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2008年12月26日 (金)

先生様(2/2)

先生様(2/2)

ドリームトリップはここ2-3年でポピュラーになったアミューズメントだ。睡眠中に脳を直接刺激して思い通りの夢を見させてくれる。良樹はベッドに横になって頭におわんのような電極をかぶせられていた。

「1970年でよろしいですね?」

「はい」

「地域は日本の農村で、職業は医師、年齢は今のままでしたね?」

「はい。そのとおりです」

―夢の中だけでもいいから『先生様』って呼ばれてみようじゃないか―

「それでははじめます」

次第に気が遠くなった良樹が目覚めるとそこは薄汚い診療所のベッドだった。

「先生!来てくれ!ばあちゃんが・・・」

かん高い声で男が叫びながら入ってきた。まだ意識がもうろうとしている良樹は男に手を引っ張られてあとに続いた。良樹が開けっぱなしの玄関から今に入るとそこには老婆が腹を押さえながらうずくまっていた。

「ど・・・どうしましたか?」

良樹はおどおどしながら老婆の横に座って聞いた。

「お・・・おなかが・・・さっきからきりきりと・・・」

老婆は目をつむりながらやっとのことで答えた。その傍らでは息子がおろおろしながら見つめていた。

―なんだって・・・?腹が・・・痛いんだって?じゃあ・・・なんだ?胃潰瘍?急性膵炎?胆石?腹膜炎?腸閉塞?なんなんだ?まず、systemic diagnosis system(全身診断装置)へ・・・そんなのあるわけないじゃないか。ここは20世紀なんだぜ!じゃあ・・・せめてエコーかCTを・・・そんなの俺が見てもわかるわけないじゃないの!じゃあ・・・どうすんだよ!―

混乱する良樹の前では相変わらず老婆が苦しがっている。

「先生よー!ばあちゃんを何とかしてやってくれよ!」

隣では息子がすがるように良樹の手を握る。

―と・・・とにかく・・・腹を触ってみよう―

そう思いながら良樹は老婆の手をどけて恐る恐る腹を触ってみた。

―よかった・・・硬くない・・・―

腹痛で腹が硬いと言うことは重症の徴候である。すなわち胃や腸管の穿孔や細菌性腹膜炎など重篤な疾患を示唆する。この患者はとりあえずその徴候はなさそうだ。

―圧痛は・・・右の季肋部に限局しているな・・・どうも・・・胆石っぽいな・・・でも、十二指腸潰瘍や右の腎臓結石の可能性もあるよな・・・―

「あの・・・どうも・・・胆石のようです」

「胆石?ばあちゃん石があるのか?じゃあ治してくれ、先生よ!」

「え?でも、まだ確定診断というわけではなくって・・・色々検査しないと・・・今の段階では胆石の可能性が80%で十二指腸潰瘍の可能性が10%で腎臓結石が5%で・・・」

「そんなのどうだっていいからぱっと注射して治してやってくれよ!」

男は真剣な顔で良樹を見つめて詰め寄った。

「注射っていっても・・・」

―なんだ?注射?そうだ。とりあえず痛み止めを打ってやらないと・・・何があるんだ?―

良樹は手元の往診カバンの中をごそごそと探し始めた。

―えっと・・・ソセゴンと・・・ブスコパンと・・・メチロン?痛み止めはこんなもんか?―

「は・・・はい。じゃあ痛み止めを・・・えっと・・・3つのオプションがあります。まずソセゴンは鎮痛効果は強いのですが、血圧低下の副作用があり、連用により依存性があります。ブスコパンは消化管の運動を抑える効果がありますが、緑内障や心臓病の患者さんには好ましくなく・・・」

「なにいってんだよ。先生よ。俺にそんなこと言われたってわかんねーよ!どれでもいいからはやく打ってばあちゃんを楽にしてやってくんな!」

男は良樹の肩を揺さぶって激しい口調で命令する。老婆は相変わらず腹を押さえてうめいている。

「あー・・・先生様・・・早く・・・早く、治してくだせー!」

―そんなこといったって・・・ちゃんとインフォームドコンセントをとって診療契約書にサインを貰わないと・・・あとから訴えられたらどうするんだ?―

「あー!先生よ!なにやってんだよ!はやくばあちゃんに注射しろ!」

「先生さまー・・・先生さまー・・・」

―あー、助けてくれ・・・もうこりごりだ!元の世界へ返してくれよー―

      (先生様 終わり)

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