「虹の彼方のオズ」第1章(1/2)
集団的自衛権、慰安婦問題、終戦記念日など戦争の話題が紙面をにぎわす今日この頃ですが、戦争をテーマにした長編小説を書いてみました。といっても歴史小説ではなく、私の好きなタイムトラベルSFです。
昭和20年の東京大空襲の日に100年先の未来から最新鋭戦闘機ごとタイムスリップしてしまった男のお話です。彼の名は菅原雅人23歳。彼が太平洋戦争末期の日本の歴史に苦悩し、歴史とのかかわりの中で最後に、与えられた使命に気づくというストーリーになっています。
AI(Artificial Intelligence)が組み込まれた最新鋭戦闘機はドロシーと命名し、ストーリーの一部は「オズの魔法使い」をモチーフとしました。
「虹の彼方のオズ」
プロローグ:東京大空襲
昭和20年(1945年)3月10日 午前1時
「愛子!起きて!」
母親の声に11歳の愛子はハッと目をさました。
「愛子!早く!」
ただならぬ母親の叫び声を聞いた愛子は布団をはねのけて起き上がった。
「母ちゃん、どうしたの?」
「空襲だよ!早く!防空頭巾をかぶって!逃げるんだよ!」
愛子は枕元の防空頭巾を手に取ると不安な気持ちのまま、すばやく頭にかぶった。
「B29が爆弾を落として東のほうが火の海になっているから、すぐここから逃げるんだよ」
愛子が窓の向こうを見やると真夜中にもかかわらず明るい光が見え隠れし、人々の叫び声がただならぬ雰囲気を感じさせた。
「こわいよ。母ちゃん」
愛子はぶるぶる震えながら母親の腕にしがみついた。
「さあ!じきにここにも火が回ってくるよ!出るんだ!」
そして母親は手に持った布を愛子のポケットに入れながら言った。
「いいかい、ここに愛子の名前といなかの恭子おばさんの住所が書いてある。もしも・・・もしも母ちゃんと離れ離れになったら誰かにこれを見せていなかの恭子おばさんのところに連れていってもらうんだよ。母ちゃんも必ず・・・必ずあとから行くから」
「いや!愛子お母ちゃんと一緒にいる!」
愛子は母親の右腕にしっかりとしがみついた。
「わかったわかった。母ちゃんはどこにもいかないから・・・。でも、もしも母ちゃんがわからなくなったら必ず恭子おばさんのところに行くんだよ!」
愛子は無言で小さくうなずいた。
愛子が外に出ると真夜中にもかかわらず東の空は真っ赤に染まっていた。あたりは悲鳴をあげながら逃げ惑う人の群れでごった返し、まるで大きな濁流が流れてくるようだった。
「今日の空襲はいつもと違うから・・・防空壕じゃなくて川のほうに逃げるんだ」
母親は愛子の手を引っ張ると人の流れに合流して明るい東の空と反対側に走って行った。赤くよどんだ空を見上げると、B29の編隊が手を伸ばせば届きそうな高さで不気味なエンジン音を響かせながら飛んでいた。そしてマッチ箱からこぼれるマッチのように無数の焼夷弾(しょういだん)が落とされていった。
愛子は母親の右手をしっかりと握り、一生懸命についていった。「今この手を放したら一生母親と会うことができない」そんな恐怖に駆られた思いで母親の手を必死に握っていた。
周りには愛子と同じ幼い子供の手を引く母親、頭を抱えながら必死に逃げ惑う人々、数珠を両手に抱きながら懸命に走る老婆、誰もかれも何も持たずに赤い空と反対の方向を目指して必死で駆けていた。
「母ちゃん!母ちゃん!怖いよ!怖いよ!」
愛子は必死で母親の手を握りしめながら走った。とにかく走った。ここで母親と離れたら自分は死ぬのだ。そんな思いを胸に抱いて必死に走った。
「愛子!母ちゃんの手を放すんじゃないよ!しっかり握ってるんだよ!」
母親は右手の感触を確かめながら一目散に隅田川を目指して走っていた。
その時ヒューという音に続いて、突然右側でドーンという爆発音が響いた。
その瞬間、母親と愛子は爆風で左側に飛ばされ、地面にたたき伏せられた。
「愛子!大丈夫か!」
母親は倒れた愛子の身体を支えあげると顔を見て叫んだ。
「・・・うん・・・」
さっきまで愛子たちがいた場所には真っ赤な炎が立ち上っていた。そしてその周りでは数名の人々が炎に包まれて転げまわっている。
「熱いよ!熱いよ!」
「お助けー!お助けー!」
地獄絵図のような光景を目の当たりにした愛子たちは一瞬体をこわばらせたが、すぐに立ち上がると再び一目散に走り始めた。
体の周りには火の粉が飛び交い、愛子は手で払いながら必死に走った。両手は火傷だらけになっていたが、愛子には熱いと感じている余裕もなかった。
そして再びドーンという大きな音とともに目の前が真っ赤に燃え上がった。進路をふさがれた二人は必死で回りを見回した。そして母親は愛子の手を引いた。
「愛子!この中に入りなさい!」
母親は道路わきに設置されていた防火用水のふたを開けると愛子を抱き上げて中に入れた。それは愛子一人がやっと入ることができるくらいの小さな防火用水であった。
3月の水はまだ冷たかったが愛子には冷たいと感じている余裕もなかった。
「いや!母ちゃんと一緒にいる!」
母親は抱き付こうとする愛子の手を放すと言い聞かせるようにゆっくりといった。
「いいかい、母ちゃんはあの火の向こうの隅田川のほうに走っていくから・・・。いや、お前はいっしょに行けない。火が収まるまでこの中でふたを閉めてじっとしているんだ。母ちゃんは後で必ず迎えに来るから・・・・」
涙を流しながら愛子に諭すように話しかける母親に愛子は思わず抱きついて叫んだ。
「母ちゃん!」
母親は涙をぬぐって愛子の手を離すと、背中を向けて火のほうに走り出した。その時、爆発音とともに母親の体に大きな炎が降りかかった。
母親の体はあっという間に炎に包まれ、悶えながら愛子のほうを向いて叫んでいたが愛子にはその言葉を聞き取ることはできなかった。
「母ちゃん!母ちゃん!」
愛子は泣きながら、人間の形のまま燃えていく母親を見つめていたが、周囲の熱気に耐えられなくなり防火用水のふたを閉めて水の中に首までつかった。隙間からは明るい炎が水面を照らしていた。
そしていつしか愛子はそのまま気を失っていった。
第1章:メガロポリス=トウキョウ
【核戦争後の世界】
100年後・・・
2045年3月10日午後4時
「菅原雅人三尉参りました」
菅原雅人は司令室に入ると正面に向かって敬礼した。
「ご苦労。緊急の任務だ」
「はっ」
薄いブルーの飛行服を着込んだ雅人は敬礼から直ると両手を腰の後ろに回した。175cm64Kgとやや細身だが筋肉質の体を直立させた。髪は短めに刈り上げられており、意志の強そうな、それでいて優しさを感じさせる瞳は司令官を直視していた。
「君も知ってのとおり1週間前から太陽の活動が活発化している。我々が住んでいる地下には直接の影響はまだないようだが・・・」
司令官は体を起こすと前かがみになって続けた。
「ところが3時間前から異常な磁気反応が検出されるようになった。ちょうど太陽から反対側、地上から124Km付近だ。強い磁気のために衛星からの情報はほとんど解析できない。そこで君とドロシーにそこに行ってもらい、直接観測をしてほしいのだ」
「私とドロシーが・・」
「そうだ。ドロシーは現在我が国が保有する唯一の成層圏外飛行が可能な戦闘機だ。この任務を遂行できるのは君とドロシーしかいないのだ」
「はっ!」
ちょうど1年前・・・2044年3月。ハルマゲドンとも呼ぶべき核戦争が地球上に勃発した。
事の起こりは単純であった。小国であるC国が1発の核ミサイルを大国であるA国に発射したことによるのである。
それまでC国の軍事拡張に脅威を感じてきた国連各国は経済封鎖などによる制裁を強めていたが、身動きが取れなくなったC国はついに強硬手段に訴えたわけである。
C国は脅しの目的でA国の過疎地に1発の核ミサイルを撃ち込もうとしたのであるが、運悪く近くの大都市に落下してしまい、数万人が犠牲となった。
それに対するA国の反応はすさまじいものであった。C国全土に数10発の核ミサイルが撃ち込まれ、C国は壊滅的な打撃を受けた。もはや立ち直ることができず自暴自棄となったC国は所有するすべての核ミサイルを全世界に向けて放出した。
その結果全世界からの核の報復という結果を引き起こし、その対象はC国だけではなくその支援を行っていたB国にも飛び火し、B国からはさらに他の国家への核攻撃が行われた。ほんの1週間の間に全世界に数百発以上の核ミサイルが飛び交い、地上はすべて放射能に覆われ、焦土と化してしまった。もはや生物が生存できる場所はどこにもなくなっていたのである。
かろうじて生き残った人々は地下に逃げ場を求めた。そして各国家は地下都市を建設し、それぞれ数万人の人間がそこで生活することになったのである。
東京の地下に建設されたメガロポリス=トウキョウは4万8千人が居住している。皮肉なことに人類が地下に居住したため核兵器は攻撃兵器としてはすでに無力化している。そして各国の軍隊も壊滅的打撃を受けており、残された航空機などの兵力はごくわずかとなっていたのである。
雅人はF205戦闘機の格納庫に向かっていた。
F205戦闘機は21世紀初頭のF35を基本に開発された、最新の双座型ステルス戦闘機である。垂直離着陸が可能で、大気圏内での巡航速度はマッハ3.5を記録する。空気抵抗を避け、さらに敵のレーダー探知から逃れるためにその兵器装備は腹側のウエポンベイに格納されている。通常は6連式の空対空ミサイルが2セット装備されるが場合により空対艦ミサイルや地上攻撃用の装備に変更が可能である。さらに主翼の基部には20mm機関砲が2門装備されている。
F205がそれまでの戦闘機と根本的に違うのはジェットエンジンではなく、超小型の原子炉を搭載し、原子力ロケットエンジンにより駆動することである。ジェットエンジンは基本的に空気を取り込むことにより推進力を獲得するため空気の薄い成層圏上層では機能を発揮できないが、原子力ロケットエンジンを搭載したことにより空気のない宇宙空間や水中での活動も可能になったのである。
そしてもうひとつの特徴は、人工知能=AI(Artificial
Intelligence)が搭載されたことである。コックピットの後方にはナビゲータ用の座席が準備されているが、搭載されたAIがその機能を果たすため通常は一人のパイロットにより飛行や戦闘が可能である。そればかりかAI自体が機体を操縦することができ、無人での飛行も可能である。
【ドロシー】
スペーススーツを着用し、ヘルメットを右手に抱えた雅人は地上へ向かうエレベータを降りると格納庫の扉を開け、前方の黒々と輝く機体をじっと見つめた。
「やあ、ドロシー。新しい任務だ」
<こんにちはマサト>
F205の機体から格納庫全体に女性の声が響き渡った。
「相変わらずお前は美しいな」
雅人はドロシーと呼んだF205の機体をじっくりと見回しながら言った。
<ありがとう、マサト。でも本当を言うと私はこの黒い体があまり好きではありません>
ドロシーがちょっと不満そうな声で言った。
「黒が嫌い?じゃあ何色が好きなんだ?」
<私は鮮やかな赤色が好きです>
「赤・・・そりゃあちょっと目立ちすぎだよ。まあ、塗り替えてもらうのは一生無理だな。でも黒も素敵だぞ。さあ、お前の中に入れてくれ」
<・・・了解しました>
その次の瞬間F205のコックピットの真下の部分が扉のように開き、座席がエスカレータのように降りてきた。雅人がゆっくりと着座すると座席が上昇し、機体の中に吸い込まれた。
雅人はコックピットの中でヘルメットを着用すると周囲の機器を確認した。F205の操縦桿はサイドスティック方式である。右側のスティック式の操縦桿を右手で、左側のスロットルを左手で操作する。
「ドロシー。今日のご機嫌はいかが?」
<すこぶる快調です。いつでも発進可能です>
「そりゃあよかった。今日は偵察だけだ。さっと終わらせようぜ」
<了解しました。ゲートオープンします>
格納庫正面のゲートが徐々に開くとそこは真っ暗な闇のトンネルであった。
<ナビゲーションライト点灯します>
雅人の目の前にまっすぐな光の帯が点灯した。
「ドロシー、発進します!」
雅人は右手の操縦桿を握りしめると左手でスロットルを開き、滑走路に滑り出した。ドロシーはほんのわずかな時間で暗黒のトンネルを抜けると、どんよりと曇った空に向かって飛び出して行った。
「上昇角度80度。速度マッハ3.0。原子炉パワー75%」
現在23歳の雅人がドロシーのパイロットになったのは4年前、19歳の時である。2040年頃から各国の資源の奪い合いが過熱していた。それでも局地的な小さな小競り合いが起きる程度で、2044年までは本格的な戦争を行っている国家はほとんどなかった。雅人には実戦経験はほとんどなかったが、毎日のようにスクランブルや偵察の任務をドロシーとともにこなしてきた。
雅人にとってドロシーは誰よりも親しい友人であり、家族同然の間柄なのであった。雅人の両親や兄弟が住む東京に核ミサイルが撃ち込まれた時には、彼はドロシーとともに任務に就いており、被爆を免れた。雅人は他の多くの人々がそうであったように、その日を境に天涯孤独の身となり、ドロシーとはより深いきずなで結ばれていったのである。
10分後、ドロシーは成層圏を飛び出し、宇宙空間に向かっていた。
<高度104Km。速度、秒速7.9Km。地球周回軌道に入ります。目的地まで約30分です。地球から見てほぼ月の方向です>
「ああ・・今日は満月か・・・。地下に住んでいると月の形なんてどうでもいいから意識したこともないが・・・。地球は・・・」
雅人は眼下の地球をじっと見つめた。核戦争により緑はほとんど消失し、深く青かった海もどんよりと茶色がかっていた。
「人間があの美しかった地球をこんな風に変えてしまったのか・・・なんて愚かな・・・」
雅人は楽しかった家族との日々を思い出し、寂しげにつぶやいた。
航空機の速度はマッハで表現されることが多い。マッハは音速を基準とした速度の単位である。音速をマッハ1とし、その何倍の速度かを表現する。音速はほぼ時速1200Km(秒速0.34Km)であるのでマッハ3.0ということは時速3600Km(秒速1.02Km)である。
ドロシーの巡航速度はマッハ3.5であるが、これは大気圏を飛行するときの速度である。空気がある大気圏では速度を上げすぎると空気の摩擦抵抗により熱や抵抗が発生し、機体の安全性が損なわれるため、ドロシーはマッハ3.5以上で飛行することはできない。しかし空気抵抗がない宇宙空間では加速すればいくらでも速度を上げることができるのである。
ドロシーは現在秒速7.9Km(時速28400Km)で宇宙空間を飛行している。これはマッハ23に相当する。そしてこの速度は第一宇宙速度と呼ばれ、この速度で宇宙空間を飛んでいる物体は空気抵抗がなければこれ以上加速する必要がなく地球の周回軌道を回ることができ、地球を約90分で1周するのである。
雅人とドロシーは満月の方向であるちょうど地球の裏側、すなわち太陽の反対側に到着した。
<マサト。太陽風によるプラズマ濃度が急激に上昇しています。キャノピー(コックピットを覆う風防ガラス)にシールドが必要です>
プラズマとは物質が強いエネルギーを受け、原子核と電子に分離した状態である。プラズマは電流が流れやすく、磁気の影響を受けやすい状態となっており、人体にも様々な影響を及ぼす。
「待ってくれドロシー。今回は俺の目での確認がまず第一の任務だ。シールドはぎりぎりまで近づいてからだ」
<了解しました。ただし危険レベルに達した時点でシールドします>
ドロシーと雅人はゆっくりと月の方向に進んでいった。
「あれはなんだ?まるでオーロラみたいだ」
<強い磁気反応を感じます>
雅人の目の前に光の渦が現れ、そして徐々に大きくなっていった。
「司令部。こちらドロシー。目的地付近に到達しました。高度122Kmの地点に光の渦が見られます。太陽風によるプラズマが集約して渦状になっているようです」
<了解。慎重に観察を続けてくれ。危険を感じたらすぐ離脱するように>
「了解しました。ドロシー、もう少し近づいてみよう」
<マサト、危険です。プラズマ濃度が急激に上昇しています。シールドします>
そのときドロシーの機体は急に衝撃を受け、光の渦のほうに急激に吸い寄せられていった。
「ドロシー!どうした!コントロールできない!」
<私も・・ガガガ・・・機体を制御・・・ガガ・・・できません。まっすぐに・・・ガガガ・・・・引き寄せられています>
「原子炉出力100%!全力噴射!機体反転!」
<だめです・・・・マサト。コントロール・・・・不能・・・・です。私の・・・・機能が・・・・停止・・・します>
ドロシーは回転しながら光の渦に吸い込まれていった。
第1章(2/2) に続く
« 「魔法の国のアリスと宇佐木君、そしてチシャ猫のお話」 | トップページ | 「虹の彼方のオズ」第1章(2/2) »
「小説」カテゴリの記事
- 「虹の彼方のオズ」第5章(2/2)(2014.09.20)
- 「虹の彼方のオズ」第5章(1/2)(2014.09.19)
- 「虹の彼方のオズ」第4章(2/2)(2014.09.18)
- 「虹の彼方のオズ」第4章(1/2)(2014.09.17)
- 「虹の彼方のオズ」第3章(3/3)(2014.09.16)
コメント