「遥かなる故郷」(2/3)
【原潜シーキャット】
シーキャットの司令室ではクレイン艦長と4名の乗組員たちが集まっていた。
4人の乗組員たちは全員が直立してクレイン艦長を見つめていた。
「ネルソン提督からの命令を伝える。直ちに座標182,223に向かう」
副長のモートンが聞いた。
「そのあとの命令は?」
「まだ私も受けていない。しかし君たちも状況はわかっていると思う。残された人類を救えるのは我々しかいないようだ。モートン、君は核弾頭と魚雷の最終チェックを行ってくれ」
「イエッサー!」
4人はそれぞれの持ち場に散っていった。
衛星都市サブリナの会議室ではネルソンが周りを見回しながらゆっくりと言った。
「では、ここで採決を取ります。シーキャットに核攻撃を命令するべきだと思う人はAのボタンを。彼らの意思に任せるべきだと思う人はBのボタンを押してください。棄権は認めません。ここには11名おります。多いほうの意見をわれわれの命令として私からクレイン艦長に伝えます」
各国の代表達は悩みながら一つのボタンを押した。
「では開票します」
ネルソンがニコルに合図すると、各自のモニター画面に結果が映し出された。
「A:3票 B:8票」
それを確認したネルソンはゆっくりと周りを見回して言った。
「結論が出たようです。海底要塞に核攻撃を行うかどうかは彼らの判断に任せます」
【覚悟】
シーキャットは全速で座標182,223に向かっていた。
皆さんは原潜の乗組員が5名と少ないことに違和感を抱くかもしれない。
しかし、この時代の原潜はほとんどの操作がコンピュータで制御され、乗組員は5名で十分なのである。
通常の運転は全てコンピュータ制御による自動で行われ、一通りの業務を終えた彼らはつかの間の休息をとっていた。
モートン副長とコワルスキー軍曹は同室である。
二段ベッドの下にコワルスキー軍曹、上にモートン副長が横たわっていた。
モートン副長は今年39歳になる。
体の線は細いが何事にも動じない強い意志を持ち、沈着冷静でいつも物事を正確に判断しようとする。
結婚歴はなく、独身貴族を楽しんでいる。
コワルスキー軍曹は28歳である。
大柄で頑強な体を持ち、まっすぐな性格で曲がったことは大嫌いだが、少々気が弱いところがある。
1年前に結婚したが、子供はまだいない。
コワルスキーが上のモートンに聞いた。
「副長。俺たちどうなるんでしょうか?」
「どうもこうもないだろう?今わかっていることは俺たちが海底要塞を攻撃しなければ空の上の956人は助からないってことだ」
「そうですよね・・・・じゃあ、当然攻撃命令ですか・・・。今シーキャットが100mの潜行をしたらもう上がってこれないですね」
「さっき何回もシミュレーションしただろ?合計4箇所の破損部位から浸水してタンクをブローしても浮力は期待できない。俺たちはそのまま海の底ってわけだ。運がよければどっかにひっかかってしばらくは生き延びるだろうけどな」
「運が悪ければ海底深く沈んで圧死。運がよくてシーキャットの中で死ぬのを待っているだけってことですか・・・」
「潜水艦乗りなら本望だろ?」
「そうですよね・・・。自分たちだけ生き残っていてもしかたないですか・・・。でももう地球には本当に誰も残っていないんでしょうか?」
「さあな。俺たちがこうして生き残っているってことは他にも生きている人間がいるかもしれないな。山奥とか、離れ小島とか・・・。そういえばお前は結婚していたんだったな?」
「ええ・・・軍の同期のやつとくっついちまいました。俺がこの任務についたときはワシントンに勤務していましたが・・・今はどうなっているんだか・・・。ワシントンは・・・全滅を確認しましたよね」
「子供は?」
「まだでした。そろそろ作ろうとは思っていたんですが・・・。副長はどうなんです?」
「何が?」
「誰かいい人は?」
「俺はずっと独身だ」
「心に思う人はいなかったんですか?」
「心に思う人か・・・まあ、いないこともないがな」
モートンは天井を見ながら答えた。
「え?そんな人がいるんですか?その人は今どこに・・・やっぱり・・・」
「いや、まだ生きているよ」
「えー!じゃあ・・・その人はサブリナに・・・」
コワルスキーはびっくりして大声を上げた。
「サブリナか・・・まあ、そんなところかな。ただし・・・俺の片思いだ」
「片思い?」
「彼女の心の中には別の男がいる。俺が入り込む隙間はなさそうだ」
「でも・・・片思いでもちゃんと告白しないと・・・」
「告白か・・・そんなに簡単じゃない・・・。下手すればひっぱたかれそうな気の強い女だ・・・」
「そうなんですか・・・でも・・・生きているだけでも・・・いいですよね」
コワルスキーは寂しそうに布団をかぶって取り出した写真を見つめた。
アンジェリーナ=ビセット少尉とサラ=ミッチェル伍長も彼女たちの部屋で休息を取っていた。
ビセット少尉は29歳。やや小柄でスレンダーだが引き締まった体をしており、ストレートのブロンドを後ろで束ねている。
性格は男勝りで、その意志の強そうな大きな瞳でにらまれるとたいていの男は萎縮してしまうだろう。
シーキャットでは技術全般を担当している。
それに対してミッチェル伍長はやや短めの黒髪で、体格はグラマラスである。
性格はやや優柔不断で気弱な面もあるが、他人に対する思いやりは人一倍強い。
彼女は通信および食事などの生活業務を担当しており、年齢は26歳である。
年齢や階級はビセットが上であったが、任務を離れたプライベートではお互い「アン」「サラ」と呼び合い、気のあう友人として付き合っていた。
「アン・・・起きてる?いよいよ私たちも最後かな・・・」
サラ=ミッチェル伍長が上で寝ているアンジェリーナ=ビセット少尉に聞いた
「人類の役に立って死ねるんだから幸せでしょ?」
「そうよね・・・私たち5人が犠牲になれば956人の人間が助かるのね」
「しかも彼らが地球に最後に残された人類かもしれない」
「衛星に住んでいるのは8割が男性だって・・・・。私たちがそこに行ったらきっとモテモテよ」
ミッチェルが笑いながら言った。
それを聞いたビセットがうんざりした声で言った。
「私はもうこりごりよ・・・・。私の周りにはろくな男がいなかったわ。サラ、あなたはこの任務に就く前に男と別れたばっかりって言ってたよね。まだ懲りないの?」
「性格が合わなかっただけよ。でもこんな世界になるのが別れたあとでよかった。もう死んでるだろうけど、悲しまずにすんだわ」
ミッチェルはちょっと寂しそうに言った。
「海軍は恋愛に適した場所じゃないわ」
「私は・・・別に軍が好きだったわけじゃない。いい男を見つけてさっさと退官して家庭に入って普通に暮らしたかった。戦争だってほとんどなくなっていたから軍なんて名ばかりのものだったし、それがこんなことになるなんて思ってもいなかったわ」
「でもシーキャットに乗っていたおかげであなたも私も今まで生き延びてこられたのよ」
「私はワクチンが出来てウイルス騒ぎが落ち着けば、また陸に上がって生き残った人たちと一緒になって人類を再興していくんだって思っていた。でも・・・私たちが犠牲にならなかったら人類の再興もないのね・・・」
「私と違ってあなたなら子供をたくさん生んで人類の繁栄に貢献しそうだけどね」
ビセットが苦笑しながら言った。
「アン・・・あなたの気持ちはどうなの?」
「私の気持ち?」
「あなた、艦長のこと好きなんでしょ?」
「な・・・何を言うのよ!冗談はやめて!」
ビセットは体を壁に向けて憤慨した声で言った。
「いいじゃないの。もう、どうせ死ぬんだから、最後くらい自分の気持ちに素直になったら?私だってクレイン艦長は素敵だと思うわよ。若いときに奥さんを亡くされて45歳の今までずっと独り身で身持ちも硬いし、頭の回転も速くて判断も的確。それに誠実で部下思い。体つきもがっしりしていて何よりイケメンでしょ?」
「他の男たちよりは少しはましってくらいよ」
ビセットはふてくされた声で言った。
「素直じゃないなー。アンの気持ちは副長だってコワルスキー軍曹だってうすうす気がついているわよ。気がついていないのは艦長だけ」
「彼は人一倍鈍感なのよ」
ビセットは壁のほうを向いて寂しそうにつぶやいた。
【命令】
3時間後サブリナの会議室には再び各国の代表が集まっていた。
通信装置の前にいたニコルがヘッドホンをはずしながらネルソンに向かって言った。
「ネルソン提督!シーキャットからの連絡が入りました!」
「スピーカーにつないでくれ」
ネルソンはあわてて体を起こした。
そしてサブリナ会議室の全員がスピーカーに聞き耳を立てていた。
<こちらシーキャット。艦長のクレインです。座標182、223に到着しました>
「クレイン艦長、ネルソンです。ご苦労様でした」
<次の命令をお願いします>
クレインの声が会場に響いた。
そしてシーキャットの司令室では4人の乗組員が真剣なまなざしでクレインを見つめ、スピーカーからのネルソンの声を待っていた。
ネルソンはゆっくりとマイクに向かって言った。
「クレイン艦長・・・・。軌道衛星都市サブリナの代表として、そして生き残った人類代表としてあなたに命令を伝えます」
<イエッサー!>
「ここからはあなたの判断で行動してください」
<What???>
クレインは耳を疑った。
他の4人の乗組員たちも怪訝そうな顔でクレインを見つめていた。
「あなたの判断に任せます。これが我々の出した結論です」
<私が任務を決定するのですか?>
「・・・そうです・・・」
双方に沈黙が流れた。
サブリナの会議室ではあるものはじっと前を見つめ、あるものは目をつむったまま腕組みをしてじっと次の言葉を待っていた。
そしてシーキャットでは全員がお互いの顔を困惑した表情で見つめあっていた。
クレインは4人の顔を順番に見回すと、マイクに向かって言った。
<ネルソン提督。我々はあなたの部下です。あなたの命令に従います。我々がなすべきことを命令してください>
ネルソンはしばらく沈黙した後、マイクに向かってゆっくりと言った。
「クレイン艦長・・・あなたの判断で行動してください。これが・・・私の命令です」
<・・・・>
再び双方に沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのはネルソンだった。
「クレイン艦長。そこにジョン=コワルスキー軍曹はいますか?」
クレインはハッとして振り返り、コワルスキーの顔を見ながら答えた。
<彼は私の目の前におります>
「彼に伝えることがあります。ジョン=コワルスキー軍曹。あなたの奥さんのキャサリン=コワルスキーはここ、サブリナにおります」
ネルソンの声が流れるとシーキャットの司令室では歓声が上がった。
コワルスキーは涙をこらえられず、涙声で言った。
<本当でありますか!キャッシーは・・・キャサリンは無事なのでありますか!>
「もちろん無事です。それに・・・あなたの家族は1人ではない。1週間前にあなたには新しい家族が出来ました」
コワルスキーはきょとんとして首をかしげた。
「キャサリン=コワルスキーは1週間前に女の子を出産しました」
シーキャットではまた歓声が上がった。
モートン副長は笑顔でコワルスキーの頭をたたいた。
<ほ・・本当でありますか!俺に・・・娘が・・・>
アンジェリーナ=ビセット少尉とサラ=ミッチェル伍長も笑顔で拍手した。
「クレイン艦長。私からの連絡は以上です。あなたはあなたの判断で任務を決定してください。あなたが下した判断がどんなものであろうと我々は誰一人あなたを責めることはありません。ただ、結論が出たら、我々に連絡をお願いします」
<了解しました。今から1時間以内に結論をだします>
サブリナの会議室ではネルソンが疲れた表情で目頭を押さえていた。
そしておもむろに顔を上げるとニコルに向かって言った。
「私はしばらく自分の部屋にいる。シーキャットから連絡があったらすぐ呼んでくれ」
そう言いながら彼は沈痛な面持ちでゆっくりと会議室を出た。
その後姿をマサオ=アカギがじっと見送っていた。
【提督室】
ネルソンは自室の机に向かって両腕で頭を抱えて顔を伏せていた。
彼はしばらくそのままじっとしていたが・・・
「う・・・う・・・う・・・・」
突然嗚咽を漏らして涙を流し始めた。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
ネルソンはあわててティッシュで目頭を拭うとちょっと間をおいてから返事をした。
「どうぞ・・・」
入ってきたのはマサオ=アカギであった。
「失礼します」
「どうぞ・・そこにおかけください」
ネルソンはアカギをソファに掛けさせ、自分もその前に座った。
アカギは優しいまなざしをネルソンに向けると静かに口を開いた。
「ネルソン提督。誰もあなたの決断を責めるものはおりません」
「ありがとう。ミスターアカギ。しかし私は・・・私の立場では彼らにはっきりと核攻撃を命令すべきでした。私はその権利を有する唯一の人間だったのです。それが残された人類に対する私の責任です。それを私は・・・自分が非難されることを恐れるあまり、多数決と言う形をとり、自分の責任を回避させてしまった・・・」
「それでいいのです。核ミサイルの照準になっているのは帰国のサブリナだけではない。私の国のコマチも、ドイツのマルチナも、エジプトのクレオも全てが照準になっている可能性がある。もし被害を受けるのがサブリナだけならばあなたは何も考えずシーキャットに核攻撃を命令できたでしょう。しかし事態はあなたの責任を既に超えている。アメリカの正義がいつでも全世界の正義と一致するわけではありません。あなたの決断だけで決めるべき問題ではないのです」
「しかし私は・・・私は・・・卑怯者だ・・・。クレイン艦長の判断に任せると命令しながら、コワルスキーの家族の話を切り出し・・・・彼らに・・・自分たちが犠牲になるという気持ちを持つように・・・核攻撃を決断するように・・・誘導してしまった・・・。自分が非難されない方法で・・・上手に彼らに犠牲になれと命令したのです」
ネルソンは嗚咽交じりに涙をぼろぼろ流しながらアカギに自分の気持ちを吐露した。
アカギは首を横に振り、優しい目でネルソンに言った。
「ネルソン提督、そんなに自分を責めてはいけません。核攻撃命令の3票。ドイツ代表と私。そしてもう1人はあなたですね?あなたは自分ができる精一杯の行動をとったのです」
「ミスターアカギ・・・」
ネルソンはアカギの目をじっと見つめた。
そして窓から見える地球に目を移した。
「見たまえ・・・ミスターアカギ・・・。なんて美しい・・・。こんなに近くにあるのに我々はそこに行くことができない。すぐそこに見える私たちの故郷は遥かかなたにあるのだ・・・」
ネルソンとアカギは無言でじっと地球を見つめていた。
しばらくしてアカギがネルソンに言った。
「ネルソン提督。ミサイルが発射される海底要塞・・・あれはドイツの所属ですね?」
「ど・・・どうしてそれを・・・」
ネルソンがビックリして聞いた。
「ドイツだけではない。フランスもインドも日本も・・・もちろんアメリカも衛星を攻撃する施設を保有している。それは衛星から核攻撃を受ければどの国も壊滅的な被害をこうむることを認識しているからです。今回はたまたまドイツの施設に問題がおこっただけのこと。人間と言うのはどうしようもない生き物なのですよ。この美しい故郷に我々が戻ることが出来ないのは誰が悪いのでもない。我々人間が自分で自分の首を絞めただけなのです。今度のことは神が人類に対して罰を下されたのです」
「神からの罰・・・そうかもしれません。それが神からの罰ならば、我々は甘んじて受けなくてはなりません。しかし・・・・海底要塞のことに関してはなにとぞ、もうしばらく・・」
「もちろんです。残された人類の気持ちを一つにしようとするあなたのお気持ちを無駄にはしません。私の胸にしまっておきます」
二人は硬く握手を交わした。
【決断】
「さあ・・どうする?」
シーキャットの司令室でクレインは4人の顔を順番に見つめた。
「艦長。我々はあなたの部下です。あなたの命令に従います」
モートンがきっぱりと言った。
そして他の3人も静かにうなずいた。
「ネルソン提督の気持ちがわかるな・・・」
クレインは苦笑してつぶやいた。
「では・・・命令を伝える」
4人は背筋を伸ばして直立した。
「これより海面下100mに潜行し、核弾頭を搭載した魚雷で海底要塞を攻撃する!」
クレインのはっきりした命令に全員がいっせいに返事をした。
「イエッサー!!」
「異議のあるものは?」
「サブリナの中に俺の銅像を立ててもらいますよ」
モートンが笑いながら言った。
「娘にお前の父親は英雄だったって伝えてもらいます」
コワルスキーも笑顔で言った。
「教科書に私の名前が載るわ」
ビセットが苦笑しながら言った。
「私のプロフィールの写真、もっときれいにとってもらえばよかった・・」
ミッチェルが困惑した表情で言った。
そして全員が持ち場について生き生きとした表情で準備を始めた。
「艦長、接近距離と深度は?」
コワルスキーが聞いた。
「深度100m。距離も100m」
「100m!!」
全員が振り返ってクレインを見つめた。
「最後は派手に行こうじゃないか。100mなら、魚雷をはずしようがないだろう?」
クレインは笑顔で答えた。
「私のプログラムは4000mでもはずしませんけど・・・」
ビセットがちょっと不満そうにつぶやいた。
シーキャットは海上を静かに進んでいった。
「海底要塞まで200mに接近しました」
コワルスキーが言った。
「よし、潜行準備!ミッチェル伍長、サブリナにつないでくれ」
「了解しました」
その時、モートンがハッと立ち止まり、大声を上げた。
「待ってください!艦長!」
「どうした?」
「艦長、我々は一つ忘れています!」
「なにを?」
「シーキャットには・・・潜航艇が・・・リトルキャットが装備されています。リトルキャットには攻撃オプションはありませんが、操縦室に核弾頭を積んで起爆させれば・・・シーキャットは潜行しなくてもすみます。我々は浸水のシミュレーションに気をとられてリトルキャットのことを忘れていました」
「リトルキャット・・・」
クレインはつぶやいた。
「そうだ!リトルキャットがあった!」
コワルスキーが大声を上げた。
「でも・・・・リトルキャットに核弾頭を装備しても・・・起爆装置は遠隔操作できない」
ビセットの言葉に全員が沈黙した。
そしてクレインが平然とした口調で言った。
「遠隔操作は必要ない」
「え?」
「手動で起動すればいいだけのことだ」
「でも誰が・・・」
ミッチェルが不安な声で答えた。
【選ばれし者】
静まり返った司令室では4人の乗組員たちは直立してクレイン艦長を見つめていた。
沈黙を破ったのはコワルスキーだった。
「艦長、俺が行きます!」
「君が?」
「みんなと違って俺には行く理由があります。愛するものを救うためなら命は惜しくありません!」
それを聞いたビセットがきっぱりと言った。
「核弾頭の起動は技術主任である私の責任です。私が行きます」
そしてミッチェルが弱弱しい声で言った。
「この任務は・・・一番階級の低い私が・・・適任だと思います」
そして最後にモートンが言った。
「艦長、冷静に考えてください。生き残った人類の多くは男性です。女性を無意味に死なせるわけにはいきません。そしてコワルスキーには家族がいます。適任者は私です」
クレインは全員の言葉を静かに聞いていた。
そして司令テーブルの引き出しを開けると5本の白い紐と赤いマジックを取り出した。
「誰がリトルキャットに乗るかはこれで決める」
4人の部下たちはクレインの手元をじっと見つめた。
「艦長!それは・・・」
モートンが口を挟んだ。
「艦長は私だ。私の命令に従ってもらう」
クレインは彼らから紐を隠すようにしてマジックで印をつけた。
そして右手で5本を束ねて握った。
「赤いマジックのついていない紐を引いたものはその時点でリトルキャットに乗る権利を失う。引く順番は階級の低いものからとする。そして一度決まった決定は覆さない。異論のあるものはいるか?」
クレインは周りを見回した。
4人はじっとクレインの右手を見つめていた。
その時モートンが言った。
「艦長。少なくともコワルスキー軍曹は、抽選からはずすべきだと思います。彼の命は彼だけのものではありません」
「副長・・・俺は・・・」
コワルスキーが横のモートンを見つめた。
「君がそう思うなら彼が当たったときに彼と変わってやれ」
クレインは冷たく言い放った。
「他の意見は?」
ビセット少尉がクレインの顔を見て言った。
「艦長は抽選から外れるべきです。艦長がいなくなればこの艦は存続が困難となります」
「俺がいなくても副長が俺の任務を引き継ぐことが出来る。俺が外れる必要はない」
ビセットは黙って下を向いた。
「・・・・誰も異論はないな?ミッチェル伍長・・・君からだ」
ミッチェルはゆっくりとクレインのほうに歩み寄ると震える手で1本の紐をつかんだ。
そしてゆっくりとそれを引いた。
その先には・・・印はなかった。
ミッチェルはほっと息をついてもとの位置に戻った。
「次はコワルスキー軍曹」
「はい・・・」
コワルスキーがゆっくりと前に進んでじっと残った紐を見つめ、そしてその中の1本をつかんだ。
彼は目をつむって一気に引いた。
そこには印のない白い紐があった。
コワルスキーはほっと胸をなでおろしてもとの位置に戻った。
「ビセット少尉」
ビセットはつかつかと歩み寄ると1本の紐をつかみ、一気に引いた。
その先端にはやはり印はなかった。
彼女はほんの少し顔を曇らせてもとの位置に戻った。
「モートン副長」
モートンは残った2本のうち自分に近いほうをつかむとゆっくりと引いた。
全員が固唾を呑んでその先端を見つめた。
その先端には・・・やはり印はなかった。
クレインは大きく深呼吸すると残った1本を艦外に通じるシュレッダーに投げ入れた。
「これで決まったようだ」
「待ってください!艦長!」
モートンが叫んだ。
「艦長!あなたは・・・5本とも印をつけなかったのですね!」
「艦長!」
ビセットもクレインをにらんで叫んだ。
「そんなことはどうでもいいことだ。私は言ったはずだ。印のついていない紐を引いたものはリトルキャットに載る資格を失う。そして君達4人は全て印のついていない紐を引いた。リトルキャットに載る資格があるのは私だけだ。マザーコンピュータにも我々の会話が記録されている」
それを聞いたモートンが反論する。
「印のついていない紐が最初からないならばこのくじは無効です」
「私は『くじ』などと一言も言っていない。私が言ったのは『印のない紐を引いたものはリトルキャットに乗る資格を失う』ということだ。そして君達もそれに同意したはずだ」
「艦長・・・ずるい・・・」
ビセット少尉が首を横に振りながら涙声でつぶやいた。
「地球に残された人類はほんの一握りになってしまった。君たちはその大切な一員なのだ。少しでも若くて子孫を増やせる人間が残ることが必要なのだ。人類の未来を君たちが支えてくれ」
「艦長!」
全員がクレインの元に歩み寄った。
「モートン副長。君への引継ぎ事項を整理する。私の部屋に来てくれたまえ」
「イエッサー!」
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