メディカルゲーム(第4章:第2ステージ後半)(1/4)
《第二ステージ後半》
第二ステージの後半が開始された。
9人の医師たちは1グループずつ第二講義室に呼ばれていった。
まず榊原のグループ、次に青木雄太のグループ、最後に龍二達のグループだ。
龍二達はロビーでじっと待っていた。
「チーム医療ってどんな試験になるんでしょうか?」
千夏が不安げに聞いた。
「3人で協力して診断を確定するってことだよね。誰か一人が答えたってだめなんだよきっと」
巧が答えた。
龍二は目をつむったままじっと腕組みをしていた。
「私、自信ないです・・・。ごめんなさい。私が足を引っ張りそうです」
千夏は申し訳なさそうにうつむいた。
「チーム医療は全員が自分のできることをやればいいだけだ」
龍二が目を開いて言った。
「でも・・・」
「全員が自分のできることをしっかりとやってお互いの足りないところをカバーすれば道は開ける」
「そうだよ。千夏ちゃん。みんな得意なことと苦手なことがあるんだから、自分ができることをしっかりとやればいいんだよ」
巧みが慰めた。
《チーム医療》
榊原のチームが入ってから30分が過ぎた。
中の様子は全くわからない。
巧はいらいらして声をあげた。
「おそいな・・・どのくらいかかるんだろうか?」
「3チームあるんだ。1チームで30分ってとこだろう」
龍二が答えた。
「じゃあもうすぐ榊原先生たち出てきますよね」
千夏が第二講義室の出口に目を移した。
もう一つのチームの3人は落ち着かない表情で、必死に本を読みあさっていた。
そしてドアが開き、冴野涼が出てきた。
「次のチームの方、お入りください」
その声に次のグループの3人はハッとしてあわてて荷物を手に取ると講義室に入っていった。
「榊原先生達、終わったんでしょうか?」
「でも出てこないね」
「きっと向こうの出口から出たんだろう。俺たちに接触しないようにな」
「なるほど・・・きっとおなじ問題がでるんだろうね」
そしてまた30分が過ぎ、龍二達が呼ばれた。
「伊達龍二先生、瓜生巧先生、上原千夏先生。一番前の席に順番にお座りください」
冴野涼が3人を案内した。
そしてステージの左側のテーブルには小田切雅也が不敵な笑みを浮かべて座っていた。
「伊達先生もやはりここまで残ったか・・・そうこなくちゃ面白くない」
龍二は小田切には目もくれずに黙って前を向いて座った。
そして冴野涼が説明を始めた。
「第二ステージの後半も診断を当てていただきます。症例数は3例。最初に症例の簡単なプロフィールが提示されます。それに対して順番に質問をしていただき、診断がわかった時点で回答していただきます」
冴野涼はゆっくりと3人を見回した。
「診断の回答はどなたでも結構ですが、質問は担当が決められます。すなわち、
1)問診に関する質問者。
2)身体所見に関する質問者。
3)検査に関する質問者
です。
担当分野以外の質問をすることは許されません。そして役割分担は1問ごとに順番に変わっていただきます」
「じゃあ、問診担当者は検査の質問をすることが出来ないってことでしょうか?」
千夏が聞いた。
「その通りです。一つの症例の中では担当は変更できません。問診担当者は最後まで問診に関する質問をするか、診断を確定するかのどちらかです」
―的確な検査がオーダーできないと確定診断は難しい。最初の二人は3人目が効率のいい検査をオーダーできるような質問をしなくてはならないということか―
龍二は目をつむったまま腕組みをして考えていた。
「最初の1順目で正しい診断が行われれば10点です。2順目からは一人経過するごとに1点ずつ減点。診断の間違いは減点にはなりませんが、診断を提示したものはそのターンでは質問は出来ませんので次の担当者にそのまま権利が移ります」
「すると・・・一人目と二人目が質問して三人目の検査担当者が検査の質問をせずに診断を確定すれば10点と言うわけか・・」
龍二が言った。
「その通りです。しかし三人目の検査担当者が検査をオーダーして、次のターンで最初に戻った問診担当者がその結果を見て正しい診断を行った場合は9点です。そこで診断をせずにもう一度問診して次の身体所見担当者が正解した場合は8点です。それから一つの設問が終了するまではチーム内での会話、目配せや合図も一切禁止です。コンタクトを取った場合はその場で失格となります」
冴野涼が答えた。
「わかったかね?3症例の合計得点の高い2チームが第3ステージに進むことになる。最下位のチームはここで敗退、教育センター直行ってわけだよ。ちなみに・・・前の2チームはかなりの高得点だったことを付け加えておこう」
小田切が龍二を横目で見ながら言った。
3人の緊張は一気に高まっていった。
―だめ・・だめ・・・私、自信ない!きっと私が足を引っ張るんだわ。ごめんなさい、伊達先生、瓜生先生・・・―
―よわっちゃったなー。2チームとも高得点なのかー。これはよっぽど締めてかからないと―
「二人とも、余計なことは考えるな。自分ができることを精一杯やればいいんだ」
龍二が隣を見て言った。
千夏は黙ってうなずいた。
「あのー正解したときのガッツポーズは全員でしてもいいんでしょうか?」
巧みがとぼけた声で聞いた。
「ご自由に・・・」
冴野涼が冷たい声で答えた。
千夏は思わず噴き出してしまった。
―ありがとうございます。瓜生先生。ちょっと落ち着きました―
「では第一症例。伊達先生は問診担当。瓜生先生は身体所見担当。上原先生は検査担当だ。症例を提示する」
小田切がマウスをクリックすると、各自の端末に映像が表示された。
―私が検査担当。私が診断の鍵を握るのね。お願い、伊達先生、瓜生先生、助けてください―
千夏は祈るような目で画面を見つめていた。
作者より
これより3例の症例提示があります。診断に興味がない方は流し読みしてください。ただし最後の症例3は読んでいただくことをお勧めします。
*****
《第一症例》
―――――
『25歳男性』
半そで半ズボンの運動着姿の痩せ型の男性がストレッチャーで救急室に運ばれてきた。
「加藤貢さん、25歳男性です。バレーボールの試合中に急に胸が痛くなって救急要請されました。血圧90・44.脈拍100。sPO2 98%、体温36・5度です。既往歴に特記すべきものはありません。試合中の外傷もありません」
ストレッチャーから、はみ出るくらいに大柄な患者はベッドに移された。
患者は胸部を手で押さえて苦悶表情をしている。額は発汗している。
「加藤さん、わかりますか?胸のほかに痛いところは?」
「胸と・・・背中も・・・・息をするのもつらいくらい痛い・・」
「今までにこのようなことは?」
「初めてです・・・」
「胸の診察しますよ」
―――――
聴診所見が端末のスピーカーから聴こえてきた。
龍二は耳を傾けた。
―心音異常なし。頻脈あり。ギャロップなし。呼吸音は・・・左右差なしか・・・。頚部は・・やっぱり隠していやがる。巧に任せるか・・―
―――――
「おなかは大丈夫ですか?」
医師は腹部をさわりながら聞いた。
「大丈夫・・・」
―――――
「さあここまでだ。伊達先生。問診に関する質問をどうぞ」
小田切が龍二に向かって言った。
―若い男性の運動中の胸痛。重症感がある。頻脈のわりに血圧が低めだ。鑑別疾患は・・・―
龍二は鑑別疾患を頭の中で考えた。
*****
#1緊張性気胸
#2胸膜炎、心膜炎
#3急性冠症候群(狭心症、心筋梗塞)
#4肺塞栓症
#5解離性大動脈瘤
#6食道破裂
*****
―こんなところか・・・。呼吸音が正常だから気胸はないだろう。食事摂取もないから食道破裂もないだろう。さあ、あとの疾患をどうやって鑑別する?普通はレントゲン、心電図から始めるところだが一つずつ検査をオーダーしたのでは点数がいくらあっても足りない。千夏に的確な検査をオーダーさせて1発で診断しなくてはならない―
龍二はじっと考え込んだ。
―胸膜炎や心膜炎なら運動中の急性発症ではないはずだ。肺塞栓症は何らかの血栓を作る素因があれば可能性はある。しかし運動中に発症する可能性は低い。急性冠症候群は、普通は動脈硬化が進行する中年以降に発症する。しかし若年で発症する場合が二つある・・・家族性高コレステロール血症と川崎病の既往だ―
龍二の頭の中で緊張性気胸、胸膜炎、心膜炎、肺塞栓症、食道破裂が消えた。
急性冠症候群はまだ可能性が残っている。それは患者が家族性高コレステロール血症の場合と川崎病の既往がある場合だ。
家族成高コレステロール血症は悪玉のLDLコレステロールを代謝する酵素が欠損する遺伝疾患である。若いうちから動脈硬化が進行し、20代30代で心筋梗塞を発症することがある。
黄色腫という皮疹や、アキレス腱が肥厚することが特徴であり、身体所見で診断をつけることが出来る疾患である。
川崎病は幼児期に発症する原因不明の疾患である。発熱や皮疹が出現するが、治癒した後に冠動脈瘤を形成し、成人してから心筋梗塞を発症することがある。
―大動脈解離はどうだ?この年齢で解離が起こるか・・・・・・・・?―
龍二は腕を組みながら目をつむってビデオの映像を思いだしていた。
―バレー選手、高身長、痩せ型・・・・・・・―
龍二はピクッと眉を動かした。
―・・・・・・マルファンか?―
龍二はハッと気がついて目を開けた。
―こいつはマルファンだ・・・マルファン症候群による解離性大動脈瘤。胸部造影CTを撮れば診断は確定するはずだ。それを千夏に選択させなければならない。俺が川崎病の既往を聞いて、巧がアキレス腱の肥厚がないことを確認すれば急性冠症候群はほぼ否定的できる。残るのは必然的に解離になる。しかし・・・千夏がそれに気づいてくれるか・・・―
マルファン症候群は組織を保持するコラーゲン線維が先天的に弱い疾患である。大動脈などの血管の解離を起こしやすい。そのほとんどは身長が高く、痩せ型である。
龍二は千夏に自分の考えを伝える方法をじっと考えた。
千夏はあせっていた。
―若い男性の胸痛?なんなの?血圧も低い。呼吸音が正常だから気胸じゃないわ。こんな年齢で急性冠症候群や解離性大動脈瘤が起こるのは考えにくいわ。心筋炎か胸膜炎?―
巧も考えていた。
―ちょっと重症っぽいよね。多分循環器系の疾患だ。川崎病か家族性高コレステロール血症があれば急性冠症候群。龍二君、川崎病の既往を聞いてくれ。僕が家族性高コレステロール血症の確認をするから・・・千夏ちゃんが心電図をオーダーすれば確定だよ―
そして千夏の頭にひらめきが起こった。
―川崎病だ・・・幼少時に川崎病をやっているんだわ。冠動脈瘤が出来て急性冠症候群を起こしているんだ。伊達先生、問診してください!私、心電図をオーダーします!―
その時龍二はかっと目を開き、そしてゆっくりと小田切のほうを向いて言った。
「質問します。患者さんの身長と体重は?」
「身長と体重?何を言っているんだ!君の担当は問診だろう?身長体重は身体所見だ!勘違いするな!」
小田切は思わず大声を出した。
「あ・・・すみません!うっかりしていました!救急で身長体重は測定できないので患者に聞くべきものかと・・・。すみません、じゃあ・・・川崎病の既往はありますか?」
龍二はあわてて質問をしなおした。
「川崎病か・・・残念ながらないようだ」
小田切は冷静さを取り戻し、笑みを浮かべながら言った。
「次、瓜生先生、身体所見の質問をどうぞ」
―後は頼むぞ、巧―
―川崎病なしか・・じゃあ、家族性高コレステロール血症だ・・・アキレス腱の肥厚と黄色腫の有無を確認すればいいんだ。でも・・・まてよ?龍二君はどうして身長体重なんかを・・・―
巧みは自分のメモを見ながら考え込んだ。
―身長と体重・・・そんなものは映像を見ればだいたいわかるじゃないか・・・。それをあえて質問したのは?しかも身体所見の質問をわざと間違えたようにみせたみたいだ。これはなんかあるぞ。急性冠症候群じゃないんだ。体格が関係する疾患・・・胸痛・・・痩せ型の高身長・・・・・・そうか・・・・マルファンだ!―
巧も気がついた。
―マルファン症候群による解離性大動脈瘤が第一候補!龍二君はそれを伝えようとしたんだ!しかも川崎病がないこともちゃっかりと質問しちゃってる。やるなー・・・―
千夏は困惑していた。
―なぜ身長体重?川崎病がないことはわかったけど・・・伊達先生はどうして・・・―
巧は考えた。
―何とか千夏ちゃんにCT検査をオーダーさせないと・・・。解離性大動脈瘤の可能性を千夏ちゃんに気づいてもらわないといけない―
そして巧はゆっくりと言った。
―あのー両手両足の血圧を教えてください―
「両手両足?ちょっと欲張りすぎだ。質問できるのは一つだけだ」
「なーんだ、けち・・・。さっきの救急隊の血圧は右手ですよね。じゃあ左手は?」
「左は92・50.あまりかわらんようだな」
小田切は「けち」と言われ、ちょっと憤慨して答えた。
―いいぞ、巧。四肢の血圧の数字が問題なんじゃない。千夏に解離の可能性を気づかせることが大切なんだ。いい質問だ―
龍二は腕組みをしながらうなずいた。
千夏はさらに困惑していた。
―瓜生先生、なんでですか?四肢の血圧?どうして胸痛で四肢の血圧が・・・急性冠症候群じゃないんですか?四肢の血圧が関係する胸痛の疾患って・・・解離性大動脈瘤ですか?こんな若い患者さんに解離なんておこるんですか?―
千夏はうつむいてじっと考え込んだ。
解離性大動脈流は大動脈が裂ける疾患である。大動脈からは四肢への血管が延びているわけで、大動脈に解離が起これば、その部位により手足の血管の狭窄や閉塞が起こりうる。
解離性大動脈瘤の患者では四肢の血圧に差があることが診断の助けになるのだ。
―伊達先生が聞いた身長体重・・・・・・痩せ型、高身長・・・・・・・それに大動脈解離?・・・・・・・・・・・・そうだ・・・・・・・マルファンだ・・・・・・・・・―
千夏はおもむろに顔を上げた。
―マルファンだ!この患者さんはマルファン症候群!大動脈の脆弱があって解離を起こしたんだ!診断は・・・胸部腹部CT検査!―
「胸部と腹部の造影CT検査をお願いします!」
千夏は自信を持って答えた。
龍二は腕組みをしながらにやりと微笑んだ。
巧は無言で万歳をした。
「造影CTね・・・レントゲンや心電図も撮らずにいきなりCTかね?」
小田切は不満そうに言った。
「はい。CTお願いします」
小田切がマウスをクリックするとスクリーンにCT画像が表示された。
千夏はそれを見て目を輝かせた。
―やった!解離だ!大動脈が基部から弓部まで裂けている!―
そして龍二がゆっくりと答えた。
「最終診断。マルファン症候群による解離性大動脈瘤」
チャイムが鳴り、画面には「9点」と表示された。
小田切は悔しそうな顔で龍二をにらみ、3人は無言で顔を見合わせ、ガッツポーズをとった。メディカルゲーム第4章(2/4)に続く
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