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2008年12月 4日 (木)

光る狐(1/3)

 今度は風間俊介の大学講師時代のお話・・・とは言ってもファンタジー仕立てになっています。

「光る狐」(風間俊介診療録外伝 カルテゼロ) 

「風間先生、すみません・・・」

「そうか・・・お父さんが負傷されたのか」

入局5年目の高木医師が申し訳なさそうに医局長室で風間俊介に頭を下げた。

「父は昨日の地震で倒れてきたタンスの下敷きになって腹を打ったんです。今日になって腸管の出血がひどくなって今から手術するらしいんです。俺がいても何にもできないんですけど・・・せめてついていてやりたいと思って・・・。すみませんが今日の下柳村診療所の当直は・・・」

「ああ、そんなことは気にするな。医局でゴロゴロしているやつに代わってもらうから、君は早くお父さんのところへ行ってやれ」

「すみません」

高木医師はもう一度頭を下げて医局長室をあとにした。

 昨年はノストラダムスの大予言や2000年問題で世の中が何かと騒がしかったが、大きな混乱もなく西暦2000年(平成12年)はやってきた。しかしこの地方では昨日、7月14日に大きな地震があった。幸い俊介が勤務する大学病院では大きな被害はなかったが、周辺の町や村では被害が出たところもあるようだ。

「さてと・・・今から下柳村まで行ってくれる奴を探さないとな」

俊介はゆっくりと立ち上がると医局へと向った。土曜日の大学病院では外来診療は行われていないが、かといって大学病院に勤務する医師は自宅で休んでいるわけではない。ほとんどの医師は病棟の回診や研究や実験などを行っており、そうでないものもほとんどは市中の病院に午前中パート出張をしている。土曜日の午後とはいえ大学病院の医局には何人かの医師が必ずいる。その中には誰か今日の下柳村へ当直に行ってくれるものもいるだろう。

 俊介は医局のドアを開けた。しんと静まり返った医局には人っ子一人おらずただ壁にかけられた時計の音だけが響いていた。

「なんだ?今日はいやに静かじゃないか」

俊介は医局を出て第一研究室に向った。ドアを開けると松原助手がコンピュータに向ってマウスを一生懸命に操作していた。

「やあ、松原先生。土曜日なのに大変だね」

「あ、風間先生。ええ、来週の土曜日には循環器地方会があるのでスライドつくりにてんやわんやです。なんとか木曜日の予行会までに間に合わせないと・・・今日はここで徹夜ですよ」

松原助手が笑いながら言った。

「そうか、がんばってくれ。君の心筋症遺伝子の研究には俺も興味を持っているんだ。今度の予行会を楽しみにしているよ」

俊介はそう言いながら第一研究室をあとにした。

「まあ、土曜日の今頃病院にいる奴はたいていなんか仕事をしているわけだからな・・・」

俊介は医局長室に戻ると病棟に電話した。

「ああ・・・風間ですけど。誰かドクターはいるかい?」

電話に出た看護師の声は早口で上ずっており、なんとなくあわただしい雰囲気だ。

「え?笠原さんが?急変した?今呼吸器をつけたのか。誰が診(み)てくれているんだ・・・そうか・・・山木先生と徳田先生か・・・それで?・・・今のところ落ち着いているのか?そうか・・・いや・・・いいんだ。なんでもない。何かあったら連絡してくれ」

俊介は静かに受話器を置いた。

「今日は当直に行けるような奴はいそうにないな」

俊介は自分の腕時計を見た。最近俊介は電波時計を買った。電波を定期的に受信して時間を合わせなくとも正確に時を刻む。不精な俊介にはぴったりの代物と言うわけだ。

「1時46分か・・・下柳村までは車で1時間はかかるから3時からの診療に間に合うためにはそろそろここを出ないとな」

部屋のソファに座った俊介は決心したように大きくため息をついた。

「今日は俺が行くしかなさそうだな」

 そう言いながら俊介は白衣を脱いで薄い草色のジャケットを羽織った。こんなときは家族のいない俊介は身が軽い。誰に連絡する必要もなく自分ひとりが着の身着のままで出向けばいいわけだ。

 下柳村は俊介が勤務するK大学病院から車で約1時間強の山奥の寒村である。高速を下りた俊介は夏の澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込みながらところどころ雪よけの屋根のある山道を車で走っていった。

K大学病院の第一内科講師である風間俊介は今年から第一内科の医局長に就任した。医局長は主に医局員や研修医の人事に関する仕事をする。医局内の当直、他の病院からのパート勤務や当直の依頼などを受けて医局員を配置する。

もちろん最終的な決断は教授が行うわけだが、実際に誰がどこの病院のどこへ勤務するかを決めるのは医局長の仕事である。そんなわけで大学病院の医局長は関連病院からの依頼と医局員の都合、各研究室の都合などに板ばさみになり非常に苦しい立場である。今日のように当直に穴が開いたときには誰か代わりの医師を探さなくてはならないし、代わりが誰も見つからないときには自分が行かなくてはならないこともあるのだ。

もっとも、通常は都合の悪くなった医師が自分で誰か代わりの医師を探すのであるが、今回の高木医師の場合は父親が緊急で手術をすることになったという特別な事情がある。そんなわけで俊介は自分で下柳村に向うことになったわけだ。

 俊介はもともと下柳村の出身である。しかも村の中でもさらに山奥の生まれで小さい頃に両親をなくし祖母に育てられた。俊介が4歳のときにその祖母も亡くなり、俊介には祖母の記憶もほとんど残っていない。彼は4歳のときに下柳村を離れて町の施設で育てられたのだ。彼の左の上腕(じょうわん)には大きな傷跡がある。生後6ヶ月の頃に大きな地震があり両親はその時に死亡したらしい。

俊介も大怪我をしたが奇跡的に助かったという。祖母の話によると交通路も途絶えた山奥で虫の息になっていた俊介を通りがかりの医師が処置をして九死に一生を得たのだという。左腕の傷はそのときの名残である。

なぜ地震があった山奥にそんな医師がいたのかは不明であるが、40年前は今のような有効な抗生物質もなく、発達した医療器具もほとんどない状態で瀕死の乳児を救命したのであるからその医師はかなりの名医であろう。

祖母は幼い俊介に繰り返しその話を聞かせており、まだ幼かった彼もその話だけはずっと記憶に残っていた。彼が医学を志したのもその幼い頃の記憶があったからである。大学を卒業して内科医師となった俊介は祖母の話を頼りにその医師を探した時期もあったが何せ25年以上前の片田舎の話なのでとうてい探しようがなかった。

唯一の手がかりは祖母が別れ際にお礼に手渡したというお守りである。俊介は幼少の頃から祖母の手作りのお守りを肌身離さず身につけているが祖母はその医師にも同じものを渡したと言う。俊介はそんなお守りを持った医師には出会ったことがないし、たとえその医師が祖母からそんなものを貰ったとしても赤の他人が俊介のようにずっと持っているわけもない。

内科の医局に入局して15年、医師としての技量を十分に身につけた俊介だが、彼は今でも、すでにこの世にはいないかもしれない自分を助けてくれた医師を心のどこかで探し求めていた。

「これはこれは・・・風間先生。先生においでいただけるとは・・・」

下柳村の診療所の駐車場では村長が迎えてくれた。当直の医師がなかなかこなくて不安そうな顔をしていたが、俊介を見てほっと胸をなでおろした。

「遅くなってすみません。今日の担当の医師の家族が昨日の地震で怪我をしたもので・・・急遽(きゅうきょ)私がお世話になることになりました」

俊介は車のキーをポケットにかたつけながら丁寧に頭を下げて挨拶をした。

「ああ・・・そちらのほうでも被害が出ておりますか。こっちも昨日は大変でした。足を骨折したり頭を打ったりしたものも何人かおりましたが、重傷者は今日の午前中までに町の総合病院に送りましたんで・・・。今は軽症の患者だけのこっておりますですが・・・怪我ばっかりで内科の患者じゃなくて申し訳ないんですが、もう何人か診療所で待っております」

「遅くなって申し訳ありません。早速診させていただきます」

俊介はもう一度頭を下げてあわてて診療所に向った。

 俊介が一通りの診療を終えた頃には夜の7時を回っていた。下柳村診療所には平日は自治医科大学出身の医師が常勤しているが、土日は不在となる。そんなわけで俊介の医局から毎週誰かが交代で土日の当直勤務を行うわけだ。

通常の土曜日は午後3時から6時までの診療時間に数名程度しか来院しないのであるが、今日は昨日の地震の影響で外傷の患者ばかり30名以上が来院した。そのほとんどは軽症であったが、中には相当大きな傷で20針以上縫合しなくてはいけないような患者もいた。

「こんな状態で1昼夜我慢していたのか・・・下柳村の人たちは我慢強い人が多い・・・」

俊介はそんなことを考えながら傷の手当てをしていた。

  夜の8時過ぎ、診療所の横にある宿舎で民宿から運ばれた夕食をとった俊介はゆっくりとテレビを見ながら横になっていた。すると枕もとの電話が鳴った。

「はい。診療所です」

俊介が電話をとると電話の声は先ほど出迎えてくれた村長の高山さんである。

「え?高山さんのお母さんが?おなかが痛い・・・はい・・・下痢もしている・・・はい・・・ほとんど寝たきりのおばあちゃんなんですね?いえ・・・こちらから行きますから・・・はい・・・高山さんのお宅はわかります・・・ええ・・・すぐ出れますから・・・車が通れないんですか?じゃあ歩いて行きますから15分くらいで・・・はい。懐中電灯を持って行きますから・・・大丈夫です」

村長の高山さんの家のおばあちゃんが腹痛と下痢で苦しんでいるようだ。電話で聞いた病状からは急性胃腸炎のようだ。

俊介は往診カバンに点滴や抗生物質などを詰め込んで懐中電灯を手にとると暗い夜道を急いだ。幸い今日は満月で電灯の光がなくても何とか道は見える。俊介がしばらく歩いていくと途中で道の崖側半分が崩れていた。人が落ちないように周りは柵で囲ってあり、工事用の赤いランプが点滅していた。

「これは車じゃ通れないな」

俊介はそんなことを考えながら道の山側を通って村長宅に向かった。

「いやー、風間先生ありがとうございました!」

「いえいえ。たいしたことなくてよかったですよ。それにこんなにおいしいお酒をご馳走になってしまって・・・」

俊介は老婆を急性胃腸炎と診断して2時間の点滴を行って終了した後、診療所に帰ろうとしていた。点滴が終わるまでの時間、高山は俊介に秘蔵のお酒をご馳走してくれ、俊介も断りきれずについつい深酒になってしまった。

「夜道は暗いからお送りしますよ。ちょっと待っててください。今準備しますから・・・」

「いえいえ。大丈夫ですよ。ちゃんと来れましたから帰るのも大丈夫です。それに今日は満月ですから明かりがなくても帰れるくらいですよ。酔いを醒ましながらゆっくり帰りますから・・・」

俊介はどうしてもと言う高山を振り切って懐中電灯と往診カバンを手にとって足早に診療所に向った。

「ちょっと・・・のみすぎたかな?」

俊介は少しふらふらしながら月明かりの薄暗い夜道を足元に気をつけながら懐中電灯の明かりを頼りに歩いていった。

 俊介はランプが点滅している崩れた道のところに差し掛かった。

「酔っ払って崖から落ちたりしたらしゃれにならんからな」

彼は赤いランプの点滅を横目で見て、道の山側に明かりを照らして注意深くゆっくりと歩いていった。俊介がふと森の中を見ると何か光るものに気がついた。

「なんだ?」

俊介はその方向に明かりを向けた。その瞬間、俊介ははっとして足を止めた。10mくらい向こうの森の中になにかいる。

「野犬か?」

俊介は思わず後ずさりした。そしてその方向をじっと注意深く見つめた。

「いや・・・あれは・・・狐じゃないか。しかも二匹いる・・・」

そこには二匹の狐が木と木の間にたたずんで微動だにせず、明かりを照らされても逃げようともせずにただじっと俊介を見つめていた。一匹はふさふさした毛並みの大柄な狐で、もう一匹はつやつやした毛並みの小柄な美しい狐だ。俊介は暗闇の中で光る不思議な4つの瞳に無意識にひき寄せられていった。

俊介が狐たちに近づいていくと二匹はくるりと方向を変えて森の奥に向って走り出した。それを見た俊介は思わず我を忘れて狐の後を追った。なぜ自分はこんな夜中に山の奥に向って逃げる狐の後を追うのか?そんな考がえはまったく頭に浮かばず、彼は引き寄せられるようにひたすら二匹の狐の後を追いかけた。

俊介が疲れて立ち止まると狐たちも足を止めて俊介のほうを振り向く。まるで俊介をどこかに案内しているようだ。狐たちは不思議な青白い光に包まれており、明かりがなくてもその姿ははっきりと追うことができるほどだ。俊介は一生懸命に狐たちの後を追いかけて山道を登りつづけ、いつしか山の奥深くに入り込んでいった。すると狐たちは急に足を速め森の向こうへと消えていった。

「待ってくれ!」

俊介は思わずそう叫んで狐たちの後を追って森の奥深くへ走っていった。そして・・・

「あっ・・・」

そう叫んだ俊介は往診カバンと懐中電灯を握り締めたまま真っ暗な坂道を下へ下へと落ちていった。

光る狐(2/3)に続く

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