小説タイトル

最近のトラックバック

« 「ロボットDr.J」第2章 | トップページ | 「ロボットDr.J」第4章 »

2013年9月11日 (水)

「ロボットDr.J」第3章

第3章 象が乗っても・・・

 

 次の日、景子は当直だった。

 夜6時から翌日の9時まで救急外来にやってきた患者に対応することになる。

「お前、1日中ここに突っ立っていたのか?」

 部長室に入った景子は入り口の横に立っているJを見つけてびっくりして言った。

<はい>

「ふーん。退屈しなかったか?」

<退屈という単語は私にとって意味をなさない単語です。ケイがこの部屋に戻ってくるまで私はスリープモードに入りました。その間この部屋に入った人間は誰もいませんでした>

「考えてみるとお前って、結構便利な奴かもしれないな・・。ほい、レディーが着替えるから出て出て」

 景子はJを外に押し出した。

 

 救急室で電話をとった看護師が景子に言った。

「橘先生!60代の胸痛の男性が転送されてきます」

「はーい。どんな感じ?」

「救急隊からの報告によると血圧12468。脈拍88。不整なし。酸素5L投与でsPO2 98%です。1時間前に前胸部の圧迫感があって改善しないので自分で救急隊に連絡したようです」

「ふーん・・60代の男性ね。J、どう思う?」

<60代男性の急性発症の胸痛の原因として考えられるのは虚血性心疾患、解離性大動脈瘤、肺塞栓症、気胸、それに食道破裂です>

「まあ、そんなとこだな。よし、J、お前ひとりでやってみろ」

<了解しました。ケイ>

 

 5分後に救急車が到着した。

 恰幅のいい苦悶表情の男性がストレッチャーで運ばれてきた。

 救急隊はJを見てギョッとして言った。

「こ・・・このロボットは・・」

「ああ・・・心配いりません。私の助手のアンドロイドです。優秀な救急医ですから・・・」

「は・・はい」

「じゃあJ。やってみろ」

<了解しました。ケイ>

 Jはベッドに移された男性に向かって問診を始めた。

<始めまして。私は診療補助アンドロイドのJです。お話を聞かせてください>

 患者はちょっと驚きながらも苦悶表情のままうなずいた。

<胸痛はいつからですか?>

「1時間くらい前から・・・急に胸に象が乗ったような痛みが・・・」

<あなたの胸に・・・象に乗ったことがあるのですか?>

「何だって・・・?」

<あなたの胸に象が乗ってあなたが生存していることは物理的に不可能と判断します>

「ああ・・・J。それはいいから、次の質問をしろ」

 景子があわてて間に入った。

<了解しました。ケイ。では今まで同様の症状を感じたことは?>

「ない・・・」

<治療中の病気もしくは指摘された病気はありますか?>

「検診で血圧と糖が高いと言われた」

<治療は?>

「そんなもん受けたことないよ」

 患者が不愛想に答えたとき、入り口が開いて初老の女性が入ってきた。

「あなた!大丈夫?」

 その女性を見て景子が聞いた。

「あなたは・・・」

「この人の家内です。夫が救急車でここに運ばれたと聞いたので・・。大丈夫でしょうか?」

「今、診療アンドロイドが問診中です。すみませんがもうしばらく待合室で待ってもらえますか?J。続けろ」

<了解しました、ケイ。次の質問です。何か日常的に飲んでいる薬もしくは本日飲んだ薬はありますか?>

「ないって・・・」

ED治療薬は飲んでいませんか?>

ED治療薬って・・?」

<勃起不全の治療薬です。商品名で言うとバイアグラ、シアリス・・・>

「そ・・・そんなもん飲むわけないだろ!」

 患者はちらっと夫人のほうを見て答えた。

<わかりました。ではまず心電図検査を行います>

 Jがそう言うと腹部に小さな窓が開き、小さな電極が10個飛び出した。

 心電図は四肢にそれぞれ一つずつ、胸部に6つ、合計10個の電極からの情報を表示する検査である。それによって不整脈や心筋梗塞などの診断を行う。

 Jはその電極を患者の手足と胸部に次々に貼っていった。

 そしてJの胸部のモニター画面が開き、無線で飛ばされた心電図波形が表示された。

<心拍数96。不整なし。V1から5ST上昇あり。急性冠症候群の疑い。左冠動脈近位部の閉塞を疑います。ケイ、緊急カテーテル検査が必要です>

「ああ・・その通りだ。看護師さん、循環器科に連絡!緊急カテ準備してもらって」

「はい」

<静脈内にニトロール2ml静注します>

 Jは右手を挙げて準備した。

「ちょっと待て―!」

 ケイがあわててJの腕を握って止めた。

<了解しました、ケイ。ニトロールの静注を中止します>

 景子は一息ついてから夫人に話しかけた。

「あー奥さん・・・心筋梗塞みたいです」

「心筋梗塞!」

「はい。今から緊急の検査と処置をしますからちょっと・・・出ていてもらえますか?後できちんと説明しますから・・」

「そ・・それで、大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫ですよ。今から循環器のドクターをよんで一緒に治療しますから・・・」

「は・・はい・・」

 夫人は心配そうな顔でドアから外に出た。

 夫人がいなくなるのを確認して景子は患者に小さな声で聞いた。

「バイアグラ・・飲んでますよね?」

「え?・・・は・・はい。どうして・・・」

「わかりました。J。ニトロは中止だ。あとは循環器のドクターにお願いするから・・・」

<了解しました、ケイ>

 そこに循環器ドクターが到着し、ケイは患者の引継ぎを行った。

 急性心筋梗塞では冠動脈拡張剤であるニトロールを注射することがある。しかし患者がED治療薬であるバイアグラなどを飲んでいた場合、ニトロールが投与されると過度の血圧低下が起こってショック状態となることがある。急性心筋梗塞を疑った時にはED治療薬の内服歴を確認することが必須となる。

 

患者を申し送った景子は部長室のソファに座って束の間の休息をとっていた。

「お前は疲れないのか?」

<はい。私の頭部はMPUがオーバーヒートしないように冷却システムが循環しています。バッテリーが維持される限り機能は維持できます>

「お前って結構便利な奴だな」

 景子が感心して言った。

<ケイ、質問があります>

「なんだ?」

<さっきの心筋梗塞の男性は私が問診した時どうしてバイアグラを飲んでいることを言わなかったのでしょうか?>

「ああ・・そんなことか。あのな、あの患者は近くのホテルから救急車で運び込まれただろ?」

<はい>

「近くに奥さんと住んでいる自宅があるにもかかわらずホテルにいた。どういうことかわかるか?」

<奥さんとけんかして追い出されたのでしょうか?>

「喧嘩してもホテルにはいかないよ。男がホテルに行くのはな、大抵不倫だよ」

<フリン・・・婚姻外の異性と性的交渉を持つという不倫でしょうか?>

「そうそう。あーめんどくせー・・・・。その婚姻外の性的交渉の不倫だよ。あの患者は若い彼女とホテルでお楽しみだったんだよ。60歳ならバイアグラくらい飲んでいるだろ?」

<ケイはどうしてそのことに気が付いたのですか?>

「お前がED治療薬の問診した時にちょっと答えに躊躇しただろ?人間は都合が悪いことを聞かれるとすぐに答えが出せなくなるんだよ。そしてその答えは大抵嘘ってことだ。覚えとけ」

<人間が躊躇してから答えたことは大抵嘘であることを学習しました>

「ああ・・・よかったな」

 景子は天井を見上げて目をつむった。

<ケイ、もう一つ質問していいですか?>

「ああ・・・なんだ?」

 景子はめんどうくさそうにJを見ないで答えた。

<ケイは離婚したと聞きましたが離婚の理由は夫の不倫ですか?>

「ば・・・ばか!何言ってんだよ!」

<統計的には夫婦の離婚の原因の第一位は夫の不倫で第二位は・・・」

「そ・・・そんなわけないだろ!忙しすぎて会う時間がなかったからだよ!」

 景子はそういいながらJから顔をそらした。

<人間が躊躇してから答えたことは大抵嘘で・・・>

「バ・・・バカヤロー!いいから出てけ!俺はしばらく寝るから!」

 景子はそういいながらJを押し出した。

 

 その夜は軽症患者が2-3名来院しただけで救急外来は比較的落ち着いていた。

 午前9時。仕事を終えて着替えた景子は部長室のソファーに座って休息をとっていた。そしてふとJを見上げて聞いた。

「お前にもなんか希望みたいのはあるのか?」

<希望 ですか?>

「まあ、希望っていうか、願いっていうか・・」

<願望なら私にもあります>

「へーなんだ?お前の願望って」

 景子は興味深そうに体を起こし、Jを見つめた。

<私は人間になりたい>

 それを聞いた景子は思わずソファから滑り落ちた。

「に・・人間になる?そりゃあお前、いくらなんでも・・・」

<私は人間のようなボディを持ちたいと思っているわけではありません。人間の持っている感情がほしいのです。喜び、悲しみ、人を愛する気持ち、そんな感情がほしいのです>

「感情ね・・・」

<ケイと一緒にいれば私は人間の思考や行動が理解できるようになり、私にも感情が持てるようになると思うのです。それがすなわち私が人間になるということなのです>

「何かピノキオみたいだな。さしずめ俺はブルーフェアリーってわけか」

<ブルーフェアリーとは?>

「お前、ピノキオ知ってるか?」

<その単語は私のメモリーの中には記録されていません>

「じゃあ、あとでマザーに教えてもらうんだな。ピノキオはゼペット爺さんが作った木の人形だ。ブルーフェアリーっていう妖精から正直で正しい行いをすれば人間にしてもらえると言われて、頑張って人間になる話だよ」

<では私も頑張れば人間になれるのでしょうか?>

「さあな。マザーか、あのオタクボーイに聞いてみなよ。でも人間の感情を持つことがそんなに素晴らしいことなのか?結構面倒臭いぞ」

 景子はそういいながら部屋を出て言った。

 後に残ったJはマザーにアクセスしてピノキオの知識を吸収した。

<・・・・そしてピノキオはブルーフェアリーによって人間にしてもらいました・・・>

 マザーとの通信を切断したJはそのままじっと前を見つめていた。

<私も・・人間になれるのかもしれない>

 Jはそうつぶやいてスリープモードに入った。

ロボットDrJ第4章に続く

« 「ロボットDr.J」第2章 | トップページ | 「ロボットDr.J」第4章 »

小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「ロボットDr.J」第3章:

« 「ロボットDr.J」第2章 | トップページ | 「ロボットDr.J」第4章 »

2024年8月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ