「パンドラ(3/3)」
【9月19日 梨緒はF地区に再調査に向かう】
国立感染症研究所では今野が泣きそうな顔で梨緒に資料を見せていた。
「香坂先生!僕も先生も陽性です!パンドラウイルスが・・・我々の白血球の中にも・・・。どうしましょう?」
「あわてないで今野君。私の仮説が正しければ・・・パンドラウイルスはすべての人間から検出される」
「すべての・・・ですか?」
「そう。パンドラウイルスは外から来たんじゃない。我々の遺伝子の中に・・RNAからDNAに姿を変えて潜んでいるのよ」
「人間の遺伝子の中にパンドラウイルスが?」
「そう。46本の染色体の中のどれかにパンドラウイルスが潜んでいるはず。今野君、全遺伝子のスクリーニングをお願い!パンドラウイルスのDNAシークエンスがどの染色体に隠れているかを調べてちょうだい!」
「は・・・はい!」
「それと・・・石原式の色覚検査表はここにあったかしら」
「石原式・・ですか?そんなもの使われなくなってずいぶんたちますが・・。確か図書室の資料室に1冊置いてあったと思いますが・・・」
「ありがとう。私、これからF地区まで調査に出かけてくるからあとはお願いね」
梨緒はカバンを手に取るとあわてて出ていった。
夜7時。1日がかりの調査が終わり、研究所に戻った梨緒はカバンの中から資料を取り出した。
「やっぱり・・私の思った通りだわ。ビデオを見てFSISを発症しなかった人は全員赤緑色覚障害があった。赤緑色覚障害はX染色体に責任遺伝子がある劣性遺伝子疾患。X遺伝子が一つしかない男性はその一つのX遺伝子に障害があればそのまま発症する。その男性の遺伝子を受け継いだ娘はもう一つの正常なX遺伝子を持っているので色覚障害は発症しない。しかしその娘から生まれた男の子は2分の1の確率で色覚障害を発症する。祖父と孫の男の子が助かったのは二人に赤緑色覚異常があったから」
梨緒は資料を再確認していた。
「佐久間先生はあのビデオの中で赤か緑の波長の光を使って、ビデオをみた人間の錐体細胞に障害を起こさせたんだわ。あとは今野君が人間の染色体の中のパンドラウイルスを同定してくれて、昨日依頼したDVDディスクの解析が終了すれば・・・」
【9月20日 蟻塚死亡】
梨緒は隼人とともに病院の隔離病棟にいた。
「心停止。9月20日午前11時30分。死亡確認」
隼人は死亡宣告をした。
梨緒は両手を合わせると深々と頭を下げた。
「蟻塚さん。あなたの努力は無駄にしません。私が呪いのビデオの謎を解明します」
国立感染症研究所では今野が梨緒を待っていた。
「香坂先生!染色体の中にパンドラウイルスの存在を確認しました。第17番染色体の長鎖部分にパンドラウイルスのRNAとおなじ配列のDNAシークエンスが58リピート認められます。先生も私も、同じです」
「やっぱり・・ご苦労様、今野君」
「どういうことでしょうか?」
「パンドラウイルスは周りから感染したのじゃない。もともと我々人類の染色体の中に隠れていたのよ。ある刺激を与えることによりDNAとして隠れていたパンドラウイルスのゲノムがRNAに転写され増殖してFSISを発症する」
「ある刺激って・・・」
「それは・・・これから証明するわ」
【9月21日 佐久間の前で謎解きをする梨緒】
梨緒は受け取ったDVDディスクをカバンに入れて車で生物光学研究所に向かっていた。
「これですべてが一つにつながった・・。呪いのビデオの謎はほぼ解けたわ。午後の会議で報告してあとは的確な対策がとれる。でも・・・その前にどうしても確認しておきたい」
梨緒は生物光学研究所の所長室で佐久間と向き合っていた。
「緊急を要する用事とは?」
佐久間が聞いた。
「お忙しいところ申し訳ありません。先生・・・・どうして・・・どうしてあんなことを・・・」
梨緒は声を詰まらせながら聞いた。
「あんなこと?」
「どうして・・・罪もない人たちにFSISを発症させたのですか?」
「FSISを・・私がですか?」
佐久間は怪訝そうな声で答えた。
「FSISを発症した人は全員先生が出演された8月31日のケーブルテレビの番組を見ていました。先生はあの番組に自ら出演を希望されたそうですね」
「ああ・・・F地区ケーブルテレビの番組ですか?私の専門である色覚異常について是非一般の方々にも知ってほしかったのですが・・・それが何か?その番組を見た人がFSISを発症したと?」
「はい。先生の番組を見なかった人は一人も発症していませんでした」
「逆にその番組を見た人は全員FSISを発症したのですか?」
「いいえ。確かに番組のディレクターとカメラマンはFSISを発症して亡くなられました。でも番組を見たにもかかわらずFSISを発症しなかった人も何人かおられます」
「では、私の番組が原因だったとする根拠としては少々弱いのでは?」
「番組を見たにもかかわらず発症しなかった人は全員赤緑色覚障害がありました」
それを聞いて佐久間は一瞬びくっと体を震わせ、梨緒から目をそらした。
「ほう・・・色覚障害がね・・・」
梨緒はカバンからDVDディスクを取り出してテーブルに置いた。
「これはその番組を録画したDVDです。これを録画した人も残念ながらFSISを発症して昨日亡くなりました」
「なんですか?呪いの・・・ビデオですか?」
「そうです」
「これは意外ですね。香坂先生のような理知的な美しい女性がそんなオカルトまがいのことをっしゃるとは・・・」
「私も最初は信じていませんでした。ビデオを見せてウイルスに感染させるなどという非科学的なことを・・。でも佐久間先生、あなたはそれを現実にしたのです」
「ほう・・どうやって?」
「このDVDをある光学研究所で解析してもらいました。先生が持参された5分間のビデオの中で600nm(ナノメーター)の波長の赤い光が特殊な周期で何回も繰り返して記録されていますね?普通に見ていただけでは気が付きませんがサブリミナル効果として人間の目には取り込まれます」
「その光が何か?それは網膜を刺激して視力を向上させるための仕組みですが」
梨緒はゆっくりとカバンから資料を取り出して佐久間の前に置いた。
「私の白血球を解析したところ、第17番染色体の長鎖にパンドラウイルスと同じ配列のDNAシークエンスが58リピート検出されました。もちろん私はビデオも見ていませんし、FSISを発症もしていません」
「・・・」
「パンドラウイルスは人間が作り上げたものではない。我々の遺伝子の中に既に存在しているのです。600nmの光を、赤を担当する錐体細胞に吸収させると細胞内のPDEが活性化され、細胞膜電位の変化により錐体細胞内に変化が起こります。特殊な周期で光刺激を繰り返すことでPDEの活性化や電解質の変化などにより、不活性化されていたパンドラウイルスDNAゲノムを活性化させるスイッチが入るのです。その結果DNAからパンドラウイルスのRNAが転写され、細胞質内にパンドラウイルスRNAが多数産生されます。そのパンドラウイルスはまず赤の錐体細胞を破壊し色覚異常を発症します。増殖したパンドラウイルスRNAにより炎症が網膜全体に広がり、眼球後部が肥厚して眼球が突出します。増殖したパンドラウイルスRNAはさらに白血球に感染して大量のサイトカインを放出させます。その結果、全身の組織に強い炎症を引き起こし、多臓器不全を発症します。これがFSISの正体です。私の推理、間違えていないでしょうか?」
佐久間は大きく深呼吸し、ゆっくりと立ち上がると窓に向かって歩いた。
そして朝の光がまぶしい外の景色を見ながらゆっくりした口調で言った。
「驚きました・・・」
「え?」
「長い年月をかけて完成した私のトリックがたった10日で解き明かされるとは・・・。これは人類には解明できない謎のままで終わるはずだったのですが・・・。確かに私はパンドラの箱を開けてウイルスを世の中に放出し、人類を滅亡の危機に追い込みました。しかし香坂先生がまさに人類の『希望』だったというわけですか・・・」
「私一人で解明したわけではありません。多くの人の努力とほんのわずかな偶然が結論を導き出したのです」
「偶然ですが・・・偶然は神の力です。私が数年前パンドラウイルス・・・私はSK1758という殺風景なネーミングしかできませんでしたが・・・そのウイルスの存在に気が付いた時、神の力は確かに私のところにあった。しかしあなたが最初に私のところに来たときから神の力はあなたに移ったのでしょう」
「でもどうして・・・先生はどうしてこんなことを・・・先生ほどの能力をお持ちの方がなぜ罪もない大勢の人を犠牲に・・・」
佐久間は大きく深呼吸をし、じっと窓の外の景色を見つめていた。
「香坂先生。先生は遺伝子診断をどう思いますか?」
「え?遺伝子診断ですか?」
「そうです。病気が発症する前に遺伝子を調べて将来の病気を診断してしまおうとする技術です。遺伝子診断の技術は加速度的に進歩している。我々はコンビニにでも行くように遺伝子診断を受けることができるようになってしまった。いえ、治療ができる病気はどんどん診断して良いのです。しかし遺伝性の病気のほとんどは治療ができないものなのですよ。そんな病気が発症することをあらかじめ知って何になるのでしょう?それは人を差別する道具にしかならないのです。何も知らなければ幸せなのに知ったばかりに不幸になる。遺伝子診断はそんな不幸な人間を作り出すだけだと思いませんか?」
「それは・・・使い方によると思います」
「そう。先生のように物のわかった人間がきちんと判断して使えば不幸なことは起こりません。しかし世の中にいるのはそんな人間ばかりではないのですよ。私の計画ではこれから日本の政府に遺伝子診断を中止する要求を出すつもりでした。中止しなければパンドラウイルスを日本中に感染させると・・・そしてその仕組みは誰にもわからない・・はずでした」
「先生のおっしゃることはある意味では正論かもしれません。しかし・・・」
「私も・・・色覚異常者なのですよ」
「え?先生が?」
「はい。軽度の赤緑色覚異常があります。しかし日常生活には何の支障もない。この通り医学部に合格し、医師免許もとり、博士号も習得している。全く健常人と同じ社会生活が送れる。しかし私が色覚異常者であることを知ると社会は正しい反応をするとは限らないのです」
佐久間は振り返ると梨緒の前には座らず、自分のデスクの前に腰かけた。
「私の一人娘は22歳の時に大恋愛をしました。相思相愛で相手の両親も認める間柄で結婚を間近に控えていました。しかし突然向こうの両親からお断りの連絡があったのです」
「それはどうして・・・」
「向こうの家は代々続いた名士で大変家柄を気にする家系でした。婚前の調査で私の色覚異常のことを指摘されたのです。今と違ってその当時は学校でも色覚検査が義務付けられており偏見もありました。私に色覚異常があれば私のX染色体を受け継いだ娘は必ず保因者になります。すると娘に男の子が生まれた場合2分の1の確率でその子は色覚異常になります。もちろん私のように日常生活や普通の仕事には全く問題ないのですが遺伝性の疾患を持つことに対して偏見を持つ人も多いのですよ」
「いまは・・・色覚検査は廃止されているはずですが・・・」
「その通りです。その意味ではいい世の中になりました」
佐久間はしばらく間をおいて話を続けた。
「心から愛しあった男性との結婚が破談になった娘の失望は大変なものでした。精神的に弱いところがあった彼女は自ら命を絶ちました。相手の男性が両親とけんかをして家を飛び出し、娘のところにやってきたのはすべてが終わった後でした。そして娘のあとを追うように家内も・・・」
「・・・・」
「一人になった私は酒におぼれました。毎日酔いつぶれていた私はついに肝臓を壊してしまいました」
そういいながら佐久間は引き出しから薬のカプセルを取り出した。
「こうやって毎日薬を飲んでいるのです」
佐久間はカプセルをそのまま口に入れると水も飲まずに飲み込んだ。
「科学者の性(さが)というものでしょうか?そんな希望のない毎日でも研究はほそぼそと続けていました。そんなある日、私はサルの視覚の実験をしているときに偶然パンドラウイルスの存在に気が付いたのです。私は、神が社会に復讐するように告げているのだと感じました。そして人間の遺伝子の中にも存在しているパンドラウイルスを活性化させる方法を研究してきました。そしてついに600nmの光をある特殊な周期で網膜に照射することにより錐体細胞の核の中にあるパンドラウイルスのDNAゲノムが活性化されてウイルスが分離されることを突き止めたのです。しかも600nmの光は私のように赤の錐体細胞に異常がある色覚異常者には吸収されないというおまけつきでした。これこそ神が私に与えた使命だと感じたのですよ」
「パンドラウイルスは・・・どうやって人間の遺伝子の中に組み込まれたのでしょうか?」
「大昔、何百万年も前、そのRNAウイルスは我々の祖先に感染し、爆発的に流行したはずです。白血球に感染したパンドラウイルスは宿主のリボゾームやアミノ酸を利用して自己複製を行って増殖し、白血球から大量のサイトカインを放出させて多臓器不全を引き起こし、あっという間に宿主を死に至らしめました。感染予防の知識などない我々の祖先は、同朋の死体の血液から次々と感染し、絶滅の危機を迎えましたが彼らの中にパンドラウイルスの抗体を持つ個体が現れたのです。パンドラウイルスに耐性のある我々の祖先はウイルスを駆逐し、種を反映させてきました。そして今度はパンドラウイルスが絶滅の危機に陥ったのです。しかしパンドラウイルスは非常に頭のいいウイルスだったのでしょう。何とか生存するために宿主の遺伝子の中に隠れることに成功したのです。遺伝子の中に隠れるだけなら先生もご存じのように、エイズを発症するHIVなどのレトロウイルスと呼ばれるウイルスと同じです。レトロウイルスはパンドラウイルスと同じように自己のRNAを逆転写して作成したDNAを宿主のDNAの中にもぐりこませ、引き続き増殖を続けます。しかしパンドラウイルスの賢いところは自らの活動性を停止させ、宿主に影響を及ぼさずに宿主の遺伝子の中にもぐりこんだところなのです。そして宿主である我々人間のほとんどの個体がパンドラウイルスの抗体をもたなくなるまでの何百万年もの間、我々の遺伝子の中に潜んでじっと待っていたのですよ」
「そのパンドラウイルスを先生が・・・」
「私が目を覚ましてしまったパンドラウイルスは確かに危険なウイルスです。感染が広がれば人類は本当に滅亡してしまったかもしれません。先生はやはり人類にとっての『希望』でした」
「佐久間先生。先生はこれからどうされるおつもりですか?」
「私ですか?私は・・・実はもうあまり長くないのです」
「え?」
「先ほど飲んだカプセル、あれは私の持病の薬などではないのです」
「ま・・・まさか・・・」
「はい。青酸カリが入ったカプセルです。もう間もなく私の胃袋の中でカプセルが溶けだします」
梨緒は立ち上がって叫んだ。
「先生!救急車を!」
「無駄ですよ。もう時間はありません。それに私の身体はすでに肝臓がんに侵されています。どっち道、長くはないのです。長女が命を絶った時点でもう私の運命は決まっていたのですよ」
佐久間は言い終わった瞬間その場に崩れ落ちた。
「先生!」
梨緒が駆け寄って肩を抱いた。
「香坂先生・・・あなたのような方がいる限り、きっと社会はいい方向に向かうでしょう。どうか・・・遺伝子診断の技術を・・・正しい方向に・・・・」
佐久間はそのまま息絶えた。
【9月22日 エピローグ】
梨緒によって明らかにされたFSISの病態は一部の政府高官と国立感染症研究所の中で極秘にされ、佐久間も病死として処理された。
それはパンドラウイルスがテロに利用されることを恐れたためであり、さらに日本政府の主導でパンドラウイルスに対するワクチンが急ピッチで開発されていた。
梨緒は自宅で隼人とFSIS終息の祝杯を挙げていた。
「梨緒が人類の救世主ってわけだけどそれを公表できないのはちょっと不満だな」
「そんなことはどうだっていいわ。この病気が終焉を迎えただけでほっとしているの」
「ところで俺たちのこの不安定な関係もそろそろ終わりにしないか?」
「え?」
「梨緒もあまり高齢出産はしたくないだろ?」
「それって・・・プロポーズ?」
「まあ・・・そういうことになるのかな?」
「あー・・・がっかり。期待していたプロポーズの言葉が高齢出産の回避?もう・・・ちょっとは女の子の気持ち考えてよ」
「まあ最近は出生前診断も簡単になって胎児の異常もかなりわかるようだから高齢出産で悪いこともないのかもしれないけど・・・」
隼人の言葉を聞いた梨緒はちょっと暗い顔をして答えた。
「私・・・出生前診断は受けない・・・」
「え?どうして?」
「どうしても。そう決めてるの」
梨緒はそう言いながら食べ終わった食器を台所に運んだ。
パンドラ 終わり
「パンドラ」 あとがき
理系頭の皆さん、「呪いのビデオ」の謎解き、いかがでしたでしょうか?
ブログの2日目までの時点で「DVDに仕組まれた電磁波を人間の網膜細胞に照射し、細胞内に隠れているパンドラウイルスを活性化させた」と判断した方は正解です。
さて、この作品のテーマの一つである遺伝子診断に関して皆さんはどのような印象をお持ちでしょうか?
最近妊婦さんの血液を採取するだけでダウン症などの染色体異常を診断する技術が開発され、臨床応用されています。著作「呪怨遺伝子」でも書きましたが、私は基本的には遺伝子診断に賛成です。早期に新しい病気を診断し、治療に結びつけることができれば人類が受ける恩恵は飛躍的に向上するでしょう。しかし問題は治療法がない疾患の診断です。
治療法がない疾患を早期に診断することは、不当な差別を生む原因となります。もしも40代でアルツハイマー病を発症するとわかっている人がいたら結婚相手として選択できるでしょうか?保険会社も契約するでしょうか?
個人の情報は個人が管理すればよいと思われるかもしれませんが、個人が知り得た情報は他人からも開示を要求される可能性があるのです。結婚の条件にこれこれの遺伝子を持っていないこと、と考える人もいますし、保険に加入するときに遺伝子情報を開示することを義務つける会社も出てくるでしょう。プロポーズした時に「じゃあ、あなたの遺伝子プロフィールを見せてちょうだい」ということが当たり前になったり、「あなたの遺伝子ではこの保険の契約料は3倍になります」などと言われたりしたら、そんな社会は果たして幸福なのでしょうか?
これは決して遠い未来のお話なのではなく遺伝子診断がコンビニで(?)できる時代はすぐそこに来ているのです。我々はその時のために遺伝子診断に対する社会の考え方をきちんと議論しておかなくてはならないのです。
この作品を書き始めたきっかけは「呪いのビデオで人を殺害する科学的な根拠を何とかこじつけたい」というものでした。その方法はどう考えてもウイルス感染症になってしまうのですが、果たしてビデオという電磁波の媒体でどうやってウイルスを感染させるか苦労しました。さすがにウイルスそのものを電磁波に乗せて運ぶのは無理ですが、体内にいるウイルスを活性化することくらいはできるかもしれないと考えたのがこのストーリーです。
本文では読者の方にわかりやすくするためにかなり簡略化して記載しましたが(それでもかなり難解になってしまいましたが)、本来の私が設定した「呪いのビデオのからくり」をもう少し詳しく記載しますと以下のようになります。興味のある方は参照してください。
RNAウイルスであるパンドラウイルスは白血球に感染すると白血球内の核酸やアミノ酸やリボゾームなどを利用し、自己のRNAを設計図として(メッセンジャーRNAとして)、ウイルスを構成するエンベロープやカプシドなどの蛋白質を合成するとともに自己のRNA複製を作成します。増殖したパンドラウイルスRNAは次々と他の白血球に感染し、増殖を繰り返します。感染した白血球から放出された大量のサイトカインは全身に炎症を引き起こし、高熱、血球貪食による汎血球減少(赤血球、白血球、血小板が減ること)、多臓器不全を引き起こして宿主を死に至らしめます。何百万年前の我々の祖先、まだサルと分化していなかった時代ですが・・・彼らはパンドラウイルスにより絶滅の危機に瀕しました。
ところが我々の祖先の中にパンドラウイルスの抗体を持つものが突如出現し、感染したパンドラウイルスは次々と駆逐されていきました。そして抗体を持つ宿主のみが種を維持するようになると今度はパンドラウイルスが絶滅の危機に瀕しました。しかしRNAウイルスはDNAウイルスに比べて不安定で変異しやすいのが特徴です。抗体を持った宿主に対抗するためパンドラウイルスの中にも自己のRNAから相補的DNAを複製する「逆転写酵素」のゲノムを獲得するものが現れました(レトロウイルス機能の獲得)。
逆転写酵素を持った新しいパンドラウイルスは自己のRNAをDNAに複製し、二本鎖として宿主である我々の祖先のDNAゲノムの中に自己のゲノムを組み込みました。もちろんHIVウイルスのように宿主のゲノムの中で機能を発現して自己のRNAやウイルス蛋白を作成することも可能なのですが、それらはパンドラウイルスの抗体を持った宿主の中では駆逐されてしまい、最終的にはやっとのことで組み込んだパンドラウイルスのDNAゲノムまでも駆逐されてしまう可能性がありました。
そこでパンドラウイルスは自己のゲノムの発現をストップさせ、宿主に自分を攻撃させないような仕組みを作ったのです。それがDNAのメチル化です。DNAにメチル基を組み込むとRNAポリメラーゼはその部分の遺伝子情報を読み込むことができません。パンドラウイルスはDNAをメチル化する「DNAメチラーゼ」の遺伝子情報も獲得し、あえて自分のDNAゲノムを宿主の中で発現させないように仕組みました。
パンドラウイルスは人間の性染色体にも感染し、白血球と同様に染色体の中に自分のDNAを忍び込ませました。こうしてパンドラウイルスのDNAゲノムは何百万年もの間、人間に知られることなく、我々の遺伝子の中で眠り続けたのです。
偶然サルの遺伝子の中に奇妙なDNAシークエンスのリピートを見つけた佐久間は、それを発現させることにより宿主が数日で死に至るような強毒性の新種のウイルスゲノムであることを知ります。佐久間は、やがてパンドラウイルスと命名されるRNAウイルスを人間の生体内で発現させる方法の研究に打ち込みます。そしてついに600nmの光を錐体細胞に特殊な周期で照射することにより、錐体細胞内のPDEが活性化され、サイクリックGMP濃度が低下し、細胞膜チャネルの変化により、電解質濃度が変化し、特殊なDNAデメチラーゼ(パンドラウイルスDNAゲノムに結合したメチル基を脱メチル化して遺伝子情報を発現させる)の活性を亢進させることを発見したというわけです。
とまあ、これが本来本文に記載したかった機序なのですが、あまりにも難解なのでここに留めるのみとしました。
もちろんこれはフィクションで、600nmの光をどんなふうに錐体細胞に当ててもDNAデメチラーゼが活性化することはありませんし、だいたいパンドラウイルス自体が架空の産物ですので、ご安心を・・・ (著者より)
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興味深い作品ありがとうございます
ほかの作品も読ませていただきますね
投稿: ぴよ | 2018年7月19日 (木) 00時46分
ぴよさんコメントありがとうございます。古い作品にいきなりコメントがついてびっくりしました。本文にも記載しましたがこの作品は「ゼウスの火」のプロトタイプです。また、「ゼウスの火」は偶然にも今月電子出版し、amazonで販売しています(300円)。人間ドラマとしても楽しめるように大幅に加筆修正していますので是非ご覧いただけたらと思います。
投稿: 堂嶋翔 | 2018年7月19日 (木) 08時27分
実は医学生なのですが、単語を調べていたところ、偶然このサイトにたどり着きました。
2014年の更新が最後なのかな?と思いましたので、返信をいただけて嬉しいです。
今月出版とはこれまた偶然ですね!読んで見たいと思いました。
投稿: ぴよ | 2018年7月23日 (月) 01時09分
梱包の丁寧さに驚きました。形が崩れないように多くの梱包材を入れて頂き、梱包材に貼ってあるテープも開封し易いように、まるでデパートの包装のように全て端を折り返してありました。「返品可能」とのことでしたので、万が一の返品の際にも再包装しやすいようにとの配慮だと思われます。
お店の心遣いが伝わり、送料込のこの料金では申し訳ないと思うほどでした。
引き続きこのお店でと思い、ショルダーバッグも購入しました。
同じく丁寧な梱包で大満足です。
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丁寧な梱包
初めて新品を購入しました。
新品の状態のレベルの判断に個人差があるので、心配しながらの購入でしたが、とてもきれいな状態で満足です。
投稿: ロレックス プリンス チェリーニ | 2022年6月20日 (月) 04時33分