瞬間移動(1/3)
本日からテレポーションをテーマにした「瞬間移動」を3回に分けて掲載します。作者がもともと量子論やSFが好きなので理屈っぽくてすみません。
瞬間移動(1/3)
科学技術の進歩には目を見張るものがあります。将来もどんどん技術はすすんでいき、100年後にはとんでもないことができるようになっているかもしれません。でも・・・
**************
「ねえ、一樹。お願い」
「またかよ。こんどはなんだ?」
俺は読んでいた雑誌をソファに無造作に放り投げると少々呆れ顔で朋美のいるキッチンへと歩いていった。
「これこれ。インストールがよくわからないの」
「なんだ、こりゃ?」
俺は朋美が格闘している見たこともない機械を見つめて聞いた。
「新しいフードプロセッサーよ。なんとかイニシャライズは終わったんだけど、クッキングデータのインストールの方法がね・・・ほら・・・エラーが出るでしょ?」
「ああ・・・」
俺はちょっとうんざりしながらその22世紀キッチンカンパニーという会社のマニュアルを読みながら操作を進めていった。結婚して2ヶ月になるが朋美の新しい物好きにも困ったものだ。新製品が出るとすぐに飛びついて何にも考えずに買ってくる。つい2週間前に同じ会社の自動遊走型の掃除機を買ったばかりじゃないか。
隣の部屋ではその掃除機が忙しそうに床を這い回ってごみを吸い取っている。
「ほら。これでいいか?」
「ありがと!一樹。さすがコンピュータプログラマーね」
朋美は俺に抱きつくと俺のほっぺたにキスをしてくれた。
こんなもの、別にコンピュータの仕事をしていなくったってマニュアルを読めば簡単にできるじゃないか。お前がめんどくさがって読まないだけだろ?
俺はそう思ったがこんなことで朋美が俺に感謝してくれることに悪い気はしない。
「ほら。この中に材料を入れるでしょ?」
朋美は新しい機械の中に米や塩や人参、たまねぎなどを丸ごと詰め込んだ。
「チャーハンのボタンをおしてと・・・はい。これで準備完了!」
「なんだ?そんなんでいいのか?」
「うん。あとはこの機械が自分で適当に料理してくれるって訳よ」
俺は電子レンジのように明るく輝いてぐるぐると回る機械を見つめていた。
これで料理ができるって?あの掃除機といい・・・じゃあ・・・主婦は何するんだ?俺の仕事もボタンひとつで終わるようにしてくれよ。
そうこうしている間に明かりが消えて機械が止まった。
「はいできたよ」
朋美はふたを開けて出来上がったチャーハンらしきものを皿にとってテーブルに運んだ。
「さあ食べよっ」
「なんだ?これが今日の夕食なのか?」
「そう。簡単でしょ?」
ああ・・・確かにな・・・簡単だよ。よかったよな朋美。仕事が減って・・・って言うか、お前、何か仕事してるのか?
「いただきまーす」
「・・・いただきます・・・」
俺はできたばかりのチャーハンらしきものをスプーンでよそってその匂いをかいだ。ふーん・・・匂いはチャーハンらしいな・・・味は?
「くどい・・・ちょっとくどいんじゃないのか?」
「うん・・・ちょっとね・・・まあ、今日は塩も適当に入れたからね。でもすぐなれるから大丈夫よ。あ・・・お肉入れるの忘れてた。ごめんね一樹」
朋美はあっけらかんと答えた。そういう問題じゃないんじゃないの?まあ・・・いいか。俺は朋美が笑顔でいてくれればそれでいいんだからな。
「あ・・・そうそう。一樹、私すごいもの当たったのよ!」
朋美は持っていたスプーンをほおりだして鏡台の方へ向うとその引き出しを開けた。
「ほら!これ!」
「なんだ?『瞬間移動体験ボランティア』・・・なんだ?これ」
「最近話題になっている瞬間移動装置、一樹も知ってるでしょ?」
「ああ・・・動物実験が成功したってな。東京からニューヨークまで一瞬で犬を移動させたって?」
「そうなのよ。心配された知能障害もなくって飼い主のことを完全に覚えていたらしいのよ」
朋美は生き生きした目を輝かせて話し続けた。
「それでね、今度人体実験をするらしいんだけどそのボランティアを募集していたのよ。私、興味があったから応募してみたの」
「ま・・・まさか、朋美が瞬間移動機の実験台になるつもりなのか!」
俺はびっくりして朋美の顔を見つめた。
「うん。いけない?」
朋美はあっけらかんとした顔で答えた。
「あ・・・あたりまえだろ!そんなわけのわからない実験のボランティアなんて!もしものことがあったらどうするんだ!」
「大丈夫よ。犬だってちゃんと行って帰ってこれたんだから」
「犬と一緒にするなよ!外見が変わらなくったって中身は微妙に変わってしまうかもしれないじゃないか!それに・・・もし失敗したら・・・粉々になって死んじまうかもしれないんだぞ!」
俺は興奮してまくしたてた。
「ふーん・・・一樹、私のことを心配してくれてるのね」
「当たり前じゃないか!朋美がいなくなったら俺は・・・」
俺は言葉を止めて思わず顔をそむけた。
「俺は・・・なによ」
朋美がニヤニヤしてこっちを見つめている。まったく人の気も知らないで・・・。
「とにかく・・・!俺は絶対反対だからな!」
「そんなに興奮しないでよ。応募総数8231名なのよ。その中で当選したのは10人だけ。来週当選したボランティアへの説明会があるの。よかったら一樹も一緒に来ない?」
「説明会?」
「うん。瞬間移動機の原理から安全性、今後の見通しとか説明してくれるらしいわ。最終的にはその説明を聞いた後で決めればいいらしいの。一樹、好きでしょ?科学技術の説明会みたいなの」
瞬間移動機の原理・・・確かにそれは・・・ちょっと面白そうじゃないの。そもそも俺はタイムマシンとか瞬間移動とかいうSFに関してはちょっとうるさいんだ。瞬間移動の実験が成功したって報道されたときもすごく興味を持っていたんだ。
「本当にその説明を聞いてから決めていいんだな?」
「じゃあ、一樹も来てくれるのね?」
「当たり前だろ?そんなわけのわからない機械に朋美を任せられるものか」
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