「このメガネはな、端末、いわばレシーバーなんじゃ」

「レシーバー?」

「そう。わしの発明の本体はほれ、そこにある・・・」

 為太郎は目の前のスーパーコンピューターを指差した。

「このコンピューターにはな、あらゆる医学知識と技術が詰め込まれているんじゃ。おまえがこのメガネをかけるとこのホストコンピューターからデータがお前の脳に直接送り込まれる。そしてお前は現在の最先端の知識と技術を取り出すことができるようになる」

「本当かよ?じゃあ・・・難しい専門書やインターネットも調べる必要がないのか?」

「ああ。そんなものは自然にお前の頭の中に浮かんでくる」

 為太郎は誇らしげに答えた。

「それだけじゃないぞ。ホストコンピューターはお前に最先端の医療技術も提供する。お前が全くやったことのない検査や処置でもコンピューターがお前の脳に指示を出して完璧に仕上げるじゃろう」

「じゃあ・・・俺が苦労している胃カメラとか、俺がまだやったことがない心臓カテーテル検査なんかもできるようになるのか?」

「何の造作(ぞうさ)もない」

「そいつはすげーな」

 想太郎はちょっと感動して父親を尊敬のまなざしで見つめた。

「お前にもやっとこの発明の価値がわかったか?」

「まだ信じられないが、もしそれが本当だったら画期的なんてもんじゃない。あんたは世界中から尊敬されるぞ」

 為太郎は息子にほめられていかにもうれしそうに椅子に踏ん反りかえって続けた。

「わしはな、このシステムをCUPID(キューピット)と名づけた」

「キューピット?」

「ああ・・・Completed Ultimate Perfect Instrument for Doctorの略じゃよ」

 為太郎は紙に書きながら誇らしげに答えた。

「なんだって?えっと・・・完成された・・・究極の・・・完璧な・・・医者のための装置?ってこと?」

「そういうこと」

―親父らしいぜ。同じ意味の言葉をこんなに並べなくってもいいんじゃないのか?―

「じゃあ・・・これをかければ誰だってスーパードクターになれるっていうことか」

 想太郎が真剣なまなざしで聞いた。

「いや、このレシーバーはお前の脳波に同調するように作られている。他の奴がかけてもただの度のないメガネに過ぎん」

「ふーん。じゃあ今これを・・・俺がかければ・・・俺はスーパードクターになれるのか?」

 想太郎は父親の発明したウルトラアイをじっと見つめた。

「いや、まだCUPID(キューピット)の設定が終わっていない。しかし明日の夕方までには終わる予定じゃ」

「明日・・・じゃあ・・・明日の俺が当直のときは、俺はスーパードクターになっているわけだな?」

「まあ・・・だいたい・・・そういうことだがな・・・」

 為太郎はちょっと躊躇(ちゅうちょ)して答えた。

「なんだ?違うのか?」

「実はこの発明はまだ未完成でな・・・おまえがスーパードクターになれるのは1時間だけなんじゃ・・・」

「1時間?じゃあそのあとは?」

「普通のお前じゃ」

「普通の俺?じゃあ・・・メガネをかけていても1時間たったらまた冴えない無能な内科医に逆戻りってことか?」

「無能な内科医・・・そんなに自分を卑下(ひげ)するな」

 為太郎はちょっと情けない声で想太郎を慰(なぐさ)めた。想太郎はそんなことは気にもせずに話し続けた。

「それじゃあ・・・余計おかしいじゃないか?俺がスーパードクターになったり、ダメドクターになったり・・・誰だっておかしいと思うじゃないか」

「その点は心配するな。スーパードクターに変身するときは知識や技術だけでなく、外見も変わるように設定してある。誰もお前だとは気づかんよ」

 為太郎が誇らしげに答えた。

「外見?」

「ああ。お前のルックスは残念ながらわしにそっくりだ。母親に似てくれればよかったんだがな」

―そんなこといまさら言われたくないよ―

「でも大丈夫じゃ。スーパードクターに変身する時にはお前の母親の遺伝子を活性化するように設定してある。だからお前のたれたしまりのない目はきりりと引き締まり、ちょっと上向きのだんご鼻もすっきりと高くなり、眉も濃くなる。そして髪型も今風(いまふう)に設定しておいてやったぞ」

「なんだって?俺の外見まで変わってしまうのか?それじゃあ余計おかしいじゃないか!そんな、どこからやってきたかわからないような奴がどうやって今の病院で診療できるんだよ!」

「そんなもんなのか?」

 為太郎はちょっと意外そうな声で聞いた。

「あー・・・なに考えてんだよ!」

 想太郎はいかにもがっかりした様子で椅子にもたれかかった。

「まあ・・・そんな細かいことは気にするな。それより明日からこのウルトラアイを使って患者さんを助けてやれ」

 為太郎は悪びれもせずに笑いながらウルトラアイをケースにしまって大事そうに想太郎に渡した。

「親父を一瞬でも尊敬して損したよ」

 想太郎はケースを受け取りながらちょっと投げやりに答えた。

―まあ・・・おおっぴらには使えそうにないが少なくとも調べ物をする手間くらいは省けそうだな。それだけでも親父に感謝しておくか―

「あーそうだ。大事なことを忘れておった・・・」

 為太郎は思い出したように手を打った。

「大事なこと?」

「ああ。スーパードクターに変身するとな、大量のエネルギーを消費するんじゃ。そしてその代謝産物(たいしゃさんぶつ)として大量のガスが発生される」

「ガス?」

「そう。変身が解けてもとのお前に戻るときは大量の屁が出るから覚悟しておけ」

「大量の屁・・・臭そうだな。覚えておくよ」

「それからもうひとつ・・・」

「なんだ?まだあるのか?」

「まあ・・・これはたいしたことじゃあ・・・ないがな・・・一度スーパードクターに変身したあとは72時間は変身してはいかん」

「72時間?3日間じゃないか」

「72時間は体内のガスが完全には処理できないんじゃ。CUPIDの熱も冷めん」

「じゃあもしその間にもう一度変身したらどうなるんだ?」

 ちょっと間をおいて為太郎が答えた。

「その時は・・・多分命はないじゃろうな・・・」

「なんだって!死ぬってことか?」

「ああ・・・二度と復活することはできん」

「死んだら復活も何もないじゃないかよ!そんな恐ろしいものをよく息子に渡す気になるな!」

「72時間、あいだを空ければ大丈夫じゃ。それに今、改良を進めておる。もう少しすればもっと使いやすくなるって」

 為太郎はあっけらかんと答えた。

「ああ・・・わかったよ。あんたの能天気(のうてんき)な性格が俺にも少し遺伝してくれればよかったよ」

 あきれてそう言いながら想太郎は階段を上がり、自分の部屋に消えていった。 想太郎はベッドに寝転んで仰向けになってウルトラアイを見つめていた。

―ほんとにこんなもんでスーパードクターになれるのか?まあ、あの親父が作ったものだからな、あんまり期待しないほうがいいよな―

 想太郎は試しにウルトラアイをつけてみた。何の変哲もないガラス玉のレンズが見えるだけだ。

―普通のメガネよりはちょっとレンズが大きくてフレームが厚めで重いかな?それにフレームがぴったりと俺の顔にフィットしてるぜ。さすが俺に合わせて作られただけのことはあるな。でもそのおかげでフレームの横からは何にも見えないけどな・・・―

―それにしても・・・親父はなんだかんだ言っても美人でお嬢様のお袋をものにしたんだよな・・・それだけでもえらいよ。でも・・・俺がもし、外見もびしっと決まって、すごいドクターになったら・・・綾乃は俺に振り向いてくれるかな・・・?―

 そんなことを考えながら想太郎はウルトラアイをケースにしまった。

―さあ・・・明日は当直だ。今夜はもう寝なきゃな・・・―

 想太郎はしばらく父親と母親のことや綾乃のことを考えてベッドの上でまどろんでいたが、いつしか眠りに落ちていった。

 第1話(3/5)に続く

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2008年10月 6日 (月)

スーパーDr.うるとら万太郎:第1話(1/5)

ようやく「風の軌跡」の掲載が終了しました。

 今週から、病院を舞台にした変身ヒーロー物「スーパーDr.うるとら万太郎」(2006年発表)を掲載します。

 私が出版してきた作品の中では最も面白いと評判が良く、自分でも気に入っている作品です。

 ストーリーの概略を記載しますと・・・ 

「いつも失敗ばかりの卒業3年目の冴えない内科医、尾形想太郎は発明家の父親からウルトラアイを譲り受ける。このメガネをかけると彼は1時間だけ万能のスーパードクター『万太郎』に変身できるのだ。想太郎は万太郎に変身して次々と患者を救っていく。しかし想太郎がひそかに想いを寄せる同期の美人女医「綾乃」はいつしか万太郎に心を奪われ・・・」

 と言う感じで、コメディタッチにストーリーが進んでいきます。 

 全7話構成で1話に1回ずつ万太郎の変身シーンがあり、連続ドラマ化されてもいいような(?)構成となっています。

 医療現場をできるだけ正確に描写するように心がけたので、やや専門的で読みにくい部分もありますが、わかりにくいところは飛ばして読んでいただいても結構楽しめますので気楽に読んでください。

スーパーDr.うるとら万太郎  第1話 万太郎登場だぜ!

   *最悪の症例検討会(医局カンファレンス)*

「そんなわけでこの患者さんの診断は・・・まだ、よくわかりません・・・」

 尾形想太郎は自分の受け持ち患者の症例発表を小声で締めくくった。

「よくわからない?君はこの患者さんが入院してから1週間、何を調べていたんだね?今の症例発表では一般採血とレントゲン、心電図などを提示しただけでほとんど何も進んでいないじゃないか?」

 司会役の真田医局長が大声で想太郎をにらんだ。

「はあ・・・」

 想太郎は下を向いて小声で返事をした。

「はあ、じゃないよ君!週に一回のこのカンファレンスには院長の桐島先生をはじめとして当院の内科の先生方が忙しい時間をさいて出席しているんだ。君ももう研修医じゃないんだからもう少し真剣に取り組んでもらわないとな!」

 真田医局長は神経質そうに黒ぶちのメガネを触りながらちょっと困った顔をしている桐島院長の顔をチラッと見た。そして想太郎の顔をじっと見つめてまくし立てた。

「まったく、これじゃあ患者さんを任せられないじゃないか」

「はあ・・・すみません・・・」  

―俺の名前は尾形想太郎(おがたそうたろう)。今年27歳になる卒業3年目の冴えない内科医だ。小さい頃からあまり要領がいいほうではないが、それでも公立の進学校を中くらいの成績で卒業し、医学部への入学も何とか現役で切り抜け、進級や医師国家試験も何とか一回でパスしてきた。もちろん成績は下のほうだったが・・・

―卒業してからは研修医としてこの病院に勤務して、真田医局長を始め先輩方に叱咤激励されながら(はるかに叱咤が多かったが・・・)何とか研修医を終えて、この4月から一人前の内科医として仕事をするようになった。さすがに3年目にもなれば点滴や注射や簡単な検査などはどうにかそれなりにこなせるようになったが、この医局カンファレンスの症例発表だけはいまだに苦手だ―

「結局この患者さんの病態に関しては多分膠原病(こうげんびょう)だろうということしかわかっていないということかね?」

 真田医局長が薄くなった頭を光らせながら、あきらめたように聞き返した。

「はい・・・おおかた・・・そうだろうと・・・思います。」

 そう言った瞬間、想太郎ははっとわれに返った。

―しまった!また・・・言ってしまった・・・―

 まわりは一瞬静まり返り、その直後、真田医局長が顔に嘲笑を浮かべながら声を上げた。

「ほらほら、それがいかんのだよ。おおかたそうだろう?我々医者は科学者だよ。その科学者がそんないい加減な返事をしてはいかんだろう?いくら君の名前が『おおかたそうたろう』君でもな」

 まわりからクスクスという笑い声が聞こえる中、想太郎は蚊の泣くような声で答えた。

「はあ・・・すみません・・・」

―いつもこうだ。俺がこの口癖を口にするとあいつは決まって同じ事を言いやがる。よほどこのくだらないジョークが気に入っているようだ。そんなに俺の名前がおかしいのか?―

 そんなことを考えながら想太郎はノートパソコンが置いてあるプレゼンテーションデスクから自分の席にすごすごと戻った。

「まあ、これじゃあディスカッションのしようがないな。こんなことで先生方の貴重な時間を無駄にするわけにもいかない。尾形君は来週までにもう少し検査を進めておきなさい。桐島先生、次に進めてよろしいでしょうか?」

 真田医局長はあきれたような声でちょっと申し訳なさそうに院長の顔をうかがった。桐島院長は何も言わず腕を組んだまま無言でうなずいた。

「じゃあ次は・・・綾小路(あやのこうじ)先生。よろしくお願いします。」

 真田医局長が指名した。

「はい」

 綾小路綾乃は机の上に準備した資料をさっと手に取るとさっそうとプレゼンテーションデスクへ向い椅子に座るとマウスを手にとった。

「症例は78歳の女性です。主訴(しゅそ)は全身倦怠感(けんたいかん)および食欲不振です。既往歴(きおうれき)として60歳のときに胆石症で開腹胆嚢摘出術(かいふくたんのうてきしゅつじゅつ)を受けておられます」

 綾小路綾乃はその透き通った声と流暢(りゅうちょう)な言葉で症例提示を進めていった。尾形想太郎はまだ先ほどの失敗から立ち直れずぼんやりとスクリーンに映し出された綾乃の症例提示を眺めていた。

―綾小路綾乃・・・このいかにもいい家のお嬢様らしい名前の女は俺の大学時代からの同級生だ。身長164cm、体重48Kg、サイズは上から86,58,88cm(多分・・・)、美しいストレートの黒髪をきれいにアップスタイルにまとめ、ちょっと大きめの黒のバレッタでとめている。シンプルなナイロールのメガネの奥からは、きりっとした美しい瞳がのぞき、鼻筋はまっすぐに通っている。

―薄く口紅を塗った上品な口元にきりりとひきしまった眉。多分きちんと化粧して着飾ったらそこらへんの女優も顔負けだろう。ピアノの腕はプロ級で、茶道や華道のたしなみもあるらしい。学生時代は女子テニス部のキャプテンとして活躍し、全国の医学部の大会でもいつもベスト4に入っていた。

―父親は何とかコンツェルンという企業の会長で世界中をかけまわっており、母親の実家は華道の家元で、まさに正真正銘のお嬢様だ。性格はどうかというと確かに気が強くプライドは高いが決していやみな女ではなく、患者にもやさしい言葉で接して診療にはいつも一生懸命だ。

―こんな俺ともお互い「想太郎」「綾乃」と呼び捨てにして普通に友人として付き合ってもらっている。まあ、だからといって俺の綾乃に対する気持ちなんてあいつにわかるわけがないし、もしそれを知ってもこんな俺とじゃ到底つりあわないことは俺も充分認識しているから何も言わないがな・・・

―まあ俺は身長は170cmだから綾乃より少しは高いんだけど、二人で町を歩いたりしようものなら誰が見たって美女と野獣・・・いや、お嬢様と召使いって感じかな・・・。あいつは学生時代にはでれっとした二枚目のテニス部の先輩と付き合っていた時期もあったけど、すぐに別れちゃったよな―

 そんなことを考えながら想太郎はぼんやりとスクリーンを見つめていた。

「以上のことから悪性腫瘍は否定的です。考えられる診断は夫の死去により発症したうつ病。鑑別しておかなくてはならないものとして、甲状腺機能低下症および強皮症(きょうひしょう)をはじめとした膠原病があります。現在その鑑別診断目的にホルモン検査および自己抗体検査をオーダー中です。以上です」

 綾小路綾乃は症例提示が終わるや否や、マウスからさっと手を離して真田医局長のほうへ向き直った。

「なるほど。御主人の死をきっかけとして急激に症状が進行したわけだな。確かに悪性腫瘍を否定する検査も一通り施行されている。鑑別診断も完璧だ。よく1週間でこんなとらえどころのない患者の診断をつけられたもんだ。この症例に関しては別の意味でディスカッションは不要じゃないかな?綾小路先生はつい最近まで研修医だったとは思えないな」

 真田医局長は感嘆の声で綾乃を絶賛した。綾乃は当然という顔でそれでもちょっとはにかみながら医局長に向って軽く会釈した。

「まあ・・・今でも研修医みたいな奴もいるがな・・・」

 真田はちらっと想太郎を見ながらつぶやいた。想太郎はじっと下を向いたまま黙っていた。

―あーあ・・・またかよ。綾乃とくらべられたら誰だって見劣りするに決まってるじゃないか。まあ、確かに俺は他人よりちょっと要領が悪いけどな・・・―

 綾乃はそんな想太郎を気の毒そうにチラッと横目で見ながらプレゼンテーションデスクを離れて自分の席に戻った。

「さあ次は最後の症例だな。症例提示は諸星(もろぼし)先生」

真田医局長が指名した。

「はい!」

 想太郎の隣に座っていた諸星渡(もろぼしわたる)が目の前の資料をがさがさと手にとってプレゼンテーションデスクに向った。

―諸星渡。この男も俺の同級生だ。身長185cm、体重90Kg。柔道部で鍛えたがっしりした体は、ぱっと見は威圧的だが人のいい優しい男だ。まあ、もともとが体育会系の性格で成績もさほどよくはなかったが、根がまじめでやりかけた仕事は最後までやり通す。どちらかというと俺と同じで要領が悪く不器用だが、俺と違うのはこの最後までやり通すっていう精神力だろう。

―俺ともなんとなく馬が合い、学生時代からの親友だ(と少なくとも俺は思っている)。実家は小さな内科の医院をやっていて将来はそのあとを継ぐつもりらしい―

「症例は・・・えっと・・・・」

 諸星渡は一生懸命マウスを操作しているがなかなか自分のファイルが見つからないようだ。

―がんばれ、諸星―

 想太郎は祈るような気持ちで親友を見つめていた。

「あ・・・これです。これこれ。失礼しました」

 諸星渡はほっとしてマウスをクリックし、症例提示を始めた。

「症例は65歳男性です。主訴は腹痛。既往歴として10歳のときに虫垂炎、22歳で肺炎、32歳のとき交通事故で右下腿(かたい)骨折、40歳で細菌性胃腸炎・・・それから・・・」

 手元の資料を見ながら話し続ける諸星をさえぎるように真田医局長が口を挟んだ。

「おいおい。諸星先生。ここは内科のカンファレンスなんだから、病気に関係のない既往歴を全部述べる必要はないだろう?もっと要点を絞って提示してくれないか?」

「はい!すみません。えっと・・・大事なものは・・・これです。60歳のときに早期胃癌で胃の亜全摘術(あぜんてきじゅつ)を受けています」

 諸星渡が手元の資料をがさがさとつかみながら大きな声で答えた。

「そうそう。それは大事なことだな」

 真田医局長が満足げにつぶやいた。

「患者さんは先月の下旬に右の季肋部痛(きろくぶつう:肋骨の下の痛み)を自覚し、近医(きんい:近くの医院)を受診され・・・」

 諸星渡は大きな声で症例提示を続けていった。想太郎はボーっとしながらスクリーンを眺めていた。チラッと左に目をやるとひとつ向こうの席では綾小路綾乃が真剣なまなざしでスクリーンを見つめ、なにやら細かくメモを取っている。

―あー・・・えらいよな・・・綾乃は・・・他人の症例にもあんなに一生懸命になって・・・だめなんだよな、俺は・・・集中力がないっていうか、体力がないっていうか、調べ物をしていても長く続かないんだよ。患者さんを診(み)る事は結構好きで話していると楽しいんだけどな・・・でも・・・こんな俺ってやっぱり医者に向いてないのかもしれないな―

「えーっと・・・それで診断は、総胆管結石症です。鑑別診断として総胆管癌(そうたんかんがん)と膵頭部癌(すいとうぶがん)の除外が必要だと思います」そうこうしているうちに諸星の症例提示が終わったようだ。

「うん。ちょっと回りくどいところもあるがよく患者を診ているじゃないか。だいたい合格点だな。どうだ、先生方。何かこの症例に関して御意見は?」

 真田医局長が質問を促すと先輩の医師が次々と手を上げて意見を交わしはじめた。諸星渡は時々頭をかきながら、つまずきながらも先輩医師からの質問に一生懸命に答えていた。

―あーえらいよな。諸星も・・・しどろもどろでも一応答えになっているじゃないか。こんなことまで調べているのか。それに比べたら俺は・・・やっぱり医者には向いてないのかもな・・・―

 想太郎は広い症例検討室に自分だけがひとりぽつんと座っているような気がしていた。

   *親友ってものは*

「元気出しなさいよ!想太郎」

 病棟のナースセンターの片隅で、落ち込んだ想太郎の肩を綾乃がぽんとたたいた。

「そうだぜ、想太郎。真田先生はいつだってあんな調子じゃないか。少しくらいいやみ言われたって気にすることなんかないさ」

 今度は諸星が明るい調子で慰めてくれる。

―こんな俺でも励ましてくれるのか?友達っていうのはありがたいもんだよな―

「ありがとう。でもいいんだ。今日の症例提示は自分ながらまずかったって思ってるんだ。来週はもう少し頑張るよ」

―親友二人に励まされたとあっては俺も元気を出さないわけにはいかないぜ。特に綾乃がこんなに親身になって励ましてくれるんだからな・・・。悪いが諸星、お前はまあ、おまけってとこだな―

「でもな・・・おまえの『おおかたそうだろう』って口癖はもうやめたほうがいいな」

 諸星がポソリとつぶやいた。

「そうよね。あれはやっぱりまずいかも・・・」

 綾乃も諸星に同意した。

―そんなことは俺だってわかってるさ。あの真田医局長のくだらないジョークを一番聞きたくないのは他ならぬこの俺なんだ。でも口癖っていうのはそんなに簡単に治らないんだよ。

―そもそも俺が『おおかたそうだろう』を使い始めたのは他ならぬ綾乃のせいなんだぜ。綾乃はもう覚えちゃいないだろうが、俺達の学生時代に俺がちょっと冗談で『おおかたそうだろう』って言ったらえらく綾乃に受けたじゃないか。それから俺は『おおかたそうだろう』を連発するようになったんだよ―

「まあ・・・俺もそう思うよ。でも名前が悪いんだよな・・・尾形想太郎なんて・・・ちょっと親を恨むよ。どうしてもっと考えてつけてくれなかったのかってな」

「なに言ってるのよ想太郎。そんなこと言ったら私だって悲惨なものよ。『綾小路綾乃』なんて親がなに考えてるのかわからないわよ。なんでも外人さんにもわかりやすいようにつけたそうだけど、私こそもうちょっと考えてつけてほしかったわ」

―そう言われればそうだな。苗字にも名前にも『あやの』があるなんで普通じゃないよ―

「俺だってそうだぜ。まるで漫画の主人公だよ。まあ俺は別に親をうらんじゃいないけどな」

―確かにな・・・諸星渡?お前の親はきっとアニメなんて見ないんだろうな―

「わかったよ。これからは『おおかたそうだろう』は使わないように気をつけるよ。それにしても・・・俺はやっぱり医者には向いてないのかもしれないな」

 想太郎は小さな声でつぶやいた。

「またー?あなたこの前、『医者は俺の天職だ』って言ってたじゃないの?」

 綾乃があきれ顔で言った。

―ああ・・・そうだ・・・そんなこと言ったっけな・・・・あの時は・・・喘息(ぜんそく)の患者さんがなかなかよくならなくって、夜中からずっと朝までつきっきりだったっけ。ステロイドやらボスミンやら色々使って、外が明るくなってからあのばあちゃんやっと楽になって『先生。ありがとう』って言われたときは本当にうれしかったよな・・・―

「ああ・・・そんなこと言ったかな?」

「そうだよ。想太郎!今日の症例提示がうまくいかなかったのだってこの1週間お前があのばあちゃんにかかりっきりだったからだろう?真田先生だってそんなことわかってるはずなのにちょっとひどいよな」

―さすが俺の親友だ。俺のことを一番わかってるのは諸星渡、お前だよ。さっきの言葉は取り消し!お前は『おまけ』じゃなくって俺にとって大切な人間だよ。でも綾乃が7割でお前は3割な―

「想太郎。私はこう思うのよ。医者にとってもちろん知識や技術は大切だけど、それよりも大切なのは患者さんを思う心よ。患者さんを何とか治してあげたいっていう気持ちを持っていることが一番大事なことだと思うのよ」

―「患者を思う心」・・・いいこと言うじゃないか。さすが綾乃だ。俺が惚れた女だけのことはあるよ。女優なみの容姿に音楽やスポーツの才能、それにこのハートはどうだ?これ以上の女が他にいるものか(ちょっと気が強いけど・・・)。もっとも・・・俺とは全然つりあわないけどな―

「あなたも私もそして渡ちゃんもみんなその気持ちは持っていると思うのよ。それだけで医者としてやっていく資格は充分だと思うわ」

―『渡ちゃん』か・・・なんとなく気になるんだよな・・・その呼び方。俺を『想太郎』って呼んでくれるのはうれしいんだけど、諸星を『渡ちゃん』っていうのはちょっとなれなれしすぎないか?もっともあいつも綾乃からそう呼ばれるのがまんざらではないって感じだけどな・・・ひょっとして諸星も綾乃のことを・・・?だめだよ、諸星。お前だって綾乃とはつりあわないよ

  想太郎はそんなことを考えながら綾乃に聞いた。

「そんなもんか?・・・でも・・・綾乃はなんだって医者になんかなったんだ?俺はテレビや映画で見ていてかっこいいからなんとなく決めちまったし、諸星は家を継ぐために医者になることが決まっていたようなもんだけど、綾乃の家は金持ちなんだから別に苦労して医者になんかならなくったって家でのんびりしていればいいじゃないか?そのうち誰かいい人にみそめられて優雅に暮らせるんじゃないか」

 それを聞いた綾乃はちょっとぶっきらぼうに答えた。

「私は医者になりたかったからなっただけよ。それに財産とか家柄なんて全部誰かから貰ったものでしょ?そんなものじゃ幸せにはなれないわ。私は自分の力で幸せになりたいの。自分が努力して患者さんを治すことができて初めて『あー、よかったな。がんばったな』っていう充実感を味わうことができるでしょ?幸せは他人(ひと)から与えられるものじゃなくって自分の力でつかむものよ」

―あーえらいよ、綾乃。君は偉い!財産に家柄にたぐいまれな容姿、これだけのものを持っていてまだ努力しないといけないのか?俺が綾乃の立場だったら何にもしないで遊んで暮らすけどな・・・でも俺のあの親父じゃあな・・・くだらない発明ばかりして毎日何してるんだか・・・―

「まあ今日はもう遅いからさっさと仕事を片つけて引き上げようぜ」

 諸星が目の前のカルテをしまいながら言った。

「ああ・・・そうだな」

 想太郎もうなずいて書きかけのカルテに今日の検査所見をさっと記載してかたつけた。

 第1話(2/5) に続く

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