「ロボットDr.J」第1章
昔、石ノ森章太郎さんの「ロボット刑事K」という作品が少年マガジンに連載されていました。科学の粋を集めて作られたロボット刑事Kとベテランの刑事が協力して事件を解決していくというストーリーなのですが、テレビドラマにもなり結構流行っていました。
それにならってロボットのドクターを病院で活躍させてみました。
ベテランの刑事の役は女医さんにお願いしました(個人的には30代になった数年後の北川景子さんのイメージなので景子という名前にしてしまいました・・・)
「ロボットDr. J」
第1章 ロボット ドクター J 登場
「あーあ・・・。ったく・・・どうしようもない奴らばかりだ・・・」
橘景子は救急部の部長室のソファにあおむけになってため息をついた。
「部長なんて名ばかり。使えない部下の上司っていうのは研修医以下の待遇だな・・。後始末だけで毎日夜中まで仕事。しかも管理職扱いで残業手当なし。結局、体よくここに左遷されたってことか・・」
景子は2か月前の院長室での会話を思い出していた。
「君はやはり人の下で働くよりは自分が中心になっていたほうがいいんじゃないかなー?君自身もそう思うだろ?」
院長は景子の目をじっと見つめながら言った。
「まあ・・・ろくでもない上司のもとで働くよりは独りのほうが気楽ですがね」
景子は院長から目をそらして皮肉を込めて答えた。
「そうだろう?ところでだ・・・当院は新しい部署を作ることになったのだが・・・。そこで働く気はないかね?」
「新しい部署?」
景子は体を起こして院長のほうに向きなおった。
「ああ。友愛病院もそろそろ救急部を独立させようと思うんだよ。この規模の病院でいつまでも各科の持ち回りというわけにもいかんからね。そこでだ。内科の医員の立場を外れて、救急部の部長としてやってみる気はないかね?」
「救急部の・・・部長ですか?」
「そう。救命救急科とういうことになるが・・・総合診療の技術にたけた君の力が、どーしても!・・・必要なんだよ。もちろん数人の部下はつけるよ。彼らを1人前の総合診療医に育ててもらいたいんだが・・・。君も30代半ばと言えば医者としては脂がのったころだし、独身に戻ったということでちょうどいいんじゃないか?幸い子供さんもいないことだし・・あ・・これは失礼・・・」
院長は最後の言葉はまずかったと言わんばかりに、ちょっと体を起こしながら頭を少し下げて言った。
「まあ・・・いいですけど・・でも、ちゃんとまともな部下をつけてくださいよ」
「それはもちろんだ。若いぴちぴちしたのを数名選んであるから・・」
景子は部長室のソファにどっかりと座って天井を見上げてもう一度ため息をついた。
「若いぴちぴちした部下をつけるだって?・・・一番年長が卒業6年目の堺修二。いまだに独り立ちできない使えないやつ。しかもオタク。その次が5年目の相沢京香。いい男を捕まえることだけに一生懸命で週に2回はセレブとの合コン。定時になると研修医に仕事を押し付けて帰宅。あとは1年目と2年目の研修医が一人ずつ。これでどうやって救急を回すんだ?」
景子はため息をついて目をつむった。
「ああ・・つかれたぜ・・帰る気力もないわ」
そして景子はそのままソファの上で眠りについた。
翌日・・・
景子はドアをノックする音に起こされた。
「・・・はい・・・開いて・・ますけど・・・」
景子はぼさぼさの頭をかきむしりながらだるそうに起き上がって返事した。
「やあ・・・橘先生。またここに泊まったのかね?たまには帰らないと体を壊すよ」
院長がゆっくりと入ってきた。
―帰れないのはあんたのせいだよ。
「今日はほかでもない、先週お願いした先進科学医療研究所の件だが・・・」
「先進科学・・・ああ・・・新しい実験とか・・・」
「突然で悪いんだが、今いいかな?」
「今から?ああ・・・いいですよ」
景子は時計を見ながらだるそうに答えた。
午前8時。当直医師との申し送りまであと30分くらいの時間はありそうだ。
院長は後ろを向いて合図した。
すると40歳くらいのスーツ姿の男性が入ってきた。
「始めまして。先進科学医療研究所の桜井と申します」
いかにも仕事ができそうでナイスミドルな外見の男は名刺を両手で景子に渡しながらあいさつした。
「ああ・・・橘景子です。一応友愛病院救急部の部長・・・ってことになってます」
景子は院長を横目でちらっと見ながら皮肉を込めて不愛想に挨拶した。
そんなことは意に介さない院長と桜井がゆっくりと景子の前に座った。
「で?何の実験ですか?」
景子がめんどうくさそうに聞いた。
「実は・・・まだ極秘なんですが、我々の研究所では人工頭脳を持った医療補助機器を開発しているのです」
「人工頭脳?」
「ええ。てっとり早く言うとロボット・・診療補助アンドロイドです」
「ロボット!」
「はい。わが国では医師が大変不足している。そこでその業務の一部をロボットに肩代わりさせようという試みなのですよ」
「ロボットに救急外来の診療をさせようというのですか?」
景子は呆れた声で聞き返した。
「橘先生がそうおっしゃるのも無理はありません。でも、我々が開発したJR3011をご覧になっていただければその考えも変わるでしょう」
桜井は半開きになっているドアに向かって声を上げた。
「真田君!Jを入れてくれ」
ドアを開けて入ってきたのは30歳くらいのいかにもオタクっぽいひ弱そうな若い男だ。
彼が後ろに向かって合図した次の瞬間、景子は思わず体を後ろにそらした。
ドアから入ってきたのは・・・
「紹介しましょう。我々の自信作。JR3011。 通称『J』です」
景子は桜井の言葉をうわの空で聞きながらドアから入ってきた物体を見つめた。
全身が黒光りした金属でできた人間型の、まさしく「ロボット」がそこに立っていた。スキンヘッドの頭に黄色く光る眼、耳のところにはでっぱりがあるがいわゆる「耳」はついていないようだ。機械的な鼻と口はいかにも「ロボット」の表情だ。
「身長180cm 体重200Kg。人間型の体系の中に機能を集約することに本当に苦労しました。いえ、本当はもっと機械的な外見でもよかったのですが、そこにいる真田君がどうしても人間型のルックスにこだわりましてね・・・。それでこの外見までこぎつけたわけです」
ロボットのそばで真田と呼ばれたオタクが頭をかいて照れている。
「本気で・・・こいつを救急医療の現場へ・・・?」
景子は「J」と呼ばれたロボットを見つめながら聞いた。
答えたのは院長だった。
「まあまあ橘先生。何もいきなりこいつを救急外来で当直させようなんてことは誰も考えちゃいないよ。そんなことをすれば患者はおろか、スタッフだって誰も救急に近寄らなくなってしまう」
「そりゃそうですよね・・」
「そこでだ!ここからが君の出番というわけだ」
院長は身を乗り出して景子を見つめた。
「私の?」
景子は本能的にほんの少し後ろに下がった。
「そう。君がこのJ君を指導して何とか臨床現場で使えるようにしてほしいのだよ」
「わ・・私がこいつを・・・指導?ですか?」
院長はにやにや笑って景子の顔を見つめていた。
すると桜井が言った。
「橘先生。こいつの頭の中のMPUチップには最先端の医療技術や医療知識が組み込まれています。その辺の若い先生よりはずっと役に立つと思いますよ」
そして院長が言葉をつなげた。
「橘先生はいつも言っていたじゃないか。もっと役に立つ、仕事ができる部下がほしいって・・・。このJ君こそうってつけだと思うのだよ」
「お断りします」
景子は院長の言葉が終わる前にきっぱりと答えた。
「断る?どうして」
院長は怪訝そうな声で聞いた。
「どうして?これ以上私の仕事を増やさないでほしいんです。ただそれだけ」
不機嫌そうな景子に桜井が言った。
「橘先生、まあ、だまされたと思ってこいつを使ってみてもらえませんか?こいつの中にはエコーや血液検査、心電図などの検査機器、注射や縫合、処置などの器具も一通り装備されている。救急の現場では必ず役に立ちます。ただ、まだ臨床経験がない。そこであなたに臨床のロジックを教え込んでいただきたいのです」
「そんなこと言って、こいつが急に暴れだして患者に危害を加えるようなことがあったらだれが責任取るのですか?」
「その点は大丈夫です。Jにはロボット三原則がしっかり搭載されています」
「ロボット三原則?」
「はい。
第1項:ロボットは人間に危害を加えてはいけない。またその危険を看過することにより人間に危害を及ぼしてはならない。
第2項:ロボットは人間から与えられた命令に服従しなくてはならない。ただしその命令が第1項に反する限りはこの限りではない。
第3項:ロボットは前掲第1項、第2項に反する恐れのない限り自分を守らなくてはならない。
というやつですよ」
「はあ・・・?」
「SF作家のアイザック=アシモフが提唱した有名な原則です。ただしJには少々変更して搭載しています。たとえば第1項の『その危険を看過することにより人間に危害を及ぼしてはならない』のところは橘先生の指示がない限り発現されません。もしこれをしないとJは常に自分を犠牲にして患者の診療を優先してしまうのであっという間にJそのものが壊れてしまうのですよ。Jには数十億の予算がかかっていますので簡単に壊れてしまってはこまるのです。橘先生がJの体を犠牲にしても患者を助ける必要があると判断した場合のみ発現されるように設定しています。それに・・第2項は『人間から』ではなく『橘先生から』に変更しています。先生以外の人間の命令には原則従いません」
「じゃあ私が命令すればこいつは身を投げ出して人間を助けに行くと・・・」
「まあ・・・本来はそうあるべきなのですが・・・」
桜井はばつが悪そうに顔をそむけた。
「違うんですか?」
「実はJシリーズにはさらに『恐怖回路』というものが設定されているのですよ」
桜井は景子に向き直って言った。
「恐怖回路?なんか・・・おどろおどろしい・・・」
「あ・・別にオカルトじゃないのですが・・。つまり・・・Jのボディーが損傷されるような状況になったとき、Jの恐怖回路に強い電流が流れます。するとJはその状況を回避するような行動をとるのです」
「すると人間が怖がって逃げだすようなことをこのデクノボーさんも・・・」
「まあ・・・簡単に言えばそんな状況も考えられます。本来ロボットはそうであってはいけないのですが・・、まだJシリーズは試作段階でして、何としても壊れてもらっては困るのです。いえ、もちろん量産段階に入ればそんな回路は取り外します。まあ、本来のロボットよりほんの少し人間らしい感情を持っているのだと、好意的に考えていただけませんか・・・」
「はあ・・・人間らしい感情ね・・・」
景子はため息をついた。
すると院長が身を乗り出して言った。
「橘先生。まあたった4週間のことだ。病院の宣伝にもなる。よろしく頼むよ」
「4週間すれば必ずこのデクノボーさんを引き取ってもらえるんですね?」
「ああ、それは保証する。そうだね、桜井さん」
「はい。4週間でJが修得した知識と技術を次の試作品に応用して発展させます。真田君、橘先生にJの機能を説明してくれないか?」
すると真田はびっくりしたような表情で首を横に振った。
「初めての人の前では緊張するんだったか・・・特に女性はだめか・・・しょうがない、じゃあ私から・・・」
―なんだ?このオタクボーイしゃべれないのか?
景子は真田をじっと見つめた。真田は恥ずかしそうに景子から目をそらした。そして桜井が続けた。
「Jは救急外来での医療行為に特化した性能を有しています。すなわち救急での検査、診断、処置のほとんどはJ単独で可能です。しかし災害用には設計されていませんので実際に現場で患者を救出して治療することは想定されていません」
「じゃあ、土砂に埋もれた人を助けたり、おぼれている人を助けたりする機能はないってことですか?」
「その通りです。ロボットですが力もそれほど強いわけではありません」
「じゃあ・・・このデクノボーさんは・・・何ができるんですか?」
景子が呆れた声で聞いた。
「まず診断機器ですが、Jの右掌の小指側には超音波プローブが内蔵されています。画像は直接JのMPUに転送されますがJの胸部のモニター画面にも表示され我々が確認することができます」
桜井がJに指示をするとJはうなずき、胸部に6インチのモニター画面が開いた。
「Jの左の人差し指には採血針が内蔵されています。直接患者の血管に穿刺して血液を採取し、白血球、赤血球や肝機能検査などをJの体内で行うことができます」
「消毒は?」
「Jの腕は数秒で200度まで加熱することができます。そのあとは水冷式の冷却装置により速やかに常温に戻ります。Jの腕についている病原菌は10秒程度の加熱で死滅するでしょう。そのほかにも左手の指には紫外線消毒装置やイソジン噴霧装置も内蔵されています」
「外科的処置もできると・・」
「Jの右手の指にはレーザーメス、ステーブラタイプの縫合装置も内蔵されています」
「レーザーメス!そんな危ないものを・・・」
「大丈夫です。焦点深度はほんの数センチですからJが患者に直接触れる距離で使用している限り周囲に散乱することはありません」
すると院長が乗り出して言った。
「まあ、危なくないとはいってもJも一種の医療器具だ。その扱いには十分気を付けてくれたまえ。何か問題が起こればそれは使用している橘先生の責任になってしまうからね」
―相変わらず自分には責任がないようにふるまうってわけか・・・あんたらしいよ
「細かい説明に関してはJに直接聞いていただきたい。念のため取説のディスクをお渡ししておきますが・・・」
桜井が景子に1枚のCDを渡した。
「じゃあ、我々はこれで失礼します。あ・・言い忘れましたがJが見たり聞いたりしたことは研究所のマザーコンピュータに転送されて記録されます。万がいちJのMPUチップが破損するようなことがあってもそれまでの経験は次のモデルに移行することができますからご安心を・・」
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