先生様(1/2)
今回は今の医療をちょっと風刺した「先生様」です。
先生様(1/2)
ピンポーン・・・・
「こんにちは!南山総合病院から参りました川本良樹と申しますが・・・」
『ああ・・・待ってたよ。今ロックはずすから入ってくれ』
川本良樹はロックがはずされたドアを開けるとゆっくりと中へすすみ、靴を脱いで玄関へ上がった。
「失礼しまーす・・・」
「ああ・・・こっちだよ。まっすぐすすんで左」
「はい。お邪魔させていただきます」
良樹が声のするほうへ向い居間の入り口に立つと中年の男性がソファに背中をどっしりと腰掛けて無言で手招きをした。
「失礼いたします」
良樹は丁寧にお辞儀をしながら居間に進んだ。
「ああ・・・ご苦労だったな。まあそこに座ってくれ」
「はい。ではお言葉に甘えまして・・・」
良樹はゆっくりと勧めれたソファに浅く腰をかけた。
「それで・・・どうだった?」
中年の男性が腰を乗り出して真剣なまなざしで良樹を見つめた。
「はい・・・その前に・・・申し訳ありませんがご本人の確認をさせていただきます。最近個人情報の管理がうるさいものですから・・・右手の人差し指をお願いいたします」
「ああ・・・わかったよ」
男はめんどくさそうに良樹の差し出した指紋認証システムに指を置いた。
<沢山雄大 2070年10月23日生まれ50歳>
ディスプレイに表示された個人情報を手元の資料と照合した良樹は小さくうなずいた
「沢山様ご本人と確認されました」
そしてかれはカバンから資料を取り出した。
「結果はですね・・・この病理検査結果表に示すとおりグループ5・・・つまり、肺癌に間違いありません。肺の扁平上皮癌です」
申し訳なさそうにしかしはっきりと説明する良樹の声を聞きながらその男は病理検査結果用紙を手に取り見つめながら渋い顔で再びソファに深く腰をかけた。
「そうか・・・やっぱり出ちまったか・・・」
「はい。残念ながら肺癌という結果でしたが、しかし沢山様の場合は大きさも小さくリンパ節転移や胸膜浸潤もなくステージ1ですので治療で根治が可能です」
良樹がちょっと微笑んで沢山と呼ばれた男の顔をチラリと見つめながら言った。
「ステージ1ね・・・まあ、治らなかったら大変なことだからな。それで?治療のオプションは?」
沢山が鋭い目で良樹を見つめて聞いた。
良樹は待ってましたとばかりにカバンから別の資料を取り出した。
「はい。沢山様が選択できるオプションはこの3つです。一つ目は手術。二つ目は陽子線治療。三つ目は化学療法です。現時点で私どもがお勧めするのは手術療法ですが今からそれぞれの方法のメリットとデメリットを説明いたしますので最終的には沢山様がご選択ください」
沢山は無言でうなずき良樹が提示した資料を見つめた。
「まず手術療法ですが、根治率99.8%。重篤な合併症併発率0・4%です。最も確実な方法ですが約1週間の入院期間が必要です」
「なんだって?1週間?そんなに仕事を休めるわけがないだろう?せめて3日間にしてくれ」
沢山は憤慨して良樹をにらみつけた。良樹はちょっと恐縮しながらも毅然とした口調で答えた。
「申し訳ありません沢山様。手術療法を選択した場合にはどうしても1週間の入院期間が必要なのです。これは術後の安全確認を含めての期間でございますので、これ以上短縮するわけには参りません」
沢山はぶすっとした顔で言った。
「ふーん。じゃあそのほかのオプションは?」
「はい。次の陽子線療法でございますが根治率94・3%、重篤な合併症発症率0・2%でございます。これは1週間ごとの3回の通院で治療が完了します」
「それ、いいじゃないか!通院だけですむんだろ?俺はそれにするよ」
沢山は大声で答えた。
「はい。ですが沢山様・・・根治率がどうしても手術療法に比べると落ちますので・・・再発の危険性が・・・」
「再発?」
「はい。5年以内に癌が再発する可能性が5.7%ございます」
沢山はちょっと神妙な顔になって言った。
「5.7%・・・ちょっと多いな」
「はい。そんなわけで私どもとしましてはやはり手術を・・・」
良樹の言葉が終わるのを待たずに沢山が聞いた。
「それで?化学療法って言うのは?」
「はい。いわゆる抗がん剤を内服していただくのですが、4週間の内服で終わるのですが根治率が89.5%、重篤な合併症の発生率が0.3%でございます」
「なんだ、陽子線治療より悪いじゃないか」
沢山が憤慨したような口調で言った。
「はい。ただ化学療法の場合には内服だけで済みますので病院にいる時間がずっと短くなります」
「それでも再発率が10%以上あるんだろ?」
「さようでございます」
良樹がちょっと微笑んで答えた。沢山は無言で腕を組んでじっと机の上の資料を見つめていた。
「あんたのところの手術ロボットは確かなんだろうな?」
良樹はそれを聞いて笑顔で答えた。
「それはもう間違いございません。私どもの施設の手術ロボットは最近ドイツで開発されましたDSA80386をCPUに持っております最新のシステムでございます」
「DSA80386?ああ・・・このまえ新聞で見たよ。なんでも3つの独立したCPUが共存していてミスを絶対に犯さないそうだな?」
「まさしくその通りでございます。沢山様良くご存知で・・・。当院ではすでに今のシステムになってから134人の患者さんを治療していますが全員合併症もなく経過しております」
もう一息だ・・・良樹は笑顔を作りながら必死で話を進めた。
22世紀の医療は100年前とは比べ物にならないくらい進歩している。癌の治療に関しても色々な薬剤や陽子線、中性子線などの放射線療法が開発され合併症は減り根治率は大きく上がった。しかし今でもやはり癌を完全に取り去る手術療法は重要な選択肢だ。
すでに医者がメスを持つことはとっくの昔になくなり今ではすべて手術ロボットと呼ばれるコンピュータが手術を行う。手術ロボットはこの10年で飛躍的に進歩した分野で、良樹が勤務する病院でも2ヶ月前に最新型の手術ロボットを導入したばかりだ。最新型なので当然コストは高く、患者が手術療法を選択してくれれば病院の収入も一気にアップすると言うわけだ。
あともう一押しでこの患者も手術を選択してくれる。そうすれば良樹の院内での評価もぐっと上がるわけだ。
「そこで・・・費用ですが・・・」
良樹は新しい資料を沢山の目の前に置いた。
「総医療費は手術療法の場合174万3000円となります。陽子線治療では101万4000円、化学療法では93万4000円です」
「ずいぶん高いじゃないか」
沢山はちょっと眉をしかめながら資料を手にとりながら言った。
「はい。何しろ最新のシステムを使用しておりますので・・・しかし保険適応ですので澤山様のご負担は半分程度で済みますし、当院にはローンのシステムも・・・」
「ばか!自分の身体を直すのにローンなんか組めるか!それくらいの金、ちゃんとはらってやるよ!」
沢山は資料を良樹の目の前に放り投げながら言い放った。良樹はちょっとびっくりした顔をわざと作りながら心の中では勝利の雄叫びをあげていた。
「申し訳ありません、沢山様。では一括でご契約と言うことでよろしいでしょうか?」
「ああ・・・契約書は?どこにサインするんだ?」
―これで今月8人目の手術契約だぜ。まあ今月も俺がナンバーワンドクターだろうな。俺はやっぱり医者に向いてるんだよな―
良樹は鼻歌交じりに車を運転していた。
―一昔前は医者は手術がうまいとか診断が的確だとかで評価されたらしいけどな・・・いまじゃあそんなことは全部機械がやってくれるわけだから俺達医者の仕事っていうのは患者にちゃんと説明して同意をとることだけだからな。インフォームドコンセントって・・・100年位前にでてきたらしいけど―
車を自宅の駐車場に止めて良樹は部屋に入りベッドに横になった。
―あー今日も疲れたぜ。それにしても・・・医者っていうのも冴えない仕事だよな。患者のうちにわざわざ出向いてぺこぺこ頭を下げて契約してもらってなんぼの世界だろ?昔の車のセールスと一緒じゃないか。20世紀の頃は医者の数も少なくってもちろん手術ロボットなんてないわけだし医者様様って感じだったらしいな―
―それが21世紀になってから患者の権利とか決定権だとか言われるようになって・・・それでもはじめのうちは名医だとか手術の天才だとかいう医者がいたそうじゃないか。22世紀になってからはロボットが飛躍的に開発されて今じゃ手術も検査も採血だってみんな機械任せだぜ。だってそのほうが正確で間違いないからな。そのおかげで俺達医者は患者に説明して同意を得るだけで仕事が終わるってことだ。まあそれでいいんだけどな・・・―
良樹はごろっと横になって窓を見つめた。
―でもな・・・なんとなくむなしいよな・・・。俺も150年前に生まれてたら患者から先生様って呼ばれてふんぞり返っていられたのか?―
良樹は再び仰向けになって天井を見つめた。
―明日は久しぶりの休みだよな・・・。ちょっとドリームトリップでも行ってみるか。20世紀の医者になって先生様って呼ばれてみるのもいいんじゃないの?―
先生様(2/2)に続く
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