「ロボットDr.J」第6章
第6章 幸福とは?
その後もJは景子のパートナーとして救急外来の仕事をこなしていった。
徐々に応対も人間的になり、周囲の看護師との会話もできるようになっていた。
1週間後、3回目の点検の日がやってきた。
今回の点検は研究所で行われるので景子はJを連れて車で研究所に向かうことになった。
「ところでお前、車の運転できるのか?」
<はい。私のメモリーにはF1ドライバーなみの運転技術がインプットされています>
「エフワンドライバー!」
<はい。もし私の体重が60Kgまで落とせるならぶっちぎりで優勝できるだろうと真田さんが言っていました>
「200Kgから60Kg・・そりゃあ・・・ちょっとやそっとのダイエットじゃむりだよな」
景子は皮肉を込めて言った。
<ケイ、私の身体は人間と違ってダイエットをして体重が減るわけではありません>
「そんなことはわかってるよ!ジョークだよ!ジョーク!」
<申し訳ありません。ひょっとしてそうなのかとも思ったのですが・・・>
「へー・・・ちょっとは人間の思考がわかってきたのか?まあいいや。それにしてもなんでお前にエフワンドライバーの技術が必要なんだ?」
<真田さんのこだわりらしいです>
「あのオタクボーイならやりかねんな・・・。まあいいや。じゃあお前運転してくれ」
<残念ですがケイ、それはできません>
「なんでだよ!エフワンドライバーの運転技術を見せてみろ」
景子は憤慨して言った。
<だめなのです>
「なんで!」
<免許がないのです>
「免許?」
<私は公安委員会が公認した運転免許証を持っておりませんので日本の公道を運転することが許可されていません>
「あ・・・そりゃそうだよな・・・お前が自動車学校の教習所に行ったら誰だってびっくりするわ。まあ、しゃーないな。助手席に座れ」
<了解しました、ケイ>
Jは助手席のドアを開けると車に乗り込み、シートベルトを締めた。
「お前でもベルトはしめるんだな」
<私は妊娠していないので・・・>
「なんだ?」
<妊娠している女性はベルトを締める義務を免除されていると・・ジョークのつもりで言ったのですが、不適格な表現だったでしょうか?>
「あ・・いや・・・それなりに・・・」
<しかしケイの笑顔がありません。私の表現はジョークとしては不適格だったと判断しました>
「・・・なんか・・・かえって疲れるぜ・・・」
景子はため息をついてエンジンをかけた。
景子が幹線道路を南に向かっていると、後ろから救急車両のサイレンが聞こえてきた。
「火事だな・・」
<そのようです>
「まだ時間あるしちょっと寄ってみるか。何か力になれるかもしれん」
<了解しました、ケイ>
現場に到着した景子は車をおりて消防隊のほうに向かった。
「すみません!友愛病院救急部の橘です!負傷者の救助をお手伝いします」
「ご苦労様です!お願いします。2名の負傷者がいましたがすでに搬送しています。あとは逃げ遅れた住民がいないか確認中です」
「ご苦労様です。J行くぞ」
<了解しました、ケイ>
二人は消防車の間を抜けて出火元の住宅のほうに向かった。
「こりゃあ・・・結構激しく燃えているな」
景子は火の手の上がった住宅を見ながら言った。
<ケイ、あそこに逃げ遅れた子供がいます>
「なんだって?」
<3階のベランダです。5歳くらいの女の子が煙に巻かれて苦しそうにしています>
「下で消防隊が叫んでるな。飛び降りろと言っているんだろう。下にシーツを広げている」
<あの高さなら消防隊が支えているシーツの上に飛び降りれば命には別条ないでしょう>
「まずいな・・あの女の子はまだ小さいから怖がって飛び降りないぞ」
<この場所にははしご車は入れません。だれかがあの子を抱いて飛び降りるしかなさそうですね>
「しかしあの火の中には誰も入っていけない。はしご車を何とかしていれないと・・」
<ケイ、私が行きます>
「何だって?馬鹿!いくらお前だってあの火の中であそこまで行けるわけないだろ!途中でMPUが溶けちまうぞ!」
<冷却機能をフルに機能させれば行けるかもしれません」
「だめだ。お前の体を救急隊がシーツで受け止めるのは無理だ」
<あの子を抱いてそのまま地面に飛び降ります。私の腕にスプリング機能を使用すればあの子への衝撃はほとんどなくなるはずです>
「そんなことをしたらお前のボディーがバラバラになるじゃないか!お前は災害救出用ロボットじゃないんだぞ!」
<わかっています。しかし人命を救助することには変わりがありません。私にはロボット三原則が埋め込まれています。第1項:ロボットは人間に危害を加えてはいけない。またその危険を看過することにより人間に危害を及ぼしてはならない。しかしこの後半の部分はケイの許可がないと発動されません。私はケイの許可がないとあの子を救出に行けないのです>
「しかし・・・」
「たすけてー・・・苦しいよー・・・ごほ・・ごほ・・・」
女の子は苦しそうにベランダににうずくまった。
<ケイ!時間がありません!私に行かせてください>
「お前は・・・怖くないのか?今消防がはしご車を何とかして入れようとしている。はしご車があれば簡単に・・・」
<私に組み込まれたロボット三原則の第3項には自分を守ることが義務付けられています。そのため自分のボディを損傷する可能性がある行為には恐怖回路に電流が流れて行動を制止する仕組みとなっています。今私の恐怖回路には強い電流が流れています。人間の言葉でいえば私は恐怖を感じています。でも、はしご車の準備をするよりも私のほうが早く到着できます。もし私があの子を救出できなかったら、はしご車にお願いして下さい>
「もし救出できなかったら・・・・救出できないということはお前が・・・・・」
景子はじっと考え込んでしばらくして顔を上げた。
「よし!わかった。J!頭から水をかぶれ!」
<了解しました。ケイ>
Jはそばのバケツに汲んであった水を頭からかぶった。
「すみません!ヘルメットかしてください!」
景子はそばにいた救急隊員を捕まえて頼んだ。
「こいつは医療補助アンドロイドです。今からこいつがあの子を救出に行きます」
「ほ・・本当ですか?この火の海で大丈夫ですか?」
「わかりませんがそのほうが早く救出できます。J、ほら、これをかぶれ!」
<はい>
「どんなことがあっても頭は守れよ。MPUさえ無事ならまたお前を再生できる」
景子はJに向かって真剣な表情で言った。
<了解しました、ケイ。じゃあ、行ってきます>
Jは玄関に向かって走り出そうとした。
「J!」
景子が呼びとめた。
<はい。なんでしょう?ケイ>
「・・死ぬな・・」
景子の言葉にJはゆっくりうなずいた。
<ヘイ!がってんだ!>
Jは一目散に火の中に飛び込んでいった。
玄関に飛び込んだJの前に火だるまになった時計が落ちてきた。
Jは機敏にそれを交わすと一目散に階段に向かった。
<気温摂氏108度。体表温度124度。一酸化炭素濃度0.9%。この環境での人間の生存は不可能。熱によるMPU損傷までの許容時間は6分30秒>
Jが2階から3階に向かおうとしたその時、大きな柱がJに向かって倒れてきた。
Jは回避行動をとったが間に合わず柱はJの頭部のヘルメットを直撃し、Jは倒れこんだ。
<頭部に強い衝撃。これ以上の任務遂行はMPUの機能維持に支障をきたす可能性あり。恐怖回路の電流最大。危険区域からの脱出が必要と判断する。ケイの最後の命令、「死ぬな」を速やかに遂行する必要あり>
Jはゆっくりと立ち上がると体を反転させ、玄関に向かおうとした。
<・・・こうしている間にもあの子の体は熱と一酸化炭素に暴露され続けている。私が行かなければあの子は助からない・・・人間の幸福というものはつらいことを我慢して努力しなければ得られない・・・私は・・・人間になりたい>
Jは再び体を反転させるとまっすぐに3階を見上げた。
<恐怖回路電流制御。冷却機能損傷なし。MPUに破損あるも短時間ならば機能維持可能。任務遂行に支障なし>
Jは柱をかき分けて火の中を一気に3階に向かいベランダに出た。
<目的地に到着。女児発見。両手の冷却機能全開。・・・・体表温度45度。人体への損傷温度から脱却>
Jはひざまずくと女の子を抱きかかえて声をかけた。
<大丈夫ですか?>
女の子はもうろうとした意識の中でかすかにうなずいた。
Jは女の子を抱えたまま立ち上がるとベランダから身を乗り出した。
<ケイ!ここから飛び降ります。救急隊を避難させてください>
「わかった!すみません!シーツを手放して離れてください!医療補助アンドロイドが飛び降ります!」
その言葉を聞いた4人の救急隊は周りによけた。
そしてJは思いきりジャンプして庭に敷かれたシーツの上に飛び降りた。
ガシャン!
大きな音がしてJは倒れこんだ。その手の中には女の子がしっかりと抱きかかえられていた。
景子が走り寄り、女の子を抱え上げた。
「大丈夫!?痛いところない?」
女の子は目を開けるとかすかにうなずいた。
景子は女の子の体をさっと診察して救急隊にあずけた。
「大丈夫、火傷は軽症。病院に運んでください!一酸化炭素中毒の治療が必要!」
救急隊は女の子を救急車に運んでいった。
「先生もすぐ避難してください!」
「わかりました!」
そして後にはJと景子が残った。
「J!」
景子はJの体を抱き起して叫んだ。
<・・・ケイ・・・>
「よくやったぞ!」
<女の子は?>
「大丈夫だ!いま病院に運んだ」
<・・・そう・・・ですか・・・それは・・・よかった・・>
Jはとぎれとぎれに言葉をつないだ。
「J!しっかりしろ!心配するな!いま研究所に運んでやる!」
<・・あ・・りがとう・・・ケイ・・・私は・・・幸福です・・・>
「何言ってるんだ、おまえ!」
<私は・・・恐怖に打ち勝ち、苦しいことを我慢し・・・あの女の子の・・・命を・・救うことができた。人間は・・・誰かを幸せにしたときに・・自分も幸せを感じることができると・・・・>
「ああ・・・そのとおりだ!お前はあの女の子の命を救った!お前は人間の感情をもっている!」
<よかった・・・私も・・・これで・・・人間に・・・>
「おまえ・・・頭を相当やられているじゃないか!」
<おおきな・・・柱が・・・たおれて・・でも・・ケイの・・・ヘルメットの・・・おかげで・・・>
Jの言葉は徐々に弱々しくなっていった。
「わかった!もうしゃべるな!」
<りょう・・・・・かい・・・・・しま・・・・・した・・・・けい・・・・・」
「J!!死ぬな!死ぬな!J!」
景子は必死でJを抱き起した。
<ぼ・・・・く・・・・は・・・しにま・・・・せ・・・・ん・・・・・あなた・・・・・が・・・・・・・・すき・・・・・・・・だか・・・・・・・・・・・・・>
その瞬間Jの目のランプが消えた。
「ジェーイ!!!!!」
第7章 エピローグ
Jは景子と救急隊の手により研究所に運ばれた。
「これはもうどうしようもないですね」
桜井がJを見ながら言った。
「MPUもかなり破損して修復はまず無理でしょう。でもJの記憶のほとんどはマザーに転送してありますから次のモデルにはJの経験がいかされますのでご安心ください」
「そんなことはどうだっていいんです!Jはまだ1週間試用期間があるはずです!JのMPUを新しいボディーにつけてやってください!」
「橘先生・・・それは無理です。もともとJの試験はあと1週間で終了だったんです。まあ、ちょっと早くなってしまいましたがJの記憶をもとにして新しいモデルを作成しますから・・・」
「じゃあJのMPUは・・・・」
「予定通り廃棄したいと思います」
「そんな・・・お願いします!もう一度、もう一度Jをよみがえらせてください!」
「橘先生・・・無理なことを言わないでください。たった1週間のためにそんな無駄な経費をかけるわけにはいかないのですよ。真田君!Jの記憶データはマザーにのこっているね?」
「・・・はい・・・・」
真田がうなずいた。
「じゃあ予定よりちょっと早いがJ2の制作に取り掛かってくれ」
「・・・・わかり・・・ました・・・」
2か月後・・
景子の部屋に桜井と真田が訪れていた。
「これが新しいアンドロイドですか・・・」
「はい。JR3012です。J2とでも呼んでください」
桜井が得意げに言った。
その横にはJを一周りたくましくした、やや金属色の濃くなったアンドロイドが立っていた。
「J2にはJの記憶をすべて取り込んでいます。先生から教えられたことは完全に覚えていますからご安心を・・・」
「そうですか・・・」
景子は興味なさそうに答えた。
「今から4週間、また先生のもとでこいつを教育してもらえますか?」
「まあ、いいですけど・・・これっきりにしてもらえますか?」
「これっきり・・というと・・・Jシリーズは先生のお役には立ちませんか?」
「あ・・いや・・・役に立たないわけじゃないんですけど・・・なんていうか・・・個人的な事情です」
景子は桜井の顔を見ないで答えた。
「そうですか・・きっと改良を重ねれば先生の負担を軽くできると思っていたのですが・・・」
「すみません」
「機能は旧モデルとほとんど一緒ですが少しずつバージョンアップさせています。あなたには特にマニュアルは必要ないでしょう」
桜井はそういいながら立ち上がると真田に合図した。
真田はほんの少し微笑んで軽く会釈して部屋を出た。
後には新しいJ2だけが残された。
景子はJ2を一瞥するとため息をついてソファにもたれかかった。
するとJ2が景子に向かって話しかけた。
<お久しぶりです。ケイ>
聞きなれた懐かしい声に景子は一瞬ビクっとしてJ2のほうに向きなおったが、すぐにまたため息をついて天井を見上げた。
「ああ・・・お前はJの記憶を受け継いでいるんだっけな・・・俺と会ったこともあるってわけか。でもな、俺はお前に会うのは初めてだから、はじめましてだ」
<いいえ、ケイ。私はJです>
「ああ・・わかったわかった。Jの記憶を受け継いだ新しいアンドロイドだろ?」
<いいえ、私はJなのです>
「お前のMPUは新しく作られたものだ。その中にJの記憶を移しただけでお前はJじゃない」
景子は厳しい目つきでJ2をにらんで言った。
<いいえ、ケイ。私に埋め込まれているMPUチップはJの頭部に装着されていたものをそのまま利用しているのです。だから私はJです>
「なんだって?だってお前、JのMPUは火事で壊れて・・」
<真田さんがこっそりと修理してくれたのです>
「あのオタクボーイが?」
<はい。ぼろぼろになった私のMPUチップを毎日の仕事が終わった後、夜中までかかって修理し、元の機能を回復してくれたのです>
「でも、新しいボディーには新しいMPUを装着する予定だったんじゃ・・」
<真田さんが内緒で私のMPUチップを装着してくれました>
「なに?!そんなことしたら・・・」
<真田さんからこのことはくれぐれも内緒にしておくように言い伝えられました>
「ほ・・本当にJなのか?」
景子はびっくりして立ち上がり、Jを見つめた。
<はい。私はJです。ケイ、またよろしくお願いします>
「J!」
景子は思わずJを抱きしめた。
<私は人間になりたい。ケイ、これからもブルーフェアリーとして私に人間になる方法を教えてください>
「お前はもう十分人間だ。誰よりも人間だぞ」
そういいながら景子は二階の窓から下を見下ろした。
桜井の後ろをひょこひょこと歩いていた真田はふと立ち止まって振り返った。真田は景子の姿を見つけるとほんの少し微笑みながら右手の親指を立てて見せた。
それを見た景子は同じように微笑んで親指を立てて合図した。
「やるなー。オタクボーイ・・」
<ケイ、ありがとうございます>
「なんだ?」
<桜井さんに私のMPUチップを修理するように強く言ってくださったそうですね>
「それは・・お前・・・お前にはずいぶん金もかかっているし、俺もいろいろ教えたからな・・・。簡単に壊れてもらっちゃ困るんだよ・・・」
景子はしどろもどろに答えた。
<・・・人間が躊躇して答えるときはその答えは大抵嘘である>
「ば・・ばかやろう!いつまでもくだらないことを覚えてるんじゃねー!」
<人間は・・・素晴らしい・・・>
Jがつぶやいたその時景子のPHSが鳴った。
「はい。橘。・・・交通事故で・・・・胸部外傷・・はい、すぐ行きます」
PHSをポケットに入れた景子はJに向かって言った。
「いくぞ!J!仕事だ!」
<へい、がってんだ!>
二人は連れ立って小走りに救急外来に向かった。
ロボットDr J 終わり
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小さい頃から「ロボット刑事」が大好きでネット検索中ここに流れ着きました
第四の壁のこちら側より、景子さんとJのこれからにいっそうの幸多く在りますように
投稿: FEN | 2020年2月18日 (火) 21時58分