「虹の彼方のオズ」第2章(1/2)
第2章:昭和20年東京
【長瀬少尉】
3月も終わりに近づいた。ぎこちなかった雅人の農作業もどうにか板につき始めていた。大阪や神戸などの大都市は空襲のためほとんどが焼け野原となっていたが、田舎はまだ平穏だった。
愛子の状態には変化がなく、食事や排せつなど日常の生活は自分で行うが、一言も言葉を発することはなく、いつもただじっと縁側から草木を眺めていた。ただ、真っ赤な夕焼けを見た時には恐怖におののいた表情をして部屋にこもりきりになった。
「愛子ちゃん、治らんねー。こんなにちゃんとご飯も食べられるし普通に歩けるし、一見全く普通なんだけど・・・。返事もしないし、いつもぼーっと外を眺めているだけ。ねえ雅ちゃん、愛子ちゃん治るのかね?」
恭子は食事を終えた愛子の湯呑にお茶を入れながら言った。
「よほど強い衝撃を受けたんだろうなー。多分まだまだ時間がかかるんじゃないかと・・・」
雅人は無言でお茶をすする愛子を見つめながら言った。
「靖ちゃんが帰ってきてくれたらちょっとはよくなるんだろうけどねー」
「靖ちゃんって、お兄さんの靖彦さんですか?」
「うん。愛子ちゃんはね、靖ちゃんのことが大好きだったし。海軍将校のお兄さんが自慢なんだよ。靖ちゃんが白い将校服を着て帰ってくるといつもべったりくっついて離れなかったよ」
「靖彦さんから何か連絡はないのですか?」
「ないね。もう自宅は焼けちまったから何かあればこっちに連絡があるはずだけど・・・。まあ何も連絡ないってことは元気ってことだよね」
恭子はちょっと笑顔になって言った。
その2日後、雅人が1日の作業を終えて帰ってくると玄関に男物の白い靴がきちんと揃えてあった。それを見た雅人は慌てて靴を脱ぎ捨てると居間に駆け込んでいった。そこにいたのは・・・
「君が菅原雅人君か」
居間の真ん中に座っていたのは真っ白な海軍将校服に身を包んだ一人の青年であった。意志の強そうな濃い眉に精悍な顔立ち、そして物事を冷静に見つめ、相手の心の中まで見透かしてしまうような透き通った瞳。わきには白い帽子と軍刀が置かれていた。
「長瀬靖彦です」
長瀬靖彦と名乗った男は正座したまま雅人のほうに向きなおると雅人の顔をじっと見つめて挨拶をした。
「あ・・・す・・菅原雅人です!」
雅人は慌てて正座すると恐縮してぺこんと頭を下げた。
「愛子がずいぶん世話になったそうで・・・いま叔母から伺いました」
靖彦はゆっくりとそして冷静な声でそう言うと雅人に向かって頭を下げた。
「いや・・俺はただ連れてきただけで・・・」
靖彦は恐縮する雅人を観察するようにじっと見つめ、ふと雅人の左腕の時計型端末に目をやった。そしてまた雅人の顔をじっと見つめていた。
「そ・・そうだ!愛子ちゃんは!しゃべれるようになったのか!」
雅人はあわててあたりを見回して愛子を捜した。しかし恭子は残念そうな顔で首を横に振った。
「だめだったよ。靖ちゃんの顔を見たら元に戻るんじゃないかと思ったんだけどね。相変わらずじっと外を見ているだけ」
「そうか・・・」
雅人は残念そうにうなじを垂れた。
「愛子は、今は正気を失っているがきっと元に戻るものと確信している。君がここに連れてきてくれなかったら多分愛子は生きてはいなかっただろう」
「せっかく靖ちゃんが来てくれたのに・・・あれほど会いたがっていたのにねー。愛子ちゃんたら・・・」
恭子が目頭を覆いながらつぶやいた。
「恭子叔母さん。愛子は大丈夫です。きっと元に戻ります。申し訳ありませんがそれまで愛子のことをよろしくお願いします」
靖彦は恭子のほうに向きなおると深々と頭を下げた。そして雅人のほうを向いて言った。
「私はもう戻らなくてはならないが、愛子のことをよろしく」
「え?もう戻るのですか?」
「実家が空襲にあったので特別に帰してもらっただけなのだ」
靖彦はそう言いながら帽子と軍刀を手に取るとさっと立ち上がった。靖彦の身長は雅人より少し高く、雅人と同様に筋肉質の引き締まった体をしている。靖彦は玄関に出て靴を履くと無言で頭を下げて素早く玄関を出ていった。
その日の夜、雅人は山に登りドロシーを呼び出した。
「ドロシー、長瀬靖彦という帝国海軍将校のデータがあるか?」
<はい。長瀬靖彦。大正12年1月16日生まれ。現在の年齢は23歳です。現在の階級は帝国海軍少尉>
「家族の情報は?」
<父親は海軍少佐としてミッドウエー海戦で戦死。母親と妹は3月10日の東京大空襲で死亡となっています>
「妹が・・・東京大空襲で死亡・・・」
<歴史ではそうなっています>
「俺は歴史を変えてしまったか・・・」
<はい。ただ、少女一人の命を救っただけでは当面の歴史は大きくは変わりません。しかし長い目で見ると大きく変わっていく可能性はあります>
「そんなこと言っても今更どうにもならんよ。それで・・・長瀬少尉の今後の情報があるか?」
<長瀬靖彦少尉。1945年5月25日 桜花搭乗員として一式陸攻に搭乗。その日に戦死しています>
「桜花!」
桜花は特攻用の人間ロケットである。
「長瀬少尉は特攻で命を落とす。彼は・・・8月15 日に終戦を迎えることを知っても特攻に志願するだろうか?」
<長瀬少尉に歴史を伝えるということでしょうか?>
「なあドロシー・・・歴史って変えちゃいけないものなのか?この世界が俺たちの知っている歴史と変わってしまうとまずいのか?」
<私にもわかりません。歴史を変えようとすると歴史に修復力が働くという理論もあります>
「歴史の修復力?それは変えられた歴史を元に戻す力のことか?じゃあ俺が助けた愛子ちゃんは・・・」
<解離性障害を引き起こし、歴史とかかわりがないようにされているのかもしれません>
「もし長瀬少尉に歴史を教えたとしたら・・・」
<何らかの別の方法で歴史が長瀬少尉を死に追いやる可能性もありますが、それはあくまでも仮説です。ただ、死ぬはずの人を助けるということは死ななくてもいいはずの人を殺すということにもつながります。歴史を変えたことにより不幸になる人間もでてくるのです>
「俺はどうしたらいいんだ?このまま長瀬少尉が無駄死にして愛子ちゃんが天涯孤独になるのをほっておけって?」
<私にもわかりません>
【神雷桜花特別攻撃隊】
5月初旬、田植えも一通り区切りがついた頃、長瀬靖彦はふたたび叔母の恭子の家にやってきた。
4人で食事を終えてくつろいでいる時に靖彦が恭子に言った。
「恭子叔母さん、すみませんが雨戸を閉めていただけませんか?」
「え?でも外はいいお天気だよ。月があんなにきれいに見えるし」
「愛子に歌を聞かせたいのです。その歌は・・・他の人に聞かれると困るのです」
「わ・・・わかったよ」
恭子は縁側の雨戸を閉めに行った。
靖彦は無表情で前を見ている愛子に向かって言った。
「愛子。今からお前が好きだった歌を歌ってやる。心して聞いてほしい」
そして靖彦は歌い始めた。
♪
Somewhere over the rainbow way up
high.
There’s a land that I heard off
Once in a lullaby….
部屋の中に靖彦の美しくそして力強いテノールの歌声が響き渡った
「Over the rainbowか・・・」
雅人は靖彦の歌声にじっと聞き入っていた。愛子は相変わらず無表情でまっすぐ前を向いたまま座っていた。
靖彦が歌い終わると部屋の中は静寂に包まれた。
「これは愛子が好きだった歌です」
「アメリカの歌だね?」
恭子が聞いた。
「オズの魔法使いというミュージカルの中で主人公が歌う歌です。私はアメリカ文学を研究するつもりだったので戦争の前は半年間アメリカに行っていましたが、その時に覚えました。私が家に帰ると愛子はいつもこの歌を歌ってくれとせがんでいました」
「愛子ちゃんたら・・・そんなに大好きな歌なのに、まるで、そんなこと関係ないって顔で・・・」
恭子は無表情の愛子を見ながら悲しそうに言った。
「靖ちゃんもう一度歌ってみてよ」
「わかりました」
それから靖彦はOver the rainbowを2回歌った。
歌い終わる直前、恭子が愛子の変化に気が付いた。
「ちょっと!愛子ちゃんの口元!」
愛子がほんの少し唇を動かしていたのだ。
「靖ちゃん!もう一回!もう一回歌ってみて!早く」
恭子にせかされて靖彦はもう一度歌った。しかし愛子は今度は無表情のままだった。
「やっぱりだめかねー。さっき口元が動いたような気がしたけど」
「いや、俺も見ました。確かに愛子ちゃんの唇が動いていました」
「愛子は何かを感じているのだろう。恭子おばさん。きっと愛子は元に戻ります。それまで愛子のことをよろしくお願いします」
靖彦は恭子に頭を下げた。
その日の夜中、雅人がふと目を覚ますと庭に人の気配を感じた。雅人はゆっくり体を起こすと庭を見回した。
「長瀬少尉・・・」
「君か・・・」
靖彦は雅人を見つけるとちょっと振り返り、再び月を見上げていた。
「眠れないのですか?」
「ああ」
雅人は意を決して靖彦に聞いた。
「少尉は前線に向かう予定はあるのですか?」
靖彦は振り向かず、月を見たまま答えた。
「私は神雷桜花特別攻撃隊に志願した」
「・・・」
「顔色を変えぬところを見ると君はすでに知っているようだな」
雅人のほうに振り返った靖彦は皮肉をこめた笑みを浮かべて言った。
桜花は太平洋戦争末期に日本軍が開発した人間ロケット爆弾である。零戦による特攻は一定の効果が得られていたが搭載できる火力には限界があり、また、敵艦に体当たりする前に高射砲で撃ち落とされてしまうことも多かった。
そこで日本軍は五倍の重量の爆弾を搭載し、ロケットエンジンで音速に近い速度の航空機を完成させ特攻させる作戦を立てたのである。しかしロケットエンジンが機能するのはほんのわずかな時間だけであるため、敵艦の直前まで桜花の機体を、爆撃機である一式陸攻に吊り下げて運搬する必要があった。
雅人は靖彦の前に進みでると顔を見ながら言った。
「あなたはいい。自分の信念にしたがって命を捨てるならそれも自由だ。しかし愛子ちゃんはどうなるんだ?正気を亡くしたまま唯一の身内であるあなたを失ってこれからどうやって生きて行くんだ?」
「愛子も軍人の家族だ。覚悟はできているはずだ」
「勝手なことを言うな!目の前でお母さんをなくして正気をなくしてしまった彼女にさらに追い打ちをかけるというのか?さっきあなたが歌ったover the rainbowを聞いていた時の愛子ちゃんを見たか?口を動かして歌おうとしていた。愛子ちゃんの傷ついた心も少しずつ回復してきているんだ。そこにあなたの戦死の報告が届いたらまた元に戻ってしまうじゃないか!」
靖彦はまくし立てる雅人をじっと見つめてから言った。
「・・・あの歌のタイトルをover the rainbowと知っている人間はほとんどいない」
雅人ははっとして靖彦から顔をそむけた。
「君は何者だ?最初から普通の民間人ではないことはわかっていた。何か軍の特殊任務に就いているのだろうと思ったので何も聞かなかったが・・・」
雅人は自分をじっと見つめる靖彦の視線を感じながら困惑した表情で横を向いていたが、意を決したように靖彦の目を見つめて言った。
「あなたに見せたいものがある。着替えてついてきてほしい」
【ドロシーとの出会い】
二人は真っ暗な夜道を電燈の灯りを頼りに進んでいった。山道に差し掛かった時、靖彦が口を開いた。
「もうここまでくれば誰も聞いているものはいない。君の任務と所属を教えてくれてもよいだろう?」
雅人はふと立ち止まり、靖彦のほうに向きなおって答えた。
「日本は戦争に負ける」
靖彦は一瞬立ち止まると、「ふっ」とちいさく息を吐き、軽く笑みを浮かべながら言った。
「そうだな・・・」
「怒らないのか?」
「日本にはもう戦う力がほとんど残っていないことは軍人ならだれもが知っている。口にしないだけだ」
「じゃあなぜ特攻に?」
「私が軍人だからだ。負けるとわかっていても最後まで戦わなくてはならないこともある」
それを聞いて雅人は再び前を向いて歩きだした。二人が池の隣の山の中腹にある空き地に到着した時、雅人はつぶやき始めた。
「6月25日、連合軍による沖縄占領が完了。7月17日、ポツダムでの連合国による戦後処理会談開始。8月6日、広島に新型の原子爆弾投下。市民の犠牲者14万人以上。8月8日ソ連の宣戦布告。8月9日、長崎に原子爆弾投下。市民の犠牲者7万人以上。8月15日。天皇肉声の玉音放送による戦争終結の宣言。ポツダム宣言の受け入れによる日本の無条件降伏・・・・」
その時突然、靖彦が軍刀を抜き、声を上げた。
「貴様!何者だ!」
「長瀬少尉、刀を収めてほしい。俺が今述べたのはこれから日本に起こる歴史的事実だ。俺は・・・この時代の人間ではない。100年先の未来からやってきた」
「いい加減なことを言うな!」
軍刀をかざしながら睨みつける靖彦に対して雅人はゆっくりと言った。
「もちろんこんな話を信じてもらえると思っているわけではない。だからあなたにここに来ていただいた。俺が未来からやってきたという証拠をお見せしよう」
「証拠?」
「ドロシー!出てきてくれ!」
雅人は腕に装着した端末に向かって叫んだ。その次の瞬間、池の中央で渦が巻き起こり明るい光が盛り上がった。そしてドロシーの機体が池の水をはねのけて長瀬の目の前に現れた。ドロシーは池から水平にゆっくりと移動すると二人の目の前にゆっくりと垂直に着陸した。
驚愕のあまり大きく目を開いたまま言葉を失っている靖彦に向かって雅人が言った。
「俺と一緒に100年後の未来からやってきたドロシーです」
「こ・・これは・・・戦闘機なのか・・・」
「F205型ステルス戦闘機。俺たちの世界でも最新型だ」
「信じられん・・・」
雅人はドロシーに向かって言った。
「ドロシー、載せてくれ。長瀬少尉も一緒だ」
<了解しました。マサト>
コックピットの下から二つの座席が降りてきた。
「さあ、長瀬少尉、御一緒に」
「わたしがこの機に・・・」
靖彦は戸惑いながら後部の座席に座った。
二人がコックピットに収容されると計器が次々と点灯した。困惑して周囲を見回す長瀬に向かってドロシーが言った。
<始めまして長瀬少尉。私はドロシーです>
「ど・・・どこにいる?」
「ドロシーはこの機に搭載された電子頭脳だ。人間によって作られた人工知能。いわばロボットです」
<長瀬少尉。シートベルトを装着してください>
「・・・こ・・・これを・・・」
長瀬はぎこちなくシートベルトを装着した。
「少尉、準備はいいですか?では離陸する」
「ま・・待て!ここには滑走路が・・・・」
「そんなものはいらない」
雅人は笑みを浮かべて、そう言いながら一気に垂直にドロシーの機体を上昇させた。そして機体を45度起こすと全速で天空に向かっていった。
「すこしGがかかりますよ」
「・・・・」
座席に押さえつけられるような加速度を感じながら靖彦はひきつった表情で周囲を見回していた。
上空から見た町は月明かりの中で、ところどころ淡い光が灯っていた。雅人は雲の上に出ると巡航飛行に入った。
約5分後、雅人は速度を落とし、ゆっくりと降下していった。
「長瀬少尉。あれを・・・」
靖彦の視線の先に見えたものは・・・
「富士山・・・か・・・!」
そこには月明かりに薄く輝く雪を乗せた富士があった。
「まさか!信じられん!離陸してから5分しかたっていない!」
「ドロシーの巡航速度はマッハ3.5。音速の3.5倍だ」
「音速の3.5倍だと!!」
「ドロシーから見ればこの時代の戦闘機は止まっているようなものだ」
雅人はそう言いながら操縦かんを握りしめた。
「ドロシーの力をお見せしよう」
雅人はドロシーの機体で宙返り、急速上昇、急速下降、急速停止、旋回、反転などあらゆるアクロバット飛行を行っていった。
「少尉、気分は大丈夫ですか?」
「だ・・大丈夫だ」
「さすがだ。普通の人ならこれだけのアクロバット飛行にはたえられない」
「これだけの速度と旋回性能があればどんな空中戦でも負けることはない」
「少なくともこの時代ではね」
「この機の武器装備を教えていただきたい」
「6連装の空対空ミサイルが2セット。それに20mm機関砲が2門」
「空対空ミサイルとは?」
「対航空機用の小型ロケット弾です。火力は小さいが発射されるとマッハ2.5で飛行し、相手の航空機を追従して確実に命中する」
「確実に・・・」
「いったんロックオンすれば逃れることは不可能だ」
「この機を量産できる技術があれば・・・どんな戦争にも負けないだろう」
「そうだろうね。でもドロシーの性能はこれだけじゃない」
雅人は機首を上げると急上昇を始めた。
「高度1万・・・・1万5千・・・2万・・・」
長瀬は加速度に耐えながらじっと正面を向いていた。
「高度10万メートル。成層圏の終わり。ここは・・・宇宙の入り口」
長瀬の視線の先にあったものは・・・
「これが・・・地球か・・・」
真っ黒な宇宙空間を背景に地平線のまるい輪郭が青白くぼんやりと輝いていた。地球の夜側はほとんどが真っ暗であったが雲の下の稲妻がところどころで光っていた。
「歴史上は人間で宇宙空間から初めて地球を見たのは1961年ソ連のガガーリンという軍人です。あなたはその15年も前に宇宙から地球の姿を見たことになる。あの明るい方向が太陽の光だ」
雅人は光の方向に高速で向かっていった。
真黒な星空の中に太陽の光が出現し、靖彦の目の前には白い雲に覆われた真っ青な地球が現れた。
「美しい・・・地球とはこんなに美しかったのか」
靖彦は思わずつぶやいた。
「この美しい星で多くの人間たちが殺し合いをしている。何と愚かな・・・」
雅人も無言で美しい地球を見つめていた。そして靖彦が聞いた。
「この機の動力はジェット推進だと推測するが、どうして空気のない宇宙空間を移動できる?」
それを聞いた雅人は苦笑して答えた。
「あなたらしい質問だ。目の前に見えているものに対する感動ではなく理屈のほうを先に考えてしまう。理由は簡単。ドロシーに搭載されているエンジンは・・・ジェットエンジンではない」
「というと?」
「ドロシーの推進力は原子力ロケットエンジンだ」
「原子力ロケットエンジン・・・」
「そう。核力を利用した熱でロケット噴射を行い推進力を得る。だから空気がなくても機能する。宇宙空間だけでなく水中でも推進が可能だ」
「100年後には・・・このような航空機が量産されているのか?」
「ドロシーと同じタイプは数十機生産されている」
「私もあと100年遅く生まれればそのような世界を見ることができたのか・・・。100年後の空中戦は私の想像を超えたものだろうな」
雅人はしばらく間をおいて答えた。
「100年後は戦闘機同士の空中戦はすでになくなっている。100年後の戦争は・・・ボタン一つで終わってしまう。私の住んでいた世界では世界中に核ミサイルが飛び交い、世界中のほとんどの人間が死に絶え、地上は放射能に包まれてすでに住めるところはなくなってしまった。100年後の生き残った人間は地下に住んでいる」
「・・・今も未来も人間というのはおろかなものなのだな・・・」
靖彦はもう一度青く輝く地球を見つめた。
「宇宙から見る地球は・・・言葉に言い尽くせないほどに美しく神秘的だ。この景色を愛子にも見せてやりたい」
第2章(2/2) に続く
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