「虹の彼方のオズ」第3章(3/3)
【帰還】
東京に向かって海の上を無言で飛び続ける雅人にドロシーが聞いた。
<マサト・・・・。どうして長瀬少尉を援護しようと思ったのですか?>
「・・・わからん。俺にはどうすれば世界が良くなるかなんてわからない。でも・・・靖彦の・・・靖彦の思いを遂げさせてやりたかった。この時代では、あいつには特攻に行くしか選択肢がなかった。あいつも本心ではどんなに愛子ちゃんのことが心配だっただろうか? 愛子ちゃんと一緒に暮らしたいとどんなに葛藤しただろうか? でも戦争がそれを許さなかった。だったら少しでもあいつに・・・生きていたという充実感を味あわせてやりたかった」
<長瀬少尉の表情からは恐怖や困惑は読み取れませんでした。きっと雅人に感謝していると思います>
「米軍のパイロットたちは無事に脱出できただろうか?」
<マサトの機銃はすべて敵機の尾翼を狙っていますし、ミサイルの火力も最小に設定してあるのでグラマンF6Fの装甲を考えるとパラシュートで脱出する余裕はあったと思います>
実は日本軍の戦闘機と米軍の戦闘機の性能には根本的な違いがある。最高速度や航続可能距離はほとんど差がない。むしろ日本機のほうがすぐれているともいえる。しかしその装甲は全く違う。
日本機は軽量化の目的のためコックピットや燃料タンクの装甲が極めて薄く、被弾するとパイロットは助からず、機体も一気に火を噴く。米軍機は最高速度や航続距離を犠牲にしても座席や燃料タンクの装甲が厚く設計され、パイロットの生命は最大限守られているのである。
また、米軍のパイロットはパラシュートを装着しており、被弾しても脱出して海上に浮いていれば巡回する潜水艦などにより救助され、再び戦線に復帰することができる。日本のパイロットは一度落とされればそれでおしまいである。
その結果日本軍はどんどん不慣れな若いパイロットが前線に出ていくのに対して、米軍はどんどん経験を積んだベテランが増えていくのである。
人間より飛行機を大切にする日本軍と人間を大切にする米軍の違いが太平洋戦争の結果につながったといっても過言ではない。
「空母の乗組員はどうだろうか?」
<長瀬少尉の桜花は敵空母の飛行甲板の真ん中を破壊していますが、爆弾重量は通常の桜花よりかなり減量されているので人的被害は少ないでしょう>
「日本軍の被害は?」
<3機の一式陸攻、10機の護衛の零戦もすべて撃墜されています。乗員もすべて死亡しています。史実の通りです>
「すると俺は歴史には大きな変化は及ぼさなかったということか」
<それは違います。日本軍は我々のことは認識していませんが、米軍は日本軍の新しい戦闘機により大打撃を受けたと認識しています。今頃米軍の司令部は大変なことになっているでしょう。今後の戦局に大きな影響を及ぼすはずです>
「俺は歴史を変えてしまったのか。これでよかったのだろうか?」
<歴史がどう変わろうがそれに対してマサトが責任を負う必要はないと思います。マサトは新しい世界で自分の思ったように生きればいいのではないでしょうか。たとえ歴史が修復しようとしてもそれもマサトの責任ではありません>
「歴史はどうかわっていくのだろうか?」
<米軍は戦争を早めに終結させようとするはずです>
「するとやはり原爆は落とすつもりか」
<はい。しかも時期が早まる可能性もあります>
「俺には原爆投下を止める力がある」
<そのとおりです>
「原爆を止めたほうがいいと思うか?」
<それはわかりません。確かに20万人の犠牲は防ぐことができます。しかし戦争の終結を遅らせる可能性があり、本土決戦に突入する可能性もあります。そうなれば犠牲者は日本、アメリカとも原爆犠牲者の数をはるかにしのぐことになるでしょう。また、人類は核兵器を使用した経験がなくなるのでその悲惨さを知ることができず抑止力が低下します>
「かえって世界が不幸になるかもしれないってことか」
<はい>
「なあ、ドロシー。お前のメモリーの中には広島や長崎の記録や最終核戦争の記録が残されているだろ?それをこの時代の人間に見せて核兵器の恐ろしさを伝えたらどうだ?」
<マサト。それはあまり賢明な手段とは思いません。私の存在がこの世界で知られれば必ず軍事利用しようとする人間が現れます。この時代にそれが行われればある意味で核兵器以上の脅威になりえます。私の存在を知らせるのは、平和を愛する純粋な心を持ち、しかも強い意志を持った人間に限るべきです」
「俺はどうしたらいいんだ?」
<私にもわかりません。しかし日本軍とアメリカ軍の動きは私がモニターし、マサトに連絡します>
【愛子覚醒】
1時間後、家にもどった雅人は愛子の叫び声を聞いて慌てて中に入った。
「雅ちゃん!愛子ちゃんがさっきから大変なんだよ!」
奇声を上げながら震える愛子を両手で支えながら恭子が雅人に向かって叫んだ。
「愛子ちゃん!どうした!」
「あー!あー!」
雅人は愛子の肩を支えながら声をかけた。
「30分くらい前からずっとこんな調子で・・・愛子ちゃん!どうしたんだい?」
愛子は体を震わせながら上を見つめて大きく息を吸い込むと突然口を開けた。
「・・・にいちゃん!」
その瞬間愛子の震えは止まりまっすぐに目を見開いた。
「愛子ちゃん!しゃべれるのかい!」
恭子が驚いて愛子の顔を見つめた。
「愛子ちゃん!わかるか?」
雅人は愛子の肩を両手で揺さぶりながら聞いた。
「にいちゃん・・・いかないで・・・愛子を置いていかないで」
愛子は涙を流しながら焦点の合わない瞳で正面を見つめていた。
「愛子ちゃん。靖彦が見えるのか?」
「にいちゃん・・・」
愛子はそうつぶやきながら左の恭子を見つめた。
「恭子おばちゃん・・・?」
「愛子ちゃん!わかるのかい!おばちゃんがわかるのかい!」
恭子は愛子をじっと見つめた。
愛子は恭子を見ながら小さくうなずいた。
「愛子ちゃん!」
恭子は思わず愛子を抱きしめた。
「あなたは・・・だあれ?」
愛子は怪訝そうな目で雅人を見つめた。
「俺は・・・雅人。お兄さんの友達だ」
「まさと・・・兄ちゃんの友達・・・」
「愛子ちゃん。この人はね、空襲の中からあんたを助け出してここまで連れてきてくれたんだよ」
恭子が諭すように言った。
「くうしゅう・・・」
すると突然愛子は目を見開き大声で叫び、再び震えだした。
「かあちゃん!かあちゃん!」
恭子はそんな愛子をしっかりと抱きしめた。
「かわいそうに・・思い出したんだね。きっと母ちゃんが火の中で死んでいくのを見たんだね」
愛子は大声をあげて泣き出した。
こうして愛子の解離性障害は突然改善したのである。
「きっと靖彦が来てくれたんだ・・・。世の中には科学で説明のつかないことなんてたくさんあるのだから・・・」
雅人はうなずきながらそうつぶやいた
【昭和の生活】
雅人は解離性障害から回復した愛子の教育係となった。この時期の学校は空襲による校舎の損傷や集団疎開などで機能していなかったのである。
愛子は聡明な少女であった。雅人が教えたことは全部記憶し、常に新しい知識へと発展させた。しかも論理的な思考力を持ち、科学の分野に強い興味を抱いていた。
「雅人にいちゃん。戦争はいつまで続くの?」
「もうしばらくだ。夏には戦争が終わって平和な生活が帰ってくるよ」
「日本は負けるの?」
「ああ。負けるよ」
雅人は周囲を見回しながら答えた。
「日本人はアメリカの捕虜になって奴隷にになるの?」
「いや、そんなことはない。日本人はちゃんと自分たちの権利を主張して生きていけるんだ」
奴隷・・・そんなことはさせない。雅人は心の中で決意した。
「また学校に行って友達と遊べるようになる?」
「もちろん」
雅人は笑顔で答えた。
「でも・・どうして戦争なんてあるのかな?戦争がなかったら父ちゃんも母ちゃんも兄ちゃんもみんな死ななくてもよかったのに・・・」
愛子は寂しそうな顔で下を向いた。
「戦争は・・・みんなが他人より自分だけ得をしたいと思うから起こるんだよ」
「自分だけ得?」
「そう。人のことはどうだっていい、とにかく自分だけはあれも欲しい、これも欲しいと思って欲張るから戦争になるんだ。あるものをみんなで仲良く分けていれば戦争なんて起こらないんだ。もしも・・・愛子ちゃんに3人の友達がいたとして、ぼた餅が一つしかなかったらどうする?」
「うーん。みんなで分ける」
「そうだよね。誰かが自分だけで全部食べたいと思うと戦争が起こる。みんなが相手の気持ちを考え自分が我慢するようにすれば戦争なんて起こらないんだ」
「じゃあ日本はほかの国の人たちのことを考えなかったから戦争になったの?」
「そうだ。でもそれは日本だけじゃない。アメリカも、イギリスも、ドイツもみんなが自分の国のことしか考えなかったから戦争になったんだ。だからこの戦争が終わったら今度こそ二度と戦争が起こらないように俺や愛子ちゃんのように生き残った人たちががんばらなきゃいけないんだよ」
「愛子たちが・・・」
「そう。一生懸命勉強してどうしたら戦争をしなくても済むかを考えて、世界中の国の人たちのことを思いやって、限りのあるお金や資源を分け合いながら暮らしていくことが必要なんだ」
「わかった。愛子、戦争がない世界にするように頑張る!」
ポツダム宣言は史実と同じ日程で行われた。内容もほとんど同じで、当然のごとく日本はそれを拒否した。アメリカではすでにマンハッタン計画により原爆が開発され、日本に投下する準備が着々と進められていたのである。
「ドロシー。マンハッタン計画は進行しているのか?」
<傍受したアメリカ軍の無線から総合的に勘案するとすでにリトルボーイ(広島に投下された原子爆弾)とファットマン(長崎に投下された原子爆弾)は完成しています。実験も順調でそれを運搬するためのB29の改造もほぼ終了しています。8月の初旬には投下されるものと思います>
「目標は?」
<予定どおりリトルボーイが広島、ファットマンが小倉です>
「そうか」
実は二発目の原爆が落とされた長崎は本来の目的地ではなく、もともとは小倉に投下される予定であった。小倉上空の天候不良により急きょ長崎に変更されたのである。
<マサト。原爆投下を阻止しますか?>
「・・・」
<リトルボーイはテニアンの基地に装備されています。エノラゲイの発進命令は私が
傍受することができます>
「俺にはどうしたらいいのかわからん」
【原爆阻止】
昭和20年8月6日。午前1時45分。史実では広島に原爆が投下された当日となった。
雅人は夜間からずっとドロシーのコックピットで待機していた。
<マサト。米軍の無線を傍受しました。エノラゲイがリトルボーイを積んでテニアン島から広島に飛び立ちました。広島上空まで7時間です>
「ついに来たか・・・」
<今なら太平洋上で迎撃可能です>
「わかってる・・・。ドロシー。もう一度広島の原爆記念館に展示されていた写真とビデオをみせてくれ」
<了解しました>
雅人の目の前のモニターには広島原爆記念館に展示されている写真や絵が次々と映し出されていった。雅人は意を決したように体を起こした。
「ドロシー行くぞ!」
<了解しました>
「やはり原爆投下は許せない。後のことはわからないがエノラゲイは俺が落ち落とす」
<しかしマサト。私に残された攻撃オプションはミサイルが1基とわずかな20ミリ機銃の弾丸だけです>
<わかってるよ。それだけあれば十分だ>
雅人とドロシーは全速でテニアン島を発進したエノラゲイに向かった。
<マサト。エノラゲイまで30Kmです。我々より3000m下方を飛行しています>
雅人は真っ暗な夜空を見回した。レーダーとドロシーの情報がなければどこを飛んでいるのか全く見当がつかない。
<空対空ミサイルを使用しますか?>
「いや、機銃で十分だ。尾翼を撃ち落として海面に不時着させれば搭乗員も助かるだろう。上空から一気に降下して一連射で撃ち落とす。ドロシー、誘導してくれ」
<了解しました。きっと彼らは真っ暗な中で何が起こったか理解できないでしょう>
ドロシーはエノラゲイに向かって一直線に急降下していった。雅人は操縦かんを握りしめ、エノラゲイの尾翼に向けて機銃をほんの短時間掃射した。
バリバリバリ・・
そして大きな爆発音とともにエノラゲイは安定を失い左側を下にして降下していった。エノラゲイの機内は混乱していた。
「どうした!何が起こった!」
「わかりません!突然後ろから衝撃が・・・」
「立て直せ!」
「方向舵が効きません!」
「テニアンの基地に連絡しろ!機銃の音が聞こえた!日本軍の戦闘機だ!」
「しかしこのあたりの制空権はすでにわが軍が握っているはずでは・・・」
エノラゲイは海面に不時着した。搭乗員は全員が周回中の潜水艦により救助されたが、リトルボーイはエノラゲイごと海中深くに沈んでしまったのである。
雅人は夜中の3時の広島上空を飛んでいた。
「これでこの町はいつも通りの生活を送ることができる」
雅人は月明かりの中、真っ暗な広島の街を見ながらつぶやいた。今この町には数万人の子供たちが父親や母親の腕の中ですやすやと眠っているのだ。雅人がエノラゲイを落とさなければ数時間後には彼らには地獄の運命が待ち受けていたはずである。
雅人はついに原爆投下を阻止することにより歴史を大きく変えてしまった。これからの歴史は雅人が学んだものとは全く違ったものになるはずだ。それが日本を幸福に導くか否かは別として少なくとも広島の10万人の命は雅人によって守られたのである。
アメリカ軍の司令部は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。航空機の異常による失敗ならば事はそれほど複雑ではない。しかしエノラゲイの搭乗員は確かに機銃の掃射音を聞いたという。それはすなわち日本軍の攻撃に他ならないのであり、日本軍がテニアン島付近の制空権を握っているということなのである。
「沖縄近海で桜花を援護した新型機かもしれない」
「日本軍があのようなロケット推進の戦闘機を開発しているとすれば、これはうかうかしていられない。大量生産されれば形成は一気に逆転してしまう」
「マンハッタン計画はどうする?」
「ファットマンは予定通り小倉に落とす」
その3日後8月9日にファットマンを積んだ爆撃機はテニアン基地を飛び立った。しかし再びドロシーにより撃墜され、ファットマンも海中に沈んでしまったのである。
そんなことは何も知らない大本営は終戦への道筋をあれこれ考慮していた。ポツダム宣言は拒否したがすでに日本に勝機がないことは自明の理であり、あとはどのような形で少しでも有利に敗戦を迎えるかということなのであった。
ソ連は宣戦布告のタイミングを見計らっていた。史実では原爆投下後に慌てて参戦したが、原爆投下が行われなかった今、まだ参戦に至っていなかったのである。
8月11日。日本軍の新兵器に脅威を感じ、慌てたアメリカ軍はワシントンにおいて緊急会議を開催した。ポツダム宣言の修正である。そしてなんと修正されたポツダム宣言は日本の主権維持が認められたのである。
終戦の条件は日本軍の解散と完全な武装解除、開戦後に獲得した植民地の返還、賠償金の請求の3点のみで天皇を含めた日本軍上層部や政治家の責任は追及せず、占領軍もおかず、日本の主権を維持するという内容であった。これは何としても日本にポツダム宣言を受諾させ、早期に戦争を終結させたいというアメリカ軍の苦肉の案であった。
A級戦犯として責任を追及されることが必死であった軍の上層部や政治家たちは驚きつつもこの修正案を、もろ手を挙げて受け入れた。彼らにとって戦後自分たちの生命が確保されるということは何物にも代えがたい魅力的な条件だったのである。
こうして8月15日、史実通りに昭和天皇の玉音放送が流され、戦争は終結した。しかしロシアの参戦はなく、満州への侵攻は起こらず、シベリアへの抑留もなく、外地にいた軍人と一般人は順次帰国することとなった。そして日本には占領軍は上陸したものの、軍の装備解体のみを行い、日本の戦後の政治に対しては何一つ口を挟まなかったのである。
第4章(1/2) に続く
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