メディカルゲーム(第3章:第2ステージ前半)(1/4)
【第3章 第2ステージ】
《第二ステージ開始》
第一ステージをクリアした18人の医師たちは第二講義室に集まっていた。
第二講義室にはパソコンが備えられた机が1列に3つずつ、6列並んでいる。
それぞれの机の横には仕切りがあり、画面は横からはみえない仕組みとなっているが、医師たちはこの机には座らず、後に備え付けられた長椅子に一列に並んで座っていた。
「伊達先生。ここってなんか異様な雰囲気ですよね」
千夏が不安そうに言った。
「ステージに座らなくていいだけましだろ?」
龍二が皮肉な笑みを浮かべて答えた。
その時、時計が9時を指し、正面右手のドアから冴野涼が黒服たちを従えて入ってきた。
「おはようございます。今から第二ステージのオリエンテーションを行います」
冴野涼の冷たい声に全員が前を向いて座りなおした。
「第二ステージは前半と後半に別れています。まず前半のオリエンテーションを行います」
「この部屋には18の座席が用意されています。座る場所は自由です。それぞれの座席には端末が1台ずつ設置されています。皆さんは端末の画面から情報を得て、回答を入力していただきます」
全員が机の上の端末に目を移した。
「第2ステージは診断を確定していただきます。画面から得られた情報を元に診断がついた時点で診断名を入力してください。正解した場合はそこで点数が加算されます。提示される情報が増えるごとに点数は減点されていきますのでなるべく早い段階で回答してください。ただし間違えた場合はその問題の回答権は消失しますので零点となります」
「問題は何問あるんでしょうか?」
「合計10問の予定です」
「一問あたりの点数は?」
「最高で10点です」
「合格基準点は何点ですか?」
「合格基準点はありません。上位者のみステージクリアとなります」
会場がざわめき、その中の一人が声を上げた。
「何人が落とされるのですか?」
「それは申し上げられません」
静まり返る医師たちを見回しながら冴野涼が続けた。
「今から20分後に開始しますのでその時点でお好きな席についてください。どの席にも均一の問題が提示されます」
そういい残して冴野涼は黒服たちを伴って退室した。
医師たちはざわめきながら席を物色していた。
「伊達先生。どうします?」
千夏が辺りを見回しながら聞いた。
「一番後ろだ」
龍二が言った。
「また後ろですかー?」
千夏があきれた声で答えた。
「いいんじゃないの?どこでも同じだし、一番後ろのほうが全体の雰囲気が見わたせるからいいと思うよ」
巧が答え、3人は一番後ろの3つの席に左から龍二、千夏、巧の順に荷物を置いて一旦部屋を出た。
「何人が落とされるんでしょうか」
千夏が不安げに聞いた。
「さあな。18人残ってるから4-5人じゃないのか?」
龍二があっけらかんとした声で答えた。
「でも人数で制限するなんておかしいよね。能力の劣った医師を再教育にまわすのが目的なら優秀な医師は全員パスしてもいいと思うんだけど・・・」
巧が腑に落ちない表情で言った。
「そうですよねー。なんだか私たちの中から誰かを選び出そうとしているみたい」
《第二ステージ:前半》
20分後全員が席についた。
龍二は目をつむったまま腕組みをして椅子にもたれかかっていた。
千夏は持っていた参考書を必死に読みあさっていた。
巧は周りを見回しながらなにやらメモを取っていた。
「では第一問目から提示します」
冴野涼の声とともに各人の端末画面に症例のプロフィールが提示された。
作者より
以下4例(症例1,2,9,10)の症例提示があります。診断に興味がない方は流し読みしてください。ただし、最後の症例10は読んでいただくことをお勧めします。
《症例1》
―――――
『65歳女性』
主訴:腹痛
既往歴:慢性関節リウマチにてメトトレキセート6mg/週で内服中(症状は安定)
腹部手術歴なし
アレルギー歴:特になし
現病歴:昨日夜から右側腹部痛あり。睡眠はとれたが朝になっても改善せず、本日午前中受診。
食欲は普通。排便は今朝あり(通常便)。
―――――
千夏は食い入るように画面を見つめてメモを取っていた。
―右の側腹部痛・・・なんだろう?これだけじゃ漠然としていてわからないわ。でもリウマチがあって免疫抑制作用があるメトトレキセートを内服していることは頭においておかないと・・・―
静まり返った会場ではペンの音だけが聞こえている。
もちろんこの段階で診断を入力する医師はいない。
次に画面に患者の腹部の診察の様子が映し出された。
―――――
「このあたり痛いですか?」
医師が腹部を触診しながら聞いた。
「そのあたり・・・おへその少し右側が痛いんです。そこも・・・。そこは大丈夫です」
患者が答えた。
「このあたりでしょうか?」
「抑えてもあまり痛くないんですが・・・そのあたりが痛いように思います」
―――――
―圧痛はあまり強くなさそうね。デファンスもなし―
千夏はメモを取りながら必死に考えていた。
―――――
「痛みは時々強くなるんですか?」
「いえ・・・なんとなくずっと痛いです。今は背中も痛くなってきました」
「背中ですか?ちょっと見せてください・・・・このあたりですか?」
医師は痛みを感じている腹部とおなじ高さの背中を押さえた。
「いえ・・・もう少し上のほうが・・・そのあたりかな?横のほうも少し・・・」
患者は首をかしげながら言った。
―――――
そして医師が腹部に聴診器を当てるとスピーカーから腹部の聴診所見が流れた。
血圧120・68 脈拍78不整なし。体温36・5度。sPO2 97%と表示された。
―腸の蠕動音は正常ね。血管雑音もなし。鑑別診断は・・・―
千夏は鑑別診断を書き出した。
*****
most likely
尿管結石
likely
結腸憩室炎
腎動脈塞栓症
nescesally
急性虫垂炎
腸間膜動脈閉塞症
急性胆のう炎
イレウス
*****
―こんなところかしら・・・でもきっと尿管結石だわ。バイタルサインも正常だし、重症感がそれほどない。検尿で潜血反応が陽性なら間違いないわ―
千夏はうなずきながら画面を見つめていた。
画面に腹部レントゲン画像が提示された。
―レントゲンは異常なし。結石の陰影はないけど尿管結石のほとんどはレントゲンには写らないから尿管結石は否定できない。腸のガス像は異常ないからイレウスではないわね―
千夏は周りを見回したが、会場は依然として静かなままだ。
次に検尿所見が提示された。
―――――
尿蛋白(-)
尿糖(-)
尿潜血(-)
―――――
それを見た千夏は戸惑いの色を隠せなかった。
―尿潜血(-)?どうして?どうして陽性じゃないの?尿管結石なら(+)になるはずなのに・・―
そのときチャイムが鳴り、正面のランプが一つ点灯した。
それは榊原瞬の正解を示すランプだった。
―え?榊原先生が正解?この尿所見を見て診断がついたってこと?何がわかったの?―
千夏は不安でいっぱいになった。
そしてまたチャイムが鳴り、もう一つランプが点灯した。
それは伊達龍二の正解を示すランプだった。
―伊達先生も正解?・・・わかるんだ・・・やっぱりこの情報で診断がつくんだわ・・・私の鑑別診断が間違えているんだ―
千夏は鑑別診断を書いたメモを見直した。
龍二は腕組みをして画面を見つめていた。
―この患者に重症感はない。千夏、もう一度問診と身体所見にもどれ。傷みの部位をシェーマに書いてみろ。早く気がつくんだ。これからの検査に陽性所見はない―
次に血液検査所見が提示された。
―――――
白血球 7800
赤血球 456万
血小板 16.7万
CRP 0.1
―――――
―炎症なし!貧血なし!虫垂炎、胆のう炎、結腸憩室炎の可能性はないわ!なんなの?―
千夏はあせっていた。
そしてそれは他の医師たちも同様であった。
とらえどころのない腹痛。しかし2人の医師が既に正解しているのだ。
普通、臨床の場ではこのような症例は鎮痛剤を投与して経過観察を行う。
そして後日経過を見て診断を確定することになる。
しかしこの第二ステージでは経過を見ることは許されない。
必ず診断をつけなくてはならないのだ。
次に腹部エコー所見が提示された。
―異常所見がない!胆嚢、肝臓、膵臓、腎臓、脾臓全て正常だわ!疼痛があるところも何も所見がない―
その時またチャイムが鳴った。そして瓜生巧のランプが点灯した。
―瓜生先生も正解!どうして?エコーで何か見えたの?私何か見落としているのかしら・・―
巧はほっとしてキーボードから手を離した。
―なるほどね・・・除外診断だよね・・・おなかの中には何も異常はないんだ・・・。千夏ちゃん、がんばれ!痛みの部位をもう一度考えろ―
次に肝機能や腎機能などの血液検査データが表示されたが異常値は認めなかった。
―わからない!異常所見が一つもないじゃないの!なぜ伊達先生たちは診断がつけれるの?―
千夏の頭の中はパニックになっていた。
―おちつけ・・・千夏・・・おちつくのよ・・・―
千夏は深呼吸をして最初から考え直した。
―痛みの原因・・・何があるの?右のおなかにある臓器は腎臓、肝臓、胆嚢、腸管、そして腹筋、腹膜・・・それから・・・皮膚・・・。皮膚?まさか・・・・そうだ・・・でも・・・―
千夏の頭の中に一つの疾患が浮かんだ。
―帯状疱疹だ・・・。でも診察所見を見ても皮疹がなかったわ・・・。皮疹が出る前の帯状疱疹?そんな診断が可能なの?―
帯状疱疹は水痘ウイルスというヘルペス属のウイルス感染による疾患である。
水痘ウイルスに初感染すると水痘すなわち水疱瘡(みずぼうそう)を発症する。
少々熱が出て全身に水疱ができ、1-2週間で徐々にかさぶたになって治っていく。
一度罹患すると一生水痘にかかることはない。これを終生免疫という。
しかし水痘が治癒しても水痘ウイルスが体からいなくなるわけではない。
水痘ウイルスは体の一部、たとえば神経などに潜んでおり、免疫力が低下したときに再活性化する。免疫力の低下は免疫抑制剤を内服中、栄養状態の不良、もしくは癌などがあるときに起こりやすい。
神経に潜んでいた水痘ウイルスが再活性化すると水疱や紅斑が出現し、疼痛を伴う。これが帯状疱疹である。しかし時には皮疹が出現する前に疼痛だけが出てくることがある。この場合の帯状疱疹はきわめて診断が困難である。
帯状疱疹の疼痛の特徴は神経の走行に沿って痛みが出現することであり、この点に着目できれば皮疹が出現する前に帯状疱疹を診断することも可能となる。
腹部の神経は肋骨に並行して走行している。
そのため帯状疱疹を発症すると背部では腹部よりも高い位置に病変が存在する。
帯状疱疹の疼痛はその部位が腹部と背部でずれているのである。
「提示されるデータはあと2つです。腹部CT所見、最後に2日後の経過が提示されます」
冴野涼の声が会場に響いた。
―2日後の所見?・・・皮疹が出るんだ・・・2日後にきっと水疱と紅斑が出現するんだ・・帯状疱疹!間違いないわ!―
千夏はあわてて端末に「帯状疱疹」と入力した。
チャイムが鳴り千夏のパネルが明るく輝いた。
―やった!正解だ!―
千夏はほっと胸をなでおろした。
そして数名のパネルが同時に点灯した。
その後、腹部CTの画像、2日後の皮膚所見が提示され、ほとんどの医師が正解となった。
千夏はぐったりしてため息をついた。
「第一問は終了しました。次の症例に移ります」
冴野涼の声とともに次の症例が映し出された。
千夏はハッとして体を起こして画面を真剣に見つめた。
メディカルゲーム(第3章)(2/4)に続く
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