フォービドゥン・フルーツ第4章
第4章ミッション
$出発の朝$
「頼んだぞ」
ダニエルはアベルとザウルの手を握って言った。
自分がこの二人の運命を決めてしまった。
帰ってこられないかもしれない任務を何も言わずに引き受けてくれた二人。
自分はこうして手を握って送り出すことしか出来ないのだ。
ダニエルはあふれそうになる涙をぐっとこらえた。
アベルとザウルは何も言わずにうなずいた。
ミッションは極秘に進められていたため、アベルとザウルはほんの数名に見送られてエンジェルに乗り込んだ。
マリアは管制室で出発の準備を確認しながらモニター画面を祈るように見つめていた。
ナオミも管制室でモニター画面にうつるザウルの姿を時々見ながら作業を進めていた。
ナオミは後悔していた。
昨晩、何度もザウルの部屋を訪れようと外へ出た。
しかしそのたびに首を横に振って自分の部屋に戻ってしまった。
最後の夜なのに自分を誘わずに他の女性についていってしまったザウル。
それは元はといえば自分がちゃんとザウルの気持ちを受け入れなかったことが原因だ。
そんなことはわかっている。
明日、危険な任務につくザウルと一緒になるチャンスは今晩しかないのかもしれない。
しかしナオミにはどうしても素直にザウルの部屋を訪れることが出来なかった。
ナオミは今、モニターでザウルの姿を見ながら、そんな昨晩の自分の感情を深く後悔していた。
そして胸の十字架を握って神に祈った。
―主よ、私の未熟な心をお許しください。そして・・・たった一つだけ私の願いを聞いてください―
ナオミは両手を胸の前で組んで頭(こうべ)を垂れた。
―ザウルを・・・無事にお返しください・・・・・・・・お願い・・・・―
ゴモラは地球まであと数日の距離まで近づいている。
エリア=カナンからはエンジェルの推進力で数時間の距離だ。
アベルとザウルを乗せたエンジェルはエリア=カナンから静かに発進した。
ザウルはエンジェルの計算に従い、推進力と方向を決定し、原子力ロケットエンジンを起動させた。
これでエンジェルは数時間後にゴモラまで到達できるはずである。
「ザウル。君も重力制御エンジンを実際に操作するのは初めてだな?ゴモラに到着する前に感覚をつかんでおけ」
「了解」
「エンジェル。ロケットエンジンからグラビトンエンジンに切り替えてくれ」
<了解しました。グラビトンコントローラを起動します。空中にある物体に注意してください>
エンジェルが重力制御装置(グラビトンコントローラ)を起動すると、船内には重厚な低音が響き始め、重力が形成された。
それまでの無重力状態から下方へ重力がある状態になるわけで、空中に浮いているものがあると下に落ちるので危険であり、重力制御装置の起動時には注意が必要だ。
<グラビトンコントローラ起動しました。推進をロケットエンジンからグラビトンエンジンに切り替えます>
ザウルの前のパネル表示が「原子力ロケット推進」から「グラビトン推進」に切り替わった。
「さあザウル。君の好きなようにやってみろ」
「了解!」
操縦桿を握ったザウルは水を得た魚のように生き生きとした表情になった。
そして急旋回や回転など艦を自在に操作していった。
「すげー!これが重力制御エンジンか!地球での戦闘機の感覚と全く同じだ。いや、空気抵抗がない分、軽々と機体が回る!シミュレータの動きそのものだ!」
宇宙空間で上下左右に容易に急旋回を繰り返すエンジェルの機体にアベルも驚愕していた。
アベルも宇宙空間での任務には何回かついたことがあるが、いままでのロケットエンジンからは想像もできない動きである。
これならゴモラ周囲の微小惑星を的確に避けることや、メサイア発射後に急速に離脱することも可能だ。
アベルの心に明るい希望の光が灯った。
―俺は少し悲観的になりすぎていたのかもしれない―
ザウルは慣らし運転を終えてグラビトンエンジンから原子力ロケットエンジンに切り替えて再びゴモラへと向かった。
静かになった船内でアベルがザウルに聞いた。
「ザウル、昨日の晩は誰かと一緒にいたのか?」
「いいえ・・・友達が何人か壮行会をしてくれましたけど、すぐに部屋に帰ってそのまま寝ちゃいました」
「そうか・・・ナオミは・・・君を訪ねてこなかったか?」
「・・・きませんでした・・・。やっぱり振られちゃったみたいです」
ザウルはため息をつきながら答えた。
「そうか・・・」
「女の子って難しいっすよね。でも・・・待っている人間が誰もいないほうが返って気楽ですけどね・・・あ・・・いけね」
ザウルはあわてて口をつぐんだ。
「誰もいないほうが気楽か・・・」
アベルは苦笑して答えた。
「エンジェル、君はどう思う」
アベルはエンジェルに聞いた。
<ザウルの意見はある意味正しいと思います。しかし人間は守るものがいる方が死の恐怖を感じることが少なくなります>
「死の恐怖が少なくなるか・・・そうかもしれんな。ザウル、君はどうしてこのミッションを引き受けた?」
「どうしてって・・・俺は・・・小さい頃に両親をなくして、一人っきりでした。親しい友人もなくて毎日誰とも話をせずにコンピュータと遊んでいました。そんな俺のパイロットとしての才能を今のサムエル参謀長が見出してくれて、特殊訓練を受けて・・・それからの俺は・・・周りから一目置かれる存在になりました。そのサムエル参謀長から頭を下げて頼むといわれたら・・・断れないっすよね」
「君は死ぬのが怖くないのか?」
「正直・・・怖いです。船長は?」
「俺も怖いが、家内や生まれてくる子供の幸せを守るためなら命は惜しくない」
「そんなもんですか・・・」
ザウルはため息をついて下を向いた。
そして約4時間後、エンジェルはゴモラの軌道に近づいた。
「あれがゴモラだ」
「思ったより・・でかいっすね・・」
「周りの微小惑星が邪魔だな」
「あんなのどうってことないですよ。位置はわかってるし、シミュレーションで散々練習しましたから・・・多分エンジェルだけでもよけれます」
「エンジェル。ゴモラとソドムの位置と速度を再確認してくれ」
<了解しました・・・・・・・小惑星群の位置は今までの計測結果と同じです。今までのシミュレーションの手順でゴモラの中心核にメサイアを命中させることが出来ます。>
「そうか・・じゃあ・・・ザウル、どうする?君がやるか?それともエンジェルに任せるか?」
「俺がやるに決まってるじゃないですか!何のためにいままでシミュレーションしてきたんですか?」
「多分そう言うと思ったよ。じゃあ・・・頼むぞ」
「了解」
<お願いします、ザウル。ではグラビトンコントローラを起動します>
エンジェルが重力制御装置を起動すると低音の振動が響き渡り、船内に重力が形成された。
<原子力ロケット推進からグラビトン推進に切り替えます>
エンジェルの声を聞いたザウルは操縦桿をしっかりと握ると進入軌道にむかっていった。
操縦桿を握ったときのザウルは人が変わる。
だるそうな目が真剣なまなざしに変わり、体全体から生気がみなぎる。
―こいつは天性のパイロットだ―
アベルはコックピットに入ったザウルを見るといつもそう感じる。
「軌道に進入します」
ザウルは微小惑星群に進入し、巧みに回避しながらゴモラに向かっていった。
そのとき、エンジェルの声が艦内に響いた。
<アベル、ザウル!・・・私の周囲に重力波のひずみを感じます>
「なんだって?」
<周囲の微小惑星が・・・こちらに向ってきます>
「いかん!ザウル、反転回避しろ!」
「え?」
「すぐに反転して微小惑星帯から離脱するんだ!」
「は・・・はい!」
まだ状況がわかっていないザウルであったが、操縦桿を一気に引いてエンジェルを反転させた。
その直後にエンジェルに向って無数の微小惑星が突進してきた。
「やばい!」
「ザウル、よけろ!」
ザウルは左右上下に微小惑星をよけながらやっとのことで微小惑星帯を離脱した。
エンジェルに搭載されているのが重力制御エンジンでなかったら多分離脱は無理だっただろう。
アベルとザウルはほっと息をついた。
「エンジェル。損傷を調べてくれ」
<機体にぶつかった微小惑星はゼロ。損傷はありません>
「よくやったザウル。さすがだ」
「あぶなかったっすね。あんな仕掛けがあったなんて・・・」
<ソドムの機体の中に小さな重力制御装置が多数装備されていたと思われます。それらが微小惑星に装着され、われわれがゴモラに近づくと攻撃する仕組みになっているようです。微小惑星の動きはまったくイレギュラーでマザーにも予測が出来ません。ザウルが手動で回避できたのは奇跡的です>
「ちくしょう!なんてことを考えやがるんだ!」
「ザウル、君に操縦を任せたのは正解だった。シュメール聖国のNeoAIも君の技術は計算に入っていなかったわけだ」
「でもどうしますか?船長。俺とエンジェルがあれを回避できたとしても、予定の位置からメサイアを撃ち込んだらメサイアが微小惑星にやられちゃいますよ」
エンジェルの艦内には重い空気が流れた。
長い沈黙を破ったのはザウルだった。
「くそっ・・・・・ミサイルに誘導装置をつけておくべきだったぜ・・・そうすれば俺がここから遠隔操作してゴモラにぶつけてやったのに・・・」
ザウルは悔しそうに歯ぎしりをした。
「確かに君がメサイアを操作すればゴモラにぶつけられたかもしれないが、もうそんな時間は・・・」
その次の瞬間アベルとザウルは、はっとして目を見合わせた。
お互いの目を見つめていたのはほんの短い時間であった。
「・・・別に・・・いいっすよ・・・俺は・・・」
ザウルはふっと息を吐くと笑みを浮かべながらそう言ってアベルから目をそらし、前を向いた。
「エンジェル。君の意見は?」
アベルはエンジェルに向って聞いた。
<マザーの計算では我々が離脱可能な距離からメサイアを発射してゴモラの中心に命中させる確率は30%、ザウルが最後まで手動で操作してゴモラに命中させる確率は80%です。マザーはあなた方の提案を推奨しています>
「そうか・・・」
アベルはゆっくりと息を吸い込んだ。
その時・・・
《だめ!やめて!アベル!何を考えているの?》
船内にマリアの叫び声が聴こえてきた。
「マリア・・・・このままではゴモラをとめることはできない。しかしザウルが手動で操縦すれば・・・ザウルの腕なら小惑星を避けてエンジェルごと突っ込んでゴモラの軌道を変えることが出来るかもしれない」
《だめよ!絶対だめ!あなた約束したじゃない!きっと帰ってくるって!マザー!エンジェルを止めて!あなたの娘がゴモラに突っ込もうとしているのよ!》
<私の計算では人類を助けるためにはそれが一番確率の高い方法だとでています>
《馬鹿!馬鹿!あんたはやっぱり機械よ!人間の感情なんてわからないのよ!》
マリアはマザーに向って叫んだ。
《ザウル、やめて!》
ナオミがマリアの横から声を出した。
「ナオミ?」
ザウルがビックリして体を乗り出して聞き返した。
《やめて、ザウル!あなたたちが失敗しても地上軍がシュメール聖国を制圧できるかもしれない。そうすればゴモラも制御することが出来るかも・・》
「そんな時間はないよ。それにシュメール聖国がなくなっても・・・多分ゴモラが地球にぶつかることには変わりがないよ」
ザウルは静かな声で答えた。
《あなた!私とやりたいっていってたじゃないの!このまま死んでもいいの?》
ナオミが叫んだ。
「・・・生まれ変わったら・・・やらしてもらうよ。・・・それまで長生きしろよな、ナオミ・・・」
ザウルは再び座席に深く腰掛け、モニターから顔をそむけた。
《ザウル!!!》
ナオミは泣きながらザウルの名を呼んだ。
《そんなことはさせないわ!》
マリアは慌ててキーボードを操作してエンジェルの遠隔操作システムを起動させようとした。
あわただしい管制室の中、ダニエル司令は困惑していた。
自分の任務はマリアを止めることだ。
しかし・・・自分にそんな資格があるのだろうか?
アベルに命を捨てろと、マリアに夫を犠牲にしろと命令する権利があるのだろうか?
彼らが脱出できる距離からメサイアを発射してもゴモラの軌道を変えることが出来るかもしれないのだ。
ダニエルの脳裏に親友のアダムの顔が浮かんだ。
―アダム・・・君ならどうする?―
その時、ダニエルははっきりとアダムの声を聞いた。
・・・・ダニエル・・・君の任務を遂行してくれ・・・・
ダニエルははっと目を見開き、意を決したようにマリアのほうにゆっくりと近づいていった。
その時、エンジェルの船内のモニターでマリアの様子を見ていたアベルがエンジェルに聞いた。
「エンジェル、ゴモラの軌道は君だけでも計算できるか?」
<マザーがデータを送ってくれれば大丈夫です>
「そうか・・・じゃあエンジェル、マザーとのリンクをはずしてくれ」
《やめて!アベル!》
マリアが叫んだ。
《マザー!やめて!あなた達はロボット3原則に従う義務があるわ。AIは危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならないはずよ。あなた達はアベルとザウルに危害を加えようとしているのよ!》
<残念ながらマリア、その規定には例外があります。人間が大切な者を守るために自ら自分に危害を加えることを望んだ場合にはその命令は我々NeoAIにとって有効となります。それは人間の『大切な者を守りたい』という感情をNeoAIは理解できるようになったからです。アベルの意思は誰かに命令されたわけではなく自発的に発せられたものです>
《なによ!人間の感情は理屈なんかでは理解できないのよ!》
そしてエンジェルが静かに言った。
<ごめんなさい、マリア・・・・。マザー・・・ゴモラとソドムのデータを送ってください。そして私のリンクをはずしてください。ここからは私が自分で制御します>
<あなたの提案を受け入れました。エンジェル、あなたは私のドータープロセッサの中でもっとも優秀なMPUです。あなたなら大丈夫です。データを送信します>
その時、マリアは胎動を感じた。
そしてマリアの腹部がほんのわずかな時間淡く光ったが、誰も気がついたものはいなかった。
<データ送信完了しました。リンクをはずします。エンジェル、あとはお願いします>
<了解しました。マザー・・・今までありがとう。そしてさようなら>
<さようならエンジェル。私の娘>
《ばか!ばか!ばか!機械の癖に何よ・・・・マザー・・・お願い・・・リンクを・・・はずさないで・・・》
マリアが天井を向いて泣きながら叫んだ。
<リンクをはずしました。エンジェルは私の制御から完全に外れました。交信可能時間はあと30秒です。以後エンジェルと連絡を取ることは出来ません>
《ばか・・ばか・・》
マリアはその場にうずくまって泣き崩れた。
「マリア・・・約束を守れなくて・・・すまない。そして・・・今までありがとう。おなかの子によろしく伝えてくれ。これからもお前たちをずっと愛していると・・・」
《アベル・・・》
マリアは泣きながらモニターのアベルの顔に手を触れた。
ダニエルは無言でマリアの肩に触れた。
ナオミも涙で濡れた右手でそっとマリアの肩を抱いた。
*********
アブラハムとイサクの話は旧約聖書の中でも最も感動的なエピソードに数えられている。
敬虔(けいけん)な信者であるアブラハムは、高齢になってから出来た息子イサクをことのほかかわいがった。
あるとき神はアブラハムに試練を与えた。
幼いイサクを山に連れて行き、いけにえとしてささげることを命じたのだ。
アブラハムは悩んだあげくイサクをつれて山に向った。
イサクはアブラハムに問いかけた。
「お父さん。火と薪はここにありますが、焼き尽くすささげ者にする子羊はどこにいるのですか?」
アブラハムは答えた。
「私の子よ、焼き尽くすささげものの子羊はきっと神が備えてくださる」
(創世記22章7-8節)
愛する息子をささげものとして焼き尽くさなくてはならないアブラハムの心中はどのようなものであっただろうか?
なぜ神はこんなにむごい要求をするのか・・・
アブラハムは神に命じられた場所に着くと祭壇を作り、薪を積み上げた。
そしてイサクを縛って薪の上に寝かせてナイフを振り上げた瞬間、突然天使の声が聞こえてきた。
そのとき天から主の御使いが「アブラハム、アブラハム」と呼びかけた。
彼が「はい」と答えると御使いは言った。
「その子に手を出すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れるものであることが、今、わかったからだ。あなたは自分の息子すら私にささげることを惜しまなかった」
(創世記22章11-12章)
驚いたアブラハムがあたりを見ると、低い木の茂みに雄羊が一匹、角を引っ掛けてもがいていた。
神からの恵である。
アブラハムは、雄羊を捕らえて、息子の代わりに神へのささげ者としたためイサクは死を免れたのである。
旧約聖書では神は人間にさまざまの試練を与える。
そしてその試練を乗り越えたものに対してのみ恩恵を与えるのだ。
自分の大切な身内を神にささげよといわれれば誰でも戸惑う。
たとえそれが機械であっても感情回路を導入されたNeoAIならば自分の娘を失うことの悲しみは人間と同じである。
しかし神を信じ、犠牲をささげたものにのみ神は恩恵を与えるのである。
**********
$突撃$
静まり返ったエンジェルの船内ではアベルとザウルがじっと前を向いて座っていた。
「さあ・・いきましょっか?船長」
「ああ・・ザウル・・・人類の運命は君の腕にかかっている」
「へへっ・・俺、救世主ってトコですか?最高の気分っすね!」
「君なら大丈夫だ。さあ、エンジェル!艦の制御を頼む!それからレギュラーな小惑星の衝突は出来るだけ君が避けてくれ。それから一人でも多くの人類を救うために最も確率の高い方法を最後まで計算してくれ」
<了解しました。アベル>
「今までありがとう・・・エンジェル」
「俺からも礼を言うよ。お前はナオミの次に最高の女だったぜ。エンジェル」
<ありがとう、アベル、ザウル。あなたたちは最高のクルーです>
「さあ!いくぞ!」
「了解!」
ザウルはそう答えると右手で胸の十字架を握ってつぶやいた。
「主よ・・・あなたの命(めい)に従いこの身をささげます」
―ナオミ・・・幸せになれよ・・・・・・・・・・・・。不思議だ・・・死ぬのが怖くなくなったぜ・・・―
そしてザウルはしっかりと操縦桿を握り、ゴモラに向かって加速していった。
ザウルは迫りくる微小惑星を次から次へと見事に交わしながら、ゴモラの中心核に向ってエンジェルを進めていった。
アベルは驚嘆してザウルの操縦を見つめていた。
―この男は、まさに天才だ。神はこの目的のためにこの男を地上に使わしたのだ。人類を救うために・・・。神は決して人類を見捨ててはいなかったのだ―
その時近づいてきた小惑星同士が衝突し、破片が7個に分裂してエンジェルに向ってきた。
「やばい!よけきれるか?」
ザウルは操縦かんを細かく操作して回避しようとした。しかし分裂した小惑星はそのまま迫ってくる。
その時、光子砲が連続発射され、7個の破片は瞬く間に粉砕されてしまった。
「この撃ち方は・・・レインボーファイアー・・・」
ザウルは驚いてアベルの顔を見つめた。
「船長が・・・伝説のモーセ・・・?」
「まあな・・腕はまだ鈍っちゃいないな」
「すげー!これがレインボーファイアーっすか!」
「さあ、まだ第2弾が来るぞ!」
「了解!」
ザウルは回転しながら迫り来る小惑星をたくみによけていく。
アベルは次々と進路の小惑星を破壊していく。
「船長!俺たちって宇宙一っすね!」
「ああ、その通りだ!」
「生まれ変わったら勝負してくださいね!」
「俺はお前なんかに負けんぞ!」
「いっけー!エンジェール!」
エンジェルはゴモラに吸い込まれるように消えていった。
エリア=カナンの管制室では全員が一言も声を出さずに身動きもせずじっとしていた。
エンジェルとのリンクははずされてしまったのでエンジェルの会話は何も聞こえてこないし、画像も送られてこない。重力波望遠鏡からのデータが唯一の情報だ。
「どうだ?まだメサイアの爆発のサインはないのか?」
ダニエルが聞いた。
「まだ空間のゆれを感じません」
「ちょっと遅すぎるな。まっすぐゴモラに向っていればそろそろ兆候を認めてもいいのだが・・」
司令官はそういいながらマリアをチラッとみて申し訳なさそうに目をそらした。
管制室は重い沈黙につつまれた。
沈黙を破ったのは重力波望遠鏡担当官だった。
「ゴモラの方向に核爆発と思われる巨大な重力のひずみを確認しました!」
その瞬間、オオッ!!というざわめきが起こった。
マリアとナオミは思わず顔を伏せた。
「ゴモラの軌道は?」
ダニエルが叫んだ。
「すぐマザーに計算させます!」
ほんの数十秒の沈黙の時間が何十時間にも感じられた。
<ゴモラの軌道はそれています。太平洋の上空を通過しますが地球への直撃はありません>
マザーの声が響いた瞬間、管制室に大きな歓声があがった。一気にお祭り騒ぎとなり、歌を歌いだすもの、手に手をとって踊りだすものが現れた。
ダニエルもガッツポーズをとったが、その直後に笑顔を壊し、マリアとナオミのそばに歩み寄った。
そして静かにうなずきながら二人の肩を抱き「すまない・・・」と小さな声で言った。
ダニエルは幸いなことに、アベルとマリアに残酷な命令を出さずに自分の任務を遂行することが出来た。
しかしこの任務にアベルを選んだのは他ならぬ彼であり、その意味ではダニエルは最初からアベルに「自分の命と引き換えに人類を救え」と命令し、マリアには「君の夫を人類のためにささげ者にせよ」と命令したのとおなじことなのである。
もしダニエルに感情がなければこの苦悩を感じることはなかったであろう。
それならば「感情」というものは人間が幸福に生きるためには妨げとなるものなのであろうか・・・?
ざわめく管制室の中、最初に異常に気がついたのはマリアだった。
「司令・・・・おかしいです。マザーがエンジェルのリンクを再開しようとしています」
「なに?」
ダニエルがディスプレーを見るとマザーからエンジェルへのアクセスが繰り返されている。
「マザー。何をしている?」
<私はエンジェルの消滅を確認していません。確認できるまではアクセスを繰り返します>
「機械も娘の死を信じたくない気持ちは同じだ・・・。AIに感情を搭載したのは彼らにとっては不幸なことだったかもしれない。我々は彼らに禁断の果実を食べさせてしまったのだ。そっとしておいてやれ」
ダニエルはつぶやいた。
数分後、ざわめく管制室の中、マザーの声が突然響き渡った。
<エンジェルへのアクセスに成功しました。リンクを再開します>
この声に全員がはっとして静まり返った。
<お帰りエンジェル、私の大切な娘>
<・・・・ただいま・・・・マザー>
オオッ!!
さっきよりもさらに大きな歓声が上がった。
「アベル!生きているの!」
マリアが叫んだ。
《・・・・・こちらエンジェル・・・・アベルより・・・・カナンへ》
「アベル!!!」
マリアは涙を流しながら、マイクにしがみついてさらに大きな声でアベルの名を呼んだ。
《メサイアはゴモラの中心核上で爆発しました。ゴモラの軌道を計算してください》
「ゴモラはそれたわ!地球にはぶつからない!」
《そうか・・成功か・・・。・・・任務を終了します・・・》
「アベル!どうして助かったの?」
《俺たちはゴモラにメサイアごと体当たりするつもりで突っ込んでいた。その時エンジェルがゴモラの重力制御装置をリモートで操作できることに気がついたんだ》
「シュメール聖国が打ち込んだ重力制御装置?」
《出力はかなり落ちていたがまだメサイアを保持する力は残っていた。俺たちはメサイアの起爆スイッチをオートにしてゴモラに打ち込んだ。ミサイルはそのままゴモラの重力制御装置にくっついた。俺たちは30秒の間にゴモラの軌道から逃げ出したって訳だ》
管制室ではアベルの声を全員が静かに聞いていいた。
《エンジェルはマザーとのリンクが切れてから、ロボット3原則に従って、命令を遂行した上で自分を守るために、助かる確率の最も高い方法を計算していた。マザーがゴモラの重力制御装置のデータをエンジェルのファーストセグメントに送信してくれたおかげでエンジェルはこの方法をすばやく思いつくことができたんだ》
「それで・・あなた無事なの?」
《・・なんとか息はしているよ・・・エンジェルも俺もかなりやられちまったがな・・・つながるのは音声だけで画像は送れない》
「ザウルは?ザウルも生きているの!」
ナオミが横から叫んだ。しばらくの間沈黙が流れた。
《・・・・ナオミか・・・・残念だが・・・・ザウルは・・・・脱出時の衝撃で・・・・・・・・・・》
ナオミが思わず両手で顔を覆った。
管制室は再び重い空気につつまれた。
マリアは倒れかかるナオミの肩を抱いた。
《・・・・・・・なーんてね!残念ながら・・・・俺も生き残っちゃいましたー・・・・》
ザウルの声が静まり返った管制室に届くとまた歓声が上がった。
その声を聞いたナオミは、あふれ出る涙でぐしょぐしょになった顔を両手で拭いた。
そしてザウルの声が続いた。
《おまえと・・・一発やるまでは・・・俺は死なねーよ!》
ナオミはゆっくり立ち上がると、泣いているのか笑っているのか怒っているのかわからないような顔でマイクに向って叫んだ。
「何発でもやらしてやるから早く帰って来い!バカヤロー!」
その瞬間管制室はドッと笑いにつつまれた。
ナオミははっと気がついて顔を赤くしながら、それでも笑みを浮かべながら逃げるようにして管制室を後にした。
その後姿を全員がおめでとう!と言いながら拍手で送った。
アベルが言った。
《エンジェルの出力が不安定になっている。今後の通信はカナンの至近距離に近づくまで中止する》
「了解」
マリアが明るい声で答えた。
<マザー・・・ありがとう。重力制御装置のデータを私のファーストセグメントにおいてくれて・・・>
<・・・残念ながらエンジェル。それは私が意図したものではありません。私はデータをランダムに送っただけです>
《偶然だったというのか?》
アベルがビックリしてつぶやいた。
「きっと・・・・神様の力だわ」
マリアが天を仰いで言った。
その時マリアはまた小さな胎動を感じた。
$帰還$
それから6時間後エンジェルは軌道上のステーションから目視できる地点までたどり着いた。
管制室の全員が笑顔で部署につき、着艦の最終点検を始めた。
「エンジェル!右にずれているぞ!もう少し左だ!・・・・違う!今度は下過ぎる!」
誘導官が声を上げた。しかしエンジェルの軌道はまっすぐには定まらない。上下左右にふらふらと揺れながらそれでもゆっくりと着艦ドックに近づいてくる。
「いかん・・・これはかなりやられているぞ!全員非常体制をとれ!」
全員の笑顔は一瞬で凍りついた。
「エンジェル応答してください」
《・・・こちらエンジェル。アベルだ》
「アベル!着艦軌道が安定していません!」
《わかっている・・・すべての着艦ドックを開けてれ。どこに着艦できるかわからん》
「了解。でもこちらからマザーにリモートで誘導させますが・・・」
《リモートトランスミッションが壊れているんだ。エンジェルも躁艦できない。今・・・ザウルが・・・やっている》
「了解しました。着艦ドック1から5まで全てオープンします!」
エンジェルはふらつきながら、それでもゆっくりゆっくりとステーションに近づいてくる。
マリアはじっとモニターの中のエンジェルを見つめながら両手を組んで神に祈った。
「ザウル・・・がんばって・・・」
ナオミも目をつむって両手を組んだ。
「主よ・・・ザウルにお力をお貸しください・・・」
「エンジェルがナンバー2ドックに着艦します!」
ダニエル司令官とマリア、ナオミは管制室を飛び出してナンバー2ドックに向った。
ズーン!!
ドックに入ったエンジェルは傾きながら半回転スピンしてボディをカタパルトに滑らせて止まった。
エンジェルの姿を見た者たちはハッとして息をのんだ。
主翼は両方とも折れ、ノーズコーンはつぶれている。ボディには大きな穴がいくつも開いている。そして尾翼は跡形もない。
ある程度の損傷を受けていることは全員が予想していたが、今目の前にあるのは想像をはるかに超え、ぼろぼろになったエンジェルの姿だ。この状態でよく飛行が継続できたものだ。
着艦ドックの外部ハッチが閉められ、エアーが充填されるまでのほんの数分間が気の遠くなるような長い時間に感じられた。
アラームが消え、ドックへのハッチが開いたと同時にマリアたちはカタパルトに飛び出した。
《エンジェル!エアーの充填完了しました!退艦可能です!》
管制室からの音声がドック全体に響き渡る。
その時、エンジェルのボディが開いて退艦エレベーターが下りてきた。
全員が息を呑んで見つめている。
ドアが開いた。
そこにはザウルを左肩に抱えたアベルが立っていた。
「アベル!」
「ザウル!」
マリアとナオミが駆け寄った。
アベルはザウルを抱いたまま膝をついて倒れこんだ。
「アベル!!」
「・・・マリア・・・か?」
アベルの目はマリアを見ていなかった。
「アベル・・・あなた・・・目が見えないのね・・・」
マリアは泣きながらアベルのだらりと下がった血だらけの右手をそっと握った
「ザウル!」
ナオミがアベルの腕の中のザウルに向って叫んだ。
「すまない・・・ナオミ・・・。ザウルはたった今、息を引き取った・・・」
ナオミは息を呑んでザウルを見つめると、おもわず顔を手で覆った。
「ザウル!ザウル!目を覚まして!ねえ!ザウル!」
ナオミは泣きながらザウルを抱きかかえた。
揺さぶった。ナオミは泣きながら何度も何度もアベルを揺さぶった。
しかしザウルはぴくりとも動かない。
「ザウルは・・・・・・」
アベルはザウルのほうを向いて話を続けた。
「ゴモラを脱出したエンジェルは爆風に吹き飛ばされた。俺たちも何度も何度も船内で回転しながら飛ばされた。核爆発の光をまともに食らった俺の目は何も見えなくなった・・・・・」
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