瞬間移動(2/3)
瞬間移動(2/3)
次の日曜日に俺は朋美と二人でサイエンステクノロジーセンター(STC)と呼ばれる建物へと向った。会場には15-6人の人間が集まっていた。多分朋美と同じように当選した奴らとその家族だろう。
「皆さんようこそSTCへ!」
派手な未来風の衣装を来た細身のきれいな女が登場して挨拶した。
まあ・・・きれいな女だけどな。でもどうしてこういうところに出てくる女って言うのはみんな細身でがりがりなんだ?俺はどっちかっていうと朋美のようなちょっとぽっちゃりタイプが趣味なんだけどな。
「皆さんは瞬間移動機の最初のボランティア候補に選ばれた大変幸運な方たちです。今日はわが社が開発した瞬間移動機『multidoor(マルチドア)』の説明をさせていただきます。この説明を聞いて納得された方のうちお一人に、来週multidoorを実際に体験していただくニューヨークへの日帰り旅行をしていただきます」
その細い女が消えると入れ替わりに白衣を来た中年の男が現れた。
「はじめまして。STCの主任の柿崎です」
柿崎と名乗った男は少し白髪の混じった頭を下げて俺達に挨拶した。
「今から私の施設で開発した瞬間移動装置『multidoor』の説明をさせていただきます。ちょっと専門的なお話もありますができるだけわかりやすく解説いたしますので、もしも疑問な点がございましたらそのつどご質問ください」
柿崎がしゃべり終わるや否やスクリーンに映像が映し出された。
「これがmultidoorの概観です。被験者はこの透明なガラス管の中に入ります。これは東京の本社にあるものですが、同じシステムがニューヨークにも存在します。被験者は東京のガラス管の中に入ればほんの一瞬でニューヨークのガラス管の中に移動するわけです」
そんな映画があったよな・・・俺はぼんやりとそんなことを考えながら説明を聞いていた。
「ここで瞬間移動の原理について説明したいと思います。ちょっとややこしい話になりますがご辛抱ください。このガラス管・・・テレポーテーションチューブとよんでいますが・・・。このテレポーテーションチューブの中で被験者は一瞬のうちに絶対温度3度(摂氏マイナス270度)にまで冷却されます。いえいえ・・・ご心配には及びません。一瞬のことですので苦痛は全くありません」
なんだって?一瞬で凍る?そんなことははじめて聞いたぜ。おいおい・・・大丈夫なのか?朋美・・・なんだよ、あくびしてる場合じゃないだろ?お前が凍るんだぜ。
「なぜ冷却するかといいますと、被験者の身体を構成する分子や原子の運動を極限まで押さえるためです。その状態で被験者に特殊な波長の光をあててその構造を分析します」
なるほど・・・人間の体を動かなくしておいてその構造を分析するってことか。
「じゃあ・・・瞬間移動っていうのは静止状態にある人体の分子や原子の3次元的な座標を解析して、それを正確に再生するっていうことでしょうか?」
俺は思わず質問してしまった。
「まさしくその通りです」
柿崎は俺のほうを向いて笑顔でそして大声で返事をした。隣では朋美が俺のことを尊敬のまなざしで見ている。柿崎は続けた。
「物質の構造を正確に解析することが瞬間移動を行うためには不可欠のことです。もっとも瞬間移動を行うためにはその物質の原子や電子の位置を解析するだけでは不十分です。もっと細かい素粒子、クオークまで分析する必要があります」
なんだって?クオーク?
「ご存知の方もおられると思いますが原子は原子核と電子から、さらに原子核は陽子と中性子からできています。そして陽子と中性子はもっと細かいクオークという素粒子からできているのです。物質をクオークのレベルまで解析してその正確な位置を把握します。さらに付け加えますと完全な再生を行うには素粒子の位置情報だけでは不十分なのです。あと二つ重要な情報があります。それは素粒子の運動量とその方向、そしてスピンの量とその方向です」
なんかややっこしくなってきたぜ。おれはまあ・・・理解できないでもないが、周りの奴らは全く興味なしって感じだな。あー寝てる奴もいるよ。
「物質を構成する素粒子の位置、運動量と方向、スピンの量と方向。この3つを正確に解析できて初めてその物質を正確に再生することができるのです。この解析には膨大な計算が必要です。そして我々の量子コンピュータはそれを可能にしたのです。さらに付け加えますと実際には素粒子の世界には不確定性原理というものがありまして素粒子の位置と運動量を正確に求めるためにはただならぬ工夫が・・・あ・・・いや、ちょっと専門的過ぎましたかな?この説明は省きましょう」
なるほど・・・よくわからんが、なんとなく信憑性があるよな。確かに物質を構成する素粒子の位置、運動量と方向、スピンの量と方向が決まればその物質は正確に再生できるはずだよ。
人間の身体だってすべて素粒子で構成されているわけだからな。感情や記憶だってそれぞれの素粒子の働きで規定されるわけだから全く同じ位置に同じ運動量とスピンを持った素粒子を再生すればおんなじ感情と記憶を持った生物が再生されるわけだよ。
「さあ皆さんここまでよろしいでしょうか?」
よろしいも何も、もう誰も理解できてないって・・・俺以外はな・・・
「被験者の構造を正確に分析できた時点でいよいよ転送です。凍った被験者を素粒子レベルまで分解します」
分解?ばらばらにしちゃうのか?
「ばらばらにしちゃいます。おっと・・・ご心配には及びません」
自分がばらばらにされるっていうのにご心配には及びませんはないだろう?
「分解された素粒子は光として送信されます。皆さんは量子論というものをご存知ですか?」
ご存じないって・・・
「ミクロの世界の素粒子というものは粒子の性格と光の性格を併せ持っているのです。簡単に言うと分解した素粒子を光に変換して東京からニューヨークに一瞬のうちに送信するのです」
俺ももうだめ・・・わかんない。あーみんな寝てるよ。朋美、起きろって。
「ニューヨークに送信された光は再び素粒子に変換され、解析されたデータをもとに正確に再構成されます。すると東京で凍った被験者がニューヨークで再生されるわけです。あとは速やかに解凍して転送終了です。こうして説明するとややこしいですが、所要時間はほんの5分程度です」
へーえ・・・理論的には・・・まともだよな。転送する物質の状態を正確に解析して光に変換して転送して解析データをもとにして正確に再構成する。確かにうまくいけば全くおんなじものが出来上がるはずだよな。でも・・・。
「あの・・・理論的なことは大体わかりましたが・・・トラブルはないんですか?たとえば・・・素粒子に分解した後で一部分がなくなってしまうとか、転送中に落ちてしまうとか・・・」
柿崎は笑いながら答えた。
「その心配は全くありません。まず分解は解析データが完全に収集できない限りは行われません。転送中にその一部がなくなることは考えられませんが、もし何らかのトラブルがあっても解析データが残っていればその物質は完全な形で再生することが可能なのです。ですから万が一のことがあったとしても少なくとも皆さんは東京でテレポーションチューブに入ったままの状態に戻ることができます」
「でもそのデータがなくなってしまえば・・・」
「解析データは東京のディスクに保存されると同時にニューヨークのディスクにも転送されます。もっとも大地震が起きてその両方が壊れてしまえば再生は不可能ですが・・・」
東京とニューヨークの両方が大打撃を受ける確率なんてほとんどないだろう。そのときには他の一般市民だって生きちゃいないよな。
「multidoorの理論的な説明はこれくらいにいたしまして次に皆様方に実際にどのように行動していただくかを説明しましょう。まずボランティアの方は東京のテレポーテーションチューブの中に入っていただき、ニューヨークに飛んでいただきます。そしてニューヨークで1時間の自由行動をしていただき何かニューヨークでなければ買えない物を買ってきてください。費用は100万円まで当社が負担いたします」
横で寝ていた朋美がいつの間にか目を輝かせて説明を聞いている。ひょっとしてお前、ニューヨークで買い物がしたかっただけじゃないの?
「1時間後にニューヨークのテレポーテーションチューブにもどり、再び皆さんは買ってきた品物ごと東京に転送されます。そしてニューヨークで買ってきた品物を見せていただければ皆さんが間違いなく東京ニューヨーク間をテレポーテーションしたことが全世界に証明されるのです」
隣の朋美が小声でつぶやいた。
「ねえねえ。私、ニューヨークでリプケンがデザインしたサザンクロスのネックレスを買ってきたいの。日本には売ってないのよ」
あーやっぱり。そんなことだと思ったよ。
「あの・・・もし失敗したらどうなるんですか?」
向こうに座っている40歳くらいの女が質問した。
「失敗・・・ですか?」
柿崎がちょっと困った顔で答えた。
「たとえば後遺症が残ったり、死んじゃったりした場合、ちゃんと保障はしてもらえるんでしょうか?」
女は隣に座っている同年代の男をチラッと見ながら聞いた。どうやらボランティアを希望したのはこいつの亭主らしい。心配してついてきたって訳か。俺の場合と逆だな。
「失敗などということはありえませんが、万が一の場合を考えてボランティアの方には3億円の保険を準備しています。もしもの場合には障害の程度に応じて保険金をお支払いすることになると思います」
それを聞いて女はちょっと微笑んで安心した顔で座った。なるほど・・・あんたが心配なのは亭主の体じゃなくって収入ってことね。これであの男がボランティアに応募することは決定って訳だな。
「あの・・・動物実験が成功したって聞いたんですけど、人間に試すのは今回が初めてってことですか?」
俺はちょっと不安になって聞いた。
「いえいえ。とんでもありません。人体実験はもう何例も行っています。もちろんわが社の人間だけですが。今回皆さんにお願いした目的は社内の人間ではなく、一般の方々が参加するというところにあるわけです」
柿崎が自信を持って答えた。
「じゃあ・・・もう何人かは瞬間移動を体験したってことですよね。その人たちに何か障害はなかったんですか?もしよろしかったら瞬間移動を経験した人に合わせてもらえませんか?」
俺の言葉を聞いて柿崎がニヤニヤと笑い出した。
「その必要はありません。あなたはもう経験者に会っていますよ。私は今朝ニューヨークにいってカフェで夜食を食べてお昼前に帰ってきたばかりです」
あ・・・そうなの・・・あんたがもう経験しているわけ・・・ふーん・・・確かに障害なんてなさそうだぜ。
「では皆さん今日の説明会はこれで終了しますが、2日後に担当が皆さんのお宅にお電話で確認いたします。同意いただきました方から1名さまを選び、その御自宅に担当がお伺いして正式に契約していただきます。そして2週間後の日曜日、このSTCからニューヨークのSTCまで瞬間移動旅行を体験していただくわけです」
柿崎が最後を締めくくった。
なんだって?2週間後の日曜日?おいおい、その日は俺も出張でニューヨークだぜ。じゃあなにか?ニューヨークにいる俺に朋美が瞬間移動して会いにくるってこと?悪くないんじゃない?その設定。
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