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2013年9月10日 (火)

「ロボットDr.J」第2章

第2章 Jの性能

 

 景子は誰もいなくなった部屋の中で仁王立ちのJをじっと見つめていた。

「今から4週間こいつと一緒に仕事するって?本気か?」

<よろしくお願いします。ドクタータチバナ>

 景子はびっくりしてソファから立ち上がった。

「お・・・おまえ、しゃべれるのか?」

<はい>

「どこから声を出してるんだ?」

<私の口の奥にスピーカーが内蔵されており、人工音声で会話が可能です>

「目も見えるのか?」

 景子はJの黄色く輝いた目の部分を見つめて聞いた

<私の目の部分に内蔵されたカメラは赤外線センサー機能と望遠機能を内蔵しています。両耳の奥には感度マイクが内蔵されています。ドクタータチバナ>

「口にスピーカーで耳にマイクね・・・なんかイメージ的に逆だけどな。でもそのドクタータチバナってのはよくないな」

<どう呼んだらよいですか?ドクタータチバナ>

「ああ・・・めんどくさいからケイでいいよ。景子のケイ。簡単だろ?」

<了解しました。ケイ>

「お前のことはJでいいのか?」

<はい。私の正式名称はJR3011ですが、人間同士はニックネームで呼びあうと私にインプットされています。私のニックネームはJということになります>

「ああ・・めんどくせーなその言い方。まあロボットだからしょうがないか。じゃあ、Jってよぶよ」

<了解しました。ケイ>

 

 その時景子のPHSが鳴った。

「はい・・橘・・・交通外傷?・・・5分で到着・・・はい。すぐ行きます」

 PHSをポケットにしまいながら景子がJに向かって言った。

「行くぞJ!仕事だ!」

<了解しました。ケイ>

 二人は早足で救急外来に向かった。

 

 救急外来に到着した景子とJを見た看護師たちはギョッとして立ち止まった。

「ああ・・こいつは心配いらないから・・・人畜無害らしいから気にしないでくれ」

 景子はそういいながら手袋を装着した。

「お前にはいらないか・・」

<私は感染する心配はありません。また、手に付着した血液は加熱消毒により無毒化しますから他の患者への感染も大丈夫です>

「そりゃあよかった。一つ手間が省ける」

 そこへ救急隊が到着した。

 隊員はJを見てやはりギョッとして後ずさりしたが、景子を見て恐る恐る申し送りを始めた。

「あ・・・あの・・・45歳の男性です・・・」

「ああ・・こいつは心配ないから、無視してください」

―あーめんどくせー!いちいちこのデクノボーのことを説明しなきゃいけないのか!

「は・・はい。運転中に居眠りして電柱に衝突。ハンドルで腹部を強打しています。バイタルは血圧10056。脈拍96。 sPO2 96%。体温36.8度。意識は清明です。腹部の疼痛を訴えています」

「自損事故ですか。じゃあ患者は一人ね」

「はい」

 景子は患者に向かって声をかけた。

「病院につきましたよ。お名前教えて下さい」

「門倉・・透です・・お・・・おなかが・・・痛いんですが・・」

 患者は苦悶の表情に腹部を押さえて体を丸めて答えた。

 周りの看護師たちが手際よく腕に点滴ラインを確保して血液を採取し、心電図モニターや血圧計を装着した。

「血圧9652。脈拍104です。sPO2 98%!」

 景子は患者の胸に聴診器を当て、おなかに手を当てた。

 その瞬間患者は苦悶の表情を浮かべた。

「体表の外傷はなし。こりゃあかなり強く腹をうってるねー。エコー準備!」

 景子は看護師に指示を出した瞬間、Jの存在に気が付いた。

「ああ・・そうか。お前、エコーを内蔵しているんだったな?」

<はい。私の右手にはエコープローブが内蔵されています>

「よし、じゃあ、この患者の腹を見てみろ」

<了解しました。ケイ>

「あー・・大丈夫ですよ門倉さん。これは医療ロボットで検査専用ですから、何も痛いことはしません。ちょっとおなかを見せてやってください」

 患者は不安と苦痛が混じった顔でうなずいた。

 Jが右手を患者の腹に当てると胸部にモニター画面が開いた。

 景子はJのモニター画面を見つめた。

「ふーん。ゼリーも手の中から自動でしみだすのか」

 エコー検査をするときには超音波が通りやすくするためにプローブにゼリーを付着させる必要がある。

 Jはゆっくりと腹部を検査していった。

 その様子見ながら景子が言った。

「・・・もういいぞ。で?どうだ?」

<腹部にエコーフリースペースを認めます。大量の液体が腹腔内に存在しています>

「それで?何を考える?」

<腹腔内に存在する液体は血液、漿液、漏出液、リンパ液などがあります。まず穿刺をして液体の性状を確認して・・・>

「あー・・・わかったわかった。看護師さん!ヘモグロビンいくつ?」

 景子は血液検査をしている看護師に聞いた。

「ヘモグロビン10.2です!」

「はい。じゃあCTとって外科に連絡!腹部打撲による腹腔内出血。緊急手術準備してもらって!輸血も準備ね!」

 景子は指示を出しながら電子カルテに入力していった。

 それを見ていたJが聞いた。

<ケイ。質問していいですか?>

「ああ?なんだ?」

 カルテに入力しながら景子は面倒臭そうに答えた。

<なぜ腹腔内出血と断定できるのですか?エコーフリースペースだけでは出血かどうかは確定できません。鑑別診断として肝硬変、心不全、低栄養状態、リンパ漏・・・>

「あー・・・わかったわかった。お前の頭んなかのメモリーには腹水の鑑別診断が片っ端から入っているんだろ?いいか?この患者は特に病歴のない健康な患者だ。それが交通外傷で腹部打撲して運び込まれてきた。腹を痛がっている。エコーでフリースペースが見られたらそれは100%臓器損傷による腹腔内出血なんだよ。診断て言うのはエコー所見だけで考えるんじゃない。状況をすべて把握して総合判断で考えるんだ。覚えておけ」

<診断は総合判断で考える・・・>

「ああ。それが医者の経験ってやつだ。患者を診たことがないお前にはまだ無理だけどな」

<了解しました。ケイ。私は、診断は総合判断で考えるということを学習しました>

「本当にわかってんのか?」

 ケイは不満そうな声でJを一瞥して再びカルテ入力をはじめた。

 

 景子は部長室のソファに座って昼食のカップめんを食べながら、そばで突っ立っているJを見て言った。

「お前はすわらないのか?」

<私には座るという行為は特に意味をなしません。なぜなら人間が座るという行為は疲労した下肢の筋肉を弛緩させ・・・・>

「あー・・・わかったわかった・・・聞いた俺が馬鹿だった・・」

 景子はため息をついた。

「あー・・あと1か月間こいつと付き合わなくちゃいけないのか・・・」

 Jは無言で景子を見つめている。

「ところで・・お前の動力はなんだ?何食って動いてんだ?」

<私は腹部に装着されたバッテリーで稼働しています。フル充電で10日分の通常業務が可能です。1週間後に定期メインテナンスが予定されていますのでその時に充電されます>

「へーそりゃあ便利だ。1週間は飯も食わず、充電も必要ないってわけか。じゃあ充電を繰り返せば永久に動き続けられるのか?」

<私は4週間後に解体される予定です>

4週間後に解体?」

<今回の実験が終了すれば試作品である私の体からMPUチップが分離され、解析が行われます。そしてそれをもとにしてバージョンアップした新しいMPUチップが作成され、それを搭載した新しいシリーズが作成されます>

「するとお前はあと4週間の命ってことか?」

<人間の言い方にするとそういうことになります>

「ふーん・・・お前はそれでいいのか?」

<ケイ。あなたの質問の意味がよくわかりません>

「お前は4週間だけ働かされてお払い箱になってそれで我慢できるのか?ってことだよ」

<それが私に与えられた仕事です。それ以上のものもそれ以下のものもありません>

「・・・人間の医者もお前くらい物わかりがよければ俺も苦労しなくてもすむんだけどな・・」

 Jはしばらく沈黙していたが、突然話しはじめた。

<ケイ。質問があります>

「なんだ?」

<ケイは男性ですか?女性ですか?>

「ば・・ばか!俺が男に見えるか!」

<ケイの外見から判断すると顔貌、胸部、腰部のラインは女性特有のものです。しかし会話で使用される言葉のうちいくつかは男性が使用するものが含まれています。私のMPUはケイは90%女性、10%男性と判断しています>

「女が俺って言って悪いのか?男だってあたしって言っているやついっぱいいるぞ!」

<ではケイは女性なのですね?>

「当たり前だ!」

 景子は憤慨して答えた。

<ケイが女性であることを学習しました>

 景子はあんぐりと口を開けて天井を見上げた。

 

 その日の午後は外傷患者が多かった。

 景子が患者のナート(縫合)をしていると看護師が景子を呼んだ。

「橘先生。次、大腿部の外傷の患者さんお願いします」

「あー・・はいはい。どんな感じ?」

「農作業中に鎌で切ったそうです。5cm位の切創です」

「出血は?」

「今のところ止まっています」

「そうか・・・」

 景子はナートの手を止めてJをちらっとみた。

「おい、お前、傷の処置できるか?」

<はい。ケイの命令があれば可能です>

「じゃあ・・・あの患者、やってみろ」

<了解しました。ケイ>

「た・・橘先生・・・大丈夫ですか?」

 看護師が不安そうに景子に耳打ちした。

「ああ・・一通りの処置はできるみたいだから・・なんかあったらすぐ呼んでよ」

 

 Jを見た70代と思われる男性はギョッとして思わず口を開いた。

「な・・なんですか?こりゃ」

その声を聞いて遠くから景子が答えた。

「あー大丈夫ですよ・・・。こちら終わったら私もすぐ行きますから・・・」

 Jは患者に向かって言った。

<傷を拝見します>

 そしてしばらく観察すると・・

<長さ5.2cmの鋭利な切創。動脈性出血なし。壊死組織はわずか。汚染は軽度ですが土のついた鎌による切創なので慎重な洗浄が必要。一時縫合は可能>

 するとJの右の薬指から針が飛び出した。

<麻酔をします>

 そういいながらJは針を患者の傷の部分に刺した。

<1%キシロカイン10ml注入終了。洗浄に移ります>

 Jは左手の薬指を傷にあてがった。

 すると生理食塩水が勢いよく噴射された。

 ナートが終わった景子は後ろからその様子を見ていた。

<洗浄終了。壊死組織のデブリードマンに移ります>

 Jは右手の人差し指を傷に近づけた。

 ピー・・ピー・・・

 短い電子音とともにJの指先から光がきらめき、細かい組織が切断されていった。

「すげーな・・・」

 景子は感心してJの処置を見つめていた。

<デブリードマン終了。縫合に移ります>

 Jの右手の中指を傷にあてがった。

 Jが左手で開いた傷を寄せると右手の薬指からホッチキスのような金属が飛び出し、傷を少しずつ縫合していった。

<ケイ。処置終了しました>

 そういいながらJが立ち上がった。

「ああ・・・ご・・ご苦労」

<消毒はほぼ完全ですが土による汚染も否定はできませんので破傷風の予防接種が必要です>

「そうだな。看護師さん!テタノブリン準備して!」

 景子は看護師に指示をするとJを見つめた。

「まあ・・・傷の処置は合格だ。これからもお前ひとりでやれるな?」

<了解しました。ケイ>

 その日の外傷の患者は原則としてJに任されることとなった。

 最初は怖がっていた看護師も徐々に慣れ、Jの介助をするようになっていった。

 

 その日の仕事が終わり、景子とJは部屋に戻った。

「あー今日はたいしたのが来なかったな。6時に帰れるなんて久しぶりだぜ」

<本日の業務は終了でしょうか?>

「ああ。お前もよくやったぞ。傷の処置に関しちゃ、うちの若いやつよりよっぽど役に立つ」

<ありがとうございます。ケイ>

「こりゃおどろいた。お前にも礼が言えるのか?」

<私のMPUにも人間の挨拶は一通り組み込まれています>

「そりゃ助かるよ。教えることが一つ減った。じゃあ俺は着替えるからしばらく外に出てろ」

 Jはしばらく黙ってケイを見ていたあと聞いた。

<ケイ。私が外に出る理由をおしえてください>

「俺が着替えるから出ろって言ってるんだよ!レディーの着替えをのぞくつもりか?」

<ケイ。私は男性の体系で作られていますが男性ではありません。私のことは気にせずに着替えていただいて結構です>

「そうか・・・お前は男でも女でもないんだったな。じゃあ・・別にいいか・・」

 景子はJの前で術衣を脱ごうとしたその時、景子を注目しているJをちらっとみた。

「ちょっと待て・・・お前の見えたものは、すべて記録されるんじゃなかったのか?」

<はい。その通りです。私のカメラに記録された映像はすべて研究所のマザーのもとに転送されます?

「バッキャロー!すぐこの部屋から出ていけ!」

 景子は足でJを部屋から押し出した。

ロボットDrJ第3章に続く

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