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2011年7月25日 (月)

「遥かなる故郷」(3/3)

【リトルキャット】 

リトルキャットは4人乗りの小型潜航艇である。

シーキャットの前方に格納され、艦底部から海中に放出される。

攻撃オプションは搭載しておらず、核弾頭はその操縦室の後ろ側に搭載された。

海底要塞の至近距離に近づき、クレインが手動で起爆コードを入力することになる。

モートンへの引継ぎが終わったクレインは連絡通路からリトルキャットに乗り込もうとしていた。

他の4人はクレインをじっと見つめていた。

「モートン副長、あとを頼む」

「艦長。今までありがとうございました」

「コワルスキー軍曹、奥さんと娘さんによろしく伝えてくれ」

「艦長!」

コワルスキーは涙声で答えた。

「ミッチェル伍長、結婚して元気な子供をたくさん生んでくれ。君の料理は今まで食べたどのレストランよりおいしかった」

「艦長・・・・」

ミッチェルは泣きながらクレインに抱きついた。

クレインは抱きついたミッチェルの肩を持つとゆっくりと体を離して優しくうなずいた。

そして彼はビセット少尉をじっと見つめた。

「ビセット少尉・・・・」

「クレイン艦長・・・」

二人の間でほんのわずか、時間が止まった。

「艦長・・・・ありがとうございました・・・・」

ビセットは流れ落ちる涙をぬぐいもせずにクレインをじっと見つめていた。

クレインは何も言わずにうなずき、しばらくビセットを見つめ、そしてゆっくりとリトルキャットのハッチを開いて乗り込んだ。

司令室に戻ったモートンが3人に向かって言った。

「これより私がこの艦の指揮を取る。異論のあるものはないな?」

「イエッサー」

3人はそろって敬礼した。

「まず、最初の命令を伝える」

モートンはそう言いながらリトルキャットへの通信スイッチをオフにした。

「副長・・・なにを・・・」

ビセット少尉がビックリして聞いた。

「たった今、リトルキャットへの通信回路にトラブルが生じた。ビセット少尉、君はリトルキャットに乗り込んで回線が回復するまで艦長を補佐しろ!」

モートンがビセットに向かって言った。

「副長・・・・」

ビセットは小声でつぶやいた。

「回線の復旧には30分が必要だ。その間はリトルキャットでの会話はマザーコンピュータに記録できない」

「副長・・・どうして・・・」

ビセットは困惑してモートンの顔をじっと見つめた。

「いいな。回線の復旧にかかる時間はきっかり30分だ」

モートンはビセットに微笑みながら言った。

「副長・・・」

「復唱はどうした!」

 モートンの声にビセットは直立した。

「イエッサー!ビセット少尉、回線復旧までリトルキャットに乗り込んで艦長を補佐します!」

ビセットはそう言うと、駆け足でリトルキャットに向かった。

司令室ではコワルスキーとミッチェルが、にやっと微笑みながらモートンを見つめていた。

モートンはビセットの後姿を追いながら、ほんの少し寂しそうにため息をつくと、振り返って大きな声で言った。

「コワルスキー軍曹とミッチェル伍長は艦内の最終点検だ!」

「イエッサー!」

【ファーストネーム】

突然シーシャットとの連絡が切れたリトルキャット内ではクレインが困惑していた。

その時、ハッチがゆっくりと開いた。

クレインが目をやると、そこに立っていたのは・・

「ビセット少尉・・・」

ビセットは無言のまま、そして真剣な表情でクレインを見つめていた。

「ビセット少尉、シーキャットとの連絡が突然切れた。何が起こったんだ?」

「通信回路のトラブルです。副長より、私がリトルキャットに乗り込んで艦長を補佐するように命令を受けました」

「そうか・・・こんなときになんてことだ・・・・」

クレインは悔しそうに舌を打った。

「復旧までに要する時間はきっかり30分です」

「きっかり30分??」

「その間はリトルキャット内の会話はマザーコンピュータに一切記録できません!」

その言葉を聞いたクレインはハッとしてビセットを見つめた。

そしてその真剣な表情からその意図を感じ取った。

「艦長・・・」

ビセットはそうつぶやくと右手を後ろに回して髪を止めてある赤いバレッタをはずした。

ブロンドの長い髪がさらっとはずれ、彼女はほんの少し首を振って言った。

「艦長・・・・・・今だけ私を・・・ファーストネームで呼んでください・・・・」

ビセットはそう言いながら胸の前のファスナーをゆっくりと降ろした。

クレインの目の前に彼女の形のいい乳房があらわになった。

クレインはほんのわずかの時間ビセットの乳房を見つめ、そして彼女の潤んだ瞳に目を移して言った。

「アンジェリーナ・・・」

その次の瞬間、ビセットはクレインの胸に飛び込んでいた。

【作戦開始】

30分の時間が経過した。

シーキャット司令室のモートンは時計に目をやり、大きく深呼吸をして通信スイッチをオンにした。そしてマイクに向かってゆっくりと言った。

「艦長、通信が回復しました。ご迷惑おかけしました」

<ご苦労だった。ありがとう・・・リチャード。君の心遣いに感謝する>

クレインはゆっくりと答えた。

そしてビセットが司令室に戻ってきた。

「副長。任務完了しました」

「ご苦労だった・・・」

「副長・・・・」

「なんだ?」

「ありがとうございました・・・」

ビセットは深々と頭を下げ、そして何事もなかったかのようにさっと持ち場についた。

モートンはそんなビセットをちらっと見て、そしてほんのわずかな笑みを浮かべてフッと息を漏らした。

その時クレインの声が艦内に響いた。

<ミッチェル伍長、ネルソン提督に回線をつないでくれ。首を長くして待っているだろう>

「了解」

【5人から1人へ】

サブリナの会議室ではネルソン提督はじめ各国の代表がじっとだまったまま座り込んでいた。

その時、ニコルが突然声を上げた。

「提督!シーキャットからの連絡です」

ネルソンはハッと体を起こした。

<ネルソン提督、クレインです>

「・・・ネルソンです」

<連絡が遅くなって申し訳ありません。これよりシーキャットは海底要塞に対する核攻撃を開始します>

オオッー!

会議室全体に大きな歓声が上がった。

ネルソンも一瞬顔に歓喜の色を浮かべたが、すぐに表情をこわばらせて言った。

「あなたの決断に心から感謝します」

<我々が検討した結果、艦に搭載している潜航艇のリトルキャットが航行可能であることがわかりました。リトルキャットに核弾頭を積み込んで海底要塞の至近距離で起爆させます>

会議室内にざわめきがおこった。

「すると・・・シーキャットは・・・潜行しなくてもすむのですか?」

<そうです>

それを聞いてまた大きな歓声が上がったが、マサオ=アカギが冷静な声で聞いた。

「クレイン艦長。リトルキャットに積み込んだ核弾頭を起爆させる方法は?」

<・・・手動です>

「手動だって?じゃあ・・・誰かがリトルキャットに乗り込んで・・・」

ネルソンが暗い声で言うと周りには沈黙が流れた。

<私はいまリトルャット内にいます。私が至近距離から核弾頭を手動で起爆させます>

 サブリナの会議室内には重い空気がのしかかった。

「クレイン艦長・・・・あなたの勇気は・・・永遠に人類の歴史の中で語り継がれるでしょう・・・。あなたの決断に全人類を代表して感謝の言葉を申し上げます」

各国の代表も全員が静かに頭を下げた。

<ネルソン提督。一つお願いがあるのですが・・・>

「なんでしょう?クレイン大佐」

<作戦が成功したあかつきには・・・シーキャットの乗組員をサブリナに受け入れていただけないでしょうか?>

「残りの4名を・・・こちらからシャトルで迎えに行ってサブリナに受け入れると言うことですか?」

<我々が任務についたのは、まだウイルスがブレイクする前です。その後我々は一度も寄港していません。発熱や感冒症状を訴えているものもいません。我々が感染している可能性はほとんどないと思うのです。各国の衛星が地球の人間を一切受け入れないという規則は私も承知していますが、例外を認めていただけないでしょうか?>

「艦長・・・」

モートンたちは顔を見合わせた。

サブリナの会議室ではネルソンが周りを見まわしていた。

そしてネルソンと目が合った代表は1人ずつゆっくりうなずいていった。

そして最後にドイツ代表のバッハマンが2回うなずき、ネルソンはマイクに向かって言った。

「今、全員の同意が得られました。4名の乗組員は当方で受け入れます。直ちにシャトルを貴艦のポイントに向かわせます」

<あなた方の英断に感謝します>

「艦長!われわれは・・・」

モートンが叫んだ。 

<何も言うな、リチャード・・・。人類が再建するためには1人でも多くの人間が生き残る必要があるんだ。新しい未来を君たちの手で作り上げてくれ>

「艦長・・・」

モートンは涙声で答えた。

そしてモートンは涙をぬぐうと、意を決したように声を上げた。

「これより作戦を開始する!ビセット少尉、リトルキャット格納庫のハッチを開け!」

「イエッサー!」

ビセットが目の前のスイッチを押すとゆっくりと艦の下のハッチが開いた。

「ハッチ全開しました!」

「固定装置解除。リトルキャットを・・・切り離せ・・・」

「固定装置解除します」

ビセットはレバーに手をかけると目をつむり、心の中で祈った。

―艦長・・・どうかご無事で・・・―

それが意味を成さない言葉であるとは彼女も承知していた。しかしそれ以外の言葉は彼女の脳裏に思い浮かばなかったのである。そしてビセットは思い切りレバーを引いた。

「リトルキャット、離艦しました!」

「コワルスキー!艦反転、全速で核爆発の関連水域から離脱!」

「イエッサー!」

【核爆発】

15分後リトルキャットは海底要塞に到達した。

クレインは通信ブイを海上に上げた。

海中では無線は通じない。

通信ブイを海上に上げることによりシーキャットとの通信が可能になるのである。

「こちらリトルキャット。シーキャット、応答願います」

<こちらシーキャット。モートンです。艦長、ご無事ですか?>

「海底要塞に到着した。今から核弾頭を起爆させる。貴艦の位置は?」

<そちらから東南に約15Kmの地点です>

「では核爆発の直接の影響を受ける心配はないな。今から起爆コードを入力してスイッチを入れる」

シーキャットの司令室では全員が固唾を飲んでクレインの声に聞き入っていた。

モートンが口を開いた。

「艦長・・・ご一緒できて幸せでした」

<・・・・私もだ・・・・。リチャード、今までありがとう。そして、ビセット少尉、コワルスキー軍曹、ミッチェル伍長。みんなありがとう・・・・>

「艦長!」

全員が声を上げた。

<たった今、起爆コードを入力した。今から5分後に作動する。数分後の耐震に備えてくれ>

「了解しました。艦長・・・・・・・我々に・・・・できることはありませんか?」

 しばらく無言の時間が流れた。

<・・・・一つだけ頼みがある・・・・>

「なんでしょうか?」

<・・・ビセット少尉はそこにいるか?>

モートンは振り返り、ビセットを見つめた。

ビセットも潤んだ瞳でモートンを見つめていた。

「わかりました・・・・。艦長、配線の再チェックのため今から3分間マザーコンピュータの主電源を落とします。我々はビセット少尉を残して各部署に点検に回ります」

<感謝する・・・リチャード・・・>

モートンはマザーコンピュータの電源を落とすとコワルスキーとミッチェルをつれて足早に司令室を出た。

薄暗い司令室内にはビセット少尉だけが残されていた。

「艦長・・・」

ビセットが声を出した。

<アンジェリーナ・・・>

「艦長・・・なにもできず・・・申し訳ありません・・・」

ビセットは涙声で言った。

<君にどうしても伝えておかなくてはならないことが・・・>

「はい?」

<実は・・・私もずっと前から君のことが気になっていた・・・・・。君は・・・いつも冷静で、すばらしい能力と感性を持ち、そして・・・誰よりも美しい・・・>

「艦長・・・」

<任務中、自分の感情を抑えるのが大変だった・・・>

「艦長・・・私もです・・・」

ビセットは泣きながら答えた。

<神は最後にすばらしい贈り物をくれた。私は自分の人生にとても満足している。ありがとう、アンジェリーナ>

「艦長・・・・。神様は・・・私にも贈り物をくれました・・・多分・・・・」

ビセットは左手で自分の下腹部に手を置いてゆっくりと、そしてきっぱりと言った。

「デイビッド。あなたの遺伝子は私が残します」

<ありがとう・・・・アンジェリーナ・・・>

タイマーの時間はあと60秒を切った。

モートンたちは再び司令室に入り、マザーコンピュータの電源を入れた。

「艦長。あと1分をきりました」

<ああ・・・こんな安らかな気持ちになったのは任務について初めてだ>

「艦長・・・」

全員が涙を流しながらスピーカーに耳を集中していた。

<長いもんだな。1分間が何年にも感じられる。リチャード、アンジェリーナ、ジョン、サラ・・・ありがとう。後を頼む・・・・>

通信はそこで突然に切れた。

全員があふれる涙をぬぐうこともなく、直立したまま敬礼した。

その時大きな爆音が響いた。

そして、その数分後大きな津波が繰り返しシーキャットを襲った。

シーキャットは海面で大きな波にかなり揺さぶられ、各部に大きな損傷を負ったが何とか無事に乗り切ることが出来た。

約1時間後、一通りの修理が落ち着いたあと、4人の乗組員たちは甲板に上った。

彼らは夕焼けのかなたの真っ白なきのこ雲に向かって直立して敬礼をした。

  そして夕焼けの向こうからは、サブリナからのシャトルがゆっくりと近づいていた。

 終わり

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