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2013年10月

2013年10月31日 (木)

「ゼウスの火」第2章(1/3)

2章 呪いと絆

 

918日(火曜日)

 

【若菜】

 

 2日前に発症した患者は次々に息を引き取っていた。

 国立感染症研究所には全国の血液センターからのサンプルが集められ、その数は8000を超えていたが、不思議なことにパンドラウイルスの抗体は誰からも検出されなかった。

「高梨先生。いくらなんでもおかしいですよ。これだけ調べても抗体を持っている人間がいないなんて・・・。たった一人、佐々岡慎太郎だけですよ。どういうことでしょう?」

 今野が美里に聞いた。

「それに高岡竜司は抗体を持っていないにも関わらず感染していない。もう完全にお手上げだわ」

「あとは・・・このDVDを実際に見て調べてみるしかないですか?」

「それはだめ!」

「でもこのままじゃ日本中がパニックになりますよ。感染経路も分からず治療法もないなんて・・・僕だって毎日気が気じゃないです」

「二次感染が起こっていないのは幸いだわ。少なくともこのDVDを見ていない人間は発症していない」

「このDVDに何が隠されているんでしょうか?」

 今野はDVDを手に取って天井にかざした。

 

 その日、美里は久しぶりに和馬のアパートではなく自分のアパートに戻った。

 美里は妹の若菜と二人暮らしをしている。

 若菜は19歳になったばかりで、今年東京の大学に入学し、美里と同居することになった。ナチュラルボブの髪を茶色に染めている。身長は160cmと美里より少々小柄だが、女性的なボディーラインで、美里と同様に大きな瞳と長いまつげの美人である。

 高校時代は勉強などそっちのけでアイドルのおっかけをしており、東京の大学を受験したのも芸能人に近づきたいだけという不純な動機であった。

 それを知っている両親は若菜の東京の大学受験も許可しなかったが、美里と同居するということを条件にしぶしぶ了承したのだった。

しかし美里は半年前に和馬と付き合い出し、ほとんど若菜の待つアパートには帰ることがなくなり、若菜は事実上東京の一人暮らしを獲得していたのだった。そのような事情をもちろん両親は知らない。

 一回り年が離れた妹である若菜のことを美里は誰よりもかわいがってきた。

「お姉ちゃんお帰り。珍しいわね、こっちに帰ってくるなんて。お兄ちゃんと喧嘩でもした?」

 若菜はまだあどけなさの残る笑顔で美里に言った。彼女は和馬のことをすでに「お兄ちゃん」と呼んで慕っているのである。

「ただいま。たまにはあんたを監視しないと何するかわからないからね」

「あー・・・信用ないなー。来年には私も20歳になるんだから・・・。いい加減大人として認めてよ」

「いくつになってもあんたは一人ではほっておけないわ」

 美里は笑いながらカバンを椅子に置いた。

 ふと隣の椅子の上を見た美里はびっくりして若菜のカバンを手に取った。

「若菜! これは何!」

 美里はカバンのポケットに入っていたDVDケースを取り上げると鬼のような形相で若菜に突き付けた。それは・・・まさしく美里が苦しめられている「ゼウスの火・・・呪いのビデオ」のDVDであった。

「そ・・それは・・・」

「あんた今これが大変なことになっているのを知ってるの? これを見た人間が次々と死んでいるのよ!」

「だ・・・大丈夫よ・・・私の呪いは・・・もうとけたから・・・」

「呪いがとけた? あんた! 誰かにこれを見せたの?」

「だって・・・仕方ないじゃない・・・私まだ死にたくないもん・・・」

「ばか! なんでこんなもん見たのよ!」

「だって・・・仕方なかったのよ・・・あの松翔が・・・」

「松翔? あんたが追っかけてる松川翔?」

「うん・・・」

「どういうこと? ここに座って! ちゃんと説明しなさい」

 若菜は涙を拭きながら美里の前にすごすごと座った。

 

【若菜の回想】

 

 話は3日前にさかのぼる。

 若菜は大学の講義の合間に喫茶店でレポートを仕上げていた。

 そんな若菜にサングラスをかけた若い男が声をかけた。

「あの・・ちょっといいですか?」

「はい?」

 見上げた若菜はびっくりして声を失った。

「ま・・松川・・翔さん?」

「しっ・・!内緒で・・・」

 松川翔は笑顔でそういいながら若菜の横に座った。

「僕のこと、知ってるってことは僕のファンかな?」

「も・・もちろん! わたしデビューのころから大ファンです!」

 若菜は目を輝かせて隣に座ったアイドルを憧れのまなざしで見つめながら小声で答えた。

「本当! それはどうもありがとう。君のようなかわいい女の子がファンだなんてとてもうれしいよ。それじゃあ・・・折り入って話があるんだけど・・・ちょっと時間とれるかな?」

「はい!何時間でも!」

「名前聞いていいかな?」

「高梨若菜です!」

「若菜ちゃんか・・・君にぴったりのかわいい名前だね」

 

 二人は店を出て近くのマンションの1室に入った。そこにいたのは・・・。

「佐久間雅(みやび)!・・さん・・・」

 若菜はびっくりして声を上げた。

 佐久間雅は松川翔の弟分のような存在で、最近売り出し中のアイドルである。

「さあ入って入って・・」

 雅に促されて若菜は恐縮しながら靴を抜いだ。

 若菜はテーブルを挟んで松川翔と佐久間雅の前に座った。

ずっと憧れてきたアイドルが二人、自分の目の前に座っている。若菜の心臓は早鐘のように鳴っていた。

「じつは・・・若菜ちゃんに折り入ってお願いがあるんだ」

「はい! なんでしょうか?」

「はっきりと言うよ。僕たちと・・一晩ずつ付き合ってもらえないかな?」

「つ・・付き合うって・・・」

「君ももう大人だからわかるよね? 一晩付き合うっていう意味・・・」

「え・・・ええ・・・」

 若菜は恥ずかしそうに下を向いて答えた。

「じつは君にこれを見てほしいんだ」

 松川翔はカバンからDVDを取り出した。

「ゼウスの火・・呪いのビデオ・・・これ・・・今都市伝説で話題になってる・・・」

「そう。実は俺、2日前にこれを見ちゃったんだ」

「翔さんが?」

「そう。知り合いにすすめられて興味本位で見ちゃったんだけど、これ相当やばそうなんだよね」

 松川翔は佐久間雅と顔を見合わせた。

「それで、これを見ると1週間後に死ぬっていうんだけど、誰かにこのDVDを見せて、24時間後にその人と交わると呪いはとけるんだ」

24時間後に・・・交わる・・・」

「そう。君に今このDVDを見てもらって、あした・・僕と一晩付き合ってくれないかな?誰かいい女の子を探してたんだけど、君なら僕の好みだし、雅も気に入ると思ってね」

 佐久間雅は笑顔でうなずいた。

「あの・・雅さんも・・・」

「いや雅はまだ見ていない。このビデオを君が見たら今度は君が呪いにかかるだろ? そしたら君の命が危なくなる。そこで今度はこれを雅に見せて、そのあと君と雅が・・ってことなんだけど・・・そしたら君も助かるし・・・」

「でも・・そしたら雅さんが・・・」

 若菜は不安そうな顔で佐久間雅を見つめた。

「僕なら大丈夫。また次の相手を見つけるから。でも今は翔さんの呪いを何とかとかないと・・・君も翔さんが死んじゃったらいやでしょ?」

「それはもちろん・・・でも・・・」

「頼むよ・・・本当は君のようなかわいい女の子はプライベートで付き合いたいくらいなんだ」

 松川翔はそういいながら若菜の手を握った。若菜は下を向いて小さくうなずいた。

 

 次の夜・・・すべてが終わったあと、松川翔は若菜のおでこにキスをして言った。

「ありがと・・・若菜ちゃん。今からこれを雅に見せるから・・・明日同じ時間にもう一度ここに来てくれるかな?」

 若菜は布団の中で小さくうなずいた。

 

 そして翌日、若菜は雅のマンションに向かったが、電車の事故のため2時間ほど遅れてしまった。すべてが終わったのは12時を少々回ったころだった。

 若菜が帰り支度をしていると玄関のチャイムが鳴った。

「誰だ?今頃・・・」

 雅があわてて鍵を開けると・・・。

「あ・・翔さん・・・」

「おう、雅! 終わったか? しっかしあの女も馬鹿だよなー! お前が本当にあのDVD見ると思ってるのか? 死ぬってわかってるのに見るわけないだろうが。なあ雅!」

「あ・・翔さん・・あの・・ちょっとヤバイっす・・・」

 雅は翔の身体を捕まえるとあわてて外に出ようとした。

 そこへ翔の声を聞いた若菜が奥の部屋から出てきた。

「あ・・・若菜・・ちゃん・・」

 若菜を見つけた翔はあわてて言葉をつないだ。

「い・・・今のウソだから・・全部ウソ・・・」

 若菜はそこに置いてあったDVDを手に取ると泣きながら二人の横を通って表に飛び出した。

 

【宇都宮誠】

 

話し終わった美里は大きくため息をついた。

「呆れた・・・松川翔にうまく言いくるめられて騙されたってこと?」

「だって・・・」

 若菜は泣きべそをかきながら小声で答えた。

「それで? あなたどうしたの? このDVD誰に見せたの? 河合君?」

「晴彦は・・・逃げちゃった・・・」

「逃げた?」

「あの後すぐ電話したんだけど、そんなもん見れるわけない、こんな時間に電話するなって怒って切っちゃった・・・」

「そりゃまた冷たい・・・それであなた・・・まさか誠くんに・・・」

「だって・・・他に誰もいないんだもん・・・」

「いつ?」

「昨日見てもらって・・・さっき・・・」

「呆れた・・・あなた、誠君は中学校の時からあなたに思いを伝えてきたのにずっと相手にしなかったじゃないの」

「だって・・・私死にたくない・・・」

「あんたね・・・都合のいい時だけ人を利用して・・・恥ずかしくないの?」

「ごめんなさい・・・」

 若菜はその場でテーブルにうつむせになって泣き崩れた。

「でもどうしてあなたがこれを持っているの? 誠君に渡さないとこんどは彼がFSISを発症するのよ」

「いらないって・・・」

 若菜は顔を上げて答えた。

「いらない?」

「僕は誰にも見せるつもりはないって・・・」

「そんなばかな・・・いいわ。私が明日誠君に会ってくるわ」

 美里は若菜の持っていたDVDをカバンにしまった。

 

919日(水曜日)

 

【誠の決心】

 

 翌日朝、美里は若菜の血液を採取し、今野に検査を依頼していた。

「若菜ちゃんはパンドラウイルス抗体陽性です。ウイルスRNAは検出されません」

「そう・・・よかった。FSISの発症は免れそうね」

 ありがとう・・・誠君・・・美里は心の中で誠に手を合わせた。

2例目の抗体陽性者ですね。」

「これで分かったわ。何人検査しても抗体陽性者がいないわけが。もともとパンドラウイルスの抗体を持っている人間はいない。パンドラウイルスに感染して初めて抗体が陽性になるのよ。感染していない献血者の血液センターのサンプルの中には抗体陽性者はいないはず」

「それにしてもどうして感染して抗体ができてFSISを発症しない人と抗体ができずに発症する人がいるんでしょうか? DVDを他人に見せることで抗体ができるとはとても思えないんですが・・・それに新種のウイルスに感染してから抗体ができるまでの期間が短すぎるような気も・・・」

「DVDを他人に見せてその人と交わった人には一気に大量のパンドラウイルス抗体ができるということ・・・。理不尽だけどこれは紛れもない現実だわ。でもその理由を考える前に、DVDを見ただけでパンドラウイルスに感染する謎を解明するのが先ね。何とか所長を説得する根拠を見つけないと・・・」

 美里は時計をちらっと確認するとテーブルの上に置いてあったDVDをカバンにしまった。

「これから若菜からDVDを見せられた人のところに行ってくるわ。今野君は若菜の血液を使って血清を作ってちょうだい」

 

 宇都宮誠は若菜と同じ19歳で中学校時代からの同級生である。やや細身で一見ぼんやりした顔立ちで何となく頼りない外見だが、努力家で成績はいつも上位であった。

 中学1年の時から若菜を気に入り、一途な彼の眼には他の女性は映らなくなった。中学高校一貫教育の学校だったので彼は6年間若菜にアプローチを繰り返していたが、当の若菜は一向に振り向こうとはしなかった。彼女はどちらかというと筋肉質のたくましい野性的な男が好みのようだ。

 美里も何回か誠に会っていた。彼女はまじめで誠実な誠に好感を抱いており、いつも妹に「彼と付き合ってみたら?」とアドバイスしていた。

 それでも誠はことあるごとに若菜の手助けをし、若菜は都合のいい時だけ誠に頼みごとをし、誠もそれを受け入れるという、いわばお嬢様と召使いのような奇妙な関係が継続していたのである。

 誠が東京の大学に進学したのも若菜の後を追ってきたということらしい。もっとも若菜とは違い、全国の秀才が集まる有名校に難なく合格したのであるが・・・。

 今日は午後から誠の授業がなく、自分のアパートに帰っているとのことで美里は誠のアパートに向かっていた。

 

「お姉さんお久しぶりです」

 誠は美里のことをお姉さんと呼び、美里もそれで通している。

「久しぶり、元気そうね、誠君」

「どうぞ・・・すみません殺風景で・・」

 8畳の部屋の中には机が一つと本棚が3つ。そしてその中にはぎっしりと難しそうな本が並んでいた。

 誠君らしい・・・美里は周りを見回してそう感じた。

 部屋の真ん中に置かれた座布団に座った美里はさっそく本題に入った。

「誠君、ごめんなさい。若菜がとんでもないお願いをしてしまって・・・」

 美里は両手を畳について頭を下げた。

「いいんですよ。自分で決めたことですから・・・」

「それで・・・これを・・・」

 美里はカバンの中からDVDを取り出した。

「私がこんなことを言ってはいけないのだけど、あなたには・・・死んでほしくないの。これを・・・使って・・・」

 誠はしばらく考え込んで顔を上げ、笑顔できっぱりと言った。

「それはできません」

「どうして!これは本物の呪いのビデオだわ! これを見たらあなた、5日後にFSISを発症して1週間後に死ぬのよ!」

「わかっています」

「ならどうして・・・」

「僕が中学校のころからずっと若菜ちゃんのことを好きだったこと、お姉さんも知ってるでしょ? その若菜ちゃんが3日前の夜中に泣きながら僕のところに来たんです。事情を聞いたら、騙されて呪いのビデオを見させられたって。私もう1週間後に死ぬんだって、僕にしがみついてワンワン泣き出すんです」

「そう・・・」

「それで僕、心配するなって・・ちゃんと僕がそれを見て若菜ちゃんの呪いをといてあげるって言ったんです。そしたら若菜ちゃん、僕の顔をじっと見つめて何度も『本当?本当に?』って聞くんですよ。それで僕はそのDVDを受けとりました。帰り際に若菜ちゃん何度も『ごめんね、ごめんね』って繰り返していました。あんな若菜ちゃん見るの初めてでした」

「それで昨日の夜・・・」

「はい」

 誠はちょっとはにかんで美里から目をそらした。

「でも誰かにそれを見せなければ今度はあなたに呪いがかかってあなたが死ぬことになるわ。それでもいいの?」

「・・・昨日の夜、布団の中で若菜ちゃん・・・僕の胸にしがみついて泣きながら『ありがとう、ありがとう、本当にありがとう』って繰り返して言っていました。僕は中学校の時に若菜ちゃんを一生守ろうって決めたんです。だから後悔はありません」

「でも・・・」

「僕は・・・若菜ちゃんのぬくもりが残ったこの体でほかの女の人を抱きたくないんです」

「誠君・・・・」

 このとてつもなく尊く、揺るぎのない決心・・。若いからこそ、そして限りなく純粋だからこそ言える言葉だ。美里は若菜ではなく、誠のことを心からうらやましいと思った。

 美里は涙を流しながら誠の手を握った。

「あなたを・・死なせやしない! あなたを死なせたらあなたの両親に申し訳が立たないわ。私が必ずこのDVDの謎を解いてみせる!」

「本当に呪いがかかってるんですか?」

「そんなはずはない! 呪いなんて言う非科学的なことじゃなくて、このビデオとパンドラウイルス感染には必ず科学的な因果関係があるはず。誠君、このDVDの内容覚えてる?できるだけ詳しく教えてほしいの」

「もちろん覚えています」

 誠は天井を見上げて思い出した内容を語り始めた。

「プロメテウスにより火を授かりし我々にゼウスは怒り、

エピメテウスに嫁いだパンドラに箱を渡した。

パンドラは禁じられた箱をあけ、

パンドラの内からゼウスの火が世界に広がりし。

ゼウスの火に触れたものはその目を焼かれ、

8回目の日を見ずして旅立つであろう。

 

他の人間にゼウスの怒りを伝え、

そのものと交わったものにはゼウスの怒りは解かれよう。

4つ目の日を見る前にゼウスの怒りを伝え、

その次の日を見る前にそのものと交わればゼウスの火は消え去らん。

 

イージスの盾を持つものはゼウスの火により目を焼かれず。

戦いの女神アテナ、22のうち1つの男にイージスを授けるものなり」

 

「すごいわ・・・。完璧に暗記しているのね」

「僕は考古学の分野に進みたいと思っています。ですからギリシャやローマの神話には興味があって神様の名前なんかもほとんど覚えてます」

「そう。あなたならいい学者になりそうね」

「本当は高校時代にはデザインに興味があったんです。でも僕、色覚異常があるようで・・・ちょっと向いてないかなって思って方向転換しました」

「色覚異常・・・」

「ええ。赤緑色覚異常って言うらしいんですけど赤と緑の区別がちょっとつきにくい障害らしいです。普段の生活には全然支障ないんですけど、色を扱う仕事はちょっと不利かなって思って・・・」

「そう・・。でも誠君には考古学のほうが合ってると思うわ」

「そうですか・・・あ・・そうだ。あのビデオに出てきた人、僕知ってます」

「なんですって!」

「たぶん久留間神児っていう生物学者です」

「生物学者!」

「ええ。彼は大学時代にアマチュアバンドをやってたんですけど一時メジャーデビューしたことがあって僕、なぜか彼のギターが好きで彼が出ている番組はよく見ていたんです。右手に2本の傷があって結構特徴的だったんですけど、DVDの中でもちらっと見えたんですよ。たぶん間違いないと思います」

 誠は自分の右手を挙げて左手で傷の部位を美里に指示した。

「その久留間神児っていう人は今どこに・・」

「さあ・・卒業してからバンド活動はやめてどこかの研究所に入ったらしいですけど・・。でもちょっと危ない人だったな。コンサートの途中でギターをたたき壊しちゃったり、自分は神だから世界を支配するなんて話し出したり・・まあ、そこが受けてたのもあるんですけどね」

「わかった! 調べてみるわ、ありがとう、誠君! それから・・・今から一緒に来て」

「え?どこに」

「国立感染症研究所よ。あなたの血液を検査させてちょうだい。それから・・・若菜から採取した血清をあなたに投与したいの」

「若菜ちゃんからの血清?」

「そう。彼女の血液にはパンドラウイルスの抗体ができている。効果があるかどうかはわからないけど今私があなたにできることはそれくらいしかないの」

 

【感染せず!】

 

 研究所に帰った美里は宇都宮誠の血液を採取し、今野に検査を依頼した。

「多分あなたの血液にはパンドラウイルスのRNAが検出される。それを確認して若菜の血清を点滴するわ。結果が出るまでの間もう一度呪いのビデオのことを詳しく聞かせてちょうだい」

 

 1時間後今野がやってきた。

「高梨先生・・・宇都宮誠君の血液からはウイルスRNA検出されませんけど・・・。抗体も陰性です」

「なんですって! そんなはずは・・・もうビデオを見て2日以上経過しているからウイルスは検出されるはずよ」

「でも間違いなく陰性です」

「そんな馬鹿な・・・」

「あの・・・若菜ちゃんの血清どうします?」

「血液中にウイルスが検出されないのなら抗体を投与しても意味がないわね。誠君、しばらく毎日検査をさせてちょうだい。ウイルスが陽性になった時点で血清を投与するから」

「わかりました」

 

 美里は一人になった研究室でじっと考えこんでいた。

「わからない・・・まったくわからない・・・どういうこと? 調べれば調べるほど袋小路にはまっていく。誠君は感染していないというの? だったら若菜は・・・今からFSISを発症するの? いや、若菜の血液中にもウイルスRNAは検出されず、代わりに抗体が検出されている。ということは、感染はしたけれど発症を免れたということ。だったら若菜の代わりに誰が感染しているの?」

 美里ははっと頭を起こした。

「ひょっとして佐久間雅・・・そうか・・彼もDVDを見たんだ! 彼がDVDを見たことによって若菜の身体に抗体が・・・。でも誠君はどうして感染しないの?」

 その時、美里の脳裏に高岡竜司の顔が浮かんだ。

「待って・・・これは高岡竜司と同じ。彼もDVDを見たにもかかわらず感染を免れている。DVDを見ても感染しない・・・『イージスの盾を持つものはゼウスの火により目を焼かれず・・・』 イージスの盾とは?」

 美里は誠から聞いた呪いの全文を写したメモを見直した。

「『戦いの女神アテナ、22のうち1つの男にイージスを授けるものなり』・・・22人に一人の男性がイージスを与えられゼウスの呪いを免れる・・・。宇都宮誠と、高岡竜司の共通点は何?」

 その瞬間美里ははっと体を起こした。

「色覚異常!」

 美里は立ち上がると図書室に向かって走り出した。

 図書室で美里は眼科学の本を手に取り色覚異常の項目をさがした。

「・・・日本人の男性の22名に一人は色覚異常を持つ・・・これだ! イージスの盾とは色覚異常! 色覚異常の男性は呪いのビデオをみてもパンドラウイルスに感染しない! このDVDに記録されている何らかの色情報がパンドラウイルスの感染にかかわっているんだわ!」

 

 色覚異常は伴性劣性の遺伝形態をとる疾患である。

  伴性とは性染色体に遺伝子情報があることを意味し、劣性とは父方母方の2本の染色体のうちどちらかが正常なら発症しないということである。

  色覚異常の遺伝子は性染色体のX染色体上にある。男性はX染色体を1本しか持たないのでその染色体に色覚異常の遺伝子があれば色覚異常を発症する。しかし女性は2本のX染色体があるのでその両方に異常遺伝子がない限り発症しないのである。そのようなわけで日本人では男性の22人に一人が何らかの色覚異常を持つが、女性の色覚異常者はきわめてまれである。

  

 

 

【海園荘】

 

 その日の夜遅く、美里はA市の温泉旅館、海園荘を訪れていた。

「すみません。国立感染症研究所の高梨と申します。宿帳を拝見したいのですが・・・」

 美里は事情を話して旅館の女将の許可をもらい宿帳を調べていった。

91日・・田中卓 高橋俊樹 佐々岡慎太郎 西尾桜子・・彼らはこの日にここで呪いのビデオを・・・。その前にこの部屋に泊まったのは・・・829日・・えっ!!」

 美里の目は宿帳にくぎ付けになった

「久留間神児!! 久留間神児がこの部屋に泊まっている!」

「間違いない。このDVDを作り、ここに置いたのは久留間神児だ。彼こそがパンドラウイルスを世に広めた諜報人!」

 

「ゼウスの火」第2章(2/3)に続く

2013年10月30日 (水)

「ゼウスの火」第1章(3/3)

912日(水曜日)

 

【抗体検出されず!】

 

「高梨先生・・・おかしいんです。パンドラウイルスの抗体・・・誰からも検出されません」

 今野が困惑した表情で美里に言った。

「なんですって!」

「さっそく日赤血液センターに協力してもらって845人分のサンプルをチェックしたんですが・・・陽性の人は一人も・・・」

845人の中に一人も・・・じゃあ、佐々岡慎太郎君が特別な存在だったとでも言うの? そんなこと確率的にありえない。もちろんその中にパンドラウイルスRNA陽性の人はいないわね?」

「もちろんです。誰からもパンドラウイルスのRNAは検出されませんでした」

「今野君。引き続き追加の検査お願い。抗体を持っている人は必ずいるはずよ」

「わかりました!」

 

913日(木曜日)

 

【対策会議】

 

 国立感染症研究所ではFSISの対策会議が開かれていた。

「高梨先生。今までのところをまとめてもらえないか?」

 黒崎所長が美里に言った。

「はい」

 美里はプロジェクターに画面を映し出して説明を始めた。

「FSISを発症した患者は5名。すべて死亡しています。死因はサイトカインストームによる多臓器不全です。初発症状は色覚障害。その後眼球の充血と突出が出現し、高熱、ショック状態となります。ほとんどの患者はこの段階で救急搬送されています。

患者の血液からはRNAウイルスが検出され病原体と考えられます。剖検では網膜、リンパ球、および血液中に大量のウイルスが検出されています。

発端者である3人は大学の同級生で発症の数日前にA市の温泉旅館に旅行に出かけています。動物や昆虫との接触は明らかでありません。同じ行動をとった佐々岡慎太郎は発症を免れていますが佐々岡慎太郎と接触のあった古沢香里奈と谷町友美が数日後に発症しています。

死亡した5名の血液中にはパンドラウイルスのRNAが検出されていますが、佐々岡慎太郎の血液からは検出されませんでした。しかし彼の血液からはパンドラウイルスの抗体が高濃度で検出されました。かれはもともと抗体を持っていたため感染を免れたヘルシーキャリアーです。彼の体内に存在していたパンドラウイルスが何らかの経路で古沢香里奈と谷町友美に感染したものと考えています。

健常人の中にパンドラウイルスの抗体を持つものが存在していると考えて日赤血液センターに協力していただき抗体検査を行いました。現在のところ2843名の検査が終了しましたが抗体陽性者は一人も見つかりませんでした」

「FSISの原因ウイルスは特定できたが感染形態に関してはまだ不明ということか・・・」

「残念ながら・・」

「どうも佐々岡慎太郎がカギを握っているような印象だな」

「はい。なぜ彼だけ抗体を持っているのかを明らかにすることが病態の解明に結びつくと思います」

「治療に関してはどうだ?」

「都立病院からの報告では古沢香里奈、谷町友美に対して現在使用できる抗ウイルス剤はすべて無効でした。万が一次にFSISの患者が発生した場合は佐々岡慎太郎から採取した血清を投与してみたいと思います」

「うむ。彼のようにパンドラウイルスの抗体を持つものが多数いれば大量の血清を作成することができるのだが・・・きわめてまれなケースのようだな」

 

914日(金曜日)

 

915日(土曜日)

 

916日(日曜日)

 

【新しい患者】

 

<美里。FSISの患者が現れた>

「なんですって!」

 和馬からの電話に美里は思わず立ち上がった。日曜日ではあるが二人とも休みは取れず毎日出勤が続いている。

<しかもひとりじゃない。うちの病院に3人。関東第一病院に1人。湾岸共済病院に2人。合計6人が一斉に発症している。先ほどうちの病院に治療法に関して問い合わせがあった。すぐそちらにも報告があるだろう>

 美里はあわてて都立聖礼病院に向かった。

「これまでの患者たちとの関連は不明だ。住所も全く離れている」

「病状は?」

「今までと全く同じだ。眼球の突出と高熱、すでに多臓器不全に陥っている」

「何か新しい手掛かりは?」

「一つある」

「なに?」

「・・・今回発症している6人全員が呪いのビデオを見ている・・・」

「呪いのビデオ!」

「うちの3人の患者の周囲から確認をとった。他の病院にも連絡したところ全員が数日前に同じようなビデオを見たという連絡があった」

「まさか・・・」

「美里、信じられないがこれはもうほっておけない。あのDVDが何らかの関与をしているのは間違いないようだ。行方は分かったのか?」

「最終的にDVDを持っていると思われる高岡竜司には連絡が取れないわ」

「そいつが今回の6人の患者の感染経路のカギを握っている。なんとしても接触するんだ」

「わかったわ。今日は日曜だから家にいるかもしれない。ところで・・・・これを使ってほしいの」

 美里はアイスボックスに入れた血清を取り出した。

「佐々岡慎太郎から採取した血清よ。パンドラウイルスの抗体が含まれているはず。一人分しかないけど・・・」

「わかった。もっとも助かりそうな患者を選んで投与してみるよ」

「あなたも感染に気を付けてね」

「わかってる」

 

【高岡竜司】

 

 新しいFSIS患者の発生の報告とともに日本中はパニックとなった。

 患者は関東に限局しているが徐々に拡大傾向にあり、何より感染経路が不明で、いったん発症すればほぼ確実に死亡するという致命率の高さが国民を混乱に陥れていた。

 そしてどこからか「呪いのビデオ」のうわさが静かに広がっていた。

 その日の夕方、美里は岡島塗装店で聞いた高岡竜司の自宅に向かっていた。

「DVDを見た人間がパンドラウイルスに感染する? そんなことありえない。しかし佐々岡慎太郎以外の全員がDVDを見てFSISを発症している。これは紛れもない事実。なぜ? どうやったらビデオ映像を見ただけでウイルスに感染させることができるというの?」

 高岡竜司のアパートについた美里は車を降りると竜司の部屋を見上げた。

「灯りがついている! 高岡竜司はそこにいるんだ!」

 美里はあわてて二階への階段を駆け上った。

 美里は息を切らしながらチャイムを押した。するとドアが開き、竜司が頭をかきながら顔を出した。

「高岡さん! 国立感染症研究所の高梨と言います! お話を聞かせてください!」

「あ・・やべ」

 ドアを閉めようとする竜司を制するように美里が強引にカバンをドアに突っ込み、体を中に入れた。

「な・・なにするんだよ」

「お願いです、高岡さん! 話を聞かせて!」

 竜司は美里の強引さに負け、部屋の中に招き入れた。

 

「え?友美が死んだ?」

「ご存じなかったんですか?」

「別に俺は友美と付き合っていたわけじゃねーし。1週間前から連絡も取ってないよ」

「谷町友美さんの友人の古沢香里奈さんとともに1週間前に亡くなりました。そして二人とも呪いのビデオというDVDを見ていたそうです」

「の・・・呪いの・・ビデオ」

「高岡さんは見ていないのですか?」

「そ・・そんなもの・・・しらねー」

 竜司は美里から目をそらした。

「お願い! もう5人が死んでるの。そして今日も6人がFSISを発症している。その全員がそのDVDを見ているわ! これが広がったら日本中で何百万人が命を落とす。いえ、全世界に広がったら人類が滅亡する危険だってあるのよ!」

「ま・・・まさか・・・あのDVDは本物だったのか?」

「知っているのね! 教えて!」

「あ・・ああ・・でも・・・俺も見たけど俺は何ともないぜ」

「あなたも見たの! 熱は? 目の障害は? 周囲が青っぽく見えない?」

「何ともないって。もう1週間以上前だけど」

「呪いのビデオを見て発症していない人間がいる! あなたもひょっとしてパンドラウイルスの抗体を持っているのかもしれない!」

「な・・・なんだ? それ」

「お願い! 協力して! あなたの血液が必要なの」

「俺の血液? でも・・あのDVD見た人間はまだいるぜ。吾郎先輩のところに持って行ったから先輩も多分見ているはずだけど・・」

「吾郎先輩・・・喜多嶋吾郎!」

「なんだ知ってるのか?」

「今どこにいるの?」

「それが・・23日前から連絡が取れないんだ。部屋の電気も消えたままで鍵かかってるし・・・。せっかくDVD売った金を持って行こうと思っていたのに・・・あ・・やべ・・」

 竜司はまた顔をそむけた。

「売った金? あなたたちあのDVDをコピーしてほかの人に売っていたの?」

「まさか・・本物なんて思わなかったから・・俺は2-3枚しか売れなかったけど吾郎先輩は10枚以上売っているはずだぜ」

「すぐ彼のところに案内して!」

 

 美里は喜多嶋吾郎の部屋のチャイムを押したが応答はない。

「いないのかなー? どこ行ったんだろ」

 竜司はドアノブをガチャガチャと回した。

「大家さんに事情を話して鍵を開けてもらうわ」

 

 鍵を開けて部屋の中に入った美里は思わず息をのんだ。

 そこには喜多嶋吾郎が畳の上であおむけになったまま息絶えていた。

 そしてその目は充血して飛び出し、まるで何かにおびえるような表情だった。

「吾郎先輩!」

「だめ!」

 駆け寄ろうとする竜司を美里が制した。

「FSISに感染して死亡している! ここは我々が処理するわ。それまで誰も入れないでください!」

 美里は、声も出せずに震えている大家に向かって言った。

 美里はカバンから取り出した手袋を装着すると床に落ちているDVDを2枚拾い、ビニール袋にいれた。

「高岡さん! 一緒に来て!」

 

【感染しない男】

 

 国立感染症研究所に戻った美里は竜司の血液サンプルを今野に預けた。

 日曜日の夜にもかかわらず今野も休日返上でパンドラウイルスと闘っていた。

「今野君、申し訳ないけど至急パンドラウイルスの抗体とRNAを確認して!多分抗体陽性のはず。これで新しい血清が作れる。それからあとで喜多嶋吾郎という人のサンプルも届くから確認をお願い。それと・・・このDVDの表面からパンドラウイルスのRNAが検出されないか調べてちょうだい。慎重に扱ってね」

 美里はDVDが1枚入ったビニール袋を今野に渡した。

「わかりました」

 そして美里は竜司から、コピーしたDVDに関して詳しく聞き出した。

「これはあなたたちがコピーしたのね?」

「ああ・・そうだけど・・・」

「このジャケットはあなたが?」

「そうだよ。なかなかうまくできてるだろ? でもタイトルのところは吾郎先輩がつくったけど・・・俺、赤っぽい色がよく見えないから・・・」

「あなた、このDVD見たわよね。どんな内容か覚えてる?」

「えーっと・・なんか男が出てきてわけのわかんねーことしゃべってたけど・・・。ゼウスの呪いだとか、目を焼かれるとか、イージスがどーのとか・・・。なんでもこれを見ると1週間で死ぬって言ってたよ。誰かに見せてそいつとエッチすれば助かるって」

「もう少し具体的に覚えていない?」

「あーだめだめ。俺全然おぼえてねー・・・」

 

 竜司との話を終えた美里は今野のところに向かった。

「高梨先生。高岡竜司の検体、パンドラウイルスの抗体は検出されませんが・・・」

「そんな馬鹿な! 彼はDVDを見て谷町友美と交わっているはずよ! 抗体がないのならどうして発症しないの?」

「ウイルスRNAも検出されません。それから喜多嶋吾郎のサンプルからはウイルスRNAが検出されています。もちろん抗体は陰性です」

「DVDからは何か見つかった?」

「いいえ。ディスクからもケースからもウイルスRNAは検出されませんでした」

「どういうことなの?」

 美里は首をかしげた。

 

 時計の針はすでに23時を回っていた。

美里は机の上にあるDVDを見つめていた。

「ゼウスの火・・呪いのビデオ・・・。まさか・・・このディスクに書き込まれた情報の中にパンドラウイルスが隠れているとでも言うの?・・・。そんなことありえない。これを見てウイルスに感染するなどということは・・・」

 

917日(月曜日)

 

【FSIS拡散!】

 

 美里は都立聖礼病院の感染症病棟で和馬と議論していた。

「和馬。新しい3人の患者はどう?」

「だめだ。血清を投与した患者も全く改善の傾向はない」

「そんな・・・あれが唯一の希望だったのに・・・。抗体が効果ないのならどうやって戦ったらいいの?」

「発症する前に投与する必要があるのかもしれないな。そっちは何かわかったか?」

「だめ・・謎は深まるばかり。あのDVDが何らかの関与をしたことは間違いないけど、どうやったらDVDを見ただけでパンドラウイルスに感染するのか全く分からない。それに抗体を持っていないのに発症していない人間がいるの」

「佐々岡慎太郎とは別のケースってことか。ますます謎は深まるばかりだな・・・」

「こうなったら実際にDVDを見てみるしかないのかも・・・」

「ばか! そんなことしたらお前も感染するじゃないか! 絶対にそれだけはやめろ!」

「そんなことわかってるわ。でもどうしても信じられないのよ」

 美里は和馬から目をそらした。

 そこに看護師がやってきて和馬を呼んだ。

「先生!FSISの新しい患者です!」

「なんだって!」

 二人は救急外来に向かった。

 

 その日はFSISの患者があちこちの病院に転送されていた。新しい患者の数は合計7人に達した。そしてその全員が呪いのビデオのDVDを視聴していたのである。

「あのDVDが広まっているのよ。喜多嶋吾郎がコピーして・・・」

「くそっ! とんでもない奴だ」

「彼もまさか本物だとは思わなかったでしょうね。そう思ったら自分が見るなんてことはしない」

「美里! 日本中がパニックになるぞ。このDVDに隠された謎を解かない限り解決はできない。このビデオがネットの動画に投稿されたらとんでもないことになる。国立感染症研究所を通してメディアに呼びかけてくれ」

「わかったわ。所長に頼んでみる」

 

【広報】

 

 美里は研究所の所長室で黒坂と議論していた。

「高梨先生。すまないがもう一度言ってくれ」

「このDVDがパンドラウイルスの感染にかかわっているんです。これを見た人間が数日後にFSISを発症しています」

「今、ちまたで噂になっている呪いのビデオだとでも言うのかね?」

「私も最初は信じられませんでした。でもFSISを発症した全員がこのDVDを見ているのです」

 美里は真剣な表情で黒坂に説明したが、自分でもその説明にはとうてい納得などしていなかった。

「では聞くが、どうしてこれを見た人間がパンドラウイルスに感染するのかね?」

「それは・・・まだ調査中です」

「今日の記者会見でFSISの原因は呪いのビデオだと発表しろと?」

「いえ・・それは・・・ただ、出所の明らかでない映像を視聴しないようにと・・・」

 美里は自分の説明の不条理さに自分ながら困惑していた。

「いいかね? 私は国立感染症研究所の所長として会見を行うのだよ。その私が説明することは理論的に正しいことでなければならない。呪いのビデオなどという非現実的なことを発表すればこの研究所は全世界の物笑いになる」

「・・・・」

「もし呪いのビデオがFSISの原因というならば科学的な根拠を持ってきなさい」

「わかりました」

 美里は頭を下げて所長室を後にした。

 

「ゼウスの火」第2章(1/3)に続く

2013年10月29日 (火)

「ゼウスの火」第1章(2/3)

【呪いの拡散】 竜司→吾郎

 

 竜司は友美から預かったDVDを塗装工場の先輩、喜多嶋吾郎のアパートに持ち込んでいた。喜多嶋吾郎は組関係の事務所にもちょくちょく出入りしている少々「ヤバイ」男である。

「呪いのビデオ? なんだそりゃ?」

 竜司は2日前に友美から聞いた今までの経緯を吾郎に説明した。

「そりゃ、おもしれーぞ、竜司!」

 吾郎は体を乗り出した。

「じゃあ・・・ほんまもんですか?」

「ばーか。呪いなんてあるわきゃないだろ。本物かどうか、そんなこたーどうでもいいんだ。これを見た人間が3人、1週間後に死んだ。ほかの奴にDVDを見せた一人だけが助かった。そんだけで都市伝説にしちゃあ十分なんじゃ。こりゃあ売れるぞ!」

「売るんですか? いくらくらいで?」

「そうだな・・・12万ってとこかな?」

2万! そんなもん買いますかねー?」

「あのな、誰だって殺したい人間の一人や二人はいるもんだ。それがDVDを見せただけで殺せるとしたら2万くらい出すだろ? 3千円だったら誰も信じねー。2万だからひょっとしたらと思うんだ」

「そ・・そんなもんっすか? でも、偽物だとばれたらあとから訴えられませんか?」

「おまえな・・・『これ見せたけど相手が死にませんでした』って裁判所に訴えるか?」

「そりゃ・・・ありえないっすよね」

「そうだろう? さあ、これから忙しくなるぞ! どんどんコピーしてケースに入れてそれらしく装飾せにゃ・・」

「その前に俺・・・誰かに見せてそいつとやらないと・・・俺、それ見て友美とやっちまったし・・・」

「ああ?・・・お前本気で信じてるのか? ばかじゃねーのか? じゃあ最初に一枚コピーしてやるからそれもって勝手に誰とでもやれ。ああ・・それから事務所のほうには内緒だぞ。ばれたら下働きだけさせられておいしいところは全部もってかれるからな」

 

【新しい患者】

 

 国立感染症研究所では美里が和馬からの連絡を受けていた。

「なんですって! FSISの新しい患者?わかった・・今すぐ行くわ」

 美里はあわてて都立聖礼病院に向かった。

 

 息を切らして感染症病棟に入ってきた美里に和馬が患者を指さして言った。

「患者は古沢香里奈、谷町友美。二人とも21歳の女性だ。高熱、ショック状態。先ほど人工呼吸器を装着した」

 患者は二人とも無言で人工呼吸器につながれていた。そしてその目は充血して突出しており、まるで何かにおびえるような表情である。

「また若い患者ね。前の3人との関連は?」

「古沢香里奈は前に感染を逃れた佐々岡慎太郎と付き合っている・・」

「なんですって! ついさっき、死亡した3人から新種のウイルスが検出されたのよ。すぐ彼を呼んで! 彼はキャリアーの可能性がある」

「そうか。やっぱり新種のウイルスが検出されたか・・・佐々岡慎太郎にはもう連絡済みだ。こちらに向かっている」

 病原体に感染していても発症しないものをキャリアーと呼ぶ。キャリアーは時に病原体をまき散らすスーパースプレッダーになる可能性がある。

 

 都立病院にやってきた慎太郎はおどおどした様子で和馬と美里の前に座っていた。

「ぼ・・・僕もそのパンドラっていうウイルスに感染しているっていうことでしょうか?」

「そう。でもなぜかあなたは発症していない。発症していないけれど体内にウイルスを持っていて他の人に感染させる可能性があるの。申し訳ないけど病態がはっきりするまで、あなたの行動は制限させていただくわ」

「それは・・・やっぱり呪いのビデオを見たから・・・」

「佐々岡さん。呪いのビデオなんていうものは現実には存在しない。これは明らかなウイルス感染症なの。科学的に証明される病気なのよ」

「でも・・香里奈に感染したのはわかりますが・・・友美ちゃんには・・・僕は接触していませんけど・・二人ともビデオは見ましたが・・」

「そう?・・もちろんキスもセックスもしていないわね?」

 美里の言葉に慎太郎はあわてて首を横に振った。

「と・・とんでもない!手を握ることだってなかったですよ!」

 しばらくの沈黙の後、和馬が言った。

「美里、やはりおかしい。もし接触なしに空気感染するものならもっと大量の患者が発生しているはずだ。慎太郎君がパンドラウイルスのキャリアーだとしても谷町友美に感染させた可能性は考えにくい」

「そうね。何か見落としていることがあるのかも・・・」

「やっぱり呪いのビデオのせいじゃ・・」

 慎太郎の言葉を美里が語気を強くして制した。

「佐々岡さん。そんなものは科学的に存在しないんです」

「まあ待て、美里。確かにDVDからウイルスが感染するなんていうのは非科学的だが、そのDVDにウイルスが付着しているとか間接的にかかわっている可能性はあるだろ?  慎太郎君、今そのDVDはどこにあるんだ?」

「確か友美ちゃんが持って行って・・・竜司っていう男友達に見せたって言ってました。僕も不安になって友美ちゃんに電話で確かめたんです。ほかの人にDVDを見せたのなら安心だと思っていたんですけど・・・あ・・・呪いはないんでしたっけ・・」

「その竜司って言う人に連絡は取れるのか?」

「僕は直接会ったことはないんですけど、岡島塗装店っていうところで働いているって聞いています」

「美里、一応DVDは確認しておく必要があるんじゃないか?」

「そうね。一応頭に入れておくわ」

 美里は気のない返事をした。

 

910日(月曜日)

 

【ウイルス同定】

 

 政府により、パンドラというウイルスによりFSIS(エフシス)という重篤な感染症が発症すると報道されたが、日本国内ではまだそれほどパニックにはなっていなかった。それは患者の発生が関東のごく一部の地域に限局しており、多くの国民は自分の身近でパンドラウイルスが感染するとは思っていなかったからである。

 香里奈と友美の状態は相変わらず重篤で血圧も不安定であった。

 和馬はあらゆる抗ウイルス剤やステロイド、昇圧剤などを投与していたが一向に回復の兆しはなかった。

「アシクロビル、ガンシクロビル、インターフェロン、タミフル、すべて効果なしか・・」

 それに対して慎太郎には全く発症の兆しらしいものはなかった。

 

 国立感染症研究所ではパンドラウイルスの正体を突き止める努力が続けられていた。

 美里はパンドラウイルスの抗体を検出するキットを作成していた。そこに今野巧が入ってきた。

「高梨先生!パンドラウイルスの遺伝子情報が同定できました。20kb(キロベース)のRNAウイルスです。ウイルスは血液中と白血球、それに網膜細胞に大量に存在しています。白血球に感染することにより大量のサイトカインが放出され、高熱と多臓器不全を引き起こすようです」

「網膜細胞に存在・・・だから眼球の突出や色覚異常が起こるのね。パンドラウイルスは網膜細胞に親和性があるのかしら? エンベロープに網膜細胞と親和性があるレセプターがあるの?」

「いえ、解析したRNAからはそのような所見は・・」

「なぜ網膜に強い炎症を起こすのかしら・・」

 

【岡島塗装店】

 

 その日の午後、美里は岡島塗装店を訪れていた。

 美里は呪いのビデオなどというものは全く信じていなかったが、友美から感染した可能性のある竜司という人物の動向は確認しておく必要があった。

「竜司? ああ、高岡竜司のことか? 今日は来てないよ」

 事業主の岡島が答えた。

「お休みですか?」

「ああ・・この通り、不景気でね。どの従業員も週の半分以上は休んでもらってるんだよ。

昨日連絡があって1週間ほど休むって言ってたわ。喜多嶋ってやつもおんなじこと言ってたから二人で旅行にでも言ったんじゃねーのかな? 携帯はもってるから一応番号は渡しておくわ。でも出るかどーか知らねーぞ」

 岡島はメモ用紙に竜司の電話番号を記載して美里に渡した。

「喜多嶋って?」

 メモを受取りながら美里が聞き返した。

「ああ、高岡竜司の先輩だよ。仲いいんでいつもくっついてつるんでるよ。ただ、喜多嶋ってやつはちょっとヤバイとこに出入りしてるからあんまり付き合うなって忠告してたんだけどな」

「ヤバイとこ?」

「ああ・・この関係だよ」

 岡島は右手の人差し指で左のほほに線を描いて見せた。

「ありがとうございます。連絡取ってみます。何かあったら私のところに連絡お願いできますか?」

 美里は名刺を岡島に渡した。

 

【呪いのDVD増殖!】

 

 喜多嶋吾郎の部屋では竜司と吾郎がDVDのコピーを作成していた。

「どうだ? ジャケットの印刷できたか?」

「はい。こんなもんでどうですか?」

 竜司は印刷した表紙を吾郎に見せた。

「おっ、なかなかいいじゃねーか。いかにも呪いって感じがよく出てるぜ。ただ・・・タイトルはちょっと色おかしいんじゃねーか?」

「すみません。俺生まれつき赤っぽい色がちょっと見にくくて・・・」

「しょうがねーなーじゃあタイトルは俺が作ってやるよ。それから取説にはコピーでは効果がないってこと書いとけよ」

「でもこれって全部コピーじゃないですか?」

「ばか。コピーでも死ぬんだったら売れねーじゃねーか。これが全部オリジナルなんだよ」

「そっか・・・でもこの出来だったら5万とかでも買うやつ、いるんじゃないですか?」

 竜司は自分が作ったDVDジャケットを満足げに見つめながら言った。

510万だったら偽物ってばれたときに何とか取り返そうとして俺たちを探しにかかるだろうが。2万だったらこれくらい仕方ないかっておもうだろ?」

「なるほど・・・頭いいっすね。吾郎さん」

「あたりめーだ。これからはここよここ」

 吾郎は自分の頭を指でさしながら答えた。

「あれ、留守電が入ってる。ジャケット作るのに夢中で気づかなかった。なに?」

 竜司はスマホの留守電を確認した。

「・・・・吾郎さん。なんか変な女から入ってるんすけど・・・」

「変な女?」

「国立感染なんとかってとこから友美にもらったDVDについて聞きたいから連絡くれって。かけてみましょうか?」

「ばか。そんなことしたら足がつくだろ? 無視しろ。そんなわけのわかんねーやつ」

「わかりました」

 竜司はスマホをポケットにかたづけた。

「ところでお前、これ見せて誰かとやったのか」

「いえ、そんな簡単にやらせてくれる女なんているわけないじゃないですか。昨日ナンパしてみましたけど馬鹿らしくなったからあきらめました」

「そりゃそうだよな。じゃあ俺は出来上がった試作品もって営業に行ってくっから」

「え? どこ行くんですか?」

「ちょっとあっちこっちまわって売ってみるわ。雰囲気つかんどかんとな」

「お疲れっす」

「その間にこれやっとけよ」

「えーこれ全部コピーするんですか?」

「当たり前だろ? 全部で100枚あるから全部売れたら200万だぞ、おい」

 吾郎は嬉しそうに竜司の肩をたたいて出ていった。

 

911日(火曜日)

 

【パンドラウイルス抗体】

 

932分死亡確認」

 和馬は谷町友美の死亡確認を行った。

「これで先ほど亡くなった古沢香里奈と合わせてFSISを発症した5人全員死亡だ。こいつは今までの治療では治せない。あとはパンドラウイルスの抗体を含んだ血清を投与することくらいしかない。美里・・・頼むぞ。次の患者が出る前に治療法を見つけてくれ」

 

 国立感染症研究所では美里が患者の血液検査を行っていた。

「やはり5人の患者すべての血液中からパンドラウイルスRNAが検出されている。佐々岡慎太郎の血液からはウイルスは検出されない。そして佐々岡慎太郎の血液からは高濃度のパンドラウイルスの抗体が検出されている。やはり彼はパンドラウイルスの抗体産生能力があるのよ。パンドラウイルスに対する免疫力を最初から持っているのね。多分パンドラウイルスの抗体を持つ人間はほかにもいるはず。その人たちから血液を採取して血清を作成し、患者に投与すればFSISの患者を救命できるかもしれない」

 美里は管内電話を手に取った。

「今野君? 日赤の血液センターから血液のサンプルを集めてもらえないかしら? その中からパンドラウイルスの抗体を持っている人を抽出してほしいの。早急にお願い」

 美里は受話器を置くとふっと息をついた。

「・・・・パンドラウイルスの抗体を持っている人が多ければ・・・大量の血清を作ることができる。これで治療の糸口ができたわ」

 

【吾郎の商才】

 

 喜多嶋吾郎は翌日自室に帰ってきた。

「あ、お帰りなさい」

 座布団を並べて眠っていた竜司は起き上がって吾郎に挨拶した。

「おう。ここ泊まったのか。コピーできたか?」

「もう徹夜っすよ。でも見てください。100枚きっちり仕上げました」

 竜司は自慢げに完成したDVDを見せた。

「おーよくやった! 立派なもんじゃねーか。お前こっちのほうの才能あるんじゃねーか?」

「吾郎さんのほうはどうですか?売れました?」

「おう! ほら見ろ4枚売れたぞ」

 吾郎は1万円札を8枚竜司に見せた。

「本当っすか! スゲー一晩で8万か!」

「やっぱり誰だって殺したい奴の一人や二人いるもんだぜ。こりゃーあたるぞ!」

「何か運が向いてきましたね」

「ほら、これお前の取り分」

 吾郎は2万円を竜司に渡した。

「えー・・吾郎さん、たったこんだけっすか?せめてもう1枚くださいよ」

「なに言ってんだ。これが売れたのは俺に営業の才能があるからだぞ。本当はこれでも多いくらいだ。まあ、お前が持ってきた話だからちょっと色を付けてやったんだぞ。文句があるんなら返せよ」

「あ・・・いや・・・文句ないっす。あざーっす・・・」

 竜司は頭を下げて2万円を受け取った。

「明日から忙しくなるからな。二人で手分けして売りまくるぞ」

「ゼウスの火」第1章(3/3)に続く

2013年10月28日 (月)

「ゼウスの火」第1章(1/3)

1章 パンドラウイルス

(注:この前にプロローグがあります)

96日(木曜日)

 

【都立聖礼病院】

 

 滝沢和馬は救急外来に向かっていた

 身長182cm体重86Kg。筋肉質のがっしりした体型の和馬はマスクとゴーグルを装着すると救急外来のドアを開けた。ストレッチャーの上には若い女性が横たわっていた。

「またか・・・さっきの患者と同じだ・・・今度は女か」

 その患者は眼球が真っ赤に充血して飛び出し、まるで何かにおびえるような表情で苦しそうに呼吸していた。

「患者の名前は西尾桜子。血圧9060。脈拍120です! 体温39.5度。昨日から目の異常を訴え、今日呼吸がつらくなって家族が救急連絡しました」

 和馬は患者の首を触りながら救急隊からの申し送りを聞いた。

「この患者も目の障害を?」

「はい。昨日から周囲が青っぽく見えてそのあと目が充血してきたようです。今朝になって急に高熱が出てショック状態となり意識障害を併発しています」

「さっきの二人と同じだな」

「はい。家族に聞いたところによると先ほど搬送した田中卓さんと高橋俊樹さんは大学の同級生だそうです」

「なんだって?」

1週間前にこの三人ともう一人で旅行に出かけています。西尾桜子さんと高橋俊樹さんは以前から付き合っていたようです」

「これは・・・感染症だ! 3人とも感染症病棟に移せ! 国立感染症研究所に連絡してくれ!」

 

【和馬と美里】

 

「失礼します。国立感染症研究所の高梨美里と申します」

 高梨美里はゴーグルとマスクをつけて都立聖礼病院の感染症病棟の集中治療室に入ってきた。

「ああ美里、待ってたぞ」

 和馬が美里に手を挙げてあいさつした。

「ちょっと公私混同しないでよ。私は仕事で来てるのよ」

 美里は不満そうに和馬に小声で言った。

「まあ、固いこと言うな。患者はこの3人だ。眼球突出と高熱、意識障害、ショック状態だ。発症は三人とも昨日。ほぼ同時だ。1週間前に4人で旅行に行っている」

 目が大きく飛び出し、まるで何かにおびえるような表情の若い患者が3人並んで人工呼吸器を装着して寝かされていた。

「症状からはサイトカインストームね。ウイルス感染症とすればこんなに眼球突出するようなウイルスは今までには報告されていないわ。確かに新種の病原体による感染症が疑われるわね。血液サンプルは?」

「もう準備してある。さっき採血したばかりだ。EDTA採血管と全血と培養ボトルに入れてある」

「それと尿と咽頭ぬぐい液もほしいわ」

「それも採取済みだ」

「さすがね・・」

 美里はゴーグルの奥で微笑んだ。

1週間前に旅行に行ったと言ってたけど旅行先はどこ?」

「A市の温泉旅館だ」

「旅行に行ったのは4人と言ったわね。もう一人は?」

「こちらには搬送されていない。だが名前はわかっている・・・これだ。佐々岡慎太郎。今、事務職員に探させている」

 和馬はメモ書きを見ながら言った。

 その時ガラス窓の向こうから看護師が和馬にマイクで呼びかけた。

<先生。佐々岡慎太郎さんがこちらに見えています>

「見つかったか! ナイスタイミング! よし、今そちらに行く」

「私も同席させてもらうわ」

 二人はガウンとマスク、ゴーグルを脱いで感染病棟を後にした。

 

 高梨美里は今年31歳になった国立感染症研究所勤務の医師である。

身長165cmと女性としてはやや長身であるが和馬と並んで歩くときは小柄に見える。そして実は美里もそのことを少々気に入っている。肩まである黒髪を後ろでまとめ、黒いバレッタで止めており、白衣の奥からそのスレンダーな体型が見え隠れしている。大きな愛くるしい瞳をしており、美しさの中にもどこか愛嬌のある顔立ちである。

「救急科の滝沢です」

「国立感染症研究所の高梨です」

 カウンセリングルームで慎太郎の前に座った二人は手短に挨拶をした。

「さ・・・佐々岡・・慎太郎です」

 慎太郎は座ったまま、恐縮して肩をすぼめて小さく頭を下げた。

 和馬が慎太郎の顔色を観察しながら聞いた。

「佐々岡さん、身体の具合は何ともないですか?」

「はい・・・僕は何とも・・・」

「目の痛みや熱はないですか?」

「はい・・・」

「お友達のことはご存知ですね?」

「はい・・・。今朝入院したと・・聞きました」

「かなり重症だということも?」

「はい・・・あの・・・話はできますか?」

 和馬はしばらく黙って、ゆっくり言葉をつないだ。

「今は・・・・無理です。意識は低下して人工呼吸器を装着しています」

「た・・助からないんでしょうか?」

「何とも言えませんが全力を尽くしています」

「そんな・・・2日前に会った時にはみんな元気だったのに・・・」

 美里が静かに聞いた。

「ところで佐々岡さん、4人で旅行に行かれたと伺いましたが・・・何か変わったことはありませんでしたか?たとえば虫に刺されたとか、動物にかまれたとか、変わったものを食べたとか・・・」

「今回は最後の夏休みの記念にとA市の温泉旅館に4人で出かけました。ええ、僕たち4人は時々グループで行動しているんです。でも山に行ったわけじゃないし、海でクラゲに刺されたわけじゃないし、動物にもさわっていないし・・・」

「あなただけ何ともないということですけど、ほかの3人がしてあなただけしなかったことは何かないですか?」

「僕だけ・・・ですか?食べたものは同じだし・・・。行動したことも・・・同じことしかしていないです」

 しばらくの沈黙の後、和馬が聞いた。

「何でもいいんです。佐々岡さんだけ別行動をしたことはないでしょうか?」

「僕だけ・・・あの・・・どんなことでもいいですか?」

「もちろん」

「実は・・・旅館で、たまたまそこに置いてあったDVDを見たんです」

「DVD?」

「はい・・・呪いの・・ビデオ・・・って書いてありました」

 慎太郎は口ごもりながら続けた。

「男が出てきて、このビデオを見ると1週間後に死ぬって・・・。死なないためにはこのビデオをほかの誰かに見せて交わるしかないっていうんです」

「交わる?」

 美里が聞いた。

「あ・・・あの・・・キスをしたり・・セックスしたりすることだと・・・」

 下を向いて答える慎太郎を見ながら和馬が聞いた。

「それで、4人とも見たんですね?」

「はい。でもほかの三人は全然信じてなかったんですけど、僕は何となく気になって不安になってしまって・・・」

「ほかの誰かにビデオを見せて・・・」

「はい・・・僕の彼女に・・・・」

 慎太郎の言葉を美里が制した。

「わかりました。佐々岡さん、そのお話は結構です。ほかに何か思い出したことがあれば私のところに連絡お願いします。それから申し訳ありませんが佐々岡さんの血液と尿を採取させてください」

 美里は名刺を渡しながら言った。

「それから体調が悪かったらすぐにこの病院に連絡してください」

 和馬も名刺を渡した。

 

 慎太郎が出ていったあと、部屋には和馬と美里が残っていた。

「呪いのビデオか・・・とんでもないものがでてきたな」

 和馬の言葉に美里がくぎを刺した。

「やめてよ。そんなオカルトみたいなことを議論している場合じゃないでしょ? 一刻も早く病因を特定しないと・・・。これが本当に感染症で全国に広まったら日本中パニックよ」

「そうだな。これが広がったら感染症病棟はあっという間に満員だ」

「じゃあ・・私は研究所に帰ってすぐに分析と調査に入るわ」

「頼むよ。わかったことがあったらすぐ教えてくれ。それから・・・今晩はどうする?」

「今日は遅くなるわ。もしかしたら研究所に泊まるかもしれないから、夜はひとりで食べてて」

「俺も今日は帰れないかもしれないからいいよ」

 

97日(金曜日)

 

【香里奈 発症】

 

「なに?慎太郎。休憩時間もう短いから手短にお願いね」

 香里奈はスマホを耳に当てて周りを見回しながら小声で言った。

「え? 体調? なんでもないわよ。あんたまだそんなこと言ってんの? え? 桜子さんたちが・・・本当? 大丈夫なの? ・・・やばいって・・・そんなに悪いの?」

 香里奈はスマホを持ち直して体を起こした。

「呪いのビデオって・・・まだそんなこと本気で信じてるの? あんたたち、なんか虫にでも刺されてない? 慎太郎だけ臆病で旅館で寝てたんじゃないの? 3人ともなんか伝染病にかかったんでしょ?」

 その時、店長が向こうから香里奈に声をかけた。

「古沢君!そろそろいいかな?」

「はい! 今行きまーす! ごめんね、慎太郎。休憩時間終わったからもう切るね。バイバイ」

 香里奈はバックにスマホをしまうと店のカウンターに出た。

「あれ?」

「どうしたの?古沢君」

「ちょっと・・・目がおかしくて・・・なんか青っぽくみえて・・・」

 

98日(土曜日)未明

 

【患者死亡】

 

<滝沢先生。西尾桜子さんの心拍数が落ちています>

 感染症病棟の仮眠室で休んでいた滝沢和馬は看護師のコールで起こされた。

「わかった。今いく」

 和馬はガウンとゴーグルをつけて集中治療室に入った。

「蘇生処置しますか?」

「いや、いい。無駄だ・・・」

 和馬はつい2時間前に死亡宣告した俊樹と卓が寝ていたベッドを見ながら言った。

「心拍数20・・・・・10・・・・フラットです」

98日朝532分死亡」

 

 俊樹、卓、桜子の三人は一度も意識を回復することなく、入院して3日をまたずに息を引き取った。その形相は三人とも真っ赤に充血した眼球が突出し、まるで何かに恐れおののくような表情であった。そしてそれは呪いのDVDを見てからちょうど1週間後のことだったのである。

「何なんだ・・・」

 医局に戻った和馬は両手で髪をかきむしった。

「色覚障害と眼球突出で発症。高熱とショック状態。多臓器不全で3日で死亡。新しいウイルスなのか?」

 3人の遺体はその日のうちに病理解剖が行われた。

 

99日(日曜日)

 

【対策会議】

 

日曜日にもかかわらず、国立感染症研究所では緊急の対策会議が開かれていた。

所長の黒坂が美里たち数名の職員を前にしてプレゼンをしていた。

「今回の疾患の病名が決定された。劇症型全身性炎症症候群。Fulminant Systemic Inflammatory Syndrome略してFSIS=エフシス。昨日3人とも死亡したとの報告があった。高梨先生、細菌感染の兆候は何か見つかったか?」

「いいえ。主病変である眼球を中心に全身の臓器の培養検査と塗抹標本検査を行いましたが細菌は検出されていません。いま今野先生が電顕の検索を行っています」

 その時ドアが開いた。

「黒坂先生! 出ました! ウイルスエンベロープが・・・」

 ドアから入ってきたのは今野巧だった。

「何? 見つかったか!」

「はい! いま画面にだします! これを・・・」

 若い今野巧はUSBをあわててパソコンにセットした。

「眼球から検出されたものです・・・円形のエンベロープに包まれたウイルスと思われる病原体を検出しました。血液中にも同様のウイルスが多数検出されました」

「これでFSISがウイルス感染症だということがほぼ確定したわけだ。高梨先生、今までわかっていることをまとめてくれないか」

 黒坂の言葉に従って美里は前に出てホワイトボードに記載していった。

 

初発症状:色覚異常(周囲が青っぽい灰色に見える)

その後視力障害が出現し結膜充血、眼球突出

1日後に発熱、全身の倦怠感

速やかに多臓器不全となり血圧低下

その12日後に死亡

剖検では全身の炎症細胞浸潤、特に網膜周囲に強い炎症

細菌は検出されず、血中に新種のウイルスが検出された

 

「人類が今までに経験したどのウイルスの感染症状とも合わない。まず君の意見を聞こうか。高梨先生」

「はい。血中に新種のウイルスが検出された以上、FSIS(エフシス)は新しいウイルス感染症と考えられます。3人が同時に発症していることから、同時にウイルスに暴露されていることになります」

「二次感染がほとんどないということが不思議だ」

「人から人への感染力はそれほど強くないのだと思います。多分HIVC型肝炎ウイルスと同様に血液や粘液を介した感染をするのではないでしょうか?」

「血液感染するウイルスがどうして3人同時に発生するのかね?」

「それは・・・蚊などの昆虫を媒介とした感染も考えられるかと・・・」

「それに初発の症状も我々が経験したことがないものだ。色覚障害から結膜炎、眼球突出へと進行しているが・・・」

「都立聖礼病院の眼科医もこのような症例は今まで経験したことがないと言っています」

「よし、高梨先生は主に疫学方面から疾患の感染形態を解明してくれたまえ。今野先生はウイルスの遺伝子解析を行いウイルスの正体を突き止めてくれ。私は行政の対応とそれを通じてワクチン精製に取り掛かる」

「黒坂先生。このウイルスは今までも自然界に存在していたのでしょうか?」

「もしそうだとしたら人類がこれほどの強毒性ウイルスの存在を今まで知らなかったということはありえないだろう」

「では・・・生物兵器を使ったテロの可能性も・・・」

「政府ではすでに極秘にその方向の捜査が始まっている」

「もしこのウイルスがテロの目的で人間により作られたとしたら・・・FSIS患者は再び出現します。このウイルスをコントロールするすべを持たずに使用してしまったとしたら・・・人類は滅亡します」

「そうかもしれない。ウイルス兵器の開発はあらゆる国で行われている。このウイルスが人間の手によって作られたものならば人類はついに開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない」

「パンドラの箱・・・」

「しかしパンドラの箱の中には『希望』が残っていたという。我々はどんな状況になっても希望を失わずにこのウイルスの正体を解明し、人類を危機から脱出させなくてはならない。このウイルスは『パンドラウイルス』と命名することにしよう。私は今から政府の対策委員会に出席する。本日中に全国民に向かって何らかの広報をしなくてはならない。国民に不安を与えないようにFSISはすでに終息していると発表する予定だ。次の患者が現れる前に何としても病態を解明し、対策を立てておくんだ」

 

「ゼウスの火」第1章(2/3)に続く

 

2013年10月27日 (日)

「ゼウスの火」プロローグ

 「見ると1週間後に死ぬ」という「呪いのビデオ」の謎を科学的にこじつけたのが前作品の「パンドラ」でしたが、どうもすっきりしません。どうしてだろうと考えてみると・・・わかりました。「ほかの人間に呪いのビデオを見せると呪いがとける」という「呪いがとける謎」が解明されていないのです。

 そこで今回は「呪いがとける謎」も科学的にこじつけた作品にしようと創作に取り掛かりました。さすがに「他人にビデオを見せたたけで自分に感染した殺人ウイルスが消えてしまう」というこじつけは不可能で、「他人にビデオを見せてその人と交わることによりウイルスが消える」という設定で科学的根拠を考えました。

 その結果、この「ゼウスの火」では、いろいろな人間ドラマが生まれ、結構面白い作品に仕上がりました。それにより前作品の「パンドラ」はこの作品のプロトタイプ(試作品)ということになり、読んでいただく価値はなくなってしまいました。いっそのこと削除しようかとも思いましたが、これはこれで別のテーマも描いており、とりあえずはこのままにしておくことにしました。

 「パンドラ」が自分で読み返してもわかりにくかったので今回は専門用語をできるだけ使わず、わかりやすい作品にするように心がけました。理系頭の皆さんは主人公の美里とともに謎の解明にトライしていただき、文系頭の皆さんは難しいところは読み飛ばして人間ドラマだけ楽しんでいただきたいと思います。なおこの作品は近未来を舞台にしたSFで、ホラーではありません。

 

 

「ゼウスの火」 

 

 人間に火を贈ったプロメテウスはゼウスの怒りを買い、未来永劫にわたりコーカサス山の岩に磔(はりつけ)にされた。

さらにゼウスはその弟エピメテウスにパンドラという美しい女性を嫁がせた。

ゼウスはパンドラに「決して開けてはならない」と忠告して箱を渡したが、パンドラは好奇心に負けてその箱を開けてしまった。

 すると中から飛び出したのは病気や苦労、悪意や犯罪などのあらゆる災いだった。

 これによって人類はあらゆる災難に苦しめられることになった。

 あわててふたを閉めたパンドラは中に何かが残っていることに気が付いた。

 その残っていたものこそ「希望」であった・・・。

 

プロローグ 呪いのビデオ

 

202X年 91日(土曜日)

 

【A市 温泉旅館 海園荘】

 

「アー食った食った。腹いっぱいだぜ」

 卓は旅館の部屋に戻って仰向けに寝そべった。

 俊樹、慎太郎、桜子の三人もそれに続いて布団にあおむけになった。

「やっぱり旅館の飯はうめーなー!」

 俊樹が言った。

「でも、ちょっと私にはボリュームが多かったな」

 桜子が俊樹に寄り添って言った。

「最後の夏休みにここに来てよかったよね」

 慎太郎が大の字に仰向けになって天井を見ながら言った。

 

 卓、俊樹、慎太郎、桜子は大学の同級生である。4年目の最後の夏休みにA市の温泉旅館、海園荘に旅行にきていた。4人で1日中マリンスポーツを楽しみ、夕食を食べてたった今部屋に戻ってきたところである。

 寝そべってあたりを見回していた卓はテレビ台の下にあるケースに気が付いた。

「あれ?なんだこりゃ」

 卓は体を歩腹前進させるとケースを手に取った。

「なんだ。ゼウスの火(呪いのビデオ)・・・・おい! 呪いのビデオだってよ!」

「あー? 呪いだー?」

 俊樹がめんどくさそうな声で答えた。

「おもしれーじゃねーか。見てみようぜ! ちゃんとデッキもあるしよ」

 卓はそういいながらデッキのスイッチを入れた。

「おい・・やめようよ。なんか気味が悪いよ」

 慎太郎は卓の腕を持って制した。

「何だお前、こわいのか?」

「そうじゃないけど・・・本物だったらどうするんだよ」

 そこに横から俊樹が入ってきた。

「ばーか。呪いなんてあるわけないじゃん! 卓、見ようぜ! 面白そうだ」

「そうそう。せっかくの旅行なんだから新しいことどんどんやろうよ」

 桜子も賛同した。

「じゃあ、入れるぞ!」

 卓はDVDをデッキに挿入してセットした。

 しばらくすると画面には椅子に座った白いスーツ姿の男が映った。

 しかしその顔はぼかされ、人相は特定できない。

 周囲は黒っぽい壁が見えるだけだ。

<やあ・・・こんにちは・・・まず最初に忠告しておきます>

「お・・・はじまったぞ」

 卓の声に4人はじっと画面を見つめた。

<このビデオは呪いのビデオです。見た人間は1週間後に死ぬことになります。死にたくない人はここで再生を中止してください>

 機械で変換された低い声が聞こえてきた。

「お・・おい・・・やっぱやめようよ」

 慎太郎が卓の腕を引っ張った。

「馬鹿野郎。呪いなんてあるわけないだろ! この手のビデオはこんな出だしから始まるんだよ。根性なし」

 卓は慎太郎の腕を振り払ってビデオを見続けた。

<では呪いの内容を読み上げます>

 顔を隠した男が横のテーブルに置いてあった古臭い分厚い本を手に取った。

 

<プロメテウスにより火を授かりし我々にゼウスは怒り、

エピメテウスに嫁いだパンドラに箱を渡した。

パンドラは禁じられた箱をあけ、

パンドラの内からゼウスの火が世界に広がりし。

ゼウスの火に触れたものはその目を焼かれ、

8回目の日を見ずして旅立つであろう。

 

他の人間にゼウスの怒りを伝え、

そのものと交わったものにはゼウスの怒りは解かれよう。

4つ目の日を見る前にゼウスの怒りを伝え、

その次の日を見る前にそのものと交わればゼウスの火は消え去らん。

 

イージスの盾を持つものはゼウスの火により目を焼かれず。

戦いの女神アテナ、22のうち1つの男にイージスを授けるものなり>

 

 4人はかたずをのんでスーツ姿の男を見つめていた。

<このビデオを見ているあなた・・・あなたはもうゼウスの呪いにかかりました。ですからあなたは1週間後に死ぬ運命にあります。これはもう避けることはできないのです。しかしたった一つだけこれを回避する方法があります>

 4人は声も出さずに画面を真剣に見つめた。

<あなたがこの映像を見てから3日以内にこのDVDをまだ見ていない他の人間に見せなさい。そしてその24時間後にその人と交わるのです。それであなたの呪いは解かれます。しかしその人はまた誰かにこのDVDをみせて、24時間以内にほかの誰かと交わる必要があります。それができなければその人はビデオを見て7日後に死にます>

「交わるって?」

 桜子がつぶやいた。

「そりゃエッチするってことだろ?」

 俊樹が笑いながら桜子の肩を抱いて言った。

<ただし・・・親兄弟、近親相姦はいけません。血の濃い相手と交わることは神以外には許されていません。したがって呪いを解くことはできません。

よろしいですか? もう一度言います。あなたが助かるたった一つの方法は今から3日以内にこのビデオを他の人間に見せて、その人と交わることなのです。では・・・ごきげんよう>

 そこでビデオは終わり、あとは砂嵐画面となった。

「これだけ?」

 桜子がつぶやいた。

「ああ・・・そのようだな」

 卓も画面を見ながら言った。

 その時慎太郎がテレビののスイッチを切った。

「どうしよう! 俺達あと1週間の命だ!」

「ば・・ばか! こんなのでたらめに決まってるだろ!」

 俊樹が吐き捨てるように言った。

「そうよ・・・・これくらいで死んでたら日本から人間いなくなっちゃうわよ」

 桜子も声を詰まらせながら言った。

「でも・・えらくリアルだったよな・・・」

 卓がデッキからDVDを取り出しながら言った。

「誰かに見せる?」

 慎太郎が卓の顔を見ながら言った。

「ば・・ばかやろう! こんなのウソに決まってるだろ!」

「そうだよ。慎太郎、お前本当にこんなの信じてるのか?」

「慎太郎は臆病だからね。いつも肝試しもひとりじゃいけないし。今晩私の布団にもぐりこんでこないでよ」

 桜子の言葉を受けて俊樹が笑いながら言った。

「そんなことしやがったらお前の股間を蹴り飛ばすぞ!」

「そ・・そんなことするわけないだろ・・・」

 慎太郎はDVDをケースにしまいながらばつが悪そうにつぶやいた。

 

92日(日曜日)

 

93日(月曜日)

 

【慎太郎の部屋】 慎太郎→香里奈、友美

 

 慎太郎は自分の部屋で香里奈と友美にDVDが入ったケースを見せて旅館でのことを話した。

 香里奈と友美は短大生で慎太郎より2つ年下である。慎太郎と香里奈は半年前に合コンで知り合い、それ以来付き合っている。

「ふーん・・呪いのビデオね。あんたそれ見たの?」

 香里奈がケースを手に取りながら呆れ顔で慎太郎を見つめた。

 香里奈は年上の慎太郎にもタメ口である。

「ああ・・・見たよ。本当に1週間後に死ぬって言われたんだ」

「それで、信じてるわけ?」

 香里奈が馬鹿にしたような目つきで慎太郎をにらんだ。

「お・・俺だって信じてるわけじゃないけど・・でもなんとなく気味が悪いじゃないか」

「それで・・・今から私にそれを見せて明日エッチしてくれってこと?」

「まあ・・・香里奈がよかったら・・・」

「あきれた・・・。でも私明日はだめ、バイトだから」

「バイト?」

「そう」

「そんなこと言わずに付き合ってくれよ」

 慎太郎は情けない声で香里奈に懇願した。

「なんで私があんたのためにバイト休まなきゃいけないのよ。あーあ・・・最初はちょっとかっこいいと思って付き合い始めたけど、とんでもない臆病者だったわ」

 そんな香里奈に友美が笑いながら言った。

「まあいいじゃないの。バイトくらい私が代わってあげるって。明日は二人でまじりあいなさい」

「本当か?友美ちゃん!」

 慎太郎は嬉しそうに友美のほうを向いた。

「あーあ・・・。ごめんねー友美。臆病者の彼氏でー・・・」

「でも面白そうだから私にも見せてよ。その呪いのビデオ」

「し・・知らないぞ・・・俺はもう見ないからな」

 慎太郎はそそくさと部屋を抜け出した。

 

「見よう見よう!」

 香里奈はDVDをデッキに入れた。

 

9月4日(火曜日)

 

95日(水曜日) 

 

【呪いの伝搬】友美→竜司

 

「ねえ、竜司・・・お願い、このDVDみて」

 友美は事情を説明した後、男友達の一人である竜司にDVDを渡して言った。

「俺が?やだよ。気味悪いぜ。でもお前本当に呪いのビデオなんて信じてるのか?」

 竜司はDVDを放り投げると友美から目をそらした。

「私だって信じてないけど・・でもなんとなく気持ち悪いのよ。竜司だって信じてないでしょ? だったらいいじゃないの」

「俺はそんなもの信じないけど・・・」

「でしょ? だったらいいでしょ? お願い」

 友美は両手を合わせて拝むように竜司を見つめた。

「お前誰か男いないのか?」

「いないから頼んでるんじゃない! あんた私としたくないの?」

「まあ・・・・したくないってわけじゃないけど。わかったよ・・・見りゃあいいんだろ?」

「ありがと! 竜司。でもエッチは明日だからね!」 

 

「ゼウスの火」第1章(1/3)に続く

 

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