夢屋(1/3)
死後の世界を舞台にした不思議なお話・・・
「夢屋」(1/3)
俺の名は遠山銀四郎、年は19歳・・・といってもそれは3ヶ月前までの話だ。じゃあ今は20歳だろうとあんたたちは言うかもしれないが、ちょっと違う。確かに俺が19歳になったのは今から1年以上前だから単純に考えれば今は20歳になっているわけだが、俺はいまだに19歳だ。
いや・・・正確に言うと俺は今、年齢なんていう概念がなくなってしまったところに住んでいる。そう、つまり、あんたたちの世界で言う「あの世」ってところだ。3ヶ月前に俺は友人とツーリングを楽しんでいたが、センターラインを飛び出してきた対向のバイクと正面衝突をして、突然この世界に来ちまったってわけだ。
ここにくるまで俺は死後の世界があるなんてことはもちろん知らなかったし、そんなことを考えたこともなかった。俺は特別な宗教もやっていないから死んじまったらそれでおしまい、生きてるうちに楽しいことを思いっきりやってやろうと思って毎日友達と遊んでいたさ。
正直こんなことになっちまって最初は戸惑いもあったが、なれてくるとここも結構いいところだ。第一腹も減らないし寝なくてもなんともない。病気なんて厄介なものもまったくない世界だ。ただのんべんだらりと生きていれば(この言い方は変か?)いいってわけだ。しかしここの世界にもちゃんとしたルールってものはある。俺達にもやらなきゃいけない仕事があるわけだ。
俺達はあんたたちの住んでいる世界(あんたたちの言葉で言う「この世」ってやつか?)の人間たちに「夢と希望」を与えなくちゃいけない。と言っても、俺達はあんたたちの世界に行って直接かかわることはできない。俺達があんたたちと接することができるのは夢の中だけだ。
あんたたちは毎日のように夢を見るだろ?そのストーリーはすべて俺達が考えているんだぜ。あんたたちの夢の中に俺達が入り込んで色々な夢を見させているってわけだ。しかし印象的な夢を見させなければあんたたちの記憶には残らない。
あんたたちは一晩のうちに何百もの夢を見ているはずなんだが、起きたときに覚えているのはそのうちの一つか二つだろ?そんな印象に残る夢を与えたやつは高いポイントを稼げるってわけだ。
そんなポイントが何になるって?おいおい・・・それがこの世界で一番大事なことなんだぜ。俺達はいつまでもこの世界にいるわけじゃない。ある時期が来れば、またあんたたちの世界に戻ることになっているんだ。それは10年後かも100年後かも500年後かもしれないがね・・・。その時に持っているポイントによって人間になったり動物になったり虫になったりするわけだ。俺は難しいことは知らないが坊さんがよく使う輪廻転生(りんねてんせい)ってやつか?
でもあんたたちは生きているときにやった「行い」で生まれ変わった後の運命が決まるって思っているだろ?ところがそれは全くの間違いで、すべては俺達がいるこの世界に来てからが勝負だってことだ。だから善人も悪人もそれどころか動物や虫にだってこの世界へやってきたものはすべて同じに扱われる。
俺は今、死んだときの19歳の男のカッコをしているがそれは死んだときのイメージが自分に残っているだけで本当は今の俺に形なんてない。犬や猫や、ミジンコだって俺と同じように一つの「意識」として同じ仕事をしているってわけだ。おかしいだろ?
俺は生まれ変わってもやっぱり人間でいたいと思うし、それもかっこいい俳優みたいな外見で金持ちの家に生まれたいって思うよ。そうなるためにはかなりのポイントを稼がないといけないってわけだ。みんなおんなじことを思っているから周りにいる奴はミジンコだってみんなライバルってことになるな。
さて、このへんで俺達の仕事ってやつをもう少し詳しく話しておこう。夢を見させる相手っていうのは毎日「中央」から指示される。あんたたちの世界に住んでいる一人の人間に対して一晩に何千もの「意識」が印象的な夢を見させようと入り込んでいくわけだ。
夢って言うのは、たとえば・・・飯を食って学校に行って友達と遊んで帰りにゲームセンターへ行って・・・っていう1日がかりの夢でも実際の頭の中ではほんの1-2秒のうちに終わっちまうんだ。だから1晩のうちにあんたたちは数え切れないくらいの夢を見ているはずだ。そんなわけで俺達があんたたちの記憶に残る夢を見させるってことはすごく難しいことなんだぜ。
ここへ来て3ヶ月、俺がポイントを稼げたのはほんの2-3回かな?それも半日で忘れちまうような夢だからたいしたポイントにはなってないがな・・・。このままじゃ生まれ変わっても俺は虫けらにしかなれないだろう。今晩こそしっかりとポイントを稼がないとな・・・
今日のターゲットは北村大樹っていう6歳の男の子だ。今晩はこいつに印象に残る夢を見させてやらなきゃいけないわけだ。いまどきの男の子が好きなものっていうのはウルトラマンか仮面ライダーって決まっている。こいつが仮面ライダーに変身して悪者たちをばったばったやっつける夢を見させてやれば楽勝だろう?おっとその前に一応こいつのプロフィールを確認しておくとするか。ターゲットのプロフィールは簡単に見ることができるようになっている。
北村大樹の誕生日は12月6日のいて座。血液型B型。まあ、そんなことはどうでもいいだろう。誕生日までにはまだ日があるからこいつだってそんなことを意識しちゃいないはずだ。好きな食べ物はなんだ?カップラーメンだって?この年齢の子供だったらハンバーグかカレーライス、スパゲッティってとこだけどな・・・。
動物が好きで近所の犬と時々遊んでいるらしい。これは使えるかもしれないな。それと・・・なんだって?半年前に母親が交通事故で・・・今は父親と二人暮し・・・。ふーん・・・。若いのに苦労しているんだな。そうか・・・でも・・・これは使えるかもな・・・。そうだ、今晩はこいつでいくか。
俺は方向転換して死んだ母親の夢を見させることにした。この年頃の子供にとって母親っていうのは絶対的な存在なんだ。その母親を半年前になくしているわけだからその夢を見させてやれば・・・。間違いなく朝起きたときにはそれを思い出して俺のポイントは上がるってことだろう?
『次はジェットコースターに乗ろうよ!ママ!』
『えー!!ジェットコースター?今度はパパと乗ってよ、大ちゃん』
『俺は遊園地は苦手なんだよ。とくにジェットコースターみたいな絶叫マシーンは全然ダメ。頼むよ、ゆかり・・・。大樹、ママと乗ろうね』
『やったー!』
『えー?じゃあ、また私が乗るの?絶叫マシーンって・・・子供用のジェットコースターじゃないの・・・』
『行こう!ママ!』
大樹は母親の手を引いてジェットコースター乗り場に走っていった。死んだ母親と一緒に遊園地か・・・。我ながらいい設定だぜ。これなら絶対こいつの頭の中に残るはずだ。
翌朝父親に起された大樹は目をこすりながら言った。
『ねえパパ・・・』
『なんだ?大樹』
『僕ね、ママに会ったよ』
『ママの夢を見たのか?』
『うん。パパとママと3人で遊園地へ行ったんだ。ママとジェットコースターに乗ったよ。今度遊園地に連れて行ってよ、パパ!』
『勘弁してくれよ。パパは遊園地の乗り物が苦手なんだよ・・・』
父親が笑いながら大樹を抱きかかえて洗面所に向わせた。やったぜ!大樹は俺が作った夢をしっかり覚えている。しかも目が覚めて開口一番だ。これは得点が高いぞ!
予想通り今回の俺の仕事はかなりの高得点だった。しかも・・・とんでもないプラスアルファがついてきた。なんと「中央」から今回の夢を「正夢」にしないかってオファーがあったんだぜ。どういうことだって?あんたらも正夢って言うのを知ってるだろ?夢に見たことが現実になるってやつだ。実はそれは全部俺達が仕組んだことなんだ。
俺達がいい夢を見させた後でうまく操作してそれを現実のものにする。それをあんたたちは正夢って感じるわけだ。しかし夢で見させたことを現実にするっていうのは俺達にだって簡単なことじゃない。
なぜかって?だって俺達があんたたちの世界にかかわることができるのは夢の中だけなんだぜ。夢を操作してそれを現実にすることがどんなに難しいことか、この世界のことを知らないあんたたちにだってわかるだろ?だから「正夢」にトライした俺達が成功する確率は決して高くない。
ただ正夢とまでは行かなくても、ほんのちょっとだけあんたたちがそれを意識することがある。それをあんたたちはデジャブーって呼んでいるんだ。あーなんかこの雰囲気、前に見たことがあるかな?って・・・それがデジャブーだよ。それは俺達が正夢を見させようとして今一歩足りなかったときに起こるんだ。そしてデジャブーでも大きなポイントが俺達に入る。でも、もし夢がそのまま実現できれば・・・、とんでもない高得点が俺達に加算されることになるんだ。こんなチャンスは滅多にないんだぜ。
正夢を見させる作業はかなり大変だ。一人ではとうていできない。だから正夢にトライするチャンスを与えられた「意識」には補佐がつけられる。今回俺をサポートしてくれるのは先月この世界にやってきたばかりの16歳の女の子だ。なんでもこいつも交通事故で死んじまったらしい。まあ、16歳でここに来ちまうなんてかわいそうな気もするが、俺だって19歳で逝っちまったんだからな・・・お互い様ってとこか。もっともこの世界じゃ男だろうが女だろうが若かろうが年寄りだろうが、それどころか動物だろうが虫けらだろうがそんなことはどうだっていいんだけどな・・・。
「わたし、小野寺香織。先月ここへ来たばかりでまだ何もわからないの。正夢のサポートも初めてなの。よろしく・・・」
「ああ・・・俺も自分で正夢にトライするのは初めてなんだ。よろしく頼むよ」
「中央」も、もうちょっとベテランをつけてくれたらよかったのにな。でもベテランだったら俺が稼いだポイントをごっそり持っていかれるかもしれないしな・・・。まあ、ミジンコでないだけましだよな。
「それで・・・どうしたらいい?」
「まあ・・・北村大樹の母親は死んじまってるわけだからな。これを正夢にするなんていうのはまともに考えればできることじゃないんだ。俺も何から手をつけていいかわからないんだよ。アプローチする時間は2週間あるからゆっくり考えようぜ。あんたも何かいい方法を考えてくれよ」
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