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2013年9月13日 (金)

「ロボットDr.J」第5章

第5章 ドクターカー出動

 

 景子がJと出会ってから2週間が経過した。

「どうだ?ドクターカーに乗る気分は?」

 景子はドクターカーの隣に座っているJに向かって聞いた。

「サスペンションが堅めです。車高が高いせいでカーブを曲がるときのGをやや強めに感じます」

「ああ・・そうだよな。聞いた俺が馬鹿だったよ」

 景子は呆れた声でつぶやいた。

 事故現場につくやいなや景子はドクターカーから飛び出し、Jを連れて事故対策事務所にむかった。

「友愛病院救急部の橘です。どんな状況ですか?」

「ありがとうございます。お待ちしていました。地下作業場で落盤事故がありまして・・ほとんどの作業員は脱出したのですが一人だけ逃げ遅れているようです」

 50台と思われる作業衣を着た色黒でがっしりした現場監督が汗を拭きながら答えた。

「救助は?」

「それが・・・ガスの配管が破損して、硫化水素ガスが漏れ出しているのです」

「それじゃあ逃げ遅れた作業員はガスで・・」

「いえ、ガスはまだそれほど多い量ではないのでガス中毒にはなっていないはずなのですが、今後大量のガスが流出する可能性があるので救助隊を送ることができないのです」

「いまならマスクをつけて救助に向かえると・・」

「はい。それはそうなのですが・・・二次災害を考えると・・。一刻も早く彼の状況を確認したいのはやまやまなのですが・・」

「わかりました。じゃあ、こいつを向かわせます」

 景子はJを指さして言った。

「これは・・・」

「診療補助アンドロイドです。彼なら万が一ガスが噴き出しても活動を続けることができます。それにある程度の診療器具は装備されているので応急処置も可能です」

「それは助かります!」

「J!出番だ」

<了解しました、ケイ>

 

 Jは落石現場に通じる地下道の入り口に立った。

「いいな?連絡は頻回にとれ」

<はい。状況は逐一報告します>

「それと身の危険を感じたらすぐに退去するんだ」

<私のボディーは硫化水素ガスには汚染されません>

「危険はガスだけじゃない。落盤も起こるかもしれない」

<周囲の状況に気を付けて作業を遂行します>

「頼んだぞ」

<了解しました、ケイ>

 

<ライト点灯。赤外線センサー起動します。ケイ、画像をそちらのモニターに転送します>

 Jは事故現場に入って目に内蔵されたライトを点灯した。

「よし、みえるぞ・・・ガスはどうだ?」

 景子はドクターカーから運び込んだモニター画面を見つめた。

<硫化水素濃度は軽度上昇しています。しかし短時間なら人体に障害をきたすレベルではありません>

「逃げ遅れた作業員はみえないか?」

<7.3m先に落石があります。探してみます>

 Jは落石の付近をさがした。

<倒れている人間を確認しました>

「近くによってくれ!」

 Jは倒れている作業員に近づいた。

<大丈夫ですか?>

 Jの問いかけに作業員は返事をしない。

<意識はありません。痛覚刺激に反応なし>

「バイタルを測定しろ!」

<両下肢が腰の部分から落石に埋もれています。私の力では救出は困難と判断します。右前頭部にも外傷があります。血圧86/46 脈拍96 不整なし。sPO2 82%。呼吸数30回。>

「低酸素血症にショックバイタルだ!頭以外にも問題がある。原因を特定しろ!」

<了解しました、ケイ>

 Jは患者を見回し、左の手掌を患者の胸に当てた。するとJの手掌に装備された電子聴診器からの音が景子が見ているモニターのスピーカーから聞こえてきた。

<頸静脈の怒張を認めます。心音微弱、心拍数100。呼吸音は右で聴取できず。肺雑音なし。腹部外傷痕なし。上肢に外傷痕なし。腰部から下肢は診察不能。>

「頸静脈怒張、右呼吸音聴取せず・・・これは・・・」

<右緊張性気胸を強く疑います>

「そうだな。鑑別診断は?」

<深部静脈血栓症による肺塞栓症と外傷性心タンポナーデと大量血胸です>

「よし、エコー使えるか?」

<もちろんです、ケイ>

 Jは今度は右手を患者の胸部に当てた。

<胸水貯留なし。右心室拡張なし。心嚢水なし。ケイ、やはり緊張性気胸のようです>

 景子は現場監督のほうに向きなおって言った。

「緊張性気胸です!すぐに処置をしないと間に合いません。いまならガスも多くないようだしすぐ救出しましょう!」

「だめです!配管が破損しているのでいつ大量のガスが流出するかわかりません!いまガスの元栓を止める作業を行っています」

「どれくらいかかりますか?」

「あと30分くらいかと・・」

「だめだ!間に合わない!・・・・J、そこで胸腔ドレナージできるか?」

<私の体内には胸腔ドレーンは装備されていませんが・・16Gサーフロー針なら挿入できます>

「よし!それでいい。そこで右胸腔に挿入しろ!」

<了解しました、ケイ>

Jの指から消毒液のイソジンが吹き出し、患者の胸を覆った。

そしてJの腹部が開いてJは16Gの針を取り出した。

<挿入します>

Jは患者の胸部にサーフロー針を挿入した。

その瞬間空気が勢いよく噴き出した。

<エアー流出しています>

「よし!針を固定してそこに三方活栓をつけて時々注射器でエアーを吸引しろ。もうすぐこちらの作業が終了して救出に行ける。それからバイタルを逐一報告しろ」

<了解しました。ケイ>

 

 1時間後、景子とJは落石現場から救出された患者をドクターカーで病院に転送した。

患者を外科医に引き渡した二人は部長室に戻っていた。

J.今日はよくやった」

<ありがとうございます。ケイ>

「考えてみると人間がいけないような場所こそお前の活躍場所かもしれないな」

<私もそう思います>

「お前は思ったより役に立ちそうだな」

<はい。残りの2週間、勤務を継続します>

「そうか・・・あと2週間か・・・」

<はい。あと2週間でケイと出会って1か月になります>

「おまえもだいぶ人間らしい言葉遣いになってきたじゃないか」

<ケイのおかげです>

「あと2週間・・・2週間たったらお前は・・・」

 景子はじっとJの顔を見つめた。

<研究所に戻って廃棄処分となります>

「廃棄処分・・・おまえ・・・本当にそれでいいのか?」

<私はそのようにプログラムされています>

「そうだよな・・・」

<しかし私が得た知識はすべてマザーに記録されています。私の後継機は私より優れた性能になるはずです。きっと私よりケイの役に立つでしょう>

「そんなことはどうだっていい!もう言うな!」

 景子はJに背を向けた。

<ケイ・・・ケイが憤慨している理由がわかりません>

「物わかりがよすぎるお前に腹が立つんだよ!」

景子は天井を見上げて目をつむった。

 

そして2回目の定期点検の日がやってきた。

「どうですか?Jの調子は?」

 桜井が聞いた。

「ああ・・・いいですよ。まあ、役に立ってますけど」

 景子は軽くうなずきながら言った。

「それは良かった。テスト期間はあと2週間です。よろしくお願いしますよ」

「そのことなんですけど・・・テスト期間をもうしばらく伸ばすことはできません?」

「え?」

「もう1か月ほど延長ってわけにはいきませんかね?」

「先生からそんなお言葉を聞くとは・・・これは意外ですね」

 桜井がちょっと皮肉な笑みを浮かべて言った。

「まあ・・せっかくここまで教えてきた手間もありますし・・・やっと使えるようになってきたところなので・・」

「その点はご心配無用です。テスト期間が終了してもJのメモリーは次のモデルにすべて移行できます。2か月後には先生の教育を受けた新しいモデルのJをお届けしますから」

「新しいモデル・・あー・・・そうじゃなくて・・・なんて言ったらいいか・・・。その新しいモデルに今のJMPUをそのまま移行するってのは・・・だめですかね?」

「今のJMPUを移行・・ですか?それは何のために・・・」

 桜井は怪訝な顔つきで景子を見つめた。

「あ・・・いや・・やっぱり意味ないですよね」

 景子は顔をそらした。

「メモリーを移した古いMPUはそのまま廃棄処分にする予定ですからほかのボディに移すことはできませんね」

 

部屋には再起動したJと景子だけが残された。

<おはようございます、ケイ>

「ああ・・・朝の挨拶は終わってるけどお前にしたら目が覚めたわけだからおはようございますだよな」

<ケイ、質問していいですか?>

「目が覚めたらさっそくまたまた人間の幸福に関する質問か?」

<はい、そのとおりです>

「はいはい・・どうぞ・・」

「ケイの不幸の大きな原因の一つが子供さんの死亡だということは理解しました。確かに子供さんが亡くなったことは不幸だと思います。しかし不幸を不幸のままにしておくことも不幸を幸福に変えることも人間にはできるのではないでしょうか?」

「またロボット様が人間様にお説教か?」

<ケイ、前にもお話しましたが私の呼称に様をつける必要はありません。それに私はロボットではなく・・・>

「あーわかったわかった!診療補助アンドロイドだろ?」

 景子は不機嫌そうな声で答えた。

<その通りです、ケイ>

「それで?不幸を・・幸福に変える?なんだそりゃ?不幸は不幸で幸福は幸福に決まってるじゃないか」

<いいえ、不幸も幸福も人間の主観的な感情だということを理解しました。すなわち同じ境遇でも不幸だと感じる人もいれば幸福だと感じる人もいるということです。>

「まあ、そりゃそうだよな。ぼろアパートに住んでいてもこれで幸せだっていうやつもいるし、とても不幸だというやつだっているよ。お前が言いたいのは不幸な状況でも幸福だと思い込めってことか?」

<ちょっと違うのですが・・・。まず、人間が感じる幸福感というものは主観的なものだという私の理解は間違えていないでしょうか?>

「なんか引っかかるんだよな、お前の言い方。でもまあいいや。幸福は主観的なものだ。それで?」

<はい。人間が感じる幸福感は主観的でしかも相対的なものなのではないでしょうか?>

「相対的?」

<たとえば肺炎になって入院したとしたらその人は幸福ですか?不幸ですか?>

「肺炎で入院?そんなの不幸に決まってるじゃないか!」

<はい。普通はそう考えます。しかし入院して同じ病室に末期の肺癌の患者さんがいたらどう考えるでしょうか?二人とも熱があり、呼吸が辛く、咳が出ています>

「そりゃあ・・・肺炎は不幸だけど肺癌よりはましだろうな」

<はい。じゃあ、肺炎の患者さんはその時自分は幸福だと考えるのではないでしょうか?>

「幸福か・・・まあ・・・肺癌になるよりは・・肺炎のほうが幸福だろうな。またなおるわけだし・・」

<そう考えると肺炎になって不幸だという感情が緩和されるのではないでしょうか?>

「まあ、そういうことになるかな」

<考え方次第で同じ境遇でも不幸ではなく幸福と感じることができると・・・>

「・・・」

<ケイはできの悪い部下の上司にさせられて不幸だと言いました>

「ああ・・その通りだけど?」

<それはなぜですか?>

「そりゃあ余計な仕事が増えるからだよ!教えることも多くなるし、後始末もしなきゃいけないじゃないか!俺一人で診療していれば自分だけですむのに何倍も苦労しなきゃいけないじゃないか」

<しかし、できの悪い部下に苦労をして教育して一人前の仕事ができるようになったらどんな気持ちになりますか?>

「そりゃまあ、うれしいだろうな。自分の仕事も減るし、教えたかいがあるってもんだ。お前がいろいろ仕事ができるようになって俺も少しは楽になったからな」

<それはケイにとって幸福なことでは?>

「ちょっと待て!誘導尋問をするな!そうなるためにはとんでもなく努力をしなければいけないじゃないか!その不幸と相殺できるほどの幸福かどうかの問題だろ?」

<でも努力をすれば不幸な境遇も幸福に変えることができるということではないでしょうか>

「だからその努力が問題なんだろ?しなくてもいい努力をしなくちゃいけないことは不幸だろ?」

<ケイは努力をすることが不幸だと思っているのですか?>

「そ・・そんなことはないよ。俺だってしなきゃいけない努力はするし、むしろ努力して得られるものがあれば買ってでもするよ」

<ケイ、私のMPUがあなたの今までの行動や言動を分析した結果、あなたは不幸な境遇に対して不満を持っているのではなく、努力をしなければいけないことに対して不満を持っているのです。しかしケイはその努力をすることによって不幸な境遇を幸福に変えることができるはずです>

「努力をすることによって幸福になる?」

<はい。人間の幸福というものは与えられた環境によるのではなく、その環境の中で『つらいことを我慢して努力をすることにより得られる』のだと私のMPUは理解しました>

「ああそう?そりゃあよかった。じゃあこの質問はこれで終了ってわけだな」

 景子はそう言いすてて部屋を出た。

「なんで努力してまで幸福にならなきゃいけないんだ?」

 景子は歩きながら不機嫌そうにつぶやいた。

ロボットDrJ第6章に続く

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