「虹の彼方のオズ」第4章(2/2)
【弾道ミサイル発射】
ドロシーが減速しながら言った。
<マサト。ミサイル基地の上空に到着しました。現在高度1万メートルです>
「発射口は開いているか?」
<雲が厚く、ここからは確認できません>
「よし、降りてみよう」
<敵の迎撃システムが不明です。私の機体はレーダーには感知されていないはずですが視界に入れば高射砲の砲撃や迎撃戦闘機が上がってくるかもしれません>
「発射口が開いていることが確認できれば急降下してミサイルを撃ち込んでやる。そのあと一気に上昇して離脱だ」
<マサト、あまり急激なGは好ましくありません>
「あ・・・・そうか・・・・」
雅人は後ろの愛子をちらっと見やった。
「できるだけGをかけないように旋回するよ。愛子ちゃん、しばらくの辛抱だ。ちょっと揺れるけど我慢してくれ。戦争を避けるためなんだ」
「わかった。愛子は大丈夫。雅人兄ちゃんは愛子のことは気にしないで」
「よし、ドロシー。降下だ。周囲のチェックを頼む」
<了解しました>
ドロシーは雲の中をゆっくりと降下していった。
富士山のふもとに近づくと樹海の一部が切り開かれており、四角い緑色の建物が雅人の目に入った。そしてその横には土色の変わった平地があった。
<マサト、あそこがサイロの発射口です。まだ解放されていません>
「よし、ドロシーがぎりぎり発射口を確認できる高度まで上昇する」
その時、建物からサイレン音が響き渡った。
<マサト。気づかれたようです。高射砲が3機稼働準備中です。迎撃戦闘機のスクランブル命令を傍受しました>
「戦闘機!機種はなんだ?」
<ミグをベースとしたジェット戦闘機のようです>
「ジェット戦闘機か。そんなものまで開発しているのか・・・・まずいな」
<マサト、3Km東から2機の戦闘機が発進しました。こちらに向かっています>
「こちらには攻撃オプションがない。逃げるだけだ」
<敵機の無線を確認しました。所属を聞いています>
「何も答えるな。上昇して離脱する」
雅人は操縦かんを引いて機体を上昇させた。
<ミサイルが2基発射されました>
「なんだって!」
<大丈夫です。この時代のミサイルは精度が高くありません。十分逃げきれます。そのまま上昇してください>
「くそ 厄介なことになった」
<マサト。サイロのミサイル発射口が解放されます。ごく短時間で弾道ミサイルが発射されるものと思います>
「なに!でも今はこっちのミサイル回避が先だ!」
雅人は極力Gがかからないような加速度で上昇していった。高度2万メートル付近に達したときドロシーが言った。
<敵ミサイルは・・・目標を失いました。追撃コースから離脱します。現在高度2万メートルです。敵の視界からは外れています。レーダーにも感知されていないと思います>
「敵機はまだ基地の上空を飛んでいるな」
<旋回して偵察しているようです。追っては来ません。ここまでの高度には上昇できないでしょう>
「ぐずぐずしていると弾道ミサイルが発射されてしまう。ドロシー。敵機の後ろに降下して高速で発射口にロックオンして一気に決めよう。タイミングを誘導してくれ」
<了解しました>
ドロシーは大きく旋回すると再び基地に向かって降下していった。
<発射口を確認。噴煙が上がっています。ごく短時間で弾道ミサイルが発射されます>
「チャンスは1回だ。行くぞドロシー!」
<了解。敵機は左下方を旋回中です。まだ気が付いていません>
雅人は一気に急降下し、ミサイル発射口をとらえた。
「ロックオン!発射!」
ドロシーのウエポンベイが開きミサイルが発射され、吸い込まれるように弾道ミサイル発射口に向かっていった。その時、ミサイル発射口の噴煙が炎に代わり、弾道ミサイルが姿を現した。
「弾道ミサイルが発射された!間に合うか・・・」
ドロシーから発射されたミサイルは弾道ミサイルの脇をかすめ、発射口に吸い込まれていった。そして弾道ミサイルは炎を上げながら高速で上昇していった。
「しまった!遅かった!」
<敵戦闘機に気づかれました。急速上昇します>
その時、弾道ミサイル発射口で大きな爆発が起こった。そしてその爆発は次々と周りに広がっていった。
<ミサイル格納庫内で弾薬が誘爆したようです。大爆発が起こります。南方向へ離脱します>
そしてドロシーの後方では大きな爆発音が起こり富士山のふもとの一角に炎と煙が上がった。
<ミサイル基地は消滅したようです>
「しかし弾道ミサイルを止められなかった・・・」
雅人は悔しそうにつぶやいた。
「雅人にいちゃん・・・だめだったの?」
「ああ・・残念だがミサイルは発射されてしまった。ドロシー。飛行経路と着弾時間を計算してくれ」
<このまま大気圏を抜ければ約32分後にアメリカ西海岸に着弾します>
「だめだ・・もう止める方法がない・・・20万人の人間が死ぬ。そしてまた日本は戦争に・・・俺がやったことはすべて無意味だったんだ」
雅人は絶望して頭を抱えた。
「雅人にいちゃん・・・」
<マサト・・・私が行きます>
「え?」
<私の小型原子炉を核弾頭の近くで誘爆させれば成層圏上空で破壊することが可能だと思います。弾道ミサイルは成層圏を出た後は放物線を描いて宇宙空間を慣性で飛行します。私が成層圏を抜け、加速し続ければ成層圏再突入前に追いつくことができます>
「しかしドロシー・・・」
<ほかに方法がありません。そこの伊豆半島の海岸に二人をおろします>
雅人は無言でじっと考え込んでいた。そしてドロシーは人気のない海岸に着陸した。
<マサト、降りてください。あまり時間がありません>
「ドロシー・・・・」
雅人は大きく息を吸い込むと、決心したように目の前のボードに向かって暗証番号をすばやく入力した。すると5cm四方のMPUチップが排出された。そのチップには銀色の文字で「Dorothy」と刻印されていた。雅人はチップをつかみ取ると座席降下スイッチを押して愛子とともにドロシーから離脱した。
「愛子ちゃん!これを!」
雅人は愛子の手の中にMPUチップを握らせた。
「これは・・・」
「これはドロシーの心だ」
「ドロシーの心・・・」
「いつか・・・いつの日か科学が発達すればこの中からドロシーの記憶を読み出すことができる。ドロシーの記憶の中には二つの世界の歴史のすべてが記憶されている。核兵器の悲惨さ愚かさを伝えて君がこの世界の核戦争を止めるんだ!」
「雅人にいちゃんは・・・どうするの?」
愛子は泣きながら雅人を見上げて聞いた。
「ドロシーの代わりに俺が弾道ミサイルを破壊する。これからの世界を平和にするために必要なのは俺ではなくドロシーなんだ。だからドロシーを頼む!」
「いや!愛子も行く!」
「わからないことを言うな。愛子ちゃん。戦争のない世界を作るって約束したじゃないか。ドロシーと一緒に平和な世界を作ってくれ」
「雅人にいちゃん・・・」
雅人は愛子を抱きしめるとおでこに軽くキスをした。そして愛子の体を放すとすばやくコックピットに乗り込んだ。
「愛子ちゃん。ドロシー。頼んだぞ!核兵器のない平和な世界をつくってくれ」
雅人は垂直上昇すると一気に天空に向かっていった。
「雅人にいちゃーん!」
愛子は両手でドロシーを握り締め、泣きながら空を見上げた。雅人はあっという間に虹のかなたに消えて行った。
【宇宙へ】
「ドロシーの計算した経路から最短距離を算出。全速で加速だ。一気に宇宙空間にでるぞ」
雅人は備え付けてあったスペーススーツをすばやく着用し、ヘルメットを装着した。
5分後、宇宙空間に飛び出した雅人は眼下の地球を見つめた。
「美しい・・・。最後に見ることができたのが美しい地球でよかった。この地球を破壊するものは誰であろうと許さん」
雅人はレーダーで弾道ミサイルの弾頭(再突入体)を探した。
「小さい再突入体でも飛行経路がわかっているからすぐ見つかるさ・・・。レーダーの機能をその方向にだけ集中させればいい。あった・・・。よし。遭遇時間を計算・・・7分20秒後だ。目標ロックオン。自動誘導装置オン。原子炉自動誘爆セット」
雅人は暗証番号を入力し、小型原子炉の自爆スイッチを押し、自動誘導に切り替えた。
「これですべてが終わる。あと5分足らずで俺も一巻の終わりってことか・・・。思えば短い人生だったよな・・・。愛子ちゃん、君にあえて楽しかったよ。靖彦、俺もすぐに行くよ。また君の歌を聞かせてくれ」
雅人は大きく深呼吸し、青い地球を見つめていた。
その時、聞こえてきた声に雅人は耳を疑った。
<マサト。すぐそこから脱出してください>
「ドロシー!」
雅人はコックピットで飛び起きた。
<マサト、時間がありません。核爆発に巻き込まれます>
「ドロシー!どうして?チップは外したはずなのに」
雅人は目の前のモニターを見ながら叫んだ。
<私はこの機体の中にいるわけではありません。マサトの後方についています。すぐ脱出してください。私が拾います>
「なんだって?後ろ?」
雅人は後ろを振り返った。するとそこにはドロシーと同じタイプの赤い航空機の機体があった。
<はやく!>
「わ・・わかった」
現状を飲み込めていない雅人はドロシーの声に従って脱出スイッチを押した。そして雅人は座席ごと宇宙空間に放出された。
<マサト、その座席を切り離してください。私が寄ります。誘導ロープを発射しますからこちらの座席に移動してください>
「了解」
そして雅人は発射された誘導ロープを手繰り寄せながらゆっくりと新しい機体に搭乗した。
<全速で離脱します。核爆発まであと1分>
新しいドロシーは急加速していった。
1分後、無音の中で強いせん光とともに大きな振動が雅人を襲った。
<機体を立て直します>
30秒後、周りには再び静寂と闇が戻ってきた。
「ドロシー・・・本当にドロシーなのか?」
<はい>
「どういうことだ?俺は頭が混乱して訳が分からない。ドロシーのMPUチップは間違いなく取り出して愛子ちゃんに渡したはずなのに・・それにこの戦闘機は?」
<マサトが長瀬愛子に託した私のMPUチップは2030年にこの機体に組み込まれました>
「2030年だって!?」
<はい。そして2045年3月10日、私は宇宙空間に飛び出し、磁気嵐に向かったのです>
「俺たちがタイムスリップした磁気嵐か?」
<そうです。そして私はそこで再び1945年3月10日にタイムスリップしました。そしてマサトが弾道ミサイルを破壊するために宇宙にやってくるまでの5年間、地球の周回軌道をずっと回っていたのです>
「俺がドロシーと別れたのはほんの30分前だが君は100年かけて俺を助けに来てくれたということか・・」
<そうなります>
「ドロシー・・・お前ってやつはなんて無茶なことを・・・」
雅人は大きく深呼吸して聞いた。
「100年後の世界はどうなっている?やはり核戦争で人間は地下に住んでいるのか?」
<いいえ。新しい世界の100年後には核兵器は廃絶されています>
「核兵器が廃絶!」
<マサトに私のMPUを託された長瀬愛子は電気物理学を専攻し、何とか私とコンタクトを取ろうとしました。彼女は大変な努力の末、10数年後に私のメモリーを解析することに成功し、核戦争に関するデータを取り出しました。彼女は絵や映像などあらゆるメディアを作成して核兵器の恐ろしさを世界中に発信してきました。最初のうちは反響があまりありませんでしたが、ある時、アメリカで核実験の失敗による事故が起こりました>
「事故?」
<アメリカの小さな町で核爆弾が誤爆し、1万人が犠牲となったのです。そしてその様子はまさしく長瀬愛子が作成した絵や映像そのままだったのです。彼女は一躍注目され、時の人となりました。それから彼女は全世界に核兵器の恐ろしさを伝え、多くの人々の支援を受け、1990年ついに核兵器は廃絶されたのです>
「愛子ちゃんがそんなことを・・・俺がしたことは無駄じゃなかったのか」
<私はマサトにこのことを伝えるためにこの世界に戻りました>
「そうか・・・お前は本当にたいした奴だぜ。それに・・・・ドロシーの新しい赤いボディーもなかなか素敵だ。赤がお前の好きな色だったな?」
<ありがとう。このボディーを設計したのは・・・>
その時、アラームが鳴った。
「ドロシー!燃料が・・・燃料がゼロだ」
<・・・>
「どういうことだ!」
<すみませんマサト。実は今の私に搭載されているのは原子力ロケットエンジンではなく、化学燃料ロケットエンジンなのです>
「化学燃料ロケットエンジン・・・じゃあ大気圏脱出で・・・」
<大気圏からの脱出と軌道の修正でほとんどの燃料を使い果たしてしまいました。それに・・・タイムスリップの影響で耐熱パネルはやはり損傷しています>
「俺たちは今マッハ20以上の速度で地球の周回軌道を回っている。この速度を減速せずに大気圏に再突入することは到底無理だ。逆噴射による減速ができなければ耐熱パネルが破損している機体では温度が上がりすぎて燃え尽きてしまう」
<マサト・・・せっかく助けに来たのに・・・申し訳ありません。でも、私の機体には大気圏再突入時に使用できる、電磁力による減速システムが装備されています>
「電磁力?」
<はい。再突入の熱によって機体の周りに発生したプラズマに強い磁場をかけると電流が流れ、電磁力が発生します。この電磁力が衝撃波を前方に押し出し、いわば翼の役割をして機体を減速させます>
「その原理は聞いたことがある。新しい世界ではもう実用化されているのか?」
<いいえ、実用化はされていません>
「じゃあ・・・」
<これが最初の試みです。運が良ければ・・・地上に戻れます>
「バカ!そんないい加減なシステムに運命をかけるな!」
<これしか方法がないのです>
「だめだ!再突入はだめだ!このまま周回軌道を維持していればいい。そうすれば君はいつか回収される可能性がある」
<もうおそいのです・・・すでに私は再突入の軌道に入っています>
ドロシーは地球に向かっていた。
「だめだ!だめだー!ドロシー!君まで死ぬことはない!君は俺に世界が救われたことを伝えてくれた。俺はそれだけで十分満足だ。君の使命は終わったんだ。命を無駄にするな!」
<マサト。あなたを一人で死なせはしない>
「だめだ・・ドロシー・・・無駄に死んじゃだめだぁ・・・・」
強いGがかかり、薄れゆく意識のなかで雅人が叫んだ。
<機体表面温度上昇。プラズマが発生します。磁気減速システム作動します>
「ドロシー・・・・・・もしも地上へ落ちるなら・・・誰も・・・誰も傷つけないところへ・・・」
<マサト、あなたにはまだ伝えなくてはならないことが・・・>
「・・・・・・」
雅人の意識は遠のいていった。
<マサト・・・・・・・・>
「・・・・・・」
<マサト、あなたは私が最後まで守ります。磁場強度最大で私の性能の限界まで維持します>
ドロシーは真っ赤に燃えながら大気圏に突入していった。
そしてドロシーは突然姿を消した。燃え尽きたのではなく突然空中で消えてしまったのである。
第5章(1/2)に続く
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